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インフィニティ・インサイド

著作 早坂由紀夫

Chapter47
「万魔殿」


10月12日(日) AM11:41 晴れ
インフィニティ第二階層・中央部・万魔殿前

近くに来てみると古風なお城だなんて考えは一掃された。
壁から入り口から何からサイバーだらけ。
まるでどこかの諜報機関に忍び込もうとしてるみたいだ。
イヴも戸惑って二の足を踏んでいる。
やっぱりイヴがいた頃とは全然違うみたいだな・・・。
空には物凄い数の悪魔達が群雄割拠している。
俺達は草木の影からじっと万魔殿の入り口を見つめていた。
物々しい雰囲気と共に幾つもある入り口から、
とんでもない数の悪魔達が飛び出していく。
「どうやら天使が第二階層に来ているみたいだな」
「・・・うん。俺達が侵入するならチャンスか?」
俺がそう言うと隣にいたイヴが俺から離れる。
「そう、だな」
「あのさ・・・いい加減慣れてくれよ」
「いや私も慣れているつもりなんだ。
 ただ・・・男という人種は苦手でな」
そんな事を言い合っていると、
入り口から悪魔の姿が消えた。
今がチャンスとばかりに俺達は万魔殿へと走っていく。
幾つかの悪魔達が俺達に気付いたかも知れないが、
構わずに俺達は入り口に飛び込んだ。

10月12日(日) AM11:53 晴れ
万魔殿・一階大広間

走っていくが俺達はすぐに止まってしまう。
入り口から中央の広場みたいな場所に来たのは良いが、
まったく次の進路が解らなかった。
何しろ目の前には数十という通路や部屋の扉がある。
選択肢がありすぎて思わず俺達は動きを止めてしまっていた。
「ど、どうする・・・イヴ」
「上に上がる階段があるとばかり思っていたが・・・」
そう。
目の前に上への階段は無い。
つまりどこかの扉から上の階へ進めるという事だ。
なぜ上の階かって、理由は簡単だ。
リヴィーアサンがずっと上の階にいるのを感じてる。
多分イヴも俺と同じように感覚で解っているはずだ。
すると入り口の方からおぞましい姿の悪魔達が走ってくる。
それも何十というとんでもない数だった。
「あれって・・・俺達目当てかな」
「うむ。凪がモテるという事だ。良かったじゃないか」
やっぱり俺が男だっていうのを隠してた事を、
イヴはそう簡単に許す気は無さそうだった。
醒めた笑いでイヴは俺を見ている。
まあ考えてみれば当たり前の事ではあるんだけど・・・な。
へこんでしまいそうだが、そんな場合でもなかった。
適当な扉に目星を付けて俺達は走っていく。
部屋に入ると俺は扉を物凄い勢いで閉めた。
だがすぐにイヴは額に手をやる。
「はぁ・・・凪、お前って言う奴は・・・ツイてないな」
「俺だけじゃなくてイヴもだろ」
扉を凄い力で叩いてくる悪魔達。
部屋は行き止まり。
機械で埋め尽くされた部屋だ。
「考えてみればお前の事を護った事はあったが、
 お前と共に闘った事はなかったな・・・」
「そう言えばそっか。良い機会だね」
思わず口をついて出る女言葉。
慣れとは恐ろしい物だ・・・。
それを見てイヴは失笑した。
「酷いなぁ・・・」
「ふふっ、すまんな。さて、行くか」
「・・・うん」
もはや男言葉と女言葉とどっちを使ってるのか解らない。
とにかく俺は俺らしく、だ。
イヴはゆっくりとロックを外して扉を開ける。
部屋になだれ込もうとしてる悪魔を、
イヴは黒い炎で片っ端から蹴散らしていった。
そこへ俺が切り込んでいく。
両の拳に力を込めて近くの悪魔を殴り倒した。
その悪魔は床にめり込んでぐったりしている。
さらに俺は目の前の悪魔達を一掃するイメージで、
手を横に一薙ぎした。
すると悪魔達が何人か遥か後方へと吹っ飛んでいく。
かと思うと背後から頭を思い切り掴まれた。
「くっ・・・」
頭をかち割る様な力で押さえつけてくるが、
すぐにそいつはその手を放す。
振り返るとイヴが黒い炎を具現していた。
「ありがと」
「礼より走れ、このままじゃいずれ捕まるぞ」
俺はそう促され全速力で走り出す。
また適当に扉を選ぶとそこへと入っていった。

