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朱の翼

著作 早坂由紀夫

Chapter11
「絶望の学園遊戯(T)」


6月21日(土) AM12:48 晴天
1−3教室内

今日は土曜日。
俺達はいつも通り五人揃って、
放課後の教室で話し込んでいた。
今では女の話題に余裕でついていけるのが、
途方もなく切なかったりする。
と、そんな時に俺に話しかけてくる女の子がいた。
「あの・・・凪さん、はじめまして」
「君は、ええと・・・都辺浦さん?」
「はい」
面白い名前なので、記憶の片隅に残っている。
だけど、彼女から話しかけてくるなんて珍しい。
他の奴らと同じように遠くで見てるタイプだったからな。
正直な話、話しかけてくれた方が有り難いが・・・。
「実は・・・その、変な噂を聞いたんです」
「変な、噂?」
まさか俺が男だって言う噂か?
それとも、俺と深織がデキてるとかいう噂か?
・・・煙が立ちすぎていて、何の噂なのか解らねぇ・・・。
「この学園に出るって言う・・・悪魔の話なんですけど」
「悪魔・・・?」
悪寒が背中を走る。
まさか、芽依ちゃんの事だろうか?
悪魔という言葉を聞いて、
真白ちゃんが俺の方をチラッと見る。
なんか最近、真白ちゃんの行動がおかしい気がする。
気のせいだろうか・・・?
と、そこで悪魔に一番詳しい紅音が名乗りを上げた。
「知らないっ! その話聞いた事無いっ!
 教えて唯霞ちゃん!」
目を輝かせて紅音が唯霞ちゃんに詰め寄る。
唯霞ちゃんは気圧された感があるものの、
この個性的な面々に負けてはいなかった。
「実はね、私の彼から聞いた事なんだけど・・・」
「唯霞。迎えに来たぞ」
話の途中で現れたのは、優しそうな風貌をした男だった。
今時の男子高校生という雰囲気に、
俺はどこかうらやましさを感じる。
「啓人・・・あ、紹介するね。
 この人は、私の彼の夜殺先輩」
「ふ〜ん・・・唯霞ちゃんって、彼氏いるんだ」
紫齊が何か不思議そうな顔でその二人を見る。
「先輩はよせって言っただろ。
 それより、なんか今俺の話してなかったか?」
「違うよ〜だ。今ね、啓人が話してた
 この学校の悪魔の話をしてたの」
仲むつまじいカップルだな・・・。
だけど、何か違和感を感じるのは気のせいか?
・・・気のせいだよな。
夜殺先輩にしても、別に気配を感じないような事はなかった。
危険な感じがする奴ってのは、
大体隙のない立ち振る舞いをしてたりする。
この男は、その点で至って普通の男子だった。
唯霞ちゃんも至って普通の子だ。
同じクラスなのでそれくらいは解る。
「じゃあ、俺が話すよ。いいかな?」
「構いません。話してくださいっ」
意気揚々として紅音はそう言う。
「この学園には色々な場所があるのは、知ってるよな。
 学園の東にある立ち入り禁止の旧校舎。西にある公園跡。
 南にある学園の入り口から少し外れた所にある、
 うっそうとした気味の悪い森林地帯。
 北にある、使われなくなったプール。
 そして中心に、この校舎と学生寮が在るってワケだ」
・・・・・・。
考えてみれば妙だった。
この学園、都内にある割には敷地が大きすぎる。
それにどの場所も、使われていない割には
長い間完全に取り壊されたりしていないらしい。
ここの学園長の性格を考えれば、
真っ先に金の取れる施設でも創りそうなのに・・・。
腑に落ちない点は他にもあった。
そう・・・考えてみればこの学園だけ、
異常に悪魔が多すぎる気がする。
全国を調べてみたワケじゃないが、
俺が入学してから数ヶ月の間に3人目だ。
生まれてこの方悪魔なんて見た事もなかったのに、
この学園に来た途端にそれだけの悪魔と会ってる。
これはどうひいき目に考えても、
何か悪魔を呼ぶ要因があるとしか思えない。
「そこで本題だけど、この校舎に居るらしいんだよ」
「・・・この校舎に?」
 一人紅音は期待の眼差しで夜殺先輩を見る。
 だが紅音以外の人間はさすがに、
 少し気味の悪い物を感じずには居られなかった。
 ただでさえ芽依ちゃんの失踪事件が起きてるし、
 単なる噂にしても恐怖感は充分ある。
「そう。夜の校舎に出るらしいんだ。
 朱い翼を持った、女の悪魔が」
「朱い翼の・・・女の悪魔・・・!?」
間違いなく芽依ちゃんの事だ。
俺以外の奴も彼女を見ていたのか・・・。
外の明るさとは裏腹に、
校舎は暗い影を落としているように見えた。
「朱い翼・・・誰だろ?
 6枚の翼ならルシファー様なんだけどなぁ」
さらっと紅音が不気味な発言をする。
なに悪魔に様付けしてるんだか。
「そんなに気になるなら、
 夜の校舎を探検してみれば?」
夜殺先輩が、何故か紅音を煽るような事を言う。
こいつ・・・もしかして、紅音と同類か?
「ですね〜。じゃあ凪ちゃん、行こ〜」
「なんで私が・・・」
「私も行きますっ」
立候補したのは真白ちゃんだった。
だが、何故か俺が行く事が前提になっている。
もし芽依ちゃんと遭遇してしまったら、
イヴの居ない今、俺にはどうしようもない。
出来るだけ危険は避けたい所だった。
「凪ちゃん・・・」
だが紅音に手を握られて、哀願されては断れるはずもない。
「解ったよ、紅音はすぐこういう事に
 首を突っ込みたがるんだから・・・」
「そんな事無いよ〜、凄く怖いもん。
 凪ちゃんと一緒じゃなきゃ、行けないよ〜」
それをはた迷惑という分類に分けるのは、
全く持って正しい事だと思う。
しかし紅音が久しぶりに頼ってくれてるのに、
断るわけにもいかなかった。
「凪さん、私も手を握って良いですか・・・?」
そんな事を聞きながら、
真白ちゃんはすでに俺の手をぎゅっと握っていた。
質問する意味がない気がする・・・。
「・・・じゃあ、私達これで」
「え? ・・・ああ、そうだな」
そう言うと唯霞と夜殺先輩は、教室から出ていった。
しばらくして俺達も、食事を取る為に校舎を後にする。

