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インフィニティ・インサイド

著作 早坂由紀夫

Chapter42
「紅音、永久の眠り」


10月11日(土) PM18:29 晴れ
寮内自室

なんとか欠席の理由は誤魔化せた。
だが俺と一緒に紅音も行方不明になってる。
勿論、紅音の方は帰ってきてない。
俺は何も知らないという事にした。
そしてすぐに俺はインフィニティを探し始める。
少しずつ事態は悪い方向へと進んでいた。
時間が経てば立つ程に紅音の精神は弱くなってしまう。
アルカデイアの砂漠を歩いていた時にそうイヴが言っていた。
だから俺は寝る間も惜しんで探し続ける。
イヴもしばらくして戻ってきた。
誰かに邪魔されているのか強く気配を感じ取る事は出来ない。
だが学園のどこかにインフィニティへの
入り口があるのは解っていた。
それはルシードとしての何かで感じたものだった。
この調子ならなんとか明日には、
インフィニティへと向かう事が出来そうだと思う。
今日、俺は欠席理由のレポートを黒澤に渡した。
その後で一人きりになってしまった部屋に戻ってくる。
ドアの入り口に靴は一足しかない。
中に入っていっても誰もいなかった。
それが悲しくて泣き出しそうになってしまう。
いつだって俺に見せてくれた笑顔がそこにはなかった。
帰ってくるたびに飛びついてくるやっかいな奴。
すぐに凪ちゃんって呼ばれるのが当たり前になって、
俺も紅音って呼び捨てにするのが普通に感じられた。
どれだけその笑顔に助けられたんだろう。
どれだけその抱擁に心を癒されたんだろう。
たった一度の過ちで全て喪ってしまった。
・・・でもさ、まだ俺は挫けてられないよ。
お前が居なくなった悲しみに浸っていられないよ。
出来るだけの事はするからさ、その後でも良いよな。
「紅音、お前の身体は・・・俺が取り返してみせるから」
独りぼっちの決意だった。
けど・・・少しするとドアの方でノックする音がする。
かと思うと勝手にドアを開けて誰かが入ってきた。
そんなこの部屋への入り方で誰かはすぐに解る。
やっぱり紫齊だ。真白ちゃんと葉月もいた。
紫齊達は勝手にそこらに座ると黙ってしまう。
少しすると紫齊が戸惑いがちに俺に言った。
「・・・凪は何も言わないけどさ、何となく解るんだよね。
 よくわかんないけど紅音を探しに行くんだろ?」
「紫齊・・・ごめん、勝手だよね」
「そんな事無いって。ただ、少しの間寂しくなるからさ。
 やっぱこういう日って何するかは解るだろ?」
「仕方ない・・・なぁ」
そんな事を言ってみるが泣きそうなくらいに嬉しかった。
酒を並べる紫齊。つまみを用意する真白ちゃん。
なにが独りぼっちだよ。
何が・・・。
目の前には俺や紅音を心配してくれる友達が居るじゃないか。
俺ってホント大切な物に気付かない奴らしい。
そうだよ、また出かけるけどそれは少しの間だけだ。
可能性が低くたって・・・必ず連れ帰ってくる。
紫齊や、真白ちゃんや葉月がいるこの場所に帰ってくるんだ。
泣きそうなくらいとは言ったのだが、
実際に涙が滲んでしまってる。
格好悪いな・・・。
でも俺がこんなに素直に泣ける場所。
多分、ここだけだ。
「なに泣いてるんだよ凪ぃっ。しんみりするじゃんか・・・」
「ごめん、嬉しくて」
「凪さん・・・結構泣きっぽい人なんですね」
「私達、あの、待っていますから・・・頑張ってください」
どうして皆して泣き出してしまうんだよ。
まるで卒業式みたいだった。
酒が入ってるせいだよな。
でも、なんとなく俺はどうにかなる気がしていた。
皆が待っててくれる限り、
俺と紅音はこの場所に戻ってこれる。
そう思えた。

