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閑話休題(U)

著作 早坂由紀夫

Chapter30
「4人の熾天使(T)」

 

豊穣の日 日本時間17:32
アルカデイア・エウロパ宮殿・大天使長室

外の騒がしさとは別に静かな一室。
大天使長室と書かれた部屋の中で、
椅子に座って書類をまとめる一人の男。
長髪の金髪。着慣れた黒のスーツ。
背中には眩いばかりの無色の羽根が生えている。
普通、彼らの羽根に色はない。
そしてスーツの胸の所にはバッジが付けられていて、
エノク文字でアーキエンジェルと記されている。
つまりは大天使。
男は人差し指から火を具現すると、
煙草の様な物に火を付けた。
「ふぅ・・・今日は後300って所か」
書類の山に目をやりながらコーヒーを飲む。
と、その部屋のドアをバタンと開けて男が入ってきた。
「みっき〜っ・・・うわ!」
急にやってきた童顔の男に目をやると、
座っていた男は額に手を当てる。
その男が思いきり転んでいたからだ。
みっき〜というのは彼の愛称で、
普通はミカエルと呼ばれている。
「何の様だ、ラファ」
ラファと呼ばれた男。
彼は同じく大天使、ラファエルだ。
爽やかな甘い笑顔を覗かせながら、
サラサラの髪を痛そうに押さえている。
子供っぽい笑顔と声に行動。
ラファエルは四大天使とは思えない男ではある。
どうにも人の上に立つ性格には見えないからだ。
「痛たぁ・・・それがさ、僕が監査してた凪君なんだけど、
 最近あまりに悪魔に狙われてる気がするんだよね〜」
「それがどうした。近くにいるイヴにとっては好都合だろ?」
興味なさそうに書類に目をやるミカエル。
それを見て申し訳なさそうにラファエルは言う。
「・・・僕が加勢しないと危ない時もあるからさぁ」
「捨て置け。そういったはずだろう」
その返答にラファエルは仕方なく部屋のソファーに腰掛ける。
ミカエルとしてはあまり長居してほしくないのだが。
「僕が助けてあげられたら彼女だって楽だと思うよ」
「ラファ。お前ってホントお人好しだな」
「あは、はは・・・」
苦笑いしながらもその語感から、
ミカエルの良い返事を期待するラファエル。
だが彼はちらっとラファエルを見ると言った。
「駄目だ。さっさと仕事に戻れ」
「はぁ・・・了解。所で、がーちゃんとうりっちは?」
「ガブリエルは現象世界から、まだ帰ってきてねえ。
 ウリエルはラツィエルと樹を見に行っている」
「・・・樹ってセフィロトの樹?」
ミカエルはため息を一つつくと、
ラファエルの向かいのソファーに座る。
一旦仕事を諦めた様だ。
ラファエルが居る内は仕事にならないと踏んだのだろう。
「この間、お前がまだ現象世界にいた頃だ。
 樹を守衛していた者から何かを見つけたとかでな、
 丁度空いていたウリエルとラツィエルが向かったのだ」
「へぇ〜。でもセフィロトの樹に異変か。
 もしかして誰かがあの樹を折ろうとしてたりして」
そんな事を笑顔で言うラファエルに、
ミカエルはあきれた様に灰皿に煙草の火を落とす。
するとその火は煌めいて空気に溶け込んでしまった。
それを見た後でミカエルはラファエルに言う。
「・・・あまり馬鹿な事を言うな。
 あの樹が折れたら悪魔にこの場所がバレるだろうが」
「まあそれに簡単に折れる樹でもないか。
 上位天使クラスでもなきゃ傷つける事さえ出来ないし」
ミカエルはそれを聞いて少し頭に来た。
確かに上位天使の力は強大ではある。
だが彼的には自分より強い者は居ないと考えているのだ。
一応、表面上は取り繕った返答を立てる。
「ふん。俺以上に面倒くさがりの奴らが、
 わざわざアルカデイア辺境まで赴くと思うか?」
「それもそっか。
 う〜し、じゃあまた現象世界に行ってくるよ」
そういうとラファエルはソファーから立ち上がった。
「そうか。いつも精神体のままじゃ不便だろう。
 人間の身体でも借りたらどうだ?」
「あ〜・・・良い案だね。凪君の身体でも借りようかなぁ」
にこやかにそんな事を言うラファエル。
だがそれは凪を影から監査する事が任務の彼としては、
まずあり得ない選択のはずであった。
冗談に過ぎないのだがミカエルとしては怒り心頭だ。
「・・・ラファ、はっ倒して良いか?」
「はは、はは〜冗談に決まってるじゃないか。
 みっき〜ってば、そんなに眉間にしわ寄せなくても・・・」
「お前の荒唐無稽さに呆れているんだ」
呆れながらも怒っているミカエルを見ても、
ラファエルはにこにこ笑って言う。
「またまた〜。そんな四文字熟語なんて使っちゃって」
「るせぇ・・・とっとと仕事してこいっ!」
結局、ミカエルに放り出される様にして部屋を出るラファエル。
そんな姿を見送りながらミカエルはまた椅子に座った。

