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Noise

著作 早坂由紀夫


*ルネィフス*

 私は何も考えない。何も求めない。
 そうすれば痛くないし辛くない。
 苦しくもないし悩んだりもしない。
 恐ろしいのは優しくされたりする事だ。
 温かさに触れて心が人間味を持ってしまったら、
 私はきっと狂ってしまう。
 ……ううん、すでに私は狂ってるのかもしれない。
 なま暖かい自由の中で私はゆめをみた。
 いつか、私達が眩しい空の下で遊び回るゆめ。
 そこには苦しい事も辛い事もない。
 そして痛い事や悲しい事に目を伏せる必要もない、
 何も考えない様に生きる事もしないでいい世界。
 私が私らしく生きられる世界……そういう世界のゆめ。

   そんな……残酷な夢。

 私は羊の脳を成長させた変異種だそうだ。
 向こう側で働かされている牛と違って、
 性処理目的で量産された進化系変異種。
 通称、ルネィフスと呼ばれる種。
 破れても放っておけば5分で再生する処女膜と、
 全ての感覚を快感へと変える身体を持たされている。
 当初は女性ベースという事で猫の脳が選ばれた。
 だけど人道的見地から外れるという事で、
 家畜である私達羊が選ばれる。
 でも私達はまだましだと思う。
 豚なんて1分の暇もなく延々と働かせられる。
 顔が豚のままだから死んでも心が痛まないそうだ。
 研究所の明かりはいつも薄暗い。
 辺りにはいつも息を切らした私の仲間がいた。
 皆、研究所の人間と性交している。
 それも相手が満足するまで終わり無く。
 相手が一人ならばまだ良いのかもしれない。
 でも私達の場合、常に数人の男の人達に囲まれていた。
 今も私の身体を誰かが突きつけている。
 荒々しい声、私をなじる言葉。
 もう慣れてしまった。
 処女膜を破られるといつも気絶しそうな痛みが襲う。
 けどそれもすぐに慣れてしまうから辛くなかった。
 昔、私がまだ何かを考えていた頃、
 どうして処女膜がすぐに再生するのかを聞いた事がある。
 一人の男の人が私の顔を殴りつけると言った。
「締まるからに決まってるだろ」
 最初は解らなかったけど最近は何となく解る。
 身体が痛みに反応して筋肉が収縮するっていう事なんだ。
 中には終わりない絶頂の中で死んでしまった仲間もいる。
 可哀相だとは思わない。
 私がそうならなければいい、そう思うだけだ。

 

 時折不思議だと思う事があった。
 他の仲間の顔は私よりもずっと気持ちよさそうなのだ。
 目を細めて、口をだらしなく開けてよがっている。
 そんな気持ちいいモノなのかな……。
 どうしても私はそんな風には思えなかった。
 だけど気持ちよく無さそうにしていると男の人は凄く怒る。
 だから一応私も気持ちいいフリをする事にした。
 びくっとしたり震えるフリをする事にしていた。
 それ以来、私の身体が欠陥だという事に気付き始める。
 普通の人間の女性と同等かそれ以下。
 私の身体は快感を受け付けない身体みたいだった。
 もっとも全然気持ちよくないワケじゃない。
 少しは感じるし気持ちよくもなる。
 でも絶頂に達した事はなかった。
 おかげで私に少しずつ感情が生まれてしまう。

 

「……っ、痛っ」
「お前らはすぐ感じだすんだろ、気にすんな」
 その人は初めて会う人だった。
 どこか普通の人よりも乱暴ですぐに挿入してくる。
 それは息が出来なくなる程の痛みだった。
 全然その人が私を濡らしてくれなかったというのもある。
 ただ普通ならその後は勝手に濡れてくれるモノらしい。
 けど私の身体は、その人のモノを潤滑しようとはしなかった。
 それどころか拒否する様にどんどん枯れていく気さえする。
「あぐっ……あぅ、ふっ……ふあっ……」
 そんな風に自然に声が漏れてしまっていた。
 勿論、それは痛みに耐えてる声。
 でもその人にとっては喘ぎ声と変わりなかった。
 正常位の状態から私の両手を引っ張ってくる。
 バランスを取っているのだろうか。
 上手く反応する事が出来ずに、なすがままにされる。
 それでも身体っていうのは不思議なものだ。
 痛みを少しでも和らげる為に奥の方から濡れていく。
 どうにか私の痛みは耐えられるものへと変わっていった。
「あっ、あう……気持ち……良い、ですっ……」
 とりあえず良いと言っておけば悪いとは思わない。
 男の人はそれに満足した様で私の中に欲望を吐き出した。
 そうそう、基本というものらしくて、
 私達に妊娠という概念はない。
 つまり交配する必要のない種だと言う事だ。
 そう言う風に作られているから。
 鯨なんかの扱いは凄く良い。
 殆ど人間と変わらない扱いだという。
 よく解らないけど、20ヶ国以上が
 鯨の扱いを丁重にする様に申請したそうだ。
 ならなんで羊は丁重に扱われないのかな……。
 そんな事を言ったらまた殴られるのは知っていた。
 要は羊だから。
 羊に生まれた時からそれが決まっていたのだ。
 生物っていうのは生まれた時に運命が決まる。
 だから私は思う。
 生まれ変われるとしたら人間か鳥になりたい。
 セックスが気持ちいいと思える様な、
 大切な事だと思える様な生命に生まれたい。

