彼女の瞳に映る世界はいつも何処か寂しい。
いつも隣にいた人の存在が空白で、寂しい。
あの頃、何気なく抱きついていた腕が今は恋しい。
今更どうする事も出来はしなかった。
彼の隣はもう違う誰かが埋めてしまっているのだから。
涙を零せるほど明確な何かはすでに残っていなかった。
それでも恋しさは日々募っていく。
同室の汐原ゆみなに彼女が質問した事があった。
好きな人が出来たらどうすればいいのか、と。
ゆみなは少し考えてから口を開く。
「私なら・・・そうだな、目で追うだけじゃ駄目。
少しずつでもその人との距離を縮めようと努力する」
恋愛において努力するという事は実に難しい。
ただ頑張ればいいというものでもないからだ。
前向きなゆみなの考えは羨ましくても、
彼女にとっては実行できる類のものではない。
なにしろ彼女にとって男性は未知の存在だ。
だから、意識してしまえば自分から話すことも出来ない。
特に相手は一度、彼女が自分から突き放してしまった人だ。
どうしても自然に話すことなんて出来はしない。
(笑顔、最近下手になったなあ・・・)
鏡の前で笑う自分を見て、彼女は余計寂しさを感じた。
部屋には午後の気だるい空気が流れている。
このままだと眠くなってきそうで、彼女は外へと出かけた。
日差しは温かく心地よい気温を作り出している。
学園中央にあるエントランスへと足を運ぶと、
生徒達がスポーツをして遊んだり話をしたりしていた。
ベンチに腰掛けて彼女は辺りを見回してみる。
何かを考えるわけではなく、ぼんやりとしていた。
すると遠くから見知った人影が近づいてくる。
同じ学園なのだから出会うのはおかしくなかった。
会いたかったハズなのに、実際顔を見れば慌ててしまう。
(えと、えとぉ・・・何か話さなくちゃ。久しぶりだね、とか。
髪型とか変じゃないかなあ? 寝癖直したよねぇ〜?
あわあぁ〜っ! もう近くに来ちゃうよぉ〜・・・)
相手も彼女に気付いたようで、少し表情が硬くなった。
頑張って造ったような笑顔を浮かべて彼は手を振る。
「久しぶり、だね」
「うん」
にっこりと笑って一言。
出てきたのは全然、らしくない言動だった。
普段よりもずっと落ち着いているように見える。
どうにか彼女は何かを言おうとするのだが、
大した言葉が浮かんでこなかった。
考えれば考えるほど何も言えず黙り込んでしまう。
多少の沈黙が二人に訪れた。
それを破ったのは走って彼に飛びついた女性だった。
「凪、何してるの?」
「ん・・・紅音と話してたんだよ」
女性はちらっと紅音のほうを流し見る。
何処かそれは馬鹿にしたような目だ。
紅音の方も女性に対して少しむっとした顔をする。
あまり人を嫌った事が無い紅音だが、
その女性だけはどうしても好きになれなかった。
多分、理由は自己嫌悪するようなものだろう。
(私・・・この女の人に嫉妬してる)
その女性が凪の腕に手を回すのが嫌だった。
恋人のように振舞っているのも嫌。
「凪、あっちの方に行こう、なの」
「えっ? ああ、うん。じゃあ・・・紅音、ごめんね」
苦笑いを浮かべて凪はまた軽く手を振る。
紅音はにこりと笑顔で頷いた。
本当なら行かないでほしいと言いたい。
けれど紅音は自分にその資格が無いと思っていた。
例え凪がその女性と何をしていても、
咎める資格は無いと思っている。
だから黙って紅音は頷いた。
それでも去っていく二人を見ていると、
寂しさで胸が押し潰されそうになる。
(もう、手を伸ばしても届かないのかなあ・・・)
こんな気持ちは嫌だ。何度もそう思う。
思うのだが、すっぱりと切る事は出来ない。
まだ心の中には凪が息づいているのだから。
遠ざかる紅音の姿を見る事も出来なかった。
振り返れば、凪は彼女の元へ走りたくなってしまうから。
会うたびに自分の思いを再確認してしまう。
それは苦痛であり喜びでもあった。
上手く気持ちを隠しているつもりなのだろう。
だが彼の感情はカシスからすれば手にとるように解った。
凪は、まだ紅音の事を想っている。
どれだけの時間を過ごしたのだろう。
どれだけ身体を重ねたのだろう。
幾ら抱き合っても、紅音の影がちらつく。
カシスはいつしかそれが許せなくなっていた。
過去であるはずの紅音。
たった一度、僅かな間だけ関係を結んだ相手。
それなのに凪の心には彼女がいる。
悔しくて仕方が無かった。
自分より紅音を見ているなんて許せない。