6月21日(土) PM13:18 晴天
学園・校舎内4階廊下

「・・・どうして帰らなきゃならねぇんだ?」
「知らない」
啓人はイラついていたが、
あくまで抑揚を抑えた声でしゃべっていた。
(折角凪と紅音が餌に食いついて来たってのに・・・)
廊下を歩いていた足がふと止まる。
「役に立たねぇ駒は要らねぇんだ。
 そこん所を、もう少しわきまえておけよ」
「何よ、変な話しちゃって・・・。
 一体凪さん達をどうするつもりなの?」
(どうするつもり?)
啓人は吹き出しそうになってしまう。
そんな事は決まり切っているのだ。
凪には絶望を、紅音には快楽を。
上手くいけば今日中には、そうやって事が運ぶ。
「お前の役目は・・・上手くすりゃもう終わるぜ。
 拍子抜けだろ? やる事無さすぎて」
「・・・別に。あんたは・・・今日の夜、ここに?」
「そんな事はお前には関係ない。
 お前は普通に学園生活を送っていれば良いんだ」
そして待ち合わせ通り、
廊下の向こうから芽依が歩いてくる。
「芽依、上手くいきそうだ。
 後は好きにゲストを連れて来い」
「そう・・・じゃ、遊びの時間の始まりってワケね」
二人は平然と話をするが、隣にいた唯霞はそうはいかなかった。
同じ学年の失踪した生徒がいる。
しかも、啓人と話をしているのだ。
前とは違う雰囲気に戸惑いながらも、唯霞は芽依に話しかけた。
「呉山さんだよ・・・ね。今まで、どうしてたの?」
「あなたは・・・都辺浦さんだっけ?
 啓人の隣にいる所を見ると処女を奪われたんだね。
 ・・・でも、その割に死人でも悪魔でもない」
芽依の言葉に、唯霞は恐怖を覚える。
どこか自分とは違う佇まい。
今までの彼女とは思えない言動。
そう、例えるなら・・・悪魔に心を奪われた様だった。
「ねぇ啓人。この女は何? なんで殺してないの?
 それとも・・・これから殺すの?」
見下した様に唯霞を見る芽依。
どこか品定めしている様でもある。
「お前には関係ない。この女は、俺の物だ」
「ふぅん・・・紅音さんだけじゃないワケね。
 人間のまま堕とす子は」
そう言い捨てると、芽依は窓ガラスを開ける。
そして朱い翼を大きく開いて、
空へと飛び去っていった。
「え、ぁ・・・今、今のって・・・?」
「この間も言っただろ。奴も俺も、悪魔なんだよ」
「・・・朱い、翼」
今更唯霞は気付き始めていた。
自分が、とんでもない事に巻き込まれてしまった事に。
そして凪と紅音を、自分が巻き込んでしまった事に・・・。
唯霞は窓の向こうをじっと見つめる。
芽依が飛び去った後の空は、
昼下がりの平和な青空だけが残っていた。
(この学園で・・・何が始まろうとしているんだろう・・・)
不安を胸に唯霞は、歩き出した啓人についていった。

