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いつか、どこかで

著作 早坂由紀夫



第二部

−Free Bird−

*時の止まった森*

私とネズミさんは私の故郷を出て南へと歩き続けました。
少し小高い丘の先に広大な森が見えます。
その森には何かが待っている様な気がしました。
わくわくしながら私は鼠さんを抱きしめます。
そうすると凄い顔をしてネズミさんが言いました。

  「お前まさか・・・この森を抜けていこうなんて思ってないよなぁ」
  「勿論です、安心してください」
  「馬鹿野郎! 街に行かないと食料がないだろっ」

確かに私達の食料は底をついていました。
多分、私の準備が悪いせいだと思います。

  「でもぉ・・・ロマンがありますよ」

その森を通り過ぎてしまうのはとても勿体ない気がしました。
魅力的な佇まいにどこか神秘的な雰囲気。
凄く行ってみたいです。

  「ロマンで飯が食えるかっ」
  「食べましょう」

その森には何か食べる物があってもおかしくないです。
・・・おかしいですけど、でも鼠さんには秘密です。

  「知らねぇぞ。餓死したらお前のせいだからなっ」
  「ありがとうございます」

やりました。
鼠さんが許してくれました。
そうして私達はその森へと向かう事になったのです。
しばらく歩き続けるとその森の入り口が見えてきました。
そこには少し汚くなってしまった立て看板があります。
掠れた文字で「時間の止まった森」と書いてありました。

  「なんか・・・やばそうだぞ」
  「はい。凄くロマンの香りがします」
  「・・・お前はそれしかないのかよっ」

肩に乗っていた鼠さんが私の頬にちょっぷしました。
痛いです。
でも目の前の森への興味であまり気になりませんでした。
いくつもの樹にツタが覆い茂って幾重にも伸びています。
どういう事かというと、進む道が殆ど無いのです。
でもおかげで道が解りやすくて迷いにくそうでした。
私達は進める場所をゆっくりと歩いていきます。
どこをどう歩いたのか、気付けば私達は
森の中の小さな湖に出ていました。
その湖には波紋が幾重にも不思議な模様を形作っています。
でも不思議なのはその波紋が消えない事でした。

  「オイ・・・なんかこの湖おかしくないか?」
  「はい。素敵な湖です」
  「・・・・・・」

口をあんぐりと開けているネズミさん。
多分この湖に見惚れているのだと思います。
と、その湖の向こう側には誰かが立っていました。
私達はその人の所へと歩いていきます。

  「あの・・・ここで何をしていらっしゃるんですか?」

その人影は女性の方でした。
とても美しく、どこか儚げな顔をされた方です。
私は思わずその方に見とれてしまいました。

  「・・・あなたは、どうしてここに?」
  「私、旅人なんです」
  「ちなみに俺は旅ネズミだ」

ネズミさんはそう言いましたが、多分その方は解っていません。
だってネズミさんは私にだけ解る様に話してると仰ってましたから。
その方は怪訝な顔をされながらもある所を向かれました。
そこには小さなお墓がありました。
小さいのですけど、とても綺麗なお墓です。
そのお墓には古代イェル文字で、
眠っている方の名前が書かれていました。
男性でリィという方です。

  「私はフィルー。この森で永遠を生きる者です」
  「フィルーさんですか〜。素敵なお名前です。
   でも、永遠を生きるってどういう事でしょうか?」

人は一応、限りある人生を送っていると思います。
彼女の言う永遠というのはそれとは何か違う事なのでしょうか?

