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いつか、どこかで

著作 早坂由紀夫



第二部後半

−終わりなき旅−


*深海に沈んだ竜の塒*

いつのまにか私は独りぼっちになっています。
でも旅を始めた時も独りぼっちでした。
・・・だから最初に戻っただけです。
私はルーノアからさらに南へと歩いていました。
何処へ行きたいのかよく解りません。
歩けば歩く程寂しくて悲しい気持ちになりました。
こんなのってないですっ・・・。
昔は一人でも平気でした。
全然へっちゃらでした。
なのに今は・・・辛いです、寂しいです。
ネズミさんの声が聞けないのが寂しいです。
少し口の悪い喋り声が凄く懐かしいです。
あまりにも悲しくて空を見上げてみました。
そこには晴れ晴れとした空が広がっています。
どこまでも、どこまでも―――――――――――。
そんな空に浮かんでいる雲がネズミさんの形に見えました。
今だけは雲がいじわるだと思ってしまう事を許して欲しいです。
なんとなく持ってきてしまった赤い水晶も、
どうしていいか解らずにバッグに入っていました。
後悔しても仕方がないのは知っています。
でも自然に自責の念が後から後から込み上げてくるのです。
声を出して泣くのは止めました。
とりあえず前に向かって歩いています。
ただ、気持ちが前へ向かっているかは・・・解りません。
多分前へ向かってはいないのだと思います。
これじゃロィスさんの時と同じです。
私はもっと強くなろうって決めたはずでした。
なんて意志の弱い女なんでしょうか。
自分で自分が情けなくって悔しくなってしまいます。
それでも私はただひたすらに歩きました。
他に何も出来ないからです。
さらに歩いていくと、何かが歩いてきました。
・・・闇ウサのエルヴィスさんです。

  「お久しぶりです、エルヴィスさん」
  「ああ。あんた・・・少し見ない内に変わったな」
  「・・・はい。実は、ネズミさんが・・・」

私は耐えきれずに事の全てをうち明けました。
エルヴィスさんはそれを黙って聞いてくれます。
そして話が終わってから少しして、エルヴィスさんは口を開きました。

  「そいつを蘇らせる方法があると言ったら、どうする?」
  「・・・えっ!?」

私は物凄く驚いていました。
終わってしまった命を蘇らせるなんて・・・。
そんな話は初めて聞きました。

  「深い海の底に封じられた竜の話を知ってるか?」
  「いえ・・・知りません」
  「伝説の世界竜(ワールド・ドラゴン)の内の一匹、
   死と生の竜ノルティアの事だ」
  「ノルティア・・・さん」
  「生きとし生けるものに等しく死を与え、
   その采配を奮って命を蘇らせる力も手に入れた竜だ。
   戦争が起こる前まではそれほどの信頼を得ていた」
  「・・・はい」

お伽噺で聞いた事がある気がしました。
そう、確か娼婦の総括をしてたおばあちゃんから聞いた事あります。
死と生の竜、宵闇の竜、輝きの竜、
雷鳴の竜、大地の竜、瞬きの竜、凍結の竜。
決して生きる者を傷つけずに暮らす優しい世界竜達のお話でした。

  「だが戦争後、何故か他の世界竜達の手によって
   深い海の底へと封じ込められてしまった。
   望みは薄いが・・・奴なら命を蘇らせる力は持っている」
  「深い海の底ですかぁ・・・でも、ノルティアさんなら
   ネズミさんを助けられるんですよねっ」

少しだけ望みが見えた気がしました。
まだ遥か彼方にある望みですが・・・。
私はネズミさんにもう一度会いたいです。
・・・もう一度あって、ちゃんと謝りたいのです。

  「まあ・・・その力はある。問題はどうやって行くか、
   そしてどうやって蘇らせて貰うかって事さ」
  「優しい竜さんですから、きっと大丈夫です」
  「・・・今のノルティアはそんな奴じゃない。
   なにせそこへ行って帰ってきた奴はいないらしいぞ」
  「うぅ〜・・・どこにいるのでしょうか」

例えどんなに怖い竜さんだとしても会わなくてはなりません。
それにはノルティアさんのいる場所を知る必要がありました。
エルヴィスさんもどうやって行くのかは知らないそうです。
でも、私にはたった一つだけ心当たりがありました。