6月21日(土) PM17:28 曇り
寮内自室

俺達は昼飯を済ませると特に用事もなく、
持て余した時間を無駄に費やしていった。
外は少し曇り気味で、
一雨来てもおかしくない様な気がする。
雨の中で学園を探検するのだけは嫌だった。
しかし紅音はそわそわしていて、
かなり行きたい気満々だ。
「紅音、雨降ったら行くの止そうよ」
「でもこういうのって、早いほうが良いよ〜」
困った様な顔をして笑う紅音。
表面はそんな事を言っているが、
相当行きたいのだろう。
悪魔関係の本を、さっきから読みふけっていた。
どうしたもんだろうな・・・。
これがただの肝試しなら行っても良かったけど、
今回ばかりは危険性を孕んでいる。
出来れば行きたくないのが本音だ。
「やっぱり私・・・」
「お邪魔しま〜すっ」
そう言ってドアを開けたのは真白ちゃんだった。
なんてタイミングの悪さだろう。
それにこの子も行く気満々だ。
「真白ちゃん、今回は止めにしようよ」
「え? なんでですか?」
好奇心旺盛な笑顔で、俺にそう返す。
俺は小声で、真白ちゃんの耳元で囁いた。
「ヤバいんだよ。
 今回は、悪魔が関わってるかもしれないんだ」
俺がそう言うと、真白ちゃんは平然と答えた。
「別にいいんじゃないですか?
 いざとなったら、葉月ちゃんが助けてくれますよ」
「・・・あのねえ」
イヴはいなくなったって説明したはずなのに・・・。
だが、どこか皮肉でそんな事を言っている気もした。
投げ槍な真白ちゃんの言動からの憶測だが。
「真白ちゃん、夜8時になったら行こっか」
「はい、大丈夫です」
「・・・二人とも、どうなっても知らないからね?」
俺は半ばやけくそでそう言った。
そして自分に言い聞かせる。
・・・考えすぎだ、と。
でも、芽依ちゃんが狙っているのは俺本人じゃない。
深織や紅音と言う、俺の周りの人達だ。
夜の校舎に行くなんて、
芽依ちゃんに絶好のチャンスを与える事になるんじゃないか?
闇に乗じて行動するのが悪魔の常套手段だ。
夜、不用意に出歩くのはあまりに危険だよな・・・。
だがそうやって真面目に考えていると、
ふいにドアをノックする音がして思考が中断される。
「悪いけど、高天原・・・いる?」
深織の声だった。
そう言えば今日一日、顔を合わせていなかった。
護ってやると言った割には、
ちょっといい加減だったかもしれないな・・・。
「凪ちゃん、ご指名だよ〜」
「・・・キャバクラみたいな言い方しないで」
紅音が妙な茶化し方をするものだから、
俺も何故か素直に出ていってしまった。
ドアを開けると、無表情な深織がいる。
その顔は久保山衛二としてのものだったが、
少しこわばっていて弱々しかった。
「・・・なんで今日は会ってくれなかったの?」
「え、あ、ああ・・・うん、ちょっと・・・ごめんね」
深織の声は小声ではあったが、
近くにいる二人に聞こえないかひやひやする。
だから、俺は念のため女として話していた。
「もし襲われてたらどうする気だったのよ・・・」
