私達が暮らしている世界の裏側。
漂う様にして生きている私達とそれの境界。
確率の上では凄く小さな接点だけれど、
出会う場合に確率は関係なかったりする。
いつしかそれが必然だとさえ思ってしまうからだ。
私達が出している感情の裏側。
そう、一皮むいてしまえば皆一様に耐え難く醜い。
人を馬鹿に出来るのは自分にそんな部分があるからだ。
自分の本質を嘘で塗りたくったから、
そうしていない者に対して糾弾できる。
けれど本来はその境界なんて曖昧なものだ。
だからこそ、時に人は予想外の行動を起こしたりする。
他人に理解できない自分の為だけの価値観による行動を。
常に一定幅を超えようとしない知識達。
知りすぎてしまった者へは目を塞ごうとする。
不健康。それに理不尽。
私達は私達の為の勉強をするべきなのに。
一握りの『必要』はそのまま握り潰されていた。
だからいつしか私はそれを解こうと乗り出していた。
けれど東京の人は冷たくて怖い。
知り合い以外とは口を利いては行けないと、
ママに言われているに違いないのだ。
外国や大阪から来る人はそれを不思議に思うらしい。
当たり前だ。私もそう思う。
この都市に住む人間は少しずつ蝕まれているのだ。
消費税の様に、日に日に根本からすり替わっていく。
それで気付くと自分ごと違う冷たい何かに変わってる。
まあ、皆けっこうその点でフランクなんだ。
変わってしまうまでは変わるなんて思わない。
でも私は違った。
変えられてしまう前に確立したい。
誰とも違うパーソナリティを獲得するんだ。
というわけで夏休みも半ば。
二年生としての生活が後半に差し掛かる夏。
多少急がないとそのアヴァンチュールは終わってしまう。
やるなら今しかなかった。
コンビニで買い物をしながらこんなコトを考えるのは、
とりあえず私以外にはまず居ないだろう。
おお・・・それは個性的。
辺りの人達は私の事なんて気にも留めてなかった。
そりゃあ私は芸能人じゃないし。
注目を浴びないのは当たり前。
ここはゲゼルシャフト、ゲゼルシャフト。
それよりも何をしにきたのか。
私はそれをおさらいしてやろうじゃないか。
つまりは握りつぶされた知識を得る為だ。
男女平等の真価を問う意味もある。
今こそは女性天下の日本だと示してやるんだ。
いつも通販で買ってばかりじゃ情けなさ過ぎる。
深夜のコンビニ。幾つかの停まってる原付。
ついでにジュースを買ってる似非ヤンキー。
紛れる条件としては申し分ないじゃない。
目の前に男性は一人。女性が一人。
全然問題はない。
後は行動力、瞬発力、積極性。
手を伸ばすだけ。
求めるんだ、さすれば得る事は出来る。
そうやって私は本を手に取った。
漸く、だ。
こんな単純動作の為に私は手間取っている。
幸先が悪すぎた。
これじゃいつになったらレジへ行けるのだろう。
なんでこんなコトに精神を削ってるのだろう。
馬鹿馬鹿しい。
さっさと買って仕舞えばいい。
自分の家でゆっくり読めばいいじゃないか。
わざわざ遠くのコンビニまで来てこのざまは何?
それとも仮定が必要なの?
よし、知り合いがこの雑誌に出ている事にしよう。
・・・駄目だ。
私まで同類だと思われかねない。
彼氏との罰ゲームで、という手もあるわ。
でも彼氏居ないし・・・それ以前に女性が弱いのは嫌だ。
勉強の為。
嗚呼、一番それが矛盾と愚鈍さを物語りそう。
最善であると考えられる手段は一つあった。
手前にある女性誌と一緒に買う。
それによってカムフラージュ効果が生まれる事請け合いだ。
ただ店員の目は誤魔化せない。
よりによってレジには男女一人ずつが立っていた。
しかも両方とも歳が近い。
下手すると後をひきそうで怖かった。
「あの子、あんな顔してあんな本買ってったぜ・・・」
「しかも女性誌の間に隠す様に入れてんのね。
マジでウケるんだけど〜」
勘弁こうむりたい会話。
私の居ない所でもそんな会話は生まれて欲しくない。
むしろ度胸がある所をアピールして、
見える様にこの本を出すっていう手もあった。
店員の圧力に負けないという意思表示代わりだ。
でも私にそんなグレートな一面はない。
最終手段として、盗んでしまうという手もあるなぁ。
ただもしも捕まったら末代の恥になるのは必至だ。
私一人の為に末代までの名を汚すわけにはいかない。
やはり堂々と?