「凪、私は・・・ココにいるの」
「え?」
「・・・なんでもないの」
態度を見ていればすぐに解る事だ。
凪が紅音を見る時の瞳。
それは明らかにカシスを見るものと違う。
離すまいとするように彼女は凪の腕を強く掴んだ。
(誰にも渡したくない。凪は・・・私のなの)
しばらく紅音はベンチで何も考えずに座り続ける。
先程見た二人の姿を思い出しては、
胸の奥が締め付けられた。
きゅうきゅうと心が痛む。
ため息でそれを少し和らげようとした。
そんな紅音の元に、女性が歩いてくる。
いつも凪と一緒にいる女性だ。
立ち上がって紅音は彼女に話し掛けようとする。
だが彼女の雰囲気が話し掛ける事をためらわせた。
「・・・あんたに一つだけ言っておく事があるの」
彼女は紅音の事を鋭い目つきで睨む。
唐突ながらその雰囲気に紅音はびくっとした。
「え、あ、あの・・・?」
「私は凪と付き合ってる。誰よりも凪と深い関係なの」
その口から飛び出した言葉に紅音は固まってしまう。
意味を理解した途端に胃がキリキリと痛み出した。
身体中から嫌な汗がぶわっと噴出してくる。
喉がからからに渇いて上手く言葉が出てこなかった。
「そ、それ・・・ホント、ですか?」
「当たり前なの。だから、凪に関わらないで欲しいの」
「そんな、そんな言い方って・・・」
紅音は反論しようとして思い出してしまう。
自分が凪の手を離した時の事を。
男だと解った凪を受け入れなかった時の事を。
言葉に詰まって紅音は黙ってしまった。
「これ以上、凪に辛い思いをさせないで欲しいの」
悲しそうな紅音の表情にカシスは、
はっとして顔を背けてしまう。
彼女にリヴィーアサンの面影を見たからだ。
それでようやく自分がしている事の醜さに気付き始める。
俯いて黙っている紅音にカシスは言った。
「そ、そういう事だから。それじゃ、なの」
視点が上手くまとまらない。
体勢を崩すように紅音はベンチに座りこんだ。
手や身体が震えている。
言われた事の重みで紅音は潰れてしまいそうだった。
何処かでまだ自分は凪と繋がっている。
凪はまだ自分の事を大切に思ってくれている。
そう信じる事で今まで笑ってこれた。
全てはカシスの一言で崩れていく。
憑かれたように無表情のままで彼女は立ち上がった。
(帰ろう・・・)
頭の中はぐちゃぐちゃで、何も上手く考えられない。
それなのに心臓の鼓動は妙に焦っていた。
「紅音先輩?」
維月が走って近づいてくる。
ぼうっとしたままで生気の無い紅音の姿は、
彼女の目には一際異常に映った。
その姿はいつも維月が見ているものと余りにも違う。
少し息を切らせながら彼女は紅音の隣へやってきた。
「どうしたんですか、様子が変ですよ」
「私・・・凪ちゃんとはもう仲良くなれないのかな。
あの時、私はこうなる事を望んだんじゃなかったのに・・・
ただ今まで通りに凪ちゃんの傍にいたかった。
それだけだよ? それだけ・・・なのに」
言葉に合わせてにわか雨の様な涙が目元に浮かぶ。
過ぎ去れば悲しさだけが残る凪との思い出。
楽しかった過去の記憶に縋りつく紅音には、
どうしても現実が寂しく映っていた。
人と別れる度にそうやって悲しんでいたわけではない。
やはり、凪だからなのだ。
数多い出会い別れの中でやはり凪との決別は、
紅音にとって重大な出来事と言える。
「・・・あの人が原因なんですね」
真剣な顔つきでぼそっと維月は呟いた。
声が小さくて何を言っているのか聞こえないので、
顔を上げて紅音は維月の方を見る。
その時、すでに維月は後ろを向いて歩き出していた。
部屋に帰ってくると凪はベッドに腰掛ける。
頭に過ぎるのは紅音の事ばかりだ。
(忘れるにはまだ、時間がかかるな)
そう考えてため息を一つ、ゆっくりと吐き出す。
煙草っていうのはこんな時に吸うものなのだろうか。
何の気なしに凪はそんな事を考えた。
とはいえ凪が煙草を吸いたいと思った事は無い。
身体に害があるわけだし、20歳未満だからだ。
周りの人間にその考えを強要しようとは思わないが、
意外と凪はそういう所で厳しい考えを持っている。
だから正しいと思ったルールはちゃんと守っていた。
それが女としての凪を知性的に見せるのかもしれない。
目を閉じてベッドに寝転がってみた。
この嘘だらけの生活にピリオドを打つ日は来るのだろうか。
今でも時々、凪はその事を考えて苦悩する。
本当の事を隠したままで卒業していいのか?
