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灰孵りのナイトメア

著作 早坂由紀夫

Chapter7
「ナイトメア」


5月14日(水) PM6:00 曇り
寮内自室

「くお〜ん、ご飯食べに行こ」
「凪ちゃんってさぁ、なんか影のある女って感じだよねぇ」
「そう?」
影のある・・・まあ、確かに隠し事は幾つかあるけど。
そんな格好良い物でないのは確かだ。
「うん。かっこい〜」
「ははは・・・」
こんなに乾いた笑いは初めてだった。
本当に紅音にバレない事を祈ろう。
そしてドアを開けて電気を消した。
「・・・」
食堂へ向かう廊下で、愛依那にバッタリと会った。
一人でどこかへ行っていたのか、
どうやら自分の部屋に帰る所のようだった。
「あ、愛依那・・・芽依ちゃんはどぉ?」
「・・・あ、ああ。問題ないよ」
「・・・?」
何かおかしい。
俺はその愛依那にとても違和感を感じていた。
しかし、腹が減ってるので黙殺する事にする。

5月14日(水) PM6:08 曇り
寮内一階・大食堂

「・・・」
何かが引っかかる。
芽依ちゃんの様子を聞いているのに、
問題ないって・・・微妙に意味通じてないし。
とても嫌な想像が頭にもたげる。
「紅音、先部屋に帰ってて」
「えっ? 凪ちゃん?」
「それと葉月に、愛依那だって伝えておいて!」
「えっ? え〜〜?」
よく分かっていないかもしれないが、
もしかすると時間がないかもしれない。
俺は人混みを抜けて愛依那の部屋へ急いだ。
確信が全くないのに、こんなに感覚が警鐘を鳴らすのはおかしい。
俺は愛依那の部屋につくと、とりあえず呼び鈴を鳴らす。
「・・・凪か。ごめん、今眠いんだ」
構わずに俺は中へと入っていく。
「あっ、何すんの!?」
「・・・芽依ちゃん!」

5月14日(水) PM6:15 曇り
寮内東側・愛依那と芽依の部屋

予想通り、そこでは芽依ちゃんが再び犯されようとしていた。
「なんだ?あん」
有無を言わさずに男をはっ倒すと、芽依ちゃんを助ける。
「な、凪・・・凪・・・さん」
服がはだけたまま、芽依ちゃんは俺にもたれてくる。
なんて事だ。
愛依那がゆっくりと俺を睨みつける。
「何で・・・あい、な・・・」
「五月蠅い女。処女のままじゃ可哀相だから、
 私が喪失させる手伝いをしてあげてたのに」
「愛依那。いや、リリス」
愛依那の顔は意外そうな顔をしたかと思うと残酷に微笑んだ。
「・・・へぇ。凪って、私の事知ってるんだ」
「まあね・・・一つ教えてほしいの。
 なんで芽依ちゃんをこんな目に遭わせたの?」
「ふふっ、芽依に沢山の精を貯めて私が芽依を食べれば、
 一人で集めるより効率がいいでしょ」
そうか・・・芽依ちゃんが沢山の男から精液を吸えば、
芽依を喰べた時リリスはすぐに力が貯まるのか。
「芽依ちゃんを、そんな事の為にこんな目に・・・」
「でもね・・・本当に可哀相なのは誰か。凪なら分かるでしょ?」
確かに芽依ちゃんは未遂で済んでいる。
しかし・・・。
「愛依那は、あんたの為に・・・」
「えっ、凪さん・・・どういう、事?」
「愛依那は私を呼びだした代償に私に精神を半分差し出したの。
 おかげで奴らにバレにくくて、本当に助かった」
「けど、そのせいで愛依那は!」
「まあいいじゃない。
 代わりに私が初体験を経験してあげたんだし。
 ちょっちこの世界で言うヤリマンになっちゃったけどね」
「あ、愛依那・・・が?」
「そうよ、この体は芽依が昨日経験した事を、
 もうとっくに経験済みなの。前の穴だけじゃないわ。
 アナルも開発されてるし、感度もかなりのモンよ。
 ただ、何回か愛依那が死のうとしたから困ったけどね。
 半分ずつの精神なんだから仲良くしたいのに〜」
「ぁ・・・い、な」
ふざけた顔でおどけた声を出す愛依那を、
芽依ちゃんはどこか複雑な表情で見ていた。
クソ・・・なんてこった!
あの旧校舎の様な光景を愛依那は、
毎日の様に見て、経験してたっていうのか・・・。
「おかげでかなり力が戻ってきたわ。
 1日5人のノルマは、本当この顔のおかげよ」
うっとりする様にリリスは、その顔に手を当てる。
「愛依那を返してっ!」
芽依ちゃんが、リリスに向かっていった・・・やばい!
「芽依ちゃん!!」
ダメだ、芽依ちゃん・・・!
なんとか俺は芽依ちゃんを抱きしめて、そのまま倒れ込む。
ズシャッ!
そこに有った机が、音を立てて潰れていく。
なんてえげつねぇ能力だ。
「へぇ、なかなか良い反応してるじゃない。
 ちょっと遊びたくなって来ちゃった」
愛依那の顔をしたリリスは、
残酷な笑みを浮かべ俺達ににじり寄る。
その瞳には俺と芽依ちゃんが映っているのだろう。
あたかもそれが殺される前の実験動物を見る様な瞳だったので、
俺は恐怖を覚えないわけにはいかなかった。