*深海に沈んだ竜の塒2*

今、私はずっと海岸沿いを歩き続けています。
隣にはエルヴィスさんが黙ってついてきていました。
そうです。
私達はぐるっと旅路を戻ってきていました。
以前お会いした魔女見習いの方の所へ歩いているのです。
エルヴィスさんは反対しました。
魔女とは望みを叶える代償に何かを奪うそうなのです。
でも私には奪われるものなどありませんでした。
ですから私はその洞窟へと足を踏み入れました。
そこは以前と同じく魔女見習いの方が座っています。
その方は私を覚えていたようで軽く会釈をかわしました。

  「どうやらノルティアの塒への道を探しているようね」
  「・・・さすがは魔女だな」

エルヴィスさんがそう言うと魔女見習いの方は笑いました。
彼女はどうやら私の行動を見守って下さっていたそうなのです。

  「結論から言うと、あなたが行った場所の中に道はあるわ。
   大体想像はついてるでしょ? 深海の底へと続く道・・・」

私が今まで旅した場所の中に・・・どこでしょうか。
色々と不思議な場所は在りました。
考えると何処も怪しいような気がしてしまいます。
ですが深海の底へ続くと言う事は地下へ続く何かです。

  「・・・もしや、伯爵様のお城にあった扉の奥でしょうか?」
  「ドン・ピシャリよ。伯爵にこう言いなさい。
   『リィの友人、セリオスの為に扉を開ける』と」

魔女見習いの方はそう言いました。
よくは解りませんでしたけど、それが方法ならそうするしかないです。
去り際、エルヴィスさんは望みの代償は何かと聞きます。
魔女見習いの方は、私の人生をこれからも観賞する事だと言いました。
そんなのはお安いご用です。
ネズミさんの為ならへっちゃらです。
私は深々と頭を下げると彼女に別れを告げました。
そして故郷を越え時の止まった森を抜けて、
ローデンヌーゲンの古城へとやってきました。
伯爵様は私達に会うと怪訝な顔をします。

  「まさか、この城に何度も人が来るとはな・・・何のようだ」
  「はい、その・・・」
  「リィの友人であるセリオスの為に扉を開けてくれないか?」

私の代わりにエルヴィスさんがそう言いました。
すると伯爵様は台座から立ち上がって私達に近づかれてきます。
その表情は驚きに染まっていました。

  「リィ・・・それは私の前世の名だ・・・それにセリオス、だと?」
  「とにかくこのお嬢さんの為に扉を開けて頂きたい」

エルヴィスさんはそう丁寧に頼みます。
私も一緒に頼みました。
すると伯爵様はあっさりと承諾して下さりました。

  「ノルティアのいる深海へは確かに行けるだろう。
   だが奴が願いを聞き入れるはずがない。
   それでも行くというのか・・・女」
  「はい。私は、ネズミさんを助けたいんです」

そういうとあきれたような顔で私を見ます。
やはりおこがましいのでしょうか。
私にそんな事が出来るのか解りません。
でも私が出来る事はこれなのです。
迷いはありませんでした。

  「ふっ・・・その目・・・フィルーに似て、いい目だ」
  「・・・フィルーさんをご存じなのですかっ?」

そこで私はやっと気付きました。
あの森にある墓に刻まれていた名前はリィです。
そして伯爵様の前世の名はリィだと今、言われていました。
という事は・・・という事は、そう言う事ですっ。

  「フィルーさんに会って頂けませんか?
   あの方は、ずっと森の中で伯爵様を待っておられます」
  「そんな事は知っている」
  「え・・・」

だとしたらなぜ伯爵様はフィルーさんに会われないのでしょう。
もしかして気持ちが醒めてしまったのでしょうか。
それとも・・・。

  「私はこの城の伯爵だ。この城を捨てるわけにはいかない。
   だがフィルーはあの森を出れば死んでしまう。
   会ってしまえば彼女は我慢できずにここに来てしまうだろう。
   そうすれば時の歪みが彼女を襲ってしまうのだ」

私達は押し黙りました。
フィルーさんはあんなに会いたがっているのです。
それなのに、会う事は許されないなんて酷すぎます。
出会ってしまえば彼女が朽ちてしまうなんて辛すぎます。