不毛な自問だと解っていた。
皆に真実を告げられるほど凪は強くない。
もうこれ以上、誰かに軽蔑されるのは耐えられなかった。
(紫齊はそういうトコ真面目な奴だからな。
下手すると変態呼ばわりされてひっぱたかれそうだ。
ううん、紫齊だけじゃないだろう。
きっと皆が俺の事・・・なんか嫌だな、そういうの)
自嘲気味に凪は一人笑みを浮かべる。
横向きになると彼はふかふかの敷布団に身体を預けた。
ずしり、と沈む感覚が少し心地よい。
そうして凪がぼうっと布団に横になっていると、
コンコンと彼の部屋にドアのノック音が響いた。
一瞬だけカシスかとも考える。
しかし彼女ならば勝手に入ってくるはずだ。
凪は立ち上がってドアの前へと歩いていく。
「どちら様ですか?」
「音古です」
「えっ・・・」
珍しい訪問者に凪は少し戸惑った。
前々から維月とはそれほど親しくしていない。
それどころか避けられている節さえあった。
とりあえずドアを開けてみると、
真面目な顔つきをした維月の姿がある。
「高天原先輩に用があるんです」
彼女はどこか怒ったような顔で凪にそう言った。
その表情に気圧されながら凪は笑顔を浮かべる。
「じゃあ、中に入る?」
「はい。ここでは人に聞かれるかもしれませんから」
維月を迎え入れると凪はバタン、とドアを閉めた。
それから二人はテーブルに向かい合って座る。
重苦しい雰囲気が部屋に流れ始めていた。
無論、それを作り出しているのは維月だ。
決心したように息を大きく吸うと、
しっかりと凪の顔を見て彼女は口を開く。
「本当なら私が口を出す事じゃないと思うんです。
高天原先輩と紅音先輩の問題でしょうから。
けど、どうしても紅音先輩の為に黙ってはいられません」
「・・・紅音が、どうかしたの?」
きょとんとした顔で凪はそう返した。
すると維月はキッと厳しい視線を凪に向ける。
明らかに彼女は凪に対して怒っていた。
「紅音先輩は貴方を見て、凄く辛そうにするんですっ・・・!」
「私を見て紅音が、辛そうに・・・してる?」
「これ以上あの人を傷つけるような事をしないで下さい!
