10月12日(日) AM10:53 晴れ
インフィニティ第一階層・階層移動エレベーター
イヴはふとエレベーターの中で昔の事を思い出していた。
コキュートス。
中央部に万魔殿が位置し、北部はラフィリア。
南部はセイリア、東部はカルバリア、
西部はメルリアという地域が広がっている。
リヴィーアサンと共にイヴが育ったのは、
セイリアの霧に包まれた谷だった。
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インフィニティ
イヴ・・・つまりルージュ。
最初、彼女に名前は存在しなかった。
本来ならありえるはずはない。
だが彼女は子供にして現象世界へ降りてしまう。
その所為で彼女は悪魔達にさらわれインフィニティに来た。
すぐに彼女を待っていたのは幼児に対する陵辱。
逃げようとしても彼女は当時4〜6歳程度だった。
力もなく、助けも来ない。
彼女は自分が汚される恐怖や絶望を受け入れようとした。
だがその寸前、彼女は一人の悪魔によって助けられる。
それがリヴィーアサンだった。
「わたし・・・汚されてない」
「当たり前よ。そんな下衆な事、させるはずないわ」
「・・・あなたは、天使?」
「違うわ。もしもキミがこの世界で生きて行けたのなら、
またいつか会う事もあるでしょう」
そう言うとリヴィーアサンは去っていく。
救いの必要なものには手を差し伸べた。
だがリヴィーアサンから見て彼女は、
自分の力で生きていけると感じていた。
それでも彼女にとってそれからの人生は苦しいものとなる。
彼女が生活していたのはコキュートス。
冷たく凍える様な死と虚無の世界だ。
まともな食事を得る為には持つ者から奪うしかない。
僅かに生きる命を自分が生きる為に殺し、生きるのだ。
そこで彼女は自分がどれだけ勝手な生き物なのかを知る。
生きる為には他を蹴散らさなければならないのだ。
文章の書き方、喋り方など欠片も解らない。
特に知る必要もなかった。
知る必要があるのはどう相手を殺すのか。
そうやっていつしか彼女の背中にある羽根は、
血と泥で真っ黒に汚れていた。
だがいつもの様に彼女が獲物を狙っていた時。
再び彼女の前にリヴィーアサンが現れた。
「あら・・・その黒い翼。醜いわね」
「私に話しかけないでよ。邪魔・・・」
「ふっ、まるで悪魔の様な子ね」
「・・・それ、どういう意味?」
「あなた、まさか自分が悪魔だとでも?」
「何を言って・・・」
それは彼女にとって思いも寄らない事だった。
いつしか自分が悪魔だと信じて疑わなかった彼女は、
リヴィーアサンによって真実を知らされる。
「わた・・・しが、天使?」
「信じられないのも無理ないわ。
でもね、子供の頃の事をよく思い出してみなさい」
「嘘だ!」
そんな会話の後ですぐに彼女は全てを思い出した。
いや、思い出してしまった。
生きる為に意図的に抹殺していた良心と幾つかの事。
それを彼女は記憶の表へと引き出してしまったのだ。
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カルバリア・幻想図書館
それから数年が過ぎ、ルージュは8歳ほどの年齢になっていた。
ルージュはよくカルバリアへと出向く様になる。
そこにある図書館にリヴィーアサンが居たからだ。
リヴィーアサンは他の悪魔に素養を与える事を好んでいた。
知恵と力がある者だけが自分の正義を持つ事が出来る。
そう彼女は来訪者全てに告げていた。
勿論、ルージュもそれは例外ではない。
彼女は始めて来た時に自分の名前を授かった。
「そうね・・・あなたの名前、ルージュなんてどうかしら?」
「・・・可愛い」
「気に入ってくれた?」
「い、いや・・・別にそういうわけじゃ・・・」
「ん〜じゃあルージュねっ」
そんな風にして抱きついてくるリヴィーアサン。
誰かに抱きつかれる事が初めてだったルージュは、
そんな彼女の行為に戸惑ってしまう。
「私は・・・こういう時、どうすればいい?」
「そうね。ぎゅって抱きしめ返すのよ」
「・・・そ、そうなのか」
赤面しながらもルージュは手を伸ばす。
それはルージュにとって涙が出る程に切ない事だった。
「・・・なぜか解らないけど、胸が苦しい」
