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朱の翼

著作 早坂由紀夫

Chapter12
「絶望の学園遊戯(U)」

6月21日(土) PM20:35 雨
学園・校舎内2階廊下

校舎全体を何か嫌な気配がすっぽりと包んでいる。
芽依ちゃんはここまでの力を持っているのか・・・?
まるでこの建物全てを掌握している気がする。
俺は辺りに注意を払いながら廊下を歩き始めた。
廊下に明かりらしき物はなく、
寂しげな静寂が帳を下ろしているだけだ。
どこにも彼女の影はない。
俺は少し考えてみた。
芽依ちゃんは俺が動けなくなったら
その時点でゲームオーバーだと言った。
と言う事は、少なくとも殺す気はないと言う事だ。
彼女は自分が殺される可能性なんて、
少しも考えていないだろう。
だとしたらそこに隙が生まれるはずだ。
俺だって色々な武術経験をしてる。
いくら悪魔と言えど、
油断をつけば女の子に負けるなんてあり得ない。
・・・そうしたら体術で相手の動きを止めて、鈍器か何かで・・・
何かで・・・芽依ちゃんを・・・殴り、殺すのか?
俺は、いつからこんな物騒な事を考える様になった?
知り合いの女の子を殺そうとする様な・・・そんな考えを・・・。
釈然としない気持ちのまま、
自然と足のかかとを浮かせて歩き出す。
そう、確かに相手は女の子だが油断するのは得策じゃない。
そんな事を考えながら歩いていた物だから、
俺は窓の外に注意なんて払っていなかった。
窓の方から羽根のはためく音が聞こえて、
瞬間的に俺は窓の外を見た。
「芽依ちゃん・・・!」
窓の外で優雅に翼を広げ飛びながら、
俺の方に向かってにっこりと笑う。
そしてこちらに向かって翼をはためかせた。

パリパリパリィィイイインッ!

迂闊だった・・・!
片っ端から窓ガラスが割れて、俺目掛けて飛んでくる。
それこそマシンガンの弾の如く物凄い数が俺に降り掛かる。
俺は猛スピードで教室の入り口を探してそこに飛び込んだ。
ガラスの破片の直撃を喰らったらまず動けなくなる。
幸いドアが開いていたおかげで飛び込めた。
あまりに焦ったせいで転がる形になったが、
制服が少し破けただけですんだみたいだった。
まさか窓ガラスを凶器にするなんて・・・。

6月21日(土) PM20:40 雨
学園・校舎内2階廊下

俺は廊下側の窓越しに座った。
そして廊下の様子を窺う。
窓ガラスが散乱して、廊下は雨ざらしになっていた。
どうやら芽依ちゃんはどこかへ飛び去ったみたいだな。
それにしてもこの窓ガラスを直すのは生徒会だぞ。
つまり俺って事だよなぁ・・・紅音もか。
・・・って、俺が気にするべきなのは芽依ちゃんの姿だ。
殆ど格好は覚えていないが・・・深織を抱きかかえていなかった。
という事はどこかに深織がいるかもしれない。
そうだよ、上手くすれば誰も傷つけずに・・・。
「・・・何考えてんだ、俺は!」
壁を叩きつけて頭を冷やす事にした。
そんな事をしたって芽依ちゃんがどうなるわけでもない。
現状を退けただけで、何の解決にもならないじゃないか!
・・・そう、イヴがやってきた事。
それをあいつが居ない今、俺がやるしかないんだ。
何にしろ深織を捜そう。
深織の安全を確保してから芽依ちゃんを・・・殺す、のか?
やはり最後の決心が俺にはつかない。
悪魔になったとしても彼女は人間だった。
俺はイヴの様にはなれそうもないな・・・。
とりあえず、教室の出入り口から辺りをうかがってみた。
誰の気配も無い。今なら大丈夫だろう。
けど深織がどこにいるのか検討をつけないとな・・・。
芽依ちゃんが置いていきそうな場所なんて見当もつかない。
結局俺が思いついたのは、自分の教室くらいだった。
・・・ここで隠れていても仕方がない、行くか。
階段を駆け上がっていく。
芽依ちゃんの攻撃らしき物はなかったが、
それが逆に不気味でもある。
走って自分の教室がある4階まで来てみた。
それにしても、2階の嫌な気配は何だったんだろう・・・。
まあ今は気にしてもしょうがない。
俺は自分の教室へと入っていった。

