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白の花餞

著作 早坂由紀夫

Chapter4
「吸血鬼の死」

2008年 4月22日(火) 夜

ああ、この感覚は・・・。
もう辺りは寝静まっていて、
結羅ちゃんの規則正しい寝息だけが、静かな闇に聞こえている。
夜になると、体が疼いてしょうがなくなる。
この闇に向けて飛び立ちたい・・・。
幸い結羅ちゃんは寝ている。
どうしようか? 勿論、答えは決まってる。
私は窓をいっぱいに開けると、目の前の樹まで跳躍した。
足に負担がかかると、足の骨が折れてしまう。
だから自分の周りの重力を操作して、負担を和らげる。
そして、自分の飛んできた方を振り返った。
寮の裏側が見えて、ある一室に目がとまる。
「あそこが・・・凪さんの部屋」
凪さんの部屋は、一階の右端だな・・・。
なんだか、とても凪さんに会いたかった。
凪さんの血の味を思い出すだけで、もう堪らない。
私はそこの樹から、その部屋へと向かって飛んだ。
今度は、空中に制止して窓の鍵を静かに破壊する。
これは結構体力を使うな〜。
部屋では、紅音ちゃんと凪さんが寝ている。
私は服を脱ぎながら、凪さんのベッドへと歩く。
さすがに裸では失礼だから、下着でいいか。
「凪さん・・・凪さん、起きて下さい」
「・・・ぅん・・・誰?」
「私です。真白です」
「まし・・・真白ちゃんっ!?」
がばっと布団を跳ね上げ、布団に座っている私を見た。
凪さんは状況がまだ理解できていないみたい。
「あんまり大声を出すと、紅音さん起きちゃいますよ」
「うっ・・・」
「私、凪さんに会いたくて来ちゃいました」
「そう、それはどうも・・・でもさ、
 なんでそんな格好で俺の布団に座ってんの?」
「何かおかしい所ありますか?」
「服を着てくれっ」
掛け布団をかぶり、顔を隠す。
凪さんって可愛い所あるんだ〜。
「凪さん、嫌ですか?」
「い、嫌って・・・何が?」
「えっち」
「だはっ! 嫌とかじゃなくて、意味がわからないんだよっ」
不思議だなぁ。
普通目の前に下着姿の女の子が座ってたら、
構わず襲っちゃうと思うんだけど。
「私って、魅力無いですか?」
「そ、そう言うわけじゃないって。
 とりあえず、服を着てくれないか?」
「・・・嫌です。私の事抱いて下さい」
「だから、勘弁してくれよ」
「本当に良いんですか?」
「だから・・・い、いいよ」
「ちょっと今心が動きそうになりました?」
「な・・・なってないって!」
絶対動いてると思ったんだけどなぁ・・・。
「残念だなあ。ちゃんと血を循環させれば、
 凪さんも私の仲間になれたのに」
「え・・・?」
仕方ない。
それはまた後でのお楽しみにしよう。
「それは、一体どういう・・・」
「じゃあ、せめて・・・凪さんのを下さいね」
「え?」
首筋にキスをして、そのまま血を吸い出す。
桃色の管から血液が流れ出して、私の喉を潤していく。
「ッ・・・ま、真白ちゃん・・・!?」
「凪さ〜ん、睡眠は充分取った方がいいですよ。
 それでも凪さんの血はとても美味しいですけど」
「・・・っ!」
「安心して下さい。そんなに沢山飲んだりしませんよ。
 私、凪さんを殺したくないから」
でもなんだろう。体が清められる様な・・・
すごく美味しくて、飢えが満たされる様な血。
こんなの初めて・・・。
私が過去吸った中でも、一番美味しい血だ。
「凪さん・・・じゃ、改めてしましょ」
「な、何を?」
「もぉ〜解ってるくせに。私に言わせるんですか〜?」
「ま・・・まじで?」
「まじで〜す」
その時、ふいに殺気を感じて凪さんを放した。
もしかして、私狙われてるのかな?
まるで刺す様な殺気が私へと注がれている。
瞬間、背後から火の気配を感じて凪さんを抱えて飛んだ。
そのまま、部屋の外へと跳躍する。
「ちょ、ま・・・真白ちゃん?」
「凪さん、下を見ないで下さいね」
「え? ・・・なるほど。見ちゃったよ」
そう言って、私にしがみつく凪さん。
あっ、これって結構ラッキー?
そして、学校の屋上に降り立つ事にした。
凪さんは私が血を吸ってしまったせいか、
気分が悪そうな顔してるけど、なんとか大丈夫そうだ。

