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インフィニティ・インサイド

著作 早坂由紀夫

Chapter44
「誘惑」


10月12日(日) AM09:14 晴れ
インフィニティ第一階層・迷走回廊の一室

目を閉じていた俺はその状況がすぐには理解できなかった。
刃物は俺に当たる事なく、辺りに散乱している。
俺の前には三人の女性が立っていた。
大人っぽいソバージュの金髪の女性。
セミロングの赤い髪でまだあどけない顔した子供の女の子。
それに大人しそうな紺色で長い髪をした女性。
「あんたがルシード?」
その中で一番幼そうな女の子が俺にそう聞く。
「・・・そう、だけど」
彼女たちの雰囲気に圧倒されてそう答えてしまった。
だが女の子は意外そうな顔をして言う。
「わっ、可愛い声〜。本当に女みたい」
「え・・・!?」
今のってどういう意味だ・・・?
そんな妙な雰囲気に流されかけた時、
どこかから奴の声が聞こえてくる。
「お前らリヴィーアサンの親衛隊だねぇ・・・?
 なぜに俺の邪魔をするだねぇ」
その子達は俺達を助けようとしてるみたいだ。
ソネイロンは困った様なとぼけた声をあげる。
「だねぇだねぇ五月蠅い。格下悪魔が」
「カシス、馬鹿には言っても解らないよ。
 さっさと殺しちゃって〜」
子供の様な子にカシスと呼ばれた女性は、
目を閉じて両手を顔の前に交差させた。
精神集中してる様に見える。
すると彼女の目の前に水の塊が出来ていった。
その塊は形を変えて鋭い円状になる。
「右手前・・・4m、角度は38度。
 圧縮率は中でアーカイブなの」
そんな事を呟いたかと思うと、
円状の水が物凄い勢いで回転し始めた。
そしてそのまま右手前の壁を突き抜ける。
と、壁から身体が真っ二つに別れたソネイロンが出てきた。
「ば、馬鹿な・・・だねぇ・・・」
断末魔の叫びにしては情けない。
だがしばらくの間倒れ伏していたかと思うと、
そのままソネイロンの身体は灰になってしまった。
「よわぁ〜い。こんなのクリアでもらくしょーよ」
「何を言ってるの、カシスじゃなきゃ
 こんなあっさりとはいかなかったわ」
そいつらはのんびりとそんな事を言っている。
でも多分、悪魔だよな・・・この三人。
ふと俺の隣にイヴがやってきた。
かと思うと腕を引っ張ってこっそり部屋を出ようとする。
それに気付いたカシスという子が俺の手を掴んだ。
「逃げようとした? ねぇ、逃げようとしてるの?」
俺の手をがっしりと掴んで顔を近づけてくるカシス。
しかしイヴに気付くと驚いた様な顔をする。
「ぁ・・・クランベリー、クリア!
 ルシードの隣にルージュが居る」
「な、なんですって!?」
二人の子達はその言葉で俺達によってきた。
どうやらイヴの事を知っているらしい。
イヴは頭を手で押さえながら俺の後ろに隠れている。
「帰ってきたんだルージュ〜」
いつの間にか背後に回っていたクリアが、
飛びつく様にイヴに抱きついた。
「よ、止せ・・・私はそんな名前じゃない」
「何知らんぷりしてるのよぉ〜!
 裸の付き合いだってしたのにっ」
「誤解を招くようなことを言うな!
 ただ風呂を共にしていただけだろうっ」
「・・・やっぱりルージュだぁ」
「ぁ・・・」
失敗したという顔で俯くイヴ。
他の二人も俺を蹴散らして抱きついていく。
おかげで俺は倒されてすっ転んでしまった。
「痛たぁ・・・」
「なっ、凪」
俺の事を心配してくれてるのかイヴは手を伸ばす。
うぅ〜なんか凄い嬉しい。
だがその手を遮ってクランベリーが言った。
「ルージュ。近くでゆっくり話でもしましょ」
「な・・・お前達、一体何が目的なんだ?」
「ルシードをリヴィ様の所まで連れて行く事よ〜」
「やはりか・・・ならお前達と馴れ合うわけにはいかんっ」
クランベリー達を無理矢理に突き飛ばすと、
イヴは俺の方に走ってくる。
そしてすぐさま俺を連れてドアから外へと逃げ出した。
そんな俺達を見てその三人は追いかける様子もない。
ただにやにやと笑ってるだけだった。

