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White Feathers

著作 早坂由紀夫


後編


*4*

 そんなに悠長にしている時間はなかった。
 スラムからこっちへと人員が流れている。
 あっという間に俺達の居たビルへ、
 治安部の連中がやってきた。
 俺達は反対側のビルに隠れて様子を見ている。
「くっ……やっぱり、少々無謀すぎたかもな」
「まるで貴方はヒーローの様です」
「……は?」
「危機的状況から鮮やかに脱出する手並みといい、
 ヒーローの条件を満たしてると思います」
「面白い事を言うじゃねえか。
 じゃあ、後世に伝えてくれよ……お前が」
「え……でも僕は……」
「なんだよ。折角の俺の活躍も、
 歴史の闇に消えちまうってワケか」
「…………」
 フィルは俯いてしまう。
 少しは生きる事に執着を感じてきたらしいな。
 俺だって本当ならそうやって執着していたかった。
 でも、サジタリウスを持つ手が震えている。
 身体が寒くて仕方が無かった。
 このまま目を閉じてしまえば、死んでしまいそうだ。
 そうするとふいに、恋人の事が頭へと浮かび上がってくる。
 気が強くて俺と喧嘩ばかりだったユスティーナ。
 あの日、捕まる前も服の着方で喧嘩なんかしてしまった。
 最後に壊れてしまったあいつを見た時、
 俺の心は酷い後悔の痛みで一杯だった。
 どうしてあの時もっと歩み寄れなかったのだろう。
 あいつは全部とばっちりだった。
 偶然、俺の恋人だったばっかりに……あんな目に……。
 きっと地獄で俺はお前の恨み言を聞かされるんだろうな。
 でも、まだ……死ねない。
 大きい意味では何も出来ないコトなんて知ってる。
 けど俺はもしかしたら、
 このガキを助ける事は出来るかも知れない。
 ……情けねえかな?
 奴らへの復讐が叶わないから、
 出会ったばかりのガキを助けて。
 それが俺の免罪符になるとでも?
 ああ、それにやり残した仕事があったな。
 俺の所為で狂っちまった奴を救わなきゃいけない。
 親友だった男。
 例えお前がどんなに良い奴だとしても、
 もう俺の事を許してはくれないだろう。
 だってさ、俺はもう決めたんだよ。
 今のお前を……殺すって事を。
「クロスさん、凄い汗をかいてますよ」
 隣で座ってるフィルが俺の方を心配しながら見ていた。
「心配するな。無事にこの街から逃げれる、さ」
「そういうコトじゃなくて……」
 頭が朦朧としている。
 いよいよ体中に神経毒が回ってきてるらしい。
 残念ながら治療は不可能だ。
 医療機関は奴らが独占して動かしている。
 民間人が怪我をした時に助けられるのは奴らだけだ。
「なあフィル、なんでこんな風に……
 下らない事で血が流れると思う?」
 スラム街で生きていたホームレスや売春婦。
 フィルの様に両親のいない子供達。
 恐らく今頃は焼け死んでしまっているだろう。
 さっきはフィルにああ言ったが、
 スラム街の人間は多分すでに……。
「それは、今の治安部や政府の所為でしょう」
「俺はさぁ……それだけとも思えないんだよ」
「え?」

「……人間はさ、一人一人が世界の歯車なんだよ」

「はぐ……るま?」
「例えば機械の部品だよ。皆で大きな機械を作ってるんだ。
 俺や、フィルも小さいけどそれのパーツを持ってる。
 それこそ、皆の気分一つで機械は良くも悪くもなるって事さ」
「…………」
 俺はフィルに敵を置く事で自分を正当化してほしくはない。
 治安部の連中が正義だとは思っちゃいないが、
 そんな奴らがのさばっているのは俺達の責任でもあるんだ。
「大事なのは、そういう認識を皆が持つ事。
 誰かが劇的に物事を変えるなんて、出来はしないんだから」
 さっきから俺は急に何を言ってるんだろう。
 まるで……いや、今はこんな事を考えてる場合じゃない。
「俺の悪い癖が出ちまったみたいだ。
 今はそれより逃げる事を優先しよう」
「……はい」
 辺りを充分に観察しながら俺達は東へと逃げていく。
 なんとなく東に逃げているが、
 勝算がないワケじゃなかった。
 東にあるアスターは無国籍街と呼ばれている。
 つまりどこの国にも属さない街なのだ。
 そこへ行けばフィルは助かるかもしれない。
 さっきよりも俺の歩くスピードは落ちていた。
 どちらかといえばフィルの足を引っ張っている。
「あの……その銃、持ちましょうか?」
「いや、いい。まだ気は抜けないからな」
 俺達が歩いているのは見通しの悪い廃墟だ。
 周りには廃ビルが列挙されている。
 いつ何処から狙撃されてもおかしくなかった。
 まあそれはこちらの存在を知られている場合の話だが。
 今、奴らは俺達を見失っているはずだ。
 ならば逃げる隙も充分にある。