10月11日(土) PM20:34 晴れ
学校野外・公園跡

皆が酔いつぶれて寝てしまった後。
俺はなんとなく酔い覚ましに公園跡に来ていた。
紅音と別れた場所。
何故かここに来てしまってる。
感情のせいってばかりでも無さそうだった。
この辺りにインフィニティの入り口があるのかもしれない。
ルシードとして覚醒しつつあるからこそ気付く感覚。
でも公園跡に何かがあるワケじゃ無さそうだ。
どっちかっていうと、もっと北・・・。
そこで俺は妙な気配が辺りを包んでいる事に気付く。
悪意みたいな物が公園跡を包み込んでいた。
それもまるでテリトリーでも作るかの様に・・・。
上を見上げると満月に重なる様に、
俺めがけて飛び降りてくる人影があった。
ただ飛び降りてくるんじゃない。
勢いに任せて俺に何か球状の物を投げつけてきた。
それを間一髪交わすとその相手を睨みつける。
「意外と簡単に見つかったなぁ・・・拍子抜けだわ」
「・・・リヴィーアサンッ!」
「その表情、声。私を受け入れる気は無いのね。
 ルシードとして急に目覚め始めてるみたいだし、
 もしかして凪ちゃん反抗期〜?」
ふざけてるのか紅音の真似をしてそんな事を言ってきた。
おかげで殺気なんて物は大方殺がれてしまう。
紅音・・・リヴィーアサンと殺し合う事はおろか、
闘う事さえも出来ない気がしてきた。
「言ったわよね、次会う時には
 必ずインフィニティに連れて行くって」
確かにそんな事を行っていた気はする。
だけど俺の目的は紅音だ。
「紅音っ! 私の声が聞こえるっ?」
あえて女言葉で呼びかける。
騙していたとしてもなんだとしても、
やはり紅音と接していたのは女としての俺だ。
だから紅音が答えてくれるとしたらそんな俺だと思った。
だがリヴィーアサンは紅音の顔でにこっと笑う。
「解らないかなぁ〜、私が紅音なんだよ」
違う・・・よな。
こんな事を言うはず無い。
解ってるはずなのに・・・声も表情も同じなんだ。
仕草だって殆ど変わってない。
解ってても笑みが零れてしまいそうになる。
そんな時、俺は違う力の躍動を感じた。
だがこれは嫌な感じじゃない。
俺達の元へと走ってきたのはイヴだった。
イヴはリヴィーアサンの表情を見るなり、
やるせない表情で怒りを露わにする。
「かあさま・・・いや、リヴィーアサンッ!」
「・・・ルージュ」
「違うっ! 今の私はイヴ、神に仕える者だ」
その時に一度だけ見せたリヴィーアサンの表情。
まるで母親が子に見せる憂いの様な表情。
今までのどんなものとも違って、
妙にそれは紅音の姿に似合っていた。
だがすぐにそれは諦めた様な笑みに変わる。
「私の力を知ってるのに闘いを挑むなんて・・・。
 やっぱりあなたの無謀さは変わらないわね」
「それが・・・どうした」
「ふうん。話は変わるけど、ルージュ。
 自分の力が自然に増幅されるなんてありうると思う?
 その子の精神が弱まってる事もそうよ」
「・・・なにが言いたい」
高らかに笑うとリヴィーアサンは言った。
「アスモデウスと闘った時、
 自分が強くなったと思ったでしょ。
 あの時からずっと・・・あなたは気付かなかった。
 もはや私無しでは居られないのよ、その身体はね」
リヴィーアサンはゆっくりとこちらに向かってくる。
何かを仕掛けてくる感じじゃなかった。
しかし凄く嫌な感じはする。
ふいにイヴの、葉月の様子がおかしい事に気付いた。
「あくっ・・・なんだ、この感じ・・・これは」
「解らない? ルージュのせいじゃないわ。
 あなたの目が届かない様に、気付かれない様に、
 私が少しずつ葉月ちゃんの身体に力を分けてあげてたの」