10月12日(日) AM09:18 晴れ
インフィニティ第一階層・迷走回廊

部屋の外に出てみると、
そこは変わらず機械的な廊下だ。
それも何百という扉が目の前に並んでいる。
今居た部屋は十字の廊下の中心に立っていた。
どうにも良く解らない廊下の構造。
イヴも戸惑っているのか足が前に進んでいない。
「・・・ここは、一体どこだ?」
「そ、そんな事言われても・・・」
俺はインフィニティに来るのは初めてだ。
どこだって言われても・・・。
すると後ろからあの三人が現れた。
「逃げようとしても無駄よ。ルージュが居なくなった後、
 インフィニティの構造は殆ど変わったんだから。
 ルシファーが機械的なデザインに変えたの」
クランベリーはそんな風に言う。
カシスも同様に肯いていた。
「おかげで便利にはなったの。
 下に降りる時もクソ長い階段じゃなくて、
 階層移動エレベーターになったしね」
「エ、エレベーターだと!?
 まるで人間の科学じゃないか・・・」
驚いて軽くよろけるイヴ。
そんなイヴの肩に手をポンと置くと、クリアは言う。
「いいじゃな〜い。ルシードの事は置いといて、
 とりあえず近くの喫茶店で休憩しようよ」
「きっ、喫茶店だと・・・!?」
壁に頭を激突させるイヴ。
少し驚きすぎの様な気もする。
けれど悪魔の世界に喫茶店って・・・。
なんかおどろおどろしい物でも飲んでそうだ。
「わたしメロンソーダ飲みたいな〜」
クリアはそんな風にはしゃいでいる。
俗にまみれてやがるな・・・こいつら。
だんだん悪魔と話してる気がしなくなってきた。
下手すると、ここがインフィニティって事すら忘れそうだ。
「え〜と・・・とりあえず、敵じゃないの?」
「あんたがリヴィ様の所に来てくれるなら、
 クリア達は敵対する気はないよ〜」
イヴにくっつきながらクリアはそう言った。
そう言う話なら途中まで案内して貰ってもいいよな。
無用な闘いは出来るだけ避けたい所だし。
だがその時、カシスが俺に言った。
「所でさっきからなんで女言葉使ってるの?
 気持ち悪くて仕方ないんだけど。むしろキモいの」
「・・・はい?」
俺が男だって・・・バレてるのか?
しかし何も知らないイヴが不思議そうな顔をした。
「何を言っている。凪が女言葉を使うのが何故おかしい」
「はぁ? だってこいつは・・・」
何かをクリアが言いかけてそれをクランベリーが止める。
今、クリアは何を言おうとしたんだ?
この三人・・・やっぱり俺の性別の事を知ってるのだろうか。
「そうね、ルージュの言う通りだわ」
そう取り繕うとクランベリーは三人を集めてひそひそと話し出す。
なんか嫌な感じだった。
「察するにルシードの性別をルージュは知らないわ。
 それならそれで教えない方が私達も襲いやすくない?」
「・・・なるほど、良い考え〜」
「そうね・・・面白いわ、なの」
小声なので何を言ってるのか解らないが、
三人は妙な表情をしてる。
こいつらに対して油断しない方が良さそうだな。
まあ、それが俺に解る辺り憎めない奴らだけど、
行動には注意しておいた方が良さそうだ。