「そう。それはきっとあなたにとって良い事ね」
「良い事・・・」
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インフィニティ第一階層・コーサディア
10歳になる前だろうか。
ルージュはインフィニティから現象世界。
そしてアルカデイアへと戻ろうと試みた。
だが彼女は第一階層まで来て悪魔達に押さえられてしまう。
出口付近で守衛していた者達に見つかったせいだ。
「放せっ! 貴様ら・・・私に触れるなっ!!」
当時のルージュは年相応と言うよりは強い力を持っていた。
しかしさすがに悪魔の数人を相手に、
互角に渡り合う力は持っていない。
すぐさま彼女のインフィニティ脱出は失敗した。
その時、再びリヴィーアサンが現れる。
「その子の処遇は私が決めるわ」
そういうと守衛達に有無を言わせず、
リヴィーアサンはルージュを連れて行った。
「どうして・・・あなたが」
「今日からルージュのお母さんになる事にしたの。
あなたは恩返しだと思って、
これから私を『かあ様』と呼びなさい」
「かあ・・・様」
「そうそう。それっぽくていいわ〜」
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セイリア・霧の谷
ルージュが連れてこられたのは霧の谷。
悪魔すらも立ち寄らない不思議な場所だ。
彼女が霧の谷に連れられてきた時、
そこに居たのはクランベリーだった。
自分より歳が上だった為、
ルージュは彼女を姉と認識する様になる。
物静かな様に見えて色々と五月蠅いクランベリー。
悪魔のクセに服装に拘り、下着にも拘っていた。
クランベリーはきちっとした服が好きで、
人間で言う10代の頃からそんな服を好んで着ていた。
二人はリヴィーアサンの事が大好きだった。
霧の谷での生活も全く苦だと思った事はない。
なぜなら、二人にはリヴィーアサンが居たからだ。
「今日は二人の闘いぶりを見せて貰うわ。良い?」
「はい、かあさま。クランベリーには負けない」
「ちょっとそれは自信過剰よ、ルージュ」
その日。
二人はリヴィーアサンの前で闘っていた。
闘いとは言っても殺し合いではない。
鍛錬の為の修闘と呼ばれる物だ。
ルージュにそう言うとクランベリーは構える。
お互いの距離はそれ程ではなかった。
どちらがより強い具現を成す事が出来るか。
当時の彼女たちにはそれが闘いだった。
クランベリーは得意の冷気を使って、
足下の草を固く凍らせる。
それをルージュに向かってはじき飛ばす。
勢いはなかなかで、当たれば手傷を負うのは明白だった。
上手くその草の動きを見極めて、
ルージュは最小限の動きでかわす。
子供ながらにして彼女には才能が備わっていた。
彼女の具現特性は炎。
つまり炎を具現する事が得意だった。
手を向けて炎を具現するルージュ。
だが霧の谷の性質なのか上手く炎は具現されない。
頭のどこかで湿っぽい場所では、
炎が付きにくいと思っているのだ。
具現で象在する物は普通のそれと代わりはない。
しかし存在条件は無いのだ。
何もない所から火を起こす事も、氷を作る事も、
空を飛ぶ事も全ては頭でイメージすれば可能になる。
例えそこが水の底だとしても炎は具現できるのだ。
だがルージュはその知識故にイメージを欠いてしまう。
「なにぼ〜っとしてるのよ、ルージュ」
気付いた時にルージュの足下は冷気で張り付いていた。
足を動かそうとするが、地面に張り付いて動かない。
その時、目の前へとクランベリーが歩いてきた。
「私の勝ちね」
「ぐ・・・運が良かったな」
口の減らないルージュに呆れながら、
クランベリーは足下の冷気を消し去ってやる。
するとそれを見ていたリヴィーアサンが歩いてきた。
「良く闘った・・・とは言えないわね。
ちょっと不甲斐なかったわよ、ルージュ」
「上手く炎が具現できなかったんだ。
・・・私のせいじゃない」
「ルージュ。負けた時、言い訳は格好悪いわよ」
そうリヴィーアサンに言われてルージュは黙ってしまう。
だがその後すぐにルージュを抱きしめて
リヴィーアサンは言った。
「まあ、可愛いから許しちゃうわ」
「かあ様・・・」
「ずるいわリヴィ様、私も〜」
そう言ってクランベリーも二人に抱きついていく。
