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いつか、どこかで

著作 早坂由紀夫



第一部

−Exiles−

私は今、旅をしています。
どこか知らない世界を求めて、探求の旅です。
良い事よりも辛い事の方が多くていつもへこんでいます。
だけど私は旅をする事が大好きでたまらないのです。
一人でも多くの人に出来る事をしてあげたい。
一人でも多くの人とお話がしたい。
それだけの理由なのですけれど、
やっぱり止められませんよね、旅は。
元々人に誉められる様な仕事をしてきませんでしたし、
素敵な思い出があるわけじゃありませんが、
旅先では誰もそんな事は知らないのです。
・・・だからいつも、どこか逃避の様な旅なんです。

*風の吹く街*

私が初めて旅をした時に訪れたのが、風の吹く街でした。
そこには風車が沢山あって、風を動力に変えています。
その街に吹く風はなんだか独特な雰囲気を持っていて、
髪を撫でるだけで心が洗われてしまうのです。
洗濯板でばしゃばしゃって綺麗にするみたいに。
また、とても悲しい風が吹く時もありました。
その風が吹き荒れた時は、皆して涙を流します。
まるで、大切な人が死んでしまったかのように。
そんな時、決まって街の人は静かに黙祷を捧げるのです。
何に捧げているのかは教えてくれませんでしたけど、
私も何十分かそうやって黙祷したりしました。
街の中心には小さな井戸があって、
本当の井戸端会議を行っていたりします。

  「これが本当の井戸端会議なんですねっ」

そう言った時は、主婦の方にとても怒られてしまいましたけど。
井戸からはとても澄んだ地下水が汲み上げられて、
街の至る所へ供給されていくのです。
それが助け合いなんだなあって、私は一人で肯いてました。
街の南端には、機織り小屋なんて言う物もありました。

  「この街で作られる織物は名産品なのよ」

と言って、すべすべの布を触らせて貰いました。
繊細で暖かい・・・さすがは名産、と思ったものです。
ただ、その街の夜はとても凍える様な寒さに包まれていました。
私を買ってくれる人が居なかったら、
きっと死んでしまっていたくらいに恐ろしい寒さです。
風が吹くのと何か関係があるのでしょうか。
その事を聞いても、誰も話をしてはくれませんでしたけど。

*空に浮かぶ大陸*

この島にたどり着いた時には、
嬉しくて涙が出そうになってしまいました。
私、空飛ぶ島に住むのが子供の頃からの夢だったんです。
だから最初は、旅を止めてそこに住んじゃおうか
とも思っちゃいました。
長い長い梯子を上って、やっと着いた所でした。
下を見下ろすと、雲海と言うんでしょうか・・・
あの遥か上空にあるはずの雲が、自分のすぐ近くにあるのです。
それも凄く近くで、手を伸ばせば触る事だって出来そうでした。
きっと、散歩していたピエロさんに注意されなかったら、
私は本当に雲に触っていたと思います。
ピエロさんは手を伸ばす私を見て、
すぐに近寄ってぷんぷん怒りました。
手に包丁を持っていたのでとても驚いてしまいましたが、
ピエロさんはそれを上手に回転させてキャッチしていました。
どうやら、芸のお稽古中だったらしいのです。

  「君って旅人だね。駄目だよ」
  「え? なぜでしょうか」
  「ここ辺りの雲は全部雷の元になるんだから、
   触ったら感電して骨になってしまうよ」
  「そ、そうなんですか・・・すみません」
  「ごめんですむと思ってるのかい?
   だから旅人は嫌だね、無責任で」

とても怖い笑顔で怒りながら、ピエロさんは私を睨みました。
今でもそのピエロさんはちょっと苦手です。
この大陸にはそういった特殊なルールが沢山ありました。
ここに永住する権利を得る為には、
そういったルールを全部覚えなければいけないのです。
戦争時代にしかけられた地雷が残っている場所や、
いつも嫌がらせをする看板が置いてある道などをです。
頑張って勉強するのですが、どうしても永住権はとれませんでした。
それによく考えてみると、ここに住んだら
旅が出来なくなってしまう事に気が付きました。
だから今思うと永住権を取れなくて良かったのかもしれません。