グシャッ! ベコッ! バキッ!

潰れる、 ひしゃげる、 圧迫する。

その力はそういった動作に長けていて、
周りの物は圧縮され異様な鉄塊へと変貌していった。
そしてリリスは、俺達が上手くかわせる様に操作している。
「ふふっ、逃げ回りなさい。その可愛い顔を恐怖に歪めながら」
なんて趣味の悪い野郎だ。
こいつは愛依那や芽依ちゃんの気持ちを、
ぐちゃぐちゃに潰しやがった・・・!
絶対にこいつを許すわけにはいかない。
だけど俺には、こいつに勝つための力なんて無い・・・!
どうすればいいっていうんだよ、くそっ!
「ふっふ〜ん、悔しいでしょ。
 でもね、私はもっと悔しい思いをしたのよ」
「え・・・?」
「凪、あなた達はまだ殺さない。
 あの人の寵愛を一身に受けるあいつを先に殺すわ」
「あいつ・・・?」
嫌な予感が止まらない。
葉月・・・もしかして、お前の事なのか?
「芽依、あなたも処女を失っておけば良かったのに。
 そうすれば、愛依那と一緒だったのにね」
「貴方は・・・絶対許さないから!」
なんなんだ?
リリスは、なぜ芽依ちゃんの事を挑発してばかりいる?
明らかにおかしい。
まるで芽依ちゃんの中の何かを待っている様な・・・。
待って、いる?
しかしどちらにしろ、このままじゃ殺されるのを待つしかない。
「凪、あなたの待っていた人が来たみたいね」
その瞬間、リリスは凄まじいまでの殺気で部屋を覆い尽くした。
そして閉められたドアからゆっくりと葉月が現れる。
「・・・凪、抜け駆けだけはするなと言ったはずだ」
「あ・・・ごめん」
「よくノコノコと姿を現したわね、イヴ」
「ふん、そんなコードネームで呼ぶな・・・」
なんだ? この二人って、知り合いだったのか・・・?
でも・・・イヴって、一体?
あいつの本当の名前なのか?
「連れないのね。でも、私達の名前だって大して変わらないわよ」
「そんな事はどうでもいい。お前はすぐに消えるのだから」
「あら・・・そうかしら?」
リリスは不敵な笑みを漏らす。
何か嫌な・・・嫌な予感がする。
「ねぇ芽依? 一つ教えてあげるわ。
 この女は、私ごと愛依那を殺すつもりなのよ」
「え・・・」
「当然だろう、貴様が死ぬと言う事は、
 その媒介の体も死ぬと言う事だ」
そうか・・・奴は、芽依を盾にする気なのか!
だけど、そんな事してもあいつの炎は・・・。
「身代わりを立てようと、私の炎には何の支障もない。
 忘れたのか? リリス」
「身代わりですって? 違うわよイヴ。
 そんな物なくても、あなたに負けはしない」

キィィイイィイィィィン―――――――

耳をつんざく高音と共に、リリスが視界から消えた・・・!
まさか、ものすごいスピードで動いているのか!?
葉月は微動だにしない。
「こんな子供騙しで、私を出し抜く気だったのか?」
葉月が手を振り上げると、黒い炎が直線上に走った。
すると、リリスの姿がありありと確認できた。
「光の屈折じゃ、やっぱり騙せないか・・・」
「・・・トドメを刺してやろう」

