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黒の陽炎

著作 早坂由紀夫

obsessively-04-』


 一月一日、元旦。
 凪達は集まっておせち料理等を楽しむ。
 正月の仕組みを知らないカシスも、
 餅を喉に詰まらせたりしながら楽しんでいた。
 食事を終えた後で部屋に戻ってくると、
 彼女は急に正月の事を勉強すると言い出す。
 そしてカシスは本を何処かから持ってきて読んでいた。
 主に正月がテーマのエロ本などだ。
 それを凪は得も言われぬ不安と共に見つめる。
「……姫始め?」
 嫌な単語が聞こえて凪は部屋を出ようとした。
「待つの、凪」
「な……なに?」
 振り返るとカシスは普通に服を脱ぎ始めている。
 凪は服を着せようかそのままドアから出ていくか考えた。
 逡巡したのち、とりあえず戻ってカシスの服を手に取る。
「まあ服を着よう」
「凪って酷い奴なの」
「え?」
「女の子がこうやってアピールしてる時にそんな事、
 私が魅力ないって言ってるみたいなものなの」
 カシスは俯いて顔を両手で隠した。
 嘘なのは解っている。
 ただ一理あるとも思っていた。
「だからって、正月にいきなり……」
「その為に姫始めって言葉があるの」
「いや、何か違う」
 すでに上を脱いでいるカシスは、
 見えているブラジャーの紐を指で引っ張ってみせる。
 それから凪の身体に艶やかに抱きついてきた。
「なんていうか……そういう事されても困るって言うか」
「困る必要はないの。やる事をやればいいだけなの」
 直接的な事を言われて凪は頭を抱えてしまう。
 とはいえ凪は執拗にくっついてくる胸に、
 半分は理性を奪われていた。
 だがカシスは身体をすり寄せてくるだけで何もしない。
「たまには凪にして欲しいの。姫始めだし」
「……そんな事を言われても」
「考えてみればいつも私がするばっかりで、
 凪は何もしてくれてないの」
「それは……そうかもしれない」
「さ、早くするの」
 近くの椅子に座るとカシスは真っ直ぐに凪を見つめた。
 仕方ないと割り切り、或いはそうする事で理由付けして、
 凪はカシスの唇に軽くキスをする。
 ブラを脱がせると露わになった胸に優しく触れた。
「なんか、もどかしいの」
「そんな事を言われたって、椅子の上に居たらやりにくいよ」
「じゃあやりやすい事をすればいいの」
 カシスが何を意図して言ってるのか気付くと、
 椅子の前に膝をつきスカートの中に顔を滑り込ませる。
 下着の上から凪はその女陰へと唇を這わせた。
「ふっ、んん……」
 それはカシスの視点からすれば実に不思議な物だ。
 髪の長い女性が自分のスカートに顔を入れてるのだから。
 徐々に染みを作っていく下着へ凪の舌が入ろうとする。
 戸惑いながら下着の中に侵入しようとする動きは、
 もどかしいながらも悪くない愛撫だった。
「はっ……なぎ、下手くそなの」
 彼女の言う事が強がりなのは凪が一番解っている。
 凪は隙間から滑り込むように舌を入れた。
 その茂みを割って入るとそれを吸ってみる。
「ひゃうっ、凪が私のを……吸ってるの……。
 ああぁ……ちょっとは良い感じかも、しれなくもないの」
 さらに凪は舌を陰核へと伸ばした。
 その動作でカシスがびくっと震えるのが解る。
 凪の頭を押さえる様にして、身体を仰け反らせた。
 なにより彼女の興奮を誘うのは、
 凪が跪いて自分に尽くしているという事実。
 それが沸き出すような快感を与える。
「あ、はっ……」
 こんな正月でいいのかと考えながらも凪は愛撫を続ける。
 そうやって具合を見て愛撫を止めようとすると、
 カシスが強く頭を押さえた。
「このまま、んっ……このままで、イカせて欲しいの」
「……うん」
