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インフィニティ・インサイド

著作 早坂由紀夫

Chapter43
「VSアシュタロス」


10月12日(日) AM08:35 晴れ
寮内自室

真白ちゃんと紫齊、それに葉月はまだ寝ていた。
俺は一足先に目を覚ますと今日が日曜だと気付く。
あの日からもう一週間経ったのか・・・。
思い出せばそれはついさっきの事にさえ思える。
紅音の可愛らしい寝顔。
腕に感じる愛しい重み。
それにあの笑顔・・・もう見れなくなった紅音スマイル。
けど今日、全てを取り返しに行く。
俺はそう決心を付けると、あの時のワンピースに着替えた。
今更な気もする。
でもこれは俺の紅音に対する気持ちなんだ。
すると葉月がゆっくりと目を覚ます。
いや、それは勿論と言うべきか葉月ではなくイヴだった。
「凪・・・行くんだな」
「うん。決着をつけにいく」
そう言うとイヴは立ち上がった。
二人で静かに部屋のドアを開ける。
そして学園の北へと向かった。

10月12日(日) AM08:48 晴れ
学校野外・プール跡

朝の光がまだ眩しく俺達を照らす。
夜とは打って変わって、
その場所は汚さが浮き彫りになっていた。
のばし放題になっている雑草、
清掃された気配のない施設の壁。
遠目には染みの様に見えるが蠢く虫達。
プールに近づくにつれてそんな汚い場所に、
ぽつんと立っている人影があるのに気付く。
「・・・黒澤、先生?」
「おはようございます。こんな所に何の用ですか?」
それはこっちの台詞だ。
どうして黒澤がこんな所にいるんだよ・・・。
俺達は軽く会釈をするとプールの施設へと歩き出した。
だがそれをすぐに黒澤はけん制する。
「どこへ行く気です。ここから先は立ち入り禁止ですよ」
「それは・・・すみません、用があるんです」
「駄目です。教師として見逃すわけにはいきませんね」
くそ、なんでこんな事で足止めされなきゃいけないんだ?
俺は仕方なく誠心誠意頼む事にした。
「凄く大事な用があるんです・・・
 止められても、私はいかなきゃいけないんです」
そう俺が言うと黒澤は諦めた様に眼鏡を押さえ俯く。
かと思うと俺を見つめながらため息をついた。
「仕方ない人達ですねぇ・・・高天原君。それに、イヴ」
「え・・・!?」
どうしてその名前を知ってるんだ?
この人、まさか・・・。
「改めて自己紹介しましょう。
 私はアシュタロス。地獄界の男爵と呼ばれる悪魔です」
衝撃的なその言葉と同時に黒澤からドス黒い気配を感じた。
イヴもそれには面食らっている。
それは間違えようもない・・・悪魔の気配だった。
その視線はいつもと違って冷たく鋭い。
人間らしい面影が全くと言っていい程無くなっていた。
黒澤は俺とイヴに笑いかけると言う。
「そう身構えないでください。
 昨日、ベリアルと相談しましてね。
 ルシードをリヴィーアサンと会わせるのは、
 やはり得策ではないと結論が出たのです」
つまり俺をインフィニティに行かせたくないって事か。
ゆっくりと両手を広げると黒澤は近づいてくる。
「リヴィーアサンの事は私達に任せてください。
 今は事を荒立てるわけにはいかないのですよ」
「・・・お断りね。私は紅音に会いに行く」
「そうですか・・・それでは、仕方有りません」
黒澤の両手が輝きだし光の輪の様な物が形成されていく。
まるで巨大な輪っかの様な物が生み出されていた。
それを俺達に投げつけてくる。
凄い勢いで地面を破壊しながら近づく光の輪。
だが冷静に俺とイヴはお互い左右に跳躍してそれをかわした。
「ふむ。覚醒の具合はなかなか良さそうですね。
 ですがまだ闘いに於ける妙という物を知らない」
「なにを言って・・・」
俺はその瞬間に空気がおかしい事に気付いた。
空気に何か妙な物が混じっている。
それに気付いた時には俺の身体の自由は奪われていた。
身体に命令が伝わらなくなり、地面に倒れてしまう。
「こ、これは・・・!?」
イヴも同じく倒れかけている。
どうやら何か毒の様な物をまかれたみたいだった。
「その光の輪はですね、軽い神経毒をまき散らすんです。
 そのまま吸っていればじきに体の自由は利かなくなる。
 ・・・迂闊ですよ高天原君」
不敵に微笑んでいる黒澤。
悔しそうに俺とイヴはその顔を睨んでいた。
まさかこんな所で、それも黒澤に邪魔されるなんて・・・。
その時、俺達の元に駆け寄ってきた男がいた。
物凄い形相で黒澤を睨みつけると、
その男を中心に風が吹き荒れる。
すると俺達の身体は少しずつ動く様になっていた。
「てめぇ・・・俺の凪に手を出すなっつったろ?」
「黄泉、どうしてここに?」
目の前で黒澤と対峙したのは黄泉。
黄泉は俺にニヒルな微笑みを向けると言った。
「アシュタロスの力を感じたんだよ。
 嫌な予感がして来てみりゃ、
 やっぱり凪の事を狙ってるじゃねぇか」
そういえばこいつ、
前に自分の事を悪魔だって言ってたな。
まさか本当だとは思わなかったが・・・。
なんにせよ助けてくれたのはありがたかった。
「ガープ、勘違いして貰っては困ります。
 高天原君がインフィニティに行く事は、
 悪魔として止めねばならない事なのですよ」
「・・・だとよ凪。お前はどうしたいんだ?」
黄泉は真剣な顔で俺にそう聞いてきた。
だから俺もありったけの気持ちを込めて言う。
「私はインフィニティに行きたい。
 行かなくちゃいけないのよ」
「・・・じゃあ決まりだ。アシュタロスは俺がはっ倒す。
 その間にお前はインフィニティに行って来い」
親指をぐっと立てて黄泉は笑っていた。
俺はこいつの事を誤解していたみたいだな。
凄く良い奴じゃないか。
そう・・・俺の事を好きじゃなければ、もっと良い奴なのに。
気付けば身体はすでに元通りになっていた。
「イヴ!」
「ああ、行くぞっ」
俺達はプールの施設内へと走っていく。
黒澤が止めようとするが、間に黄泉が立ちはだかった。
それを横目に俺達は施設に入っていく。