10月12日(日) AM09:23 晴れ
インフィニティ第一階層・迷走回廊

迷走回廊と呼ばれる廊下。
そこには幾重にも続く十字の廊下がある。
一見すれば鏡の中に迷い込んだ様な奥行き。
終わりがないかの様な廊下の連なり。
ずっと同じ場所をぐるぐる進んでる気さえする。
そんな事を考えているとクランベリーが言った。
「ルシード、ルージュ。はぐれない様にね。
 ここは巧妙な視覚効果を使った回廊だから、
 抜け方を知らない者が迷うと永遠に出られないわよ」
クランベリーは一歩先から俺達を先導していた。
イヴはというと俺の左隣を歩いているんだが、
ずっとクリアにくっつかれて困っている。
「離してくれ・・・クリア」
「駄目よ〜ん。久しぶりにルージュに会えたんだから」
そしてカシスは右隣を歩いていた。
一番まともそうに見えるが、見た目だけだろう。
さっきの毒舌といい・・・カシスは危ない気がする。
「ルシードって、本当は凪って言うの?」
「え・・・うん。それが私の名前だけど・・・」
カシスは興味なさげにそんな事を聞いてきた。
俺をイヴがそう呼んでるから思ったんだろう。
彼女はいきなり俺を向いたかと思うと、にこっと口だけで笑う。
「じゃあこれからは凪と呼んであげるの。
 下僕みたいな名前だからね」
「・・・げ、下僕?」
カシスって俺の精神を攻撃してるのか?
考えてたら頭がこんがらがりそうだ。
ううん・・・それを深く考えるのは止めておこう。
「凪。手を貸すの」
「・・・は?」
「あんたが迷子にならない様に手を繋いでやるのよ。
 そんな事も解らないなんてカス野郎なの」
こ、この野郎・・・。
言葉に必ず毒を込めないとすまないらしい。
それもかなりの猛毒だ。
そんなカシスの毒舌に耐えながら先に進んでいると、
しばらくして妙に光の屈折が捻れた様な扉があった。
目の前にあるのに蜃気楼みたいにぼやけている。
そこでクランベリーが俺達に言った。
「ここが出口。ルージュの知ってる第一階層に着くわ」
「・・・そうか」
「ねぇ、所で第一階層とかってどういう事なの?」
ここに来た時からの疑問を聞いてみる事にする。
とりあえずカシスは毒づく気配はないが、
明らかに目で俺を馬鹿にしていた。
代わりにクランベリーが俺に説明する。
「インフィニティは全部で四つの階層に別れてるわ。
 あなたを連れて行こうとしてるのは第二階層。
 万魔殿と呼ばれる場所がある階層よ。
 そして・・・そこでリヴィ様は待ってるわ」
「なるほど。で、そのリヴィ様って
 リヴィーアサンの事なの?」
「呼び捨てにするな。年中発情期の凪」
「・・・何とんでもない事を言ってるのよ!」
徐々にカシスの毒舌が厳しくなってる気がする。
そういえばソネイロンがこいつらを、
リヴィーアサンの親衛隊だっていってたな。
よくよく考えるとこの三人と馴れ合うのってまずい気がする。
もしかしたら闘う可能性だってあるわけだからな。
「とにかく扉を開けるわよ」
そう言ってクランベリーはその扉を開けた。
ガコン、と無機質な音がして扉は縦にスライドしていく。
縦にスライドする扉なんて初めて見た・・・。
だが眼前に広がる景色はそんなものをはるかに凌駕する。