*5*

 歩き続けていくと目の前には大きな壁があった。
 誰もそこには居ない。
 使われる事もなくなった休憩所が残っていた。
 ここを抜ければ後はアスターまで一直線だ。
「とりあえず休みましょう」
「いや……ここは早く通り抜けたい」
「駄目ですっ。クロスさんの顔色が悪すぎます」
「俺は、その……元々顔色悪いんだよ」
「やれやれ。そんな言い訳しか言えないんじゃ、
 相当な重傷って事みたいですね」
「くっ……」
 こいつ。
 意外と鋭い洞察力してやがる。
 俺は仕方なくフィルに従って休憩所へ歩いていった。
 そこには無料奉仕の飲料が置かれている。
 ベンチや、仮眠用の小部屋なんて言うのもあった。
 ひとまずベンチに腰掛けると飲み物を口に含む。
「ん〜。やっぱりコーラは良いですよね」
「まあ、数百年の歴史があるからな。
 昔はコカインを入れてたから
 コカ・コーラって呼ばれてるんだぜ」
「それは知らなかったです……けど、
 どうでもいい雑学ですね。失礼ですが」
「ふっ……確かに役には立たないな」
 久しぶりに一息ついた気がした。
 治安部と闘う事を決めた日から、
 ずっと休み無しで闘ってきた。
 一人だったらアスターに逃げるなんて
 考えもしなかっただろう。
「そういえばクロスさんとあの時のウィナーって人、
 親友だったんですか?」
「……ん、まあな。あいつは親友だった。
 一緒にこの国を変えようって誓ったんだ」
「でも、あの人は裏切った……」
「違う。仕方なかったんだよ、きっと……」
 人格が変わる様な出来事があったんだ。
 或いはマインドコントロールを受けたのかも知れない。
 だからあいつは……もう親友じゃないんだ。
「さあ、もう行こう」
 死にかけの身体に鞭を打って立ちあがる。
 そして壁の通用口から向こうを見ると、
 大きな高原地帯が目に入ってきた。
 俺とフィルは壁の通用口へと入っていく。
 巨大な壁なので通り抜けるのも一苦労だった。
 中は真っ暗で、強い風が吹いている。
 フィルが俺の手を握ってきた。
「手を握っていないと、はぐれるかも知れません」
「そうだな。足下には気を付けろよ」