6月21日(土) PM20:43 雨
学園・校舎内4階・1−3教室内

教室の中を見渡してみる。
教卓の所に誰か横になっていた。
・・・深織だ!
俺は急いでそこまで駆け寄ると心音を確認する。
どうやら殺されてはいない様だった。
「・・・良かった」
深織を揺さぶって意識が戻るのを待つ。
しばらくしてゆっくりと瞼が開いていった。
「な、ぎ?」
「深織っ! 心配させやがって・・・」
俺は深織を抱きしめていた。
ったく、一時はどうなるかと思ったぜ。
だけど芽依ちゃんがこのままで済ますとは思えない。
相変わらずの嫌な予感が俺を支配していた。
「ねぇ、凪・・・私一体どうして、こんな所に?」
「後で説明するよ、それよりも急いで逃げよう」
「・・・うん」
逃げるという言葉で、深織は大体の事情を掴んだ様だった。
俺と深織は急いで教室の廊下を出る。

6月21日(土) PM20:43 雨
学園・校舎内4階・廊下

どうやら俺の予感は的中した様で、
廊下の向こうから人影がこちらに向かって歩いてきた。
深織を巻き込むのはまずい・・・。
「深織、教室に隠れてて」
「え? でも」
「急いでっ!」
「・・・解った」
俺が声を荒げてそう言うと、
深織は渋々納得して教室へ入っていく。
向こうから歩いてきたのはやはり芽依ちゃんの様だ。
翼はしまっているのか、正面からは見えない。
芽依ちゃんはどこかすねた様な表情をしていた。
「よくもルールを破ってくれたね」
「・・・知らないよ、君が勝手に決めたルールだ」
「怒った凪さんもなかなか素敵ですよ。
 やっぱり私の玩具になって欲しいなぁ・・・」
「ふざけるな・・・!」
芽依ちゃんはやはり油断している。
俺が彼女を殺せるはずはないと思っているのだろう。
「ふざけてなんかないですよ〜。
 絶望して疲れ切った凪さんと堕ちていくのって、
 私の夢なんです。殺さないであげるから、
 永遠に私と一緒に居ようね・・・」
「君は・・・狂ってる」
「話しても無駄みたいですね。
 少し血を流して見たら、解りますよ」
そう言って芽依ちゃんは手から球状の物を発現させる。
いつかイヴの言っていた手動具現力って奴か。
目に見えるのなら、かわす事だって出来るはずだ。
俺は芽依ちゃんに向かって突進した。
彼女は笑いながらその球を投げつける。
まだ距離は遠い・・・。
俺はその球を余裕でかわした。
そのまま彼女の懐へと走っていこうとする。

バシュウウウウウウッ!