10月12日(日) AM09:35 晴れ
インフィニティ第一階層・コーサディア・迷走回廊施設前

「ここはコーサディア・・・か。
 凪、地下には灼熱が走ってるから崖には気を付けろ」
そんな風にイヴが言うが俺には殆ど聞こえてない。
現象世界で言えばエアーズロックの様な場所だ。
焦げ茶色の地層と灰色の空が支配する、
どこか荒廃した風景。
地面を踏みしめる感じは現象世界と変わらない。
少しそれより柔らかい感じだ。
辺りを包む空気感は全然違う。
まるで、地獄にいる様な嫌な感覚・・・って地獄なんだよな。
それなのに目の前に広がるのは怖いくらいに美しい風景。
さっきまでの無機的な施設とは違う自然。
俺はそのインフィニティの風景に目を奪われてしまっていた。
「風景画みたいな場所だね・・・」
「凪。この場所にあまり肯定的な考えを持つな」
イヴは真剣な顔で俺をそう諭す。
するとクランベリーが俺を一瞥した。
「あなた・・・よっぽど幸せな生活をしてきたんでしょうね。
 所詮、私達やルージュとは考え方が根本から違うのよ」
そう言うと彼女はまた目の前を見やる。
どこかイヴはその言葉に戸惑っている様だった。
確かに俺は人よりも幸せな方なのかもしれない。
けれど、そういう意味じゃない気がした。
クランベリーが言う幸せという言葉には、
俺が・・・人間が知らない重みがあるような感じがする。
少し重たくなった雰囲気の中で俺達は歩き始めた。
ごつごつした岩肌。
脆く崩れてしまいそうな地層。
何かアンバランスな世界。
重力とか酸素濃度なんかが現象世界とは微妙に違う。
気になる程ではないけど、ここでは体が重く感じられた。
なだらかな丘の様な斜面を登っていくと、
先には妙な小さい建物が見える。
「もしかしてあれが喫茶店?」
「そう。で、毎週日曜のみの営業」
カシスがやれやれと言った顔でそう説明した。
知らないのかよ馬鹿野郎って感じの表情だ。
一応こいつは同い年くらいだよな・・・。
見た目より大人っぽく見えるのは、
醒めた表情とその毒舌のせいだろうか。
「ルージュ、早く行こうよ〜」
そんな風にクリアはイヴの手を取って喫茶店へ走る。
なんか微笑ましい様な光景だが・・・。
そうやってイヴ達が喫茶店へと向かっていくと、
クランベリーとカシスが急に立ち止まった。
それも俺の進路を塞ぐ様にだ。
「・・・どうしたの?」
「あなたが男だって事は知ってるわ。
 別に隠さなくっても解るのよ」
「そ、そっか・・・」
嫌な予感がしてる。
気付くとイヴ達はすでに喫茶店の中に入っていた。
「カシスは天使と悪魔の中でも稀な存在でね。
 女でも男女区別能力を持っているの」
「・・・え?」
待てよ?
それって少し考えるとひっかかる。
女でもっていう事は、男にはあるみたいな言い方だ。
じゃあ男の天使や悪魔には俺の性別はバレてるのか?
考えてみればリリスは俺の性別に気付かなかったけど、
ベリアルは会った時からすでに俺が男だって知っていた。
そんな事を考えているとカシスが隣に寄ってくる。
「別にその事はどうでもいいの。
 要はあなたがえっちできるかどうかが問題なの」
「は・・・はい?」
クランベリーも口元に笑みを浮かべて俺に近づいてきた。
二人ともなんだか様子がおかしい。
まるで俺の事を・・・狙ってる様な目をしてる。
それも、獲物を狙う様な目だ。
「凪も死ぬよりは私達とえっちする方がいいでしょ」
「死ぬって・・・それ、どういう意味だ」
「私達はリヴィ様を汚した罰を与えに来たのよ。
 死体になるのと性奴隷になるの、どっちがいい?」
今、生まれて初めて耳にした。
性奴隷?
何とんでもない事を平然と口にしてるんだよ・・・。
それもこいつらは本気だ。
多分、俺を殺す気もあるんだろう。
だがそんな気迫に押されるわけにはいかない。
「どっちも嫌だって言ったら、どうする?」
「力ずくよ。ねぇカシス・・・ふと思ったんだけど、
 こいつが私達に跪く方が快感だと思わない?」
「うん。リヴィ様だけじゃなくて、
 ルージュとも仲良くしてるなんて生意気なの。
 ただ殺すだけじゃ我慢ならない」
彼女たちは油断している割に隙がなかった。
けどルシードとして俺が負ける道理はない。
まともにやれば俺が勝つはずだ・・・。
俺は一旦二人からバックステップで距離を取る。
すると彼女たちの表情が冷ややかなモノに変わった。
「言っておくけど私達に勝てるなんて思わないでね。
 カシスと私が組んだら最強なんだから」
「そうよ。凪は気持ちいいの嫌いなの?
 そんなはず無いよね、リヴィ様とえっちしたんだから」
じりじりと距離を詰めてくる二人。
その表情はとても余裕に満ちていた。
カシスは両手を交差させたかと思うと、
あっという間に大量の水を具現する。
次の瞬間、俺めがけて水の網が襲いかかった。
危なく俺はもっと後ろへと下がってかわす。
だが、ちらっと振り向いた時に俺はぞっとした。
後ろは崖になっていたのだ。
この辺りは緩やかな地形なのかと思ったらとんでもない。
緩やかなのはこの丘だけだ。
丘を囲む様に断層が連なっていた。
その下には・・・何か良く解らない黄色の光が充満している。
「ルージュが言ってたでしょ。
 この辺りの地下には灼熱が走ってる。
 その崖から落ちたら、良い温度で日焼けできるわよ」
そんな風にクランベリーが鼻で笑った。
おかげで俺はそれ以上逃げる事も出来ない。
仕方ない、こっちから仕掛けるしかないな。
相手は悪魔とはいえ女の子二人。
なるべく闘いたくなかった。
だがクリアとイヴの事も気になる。
それにこの二人の連携も厄介そうだ。
早めにケリをつけた方が良い。
強い攻撃的なイメージを浮かべた。
目の前になんの変化も起こらない。
まだだ、もっと・・・もっと強く。
具体的なイメージを浮かべるんだ。
すると二人の立っている地面が急に揺れ始める。
「なっ・・・なに!?」
「ま、まさか凪の力なの?」
岩盤が割れ、二人を地層の奥へと飲み込もうとした。
しかしクランベリーは自分達の足場に冷気の様な物を送る。
カシスはその冷気に水を流し込み、
自分達の足場を氷で作り出した。
さすがにそんな芸当は俺には出来そうにない。
彼女たちは今ので少し警戒し始めた様だった。
それでも俺はさりげなく左へと少しずつ歩き始める。
なんとかそれで崖っぷちでの闘いは避けられそうだった。
「あんたがルシードの力に目覚めてるとは知らなかったの。
 危なくただの良い人で死ぬ所だったじゃない」
「ホントよ。マジで殺すわよ」
そう言う彼女たちの表情は半ばマジだ。
けど・・・俺がここに来た時点でそれを解れよ。
ルシードじゃなきゃここには来れないんだから。
やっぱりどこか抜けてるな、こいつら・・・。
とにかくこれだけで休止しちゃ駄目だ。
続けざまに何か攻撃しないと・・・。
その時、俺はあの槍が頭に浮かんでいた。
だが具体的に俺がイメージしようとした時、
頭上に氷の塊が浮かんでいる事に気付く。
さっきの要領で氷を作ったんだ・・・!
その氷は俺の足場を狙って落下してくる。
それをなんとか上手くかわせたと思った時、
クランベリーが俺の眼前に現れた。
「悪魔との闘いはね、スピードと場の支配力で決まるわ。
 あなたはまだまだ私達には勝てないのよ」
そう言って彼女は俺にボディーブローを入れる。
身体が粉々になる様な衝撃と共に、
俺はその場に倒れ込みそうになってしまった。
こんな場所で倒れるわけに行くかよ・・・。
そうやって必死に身体を支えるが、
自分が負ける予感がしてきた。
駄目だ。
そんな事を考えてると本当に負けちまう。
二人から後ずさる様に下がりながら考えを巡らせた。
あの槍・・・アレさえ出てくれば・・・。
俺は二人めがけてその槍が降り注ぐイメージを浮かべる。
空を見上げてみると槍が静止した状態で止まっていた。
落ちろよ・・・落ちろ、落ちろ!
俺の願いを汲み取ったのか猛スピードで槍が落ちていく。
だがそんな俺の視線で槍の攻撃は見切られていた。
二人はあっさりとその槍をかわしてしまう。
するとそのまま槍は砂の様に消え去ってしまった。
「危ないの。やっぱり性奴隷決定なの。
 いいえ、むしろ性畜生なの」
「そんなのどっちでもいいわよっ。
 とりあえずあまり闘ってコツを掴まれても厄介だわ。
 さっさと気を失わせて喰っちゃいましょ」
「らじゃーなの」
想像力で闘うなんて初めてだった。
リヴィーアサンの時も今もそう。
上手く物が具現できないんだ。
アルカデイアで空を飛んだ時の感じ。
あれを掴めてないのかもしれない。
でもそんな事を考えてると、
水が俺の方に向かって飛んできた。
どうにかしてかわそうとするが逃げ切れずに捕まってしまう。
まるで鉄みたいに頑強な感触の水。
それなのにくねくねと曲がって俺は動きを封じられていた。
「しまっ・・・!」
カシスが俺の方に近づいてきたかと思うと、
腹に内容物が全部出てきそうな一撃が入る。
それは一撃だけじゃなくて規則的に何度も繰り返された。
「早く気を失わないと死ぬの」
そんな声が聞こえてる間もカシスは俺への攻撃を続ける。
その中の一撃の当たり所が良かったのか、
それとも悪かったのか。
俺はそのまま気を失ってしまった。