  「この森は時が流れるのと同じ速さで時を巻き戻すの。
   だから永遠にこの場所は変わらない」
  「・・・フィルーさんも巻き戻っているのですか?」
  「そう。かれこれ100年位かしら」
  「100年ですかぁ・・・」

という事はこの方は100年以上生きていると言う事です。
それは凄く素敵で不思議な事だと思いました。

  「この女は何で生きてるんだろうな。聞いて見ろ」

そんな風にネズミさんが仰るので、
私はフィルーさんにそれを聞いてみました。
すると彼女は凄く寂しそうに口を開きます。

  「私はこの人を待っているのよ。
   生まれ変わりがあるとしたら、
   きっとリィはここに帰ってくる」

私には生まれ変わりがあるのかどうか解りません。
でも彼女はそれを本気で信じていました。
だから私もきっと生まれ変わりはあるのだと思います。

  「すみません。じゃあ私達がいたら、
   感動の再会のお邪魔になってしまいますよね」
  「あなた・・・そうね、ありがとう。会えて良かったわ」

フィルーさんは視線を落としながらにっこりと微笑みます。
私もにっこりと笑って答えました。

  「はいっ。私も会えて良かったです」

そして私とネズミさんは森のさらに先へと歩いていきます。
歩いている途中でネズミさんは呟きました。

  「本当に死んだ男が生まれ変わった後で、
   フィルーの所に帰ってくると思うか?」
  「はい。きっと帰ってきます。
   フィルーさんが信じていれば、きっと」

するとネズミさんは両手を頭の後ろに回して言います。

  「お前ってさ・・・ホント・・・」
  「はいっ、なんでしょうか」

私がそう聞くとネズミさんは慌ててそっぽを向いてしまいました。
そのままネズミさんは言います。

  「・・・馬鹿だな。しかも超弩級のな」
  「うぅ〜」

口は悪いけれど良いネズミさんだと思います。
一日中歩き回ると、もっと口が悪いネズミさんに変わってました。
それでも私達はくたくたになりながら森を歩き続けました。
そんなこんなでやっと森を抜けると先は崖になっています。
しかも朝なのに辺りが急に暗くなってきました。

  「・・・こっちはなんかやべぇぞ」
  「あそこに何かありますよっ」

急に目の前の崖が暗闇に包まれていきます。
そして崖に真っ黒に染まった橋が架かっていきました。
私もネズミさんも、少しからだが震えています。
暗いのは怖いからです。
その橋の先には大きいお城が佇んでいました。

  「あれって、もしかして・・・」
  「あのお城を知っているんですか?」
  「ああ。多分あれはローエンヌーゲンの古城」

初めて聞くお城の名前でした。
でもローエンヌーゲンと言う名前は、
確かこの辺り一帯の地域の名前です。
という事はこの地方の領主様が住んでいるのでしょうか?
ネズミさんはしがみつく様に私の服を掴んでいました。
暗闇を恐れているわけでは無さそうです。
恐れているというより、怒っているみたいでした。

  「あそこは嫌いなんだよ。
   ディンターヴィン伯爵が住んでるんだ」
  「伯爵様ですかっ? お会いしてみたいです」
  「・・・やめとけ。マジで俺は嫌だぜ」
  「お願いです。礼儀正しくしていれば大丈夫ですよっ」
  「俺は止めたからなっ! ・・・知らねぇぞ」

そういうネズミさんの表情は少し不安げでもありました。
でもやはり旅人としては行ってみたいです。
私達はその暗黒の橋へ向かって歩き出しました。

*宵闇を告げる古城*

そのお城へ辿り着く為には橋を渡る必要があります。
ですけどその橋の向こうから誰かが歩いてきました。
近づいてよく見てみます。
・・・ウサギさんでした。
しかも真っ黒なウサギさんです。

  「・・・ネズミと人間の女か。俺はエルヴィス。闇ウサギだ」
  「なにっ!? てめぇ闇ウサかっ」
  「そういう君は・・・ただのネズミか」

喋り方がとても紳士的なウサギさんでした。
やれやれといった感じでネズミさんを見ています。
なんだかネズミさんとは対照的な気がしました。
・・・というのは、ちょっと失礼かもですね。

  「ただのっていうな! 闇だからっていい気になんなっ」
  「別に・・・いい気にはなってないさ」

ネズミさんはエルヴィスさんが嫌いみたいです。
話によるとネズミさんと闇ウサさんの一族は、
個人的にとても仲が悪いのだそうです。

  「別に俺には関係ない事さ。
   それよりディンターヴィンに会うのなら気を付けろ。
   若い女が好きな男だからな」

エルヴィスさんは謁見を済ませた後らしく、
さっき通って来た橋を戻っていきました。
私達はそのお城の門の所まで来ています。
気付くとさっきまで朝だったはずなの辺りは真っ暗闇でした。
門番の方は私達を見てにこっと笑っています。
そんな門番の方の視線に気付いたネズミさんが怒っていました。