「なん、だと・・・!?」
「勿論私達らしい方法で何度もね。
 そしたらクセになっちゃったみたい。
 葉月ちゃんの身体はね、私に愛撫されるのを待ってるのよ」
リヴィーアサンが右手の中指を動かすと、
イヴの身体はびくっと反応していた。
まさか葉月ちゃんは紅音と関係を持っていたのか?
それだから、俺を見るたびに恥ずかしくて逃げていた?
じゃあ最近の葉月の様子がおかしかったのは・・・。
俺を見て逃げていたと思っていたのは、
本当は俺が紅音のルームメイトだから逃げていたんだ。
「こんなのは・・・さしたる事じゃないっ」
「そうかしら。下の口が涎垂らした状態で、
 私と話す事さえままならないのに?」
悠然とイヴの前まで歩いていくと、
素早くスカートをまくり上げる。
そして遠慮無しにその奥に手を伸ばした。
イヴは思わずその手を掴んで股を閉じる。
苦しそうに顔をゆがめて・・・。
俺はその隙だらけのリヴィーアサンを攻撃しようとした。
だがイヴの足下にぽたぽたと染みが出来てるのが見えた。
それを見たせいで思わず動きが一瞬だけ止まってしまう。
さらに考えてしまう。
何で攻撃すれば良いんだ?
紅音を傷つけない様に攻撃するには・・・。
「凪ちゃん、甘いわね」
猛烈な疾風と共に俺の身体が吹き飛ばされた。
受け身を取る事も出来ずに、
地面に叩きつけられてしまう。
だが大した痛みもなかったので俺はすぐさま立ち上がった。
その時、イヴは顔を紅潮させて倒れかけていた。
「イヴッ!?」
「っ・・・ふぁっ・・・く、そんなっ・・・」
イヴは立ち上がろうとしていたが、
膝ががくがくと震えて立てそうにない。
さらに太腿の辺りには愛液が艶やかに伝っていた。
「ちょっと触っただけでそんなになっちゃって・・・敏感ね。
 ほら、ちゃんとイカせてほしかったらお願いしなさい」
「だっ誰がそんな事をするものか・・・ふざけるなっ!」
強がってみせるイヴだが頬は赤く染まっている。
どこか火照っている様な表情にも見えた。
「仕方ないわね。じゃあおマメさんに
 刺激を与えたらどうかしら?」
リヴィーアサンは紅音の姿で凄く卑猥な言葉を吐いてる。
それだけじゃなくて実際に下着に手を伸ばし、
葉月のそこを弄ぶ様に弄っていた。
ちゅくちゅくといやらしい音がしている。
「んくっ・・・あふっ、んんっ・・・や、止めて・・・」
「止めて? アソコをひくひくさせながら言う事かしら」
イヴの表情が羞恥と快感で染まっている。
おまけに立っているのも辛そうだった。
けどそれは初めて見るイヴの表情で・・・って、
見とれてる場合じゃないよな。
俺はリヴィーアサンに再び向かっていった。
何か傷つけないものを・・・イメージしなきゃ。
縛り付ける感じだ。
そんなイメージで十字架を具現してみる。
すると引きつけられる様に紅音の身体が
そこに吸い付けられていった。
「なにっ?」
リヴィーアサンが困惑している内に俺はイヴに近づく。
「大丈夫? イヴ」
「・・・駄目かもしれない。恥ずかしくて死ねそうだ」
そう言うイヴはまだ立ち上がる事さえ出来ず、
顔を真っ赤にして俯いている。
リヴィーアサンの方は状況を楽しんでさえいた。
笑いながら十字架にキリストの格好で佇んでいる。
「貴方とは闘うだけ時間の無駄だと思うわ。
 私が紅音の姿をしてる以上、
 凪ちゃんが私を傷つける事は出来ないから」
確かにそれは間違いなかった。
それどころか紅音に声さえ届いてない。
殺す事は出来るかもしれなかった。
でも、助ける事が出来なきゃ・・・意味がない。
実際に顔を合わせるとそんな想いで頭が一杯だった。
「さてと・・・じゃ、もう行くわよ。
