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頑張れ、西園寺先輩!

著作 早坂由紀夫


第四話
「体育館裏にて……」


 この間のキスが頭から離れない。
 とは言え、俺がキスしたワケじゃなかった。
 よりによって黒澤と高天原さん。
 幸いにも額だったからよかった物の……。
「キスかぁ」
「男が窓辺でため息付いてると気持ち悪いな」
 机に座ってる圭吾が俺にケチを付けてくる。
「うるせー」
 俺は自分の部屋で物思いに耽っていた。
 なんていうか……切ない?
 あの子ってキスとか慣れてるんだろうか。
 気になるが、確かめる術はない。
 そんな事を聞けるはずがないしな。
 どうにかもう少し彼女と仲良くなりたかった。
 普通に話すのが当たり前くらいの仲に……。


 今日は部活が休みだったが運動場に来てみる。
 やはり室内は蒸し風呂状態だった。
 酷い暑さだな……バスケ所じゃねえ。
 帰ろうと運動場を出ると、声が聞こえてきた。
 それも聞き覚えのある声。
「こんな所に呼び出してごめん」
 3年の菅浦だ。
 見た目は良い奴そうだが女たらしだと聞いている。
 テニス部所属というのも浮ついた噂に拍車だ。
 相手の顔を見てみる……あれ?
「はぁ……いえ、お構いなく」
 そこには困った顔で笑う高天原さんの姿がある。
 俺は乗り出した身体を運動場の影に隠した。
 まさかあの野郎、彼女に手を出す気か?
 やばい、やばいぞコレは!
 彼女はきっと菅浦の黒い噂なんて知らない。
 菅浦の奴は馴れ馴れしく高天原さんの肩に手をかけた。
「君にプレゼントがあるんだ。目を瞑ってくれない?」
 明らかにキスをしちまうという予告だな。
 今時引っかかる奴はまず居ない。
「目を瞑るんですか?」
 うわ、正直に目を閉じちゃったよ。
 徐々に顔を傾けていく菅浦。
 幾らなんでも無防備すぎるだろ!
 俺は耐えられずにその場に出ていく事にした。
「おいっ、ちょっと待てよ!」
 そんな俺の言葉で菅浦と高天原さんが俺の方を振り向く。
「なんだよ……西園寺だっけ?」
「そういうやり方は気に喰わねえな。
 やるなら正々堂々と告白したらどうだ?」
「端から見てるお前の方がえげつないと思うけど。
 第一、お前に関係ないだろ? 出しゃばんなよ」
「うっ……」
 菅浦は明らかに俺を見下した目で見ていた。
 気にくわねえ……。
 かといって殴ったりというのも、
 高天原さんの手前だから堪えたい。
 俺が黙っていると菅浦は困惑する高天原さんの肩を抱いた。
「邪魔が入ったから、違う場所で話をしよう」
 よく考えてみると高天原さんって、
 今の所は菅浦を拒否してないよな。
 もしかして奴の言うとおり俺は邪魔者?
 だとすると……すんげぇピエロじゃねえか。
 そう俺が自分のやった事を省みている時だった。
「……ますか」
「ん?」
 高天原さんは自分の肩に置かれた手をぱしっと払う。
 埃でも払うみたいに。
 その表情もいつになく厳しかった。
 冷笑を浮かべて菅浦の事を睨んでいる。
「私を甘く見ないで貰えますか。
 良かったですね、西園寺先輩に止めて貰って。
 そうじゃなきゃ貴方の事ひっぱたいてましたよ」
「高天原……さん?」
 彼女は菅浦の事は相手にせず、こっちに歩いてくる。
「行きましょう先輩」
 最高の笑顔を浮かべる高天原さん。
「あ、うん」
 ピシャリと言われたせいか菅浦は放心状態だった。
 そんな奴を放ったままで彼女は歩き出す。
 俺も彼女について歩いていった。



「正直少し助かりました」
 寮へと帰る道のりで彼女はそう言う。
 その顔は少しいつもより柔らかかった。
「菅浦先輩ってちょっとしつこくて。
 今日はもう、殴っちゃおうかと思ってたんです」
「……そ、そうなんだ」
 可愛らしく手を伸ばす高天原さん。
 一緒にいるだけで俺は心臓が高鳴っていた。
 馬鹿みたいだけど、幸せを感じる。
 不意打ちでキスしようとした菅浦の気持ち、
 ほんの少しだけなら解るな。
 なにしろ彼女は何処か高嶺の花だった。
 それなのに親近感が湧いてしまう。
 だから自分との距離感がふと曖昧になるんだ。
 隣でこの子の事、ずっと見ていたくなる。
「先輩?」
「……あ、ちょっとぼーっとしてた」
「ふふ。寝足りないんですか?」
「ち、違うよ」
 俺の方が先輩だから彼女は敬語を使っていた。
 そう、高天原さんって年下なんだよな。
 年下か……なんか良いなぁ。
「凪さん?」
「あ、真白ちゃんだ」
 向こうから誰かがこっちに歩いてきた。
 確か一年の神無蔵さんだったっけ。
 格好良い名字だから覚えていた。
 彼女は爽やかに笑いながら高天原さんに手を振る。
「あれ、西園寺先輩と仲良かったんですか?」
「変な事を考えないでね」
「解ってますよぉ。
 凪さんの事を一番知ってるのは私ですから」
「あは……はは」
 何か含みを持たせた喋り方だな。
 まるで高天原さんの秘密を握ってる様な……。
「西園寺先輩、凪さんが綺麗だからって
 変な事しないで下さいね」
 神無蔵さんは笑顔でそんな事を言う。
「俺はそんな事しないって」
「だそうです凪さん」
「真白ちゃんってば失礼だよ……」
 変な事か……キスはしてみたいけど。
 ちらっと高天原さんの口元を見てみた。
 触れたら身体中の骨が無くなりそうな感じだった。
 要は骨抜きにされる、と。
 少し桜色の唇は彼女が喋るたびに可愛らしく動く。
 と、すぐに俺は視線をそらした。
 勘ぐられでもしたら困る。



 凪は寮に戻ってくるとため息をついた。
 隣の真白は不思議そうな顔をする。
「どうしたんですか?」
「ん〜……いや、西園寺先輩とはちゃんとした形で
 友達になりたかったなと思って」
「ま、まさか恋したりしてませんよね」
「あのねぇ、私だってしまいには怒るよ」
「えへへ……ごめんなさい。
 ただ、西園寺先輩って多分……」
「ん?」
「いえ何でもないです」
 意味ありげな笑顔を見せる真白。
 おかげで凪はそれ以上、何も聞けなかった。

To be continued→