  「ちっ、俺の事をいやらしい目で見やがって・・・ホモか?」

お城の中へ入るには門をくぐって、
さらに長い階段を上がる必要があります。
そこを越えて城内へ入ると目の前には黒い絨毯が敷かれていました。
奥にはとても大きな玉座があります。
その隣にはパイプオルガンがあって荘厳な音を出しています。
玉座に座っているのは伯爵様の様でした。
凄く美しい顔をしている方で、まるで女性のようです。

  「ようこそお嬢さん。私に何か用かね?」
  「はい。伯爵様にお会いしたくて来ました」
  「・・・ほう、面白い事を言うな・・・お前ら、笑え」

そう伯爵様が仰ると、周りに従っている
黒い甲冑を着た騎士団の方々が大きい声で笑います。
皆さんで笑うので私も笑ってみました。
そんな風に会話をした後で、ふと伯爵様は不思議そうに言いました。

  「所でお前の肩に乗っている汚らしいモノはなんだ?」
  「私の幼なじみで友達のネズミさんです」
  「・・・ふっ、ネズミが友達? ますます面白いな」

私を気に入ったと仰って下さった伯爵様は、
一晩の相手をする代わりに食べ物を下さると言いました。
勿論、私がお断りするはずがありません。
一晩泊めて頂ける上に食べ物も頂けるのですから。
ですが寸前になって伯爵様は言いました。

  「何か妙な女だと思ったが・・・初女(はつめ)では無いのか」
  「はい。すみません」
  「・・・ククッ、謝るのか。お前という女は・・・」

怒られているのか誉められているのか良く解りません。
ですが伯爵様の顔は笑顔でした。
だから怒ってはいないと思います。

  「お前を抱くのは容易い。だが楽しくはないな。
   これからのお前の人生の方が楽しそうだ」

ディンターヴィン伯爵様は純潔を奪う事が好きなのだそうです。
結局の所、私達は伯爵様のご好意で泊めて頂きました。
そして食べ物まで頂いてしまいました。
なんだか伯爵様に悪いと思います。
でも伯爵様は気紛れだ、と仰って下さいました。
なんて良い人なのでしょう。感激です。
ただネズミさんは伯爵様と一言も喋りませんでした。
私が伯爵様に何もされていないと言うとネズミさんは笑いました。

  「当たり前だ。伯爵の相手をした女だったら、
   こんな風に話す事なんて出来はしね〜よ」

ネズミさんはそれがどういう意味なのかは教えてくれません。
ずっと難しい顔をしていました。
次の日、私達はお城を出発する事にしました。
私が旅人だというと、伯爵様は裏門から出発しなさいと言います。
裏門から面白い街に行けるらしいのです。
お城を出発する直前、裏門の手前に不思議な扉を見つけました。
見た事のない文字でお札が張られています。
不思議なので伯爵様に聞いてみましたが、

  「あれはお前には関係ない。闇の深淵へと続く扉だ」

伯爵様は無表情でそう言うだけでした。

  「ぜってぇ興味持つんじゃねぇぞ。
   伯爵の言うとおり、お前が関わっていい場所じゃねぇ」

私が扉を開けたいのを知っていたのか、
ネズミさんはそう言いました。
でもさすがに私でも人の家の扉を開けるなんて事しません。
と、伯爵様はネズミさんの言葉が解ってらっしゃる様でした。