ドクンッ

あ、れ?
なんだろう。今まで、凄い事をしていたような・・・。
「・・・服着て欲しかったんだけど」
「あ・・・」
思わず隠してしまう。
だって、さすがに外に下着姿でいるのは恥ずかしい。
それにさっきの私は一言で言うと、
トランスしてたって言うか・・・正気じゃなかった。
だから意識がはっきりしてる今、
彼の前でこんな格好してるのはこの上なく恥ずかしい。
私、凪さんを誘惑してたんだよね・・・。
今考えてみると、とんでもない事をしちゃったな〜。

「俺の上着、着てていいよ」
そう言ってパジャマの上を貸してくれる。
なぜか凪さんはさらに、その下にトレーナーを
羽織っているけど気にするのは止めよう。
「凪さん、ありがとう」
「・・・別に礼なんて要らない。
 でも、さっきと反応が違うな」
少し意地悪に笑いながら、凪さんはそう言った。
「あの、ちょっと私・・・意識飛んでたんです」
「ふ〜ん」
「え、な・・・凪さん」
「それはそうと、真白ちゃんって吸血鬼だったんだ」
「・・・はい」
そう認めた瞬間に、自分が人間では無い事を認識させられる。
「そっか。じゃあやばいよね・・・」
「え?な、何が・・・」
急に女口調になった凪さんは後ろを指さす。
そこには、黒いマントを羽織った人が、
宙に浮いたままこちらを向いていた。
異常すぎる光景にもかかわらず、
その人はその景色にとけ込んでいる。
フードを被っていた為に、どういう人なのかが解らない。
でも、なんとなく女の人だと思った。
「凪、どいていろ。すぐ終わる」
無表情な女性の声。
私の全神経が私に伝達してくる・・・この人は危険だ、と。
今すぐ逃げないと・・・逃げないと、私は間違いなく殺される。
「え・・・な、凪さん」
「・・・」
強く抱き締めて欲しかった。
あるいは手を取って、一緒に逃げてほしかった。
だけど凪さんは、静かに私から離れた。
風が、強く私と凪さんの髪を揺らす。
月が二人の間に、丸くカタチを作っている。
その1mの距離は、とても遠い距離だった。
「う・・・そ。嘘だよ・・・ね、凪さん、私」
信じてたのに・・・!
どうして・・・?
やっぱり、死ぬのは嫌だったのかな?
それとも、私が吸血鬼だから?
凪さんとは、違う生き物だから?
黒いマントの女の人は、私に向けて手を翳した。
多分私は、あの人に殺されるんだ。
それもとても考えたくない様な方法で。
どうしようもなくて目を閉じた瞬間、頭がぐらぐらした。
・・・あれ? 私・・・。
「大丈夫?」
「凪さん・・・なんで?」
さっぱり状況が理解できていなかった。
私は凪さんと一緒に地面に倒れていて、
どこからでたのか炎が目の前を燃やしていた。
凪さんは私を抱きとめる様に飛びついていたみたいで、
炎からは難を逃れられたみたいだった・・・。
「友達を見殺しにするはずないでしょ。
 攻撃を避けるために助走をつけてたの」
「凪さんっ」
抱きつきたかったけど、
今抱き締めたら二人とも死んでしまうかもしれない。
もう少し我慢しよう。
「凪、巻き添えをくっても知らないからな」
再び女の人は手を翳す。
私達がいた場所は、赤い炎が燃えてすぐ消えた。
私は凪さんを連れて、フェンス際に跳躍する。
なんとか炎を浴びる事はなかったみたい。
しかし、なぜか力があまりでなかった。
「あれ・・・どう、して?」
「そこまでだな・・・輪廻のスティグマを持つ者よ」
「どういう事よっ! 葉月、説明して!」
葉月・・・あの人は、葉月ちゃんだったの?
ああ、じゃあ、あの時の目はやっぱり本当だったんだ。
・・・多分今の説明を求める言葉は、
凪さんが時間を稼ごうとして言った事なんだと思う。
でも私は、あの葉月さんから逃げるのは無駄な気がした。
私の本能がそう言っている。
彼女は、危険すぎる・・・と。
「凪。その者は、前世に吸血鬼だった人間だ。
 だから輪廻の過程で消しきれなかった罪を、
 今ここで再び償うんだよ」
「前世とか輪廻とか、そんなの関係ない!
 彼女は、間違いなく真白ちゃんだよ・・・」
「凪さん・・・」
「真白ちゃんに・・・罪なんて、無い・・・!」
凪さんの台詞は、私の視界を閉ざしてしまった。
だって目の前が潤んで、よく見えない。
「それなら問題ないのだがな・・・凪。
 残念だがお前はさっき血を吸われているだろう・・・」
「・・・・・・」
「性干渉を持っていれば、
 場合によっては凪も吸血鬼になる所だったんだ」
「だからって、あの二人の様にまた殺すの?」
「当たり前だよ。例外は有り得ない」
私は死ぬべきなんだろうか?
これ以上、凪さんに迷惑はかけられない気がした。
「真白ちゃんは絶対に殺させない」
「駄目だな。いくら凪でも、邪魔すれば殺す」
「・・・葉月」
このままだと、私のせいで凪さんまでが
死んでしまうかもしれない。
私はフェンスを飛び越えてグラウンドを見やる。
「凪さん・・・私が、ここから落ちて死ねばいいのかな?」
「真白ちゃんっ! そんなの絶対駄目だ!」
女言葉を忘れるぐらい心配してくれているのが、
今は逆にとても辛かった・・・。
決心が鈍ってしまうから。
「凪、止めないでいい。それでも、構わないんだ」
「何言ってるんだ! 真白ちゃんは死なせない!」
「・・・もしかしたら、面白い事になるかも知れないんだが」
「え・・・?」
「真白が吸血鬼にされた人間だったなら、
 人間に戻れる可能性もある」
葉月ちゃんが、とんでもない事をいう。
「それはここから落ちて死ぬか、私に燃やされるかだ」
「そんな事させるかっ!
 絶対守ってみせるから・・・戻ってきて!」
そう、そのやるせない顔に、あの笑顔に、その優しさに・・・
あなたの全てに、私は魅せられていた。