*鐘の鳴り続ける教会*

本当に不思議な教会でした。
空高く、何もない場所に大きな鐘が浮いていたからです。
それが永遠を告げる様に、ただ澄みきった音で鳴り続けるのです。
なぜかそれは意識していないと、
鳴っているのかも解らなくなる様な不思議な音でした。
その教会は周りを森に囲まれていて、
街へ行くにはそこから数kmは歩く必要があります。
森で迷ってしまった私は、その二倍は歩いてしまいました。
でも、その鐘の音を聞いていると疲れなんて吹っ飛んでしまいます。
そこに住んでいたのは11人の可愛い子供達と、
1人の若い神父様でした。

  「こんなへんぴな所にくるなんて、神のお導きでしょうか?」

と聞かれたので、

  「私は旅をしているので、素敵な教会を見つけられて幸せです」

と答えたのを覚えています。
さすがに神父様は私をお買いにはなってくれなくて、
代わりに私はお仕事を手伝わせて頂きました。
高く浮いている鐘を掃除するにはどうするのか不思議でしたが、
結局それは秘密と言う事で教えては頂けませんでした。
私はそこで何日か、子供さん達と遊んでいました。
でもそんな事はするべきではなかったのかもしれません。
あの子たちと別れる時に、
どうしても涙が止まらなくなってしまいました。
皆とても良い子たちで、きっと私はその教会にまた行くつもりです。
最後に男の子が言った言葉が、今でも頭から離れないからです。

「ぼくたちに、また・・・会いに来てくれるよね」

*夢を売るオアシス*

そのオアシスについたのは本当に奇跡でした。
砂漠を何日も歩いて、
死に物狂いで街を探している所だったからです。
もしそのオアシスを見つけられていなかったら、
私は今こうしていなかったかもしれません。
そこは不思議な植物が沢山あって、
商人さん達が物を売ったりしていました。
でも彼らの売る物は、とてもロマンに溢れた物ばかりでした。
なかでも、夢を売る商人の方に私は引きつけられてしまいました。

  「お嬢ちゃん、どんな夢が欲しい?」

そう聞かれたので、私はこう答えました。

  「いつまでも皆さんが幸せで暮らせる様な、
   そんな夢が良いです」

そう言うと、その人は困った様に首を振ってしまいました。

  「そんな物は無いなぁ・・・素敵な恋人が欲しいとか、
   お金を腐る程手に入れたいとか、
   後・・・若さをずっと保ちたいとか言う夢ならあるよ」
  「いえ・・・私はとても幸せなので、勿体ないです」
  「そうかい。君みたいな良い子ばっかりだったら、
   俺の仕事も無くなるんだろうなぁ」

そう言ってどこか遠い目をする商人さんの姿は、
とても印象的でした。
そのオアシスには全部で数十人の商人の方が、
テント等を張って商売を営んでいました。
一度その中の商人の一人の方が、

  「君を一晩借りるのは幾ら必要かな?」

と聞かれたので、

  「泊めて頂けるのでしたら、お金なんていらないです」

と答えました。
その人は不思議な事に、目を点にさせていました。
そして、結局私を買っては貰えませんでした。
オアシスと言っても夜は寒く、氷点下になる程でしたので、
私は誰か自分を買ってくれる方を探しました。
すると若い男の方が、一晩だったら泊まっても構わない、と
おっしゃってくださいました。
そして一日限り、私とその方は夜通し恋焦がれ合ったのです。
その方はとても優しい方で、
私の事を何も聞こうとはしませんでした。
次の日になって、私が出発しようとした時です。

  「僕と一緒になってくれないか・・・? 君を、大事にするから」

とその方はにこやかに笑いながら言って下さいました。
でも、私は旅人です。彼と共に過ごした昨晩は幻なのです。
ですから私は答えました。

  「あなたの事を、きっと忘れません」

抱きしめられても、私はどうする事も出来ませんでした。
凄く抱きしめ返したかったのです。
その気持ちがとても嬉しかったのです。
でも・・・それでも、私は足を止めるわけには行かなかったのです。

