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閑話休題(W)

著作 早坂由紀夫

Chapter53
「四人の熾天使(U)」


***

アルカデイア、大天使長室。
ミカエルは手の平サイズのスマートメディアを見つめていた。
半透明で『偽典』と書かれているそれを、
彼は手前にあるパソコンに挿入する。
「・・・正典と同じ700exaか。相当な大容量だな」
現象世界では耳にする事すらまず無い単位。
だがアルカデイアのデバイスには
近年exaレベルに対応した物が存在していた。
なんとか規格は合うが、中にあるデータは異常な量だ。
そこに書かれていたのは正典には書かれていない歴史。
ローマの地下に存在する古代遺跡の事やポタラ後宮の事まで、
過去起こってきた裏の物事全てが書かれている。
そういった記述の一つに奇妙な物をミカエルは見つけていた。
「制作された三つの法典・・・?
 待てよ、法典ってのは正典と偽典の
 二つしか無いんじゃねえのか?」
書かれていた法典は全部で三つ。
記述によればそれは正典と偽典、そして冥典。
正典はアルカデイア・エウロパ宮殿に安置。
偽典はインフィニティ・万魔殿に安置。
そうディスプレイには映っていた。
「冥典は・・・現象世界、だと?」
冥典は現象世界という大まかな場所しか記されていなかった。
つまり地球規模、という事になる。
さすがにそれは天使といえど容易な事ではなかった。
詳しくデータ内を『冥典』の名で検索をかける。
だが検索結果は目の前に映っている1件のみ。
ミカエルはさらに調べていく内に、
分割ファイルが一つある事に気付いた。
それは三つに分割されたファイル。
それでミカエルはピーンと来る。
(なるほどね・・・三つの法典が揃った時、
 このファイルの中身が見れるってワケか)
正典のデータはすでにミカエルのパソコンに入っていた。
そして偽典のデータもすぐに彼はパソコンに入れる。
残りの冥典がどこにあるかは両法典に書かれてはいなかった。
名前も偽典にしか載ってはいない。
冥典という記述を探すのを諦めると、
ふとミカエルはラファエルの事を思いだした。
(そういやぁ・・・ラファの顔ったら無かったな。
 俺が本気でインフィニティを潰すと思ってた顔だ)
そう一人呟くとふっと笑った。
ミカエルは元よりイヴを本気で殺す気も、
インフィニティを潰す気も全くない。
目的は万魔殿にある偽典だけだったからだ。
そんな事を考えている時に大天使長室のドアが開け放たれる。
そこに立っていたのはラファエルだった。
ラファエルはミカエルの机まで歩いていく。
その表情は彼らしくない冷たいものだった。
「みっき〜・・・悪魔を酷い方法で殺したそうだね」
「・・・なに?」
「イヴが僕の所に来るなり怒鳴り散らしてきたよ。
 天使は悪魔に対してあそこまで酷い事が出来るのかって・・・ね」
そんな覚えのないミカエル。
だが記憶を探っていくとクランベリー達との一件を思い出す。
その始末を任せたディムエル達が遅かった事も。
「あいつらか・・・」
机に手を付くとラファエルはミカエルに顔を近づける。
「それとみっき〜。が〜ちゃんはどこにいるの?」
「・・・ガブリエル、ねぇ」
ふいにミカエルは軽く微笑むとラファエルの頬に触れた。
ラファエルはいきなりの事に戸惑うが、
お構いなしにミカエルは顔を近づけて言う。
「な、なに・・・?」
「良いかラファ。ガブリエルは現象世界だと言っただろ」
「そうだけど、おかしいじゃないか。
 あのが〜ちゃんが気配も感じさせないなんて」
「ふっ・・・お前も相当惚れてんだな」
ミカエルはその言葉で慌てるラファエルに頭突きを喰らわせた。
痛そうに頭を押さえるラファエルにミカエルは言う。
「そんなに怒るんじゃねぇよ。
 お前が怒ると、俺の周りは随分と荒んじまうんだぜ?」
「みっき〜・・・」
「イヴの言っていた事に関しては俺がケリをつける。
 天使の堕落は最近目に余るしな」
そういうとホッとしたのか、
ラファエルは少し表情を綻ばせた。
ミカエルは立ちあがるとゆっくりラファエルに近づく。
そしてこつん、と頭を軽く叩いた。
「ガブリエルの事はその内に解るぜ。その内に・・・な」