今にも泣き出しそうな顔で、深織がそう呟く。
う〜ん、言われてみればそうなんだよな。
「ごめん。明日からはしっかり護るからね」
「凪・・・私の部屋に来てよ。同居人はいないから」
「は?」
いきなりそんな事を言われたもんだから、
俺もつい素っ頓狂な声を上げてしまった。
「何、言ってるの?」
「・・・聞かないでよ。結構恥ずかしいんだから。
 断ったら、舌噛み切って死んでやるからね」
深織に舌を噛みきる度胸は無いとは思うが、
ここまで言っているのに無下に断るべきか?
据え膳食わぬは・・・と言うしなぁ。
・・・いや、何もしないぞ。
何もしないなら・・・別に、部屋に行っても構わないよな。
そう、そうだよな。
「解ったよ。でも、どのくらい?」
「・・・明日まで」
「は?」
「私の言いたい事、解る?」
「・・・まぢで?」
「マジ」
深織はその気だったらしい。
顔を真っ赤にして、靴のつま先を床にぶつけている。
幾らなんでも心の準備が・・・。
でも、ちょっと勢いに任せようとしてる自分がいた。
駄目だ駄目だ!
いや・・・やはり女の子からこんな事を言う以上、
断るなんて酷い事なのかもしれない。
そうだよ、深織に恥をかかせる気か?
・・・自分を正当化してる気もする。
「今日一日、不安で押しつぶされそうだったの・・・」
そう言ってもたれかかってくる深織。
彼女の鼓動は、驚くくらいに早かった。
そうか・・・。
一時の不安のせいで、こんな事を言ってるんだ。
言うなれば恐怖によって、
種の生存本能がなんたらかんたらと言う奴だ。
深織の本心から出た言葉じゃない。
「深織、安心しろ。絶対にお前は、俺が護るから。
 だから一時の気の迷いで、そんな事言うな」
「凪・・・じゃあ」
と、深織は俺の方を見て目を閉じる。
もしかしてこれって、キスOKの合図か?
こんなコトされたら逃げようがないんだけど・・・。
深織の唇は、そうすると凄く可愛らしく見える。
身長的に深織の顔は上向きなのだが、
その姿を見ている内に目が離せなくなってしまった。
「・・・・・・」
心なしか深織の顔が近づいている気がする。
俺が、自分で顔を近づけてるのか?
解らない・・・。
どこか不思議な感覚が身体を包んでいた。
「凪ちゃ〜んっ! そろそろ御飯食べに行かない〜?」
「っ!!」
俺は思わず後ずさって、壁に頭をぶつけてしまう。
ドアの角じゃなかったのがせめてもの救いか・・・。
「惜しい・・・後ちょっとだったのにな」
深織は残念そうな顔で俺を見て、唇に手を当てる。
「もしかして、薄目開けてたの?」
「凪がもう少しでキスしてくれるトコだったのに」
「・・・ったく」
なんて奴だ。
せっぱ詰まった様な顔しておいて、
そんなコトする余裕があったのかよ・・・。
ある意味、せっぱ詰まってたのは俺だけど。
だがその顔も長くは続かず、深織は薄く笑った。
「私・・・凪の事、信じてる。信じてるから」
「みお」
俺が名前を呼ぶ前に深織は走り去っていく。
その背中がどこか寂しげで、
俺は目を逸らさずずっと見つめていた。