10月12日(日) PM12:02 晴れ
万魔殿・一階・螺旋階段

その部屋は縦の長い構造で螺旋状に階段が走っている。
中心には柱も何もなくてぽっかりと空間が出来ていた。
絶対に常用の階段じゃないと思うが、
逆にその方が都合が良い。
俺達は螺旋状になっている階段を昇り始めた。
カンカン、という鉄の音が鳴り響く。
しばらく階段を昇っていると上方に悪魔の姿が見えた。
俺達に気付くと階段を凄いスピードで下りてくる。
さらに何人かは螺旋階段という構造上、
中心から羽根を使って俺達の元へと飛んできた。
「邪魔だっ!」
イヴはお構いなしに黒い炎で悪魔を焼き尽くす。
俺の方も負けじと剣っぽい物を具現して、
悪魔の羽根を切り落としていった。
だが次から次へと湧いてくる悪魔達。
一体この城にはどれだけの悪魔が居るんだよ・・・。
俺と同じ事を考えているのか、
イヴも焦りの表情を見せ始めた。
「まさか・・・この城に悪魔が集まってきているのか?」
「それ、どういう事だよイヴ」
「現象世界へ進軍する準備が整ってきているという事だ」
そういえばそんな話もあったな。
なんにせよ、急いでリヴィーアサンに会わなきゃ・・・。
階段を駆け上がっていくと扉が見えてきた。
悪魔達をなぎ倒しながら俺達はそこへと飛び込む様に入る。

10月12日(日) PM12:09 晴れ
万魔殿・三階・左舷廊下

扉を開けると床に奇妙な文字が彫ってあるのが目に付いた。
辺りは一階と大して変わらない機械的な廊下。
右と左に進む道があって、正面は行き止まり。
廊下の幅は大体3m程だ。
「ここは三階の様だな・・・」
ふとイヴがそう呟いた。
俺も彼女も肩で息をしている。
正直、走りながらの闘いは辛かった。
階段を駆け上がりながら闘ってたせいか、
すでに足腰が限界に来ている。
イヴの方も似た様な物だった。
だが息つく暇もなく両端の廊下の端から悪魔の姿が見える。
この状況では逃げる事も出来なかった。
「イヴ・・・息あがってるけど、平気か?」
「この程度の修羅場、何の事はない」
そう言うとイヴは右へ向かって走り出していく。
さすがは神の尖兵、というべきか。
俺も負けてられないな。
同じく右へと走り出していった。
中央を裂く様に迸る妙な球。
イヴは右、俺は左にかわす。
すると廊下左方向からやってくる悪魔に直撃して爆発した。
それを振り返りもせずにイヴは、
目の前の悪魔に黒い炎をたたき込んでいく。
だがそんな俺達の前に巨大な悪魔が現れた。
黒い炎をあっさりとかき消すと俺達を睨みつける。
山羊の様な頭についた二本の角、手足の先にある鋭い爪。
口元は凶暴なくらいの牙を生やしている。
「奴はヴェリーヌ。人の短気や諍いを象徴する悪魔だ」
イヴは早口でそう俺に説明した。
奴は笑っているのか怒っているのか解らない表情で、
俺達へと突進してくる。
周りの悪魔を吹き飛ばしながらの突撃だ。