 いつまでも茶番に付き合うわけにもいかないからね」
そう言って俺に近づいてくるリヴィーアサン。
具現した十字架はあっさりと破壊されてしまう。
破れかぶれでイメージしたからだな。
けど本気でイメージするのか?
紅音を殺すイメージを・・・。
瞬間、巨大な槍が頭上から紅音めがけて降り注ぐ。
「・・・紅音、上っ」
俺の声で頭上の巨大な槍に気付いたのか、
間一髪その槍の直撃をかわした。
ほんの少しイメージしただけだと思ったのに・・・。
こんな巨大な槍が降ってくるなんて思わなかった。
「やるじゃない、やっぱり惚れ込んだ通りだわ。
 いきなり私にロンギヌスを投下してくるなんてね」
「・・・ロンギヌス?」
「ロンギヌスとは、神の槍と呼ばれるものだ。
 リヴィーアサンの言う事を真に受けるな、
 ただの比喩表現に過ぎない・・・ふぅっ」
イヴは悶えながらそうアドバイスしてくれた。
・・・なんか集中を削がれそうだ。
しかし言われてみればそんな槍にも思える。
その槍も俺の意志一つですぐにかき消えた。
「比喩ねぇ・・・まあ良いわ。
 そっちがやる気なら私も本気で・・・」
その時、リヴィーアサンの様子が急に変わる。
苦しそうに頭を押さえるとその場で動かなくなった。
それは前にも見た光景だった。
だからか俺にはそれが何なのかなんとなく解ってきていた。
多分、まだ紅音が奴の精神に抗ってるんだ。
「紅音っ! リヴィーアサンの精神を押し返してっ」
俺はありったけの声で紅音に呼びかける。
その表情は依然として苦悶に満ちていた。
「くっ・・・邪魔だ。思ったよりも邪魔してくれるわ。
 凪ちゃん、貴方の事は紅音をちゃんと始末してからにする。
 歯ぎしりしながら待ってなさい」
「ま、待って・・・待ってくれっ!!」
「どうしても会いたいのなら・・・インフィニティに来なさい。
 そこで、貴方を私の物にしてあげるから」
そう言うとあっという間にどこかへと飛び去っていく紅音。
追いかけようとしたが、もう見えなくなっていた。
「くっ・・・!」
恐らくインフィニティに帰る気なんだろう。
決着はそこでって事みたいだな。
イヴの方はまだ動くのが大変そうだった。
「・・・なんか、すごく屈辱的だ」
「ん〜・・・ははは」
男が見てると知ったら、切腹さえしかねない雰囲気だ。
いつもより色っぽく見えるイヴの表情。
なるべくその顔を見ない様にして、
肩を貸しながら二人で歩いていく。
「な、凪・・・何処へ行くんだ?」
「ちょっと北の方へ行こうと思ってる。
 学園の北に何かを感じるんだ」
「・・・頼みがある」
「なに?」
「今日は止めてほしい・・・」
イヴはそう照れくさそうに言った。
深く考えるのは止めておこう。
なんで今日じゃ駄目なのかって事とか。
まあ気持ちは解る気もする。
「わかったよ、確認は私がしてくるから」
「駄目・・・だ。一人だとどうなるか解らん」
「・・・は?」
「い、いや・・・とにかく駄目、だっ。
 お前が行くなら私も・・・行く」
やはり不完全燃焼に困ってるのだろうか。
いやまあ、あんなコトされれば仕方ない気もする。
だけど何もこんな緊迫した時でなくても・・・。
俺としてはするならして貰った方が、
艶やかな表情とか見ずに済むんだよな。
「あのさ、イヴ・・・そこらでしてきちゃえば?」
「ばっ・・・馬鹿な事を言うなっ」
自分でも相当にあり得ない発言をしてしまった。
俺だってそれだけは絶対に嫌な選択肢だ。
女だとしたら尚更嫌だと思う。
とにかくこの事は一旦頭の隅っこにおいやっておこう。
そうして俺達は北の、今は使われていないプールに向かった。