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セイリア・霧の谷
夜。
彼女たちが暮らしている小屋へと入っていくと、
リヴィーアサンは少しして出ていった。
その後でルージュとクランベリーは食事を取る。
悪魔だからと言っても食事を取らないわけにはいかなかった。
生物というのは必ず消費し、生産するからだ。
ふとルージュはクランベリーに聞いてみる。
「聞いても良いか?」
「なに? 私の強さの秘密?」
「・・・やっぱりいい」
少しふてくされてスープをすするルージュ。
それを見て笑いながらクランベリーは謝った。
「冗談よ。で、なに?」
「いや、クランベリーはどうして
ここにいるのかと思ってな」
「それは私に喧嘩をふっかけてるのかしら?」
ニュアンスを間違えた事に気付いて、
ルージュは慌てて言い直す。
「そうじゃないっ。どういう経緯でか、という事だ」
そう聞かれるとクランベリーは少し視線をそらした。
そしてしばらくの沈黙。
また何かまずい事を言ったのかと思い、
ルージュは答えを聞くのを諦めようとした。
その時にクランベリーは静かに口を開く。
「私、リヴィ様に拾われたのよ。
ちょうど半年くらい前にね」
それはインフィニティにおいては普通の事ではあった。
元々親という存在があってない様な悪魔という種。
生涯孤独であるのが普通の生き方なのだ。
だが悪魔と言えど子供の内から一人で生き抜く事は難しい。
極端な地層と温度等、色々な環境の為だ。
本来はそうして悪魔は淘汰され、
強い物だけが生き抜いてゆく。
「あの人が居なかったら私は、とっくに凍え死んでた」
「確かに、コキュートスは寒いな」
すでに慣れてしまった寒さ。
それでも防寒着なしでは外を歩けないくらいに寒い場所だ。
するとリヴィーアサンが背中に雪と子供を乗せながら、
玄関のドアから入ってくる。
「外は酷い吹雪になってたわ。まったくもう」
リヴィーアサンは長い髪をかき上げながら雪を払った。
彼女は背中の子供を下ろすと椅子に座る。
するとクランベリーがすぐに温かい飲み物を渡した。
「その子は・・・?」
「まだ子供って言うより、赤ちゃんよ。
悪魔じゃなかったらとっくに死んでるわ」
そう言うリヴィーアサンにルージュはふと呟いた。
「インフィニティは嫌いだ・・・景色も、環境も」
そんなルージュにリヴィーアサンは言う。
際限なく優しい微笑みを浮かべながら。
「この世界はある意味で美しい。
それは、沢山の命を淘汰してきたから」
言葉通りインフィニティの光景は美しい物だった。
それは彼女の言う通り、多くの悪魔の命を
奪ってきたからなのかも知れない。
ルージュは少しやるせない気分になっていた。
彼女は無意識にリヴィーアサンの手を掴む。
「そう、だからルージュの意見も正しいわ。
この世界が単純に美しい場所だなんて思っちゃ駄目。
でもね・・・それでもここはあなたの居場所なのよ」
「・・・・・・」
戸惑ってしまうルージュ。
彼女にとって居場所は本当にインフィニティなのか。
本当はアルカデイアで両親が待ってるのではないだろうか。
そう考えた。
だがルージュにとってリヴィーアサンの側は居心地が良い。
それは彼女の安らげる場所であったからだ。
だから答えは出ない。
仮定に仮定を重ねた末に結果は霧へと包まれてしまう。
「とにかく今日はもう寝ますか。
夜更かしは美容の敵だしね」
そう言うとリヴィーアサンは寝室へと向かった。
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セイリア・霧の谷
寝室で三人は寝る前に良く空を見上げて話をする。
ベッドの端でリヴィーアサンを中心に寄り添って座り、
静かな夜にとりとめのない話をするのだ。
「ルージュ、こうやってると本物の家族だと思わない?」
「・・・うん。かあ様とクランベリーは、
私は・・・もう一つの家族だと思っている」
俯いてルージュはそう言う。
照れているのか困っているのか。
足をベッドの下でバタつかせる。
それを見ていたリヴィーアサンは、
満面の笑みでルージュに抱きついた。
「うあっ、か・・・かあさま!?」
「やっぱりルージュは可愛いわ〜」
ルージュの頬にキスを何度もするリヴィーアサン。