後ろで物凄い音と光がして一瞬振り向いて確認してみる。
あの球が空中で爆発して、辺りを黒こげにしていた。
あんなのをまともに喰らったら・・・死ぬぞ。
「あはっ、安心してください凪さぁんっ。
 ちょっと加減を間違えただけですから」
とびきりの笑顔で、はにかんで舌をぺろっと出す芽依ちゃん。
やはり相手は悪魔だ。
油断していたら赤子の手をひねる様に殺されちまう。
俺は躊躇ったものの芽依ちゃんの懐に入った。
そして腹を思い切り蹴りつける。
「っ・・・!」
嫌な感覚だった。
いくら芽依ちゃんが悪魔になったとはいえ、
それでも女の子の腹を蹴るなんて・・・。
数mくらい吹っ飛ばされてむせかえる芽依ちゃん。
「ごほっ、ごほっ・・・痛いなぁ・・・」
芽依ちゃんは腹を押さえながら丸くなって苦しんでいる。
翼が全く見えないので、まるで普通の女の子みたいだった。
取り違えるな。彼女は・・・悪魔なんだ。
俺は近くの教室からモップを出してきて、
彼女に向かって走った。
芽依ちゃんはゆっくりと立ち上がろうとしている。
その姿は人間の女の子そのものだった。
っ・・・何も考えるな。
彼女の事を考えたら俺は・・・動けなくなる。
芽依ちゃんの事を攻撃できなくなってしまう。
そして彼女の頭をモップの角で思い切り殴りつけた。
鈍い音がして彼女の頭から血が噴き出す。
そのまま彼女は倒れてしまった。
「痛い、凪さん・・・痛いよ」
芽依ちゃんの瞳に涙の色が浮かんだ。
一瞬俺の身体は硬直して動けなくなる。
・・・違う、これはただの演技だ!
倒れ込んだ芽依ちゃんの首を馬乗りになって絞めた。
手には彼女の首の暖かい感触がある。
この手に彼女の命が握られているんだ。
芽依ちゃんの脳に血液が流れていく感触が手に伝わってくる。
俺は苦しそうな彼女の顔を見つめながら、
その手に体重を乗せていった。
「ぁ・・・が・・・うぅ・・・。凪、さ・・・私、
 なんで、こんな事になっちゃったん、だろ・・・ね。
 愛ぃ那が・・・死んだり、しなかったら・・・私」

―――――――涙がこぼれていた。

自分でも驚くくらいに自然に・・・
流すべきじゃない涙を流していた。
本当は涙なんて流しちゃいけないんだ。
それは殺す行為を美化しようとしているだけなんだから。
でも・・・大切な人を失って、人間の道を外れてしまった・・・
そんな彼女を今・・・俺は殺そうとしているんだ。
目の前の芽依ちゃんの顔が滲んでいく。
恨むなら恨んでくれ。
他に方法を思いつかなかったんだよ・・・。
俺は彼女が叱責の言葉や生への執着を見せると思っていた。
だって俺は芽依ちゃんを殺そうとしてる・・・。
だというのに彼女は笑っていた。
とびきりの笑顔で俺に言うのだ。
「でも・・・あな、たに・・・こ、殺されるなら・・・いいよ。
 は・・・あはっ・・・こう、してると・・・
 えっち、してるみたぃ・・・です、よね。
 あなたの目には、私しか映らない。
 私の目には・・・あなたしか映らない」
あまりにも安らかな表情だった。
これから殺されようとしてる人の顔じゃない。
「わた、しは、凪さんに蹂躙、されるんだ・・・。
 永遠に・・・あなたの、モノに・・・」
そう言って笑顔のまま芽依ちゃんはゆっくり瞳を閉じた。
彼女の両手が俺の背中に回される。
決して攻撃する為にそうしたんじゃなかった。
それは・・・ただの抱擁。
まるで身を任せる様な行為。
俺の身体はそれ以上彼女を傷つける事が出来なかった。
身体が動かない。手に力が入らない。
彼女を傷つける事を、俺の脳が拒否している。
何考えてる・・・一時の感情でためらったりするな!
彼女は悪魔なんだぞ!
・・・だけど、芽依ちゃんは芽依ちゃん・・・だろ。
愛依那の隣でいつも恥ずかしがっていた。
犯されかけて泣き崩れていた。
愛依那の死を認められないくらい繊細な心を持っていた。
俺の頭の中を嵐の様に彼女に関する記憶が駆けめぐる。
人間だった頃の、愛らしい彼女の笑顔が・・・。
ああ、駄目だ。
もう俺には・・・彼女を殺せない。
・・・その瞬間だった。
本当に身体が動かなくなる。
精神的にとか言う次元じゃなくて、
金縛りにあったように身体が言う事を聞かなくなった。
「けほっ・・・凪さん、私を殺すのを躊躇いましたね。
 私はこういう終わりでも良かったんだけど・・・」
その時芽依ちゃんの顔がとても寂しそうに見えた。
彼女は、本当に俺に殺される事を望んでいたのか・・・?
殺される事を考えていなかったワケじゃなかった。
芽依ちゃんはそれでも構わないと・・・そう思っていたんだ。
「残念ですけど仕方ないですね。
 凪さんはもう動けない。私の勝ちです」
「くっ・・・」
そうだった。
彼女を殺せないという事は、
紅音と深織を助けられなかったという事だ。
俺は・・・間違った選択をしたのか?
やっぱり俺は甘かったんだろうか・・・。
でも、どうしても芽依ちゃんの笑顔が脳裏にちらついて・・・
俺には殺す事なんて出来なかった。
「じゃあ紅音さんはあいつにあげるとして・・・
 真白とか言う子と深織さんはどうしよっかな〜。
 私の玩具達に可愛がって貰う事にしますね」
「止めてくれ・・・頼むっ!」
「駄目です。私が勝ったんですから。
 大丈夫ですよ〜、凪さんには私がいますから。
 たまに二人とも会わせてあげますよっ。
 多分、男がいなくちゃ生きられない身体に
 なってると思いますけど」
俺はその時、未だかつて無い殺意が
自分の中にわき上がってくるのを感じていた。
どす黒い感情が自分の中で沸騰している。
今、ついさっきまで浮かんでいた彼女の笑顔なんて、
もうどこにもありはしない。
「そんな事をしてみろ・・・殺すぞ・・・!」
俺の殺意が形の無い威圧となって、
彼女を圧迫しているのが解った。
今までになく芽依ちゃんの表情が脅えている。
胸に手を当てて、睨みつける様に俺を見た。
そんな芽依ちゃんを見ている内に自然とそれは消えていく。
なんだったんだ? 今の・・・感情は・・・。
「何も出来ないくせに・・・強がらないでくださいよぉ」
「くっ・・・!」
「さて・・・じゃあまずそこの教室にいる
 深織さんを呼んできますね」