  「ネズミ風情が・・・随分詳しいな」
  「うるせぇ。知り合いの顔も忘れやがって」
  「・・・? ネズミに知り合いなど居らぬ」

怪訝な顔をする伯爵様を後にして、
私達は裏門から暗い草原へと出てきました。
伯爵様の仰る面白い街を探して旅は続きます。

  「だから嫌だったんだよ、あいつと会うのは・・・」

*死の始まる時計の街*

その街にたどり着いた時、ネズミさんは少し驚いていました。
ネズミさんの話によるとここはリタルダンドという街だそうです。
近くには綺麗な川が流れていてそこから霧が発生していました。
だから地域住民の方々は「霧の晴れない街」と呼んでいるそうです。
街に入ると川から来る霧が辺りを覆っていました。
どことなく悲しい霧の様な気がします。
私は街の事を聞く為に歩いてきた街の方と少しお話をしました。
すると面白い事を聞く事が出来ました。
このリタルダンドの街にはある噂が流れていたのです。

  「死の始まる時計が何処かにある・・・ですか。
   はぁ〜・・・凄くロマンティックです」
  「やっぱりお前はそんな事を言うんだな、この単細胞女っ!」

ネズミさんは凄く怒っていましたけど、
やっぱり一緒に探してくれる事になりました。
私達はまず街の中心にある時計塔に登ってみます。
そこから街の全景が見渡せるからです。
でもそれらしき物は何処にも見あたりませんでした。

  「デマだな。ああ、間違いねぇ」
  「もう少しだけ探してもよろしいでしょうか、ネズミさん」
  「・・・当たり前だろっ。
   こうなったら見つけないと割に合わねぇ!」

私とネズミさんは時計塔を降りて歩き始めました。
死の始まる時計というものを、是非とも一度拝見したいです。
一体どのようなものなのでしょうか?
想像で頭を膨らませているとよく転んでしまうので大変です。
そんな時、霧が少しずつ一点に流れている事に気付きました。
気付いたのはネズミさんです。

  「これは人間じゃ気付かね〜よ。
   動物的センスが無いと気付かないだろうな」

とネズミさんは言っています。
確かに私は霧が流れている事にも気付きませんでした。
私達はその霧が流れる方向へと歩き出します。
どんどん霧が濃くなってきました。
霧の流れの終着点は・・・街の広場です。
でも霧が濃くて辺りの様子が全然わかりません。
私は何回か段差で転んでしまいました。
仕方ないので地面に座っていると、ネズミさんが言います。

  「・・・どうやらデマじゃ無さそうだぜ」

瞬間、集まった霧達が空中で歪んでくるくる回っていきます。
そしてそこから巨大な時計が生み出されました。
その時計はちょうど12時00分を差しています。

  「生まれくる命は死の始まり。死を讃えれば生を讃えよ。
   新しい息吹に感謝すれば針はまた始まる」

時計は12時ちょうどに大声で歌い出しました。
凄く綺麗なハーモニーです。
歌が終わると時計の中心が開いて、
そこから赤ちゃんが出てきました。
いえ、赤ちゃんでは無く胎児さんです。
ネズミさんは怪訝な顔をしていました。
その子が出てくると同時に辺りの霧が凄い速さで晴れていきます。
そして空高くから深い蒼色の鳥がその子をくわえていきました。

  「もしかして・・・あれは」
  「青い鳥さんですっ・・・初めて見ましたぁ〜〜」

私は感動してしまいました。
あの青い鳥さんがこんな仕事をなさっていたなんて・・・。
もしかすると私もこの時計から生まれたのでしょうか?
自分の生まれた場所、それがこの時計だとしたなら・・・。
そう考えると凄く素敵な場所に思えてきました。
死の始まる時計というのは、生の始まる時計という事みたいです。
時計さんは12時1分になった瞬間に霧になってしまいました。
ネズミさんはやはり怪訝な顔でそこを見つめます。

  「お前はこれが誰の仕業だとか・・・
   生まれてくるって言う事は本当に祝福されるべきなのか、
   な〜んも考えないんだろうな・・・」
  「・・・生まれてくるって言う事は素敵な事です。
   生きているって言う事は幸せな事ですよっ」

私はそう思います。
落ち込んだりする事はありますけれど、
それもやっぱり生きているから出来る事なんです。
何か出来るって言う事は、本当に幸せだと思います。
例えば生きているおかげで色んな人と出会えます。
食べ物が美味しいって感じられます。