  「それでも、やはり会ってあげてください」
  「・・・なんだと? 貴様、それはどういうつもりだ」
  「永遠に生きていても・・・
   好きな人をずっと待っているのは辛いです。
   ですが例え死んでしまうとしても、
   好きな人の腕の中で死ぬのでしたら・・・きっと幸せです」

私はとても酷い事を言っています。
それは伯爵様にとってとても辛い選択なのは知っていました。
でもそれが多分、フィルーさんにとっての幸せなのです。
永遠よりも一瞬が大切な時もあるのです。
そう、私だったら・・・100年の時間も、
最愛の人と出会った瞬間に吹き飛んでしまいます。
私はそれが愛するって言う事だと思っています。

  「信じればきっと願いは叶うのだと思いたいのです。
   フィルーさんにそう思って頂きたいのです」
  「・・・さっさと扉を抜けてノルティアの元へゆけ」
  「伯爵・・・様」
  「ふん、お前がもしも・・・誰にも叶えぬと言われる
   ノルティアの反魂の力を使わせる事が出来たのなら、
   私は・・・フィルーに会いにゆこう」
  「伯爵様・・・ありがとう、ございます」
  「いい、早く行け。少しでも早く・・・帰ってこい」

伯爵様は照れていらっしゃいました。
本当の所はフィルーさんと会いたくて仕方ないんだと思います。
なんだか凄く温かい気持ちになりました。
愛おしいという気持ちは、人をこんなにも温かくさせるのです。
そして私達は扉を開けて奥の部屋へと進みました。

*深海に沈んだ竜の塒3*

その部屋までには長い廊下が続いていました。
途中、エルヴィスさんが呟きます。

  「伯爵は昔から、女を抱いては殺し続けていた。
   それは・・・多分絶対に許される事じゃない。
   でも俺はそれでも・・・伯爵にはフィルーって言う女を
   大切にして欲しいと思う。何でだろうな・・・」
  「私も、フィルーさんにも伯爵様にも幸せになって欲しいです」

そして願わくば、生きる事で伯爵様には
その殺してしまった方々へ償って欲しいと思います。
・・・それは伯爵様が決める事です。
伯爵様が自身で解って頂けないと駄目なのです。
自分自身から悔やむ事こそが、償いだと思うのです。
私達は長い廊下を越えて不思議な部屋にやってきました。
部屋の至る所に魔法陣の様な紋様が描かれています。
淡く黒い光を放ちながらそれは揺らめいていました。
エルヴィスさんはこれが大型の移動式魔法陣だと言います。
部屋ごと深い海の底へと移動できるのだそうです。
中心にある魔法陣から何かが浮き上がってきました。
それはスクリューのように回転しながら天井に突き刺さります。
するとキィン、という音がして部屋が輝き始めました。
その瞬間に目の前に古代イェン文字で60という数が、
立体の映像のように映し出されます。

  「これは古代遺物の様だな・・・エレヴェータという奴だ」
  「この60という数字はなんなのでしょう?」
  「今いる場所の高さみたいなものさ」

その数は59、58、57とゆっくり下がっていきました。
かと思うと凄いスピードで数字がめまぐるしく変わっていきます。
エルヴィスさんは魔法陣の一つに触れました。
すると辺りの景色がなんと海に変わってしまったのです。
私は水に飲まれてしまうかと思って心臓が止まりそうになりました。
でもエルヴィスさんは心配する事はないと言います。
それは壁の向こう側の景色を見えるようにしただけらしいのです。

  「透過呪式だ。周りの景色が変わっていく方が、
   目的地に近づいている気がするだろう?」
  「・・・はぁ〜〜とても綺麗な海です」

鮮明な碧がしばらくの間映っていました。
色々な魚が目の前を通り過ぎていきます。
さらに少しすると辺りは暗く深い碧色に変わりました。
これが深海というモノだそうです。
数字が減るにつれて底の方に何かが見えてきました。
綺麗なお城です・・・なぜか、何処かで見たような気がします。