6月21日(土) PM21:00 雨
学園・校舎内4階・廊下

芽依ちゃんが深織を連れてきて、
そして俺達はゆっくりと廊下を歩いていた。
外の雨は激しさを増している。
雷の音が時折辺りを突き抜ける様に轟いた。
俺も深織も、自分の意志とは関係なく歩かされている。
「私・・・どうなるの?」
「深織・・・」
「深織さんは処女ですかぁ〜?」
俺達の話に芽依ちゃんが割り込んでくる。
「・・・そんなの、話す筋合いはないわ」
「ま、解りますけどね。
 凪さんにあげる為に残してるだろうから」
「くっ・・・」
顔を真っ赤にするが反論しない深織。
どうしようもなかった。
さっきから抗う努力なんてとっくにしてる。
なのに身体のは俺の言う事を聞いてはいなかった。
もっとも、自由が利かないのは手足だけらしくて頭は動く。
だけど頭を使って逃げるなんて出来そうもなかった。
「そうだ。折角だから凪さんとえっちしてみますか?
 わ〜、私って優しいな〜。
 さすがにいきなり輪姦じゃ壊れちゃいますからね〜」
「・・・芽依ちゃん、いい加減に」
「お願い。そうさせて」
深織がとんでもない答えを彼女に返す。
・・・正気かよ。
「誰か知らない奴なんかにあげるんだったら、
 凪が不本意でも・・・凪に貰って欲しい」
深織は相変わらず顔を真っ赤にして言う。
そんな深織に芽依ちゃんはニヤリと口元をつり上げて言った。
「そうですね。でも、それじゃ凪さんに希望を与えちゃうな。
 あ〜、駄目です。あなたには沢山相手を用意しますから。
 それで、全てを凪さんに見て貰いましょうね」
「・・・・・・」
深織の顔が絶望に歪んでいく。
今にも泣き出しそうな表情だった。
「よく考えたらあなたが壊れても別に良いや。
 凪さんの前で違う男の人達に
 腰を振ってる所を見せてくださいね」
「嫌よ・・・やだ、絶対に嫌ぁ・・・!」
深織が泣き崩れていく。
だが、やはり深織は意志に反して歩いていた。
最初からそんな事をさせる気なんてなかったんだ。
芽依ちゃんは深織が苦しむ様にわざとそんな事を・・・。
くそっ・・・俺は、何も出来ないのかよ!
深織がそんな事をされそうだっていうのに、
俺は何も出来ないのかよ!
気がつくと、俺は下唇を噛みすぎて血が出ていた。
ゆっくりと俺達は紅音達のいる1階へと向かう。
そう、密かに待つ絶望という名の未来へ向かっていた。