6月21日(土) PM19:28 曇り
寮内自室

夕食を済ませた俺達は、
やはりする事もなく時間を浪費していた。
と思いきや、生徒会の仕事がある事に気がつく。
そして俺と紅音で分業していると、
あっという間に19時になってしまっていた。
「疲れたよ〜」
そう言って肩にもたれかかってくる紅音。
胸が当たっているが文句も言えず、俺は黙って肯いていた。
もしかして、今日はこういう日なのか?
「そ、そうだ・・・お風呂にでも入ってくれば?」
「う〜ん、でもそしたら校舎に行った後は?」
「・・・まだ行く気なの?」
「悪魔がいるんだよ?
 本物にあえるかもしれないんだよ?」
こいつ、本物に会ったらどうなるか考えてるのか?
間違いなく考えてないな。
いや、下手したら友達になるとか言いそうだ。
悪魔払いでも出来ればいいのだが、
紅音は魔術専門っぽいしなぁ・・・。
「そしたら、私は紅音が食べられてる間に逃げるからね」
「わっ、それ酷いよ〜!」
「ゆきゅ印よりは酷くないでしょ?」
「あ、そうかも・・・」
やっぱり紅音はばかだな。
紅音が考え込んでいる内に、俺はベッドに寝ころんだ。
そうしている内に真白ちゃんがやってくる。
ドアを開けると、俺達は部屋の外へ出た。
そして遂に、校舎探検へと向かう事になる。
俺の意志とは裏腹に、二人は意気揚々としていた。

6月21日(土) PM20:08 曇り
学園・校舎前

さっきまでの勢いは何処へ行ったのか、
二人とも俺の後ろに隠れている。
目の前にある校舎は朝とは一変して、
なんだか奇妙な建物に見えた。
壁についている些細なシミが、不気味に見える。
真白ちゃんと紅音はかなりびびっていた。
「怖いなら、帰ろっか」
俺は本当に帰りたくてそう言ったのだが、
二人は勇気を振り絞って俺を押し始める。
「ちょっと・・・なんで私を押すの?」
「凪ちゃん、気を付けて頑張って」
なんだかとんでもない応援をされている気がする。
第一、なにを頑張れば良いんだろう。
「凪さんなら、大丈夫」
「二人とも・・・帰ろうよ〜」
「やだ」×2
そうして俺達は目の前の昇降口から、
ゆっくりと校舎内へと入っていった。

6月21日(土) PM20:12 曇り
学園・校舎内1階中央

校舎内に入った瞬間、俺は違和感を感じた。
いつも見慣れてる場所のはずなのに、妙な雰囲気がする。
まるで、現世ではない場所に迷い込んでしまった様な・・・。
「凪ちゃん、なんか背筋がゾクってしたよ〜」
「うん。私も嫌な感じがする」
「・・・二人とも止めてくださいよ〜」
真白ちゃんは相当な恐がりらしく、
違和感なんて感じる余裕はなさそうだった。
いや、それを感じているが故かもしれない。
目の前には階段と、掃除道具を入れるロッカーがある。
どちらも、不気味さに拍車をかけていた。
「2階には行かない方が良い気がする・・・」
ボソッと、真白ちゃんがそんな事を言う。
おかげで俺は、絶対に2階に行きたくなくなった。
っていうかもう帰りたい気分だ。
違和感を超えて悪寒がしてきた。
俺を含めて三人とも、
何か得体の知れない物に脅え始めている。
水の滴る音が心臓を止める程の破壊力を持ち、
自然と自分たちの靴音でさえ出さない様に気を付け始めた。
明らかに俺達は恐怖している。
感覚が鋭くなっているせいかもしれない。
誰かに見られている様な、そんな気がしてきた。
一階の教室を一つずつ見回っていく。
その内に、自分たちが何をしているのか不思議になってきた。
「紅音・・・真白ちゃん、もう帰らない?」
「・・・そ、だね」
「は・・・はい」
二人とも、これ以上この場所にいたくない様だった。
俺もこの夜の校舎にはどうしてもいたくない。
感じるんだ。
おぞましい波動の様な物を・・・。
この校舎だけじゃない。
この学園は、呪われているんじゃないか?
そんな風にさえ思えてくる。
俺達は教室を見回るのを止めて、昇降口へと歩き始めていった。