「凪さん、さよなら」

迷うことなく手を放した。
自分が吸血鬼になった時の事、思い出せたから。
遠い昔の話。
私は、凪さんに似た吸血鬼に前世で純潔を奪われたんだ。
最初は恐くて堪らなかったけど、最後は優しさに気づけた。
あの時は、どうなっても後悔なんてしないと思ってた。
でも・・・今は、少し違う。
今気付いた。最後の最後まで、
吸血鬼と人間の境目に囚われていたのは、
誰でもない私だったんだ。
あの人が殺される時、私は愛しているって・・・
そんな一言さえかけられなかった。
どこかで諦めている私がいたんだ・・・
人と吸血鬼は、やっぱり愛し合うべきじゃなかったって。
死んで、あの人に謝らなくちゃ。
「そう簡単に死なせないよ」
「な・・・凪さん」
なんて事だろう。
宙に飛び出した私を凪さんが抱き締めている。
落下速度は上がっていくばかりで、
凪さんの安全を保証してはくれない。
私の事はもう良いのに、どうして助けたりするんですか・・・!?
折角あの人の所へいけると思ったのに・・・。
「俺、頑丈に出来てるから。助けてやるよ。
 もし嫌がっても無理矢理にでも助けるからな」
「・・・凪さん」
「っ・・・どうして凪は、普通の女のくせに無茶ばかりするっ」
そんな言葉がきこえた瞬間、少し重力が軽くなった気がした・・・。
そしてそのまま、私と凪さんはグラウンドに降りてしまった。
信じられない事に、二人とも全くの無傷で。
「あれ・・・私達、無事、ですね」
「そ、そうだね・・・」
すると上から葉月ちゃんが飛び降りてくる。
「凪。お前は、なんでこんな無茶ばかりする!」
葉月ちゃんは呆れた顔をして凪さんに詰め寄った。
「・・・葉月なら、助けてくれると思ってた」
「っ・・・! こんな時だけそんな都合のいい事を」
「そう怒らないでよ」
「あ、私・・・」
「真白。お前の問題は片づいていなかったな」
「葉月・・・!」
「ううん、凪さん。私・・・」
急に葉月ちゃんは手を私に向けて翳す。
月の光が、とても眼に痛い。
そして辺りが真っ黒になっていった・・・。
「真白ちゃんっ!!」