いや・・・こそこそと?
解らない。葛藤。苦悩。
末に私は答えを絞る事にした。
よし。買おう。
そこで私は声を聴いた。
「ねぇ、何してるの?」
「・・・ひっ!?」
喉がつり上がっていきそうな声が出る。
そんな声が私に出せたのがまず驚きだった。
私を呼んだ声の主が隣の女性である事も驚きだ。
なるべく平静なフリをして彼女に答える。
「そんなコトを答える必要が・・・」
「女の人の裸、見ててもつまんないよ?」
くすくす。くすくす。
そんな嘲笑の声が聞こえてきそうな気がした。
その子、多分中学か高校生くらいの子。
まあどちらでも構わない。
とにかく私はその子の手を取ると、
一目散にコンビニを出て走っていった。
全速力で数百mダッシュ。
運動部じゃない私にしてみればかなりの運動量だった。
しばらくすると私は馬鹿馬鹿しくなって走るのを止める。
走った意味が解らなくなったのが一つ。
なぜ彼女を連れてきたのかが二つ目。
その少女はつぶらな瞳で私を見つめていた。
どこか子供を連想させる様な瞳。
でも容貌はどう見ても10代半ばだ。
不思議な子・・・。
私と同い年くらいに見えるのに、
凄く子供の様にも感じる。
まだ一言二言しか話してないのに私はそう思っていた。
とかくそれほど感想の付けやすい少女なのだろう。
その容貌と相まって素敵な女の子に見えるし。
多分、私とは比べるだけ惨めだからやめておいた。
無論ながら私が惨めになるのだろうが。
「あ〜あ。御飯食べようと思ってたのに。
それにその本勝手に持って来ちゃったね。
駄目なんだよ、お店のもの勝手に持って来ちゃ」
「・・・ホントだ。何時の間に持ってきたんだろ」
選択肢の一つとして窃盗は考慮していた。
けれど私が一番やらないであろうという選択肢でもあった。
罪悪感が少しある。
かといって戻って返すわけにもいかない。
今夜は冴え渡る十六夜の月。
少し経つとそれを眺める余裕さえ生まれて来ていた。
この本の事は思わぬ天慮があったと思う事にしよう。
私達は近くの公園へと向かうとそこのベンチへと座った。
そう・・・どれくらい座っていたのだろう。
「ねぇ、何か話してくれないとつまんない」
娯楽を私に望まれても困るなぁ・・・。
日本人が映画で小さな奇跡しか起こせないのと同じ。
私が面白い事を言うのは無理なのだ。
そんな時。
彼女が急にベンチから立ちあがる。
同時に前方の暗がりから足音がした。
何かが歩いてくる。
人・・・それは当たり前だ。
けれど自然と鳥肌が立ってしまう。
それは黒いローブで身を包んだ男の人だった。
右目には黒い眼帯をしている。
男性は歩きながらその眼帯を外した。
私達に何か用なのだろうか・・・。
それとも不審者?
彼は明らかに私達へと目線を向けると、
当たり前の事だが・・・唇を動かして喋り始めた。
「警告は済んでいたな。もう、お前に生きる道はない」
「ふ〜ん。私を殺す気なんだ」
華月が彼に対してそう答える。
お互いにはっきりと物凄い事を言っていた。
なんか殺すとか、生かさないとか。
「あなた達一体・・・」
次の瞬間に二人の姿がお互いめがけて走り出す。
彼女の手から何かが見えた。
長細い・・・棒?
今までそんな物手に持ってなかったのに、どうして?
