「ふ〜・・・」
あれから少しの時間が過ぎて、
俺達はいつもの学園に戻ってきた。
んで今は一人で考え事している。
ここもいつの間にか見慣れてしまったなぁ。
人間の敵合力っていうのはホントに凄い。
エントランスの中心には階段があり、
いつも俺はその左手のベンチで考え事をする。
だが今日ここに来てみれば妙だった。
どこかで見た事のある奴、しかも男が近くに立ってる。
男は全員寮を出されたんじゃなかったのか?
さっきから妙な目でこっちを見ている奴・・・。
「よう凪、久しぶりだな」
「・・・は?」
小柄なその男は満面の笑みで俺の肩に手を乗せる。
「お前は俺の女だぞ、凪」
「ま、ま・・・まさか」
聞き覚えがあるこの声。図太い態度。そして童顔。
嫌だ・・・思い出したくない。
勿論、こいつの事をだ。
「比良坂黄泉様だ。忘れたのか?」
「・・・忘れたかったわ」
こいつがなんで現実にいるんだ?
それにどうして女子寮にいるんだよ・・・。
「忘れるなよ、地獄界の王子ガープ様だぞ俺は」
「は、はい?」
「凪ちゃん、ガープって言うのはねぇ、
盲目の悪魔って呼ばれる悪魔なんだよ」
いきなり隣から話しかけてくる紅音。
・・・こいつ、一体いつの間に来たんだ?
「その力から地獄界の王子とも呼ばれてるんだ。
ちっちゃくて可愛い王子様なんだよ〜」
「・・・まあ小さいね」
身長は160さえあるかどうか怪しい。
俺だってそんなに高くはないけど、
こいつは男としては結構小さい方だ。
「凪、俺の愛は身長なんて余裕で超えるぜ?」
そんな事を言って親指をぐっと立てる。
その仕草はなんだか笑える気もした。
「で凪ちゃん、この人誰?」
「・・・よくわかんない」
「そりゃ無いだろっ。
俺は比良坂黄泉、凪は俺の女だ!」
「え、ええぇ〜〜〜!?」
紅音が凄い顔して驚いてる。
・・・信じるなよ。
「紅音、騙されないでよ・・・」
「え? 嘘なの?」
「・・・嘘じゃねえ。未来そうなる予定だ」
未来。
勝手に俺の未来を決めないでほしいな。
誰が男なんかと付き合うもんか。
「なんだぁ、びっくりして損した」
「このノーテンキ女はなんだ?」
よっぽどお前の方が脳天気だろうと言いたくなったが、
そこは堪えて返答してやる事にする。
「この子は紅音。私のルームメイト」
「なにぃ!? ソウルメイト?」
ワケの解らない勘違いをしてる。
しかも悔しそうに紅音を睨んでやがる。
「紅音にちょっかいださないでよ」
そう言ってみるが紅音の方を睨みっぱなしだ。
紅音の方も負けじとにらみ返している。
「む〜〜眉間にしわ寄せて・・・寄せて・・・疲れたぁ」
でもすぐに目が疲れて止めたみたいだった。
こめかみの辺りを押さえている。
「ふん、弱い奴だぜ」
紅音に勝って何で勝ち誇っているのだろう。
馬鹿決定戦に優勝したからか?
まあ、紅音の方も充分に馬鹿だけど・・・。
そこで向こう側から歩いてくる人影に気付いた。
・・・黒澤だ。
あの人、最近よく女子寮を見回ってるよな。
いつも俺がエントランスにいる時に現れるのは気のせいだよな。
気のせいだと思いたい。
「やあ高天原君に・・・君は比良坂君じゃないですか」
「・・・お前か。俺の凪に妙なコトするなよ?」
「ほう。私が何をしたというんです。
それに・・・教師にお前呼ばわりはいけませんね」
そういうと笑いながら黒澤は比良坂の頬をつねる。
しかもぐりぐりとねちっこく。
「いだだだっ!」
「君は生徒としての自覚が足りませんね。
如月さんもほらっ」
「う〜ん・・・よぉし」
そういうと紅音も比良坂の頬をつねった。
・・・少し哀れだな。
紅音達が手を離すと比良坂の頬は少し赤くなってた。
「凪ぃ、俺を癒してくれぇっ!」
比良坂が飛びかかってきたので、
俺は条件反射で左に避ける。
結果、比良坂はベンチに頭から突っ込んだ。
「ぐあ・・・酷いぞ凪」
「く、紅音、行こっか」
「そ〜だね。凪ちゃんの身が危ないもんねっ」
まったく持ってその通りだった。
俺達はとりあえず自分の部屋に歩いていく。
そしてすれ違いざま黒澤が呟いた。
「お互い、辛い立場ですよ全く・・・」
「え?」
この人は何を言ってるんだ?
と思った次の瞬間。
階段の所に隠れている美玖ちゃんを見つける。
・・・なるほど。
その目つきからは俺に対する憤慨が感じられた。
さっさと黒澤から離れろ、と言いたげだ。
俺と紅音は言われるまでもなく歩き出した。
あの子とは絶対に仲違いする理由は無いと思うんだけど・・・。
8月01日(金) AM09:53 快晴
寮内自室
部屋に帰って来るなり紅音が言った。
「凪ちゃんはさぁ、ホントにモテるよね〜」
まるで紅音は自分の事のようにはしゃいでる。
喋るたび、みずみずしい唇がめまぐるしく動いていた。
なるべく見ない様にして足下に座る。
・・・・・・。
最近、自分がたまにおかしいと思う事があった。
紅音の事を抱きしめたいと思う。
それもただの抱擁じゃなくて、俺は・・・。
年頃の男だからか?