10月11日(土) PM20:56 晴れ
学校野外・プール跡

そこにはプールがあった。
使われていない野ざらしのプール。
今は水泳部も水泳の授業も無いのだが、
それもこのプールで事故があったからだそうだ。
そんな風に深織が言っていた気がする。
と、隣のイヴがもじもじとしていた。
「・・・やっぱり明日にしようか」
「そ、そうしてくれ・・・頭がぼ〜っとしてきた」
俺の方もまともにイヴの事を見れない。
プールの設備内に入るのは止めておく事にした。
引き返そうと歩き始めると、イヴの様子がおかしくなる。
「葉月・・・何を考えているんだっ!
 こんな下劣な衝動に負けるなっ・・・」
イヴの右手が、つまり葉月の右手がスカートの中に伸びる。
それを左手で止めてるのだが・・・何をやってるのだろう。
「な、なにしてるの?」
「葉月が身体の主導権を握ろうとしている・・・のだ」
真っ直ぐ歩こうとしてイヴは座り込んでしまった。
誰かに襲われてるならまだしも、
こんな状況じゃどうしようもない。
俺が止めるのもなんか変だしな・・・。
地面に座ってるせいで泥がその制服に付いていた。
それがなんだかいやらしく見えるのは俺の知覚異常だろうか。
「イ・・・イヴ?」
右手がそのままスカートを捲りあげた。
さらに薄いピンクの下着をずり下ろすと、
音を立てながらそこを擦っていく。
見え隠れする陰毛がぬらりと輝いていた。
どうする事も出来ずに俺はそれを見つめてしまう。
べとべとした液が太腿を伝い地面へ零れていた。
「はぁっ・・・駄目、駄目だ・・・見ないでくれ、凪っ・・・」
「み、見るなって言っても」
とてもじゃないが目をそらせなかった。
左手も主導権を奪われたのか彼女の胸を揉みしだいている。
おまけにYシャツが乱れてブラが見えていた。
俺は誰彼構わず襲う様な鬼畜な奴ではない。
だがイヴのこんな姿を見せられると・・・やばかった。
「んふっ・・・くっ、はぁ・・・んっ・・・」
しばらくの間、イヴは声を押し殺しながら悶える。
それを俺はまじまじと見てしまっていた。
その内に右手の動きが激しくなる。
「はっ、はぁっ・・・ひぅっ・・・!」
びくっとしたかと思うと丸まってしまうイヴ。
足下には小さな水たまりの様に愛液が垂れていた。
絶頂に達したんだろうか。
ぐったりしながらイヴは俺に向かって言う。
「はぁ・・・はぁ・・・見るなと、言ったのに・・・」
「や、そ、その・・・」
「・・・まったく、酷い奴だ」
顔を真っ赤にしてるのでそんな態度も可愛く見える。
イヴはぷんぷん怒りながらもなんとか立ち上がった。
というよりもぐったりして疲れた顔をしてるのだが、
それもまた俺には色っぽく見えてしまう。
まあ、どうやら葉月の方は収まったみたいだった。
制服の泥を払うと俺に寄りかかる。
「はぁ・・・情けないが一人じゃ帰れそうにない。
 それに濡れた下着やらを美玖に見られるわけにもいかん」
「うん、解った。
 でも私の部屋も真白ちゃんと紫齊が居るからなぁ」
「・・・いざとなったら凪のせいにしてやるから安心しろ」
「な、なんでよっ」
「知らん」

10月11日(土) PM21:15 晴れ
学校野外・プール跡

静かに佇む影。
イヴと凪が居なくなった後で、
ゆっくりプールの施設内へと入っていく。
「ふぅ、高天原君も遂にココを嗅ぎつけましたか。
 引き入れるなら・・・今しかなさそうですね」
月の光で反射する眼鏡。
百八十cmほどはある長身。
キチッとしめられたツイードのスーツ。
それはアシュタロスだった。
(リヴィーアサンはすでにインフィニティ。
 盟主様が動けない今の状況では、
 彼女を高天原君に止めさせるのも一興・・・か)
ただリヴィーアサンに凪が取り込まれた場合。
それを考えるとこの一抹を傍観するわけにもいかなかった。
物事には相応しい時と言う物が存在する。
悪魔が天使に戦争を仕掛けるには、
まだ時期尚早と言えるのだ。
ただ、そう考えるのは彼を含め数少ない。
そこに音もなく一人の男が現れる。
気に留める様子もなくアシュタロスは男の言葉を待った。
「どうやら厄介ごとが増えた様だな」
「ええ・・・あなたならどうします?」
「聞くな。ルシードを奴に会わせるのは得策ではない。
 万が一という物でも可能性の一端を担っているのだ。
 確実性を求めるなら・・・奴とイヴを止めるんだな」
その言葉を聞くとアシュタロスは考える。
そして結論がすでに出ている事に気が付いた。
だが本当なら、なるべく表舞台には出たくないのだ。
眼鏡の位置を確かめながらアシュタロスはプールを見つめる。
「なんとも・・・難しい立場ですねぇ・・・」

