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黒の陽炎

著作 早坂由紀夫

『凪と被虐に』

 普段よりもずっと女の子らしい凪さん。
 だから余計に恥ずかしくなってきてしまう。
「え、えっと、キスして良いですか?」
「うん。好きにして良いよ」
 私はおずおずと凪さんの唇にキスをしようとした。
 すると凪さんはいきなり私の方に手を伸ばしてくる。
「凪さん、そこはっ……」
「そういえばさっきカシスが言ってたよね。
 真白ちゃんは胸が弱いんだって」
「あぁ……でも、んっ……」
 凪さんの手が私の胸を軽く撫でてる。
 心臓を掴まれてる様な気がしてぞっとした。
 それなのに気持ちよさで声が漏れてしまう。
「真白ちゃんの声、可愛い」
「な、凪……さぁん」
「胸だけでイカせてあげようか」
「……え?」
 なんか恐ろしい事を言ってる気がする。
 でもその言葉の通り、執拗な胸への愛撫が始まった。
 私の胸が凪さんの手の平で形を変える。
 強すぎず、痛くない程度の愛撫。
 それでいてマッサージされてる様な感覚があった。
「どう、真白ちゃん。気持ちいい?」
「あっ……気持ち良い、です」
「へぇ。どんな感じ?」
「それは、くすぐったい様な……身体の芯が疼く様な」
 わ、私は何を言っちゃってるんだろう。
 聞かれたまま素直に答えてしまっていた。
 なんかぼ〜っとしてる。
 凪さんってこんなに女の子の扱い上手かったっけ?
 これもチャームの副作用なのかなぁ……。
「ふふっ……気持ちよさそうな顔、してるよ」
 もしかして私は目覚めさせてはいけない、
 凪さんの危険な一面を起こしてしまったのかも……。
 ただ、もう私にはどうしようもなかった。
 確かに凪さんの手は私の胸にしか触ってない。
 それなのに、どうしてこんなに気持ちいいんだろう。
 本当にこのままじゃ……私、胸だけで……。
「凪さんっ……わ、私が攻めるんですよぉ……」
「ふぅ〜ん。そうだったね」
 悪女の様に妖艶な笑み。
 いつになく凪さんの目つきが鋭い。
 私の事を射抜く様に見つめていた。
「じゃあもっと頑張って私を気持ちよくさせてみて。
 そうじゃなきゃ、真白ちゃんに意地悪しちゃうよ?」
「い、意地悪……?」
「うん。カシスの時よりもっと激しくしちゃうかも」
「え……」
 見てた感じカシスさんは処女じゃなかったと思う。
 それなのに彼女は今、気絶してるみたいだった。
 彼女の時よりも激しくされたら、
 私なんか大変な事になっちゃうんじゃ……。
「焦らして虐めるのも良いわよね。
 真白ちゃんってMっぽいもの」
「や……止めて下さいよぉ」
 こ、怖い。
 恐る恐る私は凪さんを横たわらせて上に乗っかった。
 首筋にキス。そこからゆっくり下へ。
 凪さんの長い髪がベッドに広がる。
「な……凪さん、どうですか?」
「ん、ちょっとじれったいなぁ」
「わわぁっ……頑張ります!」
 必至に私は手で凪さんの身体を撫でてみる。
 慌てているので大した愛撫になっていなかった。
 まさか凪さんは私にアレをやって欲しいのかなぁ。
 さすがにいきなり凪さんのをくわえたりなんて、
 そんな事は私にはどう考えても無理だ。
 手で触るのだって怖いのに。
「はぁっ……もう少し、ん……激しくして」
「えあ、そのぉ……」
 あ〜……吸血鬼としての血が薄くなるに連れて、
 私ってばまた気弱になってる気がする。
 でも、凪さんのはさっきカシスさんと繋がってたから……。
 ちらっと下の方を見てみる。
 うわぁ……やっぱりまだ濡れてるよぉ……。
「どうしたの、真白ちゃん」
「え、あの……」
 大体にして初体験でそんな事出来るはずがない。
 そんな私の視線に凪さんが気付いたみたいだった。