  「あの城がノルティアの塒だ・・・覚悟は出来てるか?」
  「はいっ! 心の準備は出来てますっ」

その城の中にノルティアさんがいるのです。
ネズミさんを生き返らせる力を持つ、世界竜さんが。
今、私は私のわがままの為にここにいます。
もう一度ネズミさんと会いたいが為にここにいます。
私には・・・後悔なんてちっともありません。

  「何か・・・死の気配がする」
  「えぇと、すみません・・・
   それはどういう事なのでしょうか?」
  「この城がイカした雰囲気の場所だって事さ」

数字の数が1になると辺りの魔法陣の動きが止まりました。
どうやらお城の内部に入ったようです。
お城の壁は奇妙な模様が刻まれていました。
エルヴィスさんの言うには、
それはノルティアさんを外に出さない為の仕掛けだそうです。
私達は魔法陣の部屋を出て歩き始めました。
辺りは何かめまぐるしく動き続ける光の紋様があります。
それはどうやら古代のスタンダードな動力の電気を使った、
精密機械と呼ばれる物だそうです。
無機質な鋼の色がどこか不気味さを誘っている気がしました。
ぶ〜んと静かに音を鳴らしています。
私達がこの城を歩く事が出来る理由はその機械の力らしいです。
それがなければ私達はぺしゃんこになるか、
水に飲まれて息が出来なくなっているという事でした。
それにしても大きいお城です。
天井まで、ゆうに10m以上はありました。
お城全体もとても巨大だと思います。
この大きなお城の何処にいるかは解りません。
・・・ですがノルティアさんを捜さないといけないのです。
・・・・・・。
すぐに私達は身動きがとれなくなってしまいました。
目の前に一匹の大きい竜さんが現れたのです。
真っ赤な色をした肌に鋭い爪や牙。
本物の竜さんです・・・初めてお目にかかりました。
あまりの迫力に私は少しも動く事が出来ません。

  「あんたが・・・ノルティアか?」
  「・・・お前達は、盟主様に会いに来たのか。
   我はコーツヴィル。盟主様の守護竜なり」
  「守護竜・・・そうか、忘れていた。
   世界竜には一匹ずつそんなしもべがいるんだったな」
  「ふん、ウサギの分際で我をしもべ呼ばわりか。
   地獄の業火で焼き尽くしてやろう・・・!」

その竜さんは大きく口を開けました。
口元から物凄い炎がはき出されます。
私とエルヴィスさんは急いで柱の陰に隠れました。
ですがバシュッという音と共に、
隠れていた柱はチョコレートのように溶けてしまいます。

  「あわわわ・・・なんだか凄い竜さんです」
  「・・・お嬢さん、俺は少しばかり楽観してたみたいだ」

エルヴィスさんは冷や汗をかいていました。
コーツヴィルという竜さんは不敵に笑っています。
それは凄く低く唸るような笑い声でした。

  「貴様、火竜種みたいだが・・・
   氷なんかに弱かったりするのか?」
  「何・・・?」

怪訝そうな顔で睨む竜さんにエルヴィスさんが対峙します。
私は柱の陰に隠れるように言われていました。
でも・・・大丈夫なのでしょうか。
あんなに可愛らしいうさぎさんが竜さんと闘うなんて・・・。
そう思った瞬間、エルヴィスさんの身体が闇に包まれていきます。

  「む・・・貴様、闇ウサか」

そう竜さんが言ったのとほぼ同時で、
エルヴィスさんは飛びかかっていきました。
その手は真っ黒なオーラで輝いています。
物凄いスピードで突進したかと思うと手を突き出しました。
すると竜さんの身体が氷で包まれてしまいます。

  「どうだ、闇の氷で凍結した・・・。
   いわゆる絶対凍結(アブソリュート・ゼロ)って奴さ」

エルヴィスさんはそう言いました。
凄いです。
3mはあろうかという竜さんの身体が氷漬けになりました。
これが闇ウサさんの力なのでしょうか。

  「さて・・・なんとか邪魔は消えた。先を急ぐとしよう」
  「はい」

そう私が答えた瞬間です。
エルヴィスさんの身体が少し先の柱に飛んでいきました。
背後を見てみると・・・そこには竜さんがいました。
ついさっきまで氷漬けだったはずなのに・・・不思議です。
・・・って、感心してる場合じゃありません。
竜さんは私を睨みつけていました。