10月12日(日) AM09:03 晴れ
学校野外・プール跡

黄泉と黒澤はお互いにお互いを睨みつける。
それは生粋の悪魔同士の闘いだった。
その為、お互いの間に緊張が走る。
アシュタロスとガープの力には多少差があった。
ガープの力の方が若干上なのだ。
だがアシュタロスには狡猾さが有る。
その上でお互いの総合的な戦闘能力は拮抗していた。
だからこそ手を出しあぐねているのだ。
「相変わらず隙がありませんね、ガープ」
「お前は隙だらけだな。怪しすぎるぜ」
じりじりと差を詰めるわけでもない。
その短い距離なら瞬時に詰める事が出来るからだ。
ガープの方は本能で隙を無くしている。
逆にアシュタロスは敢えて隙を作っている。
お互いに、懐に飛び込めば危険なのは理解していた。
「それにしても高天原君の手助けをするとは・・・。
 悪魔として自覚が足りませんよ」
「関係ねぇな。凪が居ればそんなのどうでもいい」
「・・・そうですか。話すだけ無駄でしたね。
 君はやはり特異な悪魔だ」
「てめぇもな」

  次の逡巡――――――――――。

黒澤と黄泉の姿がほぼ同時に動き出した。
お互いの距離を詰めると拳で殴り合う。
勿論、それはただの殴り合いではない。
一撃一撃に具現による強化を施した必殺の一撃だ。
イヴがアスモデウスに対して使った攻撃に近いが、
二人の一撃はそれの比ではない。
対象を粉々にするほどの圧力が込められていた。
「ぐぁっ・・・!」
最初の一撃は黄泉が左頬に受ける。
だが強靱な衝撃吸収膜の具現により、
かなりダメージは軽減されていた。
常にイメージしないと具現できないイヴとは違う。
彼らの闘いにおいては具現は一瞬なのだ。
膜を一瞬でイメージする。
そして攻撃のインパクトの瞬間に具現による強化を行う。
最小限の具現で最大の効果を得るのだ。
それはお互いの強烈な創造力が可能にしていた。
具体的な攻撃、防御を一瞬でイメージする。
それゆえに出来る業だった。
むしろ本能に近いのかもしれない。
生粋の悪魔が持つ闘争本能。
それを武器に彼らは闘っているのだ。
黄泉の拳が黒澤の腹や顔に直撃する。
「くっ・・・さすがは地獄界の王子、といった所ですか・・・」
そして黒澤の攻撃も確実に黄泉を捉えていた。
黒澤はフェイントを交え、
黄泉よりも多くの攻撃をヒットさせている。
だが若干有利に攻撃していた黒澤が瞬間的に飛び退いた。
「・・・危ない危ない。今、何かしようとしましたね?」
「俺様の超絶妙技を喰らわせてやろうとしたんだよ。
 ちっ、なかなか良い勘してんじゃねぇか」
再びある程度の距離を取る両者。
黒澤としては早く黄泉を倒して凪を追いかけたかった。
しかし黄泉の実力を考えるとそう上手くはいかない。
油断すれば決定的な一撃をたたき込まれるからだ。
(こういつまでも硬直状態を続けると、私の方が困る。
 仕方ない・・・あれをやるとしますか)
両の手を参拝でもするかの様に胸の前で合わせる。
さらにそこへ黒澤はかなりの力を結集していった。
すると黒澤の前に巨大な光の鏡の様な物が形成されていく。
「アシュタロス、そりゃあ一体なんのつもりだ?」
「ふっ・・・君の言う所の超絶妙技です」
その鏡に太陽の光が反射すると鏡全体が輝いていった。
太陽光の吸収。反射。
黒澤は対象までの位置を算出し、
そこまでの距離を光が反射する。