「私のを舐めてみたいの?」
「は……はい?」
「優しく舌を入れてくれるんだったら良いよ」
 凪さんの口からそんな言葉が出てくるなんて……。
 いや、突っ込む所が違う。
 だってそれは違うでしょ!
「あ、そうか。もう一つのおクチが欲しがってるんだね」
 不意に凪さんが体勢を入れ替えて私を下にする。
 そして枕元にある髪留めを口にくわえると、
 髪を束ねてそれで一つに束ねた。
 それは見とれるほどに華麗な光景だった。
「さてと。私の方が上になったワケだし、
 真白ちゃんに凄い世界を見せてあげよっかなぁ」
「……す、凄い世界ですか?」
「そう。本当に気持ちいいとどうなるか教えてあげる。
 あまりの快感で死ぬんじゃないかって、怖くなるんだよ。
 汗がぶわっと噴き出して……身体の力が抜けていくの。
 息をするのも苦しいくらいの快感を、与えてあげるよ」
 まるで女の子の事が解る様な言い方だ。
 あ……今は女の子のつもりなのか。
 でも本当にそんな風になるんなら、
 なってみたい反面……やっぱり怖い。
 いつもの凪さんだったら安心させてくれるのに。
 そう、きっと大丈夫だよって抱きしめてくれると思う。
 やっぱり……チャームなんて使ったからかな。
 偽りの愛なんて、こんなものなのかな。
 私という人は本当のお馬鹿さんだ。
 解ってたはずなのに……偽りだなんて事。
「凪さん、私……今日はもう止めておきます」
「駄目だよ」
「そ、そんなっ……」
「ここまで来て私が真白ちゃんを帰すと思う?」
「で……でも恋人の意志は尊重しなきゃ」
「これだけ私が思ってるのに……
 真白ちゃんってば悪い子だなぁ。
 幾ら温厚な私でも乱暴になっちゃうよ?」
 片手で私の両手を押さえて首筋にキスする凪さん。
 もっとも怖いのは、彼の声が私を惑わせる事。
 このままどうなっても良い様な気にさえなってしまう。
 いつも優しい顔してる凪さんの鋭い表情。
 そんなに睨まれたら、逆らえないよぉ……。
「大体、自分の格好をよく考えたら?
 こんなに可愛いブラジャーしちゃって、
 私の事を挑発してるんでしょ?」
「あんっ……ち、ちょっと凪さんっ」
 問答無用だった。
 駄目だ、逃げられない……!
 凪さんの手がそうやって私のブラジャーにかかった時。
「んっ……?」
 妙な声を上げていきなり彼は私の胸に倒れ込んできた。
 どうやら凪さんは気絶してしまったみたい。
 もしかするとこれで元に戻ってくれるのかな?
「はぁ」
 最初は幸せだったけど、
 ここまで変わっちゃうとちょっと……。
 なんだか私ばかり良い思いをした気もするけど。
「ま、まあ、たまにはいっか……良いよね」
 深く考えると落ち込んでしまいそうだった。
 それにしても……カシスさんって、
 急に凪さんに襲われてどう思ったんだろう。
 これがきっかけで二人がぎくしゃくしたら悪いなぁ。
 都合いい気もするけどそれは嫌だった。
 ただ、凪さんとカシスさんの関係はよく知らない。
 まさか……すでに付き合ってるとかいうオチは……。
「うっ、ううん……」
 凪さんが気付いたみたいだ。
「あれ……お、私……ここ、どこ? 真白、ちゃん?」
「な、ぎ……さん?」
 状況を理解すると凪さんは私から飛び退く。
 隣には、くてっと倒れたままのカシスさんがいた。
 私も下着姿で横になっている。
「な……これは一体!?」
「あは、あははは〜」
 笑って誤魔化すしかない。
「真白ちゃん、何かしたの?」
 バレバレだった。
 やはり正直に話そう。
「あのぉ〜……実はそうです」
「はぁ。これは、後でお仕置きだね」
「……え!?」
 その言葉の響き。
 一瞬、凪さんの顔が怪しく微笑んだ気がした。
 き……気のせい、だよね……。

第五話へ続く