  「元・親友にもな」

「――――――!?」
 そんな言葉が聞こえた瞬間、
 俺の腹部に何かが突き刺さる。
 確かめるとそれは前に俺が持っていた電動ナイフだった。
 刃こぼれはしているものの間違いはない。
 痛みと衝撃で倒れる俺の所に誰かが歩いてきた。
 辺りが急に光で満たされる。
「ウィナー……!」
 電灯の明かりの下にウィナーの姿はあった。
 他にも何人か治安部の連中が居る。
 ……最悪の状況だ。
「よお親友。逃げ道、塞ぎに来たぜぇ……」
「くっ……」
 立ちあがろうとする俺の事を歯牙にもかけない。
 どこか俺の姿を見て楽しんでいるかの様だった。
「お前の所為でホント俺は苦労したんだぜ?
 ユスティーナの事だって、譲ってやったりな」
「……なに?」
「俺も好きだったんだよ。あいつの事。
 可愛かったよなぁ、いつも太陽みたいに元気で……」
 そこで急にウィナーの顔が怒りに染まる。
 立ちあがった俺の腹部を削り取ろうとしてきた。
 なんとか予測でそれをかわしたつもりでも、
 俺のふくらはぎの辺りがごっそり削られている。
「ぐっ……ぁああぁぁっ」
「くくくくく……良い感触だな、お前の肉の感触はよっ!
 ちなみに今のは、ユスティーナの分だぜぇっ!」
「なん、だと?」
「お前の所為で奴らに蹂躙され堕ちる所まで行っちまった。
 当然の報いを受けなきゃいけねえよな、お前はよぉ?
 あの女……この間まで俺のペットとして生きてたけどな」
「なっ、なんだよそれ……生きてたのか、あいつが!」
 でも今の台詞は何だ? ペット?
 こいつは一体何を言ってるんだよ。
 俺の質問がおかしいのか、笑いを堪えきれない
 と言った様子で俺を見るウィナー。
「だから言ってるだろ。玩具として生かしてたって。
 でも、あんなのユスティーナじゃない。だから殺したよ」
「……今、なんて言った」
「理解力ねえのか? あの雌豚は俺が殺したって言ったんだ。
 まあ、最後にお前よりも悦ばせてやったつもりさ」
「きっ……! 貴様ぁぁああっ!」
 体中にふつふつと怒りが沸き上がってくる。
 あの光景を見た時と同等か、それ以上の怒り。
 サジタリウスを背中から引き抜くと奴へと銃口を向けた。
 血液抽出量を多めに分配してトリガーを引く。
 身体が後ろに吹き飛ぶほどの衝撃で、
 奴に向けて血液圧縮弾が飛んでいった。
「うざってェんだよ! このペド野郎がっ!」
 強化手術を施した両腕が弾道上で銃弾をすくう。
 回転する銃弾を人差し指と親指で握りしめていた。
「ば……馬鹿なっ……」

*6*

 俺の認識は間違っていたらしい。
 銃弾自体のスピードが、
 奴にとって止められるモノだった。
 周りのスーツ姿の奴らは、
 俺の姿を見てニヤニヤと笑っている。
 相変わらず吐き気のする様なクズ共だ。
「先に言っておくぜ、お前はユスティーナと同じ所へはいけない。
 お前の受け入れ先は一つ。ヘド以下の地獄だっ!」
 傷ついた腹部にウィナーのボディブローが突き刺さる。
 背中まで届く様な衝撃。
 俺は息が出来ずに両手で腹を押さえた。
「あっ……かはっ……!」
「ようクロス、このガキはなんだ?
 お前はいつから男色になった?」
 遊びのつもりなのかウィナーは、
 フィルに右足で蹴りを入れる。
「あぐっ……!」
 壁まで吹き飛ばされて倒れるフィル。
 それは骨が折れてもおかしくなさそうな衝撃だった。
「大丈夫か……フィルッ……!」
「おいおい、お前は人の心配を出来る立場か?
 それより俺に土下座して命乞いでもしたらどうだ。
 てめぇの女を犯した元親友の俺様に土下座して、
 ボクだけは生かしてください〜とか言ってみろよ!」
 ウィナーが倒れた俺を玩具の様に蹴り上げる。
 どんなに憎くても、力がなければ駄目だ。
 奴は必ず隙を見せる。
 その時まで、待つんだ。
「憎いか? そうだよなぁ、でも俺の方が憎いんだぜ。
 ユスティーナの事をてめぇが殺させたんだ。
 純粋だった彼女をあんなクソ以下に堕落させたのは、
 誰でもないクロス、お前だよっ!」
 俺の腹をなおも蹴り続ける。
 意識が飛んでいきそうだった。
 ウィナーへの怒りだけが頭の中をかき乱していく。
 駄目……だ。
 このままじゃ、俺は死んじまう。
 右手に握りしめられたサジタリウス。
 お前の力でどうにか切り抜けられるか……。
「もう遊ぶのも飽きた。さっさと死ね。
 そんで便所のゴキブリにも生まれ変わるんだな!」
 首を左手で掴むとそのまま俺を持ち上げた。
 右手が俺の心臓を貫こうと構えている。
 今しか……無い!
「ウィナァアアッ……!」
「無駄だって言っただろうが!
 お前は3つ以上のコトを覚えられねえのか? ああっ?
 その武器じゃこの俺には傷一つ付けられねえんだよ!」
 それは正確には間違ってるぜ、ウィナー。
 さっきまで俺はサジタリウスの真価を発揮させてない。