  「闇の氷・・・か、着眼点は悪くない。
   だが私は火竜ではないのだよ。
   世界竜を守護する竜が炎しか吐けないはずがない。
   守護竜とは全属性を持つ竜だけがなれるのだ」

よく解りませんが凄く強いという事みたいです。
エルヴィスさんは柱の下で倒れていました。
大丈夫でしょうか・・・。
私が駆け寄ろうとすると竜さんが立ちはだかります。

  「お前もただの人ではないのだろう。
   ならば闘え・・・私を楽しませてみろ!」

かなり勘違いされているみたいです。
正直に普通の人だと言ってしまいましょうか。
・・・駄目です。
そんな事を言ったら燃やされてしまいそうです。
何もしなくても燃やされてしまうかもしれません。
竜さんは炎を吐こうとしています。
熱いでしょうか・・・。
柱が溶ける程ですから私も溶けてしまうかもです。
もしかして・・・これってピンチというものなのでしょうか。

*深海に沈んだ竜の塒4*

私が目の前に竜さんの炎が迫った時、
バッグの中から物凄い光があふれ出しました。
そうです。
それはあの赤い水晶でした。
赤い水晶は私をその光で包み込みます。
そして竜さんの吐いた炎をかき消しました。
膜みたいな光が私を包み込んでいます。

  「これは紅久防御膜(クリムゾン・ケープ)か?
   ・・・貴様まさか、あのアリスト・テレスを・・・?」

どうやら私の持っている水晶は、
アリスト・テレスと言う名前だそうでした。
この水晶は凄い力を秘めているらしいです。
はぁ・・・物を捨てられない性格でよかったです。
でも竜さんは炎を吐くのを止めて尻尾を振り回してきました。
ばしばしと辺りの柱が崩れていきます。
あの尻尾に当たったら私も崩れてしまいそうです。

  「貴様、何か能力を持っているわけではなさそうだな。
   ・・・盟主様に何をしにきたのだ?」
  「その・・・ネズミさんを生き返らせて頂きに来ました」
  「なにぃ? たかだかネズミ如きの為に、盟主様に?
   いや、それよりもその為に命懸けで闘ったというのか?」

正確には命懸けで闘ったのはエルヴィスさんです。
私は逃げまどっていただけでした。
でも竜さんは驚いたお顔をされています。
もしかしてこのまま通して頂けるのでしょうか?
私はそ〜っとエルヴィスさんの所に行きます。
そしてそっと抱きしめるとそのまま走り出しました。
どこにいらっしゃるかは解りませんが、
ノルティアさんに会うまでは走ります。
こう見えても旅は長いので足には自身がありました。
少しすると我に返った竜さんが怒って追いかけてきます。
目の前には階段と幾つものドアがありました。
多分・・・階段を昇ったら竜さんに追いつかれてしまいます。
私は幾つか在るドアの内の一つに駆け込んでいきました。
中は暗くなっていましたが竜さんが入ってくる様子はありません。
どうやらひとまずは助かったみたいです。
私はエルヴィスさんを床にそっと降ろしました。

  「エルヴィスさん、しっかりして下さい。
   もう竜さんはいなくなりましたよ」
  「・・・ああ。あんたに助けられるとはな・・・。
   護衛役をかってでたのに、情けないぜ」
  「そんな事無いです。エルヴィスさんがいなかったら、
   私はここにいる事は無かったと思います」
  「そうか。さんきゅ」

お礼を言われてしまいました。
と、気付くと目の前に男の子が立っています。
銀髪に整った顔立ちをした、
真っ白なマントをお召しになっている方でした。

  「君はどうしてここに来たの?」
  「・・・私ですか? 私はノルティアさんに会いに来たんです。
   その方ならネズミさんを生き返らせてくれるそうでして」

私がそう言うとその男の子は静かに笑いました。
声もなく本当に静かな微笑みです。
ですが私はその笑顔の中にどこか寂しさを感じました。
もしかして・・・この方は。

  「あなたがノルティアさんなのですか?」
  「・・・へぇ。僕の正体を見抜いたのは君が初めてだよ。
   それもこんなにも早い内にとはね・・・。
   そこのウサギは全然気付いてなかったみたいだけど」
  「む・・・」