  ―――――二人の手が、同時に相手に向けられる。

それはまさに、衝突と呼ばれる物だった。
中央が、潰れて、燃え上がって、黒こげになる。
「まだ、互角みたいね」
「リリス、お前の力は分かった。もう無駄だ」
力の均衡は、リリスの方へ向かって崩れつつあった。
どうやらまだ、葉月の力の方が上だったみたいだ。
だけど・・・本当にこれでいいのか?
愛依那を救えずにこのまま見殺しにするのか?
芽依ちゃんは呆然と、その方向に見入っている。
「くっ・・・イヴ、まだよ」
リリスがその場から飛び退く。
それに応じて、葉月は照準を合わせる様に手を翳す。
「止めてえっ!」
芽依ちゃんが葉月の方へ走った。
「何を・・・!」
芽依ちゃんは、葉月の手にしがみついて離れない。
まさか、これをリリスは狙っていたのか?
だとしたら、なんて言う狡猾さと計算高さだ。
「ふっ、良いザマねイヴ。
 そのまま・・・アダムの元にでも行きなさい」
リリスはゆっくりと、二人を潰していく。
「ぁぐっ・・・あっ!」
「愛依・・・那ぁ・・・!」
「良いわねぇ、この声。この時を待っていたのよ」
俺はリリスに向かって走った。
そして、腹に渾身の一撃を喰らわせる・・・!
するとリリスは、とても悲しそうな顔をして、
「うぐっ・・・凪、どうして・・・」
と呟いた。
「えっ・・・愛依那、なの?」
「・・・ばか」
リリスの眼光で、俺は身動き一つ取れなくなってしまった。
「凪が男だったらなあ、私とヤれたのにね・・・残念」
「凪・・・!」
「でも、こんなに可愛ければレズでもいいかもね」
・・・こんな時に男だとバレるのを恐れるのは可笑しい。
だが不思議な事に、俺はその事だけが脳をかすめていた。
それは葉月や芽依ちゃんが側にいたからだろうか・・・?
「そうだ、凪と次は契約しようかな。
 その顔だったら、今より全然ヤれそうだし」
それはマジで勘弁してほしい。
「凪、逃げろ・・・」
「イヴ、まだ喋る余裕があるの?」
二人がどんどん潰されていく。
このままじゃ芽依ちゃんと葉月が殺される・・・!
俺はこんな時に何も出来ないのか?
くそっ! 何か、何でも良いから力がほしい!
リリスを倒すだけの力が!
「そうだ・・・面白い事考えたわ」
そう言うともう片方の手で
さっき俺が倒した男を起き上がらせた。
「凪、あなたって・・・処女?」
「え・・・」
なんとなく嫌な予感が頭をもたげる。
本当に、それだけは勘弁してほしい。
「う〜ん、答えてほしいんだけどなぁ。
 その態度じゃ仕方ない、芽依にするか」
「何を・・・」
「君、あのセミロングの娘・・・犯っていいよ」
「・・・」
男の目は何処か虚ろで、まるで人形の様だった。
そのまま芽依ちゃんの前まで行くと、いきなり服を破り始める。
「ひっ・・・止めて・・・!」
「くっ、リリス!」
「まあイヴは次って決まってるから安心して」
なんて事をしやがる!
ただでさえ心に深い傷を負ってしまった芽依ちゃんを、
二度ならず三度までも・・・!
「リリス、私が・・・代わりになるよ・・・!」
俺は自分でもとんでもない事を言ったと分かっていた。
しかしこのままでは芽依ちゃんが犯されてしまう。
「・・・その代わり、あの男じゃ嫌。リリスが良い」
「ふぅん、凪・・・面白い事言うのね」
こっちはマジでシャレにならないんだけどな。
だが男にほられるよりは男だってバレた方がいい。
「じゃああの男は、そこに寝かせといて・・・
 ふふ、その可愛い顔が快楽に歪む所、見せて貰うわ」
「・・・・・・」
「近くで見ると、本当に可愛くて綺麗」
そう言うとまじまじと俺を見つめる。
「やっぱりやめたわ。あなたと契約する。
 さあ、契約のキスを受け取って・・・」
ちょっとまった! 待ってくれ!
「嫌よ・・・やめて!」
「ふふ、だ〜め」
リリスが顔が近づいてくるのに、俺は顔を背ける事も出来ない。
「リリス、ちょっと凪に気を取られすぎたんじゃないか?」
よく見ると、芽依ちゃんは気を失っている。
そして、葉月の手はすでにリリスへと向けられていた。
「くっ!」
正当な力のぶつかり合いなら、リリスに勝ち目はない。
少しずつだが、葉月が押していく・・・。
そしてリリスの方へ向かって、黒い炎が走っていった。
「うあっ、嫌・・・イヴなんかに! 異端者などに!」
もう既に愛依那の体は半分燃え尽きていた。
こんな光景は、芽依ちゃんに絶対見せたくない・・・。
気を失っていて逆に良かったのかもしれない。
「覚えていろ・・・どちらにしろ貴様は・・・ふふ、あはははは!」