その強烈な光は正に閃光と呼ぶ程の威力を秘めていた。
光の速度なら一秒で地球を七周半できる。
つまり秒速約30万km。
その一閃をかわす事は黄泉と言えど不可能だった。
黒澤から黄泉までの距離を、
眩いばかりの輝きが照らし付ける。
それは太陽の光を直射したかの様な閃光。
あっという間に辺りが光で満たされていた。
すぐにその場の対物認識が不能になる。
そして輝きが失せた後のプール施設前の草原地帯。
そこはまるで焼け野原の様になっていた。
火が付くよりも早く、草木は黒こげになっている。
だが黄泉の姿はどこにもない。
黒澤は怪訝に目の前を睨みつけた。
その時、黒澤は嫌な気配を感じる。
黄泉は彼から見て右側に立っていた。
身体が燃えているような事はなく、傷一つ無い状態だ。
「・・・馬鹿な、一体どうやって・・・」
「てめぇの目から方向を予測した。
 光が幾ら速くてもな、来る前ならかわせるぜっ!」
光の鏡の方向を転換するより速く黄泉が飛びかかる。
「超絶妙技ってのはなぁ、俺様の専売特許だボケ!」
黄泉の片腕に巨大な針が現れる。
そしてそれを全速力で黒澤に投げつけた。
それもヒーローの様に技の名前を叫んでいる。
「金色トキメキ・エクスプロージョンッ!」
絶望的な黄泉のネーミングセンスに呆然とする黒澤だが、
スピードの付いたその巨大な針を片手で受け止めた。
「こんなもので私を串刺しにでもするつもりですか・・・?」
「違うぜ。それは爆発するんだよ」
「なに・・・!?」
あっという間に黄泉が黒澤から離れる。
瞬間、半径十数mの爆発が黒澤を襲った。
その爆発は圧縮された強烈な密度を誇る。
直撃すれば誰であろうとも粉々だった。
爆発後、辺りに黒澤の姿がないのを確認すると黄泉は一息つく。
「まさか人間界でこれを使うとはな。
 ちょっと体力的にキツイぜ・・・」
そう言うと黄泉はプール施設から背を向けた。
その時だった。
黄泉は背後から強烈な熱源を感じる。
振り向いた瞬間、黄泉を物凄い量の光が襲った。
「ぐあっ・・・なんだとっ!?」
致命的な一撃を受けて地面を転がる黄泉。
その目の前には黒澤が傷だらけで立っていた。
「爆発の瞬間、地面に穴を開けて
 シェルター代わりにしたんですよ。
 おかげで・・・致命傷は免れたわけです」
眼鏡にヒビは入っていたが、
すぐに黒澤はポケットから新しい眼鏡を取り出す。
「備えあれば憂いなし、ですね」
黄泉はなんとか立ち上がる。
しかしそれだけで精一杯だった。
全身が酷い火傷で動くのもままならない。
自分の愚かさを黄泉は呪うしかなかった。
相手の死を確認もせずに背を向けるなど、
本来なら闘う者としてあってはならない失態だ。
それは長く闘いから離れていた黄泉ゆえのミスだった。
黒澤は微笑みながら黄泉の頬を殴りつける。
「がっ・・・!」
「酷い火傷だ、人間なら致命傷ですねぇ」
そう言うと黒澤は火傷の部分を引き裂いた。
「うがぁあああっ!」
「実に滑稽ですよ。悪魔らしくない」
さらに黒澤はその場に巨大な鏡を形成し始める。
もう一度、黄泉をその鏡で攻撃するつもりだった。
黄泉の方はその一撃に耐えられそうにはない。
いや、そのままでも直に火傷で死ぬのは目に見えていた。
だが今その時にまだ黄泉は生きている。
それだから黒澤はとどめを刺すのだ。
そうやって闘いから離れていた者との違いを黒澤は見せつける。