  「私は、旅人です。すいま・・・せん」

そこからまた、砂漠へと足を踏み出しました。
彼をとても悲しませてしまいました。
でも居心地の良い場所を見つけてしまうと、
必ず後で悲しくなってしまいます。
だってそこは、永遠ではないのですから。
それでも私はどうしても、悲しみを抑える事は出来ませんでした。
涙が砂漠の土の中に埋もれていっても、私は歩き続けました。

*魔女の住む海岸*

そこは不思議な雰囲気に包まれた洞穴でした。
海岸沿いにあって、夜になると満潮になって入れない洞穴です。
そのせいか、ある程度まで洞穴内はコケがむしていました。
そして素敵な動物さん達が私を案内してくれた先には、
私と同い年くらいの魔女見習いの女性が居ました。

  「あら、あなた・・・ちょっといい?」

そう言って私の頭に触れて何か呪文を唱えました。

  「ふぅん・・・まあいいわ。あなたの記憶は見なかった事にする」

その人は私の記憶を見ていたそうです。
ただ頭を触れただけで人の記憶を探る事が出来るなんて、
凄い力だと思いました。

  「お詫びに、あなたの未来を占ってあげましょうか?」

とおっしゃって下さったのですが、私は断ってしまいました。

  「先の事は知らない方が、きっと楽しいですから」

代わりに魔女見習いの方は私に素敵な風景を見せて下さいました。
古代文明が残したロウベルト直線と言う物や、
海底の底にあるとても綺麗なお城などを、私はずっと見ていました。
それらはどれも私なんかが見るには勿体ない程に、
不思議と素敵に包まれた物だと思います。
最後に見たのは、私が生まれ育った故郷でした。

  「私、ここで生まれたんですか?」
  「そうよ。あなたの記憶の一部が
   辛うじて覚えていたみたいね」

私はその景色を見て、涙が止まりませんでした。
どこかで幸せに暮らしていると信じていた家族は、
やはり幸せに暮らしていたのです。
それが解っただけでも、私はとても優しい気持ちになれました。
私はその魔女見習いの方にお礼を言うと、
その洞穴を立ち去りました。

「・・・この街は、戦争で焼き尽くされてしまったのよ。
 その際にあなたの家族も・・・まあ、サービスね」

*現在と過去を行き来する門*

そして今、私はある門の前に立っています。
どこをどうやってきたのかは解りません。
気が付いたら目の前には門と一人のご老人が居ました。
辺りを見回しても、認識できるのは自分の身体だけです。
どこか自分が一人きりになった様な孤独感がありました。

  「君がここにいると言う事は、とても悲しい事だ。
   君は一度だけ、過去に戻る事を許されたのだからね」
  「・・・過去ですか?」
  「ああ。君の人生が転落して、
   宿を乞う娼婦という身分に落ちる前に戻る事が出来る」
  「・・・・・・」

私は物心ついた時から、娼婦として生きていました。
でも私は自分が不幸だと思った事はありません。
そればかりか、とてもいい人達に出会う事が出来て私は幸せです。

「君を助けようとしてくれた恋人が、殺される前に戻る事が出来る」
「・・・・・・」

私を外の世界へ連れ出そうとしてくれたロィスさんは、
私の目の前でなぶり殺しにされてしまいました。
何も出来なかった自分がとても悔しいです。
思い出すだけで涙が止まらなくなってしまいます。
でも・・・過去へ戻るなんて、できません。
あの人は、また私を助けてしまうから・・・。

「死んでしまった家族が生きている頃に戻る事が出来る」
「・・・え?」
「なんだ。知らなかったのかね?
 君のご家族は、皆戦争で焼けて死んでしまったのだよ」
「そんな・・・」

