Back

頑張れ、西園寺先輩!

著作 早坂由紀夫


第五話
「図書室にて……」


 夏休みも後半に差し掛かっていた。
 ……想い出と言えば、バスケの事ばっかし。
 それはそれで構わないさ。
 ただ、高天原さんとの想い出をもう少し作りたかった。
 とはいえ夏休みの課題というものもある。
 想い出を作る前にそれを終わらせないとやばかった。
 俺は落ち着いて課題をやる為に図書室へと向かう。
 やっぱり勉強が学生の本分だからな。
 ここいらで勉強しておかないと、
 休み明けのテストで死ぬのは目に見えていた。
 図書室の扉を開けて適当な席を探す。
 今日は人が少なくて席はガラガラだった。
 集中して勉強できそうな気がする。
 そこで、俺は窓際の女の子に目がいった。
「た、高天原さん……?」
 思わず声に出して呼んでしまう。
 彼女はそんな俺の事には気付かず、
 黙々と勉強してるみたいだった。
 邪魔しちゃ悪いよな……。
 そう考えながらも、俺は彼女の方へ歩いていた。
「隣の席、良い?」
 声をかけてみる。
 高天原さんは俺の方を見ると、軽く笑って肯いた。
 俺は音を立てないように椅子を引いて隣の席に座る。
 さりげなく彼女の方を向いてみた。
 ち、近い。
 赤面しそうになって慌てて筆記用具を出す。
 そんな俺の動揺とは裏腹に、
 彼女は真面目に勉強していた。
 話しかけられそうな雰囲気じゃない。
 仕方なく俺はそのまま勉強に取り掛かる事にした。
 どうやら高天原さんは数学をやってるらしい。
 解らない所とかあれば、教えてあげられるんだが……。
 カリカリカリカリ。
 カリカリカリカリ。
 静寂に波を打つようなシャープペンシルの音。
 特に迷う仕草も見せず、
 高天原さんは順調に問題を進めている。
 俺も彼女を見てても仕方ないよな。
 さっさと勉強しよう。
 目の前の問題を見てみた。
「…………」
 隣の高天原さんを見てみる。
 嗚呼、癒される……。
 きっと誰が見たって綺麗だと思うに違いない。
 けど綺麗なだけじゃなくて、可愛い子なんだよな。
 シャープペンシルを指で回す仕草なんて、
 実に女の子らしい可愛いもんだ。
 姿勢だってきちんとしてる。
 しっかりしてる子なんだろう。
 料理なんか得意だったりするのだろうか。
 高天原さんの作った料理か……喰ってみたい。
 今はまだそんな仲良くもないし、まず無理だろうな。
 解っていても、せめてエプロン姿を見てみたい。
 この子のエプロン姿。
 想像してたらなんかドキドキしてきた。
 っていうか俺は何しに来たんだ!
 勉強をしに来たんだろうが!
 さて気合いを入れ直してもう一度だ。
 不埒な事など考えてはいけない。
 そう。今は勉強に集中だ。
 ……でも、その前にもう一回だけ彼女の横顔を見よう。
 睫毛長いなぁ。
 俺の視線に全く気付いてないらしい。
 表情は真剣そのものだった。
 何するにも一生懸命なのだろうか。
 ふいに高天原さんの顔が動く気配を見せる。
 速攻で俺は時計を見るフリをして誤魔化した。
 なんて小心者なんだ、俺は……。
 気付けば手に汗をかいていた。
 こ、これじゃ勉強所じゃねえぞ。
 そんな事を考えていると彼女は帰り支度を始める。
 今日の分は終わったらしかった。
 結局、俺は一言も高天原さんとは話せず、
 おまけに課題は全く進まなかった。
 でも……幸せだと聞かれれば力強く肯くさ。
 そうとも、こん畜生!



 凪は急いで自分の部屋へと向かっていた。
 誰かに会っても会釈だけで済ませる。
 実は凪には喋れない理由があった。
(ったく、喉元過ぎれば……って奴かな。
 まさか変声器を部屋に忘れるなんて……)


To be continued→