そうじゃなきゃ・・・紅音先輩には、
もう二度と近づかないで下さい」
カシスが夕方になって部屋に帰って来ると、
部屋の電気がついていなかった。
すでに凪は帰ってきているはず。
そう考えながら電灯のスイッチを入れる。
「なぎ?」
ベッドに腰掛けて凪は俯いていた。
どこか表情は暗く、カシスが帰ってきても反応しない。
何の気なしに彼女は凪の隣に座った。
「まったく、部屋の電気くらい付けとけ、なの」
上着を床に脱ぎ散らかしてカシスは凪の顔を覗き込む。
二人の視点が合った。
思わずカシスは表情を固まらせてしまう。
凪の顔が今にも泣き出しそうな程に悲しげだったからだ。
瞳に力は無く、虚ろにカシスの事を見つめている。
かと思うと急に凪は彼女をベッドに押し倒した。
「きゃあっ? な、いきなりなんなの?」
凪はカシスの両手を押さえつけて上に圧し掛かる。
そのまま不意打ちのようにキスをした。
「んふっ・・・ちょ、な、凪っ」
首筋へと唇を移動させると、
両手でカシスの服を脱がせ始める。
突然すぎる行為にカシスは困惑した。
だがそれは途中で止まってしまう。
カシスの胸に顔を埋めたまま、凪は動かなくなった。
「・・・一体、どうしたの?」
「紅音にとって俺は辛い過去でしかないのかな。
ならいっそ・・・もう二度と、関わらない方がいいのかな」
ズキン。
鈍い痛みがカシスの胸で疼きだす。
凪が紅音の話題を出す度、その痛みは彼女を襲っていた。
ここまではっきりと痛むのは凪の気持ち故なのか。
その痛みを堪え、カシスは彼の頭を両腕で抱きしめた。
「まったく、凪は私の存在をすっかり忘れてるみたいなの。
紅音が居なくても私はちゃんとココにいるの」
「カシス・・・そっか。そういう約束だもんな」
抱きしめられたまま凪は彼女の温もりを感じる。
恋人というには、いささか距離のある温かさだ。
それでも今の凪にはそれが心地いい。
自分を受け止めてくれる温かさが、何より嬉しかった。
「そうなの。ちゃんと紅音の事、忘れさせてあげるの」
口にしてみてカシスは違和感を抱く。
彼女の言葉はそういったものから来たわけではなかった。
自分がココにいるという事。
紅音ではなく、自分を見て欲しいという事。
うっすらとではあるが、カシスはそんな風に思っていた。
「あれ、この傷・・・あの時の」
凪は脱がしかけた服の隙間から見えた肌に目をやる。
そこには吸血鬼の島で彼女が戦った際についた、
痛ましい傷跡がしっかりと残っていた。
「見、見ちゃ駄目なのっ」
慌てて服を着なおそうとするカシス。
その仕草は少し不自然なものだった。
「見ちゃまずかったのか?」
「当たり前なの。女の子にとって、
こういうのは見られたくないものなの」
恥ずかしそうにカシスは傷口を隠そうとする。
その仕草が可愛く見えて、凪はカシスの手を止めた。
「別に隠す必要なんて無いよ。
それは俺を守ろうとして出来た傷なんだから」
「うっ・・・で、でも・・・ひゃうっ?」
ちろっと凪はカシスのわき腹の傷に舌を這わせる。
それは痛みと快感がない交ぜになった変な感覚だった。
「俺の所為でこんなに傷ついたんだよな。
カシス・・・本当に、ごめん」
「あ、ふあっ・・・」
わき腹から太腿の傷へと舌を動かしていく。
止めさせようとカシスは手を伸ばしてみるが、
なんだか力が入らなくて断念した。
スカートを脱がせ、柔らかな太腿に口付ける。
艶のある肌色は少し赤みを帯びていた。
傷口が開かないよう優しく口唇で跡をなぞっていく。
「んうぅっ、じんじん・・・するの」
凪は下着の上から割れ目に沿って指を滑らせた。
指には僅かだがベタついた感覚がある。
「・・・凪の付けた傷はそこにあるの」
「ふふ、確かに」
下着をするすると下ろして凪は指を陰唇へ入れた。
指はつぷつぷと中へ沈んでいく。
内側を傷つけないようにそっと指を奥へと侵入させた。
同時に陰核を唇で軽く挟みこむ。
「あっ・・・! ひうぅっ」
ゆっくりと凪は指を動かしながら、舌で突起を転がした。
こういうのもなんだか慣れてきたなあ、
と考えながら凪は愛撫を続ける。
愛液は瞬く間に指を濡らし始めていた。
(俺は、カシスを好きになってるのかな)
ふと何気なく。
こんな行為の最中に凪はそんな疑問を抱く。