***

あれからずっとセフィロトの樹を監視していた二人。
ラツィエルとウリエルだ。
彼らは無理を言って樹の下に残っていたのだ。
凪とイヴが一度訪れてきた事も知っている。
その際は樹の反対側にいたので凪には解らなかったのだが。
無論、彼らもルシードたる存在に興味はあった。
だがウリエルがイヴとの接触を拒んだのだ。
「やはり未だ彼女の事が許せんかね?」
「何度も聞かないで下さい。私は天使として、
 彼女が不適格だと思っているだけです」
「・・・そうか」
二人はただぼんやりと樹を眺めている。
時折その根よりも下方から緑色の光が迸る事はあった。
それもしばらくは大人しくなりを潜めている。
その緑色の光が何なのか二人は分かっていなかった。
「ふむ、所でガブリエルは何処に行ったか知っておるか?」
「ミカエルの話では現象世界だと聞いておりますが」
「くっ・・・ふふ、奴もとんだ食わせ者じゃな」
「それは・・・一体どういう意味でしょうか?」
「いや、ワシもそれを知っているワケではない。
 じゃが恐らくガブリエルは・・・」
「彼女は?」
「・・・・・・」
それ以上は何も言わずにラツィエルは空を見上げた。
同様にウリエルは空を見ようとして気付く。
ラツィエルは空を見ているわけではなかったのだ。
正確には眼前に聳えるセフィロトの樹を見つめていた。
それも、どこか哀愁を含めた複雑な表情で。
「ラツィエル・・・様?」
「お前はガブリエルがいつから
 姿を見せなくなったか知っているか?」
「それは・・・確かあの前哨戦争の後から・・・しばらくして」
「そう。ヌシら四大天使と上級天使が、
 人間の戦争の裏でルシファーらと闘った後じゃ」
それは俗に第二次世界大戦と呼ばれる人間の諍いだ。
第二次世界大戦。
それは日本とナチス・ドイツが同盟関係にあった頃、
アドルフ・ヒトラーの支配権の確立を阻止するべく
行われた七年に渡る戦争の事だ。
実はその戦争の影には天使と悪魔の決戦もあったのだ。
天使らはその闘いを『前哨戦争』と呼んでいる。
ラグナロクやアーマゲドンと呼ばれる最終戦争の
前哨戦だという意味合いからだ。
「ですがあの時、我々に問題などはありませんでした。
 ガブリエルが現象世界に行く理由などは・・・」
「確かに。あの闘いでルシファーは
 『ギンヌンガガフの扉』の底へと封印されていった。
 天使側に大きな損害もなく・・・な。
 だが、人間サイドには大きな厄災をもたらした」
「人間の厄災などは避けられない物でしたし、
 それに闘いにそういったものは付き物です」
「うむ。じゃがガブリエルの性格を考えて見なさい。
 あの娘が黙ってじっとしていられると思うかね?」
「そ、それは・・・」
口ごもってしまうウリエル。
代わりにラツィエルはガブリエルの口調で言った。
「私に任しときなさいってみっき〜!
 な〜んて言って飛び出していったんじゃないかね?」
「・・・あ、有り得ますね」
額に手を当ててウリエルは俯いてしまう。
あまりにもありありとそれが浮かんでしまうからだ。
その可能性をウリエルは今まで考えた事がなかった。
それは彼が現象世界に対するアフターケアなど、
蚊ほどにも頭に浮かんでいなかったせいだ。
「仮にそうだとすると・・・彼女は今、どこに?」
「それは・・・」
そこから先を語ろうとしないラツィエル。
興味津々でウリエルはその先の言葉を待つ。
するとラツィエルの唇が再び動いた。
「わからん」
「・・・は?」
「ワシがそんな事解るわけないじゃろ〜」
「ラ、ラツィエル様・・・?」
「ふふん。四大天使同士で解らん事を解るはずあるまい」
「それは・・・確かにそうですが」
がっくりと落胆するウリエル。
そんなウリエルにラツィエルは言った。
「まあ・・・お前達四大天使はミカエルを筆頭としている。
 じゃがそれはもう止めた方が良いのではないか?」
「どういう・・・事です?」
「ガブリエルの件、知っているのは奴だけ。
 今回のインフィニティへの攻撃も奴の独断じゃ。
 よいか・・・奴には何か裏がある」
「ミカエルに、裏が?」
「解っとらんか。お前は鈍いからのう・・・。
 まあミカエルとて天使の為に、という考えだとは思うよ。
 じゃがな・・・我々が良ければいいというのは違うのじゃ」
「・・・そう、ですね」

Chapter54へ続く






※exa……1キロが千だとすると1エクサは百京。