6月21日(土) PM20:24 曇り
学園・校舎内1階昇降口

昇降口に辿り着くなり、俺達は安堵のため息を漏らした。
ここまで来ると幾ばくかは安心できるな・・・。
その時、目の前の下駄箱の影から一人の少女が見えた。
俺達はその少女を凝視する。
その視線を楽しむかの様に、その少女は姿を現した。
「・・・さ〜て、ゲームの始まりよ・・・凪さん」
「芽依ちゃん・・・」
予想通り、最悪の展開だ・・・!
芽依ちゃんは翼をはためかせながら、
俺達を見て不敵に笑っている。
・・・彼女が朱い悪魔だったんだ。
さらに芽依ちゃんの隣には、もう一人誰かがいた。
「・・・深織っ!!」
ブラウスに下着だけという格好で、
芽依ちゃんに抱きすくめられている。
どうやら気絶しているらしく、微動だにしない。
「芽依ちゃん・・・その子を離して!」
「あれ、あの人何処かで・・・」
「凪ちゃん、芽依ちゃんがいるよ〜?」
真白ちゃん達がそんな事を言っているが、
そんな場合ではない。
深織が何故、芽依ちゃんに捕まっているのか。
そして芽依ちゃんは深織に何をする気なのか。
とにかく深織に、危険が迫っているのは確かだった。
ごめんな・・・信じろって、護るって・・・言ったのにな。
「凪さん、ただでこの女を得ようなんて駄目よ。
 ちゃんとゲームに勝ってからじゃなきゃ」
「ゲーム・・・?」
「そ、ゲーム。あなたは紅音を、
 私はこの女を賭けてゲームするの」
選択の余地は無さそうだった。
しかし・・・意図が掴めない以上、
この賭けは危険な物だと予測する。
「ルールは簡単よ。この学園を使った鬼ごっこよ。
 鬼の私を捕まえて殺せたら凪さんの勝ち。
 凪さんが動けなくなったら、私の勝ち。
 もし、凪さんが負けたら賭けた物と自分を差し出すのよ」
「それは、どういう事・・・?」
「紅音さんは慰み者になっちゃうでしょうね。
 まあ、凪さんもだけどね」
紅音をそんな目に遭わせるわけにはいかない。
だけど、放っておけば深織がそうなるかもしれない。
やはり選択の余地なんて、殆どありはしなかった。
「紅音・・・私を、信じてくれる?」
今更信じろなんて、そんな事を言うのは虫が良すぎるな。
だけど深織も紅音も、絶対に護ってみせる。
今度こそは、例え俺がどうなったとしても・・・。
「良く解らないけど、でも・・・凪ちゃんの事、信じてるよ」
「凪さん、勝ち目・・・あるんですか?」
真白ちゃんが、心配そうな顔で俺にそう聞いた。
紅音とは違って状況を把握し始めているのか・・・。
「・・・さあね。でも、やるしかないよ」
俺は精一杯の笑顔でそう言った。
「緊張しないで。これはゲームなんだよ、凪さん。
 本当なら無理矢理連れ去る所を、遊んであげるの。
 あなたが最後まで足掻いて、苦しめる様にね・・・」
芽依ちゃんはもう、あの芽依ちゃんじゃない。
あの愛依那を慕っていた頃の彼女は、死んでしまったんだ。
今目の前にいるのはただの・・・朱い悪魔。
でも、それでも・・・俺は殺せるのか?
知り合いだった女の子を、自分の手で・・・。
しかしそれを考える余裕もなく、
芽依ちゃんは昇降口を出て空へと逃げ去ってしまう。
俺はそれを追って外へと出ようとした。
「っ!?」
目の前に壁はない。
だが、何かに遮られる様に外へは出られなかった。
もう・・・逃げ場は無いって事らしいな。
俺だけではなく紅音達も・・・。
「真白ちゃん、紅音・・・ここで待ってて。すぐに戻るから」
「うん。頑張ってね〜」
「凪さん・・・」
二人に見送られながら俺は一階を後にする。
階段脇のガラスから見える外の景色には、
点状の物が混ざっていた。
それは次第に増えて静かに音を立て始める。
嫌な予感を加速するかの様な雨だった。
とりあえずは二階だ。
真白ちゃんが言っていたとおり、二階には何かがある気がする。
もしかしたら、そこに深織がいるかもしれない。
俺は迷わず階段を駆け上がっていった。

Chapter12「絶望の学園遊戯(U)」に続く