エルヴィスさんがどこか緊張されているように見えました。
目の前のノルティアさんに気圧されているようです。
そんなエルヴィスさんに彼は優しい笑顔で言いました。

  「恐れる事はないさ。殺す気ならとっくに君は死んでる」
  「何・・・? それはどういう意味だ?」
  「僕には死と生を操る力が備わっているんだ。
   僕が死ぬように念じれば君は瞬時に死ぬ。
   それこそ・・・蝋燭の火を吹き消すくらいに簡単にね」

*深海に沈んだ竜の塒5*

エルヴィスさんは彼を睨みつけていました。
ですがそれは本能的な畏れの行動です。
私には彼がただの男の子にしか見えないのですが・・・。
急に部屋に明かりが灯り始めました。
私達の側から奥にかけて順々に光が差していきます。
奥にいたのは、双頭の銀竜でした。
それも幾重もの黒い線に絡みつけられています。
エルヴィスさんが言うには、
それは魔法を込めたコードと言う物だそうです。

  「あれが僕の真の姿だ。
   今は封界障壁によって封じられているけどね。
   他の6竜は僕の事を恐ろしい子供だと言った。
   子供に生死を預けるのは愚劣な行為だともね。
   ・・・僕はただ死にそうだった人間の子供を助けただけだ。
   相手に同情し、慈愛を持って接する事が何故悪い?
   そして僕はここに封じられた。
   だが、10年前に奴らは言ったんだよ。
   誰も生き返らせる事なくここで暮らせば、
   50年後に再び蘇らせてやるとね」

エルヴィスさんも私もその話を黙って聞いていました。
少し先に見えるその双頭の竜は、静かに佇んでいます。
寂しそうに、そしてやるせなさそうに。
そんな時ふいにエルヴィスさんが言いました。

  「じゃあここに来た人間が帰ってこなかったってのは、
   一体どういう事なんだ?」
  「君たちも見たはずだろう、コーツヴィルの奴を。
   彼は侵入者と在れば見境無く殺してしまうのでね。
   ・・・それに今まで来た人間は全て私を脅しに来ていた。
   力づくでも助けたい人がいるそうでね。
   僕も命を狙われれば力を使わざるを得ない。
   殺す事は禁じられてはいなかったからね。
   つまり・・・君達には来て貰って申し訳ないが、
   ネズミ一匹の為に十年を不意にするわけにはいかない」

そう言うとノルティアさんは、
近くにあったチェアーに腰を下ろしました。
そこはまるでバーの様にテーブルとワインが置かれています。
そうして静かにノルティアさんはワインを飲み始めました。

  「さあ、ここにはもう用は無いだろう。
   さっさと帰るんだな、ウサギにお嬢さん。
   一杯やってくのならそれでも構わないけど」

ぱしんっ――――――――――――――!

私はノルティアさんの頬をひっぱたいてしまいました。
彼は驚いていましたが私も驚いています。
思わず手が出てしまうなんて、はしたない事です。
でもそれを謝る事は出来ませんでした。
彼は大切な事を知らなかったからです。

  「なんの・・・つもり?」
  「あなたは確かに生き死にという事を管理すべきでは無いです。
   子供を助けた事も、恐らくは自己満足の為だったのでしょう」
  「何だと? 貴様・・・言ってくれるじゃないか」

急に心臓が張り裂けそうに痛み出して、
私は床に倒れてしまいました。
どうやらノルティアさんの力のようです。
それは死を感じる痛みでした。
恐怖と苦しみで涙が出そうになってしまいます。

  「あぐっ・・・」

呼吸をするのも辛いです。
まるで体中の活動が止まっていこうとする様な・・・。
恐ろしくて目を閉じようとしました。
ですがそこで私は気付きました。
これはネズミさんも味わった苦しみです。
ネズミさんは最期、笑ってさえいました。
私は・・・私だって頑張らなきゃ駄目です。

  「ええ? 僕に資格がないだと? 貴様に何が解る!」
  「わ、解ります・・・あなたは、ただの子供だからです」
  「貴様っ・・・」
  「よせ、どうしたんだ一体! そんな事言っても無駄だ、
   奴はネズミを生き返らせる気なんてさらさら無いんだよ!」