10月11日(土) PM21:04
インフィニティ

リヴィーアサンは苛立っていた。
思いのほか紅音の意識が自分を邪魔するからだ。
もっと精神が弱体化すると踏んでいた彼女としては、
紅音の存在が邪魔で仕方がない。
現実での会話は紅音に全く聞こえていなかった。
だが少しずつ紅音は再び凪を信じようとしているのだ。
仕方なく彼女は紅音の精神に語りかける。


「いつまで邪魔をするつもり・・・?」

「・・・・・・」

「まさか、まだ凪ちゃんが
 女だと信じているんじゃないわよね?」

「それは・・・」

「馬鹿馬鹿しい。どこからどうみても男じゃない。
 凪ちゃんは最初からあなたを騙していたのよ」

「っ・・・だって、だって凪ちゃんは護ってくれたもん。
 今まで私を護ってくれたんだもん」

「まだ気付かないの? 
 彼はあなたを護ってたワケじゃない。
 あなたの処女を護ってたに過ぎないわ。
 紅音を襲うときのために、ずっと護ってたのよ」

「う・・・そ、嘘だよ・・・そんなの、信じないもんっ」

「信じてるクセに。思い出してみなさい。
 例えばあなた、平気で凪ちゃんの前で着替えてたでしょ?
 それを凪ちゃんはいやらしい目で見てたのよ」

「確かに私は凪ちゃんの前でも平気で着替えてたけど、
 けど・・・凪ちゃんはそんな風に、私を・・・見てたの?」

「忘れたワケじゃないでしょ?
 シーツに残った血の跡、彼が貴方の身体に残した爪痕」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・わたし、やっぱり騙されてたのかな。ずっと、ずっと・・・」

「そうよ。おまけに紅音は弄ばれてお終い。
 今は葉月ちゃんと獣の様にヤッてるわ」

「凪ちゃんがそんな事・・・そんな、事・・・」

「するのよこれが。で、紅音の身体はガキっぽいって。
 大人っぽい葉月の方が良いって。
 騙すだけ騙しておいて、酷いわよね〜」

「・・・やだっ! そんなの知りたくないっ!
 凪ちゃんが私を騙してた事も・・・
 そんな人だったって事も知りたくないよっ!」

「そうね・・・じゃあほら、お休みなさい。
 大丈夫よ、あなたには今までの記憶があるじゃない。
 ここでそれを糧に暮らしていけばいい。
 そうしていれば永遠に優しい凪ちゃんと一緒よ。
 女の子の凪ちゃんと、ず〜っと一緒なのよ」

「うん・・・それがいい。何も、何も・・・知りたくない」

その時、紅音の意識に凪の像が構築される。
それを見て紅音は凪に飛びついていた。
偽りだと言う事はどこかで解っている。
けれどそれは紅音にとって本物の凪だった。

「凪ちゃんっ! 私ね、凄く嫌な夢を見たの」

「仕方ないなぁ紅音は・・・甘えん坊さんなんだから」

「うん・・・うん。良かった。
 凪ちゃんはやっぱり女の子だよね」

「当たり前じゃない」

「そっか・・・そうだよ、ね」

「でもここから出ようとすると、
 また悪い夢を見るかも知れないよ?」

「・・・わたし、ずっとずっとここにいたい。
 優しい女の子の凪ちゃんと、ここにいたい・・・」

「なら大丈夫だよ。紅音がいたいと思えば、
 ここにずっと居られるよ」

自分の身体が淀んだ深い場所へと沈んでいく事も気にしない。
紅音は自分が作り出した幻と共に、
果てのない深層意識の底へと沈んでいった。

「ふふっ・・・それでいいのよ。
 紅音、思い出という羊水の中で・・・永遠に眠っていなさい」

Chapter43へ続く