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Float of tears

著作 早坂由紀夫

 


***

 私は妹が好きでした。
 好き、つまりLOVE。誰にも言えない思いです。
 いわゆる同性愛という奴なのですから。
 自分がそうだって気付くのには少し時間がかかりました。
 妹と一緒にお風呂にはいる時、
 ドキドキしてるのは暖かいせいだと思っていました。
 同じ布団で眠る時もそうです。
 彼女の温もりに興奮してるなんて欠片も思ってませんでした。
 留まる事のない川の流れ。それに逆らっている様な感情。
 けどそれは確かに恋でした。
 妹、それも女の子に恋してしまったんです。
 私はこれが病気みたいなものだなんて思いたくない。
 一時の気の迷いだとも思いたくない。
 だって誰でも良かったわけじゃないから。
 ……でもそれは私の心の中に、ずっとしまっておきます。
 忘れない様に一番大事な場所に取っておきます。

*1*

「お姉ちゃんっ! おはよ〜!」

 そんな声に導かれて私は目を覚ます。
 目の前の少女は最高の笑みで私を抱きしめた。
 少し、辛い。
 この子のそれは姉妹愛による抱擁なのだから。
 私と違う。
 だから軽くそれを振り払うと、手早く着替えを済ませてしまう。
 外からの光が陰鬱な感情を消してくれる様に期待しながら。

「な〜んか最近お姉ちゃん冷たいな〜」
「そんな事無いって。敦美がくっつき過ぎなんだよ。
 普通、高校生にもなって一緒にお風呂なんて入らないよ?」

 そういう風に私は敦美を馬鹿にした。
 でも立場的に弱いのは私の方だった。
 敦美と一緒じゃなければ、辛いのは私だから。

「酷いなぁ、もう。じゃあ先に行っちゃうからね」
「あ、ちょっと……」

 ドアを開けて歩いていく妹の、
 二つに縛った髪のすぐ下に見えるうなじ。
 愛らしい歩き方。ほにゃほにゃした顔。
 いつまでも私より小さい背。
 どうして後ろから抱きしめたいと思ってしまうのか。
 私達は特に不幸な姉妹でもなければ、
 絆が深まる様なエピソードもない。
 なのに妹は私を慕ってくれていた。
 そして私は妹を……愛していた。
 妹の名前は沢渡敦美。高校生になったばかりだ。
 私は夏海。高校三年生。
 制服を着てネクタイ代わりのリボンを付けると、
 リビングへと歩いていった。



 学校では殆ど妹とは出会わない。
 会うとすれば帰りに妹と帰る時だけだ。
 けれどその日の放課後。
 私が心を躍らせて校門へと走っていくと、
 そこには妹と男の誰かが一緒にいた。
 確か二年の男子だった気がする。

「あ、お姉ちゃんっ」
「敦美、その人は……?」

 心が悲鳴を上げそうになってしまう。
 もしも敦美の彼氏だなんて言われたら、
 そんな事を言われたら私……。

「この人はねぇ、一緒に帰ろうって誘われたのっ」
「どうも、北原と言います」
「そう……よろしく」

 気にくわない奴だ。
 さらさらしてる髪に可愛い系の顔。
 敦美が好きになってもおかしくない。
 私は姉としての権限を使って妹の手を引くと、
 いつもより早足で歩いた。

「ほら敦美、急いで帰るよ。こんな時間だし」
「う、うん……でも北原君がついてきてないよ」

 そんな事を妹が言うモノだから私は思わず言ってしまう。

「良いのよそれでっ」

 少しばかりその言葉に後悔の念を隠せなかった。
 でもまだ妹の身を案じる姉に見えるだろう。

「もしかしてお姉ちゃん、北原君の事好きとか?」
「は?」
「私が北原君と話してたのが気に入らないの?」

 違うよ敦美。
 確かにそれはそうなんだけど、
 気に入らないのは敦美じゃない。
 北原が敦美と仲良くしてるのが気に入らないんだよ。
 言ってしまいたい。
 全て妹に言ってしまいたい。
 夕焼けが敦美の頬に少し朱いラインを滲ませる。
 伸びていく影。二人の距離。
 この子なら、私の気持ちを受け止めてくれるのかも……。
 そんな都合の良い確証のない思いが頭にもたげる。

