夏休みも後半に差し掛かっていた。
……想い出と言えば、バスケの事ばっかし。
それはそれで構わないさ。
ただ、高天原さんとの想い出をもう少し作りたかった。
とはいえ夏休みの課題というものもある。
想い出を作る前にそれを終わらせないとやばかった。
俺は落ち着いて課題をやる為に図書室へと向かう。
やっぱり勉強が学生の本分だからな。
ここいらで勉強しておかないと、
休み明けのテストで死ぬのは目に見えていた。
図書室の扉を開けて適当な席を探す。
今日は人が少なくて席はガラガラだった。
集中して勉強できそうな気がする。
そこで、俺は窓際の女の子に目がいった。
「た、高天原さん……?」
思わず声に出して呼んでしまう。
彼女はそんな俺の事には気付かず、
黙々と勉強してるみたいだった。
邪魔しちゃ悪いよな……。
そう考えながらも、俺は彼女の方へ歩いていた。
「隣の席、良い?」
声をかけてみる。
高天原さんは俺の方を見ると、軽く笑って肯いた。
俺は音を立てないように椅子を引いて隣の席に座る。
さりげなく彼女の方を向いてみた。
ち、近い。
赤面しそうになって慌てて筆記用具を出す。
そんな俺の動揺とは裏腹に、
彼女は真面目に勉強していた。
話しかけられそうな雰囲気じゃない。
仕方なく俺はそのまま勉強に取り掛かる事にした。
どうやら高天原さんは数学をやってるらしい。
解らない所とかあれば、教えてあげられるんだが……。
カリカリカリカリ。
カリカリカリカリ。
静寂に波を打つようなシャープペンシルの音。
特に迷う仕草も見せず、
高天原さんは順調に問題を進めている。
俺も彼女を見てても仕方ないよな。
さっさと勉強しよう。
目の前の問題を見てみた。
「…………」
隣の高天原さんを見てみる。
嗚呼、癒される……。
きっと誰が見たって綺麗だと思うに違いない。
けど綺麗なだけじゃなくて、可愛い子なんだよな。
シャープペンシルを指で回す仕草なんて、
実に女の子らしい可愛いもんだ。
姿勢だってきちんとしてる。
しっかりしてる子なんだろう。
料理なんか得意だったりするのだろうか。
高天原さんの作った料理か……喰ってみたい。
今はまだそんな仲良くもないし、まず無理だろうな。
解っていても、せめてエプロン姿を見てみたい。
この子のエプロン姿。
想像してたらなんかドキドキしてきた。
っていうか俺は何しに来たんだ!
勉強をしに来たんだろうが!
さて気合いを入れ直してもう一度だ。
不埒な事など考えてはいけない。
そう。今は勉強に集中だ。
……でも、その前にもう一回だけ彼女の横顔を見よう。
睫毛長いなぁ。
俺の視線に全く気付いてないらしい。
表情は真剣そのものだった。
何するにも一生懸命なのだろうか。
ふいに高天原さんの顔が動く気配を見せる。
速攻で俺は時計を見るフリをして誤魔化した。
なんて小心者なんだ、俺は……。
気付けば手に汗をかいていた。
こ、これじゃ勉強所じゃねえぞ。
そんな事を考えていると彼女は帰り支度を始める。
今日の分は終わったらしかった。
結局、俺は一言も高天原さんとは話せず、
おまけに課題は全く進まなかった。
でも……幸せだと聞かれれば力強く肯くさ。
そうとも、こん畜生!
凪は急いで自分の部屋へと向かっていた。
誰かに会っても会釈だけで済ませる。
実は凪には喋れない理由があった。
(ったく、喉元過ぎれば……って奴かな。
まさか変声器を部屋に忘れるなんて……)
|