信じられませんでした。
私の家族は、今でも幸せに生きていると・・・信じていたのに。

「君が望むなら、その時まで時計の針を戻す事が出来る。
 そして、本当の幸せを得る事が出来るのだ」
「本当の・・・幸せ」
「そう。君が信じている物は、偽りの幸せだ。
 それは幻に他ならない」
「・・・・・・」

本当に・・・私の信じている幸せは幻なのでしょうか?
でも、私はそれでも良かったのかもしれません。
私は・・・

「私は幸せです」

涙を堪えて、私は出来る限りの笑顔でそう言いました。

「・・・そうか。まあ君ならば、或いは・・・」

そう言い残すと、その門もご老人も消えてしまいました。
残ったのは私だけでした。
そして少しずつ私の身体も朧になっていきます。
恐ろしくて自分をきつく抱きしめるのですが、
その内それも良く解らなくなってしまいました。

*故郷*

気が付くとどこかの草原に倒れていました。
どこか、私より不幸な人達に対する罪悪感が
あったのかもしれません。
私だけ過去に戻って人生をやり直すなんて、
そんな事は出来ませんでした。
でも・・・私は本当に幸せです。
こうやって大気を感じる事が出来て生きている事を感じられる。
それだけでも、充分幸せです。
そして、また私は歩きました。
ひた歩き、足にまめが出来ても、それが潰れても歩き続けました。
そこに在った村は、間違いなく私の故郷だったからです。
そこに吹く風は・・・やはりどこか懐かしい物でした。
何も残っていない廃村と化していましたけど、
それでもここは、私の故郷に間違い在りません。
自分の家を探してその廃村を歩いていると、
そこに一匹のネズミさんが歩いてこられました。
そのネズミさんは私を見るなり、
飛びついてきたので驚いてしまいました。

  「お前、やっと帰ってきたんだな・・・ったく、待ってたんだぞ」
  「はっ・・・はい、あの・・・ネズミさんは、
   喋るネズミさんなのですか?」
  「お前だけに聞こえる様に喋ってるんだよ。
   そんな事も忘れちまったのか、この馬鹿」
  「ぁ・・・すいません」
  「まあなぁ。お前も色々あっただろうから、良いって事よ」

良かったです・・・ネズミさんは、とても良いネズミさんでした。
最初飛びついてきた時は噛まれるかと思ってしまいましたけど・・・。

  「お前の家は、ここだ」

そうやってネズミさんに案内されて来たのは、
骨組みが見えてしまっている薄暗い廃墟でした。

  「ここが・・・私の家なんですか」
  「そうだ。で、俺はここでお前にかくまって貰ってたんだよ」
  「はあ・・・」

私とネズミさんは、小さい頃からの幼なじみだったみたいです。
一晩そこで寝泊まりをしたら、
なんだか色々な事を思い出してしまったせいで、
吐いたり涙を流したりと大変でした。
でも、なんだか暖かい気持ちになれました。
そして次の日、ネズミさんは私と一緒に行くと言い出しました。

  「お前が駄目っつっても駄目だぞ。
   俺はお前が来るまで、餓死寸前で頑張ってたんだからよ」
  「はい・・・でも、断るはずないです」
  「やっぱり、お前はあの両親の子供だよ」
  「え? 何か言われましたか?」
  「あ゛〜! 言ってねぇよっ! さっさと行くぞ馬鹿!」
  「うぅ〜・・・酷いです」

でも、口は悪くても良いネズミさんです。
私はネズミさんを抱きしめながら、また旅に出ました。

  「おいっ! 苦しいっ!」
  「あ・・・すみません」

ちょっと強く抱きしめすぎたみたいです。
でも、ふわふわでとても触り心地が良かったので、
油断するとまたきつく抱きしめてしまいそうです。

  「ったく、相変わらず頭ン中が晴れてる女だ」
  「どういう意味なんですか?」
  「・・・お前らしいって事だよ」
  「わぁ〜・・・ありがとうございますっ」

ネズミさんは口が悪いですけど、やはり良いネズミさんです。

 

 

 

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