直撃を喰らった悪魔達が端から吹き飛ばされていく。
「まずいな・・・かわすスペースがないぞ」
どうしようもなく逆方向へと俺達は走り出した。
だが悪魔達はヴェリーヌの突進が怖くないのか、
走る俺達へと向かってくる。
「くっ、イヴ! 逃げ切れないよ!」
「・・・そう、だな。仕方ない、奥の手だ」
奥の手と称するとイヴは急に俺の手を強く掴んできた。
「いいか、イメージしろ。黒い炎を」
「え・・・え〜と?」
「今は説明している時間がない!」
そう怒鳴られて俺は仕方なくイメージを膨らませる。
黒い炎・・・イヴがいつも見せてるアレのイメージ。
前に一度、イメージした事はあった。
だから難しい事じゃない。
「準備は良いな?」
「え、うん」
俺が肯くと俺の手をヴェリーヌへと向けた。
イヴがその手を握りしめる様に掴む。
強くイメージした黒い炎は具現化され
ヴェリーヌの身体を包んだ。
「グォオオオオオォッ!」
唸る様な叫び声をあげて倒れるヴェリーヌ。
・・・どうして黒い炎が効いたんだ?
不思議そうな顔をする俺にイヴは言う。
「お前のイメージも重ねた黒い炎だ。
 故に私一人の炎より数段強かった」
「そ、そんな事出来るんだ・・・」
「理論上はな。試したのは初めてだが」
か、格好良い・・・。
と話してる時間があるはずはなく、
俺達はすぐさま走り出そうとした。
だがゆっくりとヴェリーヌが立ちあがる。
同時に背後から何かが辺りの壁を破壊しながら近づいてきた。
天上から床へ、床から左右の壁へ。
認識できるギリギリのスピードでそれは向かってくる。
そして俺達の手前に来るとそいつは止まった。
「我はバルベリス。リヴィーアサンの命令で、
 お前らを捕獲しに来た」
「バルベリス・・・争いをもたらす悪魔」
前にはヴェリーヌ、後ろにはバルベリス。
かなり危険な状況だった。
そう思う暇もなしにヴェリーヌが突進してくる。
さらにバルベリスが壁をスーパーボールの様に
跳ねながら俺達へと向かってきた。
かわせるとしたらバルベリスの方しかない。
ヴェリーヌの方はかわしようがないからだ。
「凪、こういう時は分業しかないな」
「分業・・・って」
「私がバルベリスを仕留める。お前はヴェリーヌをやれ」
「・・・解った」
俺は腹をくくると前を向きヴェリーヌを見据える。
お互い背を向けて相手に対して構えた。
猛スピードで跳ね回るバルベリスに対し、
イヴは壁を蹴って空中で奴の身体を捉える。
そのまま蹴りで地面へとたたき落とした。
俺の方は床を破壊して奴の身体に破片をぶつける。
それで一瞬奴の動きを封じた。
その瞬間に俺はヴェリーヌの身体を
アッパー気味に叩き上げる。
自分でも驚く程の威力で奴の身体は天上に突き刺さった。
「・・・イヴ、チャンスだ!」
「そうだな・・・」
俺達はヴェリーヌ達が動けない間に先へと走りだす。
そう、一番の目的は悪魔を滅ぼす事じゃないんだ。
だから闘うよりも先に進む方を俺達は優先する。