10月12日(日) AM09:24 晴れ
学校野外・プール跡

少しするとその鏡が太陽の光を充填し始めた。
黄泉は逃げようと藻掻くが、
黒澤はその後ろ姿にゆっくり照準を定める。
そして鏡から光が放射されるその瞬間――――。
その鏡は次の瞬間に大きな音を立てて割れてしまう。
巨大な剣が降り注いできたのだ。
だが反射的に飛び退いた黒澤は、
降り注ぐ剣には当たっていない。
「コレは・・・まさか」
「当たり〜。ラファエルですっ」
空中から飛び降りてきたのは制服姿の青年だった。
黄泉に軽い治療を施すと、黒澤と対峙する。
「僕としてはもっと早く来るつもりだったんだけど、
 良い所をガープ君に持ってかれたみたいだなぁ〜」
「君は相変わらず、分け隔て無い男ですね・・・」
「はは〜、ま〜ね〜」
にこにこと笑っているラファエル。
それに戦意を殺がれたのか黒澤が言った。
「仕方ありません、今回は高天原君に任せましょう。
 ですが私が屈服したなどとは思わない事です」
そう言ってゆっくりとどこかへ歩いていく黒澤。
「ちっ・・・お前に助けられるとは情けねぇ。
 まあ、俺より凪の手助けをしてやれ。
 あいつらきっとインフィニティに戸惑ってるぜ」
「大丈夫だよ、イヴもいるから」
「イヴ? そいつがどこまでインフィニティを
 知ってるか知らねぇが、インフィニティは随分変わったぜ」
「・・・え?」
そう言うと黄泉も学園側へと歩いていった。
ラファエルも仕方なく戻ろうとするが、
その瞬間に何かが近づいてくるのを感じる。
上空から数十人ほどの天使達。
よく見ると、その誰もがミカエルの精鋭隊だった。
さらにそこにはミカエルの姿もある。
地上に降り立つとミカエルは言った。
「お前ら、標的はこの先だ。
 とっととインフィニティへ突っ込め!」
全員がその声と同時にプール施設内へと入っていく。
ラファエルはワケが解らずにミカエルに聞いた。
「ど、どうしたのみっき〜っ!
 君がどうしてココに!?」
「るせぇな。インフィニティの場所が解ったんだ。
 片っ端からぶっつぶすんだよ」
蔑む様に笑いながらそう言うミカエル。
その笑みにラファエルは嫌な物を感じる。
そしてある想像が頭をもたげた時、
思わずラファエルは聞いていた。
「まさか・・・混乱に乗じてイヴを!?」
「は〜、お前も良い所に気付くじゃねえか。
 見つけた悪魔は全員抹殺だ。あいつも例外じゃない」
「そ、そんな馬鹿なっ・・・」
それ以上ラファエルには取り合わずに、
ミカエルはプール施設内へと進んでいく。
止める事も出来ずにラファエルはただ呆然としていた。
(まさかその為にルシードへの助勢を許した?
 そんな、みっき〜・・・そんなのって、あんまりだよ・・・)
風は南向き。
遥か遠方へと吹き続ける風は、
そっとラファエルの髪を揺らしていた。