  「ったく、お前といると馬鹿馬鹿しくなってくるな。
   何かに悩んだり考えたりするのがよぉ」
  「それは良い事かもです」
  「・・・うるせぇっ。お前は馬鹿だ。ば〜かば〜かっ」
  「うぅ〜3回もばかって言いましたぁ〜」

そして私達はリタルダンドの街を後にしました。
しばらく歩いていくと道が二つに分かれていました。
そこにある二つの看板が、
道案内をされていたのでネズミさんと相談します。
右の看板には「モルレーノ地方」。
左の看板には「ルーノア地方」と書いてあります。

  「どっちも平和な所だが、ルーノアには確か古代遺跡がある。
   まあ観光名所だから問題は無いだろ」
  「はい。じゃあ目指すはルーノアです」
  「所で肩だと揺れるからどっかに移動させろ」

確かにネズミさんは私にしがみつく様に乗っかっていました。
どこか揺れない場所・・・。
私は考えた末に胸の谷間にネズミさんを乗せました。
でもそのまま地面に滑り落ちてしまいます。

  「ぐぁ・・・ワンピースなんか着てて、
   大して無い胸に俺を乗せたらどうなるか気付けっ!」
  「すみません。思ったより小さかったみたいです」

ちょっぴりショックです。
でも胸が小さいわけではなくて服が大きめなのです。
・・・そう思いたいです。
とりあえず私はネズミさんを他の場所に乗せる事にしました。
ちょうど首から提げるタイプのトートバッグがあったので、
それをリュックから取り出してネズミさんを乗せてみます。

  「おぉ、なんか隠れ家みたいで良いぞ」

ネズミさんが喜んでくれていたので良かったです。
私達はそうして西へと進んでいきました。

*古代兵器の眠る遺跡*

辿り着いたのはルーノア地方のアルネィシアという街でした。
そこには観光名所のニムダ遺跡があるそうです。
私達は話を聞いていく内に、
その遺跡がどんな場所か解ってきました。
なにやらそこには昔に封印された古代遺産が眠ってるそうです。
どれくらい昔かというと、戦争時代より前らしいです。
でも私は冒険者ではないのであまり興味が沸いてきませんでした。
それに古代遺産というのは兵器の事だそうですし、
発掘されたりしない方が良いと思います。
でもその遺跡自体は凄く綺麗だそうなので見に行く事にしました。
そして今、私達はニムダ遺跡の前まで来ています。

  「こりゃあ・・・不気味な所だな、オイ」
  「はぁ〜〜ノスタルジィです」

遺跡は上層部と下層部に分かれていました。
上層部はもう安全確認も済んで観光できるのです。
下層部はまだ未発掘部分もあって危険なので、
一般の人が入る事は出来ないといわれました。
壁には色々な人達の絵が描かれています。
他の観光者の方々もそれらに目を奪われていました。
そこでふとネズミさんが私に話し始めます。

  「なあ、あそこにある闇への階段ってなんだ?」

ネズミさんが指差したのは不思議な文字で書かれた壁画でした。
私には読めないのですが、闇への階段と書かれているそうです。
さらにその壁画の隣には幾つかのボタンがありました。
それを押す手順も書かれているとネズミさんは言います。

  「・・・悪い、やっぱ気にするな・・・って、何やってるんだよっ」
  「えっと・・・ボタンを手順通りに押してみました」
  「あほっ!」

どこからか地鳴りのような音がして私の足下に階段が現れました。
そして、そのまま私達はその階段を落ちていきました。
何故落ちたかというと、足下にいきなり階段が現れたからです。
お尻を強く打ちながらも私達は一番下まで降ろされました。
どうやらそこは下層部のようです。
何か不思議な雰囲気が辺りに漂っていました。
ネズミさんはバッグから飛ばされて転がっています。
私はネズミさんを両手で抱き上げると方に乗せました。
そうして少し先へ歩いていくと奥の方に何か光が見えます。
そこには水晶の納められている祭壇がありました。
その水晶は赤く複雑に乱反射しています。