そういう行為に戸惑いながら、
どこかルージュは受け入れ始めていた。
しばらくすると三人は川の字になって同じベッドで眠る。
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セイリア・霧の谷
それからルージュはリヴィーアサンに具現する炎のコツや、
闘いに於ける在り方など様々な事を教わった。
拾ってきた赤子はクリアと名付けられる。
そうやって数ヶ月の時が流れた。
ある時、ルージュはリヴィーアサンを谷の奥地で見かける。
あまり誰も立ち入らない様な場所でそっと目を閉じる女性。
それは絵画の様にルージュの目には映っていた。
ルージュに気付くとゆっくりとリヴィーアサンは振り向く。
「・・・かあ様、何をしてたんですか?」
「時々・・・考える事があるのよ。
あなたを私の側に引き留めておくにはどうすればいいか」
「それ、は・・・」
「簡単よね。天使を滅ぼせば、
あなたの戻る場所はここだけになる」
「ど・・・どうしてそんな事を言うんですかっ!」
リヴィーアサンは少し悲しそうな表情を覗かせた。
だがすぐに微笑んでルージュに言う。
「大丈夫。あなたが闘う必要はないわ。
その為に私は黒い炎をルージュに授けたのだから」
その時、ルージュはまだその真意には気付いていなかった。
天使という種族がどういうものなのか。
一度とはいえ悪魔に身を落としたルージュがどうなるのか。
多くは告げずにリヴィーアサンは去っていった。
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セイリア・霧の谷
「ふわぁ〜、寒いのよねぇ」
クリアは数年してすぐに歩く事や話す事を覚えた。
悪魔としての力は大して持ち合わせていないが、
日常生活に支障が出ない程に成長する。
生活はそうやって4人でのものに変わっていた。
クリアとクランベリーは親衛隊なるものを作り、
リヴィーアサンの事をリヴィ様と呼ぶ様になる。
まあクランベリーはずっと前からそう呼んでいたが。
最初は戸惑っていたリヴィーアサンもすぐにそれに慣れた。
ただ、ルージュだけはそれに関わろうとしない。
単純に恥ずかしかったからに他ならなかった。
それから幾つかの季節が過ぎた頃、
霧の谷に一人の訪問者が現れる。
その訪問者はリヴィーアサンに会うと闘いを申し込んだ。
久しく彼女の闘いぶりが見れるとあって、
ルージュやクランベリーはその闘いを楽しみに眺めていた。
訪問者は女性で10代前半くらいだった。
さらに実力に自信があるのか余裕の笑みさえ見え隠れする。
「リヴィーアサンを倒せば私の力が認められるの」
「ん〜、そういうの懐かしいなぁ。
最近は私にビビッて逃げる奴が多いからね」
「そんな腰抜けと一緒にしないで欲しいの」
女性はリヴィーアサンとの会話を打ち切ると、
両手を交差させて水の輪っかを具現した。
女性の手にある水の輪はすぐに猛スピードで回り始める。
「水を具現するなんて、結構珍しいタイプね。
先に聴いておくけど名前は?」
「あんたを見下ろしながら名乗る事にするの」
そんな女性の言葉にリヴィーアサンはため息をついた。
そしてそのまま女性に向かって歩いていく。
妙だと思いながらも格好の的となったリヴィーアサンに、
水の輪を回転させながら走らせていった。
だがそれはリヴィーアサンに片手で止められてしまう。
「悪いけど、名前聴くのは目が覚めてからになるわね」
そう言うと彼女は訪問者の女性を衝撃波で吹き飛ばした。
さらに間髪入れずにリヴィーアサンは
女性の身体へ黒い炎を纏わせる。
「着てる物を脱がないと燃やし尽くしちゃうわよ」
慌てて服を脱ぎ始める女性。
まるでリヴィーアサンに弄ばれている。
彼女は全裸になった時に思わずうずくまってしまった。
「くっ・・・まだ終わってないの」
「当然よ。トドメを差してない」
女性はその言葉の後で首筋に手刀を入れられる。
あっさりとそれで女性は気絶してしまった。
「さて、二人とも。この子をウチに運びましょうか」
「なっ・・・放り出しておけば良いじゃないですかっ」
そんな風にクランベリーが反論する。
だが結局はしぶしぶとその女性を家へと運んでいった。