生み出したとでもいうのだろうか。
それはそのまま男性の右肩から左脇にかけて、
なんの迷いもない太刀筋で振り下ろされる。
だけど目の前には異常な光景があった。
確かに彼女は男性にそれを振り下ろしてるはず。
でもまるですり抜けた様にさえ見えた。
質のいい殺陣でも見せられた様に感じてしまう。
そして男は彼女が振り返る前に先に彼女へと振り返った。
「これが神の裁定だ」
直後、何故か巨大な光が二人を包んだ。
あまりの光の強さに私は少しの間目を閉じてしまう。
すると目を開けた時に女の子は私の側で膝をついていた。
頭から血を流し、右の腕はぶらんと垂れ下がっている。
衣服もぼろぼろになって肌が露出されていた。
それはあまりにも艶やかだったが、
先に痛々しい血と傷痕が目に入る。
右腕の方は肉が見えるほどの酷い怪我だった。
「痛い、なぁ・・・絶対許さない」
私は彼女にかける言葉が見あたらない。
近づく事さえもはばかられた。
そんな彼女へとゆっくり男が近寄る。
それは何処か斬首人の様に私の目に映った。
何故か解らないけど、このままだと彼女は殺される。
止めなきゃ・・・。
けど私に何が出来る?
程なくして男の目が光った時だった。
「駄目っ・・・!」
私はきっと愚かな人間だと思う。
見ず知らずの女の子。
彼女の為に可愛い自分の身を投げ出そうというのだから。
反射的なものだった。
頭が損得勘定を始めるより先に身体が動いていた。
女の子の前に立って両手を広げる。
出来るだけその女の子が傷つかない様に。
すると目の前が光って、唐突に激しい痛みが襲った。
感覚があっと言う間に朦朧としていく。
解ったのは私がその場で倒れてしまったと言う事だ。
「なんだと・・・!?」
「具現した力が効かないなら・・・これならどうかな」
女の子の左腕が真っ直ぐに伸びる。
手の先からはナイフの様な物が飛んでいた。
風切り音がしてそれは真っ直ぐに男へ向かっていく。
「ぐっ・・・!」
「利き腕じゃないから失敗しちゃった」
どうやら彼の右肩口辺りにそれは刺さったらしい。
うめき声を上げると、男は刺さったナイフを抜いた。
「ちっ、油断した・・・」
彼女を殺す予定を見送ったのだろうか。
男性はゆっくりと何処かへと去っていく。
その代償と言うべきか・・・私の身体は凄く冷たかった。
地面にキスしているというのもある。
けど血が流れすぎたというのが一番大きな要因だった。
手の平を見てみると赤い色で塗りたくられてる。
質が悪い冗談の様な色。
ベトベトして地面の砂や小石がくっついていた。
「はぁ、疲れたし痛いなぁ。まあいいや。
じゃあね、女の人。さっきはありがとう」
「え・・・ちょ、ちょっ・・・ゴフッ・・・!」
声と共に口から大量の血が流れていく。
女の子はもう私に目もくれず歩こうとしていた。
これって助け損じゃないか。
普通なら救急車を呼ぶなりしてくれるはずだ。
それなのに・・・。
私は助けた子に見捨てられて、死ぬの?
悔しくて涙が出そうになる。
目の前はもう認識できないほどに暗かった。
ああ・・・こんな馬鹿な死に方するなんて・・・。
そんな時、浮浪者らしき男性が
私を見下ろしてるのが見えた。
まさか死姦・・・って、死ぬ前にそんな事考えるのは嫌・・・。
「華月さん、この人放っていくんですかい?」
「うん。お礼は言ったよ」
「・・・このままじゃ死にますぜ。
体組織の損傷が著しい。出血もおびただしい」
「へぇ・・・それは可哀相。じゃ、私もう行くね」
「まだお互いに得する方法があるんですが・・・」
「なにそれ?」
薄れる意識の向こう。
不思議な事に私は快感という物を感じていた。
それも甘美で下世話な快感。
体中が痺れて動けなくなるほどの快感。
死ぬっていう事はこんなに心地良い事なのだろうか?
これだったら・・・死ぬのも悪くないなぁ・・・。
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