(でも紅音に抱く気持ちとは何か違う。
この感情は、切迫してなくて・・・なんか、心地いい)
不思議な感情が凪の心に流れていた。
言葉では上手く定義づけられない。
それが異性としてカシスを求める感情なのかも、
いまいち凪には解らなかった。
激しいわけでもなく、焦がれるようなものでもなく。
ただ、寄り添われているような感覚。
頃合を見て凪は男根を秘唇に挿入した。
「凪、抱きしめて・・・ほしいの」
濡れた瞳でカシスは恥ずかしそうに呟く。
それを断れるはずが無かった。
一つになったままで凪は両手を彼女の背中へと持っていく。
「それじゃ、動くよ」
「待って。もう少し、このままがいいの」
ぎゅっとカシスは腕を回して凪を抱きしめた。
彼女の表情は寂しそうにも、真面目だけにも見える。
何か言おうとしたがそんな表情を見た凪は言葉を失った。
黙ったままの彼にカシスは悪戯っぽく軽いキスをする。
ちゅ、という擬音が聞こえそうな程柔らかく優しいキスだ。
凪は薄く微笑むと腰を動かし始める。
――――何処か噛み合わない二人の夜は、
始まったばかりのようで、
終わりへ向かっているようでもあった。
辺りが夜に包まれた頃。
一人の少年が寂れた廃工場へと入っていく。
すでに使われなくなって久しいその場所には、
彼が眠りを得る為の粗末なベッドが置かれていた。
埃だらけで薄汚れたそのベッドに寝転がる少年。
隣には両腕と両足の腱を斬られた女性が横たわっている。
その顔は苦痛と恐怖で醜く歪んでいた。
「ん〜。パラダイム・シフトかあ・・・。
暇なんだよねえ、それまでの時間がさ。
そうだ。ルシードで遊ぼうかな?
殺さなければ何したっていいよねえ・・・ふふっ」
むくっと起き上がると少年は隣の女性を眺める。
彼女は裸体で身動きも取れずにいた。
また、手足には血の跡がこびり付いている。
手足の腱を斬られた際のものだろう。
それを見て少年はくすくすと笑った。
「君さあ・・・ボクが怖いのかい?」
「うあ、ああっ・・・そ、んな事・・・ない、です」
精一杯に女性は言葉を紡いでいく。
少年の一挙一動に女性はびくびくしていた。
下手な事を言えば殺されるかもしれない。
そう考えれば正直に怖いとは言えなかった。
「可哀相だよねぇ、感情を持つ生物って奴は。
それさえなければ怖い事も無いし、争う事も無い。
暇だなあって感じる事も無いんだ。
感情さえなければ・・・君も長生きできたろうに」
不気味な微笑を浮かべると少年は立ち上がる。
それを待っていたかのように彼の身体は輝き始め、
背中から四枚の翼が生え始めた。
あまりの光景に女性は叫ぶ事さえ出来ない。
唖然と口をあけるだけだ。
「ボクが目覚める頃にアラームをセットしてあげる」
「え・・・?」
凄まじいスピードで少年は彼女の腹部に手を突き刺す。
無理矢理に開腹し、臓物を露出させた。
激痛で女性は力の限りに叫ぶ。
それでも少年は鼻歌混じりに臓物を引っ張り上げた。
女性の体内にある臓物を使って彼は何かを作り始める。
あまりの恐怖で女性は失禁してしまっていた。
少年は微笑むばかり。狂気は終わらない。
上手に人間を使った残忍なアートを完成させていく。
肋骨を開き、胸骨を粉砕し、肺や腎臓を抉り取る。
「あはははっ・・・できたよ」
腸を針に、心臓を中心に。
そこには正に時計が形作られていた。
人間の臓器を使った、言うなれば人間時計だ。
辺りにはおびただしい量の血が流れている。
血で染まった口元を歪ませ少年はにこにこと微笑んだ。
「ひっ、はぁあっ・・・たす、助け・・・て」
「そうだなあ。明日の朝までの辛抱だよ。
ボクが君の断末魔で眼を覚ました頃には、
君は丁度息絶えてるだろうからね」
そういうと少年はベッドに横になる。
小刻みに震えながら女性は激痛に耐え続けた。
明日の朝、自分が死ぬ時まで。
そんな女性を横目に少年はルシードの事を考える。
「くすくすっ。彼には楽しいイベントを用意しなきゃ。
自分自身に絶望するような、楽しいイベントを・・・ね」
笑いを堪えきれず大声で少年は笑い始めた。
血生臭いベッドの上、彼の叫びに近い笑い声は止まらない。
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