*ルネィフス2*

 私はその日、鑑査に引っかかってしまった。
 十数人がかりで押さえられて調べられる。
 陰部にある突起を数分かけていじり続けられた。
 精一杯私は感じたフリをしたのだが、
 やはり解る人には解ってしまうらしい。
 私の身体が不感症である事が知られてしまった。
 そして私と今までまぐわった人達が、
 長髪の男の人に質問を受ける事になる。
「……やれやれ、君らはどうして気付かなかったんです」
「こ、この女が感じたフリなんかしやがるから……」
「愚かですね。この子は君たちのものではない。
 君たちの性処理の為にいるわけでは無いのですよ。
 研究費の元を取る為に売却するのです。
 その為に君達に試用させているのでしょう?
 仕事も出来ない人間に用はありません、クビです」
「そ……そんなっ」
「二度は言いません。去りなさい」
 そんなやりとりの後、男の人達は去っていった。
 長髪の男の人は白衣らしきものをしっかり着ると、
 私の方に向かってくる。
「やはり私は削除されてしまうんですか?」
「僕はね、君の様な子を殺す趣味はありませんよ。
 それよりも丁度よかった。君の脳が必要なんです」
「……私の脳?」
 それは少し理解しがたい事だった。
 身体以外を必要とされた事なんて、初めてかもしれない。
 でもその人はにこやかな笑顔で私に言った。
「そうです。私の娘が脳死してしまいましてね。
 残念ですが君の脳があれば生きる事が出来る」
「それって、人になれるって……事ですか?」
 生まれ変われるっていう事なのだろうか。
「君は運がいいですよ。羊から人になれるんですから」
 その言い方には何か引っかかるものがあった。
 なんだか羊は人間より下等だという様な言い方。
 でもそれは真実なのだろう。
 モノには必ず順位があって、
 それはどう考えようと事実なんだ。
「……私、羊のままが良い……そう言いたいです。
 でもそんな勇気はありません。
 だから……せめて記憶を消してください」
「君の記憶を?
 まあ、苦いモノだらけだろうからね」
 それもある。
 毎日セックスだけの生活。
 家畜だった頃と大して変わらない食事。
 いつも裸で衛生なんて言葉は存在しない。
 それでも身体は綺麗にさせられる。
 自分の為ではなく、相手の為に。
 そんな事は覚えている事だけでも苦痛だった。
 けれどそれだけじゃない。
 私が羊だった事を消してしまいたいのだ。
「じゃあ行こうか。君はこれから人として生きるんだ」