違うんです・・・。
私はその事の為だけにこんな事を言ったわけではありません。
彼はこのままでは一生ここから出る事はないでしょう。
知ってほしいのです。
どうして彼の行動が自己満足なのかを。
何故、彼が封印されてしまったのかを・・・。

*深海に沈んだ竜の塒6*

  「いいだろう、貴様の考えを聞かせてみろよ。
   気にくわなければその瞬間に殺してやるからな」
  「・・・多分あなたが封印された理由が全てです。
   他の竜さん達はあなたが誰も生き返らせなかったとしても、
   これから先あなたの封印を解くつもりはありません」
  「なんだと? どういう・・・意味だ」

ノルティアさんは私を睨みながらワインを飲んでいます。
私はどうにか身体を起こして床に座りました。
エルヴィスさんはどうしようか迷っているようです。
私はにこっと笑って大丈夫だと告げました。

  「封印された後、それでもあなたが生物を生き返らせるのでしたら、
   それはあなたが本当に慈愛を持って接していると言う事です。
   ですがノルティアさんは自分の為に誰も助けようとしません。
   だから封印は解けないのです」

ノルティアさんはワイングラスを握りつぶしました。
その表情は怒りと疑問に満ちています。

  「・・・僕の行動が自己満足だったというのか?
   あいつらは、そこまで考えて僕を封印したというのか?
   ふん、そんな事が信じられるかっ!
   お前はどうなんだよ、そんな事が出来るか?」
  「私には・・・出来るかどうか解りません」
  「そら見ろっ! 勝手な事を言いやがって」

鮮やかな銀髪を揺らしながら私にそう叫びます。
でもそのお顔は動揺されていました。
自分の全てを否定されるのは辛い事だと思います。
悲しい事だと思います。
ですがこの方は知らなくてはなりません。
ノルティアさん自身の為にも・・・です。

  「それくらいにあなたの立場は難しいのです。
   それが出来なければ駄目なのです。
   私が出来る様な事をしてるわけでは無いはずですから」
  「・・・それは、だって僕は言われたとおりにしただけだ。
   そうでなければ僕の封印は解けないと言われたんだよっ!」
  「言われた通りに生死を決めて良いのですか?
   あなたが決めるのでは無いのですか?」
  「あ・・・!」

ノルティアさんの表情が青ざめていきます。
重要な間違いに気付かれた顔でした。

  「ノルティアさんは生きる事の大切さ、
   死ぬ事の悲しさを知らないのではないでしょうか?
   だから・・・竜さん達はそれを教えようとされたんだと思います」
  「・・・ちっ」

私は自分の身体が苦しくない事に気付きました。
ノルティアさんは私を殺さないのでしょうか。
そうだとしたらよかったです。
死ぬのは怖いです、苦しいのは辛いですから。
そう。
生きる事は辛いし苦しいし怖いのです。
常に死と隣り合わせなのですから。
だからこそ僅かな時間が大切になります。
生きる事が大切で愛おしいものだと思えるのです。
死ぬ事が怖く、悲しいと思えるのです。

  「お前の大切なネズミを出して見ろ」
  「えっ・・・?」
  「勘違いするな、確かめるだけだ。
   僕が生死を見極められない竜なのかを」

鞄からネズミさんを出すとノルティアさんに見せました。
そしてノルティアさんは静かにネズミさんに手を翳します。

  「・・・へぇ。こいつは面白いな」

そういうとノルティアさんはにやりと微笑まれました。
どうなのでしょうか。
助けて頂けるのでしょうか・・・。

  「この死骸はもう要らないな」
  「・・・え、それは」
  「同じ事を言わせるな。この死骸は必要ないと言ったんだ」

*望みの彼方*

旅に出るまで私は一人きりで泣いていました。
ずっと・・・何も出来ずに押し黙っていました。
それでも最初は身を切るような悲しみが私を襲いました。
・・・でも気付き始めたのです。
自分が生きている事がどれだけの奇跡なのか。
生きてるから私は尊く、愛おしい。
だから周りの全ての方も尊く、愛おしいと思えたのです。
自分を愛せる事こそが全てを愛せる事だと気付いたのです。
真夏に咲いた花が枯れてしまった頃、
私は伝えられるはずだった気持ちと伝えるべき人を失いました。
それは幾つもの別れでした。
莫迦な夢を見ていました。自分の脆さを知りました。
守れなかった物は全て、冬の篝火に映して見ていました。
みんな全て、懐かしい・・・懐かしい思い出です。
昔、旅人が旅路の果てにたどり着く場所があると聞きました。
それは、今は遠く向こうにある・・・望みの彼方。