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セイリア・霧の谷
家に運ばれた女性はややあって意識を取り戻す。
「うぅ・・・ここはどこなの?」
すぐに自分が全裸だと気付き、
かけられていた毛布を深く被った。
彼女の目の前にはリヴィーアサン達が居る。
一瞬、彼女はこれから殺されるのだと覚悟した。
だが次の瞬間にリヴィーアサンは女性に言う。
「さぁ、じゃあ名乗って頂戴。
あなたの名前はなんて言うの?」
「え・・・わ、私は・・・カシス」
「カシスか、良い名前ね。しばらくここで暮らさない?」
その言葉にはその場の全員が疑問を抱いた。
一度は闘った者と同じ家で暮らすなど狂っている。
しかしそれはリヴィーアサンが、
自らの力に自信があるから出来る事だ。
それにカシスの目が孤独だからでもあった。
「・・・私はルージュだ。よろしくな、カシス」
先んじて声をかけたのはルージュだった。
重苦しい雰囲気を払拭する様につとめて明るい声を出す。
「ルージュ・・・私、カシス」
「私はクランベリー。一応、認めてあげるわ」
「クリアはクリアだよ。仲良くしよ〜ね」
そんな風に彼女たちは自己紹介を始め、
あっという間に打ち解ける。
それからは彼女たちにとって至福の時間だった。
ただの家族ごっこであるのかも知れない。
だがそれも悪魔に家族という概念がない以上、
本物であると呼べる物ではあった。
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セイリア・霧の谷
場所は小屋の中にある源泉。
リヴィーアサンが手を加え温泉にしていた場所だった。
5人はいつもそこで一日の疲れを癒す。
特に問題が無い限り5人はいつも一緒に風呂に入っていた。
そこで不意にリヴィーアサンにクランベリーが言う。
「こういうのって、家族っぽいですよね」
「そうね・・・ルージュはどう思う?」
「前にも言ったけど、皆・・・私は家族だと思ってる」
そう言うとやはり前の様に、
ルージュはリヴィーアサンに抱きつかれた。
だがそのついでに胸を揉まれてルージュは赤面する。
「ルージュも成長したわね〜」
「なっなっ・・・何て事を・・・」
「る〜じゅる〜じゅ〜、クリアも〜」
ばしゃばしゃとお湯を掻き分けながら、
クリアもルージュの胸を触ろうと抱きついてきた。
それに加勢する様にクランベリーやカシスも飛びついていく。
「や、やめろぉっ」
「いいじゃない、減るモンでも無し」
クランベリーはそんな風に楽観的に告げると、
ふにふにと胸の感触を確かめていた。
カシスは興味深そうにこねくり回す。
「ふあっ・・・い、いい加減にしろっ」
水を叩きつける様にして怒りを表現するルージュ。
さすがにやりすぎだと思ったのか三人はにこにこ笑っていた。
リヴィーアサンもくすっと吹き出してしまう。
「でも今、ルージュちょっと感じてたわね」
「そ、そんな事はないっ」
「ルージュは意外と可愛い所があるの。
男受けする可愛さなの」
「変な事を言うな・・・」
そう言うとカシスは視線を上へと昇らせた。
そしてとても細く、不思議な声で彼女は言う。
「こんな感じは初めてなの。家族・・・って、温かいの」
「温泉に浸かっているからじゃないのか?」
思わずルージュはそんな風にはぐらかそうとする。
だがカシスはそんなルージュを見てニコニコするだけだった。
ルージュはどう反応するか迷ったあげく、
精一杯笑い返そうと努力する。
しかしそれを見たクランベリーが苦笑した。
「ちょっとルージュ、何よその馬鹿面」
「ば、馬鹿面だとっ?」
「わ〜いルージュが馬鹿面〜」
クリアがばしゃばしゃと湯をルージュにかける。
「おぁ、止めろクリアッ」
少しするとお湯の掛け合いになるルージュ達。
リヴィーアサンとカシスはそれを微笑みながら見つめていた。
ふいに隣のカシスにリヴィーアサンは訪ねる。
「カシス、この生活は楽しい?」
「・・・楽しい。けどねリヴィ様、私怖いの。
楽しい事はすぐ過ぎ去って
また独りぼっちになる様な気がするの」
「さあ・・・或いはそうなるかもしれないわ。
でもねカシス、離れていても私達は家族よ。
それを忘れずにいればまた一緒に暮らせる」
「リヴィ様・・・」