  「おいっ、ここはやばいぞ。なんだか解らねぇけど、
   あれは絶対に古代兵器だ・・・」
  「はい、なんだか危険な香りがします」
  「・・・お前にしては良い危機管理だ」

私は階段を上がろうと後ろを見ました。
でもそこには壁しかありません。
おかげで私は壁にキスしてしまいました。
・・・痛いです。
でもそれ以上に私とネズミさんは凄く嫌な予感がしていました。

  「もしかして・・・戻れないのか?」
  「そ、そうみたいです・・・」

びっくりです。
私達は綺麗な水晶のある部屋に閉じこめられてしまいました。
このままじゃミイラさんになってしまうかもしれません。
・・・ちょっと怖くなってきてしまいました。
ネズミさんが一緒に居てくれて本当に良かったです。

  「あの水晶を取ったら階段が出てくるでしょうか・・・」
  「そんなご都合的な展開を期待するんじゃねぇ!
   使って欲しいんだったら封印なんかするか!」

確かに言うとおりだと思いました。
さすがネズミさんは賢いです。
・・・なんて感心している場合じゃないかもです。
辺りからしゅ〜しゅ〜という妙な音がしてきました。
トラップといわれるものでしょうか。
ネズミさんはおろおろして慌てふためいています。
私も凄く怖くなってきました。

  「ネズミさん、どうしましょう」
  「多分、これはガス・トラップだ。
   一か八かあの水晶を取ってみるしかないな」
  「はい、やってみます」

そんな風に決めた時には辺りにガスが溜まっていました。
私はその水晶を取る為に走ります。
ガスを吸わないように息をしないように走りました。
わき目もふらずに走りました。
そしてなんとか水晶を手に取ります。
水晶は深い赤の輝きを秘めていました。
瞬間、辺りのガスが水晶に呑み込まれていきます。
慌てる暇もなく、ガスは見る見る内に無くなりました。

  「良かったです・・・ネズミさん?」

ネズミさんが居ません。
肩に乗っていたはずなのに、居なくなっています。
もしかしてバッグの中に避難していたのでしょうか?
・・・バッグの中にはいません。
凄く嫌な予感がして私は後ろを振り向きました。
少し遠くの床にぐったりとして倒れているネズミさんがいます。
私は急いでネズミさんに駆け寄りました。

  「大丈夫ですかネズミさんっ」
  「駄目・・・かも」
  「そんな・・・いやです、私・・・すみませんっ!
   ネズミさんが落ちたのに気付かないなんて・・・」
  「ばぁか・・・気に、すんな」

少し考えれば解る事でした。
肩に乗っていたらネズミさんはつかまっているのが大変なんです。
せめてバッグの中に入っていて頂くべきでした。
なんで私は・・・そんな事に気付かなかったのでしょう。
・・・私は、自分が生きる事に必死だったからです。
自分の為に走っていたから、気付かなかったんです。
ネズミさんをほっぽらかしてしまったのです。

  「しっかりして下さい、ネズミさんっ!」

ネズミさんは痙攣しながら苦しんでいました。
何も出来ません。
私には、ネズミさんを助ける方法が何も浮かばないのです。
自分の頭を叩いてみても良いアイデアが浮かびません。
私が軽率ではなかったら・・・ボタンを押したりしなければ。

  「やめろ、ネズミが死んだくらいで悲しむんじゃねぇ・・・。
   俺は・・・ただの、ネズミ・・・だ。結局、戻れなかった」
  「・・・え? どういう事ですか、ネズミさんっ」
  「気に、する・・・な。格好良い事を・・・言いたかっただけ、だ」

そういうとネズミさんは目を閉じてしまいました。
・・・眠ってしまったんです。
まったく、なんて人騒がせなネズミさんでしょうか。
私はそっとネズミさんをバッグの中に入れました。
ゆっくり眠って下さい、ネズミさん。
何故か解らないのですけど涙が出てしまいます。
解りたくありません。
知りたくありません。
もうこれ以上、何かを失うのは嫌です。
私は足早に遺跡を出ました。
遺跡から出るのは簡単だったと思います。
でもなんだかよく覚えていませんでした。

 

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