 手でカシスの下着を払いとろうとする。
 その思惑に気付くと彼女は身体を浮かせた。
 下着を膝の辺りまで持ってくると、
 足を持ち上げてそこからまた愛撫を始める。
 ぴちゃぴちゃと言う音がカシスの耳に聞こえてきた。
 多少の恥ずかしさはあるものの気持ちよさが先にくる。
 身体が熱を帯び、昇り詰めるような快感に浸された。
 それなのに何処か泥の沼に浸されていくようでもある。
 次第に視界がぼやけるようで、
 視点が合わなくなっていった。
「い、あっ……」
 一際高く声を上げると飛び跳ねるように身体を反らせる。
 椅子がガタッと動いたので慌てて凪は椅子の足を掴んだ。
 見るとカシスの目は虚ろに宙を仰いでいる。
 近くからティッシュをとってくると、
 丁寧に凪はカシスの秘部を拭いた。
 それから自分の顔に付いた愛液も拭きとる。
「はあ。姫始めって良い物なの」
「ったくもう。姫様気取りですか……」
 凪がその場に座るとカシスはその隣に座った。
「それじゃ今年も明けましておめでとうなの」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 そんな挨拶の後に口づけを交わすと、
 凪はゆっくりとカシスを押し倒す。
 カシスは口元に微笑みを浮かべながら言った。
「珍しく凪がやる気なの」
「そりゃ、ね……」
 ただ愛撫をしただけでは満足いくはずもない。
 何度か軽いキスを重ねるとお互いを見つめてみた。
 それからカシスは凪の首筋に手を回す。
「段々と恋人っぽくなってきたのかな……」
 そう言う凪の表情は決して良いものではなかった。
 なぜなら、それは紅音から遠ざかるという事だ。
 紅音を過去に埋めて、先へと進んでいくという事だ。
 どうしても紅音の事だけは吹っ切れない。
 身体はカシスと数え切れないほど重ねてきたというのに、
 それだけは凪の中で超えられない一線として残っていた。
 迷いが顔に出たのかカシスの顔が曇る。
「凪が戸惑う必要はないの。私と凪は、期限付きの恋人。
 何も考えなければ、勝手に過ぎ去ってくの」
「解ってるよ。解ってるんだ」
 二人に終わりが来るという事は暗黙の了解だった。
 それが前提だから二人はこの関係を続けている。
 実際の所、これ以上の関係を続ける必要性はないのだ。
 ただ、そこまでを口に出す事はしない。
「まあ後で凪が本気で私を好きになっても、
 私は女みたいな男なんて願い下げなの」
「シリアスな事を言ったかと思えば……」
「ねえ、そんな事より押し倒しておいてこのままなの?」
「う……」
「今は今だけ。これからの事なんて、悩むだけ損なの」
「そう……かもな」
 刹那主義とも取れるカシスの考え。
 彼女は自分の中にある色々な気持ちを考えた事がない。
 それにクリアとクランベリーの事を、
 なるべく考えないようにしている。
 考えれば耐えられない事だと解っているからだ。
 彼女には親もなく、誰に頼る事もできない。
 友人は皆、目の前から居なくなってしまった。
 そんな状況で凪は自分の全てを受け止めてくれる。
 一人になったカシスに唯一寄り添っていてくれる。
 優しく彼女を柔らかい逃避の世界へ佇ませてくれる。
 だがそうやって凪に依存している事を認めるのは、
 カシスにとってはあまりに惨めな事だった。
 それでも少しずつ、凪は彼女の心を埋め尽くす。
 本当はこの関係を始める前から、
 少しだけ彼女の中で予感はあった。
 というよりもそれは当たり前の事なのかも知れない。
 身体を重ねる相手に情を抱かないまま、
 その関係を続けられるはずはないのだから。
 だからカシスは全てに蓋をした。
 そして今という時間に二人で溺れていく。
 ゆらりとたゆたう肌色のシーツの様なうねりの中へと。

-了-