僕達は相変わらずの毎日を過ごしている。
朝から僕らはお互いに仕事に出て、
夜は時折彼女が殺し屋の仕事をするのだ。
そんな生活に慣れていく上で一番辛いのは彼女の性格。
前は怖い話をしただけですぐ飛びついてきたのに……。
エプロン姿で台所に立つシルクに、
後ろから抱きつきながら言ってみる。
「シルク、背後に霊が付いてるよ〜」
「はいはい。御飯もうすぐ出来るから待ってて」
「……うぃー」
なんかちょっと寂しい。
少し前までの可愛らしい反応は何処へ行ったんだろう。
特に殺し屋の仕事の前なんかは口数も減ってしまう。
張りつめてるのは解るんだけどかなり寂しかった。
と、僕が落ち込んでるのを見てシルクが言う。
「どうしたのよ。そんな暗い顔して」
「シルクと立場が逆転した気がするんだよ」
「……あはは、寂しがり屋なんだから」
そう言って僕を抱きしめてくれるシルク。
まるっきしこの間と状況が逆だ。
今のシルクは可愛いって言うより格好良い。
それも充分に魅力的なんだけど……。
「そんなに心配しなくても私、貴方一筋よ」
「いや、それは嬉しいんだけど……」
「あなたが殺し屋でも構わないって言ってくれた時、
凄く嬉しかったんだから。泣きそうなくらいに」
そう言って笑うシルクは少しだけ、
前のシルクとダブって見えた。
どっちの彼女も、彼女の本質なのかもしれない。
だったら僕は両方愛せるはずだ。
そんな風にしてまた夜がやってくる。
彼女はいつもの様に黒い服に着替えると、
窓から飛び去る様に出ていた。
僕はそんな時、決まってその姿が見えなくなるまで見送る。
そしてそのまま朝まで起きている。
殺し屋って言う職業を続けている限り、
朝起きてシルクが無事に隣にいる保証はないからだ。
少しだけ殺し屋業を止めてほしい気もする。
彼女がどうしてこんな仕事をするのかは知らない。
それに具体的に何をしてるのかも知らない。
けれど……人を殺す仕事をするって言う事は、
逆に言えば自分が殺される事も覚悟してるって事だ。
僕は、彼女にそんな覚悟をして欲しくはない。
そんな僕の懸念は見事に当たってしまった。
次の日に僕はふと寝てしまっていた事に気付く。
それからすぐに辺りを見回したのだが、
彼女の姿は何処にもなかった。
(まさか、まさかっ……)
その数十分後、部屋にチャイムが鳴り響く。
僕はそれが間違いなくシルクだと思った。
だからすぐに走って扉を開ける。
そこに居たのは確かにシルク。
けれど左足を引きずっていた。
おまけによく見ると黒い服に淀んだ赤が混じっている。
「シルク……撃たれたの!?」
「ちょっと、数で圧されて……太腿に一発。
運良く貫通してくれてるんだけど、ね」
全然運がよくなんて無いよ。
僕はすぐさま肩を貸すとリビングへとシルクを運んだ。
そして救急箱で応急処置をする。
「病院に行こう」
「……無理に決まってるでしょ」
「どうしてっ」
「事をおおやけにしたら、私だけじゃない。
あなただって危険に曝されるかもしれないのよ」
「そんな事言ってる場合かっ!」
僕は思わずシルクに怒鳴っていた。
けれど彼女は控えめに笑うだけで動こうとはしない。
仕方なく出来る限りの処置を僕がとる事にした。
その後で僕は彼女に聞いてみる。
「どうして……こんな仕事をするんだよ」
「……だってお金がいるでしょ」
「はい?」
「私って両親がいないじゃない。
だから、大きな家を買って貴方と住むの。
それで幸せな家族を作るのが夢なの……」
彼女の両親が居ないというのは前に聞いた話だった。
けれど彼女の夢を僕は初めて聞いた。
そして、なんだかやるせなくなった。
「それだったら殺し屋なんてするなよ。
金だったら僕が何とかするから。
君が……危険な思いをするのは耐えられない」
「本当?」
「ああ、勿論」
その後で僕達は軽いキスをする。
それが僕にとっては約束の手形代わりだった。
しばらくして彼女は手続きを済ませて殺し屋を廃業した。
僕は新しい住まいを見つけてその手続きを済ませる。
そうしてこのキラーズマンションを出る事になった。
僕らは退居する日、二人でマンションを見上げていた。
「なんか……こうしてみると感慨深いね、シルク」
「うん。出来ればもう二度とは来たくないけどね」
「はは、それはそうかも」
その瞬間。
目の前のマンションが物凄い音を立てて吹き飛んだ。
正確には上半分だ。
跡形もなく吹き飛んでいく。
僕らはその光景を唖然と見上げていた。
「テロか!?」
近所の人達がどんどん集まってくる。
遥か上空には軍用のヘリが飛んでいた。
僕とシルクはお互いを思わず見やる。
「これって……」
「もしかすると、このマンションの事がバレたのかも。
……政府に殺し屋を疎んでる人は多いからね」
彼女と僕はそんな風にしてマンションを眺めていた。
ボロボロに崩れたそこからは、
結局誰の姿も現れはしない。
シルクの話だと周りの住人は無事だそうだ。
やはり殺し屋は情報が命らしい。
そうやって数週間後にはキラーズマンションは無くなった。
改築工事もせずにマンションを取り壊し、
しばらくして新地になっていたのだ。
僕らにしてみればラッキー……なのだろうか。
「シルクは廃業したから……狙われたりしないよね」
「さあね、或いは刺客が来るかも」
彼女はそんな事をあっけらかんと言う。
周りをオロオロと見回してしまう僕をよそに、
シルクは微笑みながら腕を組んできた。
少しも動揺していない彼女は凄い。
っていうか、やっぱり格好良かった。
でもこういうのも悪くない気がする。
「大丈夫。私これでも強いんだから。
貴方の事も護ってあげるからねっ」
|