  この時の為にな――――――――。

 俺は血液抽出量を最大に設定した。
 500mlは吸い取られたのだろうか。
 身体中の力が抜け、余計に寒さが際立ってくる。
 ただでさえ辺りに結構な量の俺の血が流れていた。
 いい加減ボーダーラインとなる15%を超えたかも知れない。
 それと引き替えに超高圧縮の血液弾が生成された。
「これは……俺の餞別だっ……受け取れ!」
「理解力のねえ……なにっ!?」
 言葉の途中でウィナーの表情が変わる。
 奴の頭へと銃口を突きつけたからだ。
「ゼロ距離射撃なら、手で摘むのは無理だ」
「おっ……おぉおぉおおぉっ!
 このクソがっ、人間失格野郎がぁああああっ!」
 雄叫びを上げるウィナーの脳天めがけて銃弾を放つ。
 大きい音と同時に衝撃でのけぞるウィナー。
 だが、同時に奴の右腕は攻撃態勢に入っていた。
 かわす体勢など作れるはずもない。
 狙いは逸れたものの、反射的に出した左腕は
 その高速の拳に削り取られた。
「ぐあぁっ!」
 転げる様にして俺とウィナーは倒れる。
 頭に直撃を喰らったんだ。奴は間違いなく死んだ。
 まあ俺の方も、もう身体中が動く事を止めようとしてる。
 結果は両者相打ちって所か。
 駆け寄ってくるフィル。
 そこで周りの奴らは状況を把握して俺達に銃口を向けた。
 思わず俺はフィルを押し倒して、自分の身体を盾にする。
「やっぱヒーローなら身を挺して仲間を庇わなきゃな」
「クロスさんっ……!」
 奴らは弾を撃ち尽くすつもりで打っているみたいだ。
 身体に突き刺さる銃弾の雨。
 しかしこちらもやられっ放しというワケには行かない。
 サジタリウスを防壁にしながら、
 血液抽出量を最小にして撃ちまくった。
 それでも自分の中にある血液が目に見えてなくなっていく。
 連中の倒れる音が聞こえる。
 意外と命中はしてるみたいだった。
 ああ……こりゃ、死ぬわ。
 っていうか生きてるのが奇跡に近かった。
 自分を動かしてるのはある意味執念だけだ。
 気付くと奴らの銃の音は聞こえなくなっている。
 奴らもウィナーが俺を殺せると思っていたのか、
 大した人数をよこしていなかったみたいだな。
「クロスさん、さぁ……行きましょうっ……!」
 何故か知らないがフィルは涙を流していた。
 どうやらココにいた治安部の連中は、
 あらかた今ので殺したみたいだ。
 ただ、もう自分の身体を自分で動かせない。
 右手が痙攣する様にサジタリウスを握っていた。
 それも、すでにトリガーを引く力すらない。
 俺はフィルに抱えられて、
 なんとか壁の中を進んでいった。
 そして俺達は壁を抜けて高原へとやってくる。