それとも旅行に行った時見た夢のせいか?
少しずつ、俺は押さえきれない気持ちを抱き始めていた。
別に愛しいとか愛してるとか、そんな気持ちじゃないんだ。
もっと切迫した感じ。
なんで俺は紅音の事を抱きしめたいと思うんだろう。
何か予感めいたものはあった。
俺はきっと近い内・・・。
「凪ちゃん、どうしたの?」
「え? あ・・・いやその・・・」
「そうだ、ぷれすて3でもやる?」
「・・・そうだね」
そんな物がいつからこの部屋にあったのかは疑問だが、
何かに気を紛らわせていないと少々やばかった。
まるで媚薬の様な紅音の笑顔。
ただの可愛らしい笑顔なのに、
なぜか艶やかに見えてしまう。
と、埃を被ったぷれすて3が出てきてそれは消えた。
「・・・どこにしまってたの、一体」
「私の机〜」
その内タイムマシーンが出てきてもおかしくなさそうだ。
俺は格闘ゲームをやりながら、ふと紅音の机を見やる。
・・・いつか掃除したいな。
「よぉ〜し裏必殺の竜巻昇竜拳だよっ」
足を軸に回転しながら空中に昇っていく。
なんて無駄な技・・・。
俺はそれを冷静にかわして対空技を決めた。
「凪ちゃん甘いなぁ〜、カウンターがあるんだよ〜」
「え? あ!」
なんか相手が光り出した。
足でがしがしこっちのキャラを蹴ってくる。
ライフがあっという間に削られて倒れた。
「・・・こんなのあり?」
「実は私のキャラ、隠しキャラの豪姫でした〜」
誰だよそれは・・・。
そんな酷い格闘ゲームに悩まされながら、
貴重な夏休みは一日過ぎていった。
・・・そういえば、あいつ自分の事を悪魔だって言ってたな。
まあホントに悪魔なはず無いか。
それだったらイヴがとっくにはっ倒してるもんな。
8月01日(金) AM09:51 快晴
女子寮内・一階廊下
葉月は何気なく歩いていて黄泉と出くわす。
男が寮内にいる事に些か驚いたが、
特に気にとめずにやり過ごした。
だがその瞬間に葉月とイヴが入れ替わる。
「・・・ガープか」
そう言うイヴにゆっくりと振り向く黄泉。
意外な事に二人は初対面だった。
なぜならガープの力があまりにも微かだからだ。
こうして向き合う機会でもなければ気付かない程に。
「あ? お前誰だ?」
「私は・・・悪魔を討ち滅ぼす者だ」
「知るか。凪以外に興味はねえ」
イヴは少し肩すかしを食らった気がした。
人間に興味を持つ悪魔も意外だが、
自分の正体を知っても興味ないと言い切る悪魔。
そんな奴も初めてだったからだ。
「き、貴様・・・凪を狙っているのか?」
「悪いのか? 俺様の女にする予定だっ」
「・・・女?」
驚きの連続だった。
あろう事か悪魔が人間と恋仲になろうとしているのだ。
しかもイヴと闘う気も全くない。
他の悪魔とは明らかに異質だった。
「お前人間の魂を喰った事は・・・無いのか?」
「はぁ? くだらねぇ。俺の身体は俺のモンだぞ」
イヴの方を向く黄泉の身体から、
急に凄まじい闘気がにじみ出す。
だがそれは純粋な悪魔としての力だ。
人間から奪い取った物のない純粋なガープの力。
悪魔は全て滅する様に言われているイヴも、
些か戸惑ってしまっていた。
(どうする・・・こいつを倒すべきなのか?)
それはイヴにとってまるで見当違いの闘いに思えた。
人間に仇なす悪魔なら滅しても構わない。
しかし何の害もない悪魔を殺す必要があるのか?
(ふ・・・恐らく私が生粋の天使サイドの者なら、
こんな風に迷ったりはしないのだろうな)
そしてもう一つ闘う必要が無い点がある。
ガープの力を内包する顕在化領域が不鮮明なのだ。
つまりどれだけの力があるかが解っていない。
今イヴが感じている力だけでも、
アスモデウスを超えていた。
だがそんな力なのにそれは驚異には感じられない。
イヴに向けて全く殺気を放っていないからだ。
いや、恐らくガープは現象世界でその力を使っていない。
人間と同じように振る舞っているという事だ。
「まあお前がどうしてもやるっていうなら、
俺は力を使う気はない。勝手にしろ」
「・・・それを聞いて安心した」
「なんだと?」
「刃を見せない者に向ける牙は持ち合わせていない。
私とて闘う悪魔を選ぶ事はする」
少しだけイヴはその言葉に違和感を持った。
(今まで私は、闘う悪魔を選んでいたか?)
夢魔と闘った時、彼女は相手が誰だろうと殺す気だった。
エリルの行動に心に打たれながらも、
彼女が生きていれば自身で滅する気だった。
イヴの心境はあの時から大きく変わり始めている。
人間の女性を助ける為に闘った時。
あの時に彼女は何か大切なモノの欠片を見つけた気がしていた。
と、気がつくと黄泉の姿はない。
すでに寮を出た様だった。
「・・・ふぅ」
最近は葉月との折り合いもついてきている。
精神の衝突も無くなった。
イヴの精神を葉月が受け入れているのだ。
だがイヴはまだ気付いていない。
彼女がアスモデウスに勝てた原因。
葉月の精神がイヴを受け入れてきている理由。
何もかもが予定調和だという事をイヴは知らない。
そして再会の時が近い事を・・・
イヴはまだ、知らない――――――