10月12日(日) PM12:02 晴れ
万魔殿・三階大広間

そのまま道なりに走っていくと、
少しして悪魔達が姿を消した。
俺達は不審に思って辺りへの気配を感じようとする。
何か強大な悪魔が二人、俺達へと近づいていた。
「これ以上奥は行き止まりみたいだな・・・」
そう言うとイヴは道の途中にある扉を開ける。
そこは大きな広間になっていた。
巨大な階段と赤い絨毯が目に付く。
天井は呆れるくらいに高く、
シャンデリアの様な物が幾つも飾り立てられていた。
そして・・・そこには一人の女性が立っている。
見た事のない顔だった。
だがそいつを知っているという顔でイヴは見つめる。
いや、睨みつけている。
緑色がかった、肩に掛からないくらいの髪。
服装はラフな感じで一瞬下着かと思う様なものだった。
その女性は俺達を見ると静かに微笑む。
「久しぶりね、凪・・・いえルシード。それにイヴ」
「リリス・・・!」
「え・・・リリス!?」
リリスって死んだんじゃなかったのか?
待てよ、考えてみればそうだよ。
アスモデウスみたいに本来の姿で死なないと、
悪魔っていうのは死なないんだって聞いてた気がする。
「あなたに負わされた傷は結構深くてね。
 永久回帰の地獄でずっと休んでたけど・・・
 おかげさまで復帰できたわ」
「・・・凪」
小声でイヴは俺に話しかけてきた。
イヴはどこか決心した顔をしている。
「いいか、私がリリスの相手をする。
 お前はリヴィーアサンの元へ急げ」
「なっ・・・それ」
「いいから言う事を聞け!
 ・・・紅音を救ってやれ、お前の手で」
表情には余裕がないのにイヴはどこか微笑んでいる。
それはもうすでにそうする事を決めている表情だった。
俺が止めたって聞かないだろう。
「一つ、良いか?」
「なんだ凪・・・」
「絶対に死ぬなよ」
「・・・ふっ、お前に心配される様ではな」
そう言って軽く笑うイヴ。
リリスへ不意打ちの黒い炎を浴びせると、
そこからイヴはリリスへと走っていく。
二人は激しくぶつかり合っていた。
その隙に俺は階段へと走る。
「凪か・・・まあ良いわ、私の獲物はイヴ。
 あなただけだからね」
右へ左へとイヴは撹乱を交えながら黒い炎を繰り出していた。
だがそれをリリス特有の圧縮する力で相殺する。
「くっ、やはり多少地の利は貴様にあるか」
「当然よ・・・天使として生まれた貴方が、
 ここで全力を発揮できるとでも?」
「ふ・・・丁度良いくらいさ、貴様ならばな」
そんな二人の会話も直に聞こえなくなった。
階段は終わりがないくらいに長く見える。
もうすぐ・・・紅音に会えるのか。
俺は不意に自分の気持ちがわからなくなっていた。
会える事が嬉しいのか、それとも悲しいのか。
そこで待つのはリヴィーアサンでもあるのだから。
ただ、俺がすべき事は決まっていた。
だから足を止めたりはしない。
紅音を・・・取り戻しに行くんだ。
しばらく階段を昇っていくとそこには一人の男が現れる。
まるで昔の騎士みたいな格好をした男で、
俺の事を睨みつけていた。
「・・・あんたは?」
「我はディアレスト=G=マルコシアス。
 マルコと仲間は呼ぶ・・・」
その言葉で俺は戦闘態勢を作る。
マルコシアスは巨大な剣を具現して俺に向けた。
すると剣を振った風圧で俺の髪が大きく揺れる。
こいつ・・・相当に強いな。
「ルシードよ、私と手合わせ願おう」
「今急いでるから後で良い?」
「・・・急ぐ故よ。急ぎたければ私を倒す必要がある」
「なるほど・・・ね」
「参るっ!」
そう叫んだかと思うとマルコシアスの身体が宙に跳躍する。
だが俺には奴と相手をしている時間なんてなかった。
思わずマルコシアスに向かって叫ぶ。
「・・・邪魔だっ!」
瞬間、奴の身体は背後の支柱に叩きつけられた。
支柱はぶつかった場所を中心にひびが入っていく。
多分、俺の力だろう。
奴を叩きつけるイメージが湧いていた。
段々と俺は人間から遠ざかってるのかも知れないな・・・。
まあ今はそんな事を考えてる場合じゃない。
その隙に階段の一番上を目指して走った。
「ぐっ・・・待て!」
背後からそんな声がするが、攻撃しては来ない。
俺は勢いに任せてそのまま階段を昇りきった。
すると階段の先には奇妙な記号の様な物がある。
その上に乗ると妙な高揚感と共に目の前が真っ白になった。
どこかへと昇っていく様な感覚。
・・・屋上か?
すぐにそれは風の匂いを含んで目の前に現れた。



静かに風を切る様な音が木霊している。
悲しみと虚無とを含む風。
乾いた空気の匂いと少しの肌寒さ。
凪は万魔殿の屋上へと来ていた。
そこに佇んでいるのは愛しい人。
そして、その身体を奪った悪魔。
色々な感情が溢れてきて凪は言葉を失う。
胸が締め付けられる、という言葉の通りに。
目の前の女性は静かに遠くを見つめている。
だがすぐにゆっくりと凪の方に振り返った。

「随分と・・・優しい顔してるのね、凪ちゃん」
「ええ。そっちこそ」

そう言うと二人して軽く微笑み合う。
自然と凪の口からは女言葉が出ていた。
まるで紅音との思い出を取り戻そうとするかの様に。
それは嵐の前の静けさ。
吹き荒れる風の中で凪と紅音は見つめ合う。
以前とは全く違う状況、環境、感情で。
第二階層で起きている闘いに比べてそこは静かだった。
全ての喧噪や諍いから解き放たれているかの様に。
だが凪は強い意志の宿った目で紅音の姿を見据える。

  「紅音を、私の大切な人を返してもらいに来たよ・・・!」

Chapter48へ続く