6月21日(土) PM21:14 雨
学園・校舎内1階・昇降口

俺達が昇降口につくと、そこには一人の男が立っていた。
その隣で紅音と真白ちゃんは何か不思議な顔をしている。
「凪ちゃん、どうだった〜?」
「・・・凪さんっ」
二人の声が痛い。
よく見たら、その男は夜殺先輩だった。
なぜこの人がこんな所に・・・?
紅音も真白ちゃんも、全く不審がっていない。
午前中に話を聞いていたせいで、
肝試しに来たとでも思っているのだろうか?
しかし彼の態度は明らかにおかしい。
午前中の時の様な隙は全く見られないのだ。
「高天原。お前は本当に愚かしい奴だな。
 紅音は俺が頂いていくぜ」
「・・・え?」
紅音が不思議な顔をしている。
夜殺・・・こいつ、まさか・・・。
「クックッ、気付かなくても仕方ない。
 芽依を悪魔にしたのは俺なんだよ。勿論俺も悪魔だ」
「な・・・」
「啓人。どうでもいいけど、
 紅音さんとするなら今ここでやってくれない?
 凪さんに希望の一欠片も与えたくないから」
「・・・なっ」
芽依ちゃんに何かを言おうとした真白ちゃんが、
宙に浮き上がって制止してしまう。
「え、ぁ・・・」
「真白さん、初めまして・・・呉山芽依です。
 元人間で今は悪魔」
「く、紅音さんをどうするつもりなんですかっ」
「・・・こうするつもりです」
真白にそう答えざま、芽依ちゃんが手を一薙すると
紅音の制服が破れて下着があらわになった。
「紅音っ!」
「え? ぁ・・・わ〜っ」
急いでうずくまろうとする紅音の手を、夜殺が捕まえる。
歯を食いしばって身体を動かそうとしてみた。
だが・・・動かない・・・。
夜殺は紅音をそのまま押し倒して、
紅音の制服を脱がそうとする。
「な、なにするんですかぁっ」
「紅音。お前は・・・俺のものだ」
畜生! あのヤロォ、殺す、殺してやる!
その薄汚い手で紅音に指一本触れて見ろ・・・
俺は貴様を絶対に生かしちゃおかない!
その時、昇降口から飛び出してきた奴がいた。
「啓人っ!」
唯霞ちゃん・・・!?
まさか彼女までがこの件に関わっていたのか?
彼女は夜殺に抱きついて奴の動きを止める。
「・・・お前、何で来た」
「だ、だって・・・こんな事、間違ってるよ!」
どういう事だ?
彼女は敵じゃないのか?
だが唯霞ちゃんの真摯な態度に対して、
夜殺は笑い始めた。
「フッ、ハハハハハハ!
 唯霞・・・お前にした事と同じだよ!
 ただ身体を重ね合わせるだけだ。心配ない。
 お前と同じで、すぐに快楽に堕ちていくさ」

パシイイイィィィィイイン!