凪さんの声が聞こえるけど、よく解らない。
ただ、とても懐かしい人にあった気がした。

微笑んで私に別れを告げた人――――――――

それは、凪さんにとてもよく似た・・・吸血鬼。

「なぜ殺したんだっ! 答えろ葉月っ!!」
凪は、激しく怒りを露わにして、葉月に詰め寄る。
殆ど女言葉なんて気にしていない様だった。
「凪・・・五月蠅いぞ」
「・・・葉月、お・・・」
「もうすぐしたら、真白が出てくる。
 そうしたら、凪の部屋で服を着せてやってくれ」
「へ・・・?」
凪は、その黒い炎を食い入る様に見つめていた。
しばらくすると、本当に真白本人が裸体で現れた。
凪にとって幸か不幸か、真っ暗でよく見えないが。
「真白ちゃん・・・?でも、なんで裸・・・?」
「・・・な、凪さん?」
凪はすぐに後ろを向くと、
どうしようもない事に気付いてまた真白の方を向いた。
「凪さんっ、後ろ向いてて下さいよぉ!」
「えっ・・・あの、それが・・・」
「なんで私、服がないんですか? まさか・・・」
「まさかって、何?」
まさか、私に何かしたんですか?と言いかけて真白は、
何かしようとしたのは自分だったと気付いた。
「え、いえ・・・早く寮に入りましょうよ」
「ああ、じゃ、この服着てな」
「あ・・・ありがとう、凪さん」
さっきは平気で脱ごうとしたのに、
なんで今度は見たら怒られるんだ・・・?
凪はそう考えながらも、
真白を連れて自分の部屋へ戻っていった。

 

「私、この服着て良いですか?」
「わぁ、すごい似合ってる!」
なぜか紅音さんが起きている。
しかも、私が凪さんに服を貰いに着たと思ってる。
なんか合理的・・・っていうべきなのか、単純なだけなのか・・・。
「凪さんはどう思いますか?」
「あ、うん。似合ってる」
「だよ〜、真白ちゃん、可愛いから何着ても似合うね」
「え、いや、その・・・」
深夜の着せ替えショーは、本当に深夜まで続いた。
そう、紅音さんが寝てしまうまで。
・・・・・・。

2008年 4月23日(水) 昼休み

「真白。君はもう人間だよ」
そう、葉月ちゃんは告げた。
「私の黒い炎は、邪悪な者や闇に属する者を焼く力しかない。
 だから悪い心をもっているとか、
 私腹を肥やしている人間にも私の炎は効かない。
 まあそう言う奴ら用の炎も出せるが、
 私の標的はあくまで悪魔とその力を受けた人間のみだ」
そう言って葉月ちゃんは、私の方を見た。
「じゃあ、真白ちゃんは人間だって認められたの?」
「私の炎で焼けないという事は、人間に戻ったと言う事だ。
 ・・・凪、お前の血は浄化作用でもあるのか?」
「え? なんで?」
「凪の血くらいしか、原因が浮かばない。何も起こらずに、
 吸血鬼の血が浄化されるなんて信じられないよ」
でも、結局の所私は助かったみたいだ。
多分凪さんのおかげで。
「だが、もし凪が・・・」
「私が悪魔に憑かれたら、骨も残さず焼くんでしょ。
 解ってる解ってる」
「ぬ・・・」
相変わらず凪さんは、自分が男だという事を隠してる。
だから、私もしばらくはその嘘に付き合っていこうと思う。
凪さんを私の彼だって紹介する時までは・・・。
なんて・・・意外と近い未来だったりして。
「あは〜、はは〜」
「・・・真白が壊れているぞ」
「え、うん。気のせい・・・だって」
「凪、一度は命を張って助けたんだ。
 後はお前が面倒を見ろ」
「えっ・・・私?」
「ふん、私だっていきなり殺すつもりだったわけじゃない。
 闇の側かどうかを見極めてから・・・」
「そういえば葉月の炎ってさ、
 悪魔とかを焼く事しかできないんだよね」
「まあ、そうだが?」
「じゃあ、なんで真白ちゃんの服は焼けたの?」
「・・・・・・」
「ねえ」
「・・・秘密だ」
「葉月・・・まさか、私が真白ちゃんに味方したのが
 気に入らなかったの?」
「そっ、そんなはず無いだろう! ま・・・全く、馬鹿馬鹿しい」
「あははは〜凪さ〜ん」
「・・・馬鹿馬鹿しいな。全く」
「二人とも、私の話を聞こうよ〜・・・」
全てが吹っ切れたわけじゃないし、
私は確かに前世で吸血鬼だった。
けど、もうあんなに辛そうな顔をした凪さんを見たくないから、
私はまだこの世界で生きる事にします。
ごめんなさいアシュクロフト・・・
さようなら、昔の私が愛した吸血鬼。

そうして高天原凪の受難はまだまだ続く・・・。

 

−黒の陽炎「白の花餞編」END−

 

Chapter5へ続く