10月12日(日) AM09:09 晴れ
学校野外・プール施設内

巨大なうねりの様な物が辺りを漂っている。
それは目に見えない流れの様な感覚。
だが嫌な空気として感じる事が出来た。
プールの施設内は天井が一応ある。
体育館の様な大きさの設備の中にプール自体があった。
そこは水泳場の様な本格的な施設だった。
俺はイヴと共に自然とつま先立ちで歩いている。
イヴは気付いてないみたいだが、
確実に俺達はインフィニティの入り口に近づいていた。
邪悪ささえ感じる程の怪しい雰囲気。
それも肌にびりびり来る強い感じ。
「プールの中が怪しいと思わないか?」
「そこは違うよ」
「む・・・」
ちょっと悔しそうに俺を見るイヴ。
さらに奥へと歩いていく。
そこには更衣室と妙なポスターが貼られていた。
「・・・そうか、この更衣室の中だなっ?」
「や、このポスター・・・」
そう言いながらイヴの方を向くと、
なぜかイヴは壁に倒れかかっている。
イヴってこんなお茶目な奴だったっけ・・・?
俺の目にはそのポスターの先に小さな光が見えていた。
多分、イヴには見えていないんだろう。
そこに手を付くと、急に俺の手が吸い込まれそうになった。
「うわっ・・・!?」
「ど、どうした凪」
「手が・・・手が吸い込まれるっ」
そのポスターの中に手が吸い込まれそうになってる。
さらに身体ごと引きずられそうだった。
もしかして、このままインフィニティに行けるのか?
「イヴ、私につかまって!」
「えぁ? ああ・・・おおっ!?」
奇妙な声を挙げるイヴ。
それもそのはず、俺とイヴは
そのポスターの中へと吸い込まれていた。
ここから先が・・・インフィニティってわけか。
吸い込まれていく身体は妙な浮遊感に曝されていた。
どこかアルカデイアに行った時の感覚に近い。
だがそれよりは落ちている時の浮遊感にも思えた。
真っ逆様に落ちていく。
どこまでも、どこまでも果てしなく。