「お姉ちゃん……手、痛いよ」
「え? あ、ごめんっ」

 思わず妹の手を強く握りしめていた。
 少し怒った敦美の顔も可愛らしい。
 どうしてこんな運命を背負ってしまったんだろう。
 普通に敦美の事を妹として愛せたら良かったのに。
 そうすればその唇に触れたいと思う事も、
 壊れるくらい抱きしめたいと思う事も無かった。
 でも今は妹だなんて思えない。
 女の子として想ってるかも解らない。
 ……大切な、愛おしい人なんだと思ってる。

*3*

 ある日、私はどうしても耐えきれずに妹の部屋へ向かった。
 そしてノックして部屋の中へ入っていく。
 時間は夜の11時過ぎ。妹は少し眠そうだった。

「どうしたの? こんな時間に」
「うん、その……実はね、好きな人が出来たの」
「えっ!?」

 妹は驚きと微笑みの混じった表情で私を見てる。
 きっと私は照れくさそうな顔をしてるんだと思う。
 けどすぐに妹の顔は悲しいものに変わってしまうだろう。
 それはなんとなく解っていた。

「誰? こないだの北原君?」
「違うよ」

 どうしても顔が俯いてしまう。
 涙が自然とこぼれてしまっていた。

「お、姉ちゃん……?」
「私……敦美が好きなの。大好きなの」

 遂に言ってしまった。
 絶対に言うまいと思っていた言葉。
 これで私達はもう姉妹としては終わりだろう。
 人間関係も終わるのかもしれない。
 きっとぎこちなくなってしまう。
 私は両手で顔を隠す様にさめざめと泣き続けた。

「えと、私もお姉ちゃんが好きだよ」

 戸惑う様に敦美は言う。
 でもこの子の好きは私と同じじゃない。

「私はあなたを愛してる。愛してるんだよ……」

 敦美は私の方を見て愕然としていた。
 そして取り繕う様に聞いてくる。

「……そ、それってあの……姉妹として、だよね」
「ごめんね敦美。でも、自分にもう嘘はつけないの」

 精一杯の勇気を出して敦美を抱きしめる。
 きっと今、敦美は私を軽蔑してるのだと思う。
 でもこの感情は嘘じゃないの。
 自分をこれ以上誤魔化せないんだよ……。

「正直……言うとね、すっごく驚いたよ。
 でも、嫌じゃないからね。私……嫌じゃないから」
「……え?」

 涙で濡れた私のほっぺたにそっとキスする敦美。
 それは頬をなぞるだけのフレンチなものだったけど、
 凄く切なくて嬉しかった。
 敦美が私と同じ気持ちだったなんて知らなかった。
 私の事を姉ではない恋愛対象として見てくれていたなんて。
 だったら、だったら一線を越えてしまいたい。
 そう思った。

「ねえ敦美……その、してもいい?」
「してもいいって……もしかして、その……」

 微笑んでいた敦美の顔が戸惑いに変わる。
 当たり前なのかもしれない。
 でも私はすぐにでも敦美の全てを知りたかった。
 だからその返答を聞かずに敦美を抱きしめる。

「大丈夫よ、全て私に任せて……」
「でっ、でもこんなの……」
「やっぱり嫌?」

 精神的な絆が欲しかった。
 でもその為には既成事実がいる気がしていた。
 二人が愛し合っているという確かな事実が。
 嫌だと思うなら強制する気はない。
 けれど敦美の顔を見てると自分が恥ずかしくなってきた。
 想いが通じたらすぐにこんな事を言うなんて、
 どこか短絡的な気がする。
 そうして軽い自己嫌悪に囚われた時だった。