――――そのまま、リリスは焼失していった。

「・・・雑魚が」
そう言って葉月は、がっくりと腰を落とす。
いや・・・!
「葉月!」
葉月はそのまま倒れ込んでしまった。
どうやら芽依ちゃんの方より重傷みたいだ。
芽依ちゃんは、それほど大きな傷を負ってはいない。
「大丈夫、だ・・・こんな傷」
しかし、顔は全く平気そうじゃない。
「全く・・・本当の葉月のためにも、怪我はしない方がいいよ」
「そのつもりだった・・・間違いなく、凪のせいだ」
「私・・・?」
「ああ、お前が余計な事をしなければよかったんだ」
不思議な、本当に葉月は不思議な事を言う。
「私は葉月や、芽依ちゃんの為にした事は、
 余計な事じゃなかったって・・・そう思いたい」
「凪・・・」
誰かの為に何かをしたいと思う事が余計だなんて、
そんなのは悲しすぎる。
外に見えている月が、輪郭をぼかす様に輝いていた。
「葉月は、何の為に悪魔を殺すの?」
それは、口をついて出た前からの疑問だった。
神の為というのもあるかもしれない。
でも、もっと身近な理由もあっていいはずだ。
例えば、人間を悪魔から守る為とか・・・。
「私は・・・」
だけどそれは、大きく間違った葉月への認識だった。
「私は、自分の罪を贖う為に・・・悪魔を殺す」
「葉月の・・・罪?」
「悪いな。残念だが、この体がこれ以上は持たない。
 私がいると、この体は死んでしまう」
「え・・・?」
突然の宣告に、何がなんだか分からなくなってしまった。
「元々、人の体に入れるのは少しの間だけなんだ。
 そうしないと、体が弱ってしまって死んでしまうんだよ。
 私が人の中にいるというのは、それほど体に負担をかけるんだ」
「そんな、もう限界だった・・・の?」
「いや、今回の闘いで傷を負いすぎた。
 このままでは、葉月の肉体が危ない」
「じゃあ、もう会えないって・・・事?」
「そうなるな」
そんな急に別れを告げられるなんて、全く予想していなかった。
「そんなの・・・嫌だ」
「凪、私はお前を結構気に入っていた」
「え・・・?」
「お前が悪魔に憑かれたら、私がお前を骨も残さず焼き殺す。
 前にそう言ったな・・・」
「うん。そんな事、言ってたね」
「あれは嘘だ。お前が悪魔に憑かれたら、
 きっと私はお前を殺す事をためらってしまう・・・」
なんだよ。
こんな時にそんな事言うなんて反則じゃないか。
俺は葉月が気にしてくれる様な奴じゃない。
だって俺は・・・俺は、お前をずっと騙しているんだ。
今、この瞬間でさえも・・・。
「ふっ・・・可笑しい物だな、感情という・・・ものは」
「葉月、ありがとう・・・それと、ごめん」
「縁があったら、また会いたいものだ」
「葉月・・・俺も、本当の」
「・・・」
目を瞑ったまま、もう一人のイヴと呼ばれた葉月は消えてしまった。
本当に色々な物を置き去りにして・・・。
俺は本当の事を言えないまま、
もう一人の葉月との別れを終えた。