10月12日(日) AM09:38 晴れ
インフィニティ第一階層・コーサディア・喫茶店

イヴとクリアは二人で喫茶店の椅子に腰掛けている。
少し来るのが遅い凪を心配しているのだが、
クリアにそれを邪魔され行けないでいた。
イヴとしてはクリア達は一応知り合いだ。
その為、彼女達が凪を襲う気はないと言った以上、
凪が彼女達に襲われる事はないと思っている。
クリアとメロンソーダを飲みながらぼんやりと待っていた。
「・・・ルージュ」
「うん? どうした」
「ルシードとえっちした?」
いきなりそんな事を聞かれて困惑するイヴ。
意図が掴めない上に女性同士の事だと思ったからだ。
「そんな事出来るはずが無いだろう・・・女同士だぞ?」
「へぇ〜、そんな事信じてるの?」
「・・・なに?」
「あの人・・・男だよ」
そう告げられた瞬間、どう返していいのか解らなかった。
なぜならそれが冗談にしか思えないのだ。
だがイヴはそれで嫌な予感が駆けめぐる。
そう言うクリアの表情が下卑たものだったからだ。
「まさかお前達・・・凪に何かするつもりか!?」
「そんなつもり、あるよ」
くすくす笑いながらクリアはそう言った。
「くっ・・・私とした事が、迂闊だった様だな」
それを聞くと急いでイヴは凪を探そうとする。
しかしそこにクリアが立ちはだかった。
両手を広げて通行の邪魔をする。
「・・・やる気か?」
「ルージュは天使や人間に毒されてるみたい。
 私が少し頭を冷やしてあげるよ」
「ふっ・・・面白い」
イヴは鋭い目つきでクリアを睨む。
引けを取らずクリアもイヴを見据えて微笑んだ。

Chapter45へ続く