「……わたし……ううん、お姉ちゃんがしたいなら……」

 迷ったあげく、と言う感じで妹は言う。
 私はそう言う敦美の真意が解っていなかった。
 だからその少し諦めた様な表情も、
 私には可愛らしく見えたんだと思う。

*4*

 寝る前だったから妹はパジャマを着ていた。
 それをゆっくりと脱がせようとする。
 昔、敦美の服を着せてあげた事がよくあったけど、
 もうあの頃とは違うんだ。
 涙はもう出なかったけど少し胸が苦しくなる。
 けれどぷちぷちとボタンを外そうとすると、
 急に敦美は身をすくませて逃げてしまった。

「ど、どうしたのよ敦美」
「やっぱり、後少しだけ待って欲しいの。
 私の決心が付くまで、待って欲しいの……」
「……それは」

 確かに敦美にとってあまりに性急すぎるのかもしれない。
 私だってどうしてもしたいワケじゃなかった。
 ただ不安だっただけ。
 敦美が私の事を好きかどうか信じ切れないだけ。
 でもせめてもう少し妹を信じるべきだと思った。

「わかったよ。敦美が良いって言うまで、待ってるから」
「うん……」

 私達はその日、そのまま敦美のベッドで一緒に寝た。
 幼い頃の事を思い出して、少しだけ悲しくなった。


 そして数日して私達は結ばれた。
 過ぎ去ってしまえばそれは脆く儚く、
 千切れるくらいに心をかき乱していった。
 その後、敦美はずっと泣いていた。
 理由も言わずに、ただ声を押し殺して泣いていた。
 だから私は敦美を抱きしめて寄り添っていた。
 それがどういう事なのかも気付かずに。

***

 『想い』というのはいつしか『重い』に変わるそうです。
 私の思いは最初から敦美にとって重圧だったのでしょう。
 あの子はそれから数日して自殺しました。
 手首を切って病院に運ばれたのです。
 数日間、私は敦美に会いに行けませんでした。
 最初はどうしてそんな事をしたのかを考えたのです。
 その内にふと私は思いました。
 あの子は私の事なんて好きじゃなかったんだろうか、と。
 でも妹が私の机の隅にそっと遺した遺書を見つけたのです。
 見つけた時はそれと気付かないくらい、
 ラブレターの様な手紙に書かれていました。
 そこに書いてある事は私にとって衝撃でした。
 そして妹の愛の深さを知って、泣くしかなかったのです。

 前略、お姉ちゃん。
 本当の事を言うと、私は今でも貴方の事を妹として慕っています。
 恋人として見れる様に頑張ってはみたのですが、
 やっぱりお姉ちゃんはお姉ちゃんでした。
 お姉ちゃんとして世界で一番好きなんです。
 実は最近お姉ちゃんが冷たくなった気がしていました。
 だから貴方が私を好きだと言ってくれた事は
 純粋に嬉しかったのです。
 けれど、あんな事をしてしまったのは間違いでした。
 やっぱり私がはっきりと断るべきだったんです。
 お姉ちゃんに嫌われたくないからといっても、
 それでも一線を越えるべきではなかったんです。
 今更こんな事を言っても駄目だよね。
 私なりによく考えた結果ですけど、ごめんなさい。
 きっと貴方を苦しませるだけかもしれません。
 お姉ちゃんがこの手紙を読む頃には、
 私は空から貴方を見守れたらいいなと思います。
 そうすればずっと側にいられるから。
 嘘をついたりして本当にごめんなさい。
 私の分まで、絶対に幸せになってね。

              最愛のお姉ちゃんへ


 その手紙には所々シミの様なものがついていました。
 それが妹が浮かべた涙の後だと気付く頃、
 私は病院へと走っていました。
 姉として……一生、姉として敦美に接しよう。
 そんな風に誓いながら。

きっとこの痛みが、私の心を強くしてくれる

なにより大切なひとの為にその想いをしまっておけるから 

END

 

 

〜後書き〜

全年齢向けです。
一応補足しておくと、妹は死んでいません。
それに植物状態にもなっていません。
18推の方と内容に差は殆ど無いので、
FFの移植みたいなものだと思ってください。