唯霞の平手が夜殺の頬を思い切り打ち付けた。
夜殺は理解できないといった風で、彼女の事を睨みつける。
「私はね、そんなつもりであなたについていこうって、
 そう決めたワケじゃない! 勘違いしないで!」
「・・・唯霞」
「女が、そうやって自分のモノになるなんて、
 そんなのは間違ってるのよ!」
「だったら、どうだっていうんだ?
 俺に指図するんじゃあない!」
夜殺の怒号が響き渡った瞬間、
唯霞が吹き飛ばされて下駄箱にぶつかる。
どうやら意識を失った様だった。
そして真白ちゃんもその余波みたいなもので、
宙づり状態からふきとばされて気絶してしまう。
深織も俺も吹き飛ばされて下駄箱に激突する。
なんとか衝撃に耐えたものの、
俺は本当に動けない程のダメージを負ってしまった。
深織も同等の衝撃を受けて気絶している。
「ちょっと啓人、やりすぎよ」
「うるさいっ! 芽依、てめえの望み叶えてやるから
 少し大人しく俺と紅音の姿を見てろ」
「・・・私、凪さんとしててもいい?」
「勝手にしろよ」
そうして紅音の服が破ける音がした。
「嫌っ! いやぁっ」
・・・紅音!
俺は身体に鞭を打ってなんとか立ち上がる。
こんな満身創痍で何が出来るか解らないけど、
夜殺の好きにさせるわけにはいかない。
俺の方に来る芽依ちゃんの脇をすり抜けて、
俺は一直線に突進していった。
「夜殺ぃいぃぃいいいっ!」
紅音の唇を奪おうとしていた夜殺を、
思い切り走って後ろから横に殴りつける。
奴も俺が動けるとは思っていなかったのだろう。
紅音に指一本触れることなく、
思ったより結構な距離を吹っ飛んでいった。
・・・ざまあみろ。
「紅音・・・絶対、護ってみせる」
「な、凪ちゃん」
頭から血が出ているらしくて、
目の前が真っ赤になってしまった。
クソ、これじゃどうしようもないな。
この状態じゃ紅音を護る為に出来る事は一つしかない。
俺はうずくまっている紅音を抱きしめた。
「指一本・・・触れさせない・・・から」
「凪ちゃんっ」
紅音は泣きながら俺を抱きしめ返してくれた。
ああ、少しは救われた気がする。
「・・・凪さん、あなたの相手は紅音さんじゃないよ」
背中に鈍い痛みが走る。
何かで背中を斬りつけられた様な感触だった。
芽依ちゃんか、俺だってさっき殺そうとしたもんな・・・。
これくらい平気だ、耐えられる。
「凪ちゃん、血が・・・」
「紅音。心配する事なんて無い。無いから」
「・・・むかつくなぁ、その相思相愛みたいな感じ。
 絶対引きはがして・・・きゃっ!?」
その芽依ちゃんの身体が横にどかされる。
夜殺が怒りを露わにして戻ってきた。
「なかなかパンチ力残ってるじゃね〜かよ。
 へぇ〜、紅音を護るつもりか?
 面白いじゃねぇか。てめぇを試してやるよ!」
背中を物凄い力で殴りつけられる。
身体がバラバラになりそうな痛みが襲った。
それでも奴は手加減して殴っているのだろう。
「オラ、紅音から離れれば殴るのは止めてやるよ!
 てめぇが可愛いだろ? さっさと退け!」
「ぃや・・・だね」
俺は紅音を強く抱きしめた。
絶対に離すもんか。
紅音を、こんな奴にどうにかされてたまるか!
「凪ちゃん・・・も、もういいよっ!
 私なら大丈夫だから、離れて・・・死んじゃうよぉ」
「馬鹿、紅音・・・死なないよ。
 紅音を悲しませたりなんて、しないって」
その間も夜殺の攻撃は止む事はなかった。
芽依ちゃんはあっけにとられて見ていたが、
その内に夜殺を止めようとする。
「も、もう止めてよ!
 凪さんが、凪さんが死んじゃうでしょっ!」
「・・・フン! どいつもこいつも二言目には凪、か。
 面白いな〜凪さんよぉ!
 死にたくなかったらそこ・・・退け!」
横腹を思い切り叩かれて、
喉から血が吹き出てくるのを感じた。
あばらを持っていかれたか・・・?
そのまま口から血がじわじわと出てくる。
なんとか紅音から顔をそらして血をはき出した。
だが、目の前の紅音の顔がどんどん青ざめていく。
「もうやだ・・・凪ちゃんが傷つくのは、やだ」
「・・・ごめ、ん。もう・・・駄目」
俺はゆっくりと自分の意識が薄れていくのを感じていた。
やばい・・・これ、死ぬかもしれないな。
幾らなんでもそりゃ無いだろ・・・?
紅音を、助けられないじゃんか。
ゆっくりと紅音の顔が遠のいていく。
「凪ちゃんっ! やだ・・・こんなのやだよぉ・・・。
 凪ちゃんがいなくなるなんて、
 考えたくないって・・・言ったよね・・・ね?」

Chapter13
永遠にあなたのモノに・・・」に続く