*7*

 後は歩いていけば馬鹿でもアスターには辿り着けるな。
「フィル……俺、さっきから考えてた事がある」
「……なん、ですか?」
「お前ならこの世界を……救えるかもしれないって、な」
「なにを言ってるんですか……?
 さっき貴方は一人じゃ世界を
 変える事なんて出来ないって……」
「ああ。でも、切欠は作れると思う」
「きっかけ?」
「この世界が正常に戻っていく為の、きっかけ」
 太陽の日差しが妙に眩しい。
 俺はいつしか目を閉じていた。
「……すみません。僕は……殺される為にここまで来たんです」
「そう、か……」
「さあ。その銃の引き金を引いてください」
「駄目だ」
「そんなっ……!」
「残念だけど、もう……タマ切れ」
 それにサジタリウスのトリガーは重かった。
 もう俺にはそれを引く力さえもない。
 フィルの横顔は諦めのこもった微笑みに見えた。
 馬鹿らしい気もするが、一応言っておく。
「やっぱり……お前は生きろよ」
 黙って遠くを見つめるフィル。
 少しして軽く笑うと彼は言った。
「確かに、僕には貴方の武勇伝を語るという
 使命が……ありましたね」
「そっか。ふっ……サンキュ」
 とりあえず辺りは何もない高原だった。
 俺は霞む視線を空へと映す。
 もうその空は昔の様に青くはない。
 悲観的な灰色が空を包んでいた。
 ふいに視界を掠める様に鳥の群が飛んでいく。
「白い……鳩」
「まだ、居たんですね。この世界にも」
 今となっては重荷になってしまったサジタリウス。
 それを俺は高原へと落とす様に捨てた。
 短い間だったけどありがとよ、相棒。
 お前のおかげでフィルを助けられたぜ。
 しばらく歩いていくと見えてくるアスターの街。
 俺達は周りの人達の視線を受けながら街へと入っていく。
 街の中心に見えるのは飾り付けられた大きな樹。
 へえ、今日はクリスマスか。
 その樹の下で俺はゆっくりと下ろされた。
「クロスさん、しっかりして下さい。
 今すぐ応急処置を施しますからっ」
「いいって。もう助からない」
 血が流れすぎてるし、生きてるのが不思議なくらいだ。
 それに元々一日ちょっとの命だったしな。
 不思議と恐れは無かった。
 出来る事を精一杯やったと思えてるからだ。
 悔いが無いとは言わない。
 でもやれる限りはやった。それでいい。
「俺の事より、お前は自分が生きる為に努力してこいよ。
 これで……病魔になんか負けてみろ。
 俺はお前を笑って……やるからな」
「クロスさん……」
 手の施しようがないと気付いたのか、
 フィルが俯いて声を震わせる。
 そして俺達はゆっくりと抱擁をかわした。
 いや、動けない俺がフィルに抱きしめられただけ。
 ただそれは抱擁と呼ぶべきものだと思った。
「解りました。精一杯、生きてみせます」
「……ああ」
 フィルは立ちあがると何処かへと去っていった。
 そう。それでいい。
 生きる為に……精一杯になれ。
 俺の事なんて気にしないで良いんだ。
 それに、最後は一人が良いからな。
 さっきまで続いていた寒さと震えは何処かへ消えていた。
 代わりに何か、温かな気持ちが身体を駆けめぐっている。
 周りを歩く人達は何処か皆、幸せな顔をしていた。
 クリスマスという日の所為だろうか。
 カップルや家族が揃って出かけている姿が目に付いた。
 俺の姿を見て見ぬふりをしてはいるが、どうでもいい。
 ふと目の前の光景が得られるはずだった幸せだと気付いた。
 自分の意見を貫かなければ、ああやっていられた。
 少しだけ胸に来る……な。
 ユスティーナと自分が腕を組んでいる。
 寒さに文句を言いながら身体を寄り添いあわせる。
 隣で俺達を冷やかすウィナーなんかもいて、
 けどあいつはモテるから女を連れてたりして。
 そんな風に皆で幸せに生きる未来もあったんだ。
 後悔してないと言えば嘘なのかも知れない。
 もう一度やり直せるとしたら、
 俺は自分の意見を貫いたりしないかも知れない。
 ただ、それでもいい気がした。
 今の俺はここでこうしている事を選んだ。
 そこにそれ以上の意味なんて必要ない。
 そうやって物思いに耽る俺の頭上から何かが落ちてきた。
「はね……だ」
 真っ白な羽根……か。
 ちぇ、似合わねえな。
 それは血まみれの身体にまるで飾りの様に舞い落ちてきた。
 だが不思議な事に、その羽根は俺の手の中でとけてしまう。
「これは……雪、か?」
 口元がいつの間にか綻んでいた。
 頭上からはぽつぽつと真っ白な雪が降り注いでいた。
 今まであった辛い事は一つも浮かんでこない。
 ユスティーナとの記憶。楽しかった記憶。
 愛し合った懐かしい日々。
 家族との思いで。幾つもの温かな時間。
 いつも馬鹿やったり喧嘩したりしたけど、
 最後は絶対に仲直りできた、俺の親友の記憶。
 冷え切った体を、唯一それらが温めてくれた。
 後悔はしてるけど……間違ってるワケじゃない。
 自分が間違った選択肢の上に居るワケじゃないと、
 そう言ってくれている気がした。
 理想的ではないにしろ……悪くはない。

 ――――俺はそのまま、深い眠りに落ちていった。

 

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