「イヴを助けるだと・・・?
 ラファ、お前もよくよくお人好しだな」

豊穣の日 PM17:56
アルカデイア・エウロパ宮殿・大天使長室前の廊下

ラファエルは一人廊下を歩きながら考える。
(みっき〜はやっぱり他の全天使にも、
 僕ら四大熾天使にも内密で
 何かプロジェクトを進めてるみたいだ・・・。
 それも彼一人では成し得ない様な大きい計画。
 とすると上位天使の力でも借りるつもり?
 一体何考えてるんだよ、みっき〜・・・)
考え事の途中でラファエルは気付いた。
彼はガブリエルの事を聞き忘れていたのだ。
(がーちゃんは現象世界にいるって言ってたけど、
 僕がいた時には何の気配も感じなかったはず。
 彼女が悪魔にやられるって事はまずないよな。
 あれ? でもそれ以前に、なんで現象世界にいるんだろう?
 大体にしていつ頃から現象世界に?)
とりとめのない疑問を繰り返す内、
何度も壁に頭をぶつけてしまっていた。
ラファエルはどうやら壁と縁があるらしい。
「あ〜もう・・・考え事しながら歩くのは止めよっと」
そう一人肯くと、目の前を注意深く見ながら歩いていった。

豊穣の日 PM17:53
アルカデイア・辺境・セフィロトの樹

ウリエルとラツィエルは、
その頃セフィロトの樹に到着していた。
そこは砂漠と巨大な穴があるアルカデイアの辺境だった。
宮殿からは歩いて3日。飛んでも2日近くかかる道のり。
だが悠久の風に上手く乗って来た彼らは、
半日くらい早くそこに着いていた。
ぽっかりと空いた穴に巨大な樹が上下に伸びている。
まるでその穴を埋めるかの様に。
穴の直径は数千m。
その樹が埋め切れていない穴からは低い音が聞こえてくる。
それは悪魔が唸りをあげている様な音だった。
セフィロトの樹は現象世界とアルカデイアを結ぶファクター。
そしてアルカデイアの所在地を隠す為の装置でもあった。
これがある限りアルカデイアが現象世界に現れる事はない。
悪魔にも場所を知られる事がないのだ。
実は天使もアルカデイアの具体的な場所は解っていない。
だが樹の洗礼を受けた者は何故か戻ってくる事が出来た。
その為、現象世界へ向かう天使は必ずここへ来る事になっている。
そして樹と穴の隙間より地上へと降り立つのだ。
「別になんの異常もないのぉ、ウリエル」
「・・・ええ」
長い髭を伸ばし頭に探偵風の帽子を被っている男。
彼がラツィエルだ。
神秘の天使と呼ばれる彼だが実物は至ってダンディ。
人間の齢で50〜60代だろうか。
にわかに増えた皺はチャームポイントになっていて、
その個性に一役かっている。
「・・・・・・」
「黙っとらんで何か言わんか。
 用無いなら帰りましょー、とか」
「・・・ラツィエル様、下方をご覧下さい」
「なんじゃと?」
ウリエルに促されてラツィエルは下を見る。
そこは普段、現象世界へ降りる為の場所だ。
底なしの穴には淡くエメラルドグリーンに輝く光があった。
それは徐々に徐々に輝きを強め、大きくなっている。
「あ、あれはなんじゃ!?
 今まで見た事がない・・・光じゃぞ」
「・・・何か、危険な予感がします」
「そ・・・そうじゃな。少し離れた方が良いかもしれん」
樹から離れる二人の背後、つまり樹がある穴。
そこから緑色に輝く凄い量の光が猛スピードで樹を上り詰めていく。
振り返った彼らは唖然としてそれを見つめていた。
遥か上空へと光は樹に沿って消えてゆく。
そしてしばらくその光は留まることなく樹を昇り続けた。
その内に樹がエメラルド色に染まっていく。
「コレは・・・一体なんじゃ・・・樹を昇ってゆく」
「・・・ラツィエル様」
それを見つめたまま、ウリエルは訝しんだ顔をする。
「どうした、ウリエル」
「ふと・・・思ったのですが、この上には・・・
 セフィロトの樹の上には何があるのでしょうか」
セフィロトの樹はその高さに終わりがなかった。
途中でぷっつりと切れてはいるのだが、
そこからどこかへと続いているのだ。
未だ、誰もそのどこかへ行く事は出来ないのだが。
「・・・・・・」
それを聞くと静かにラツィエルは座り込む。
それに習い、ウリエルも地面に腰を下ろした。
「ウリエルよ。
 おぬしは何故、天使は人間より高位か知っているか?」
「・・・いえ、ですが身体の面では人間の方が未知数です」
「そういう問題ではない。いいか?
 理由は簡単なのだ。この樹・・・セフィロトの樹が、
 現象世界よりアルカデイアを上にしたからなのだ。
 言いたい事は解るか?
 つまりアルカデイアは現象世界の上だから、
 人間より天使が高位体として存在している」
そこまで聞いてウリエルはようやく彼の真意に気付く。
「・・・つまり、この上にいるのは・・・」
ラツィエルは内ポケットから煙草を取り出すと、
静かに口にくわえる。
樹の上方には薄紫の雲がかかっていた。
それもどんよりとした暗雲だ。
そんな空を睨みつけながらラツィエルは言う。

  「さあな。或いは・・・神」

 

Chapter31へ続く