私はノルティアさんのお城を出発すると、
クレイシアの街へ向かいました。
そこは大きい港の街でして、色んな大陸に渡る事が出来ます。
私はまだ見ぬ大陸、ティアーズヘヴンを目指す事にしました。
街の人のお話によるとその大陸が世界で一番大きいそうなのです。
4大魔神を封じ込めたエノラマ遺跡という所や、
ロックスバレーと呼ばれる未開の大地。
ああ、もう想像しただけでも楽しみで仕方ありません。
そこにはどんな綺麗な景色や素敵な人が待っているのでしょうか。
港で船のチケットを取るとエルヴィスさんに別れを告げました。

  「今まで本当にありがとうございました。
   エルヴィスさんが居なくなると寂しくなります」
  「・・・へぇ、その割には楽しそうだけどな」
  「そっ、そんな事は無いです・・・はい」

私達はしばらくの間そうやって談笑していました。
すると遅れてあの人がやってきます。

  「闇ウサ、てめえまだ居たのか」
  「生き返らせて貰った奴にしては態度がでかいな」
  「・・・くっ。おい、さっさと船出ねぇのかっ?」
  「はい。後少し時間はありそうです」

なんとネズミさんは人間として復活されていました。
ネズミさんは元々セリオスという伯爵様の知り合いの方で、
どうやら昔に呪いをかけられてネズミさんになったそうです。
ノルティアさんはそれを知って呪いを解いてくださいました。
さらにセリオスさんとして蘇らせてくださったのです。
私はあの方ならきっと立派な竜の姿に戻れると信じています。
命の大切さが解るのだと思っています。
でも・・・今考えると偉そうな事を言ってしまいました。
と、エルヴィスさんが困った様に口を開きます。

  「そういえば伯爵が俺に爵位を譲ると言い出したんだ。
   ただの闇ウサギにだぜ?」
  「・・・それはもしかして、あれでしょうか」
  「ああ。ずっとあの森で暮らしたいんだそうだ」

私は思わずセリオスさんに抱きついていました。
良かったです・・・。
なんとなくフィルーさんの笑顔が浮かんできました。
100年の恋はやっと実ったのです。
こんなにもロマンチックな事があるでしょうか。
なんだか嬉しくなって涙が出てきてしまいます。

  「いつまで抱きついてるんだよっ!
   ったく、俺の事をネズミ扱いしてるんじゃねぇ!」
  「そんな事ないですっ」

そうして出航の時間になりました。
私とセリオスさんはエルヴィスさんに手を振ります。

  「あっちに行っても、あんたらしくなっ・・・!」
  「はいっ! 頑張りますっ」
  「ちっ・・・余計なお世話だっつ〜の」

セリオスさんは憎まれ口を叩きながらも少し寂しそうでした。
やはり呪いをかけた一族の方であるとはいえ、
自分を生き返らせて下さった事に恩を感じてるのだと思います。

  「で、ティアーズヘヴンに着いたらどうするんだ?」
  「まず宿屋に泊まってからエノラマ遺跡を探索ですっ」
  「ふむ・・・お前、金は?」
  「・・・はぅっ!」

お金・・・船のチケットで使い切ってしまいました。
どうしましょう。
セリオスさんに言ったら怒られます。
ちょっぷをされるかもです。

  「どうした? まさか、お前・・・」
  「も、モンスターを倒してお金稼ぎですっ」
  「どこに金持って彷徨いてるモンスターが居るんだよ、馬鹿っ!」

結局ちょっぷをされてしまいました。
痛いですが、セリオスさんはどこか優しそうな顔をしてました。
私達を乗せた船は飛沫を上げて蒼い海を渡っていきます。
まるでその海は生きているかの様にうねり続けていました。
真昼の太陽を見上げながら、静かに帆がはためきます。

 

第二部、完