10月12日(日) AM09:10 晴れ
インフィニティ第一階層・迷走回廊の一室

気付いた時・・・俺の目は驚く程
機械的な部屋の風景を映し出していた。
まるでどこかの研究施設の様な場所。
床には奇妙な記号が書かれている。
どこかの一室の様で目の前にはドアが一つあるだけだった。
大体10m四方の巨大な部屋。
辺りを見回すと不気味な色の壁がある。
誰も見あたらなかった。
警戒みたいな事はしてないんだな。
やっぱり見つからないというのが前提だからか?
「ここは・・・恐らくインフィニティの第一階層。
 焦熱窮琥(しょうねつきゅうし)の地獄だ」
「・・・じ、地獄?」
隣にいるイヴは俺にそう説明してくれた。
イヴの方はどうしてかアルカデイアで見た姿をしている。
これは精神体という奴なんだったっけな。
「まあプロミネンティとも呼ばれているが・・・地獄だな」
イヴはそこまで言って辺りを不思議そうに見回す。
「しかし・・・見覚えのない景色だ」
「それはそうだねぇ、君がいた頃とは違っているからねぇ」
ふいに声がして俺とイヴはその方を見る。
そこにはいかにも悪魔という化け物が立っていた。
額からは角が生えていて肌の色は鋼色。
尻尾と羽根も付いた恐ろしげな風体だ。
「貴様、一体どこから・・・!?」
確かにそうだ。
ついさっき見渡した時には誰もいなかった。
ここは一つのドアしかない。
そしてそのドアは開かなかった。
しかもその悪魔はドアとは逆の部屋の隅にいる。
「お帰り異端者、そしてルシード。我はソネイロンだねぇ」
ソネイロンと名乗ったその悪魔は構えもせずに佇んでいた。
「イヴよ・・・君は天使からも悪魔からも異端者だねぇ。
 でもそのルシードを引き渡せば、
 君は一転してインフィニティの英雄になれるねぇ」
「・・・何馬鹿な事を」
そう俺が否定しようとした時だった。
イヴは静かにそれに肯く。
「確かに・・・そうだな」
「リヴィーアサンも喜ぶねぇ」
「ああ・・・」
俯いて黙ってしまうイヴ。
まさかココまで来て・・・。
確かにイヴの立場からすればそれも無理がない。
けれど俺は今までこいつの事を見てきたから解っていた。
イヴは、俺の事を裏切ったりするはずない。
俺は信じてる。
イヴは奴の顔を睨みつけると言った。
「だがソネイロン、私はルシードなど知らん。
 こいつは凪。高天原凪だっ」
そう言うとイヴは手を真っ直ぐに伸ばして、
黒い炎をソネイロンに放った。
あえなく直撃を喰らうソネイロン。
「ばっ・・・ばかな事をするねぇ〜っ!」
飛び退いていくがその炎は標的を逃さない。
後はソネイロンが燃え尽きるだけだ。
偉そうに出てきた割には弱い奴だな・・・。
だがその時、奴は壁へと走っていった。
何をするつもりだ・・・?
奴は壁の直前になっても走るスピードを緩めない。
次の瞬間、ソネイロンはどこかへ消えてしまった。
「・・・なっ! イヴ、今のは!?」
「解らん・・・神出鬼没。それが奴だ」
身構える俺とイヴ。
なんだか知らないけど奴は消えてしまった。
一体どう闘えばいい?
そんな風に困惑した所で奴の姿は見えなかった。
「どこをみてるねぇ? 我はここだねぇ」
奴の声が聞こえてきたが姿は掴めない。
するとイヴが急に俺の方に飛び込んできた。
俺達は一緒に倒れてしまうが、
俺が立っていた所になぜかソネイロンがいる。
おまけに俺が居た場所の床は粉々になっていた。
「ど、どうして・・・!?」
「真上から襲ってきたのだ。視覚に頼りすぎるな、凪」
「う・・・うん」
どうやら真剣な闘いにおいて俺はまだヒヨッコらしい。
特に相手は悪魔だ。
今までの武術経験なんて無駄に等しい。
だが、奴はどうしていきなり真上に・・・?
イヴは緊張した表情のままで言った。
「奴は恐らく壁を移動する事が出来るのだ。
 それも天井や床、関係なくな」
そうか・・・そう考えると説明が付く。
奴はそれを聞くと邪悪な顔を醜く歪ませた。
「それが解った所で、勝ち目はないねぇ。
 ある程度血を流して動けなくなってもらうねぇ〜」
確かに奴が壁を移動する事が解っても、
俺達は何処を移動してるのかが解らない。
つまりどこから攻撃してくるのか解らないという事だ。
奴はゆっくりと床に沈んでいく。
「私の炎は標的を見失うとほぼ威力を失ってしまう。
 この部屋で奴というのが厄介だな・・・」
黒い炎が通じないとなると確かに厄介だ。
はっきり言って俺はどうすればいいのか解らない。
イヴの機転に頼るしかないのか・・・。
「凪、とりあえず一カ所に止まるな」
そう言うとイヴは部屋中を駆けだしていく。
ドアを開けない所を見るとここで奴を倒すつもりみたいだ。
俺も走り始めるが、天井から雨の様な物が降り注ぐ。
「な・・・なにこれ!?」
接触した床が溶け出していた。
硫酸の様な物か・・・?
その量は雨よりは全然少ないのだが、
かわすのは結構難しい。
イヴも俺もそれをかわすだけで精一杯だ。
「どうするだねぇ〜? ま、これは序の口だねぇ」
その硫酸の様な物が止んだかと思うと、
次は鋭利な刃が幾つも落ちてくる。
これも具現してるのか・・・?
軽く触れただけで腕に傷が走った。
切れ味は抜群。
出血で動けなくするのが目的だと言っていたな。
奴は全く姿を表す気配がなかった。
このままじゃ・・・さすがにまずいな。
その時、足に刃物がかすった。
「ぐっ・・・!」
俺は思わず倒れ込んでしまう。
だが容赦なく幾つもの刃物が俺めがけて降り注いだ。
イヴが刃物が当たるのも気にせずに俺の方に走ってくる。
しかし距離的に間に合わない。
「凪っ!!」

Chapter44へ続く