5月14日(水) PM6:45 曇り
寮内東側・愛依那と芽依の部屋

「あれ、私・・・」
まず葉月が目を覚ました。
「私、こんな所で、何を・・・?」
「葉月、寝不足気味だったんだよ」
「え、そうでした・・・か?」
「うん、自分の部屋でゆっくり休んだ方がいいよ」
「はい・・・では、失礼します」
バタン。
そしてこの部屋には、俺と芽依ちゃんだけが残った。
しばらく芽依ちゃんは目を覚まさず、
たまに寝返りを打っていた。
少し時間が経つと、自然に芽依ちゃんは目を覚ました。
「あ・・・れ? 凪、さん?」
「おはよう・・・っていうよりこんばんは、かな」
「はい。私あの・・・どうしてたんでしたっけ?」
「え?」
寝惚けているのだろうか。
「あの、愛依那は・・・どこへ?」
「え、それは・・・」
「ああ・・・また、飲み物を買いに行ってるんですね?
 愛依那、自分の分すぐ飲んじゃうから・・・」
「いや、その」
記憶の混乱だろうか?
それとも・・・
「今日、何があったか覚えてる? 芽依ちゃん」
「・・・今日は、授業がありましたね。
 後は、あれ・・・愛依那といた記憶がないなぁ。
 今日は一緒に行動してなかったっけ?」
記憶喪失なのか?
たしかに、あまりに芽依ちゃんには
耐えられない出来事が多すぎた。
でも・・・愛依那が死んでしまった事を否定しないでほしかった。
それは、ただの傍観者である俺の我が儘なのかもしれない。
だけどそれじゃ、愛依那は・・・。
「きっと・・・すぐに帰ってくるよ」
「はい。でも、凪さんはどうしてココに?」
「・・・愛依那に頼まれたの。芽依ちゃんの事を」
「そう・・・ですか」
ふいに芽依ちゃんの目から涙がこぼれる。
「あれ? お、おかしいな・・・なんで、泣いてるんだろ」
芽依ちゃんが、記憶を失ったフリをしていたのか、
それとも本当に失ったのか、それは俺には分からなかった。

ただ、その涙は愛依那の為だと・・・そう思えた。

5月14日(水) PM7:25 曇り
寮内自室

「凪ちゃ〜ん!」
部屋に入るなり、紅音が飛びついてくる。
なんだか、こんな出来事も慣れてしまったな〜。
「ど、どしたの?」
「・・・心配したよ」
「ぁ・・・」
そう言えば、葉月への伝言を頼んだきり、
約1時間も待たせていたんだった。
「ごめん。本当に・・・大事な用だったんだ」
「私だって本当に心配してたんだからぁ・・・」
少し拗ねて、でも心を込めて紅音はそう言ってくれる。
「紅音・・・もし、私が死んだら、涙を流してくれる?」
ふと俺はそんな事を紅音に聞いていた。
そう、死を認識して・・・その死を悼んでくれるだろうか?
「う〜ん、きっと涙でプールが一杯になっちゃうよ」
「紅音・・・」
「だけど・・・そんな事、あんまり言ってほしくないな。
 だって、凪ちゃんが死ぬなんて、考えたくないもん」
「ごめん・・・でも、すごく嬉しい」
芽依ちゃんには、少しずつで良いから全てを思い出してほしい。
・・・それがどれだけ残酷かは分かってる。
でも死んだ人間にとって、
悲しんでくれる人がいないのはもっと残酷だ。
「凪ちゃん、それより明日は木曜だよ」
「え?」
「凪ちゃんが生徒会長になる日」
「あっ・・・!」
そうだ、明日は生徒会の選挙だった。
「でも私が会長だったら、紅音を副会長に任命するから」
「えっ!? そんな、私無理だよ〜!」
「もしもの話だよ、私が生徒会長になれるはずないってば」
その考えが一日で崩れるのは、
しばらくして、圧倒的な票を集め俺が生徒会長になった時だった。
その後に数回の議決を経て、
正式に俺が生徒会長に決まっていくわけだが・・・。

 

数日後、学校の北にある草原に悲しい最期を遂げた
ある一人の女性の墓が建てられた・・・。
少し大きい石に花が添えられただけの
誰の墓なのか他人にはよく解らない物で、
そこに訪ねていくのは一人の女生徒だけだったが・・・。
でもそれは、ある意味ではきっと微笑ましい事だった。

しかし、それとは別に・・・
俺の受難の日々はまだまだ続くようだ。

大切な誰かの、大切な思い出を置き去りにして・・・

−黒の陽炎「灰孵りのナイトメア編」END−

Chapter8へ続く