「なんてね、仮定の上の仮定の話なんて止めましょ。
今私達は一緒にいる。それでいいじゃない」
「うん。こういうの・・・ずっと続いて欲しい」
「そう・・・ね。続くわよ、きっと」
カシスは言葉を詰まらせるリヴィーアサンを
少し不思議に思ったが気には留めなかった。
或いはその時から少しずつ何かが変わっていた事。
それをカシスは認めたくなかっただけなのかもしれない。
その日からしばらくしてリヴィーアサンは居なくなった。
原因はルージュと軽く揉めた事にある。
どうしてもアルカデイアの事を忘れられないルージュ。
彼女を見かねたリヴィーアサンが、
ルシファーに天使との戦争を進言しに行ったのだ。
それから少ししてルージュは追われる事になる。
彼女が天使だという事が知れ渡ってしまったからだ。
本当なら彼女が天使だと知れても、
悪魔がそう簡単に手を出したりは出来ない。
なぜならリヴィーアサンという守護者がいたからだ。
彼女が居ない以上、ルージュを守る物は何もない。
そうやって彼女はインフィニティを出る事を決意した。
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インフィニティ第一階層・コーサディア
「どうしても行くの?」
「ああ・・・済まない、みんな」
「私達はあなたが何者だって構わないのよ・・・」
そんな風に言うクランベリー。
ルージュと一番古い知り合いは彼女だった。
故にルージュの事を一番知っている。
細かいクセや、好みもだ。
それに一度決めた事は絶対に曲げないという事も知っている。
そして三人と抱きあうとルージュは言った。
「解ってる・・・ありがとう」
「気を付けてね、ルージュ」
ルージュがインフィニティを去った後、
三人はお互い別々の道を行く事に決める。
ルージュの事が切欠でもあった。
だが彼女らはリヴィーアサンの失踪で決心していた。
リヴィーアサンが彼女たちの前に帰ってきた時、
再び家族として共に暮らそう、と。
一方ルージュは出口へと死に物狂いで走っていく。
そこを守る悪魔達と闘いながら進んでいた。
なんとか彼女はそうして現象世界に辿り着く。
しかしそう思ったのもつかの間。
彼女の精神体はいつの間にかエリュシオンへと運ばれていた。
そこでルージュは神と出会う。
「お前はインフィニティでの罪を償ってはいない」
「・・・罰を受ける覚悟は出来ています」
「ならば悪魔を滅するのだ。全ての悪魔を根絶やしにせよ。
その為に、現象世界にて悪魔と闘う権限をお前に与えよう。
つまり魂の裁定者としての権力を授けるという事だ」
「はい。ありがとうございます」
「天使として生きるのなら、悪魔は倒すべき物。
それ以外の情を施してはならない」
「はい」
「滅した悪魔の数だけ、お前の忠誠を私は認めるだろう。
そしてお前は今日からイヴと名乗るが良い」
「そ・・・それは・・・」
「過去の名は汚れ名。忌むべき者より授かった名だ。
イヴとはお前が新しく生まれ変わる迄の仮の名。
我が使命を達するまでのコードネームとして使うのだ。
その時、私は真にお前を認める事だろう」
「・・・はい」
神が存在した。
その事実にまずルージュは驚く。
だがそれよりもその存在感と安心感に包まれていた。
自分にとって神が至上であるという、
確固たる意志が沸き上がってくる。
或いは、それは正式な天使になりたいという
想いからなのかも知れない。
とにかくルージュはその時点から神に仕える存在となった。
まるで細かな理由などは存在しない。
ただそこにある奇跡。
神という存在。
それだけで彼女は涙すらこぼしていた。
今まで神の存在を本気で信じた事などルージュはない。
そんな過去も神の前では無駄だ。
その日から神は罪深きルージュのただ一つの拠り所となる。
そしてイヴという名を捨てる、
つまり神に認められる日までイヴは闘う事になった。
遠く懐かしいリヴィーアサン達との日々は心に残っている。
しかしそれでもイヴは、
惑いや畏れを抱くわけにはいかないのだ。
常に彼女は闘う事で生きてきたのだから。
闘いを止めた時、彼女は生きるのを止める。
それがイヴという女性の生き方なのだ。
だから今はただ、何かを目指して闘い続ける。
そうして彼女はルージュからイヴに生まれ変わった。