*生きない人*

 どうして私はここにいるんだろう。
 見知らぬベッドの上で目を覚ました。
 右腕には点滴が刺さっている。
「んしょ……」
 それを自分で外すと近くの窓を見た。
 立ち上がって歩こうとすると身体が床に倒れる。
 足に力が入らなかった。
 足だけじゃない。
 手にも力が入らなかった。
「やあ、お目覚めの様だね」
「……あなた、は?」
 どこかで見た事がある様な男性。
 白衣に長髪で美形の人。
 そして細い眼鏡をかけていた。
 怖いくらい鋭い目つきをしてる。
「さて目が覚めたならもう充分だ。
 君の身体、実は私の恋人のものだったんだよ。
 ……まあ覚えてないだろうけどね」
「こい、びと?」
「前の君には娘と言ってあったが、
 本当は君は私の恋人の身体を手に入れたんだ」
 なんの事を言っているのだろう。
 前の私?
 それに身体を手に入れた?
 頭の奥が……ちりちりする。
「脳死というのは本当さ。原因を作ったのは私だがね。
 性格が好きなワケじゃない。外面が好きだったんだ」
「はぁ……」
「君は先天的に人に逆らえない様に出来ている。
 だから君を選んだんだ。
 別に羊であれば誰でもよかったがね。
 まあ結局、君は羊というしがらみには勝てないんだ」
 そういうと私の隣にそっと座る。
 そして撫でる様に私の太股を触っていた。
 なぜか解らないけど、嫌じゃない。
 嫌じゃないのに……何か妙な感覚が自分を襲う。
 これじゃいけない。
 私が求めてたものはこれじゃない。
 ……だったら何?
 解らない。
 頭の中には自分が誰かと言う事さえ解らなかった。
 不安定で糸の切れた凧の様な孤独。
 本能でその人の手をはねのけようとするが、
 腕に力が入らなくて後ろに倒れそうになってしまう。
 すると彼の腕が私を包み込む様に抱きしめた。
「おやおや、いけないね……。
 君は約一年間ここで眠っていたんだ。
 身体が満足に動くはずがない」
 太腿に置かれた手が少しずつ上へと伸びていく。
 そこは……誰にも触れさせてはいけない気がした。
 精一杯反抗するんだけど全然意味はない。
 そしてぞくっとする様な感覚と一緒に、
 その手は私の何かを刺激した。
「こ、これって……んっ……」
 目の前が一瞬まっしろになる。
 それは気持ちいい、と表現するべきなのか。
 表現しようのない感覚が私を襲った。
 あるいは、それを私が知らないだけなのかもしれない。
「君は不感症だったね。
 快感というモノを知らないのだろう。
 でもこの身体は人よりも敏感になっている。
 楽しみだよ、君という人格を作っていくのが」
「人格を……つく、る?」
 私は消え入りそうな意識の中でそう聞いた。
 彼は静かに微笑むと言う。
「君の精神を私が掌握するという事さ。
 いいかい? 生物は過去を消す事は出来ない。
 何かしらの形で必ず影響を及ぼすモノなんだ。
 君はそれを放棄しようとした。これは罰なんだよ」
「罰……」
 私の身体を覆っている一枚の布きれ。
 多分、患者用の服。それを彼は脱がせていく。
 そこには私も知らない魅惑的な身体があった。
 大きすぎず小さすぎない胸。
 艶やかに見える程度の脂肪を残した太腿、
 そしておなかのライン。
 私は……こんな身体をしてたの?
 自画自賛してしまう様な肢体だった。
 だってこの身体は、色気と美しさを兼ね備えている。
 理想的な肉体だった。
「美しい。やはり彼女の身体は芸術だ。
 君も誇って構わないんだよ、
 これからは君の身体なのだから」
「これが、私の……からだ」
「そう……この理想的な形の胸」
 彼が私の胸に触れると下半身が疼く気がした。
 優しく触れるその手は、気持ちいいと思える。
 でも何かが私を押しとどめていた。
「やめ、止めて……」
「止めるだと? なぜだい?
 君は私に逆らう事など出来はしない。
 あの研究所に戻りたいのかい?」
 研究所?
 その言葉を聞いた瞬間、
 私の身体は動かなくなってしまう。
 自然と身体が彼に全てを任せてしまっていた。
「そう、それでいい。結局は羊だ。
 逆らう事なんて出来ないんだよ」
「……はい」
 身体を快感が支配していく内、
 私は矛盾する感情を消し去ってしまう事にした。
 何も考えない。何も求めない。
 そうすれば心は傷ついたりしない。
「はっ……ああっ」
 彼の欲望を受け止めた時、
 私はあまりの快感に声を上げていた。
 でもそれは私の快感じゃない。
 この身体だけが先に知っていたものだった。
 挿入による痛みも何もない。
 全て違う私が経験した事なんだろう。
「わたしの……全ては、貴方のモノですっ……」
「ふ……素直というのは良い事だよ。
 僕はあの連中の様に君を傷つけはしない。
 死ぬまでずっと楽しく生きられるよ、きっとね」
 口走った言葉は全てを捧げるものだった。
 不思議と屈辱だとは思わない。
 それどころか自虐的な快感すら覚えていた。
 間違ってる。
 こんなの間違ってる。
 そんな言葉が私の心を揺さぶろうとした。
 だけど逆らえば逆らう程にバランスは崩れていく。
 心と身体がアンバランスに私を蝕んでいった。
 そして私は生まれて初めての絶頂を迎える。
「ふぁっ……い、いくっ、うぅぅっ……!」

*エピローグ*

 それが正しかったのかどうか答えはない。
 私はしばらくリハビリをして歩ける様になった。
 そうして彼と同じ研究員として働ける様になる。
 いつしか私は何も考えない事が当たり前になった。
 彼はどこにいても二人きりになると私を求める。
 選択権はなかった。
 救いなんて無い。記憶も殆ど無い。
 時折頭を掠めるノイズ。
 それが過去に繋がる扉なのだろうか。
 でも今更私は何も得たいとは思わなかった。
 彼がいなければ私の身体は耐えられない。
 彼のない生活はもう私には存在しないから。
 自由は私の手の平にあった気がしていた。
 けれど、時が経ちすぎて全て零れ落ちてしまったのかな。

トリカゴの中の鳥が……飛ぶ事を忘れてしまうみたいに。

END

 

〜後書き〜

エロです。しかもダークです。

意味があるか、ただのエロか。それは秘密です。

あると思えばあるし、無いと言えば無い。

実はテーマは動物愛護だったりします。

でも久しぶりに救い様ない奴を書いた気がします。

何を持って救いというかも、この話の難しい所ですが。

当初は猫か犬をヒロインに立てようと思ったんですが、

可愛くて可哀相と思われると困るので止めました。

羊でも結局、可哀相感はありますが……。

悲惨なのはもしかすると椎名林檎を聴いたせいかも。

ちなみに執筆時間はネタ作り込みで2時間です。

統計結果。エロはやはり早い。