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インフィニティ・インサイド

著作 早坂由紀夫

Chapter39
「生まれくる終末の華」

10月06日(月) AM07:23 晴れ
寮内自室

朝目覚めたのは今までと違う世界。
まるでそんな気がした。
何もかもが新鮮で何もかもが愛おしい。
誰にも邪魔されたくない二人だけの世界だ。
隣で寝ている紅音。気持ちよさそうに寝ている紅音。
その横顔を見つめながら抱きしめる。
これからの生活はどうなってしまうんだろうか。
なんだか起きたらまた紅音としたくなってきた。
・・・俺ってこんな精力魔神だったか?
それとも紅音の身体を知ったから・・・って、
それはそれでいやらしい感じだな。
今日は学園祭の次の日だから休みだ。
そんな時に限って早く目を覚ましてしまう俺って・・・。
紅音の方はいつもと変わらずにすやすやと眠りこけてる。
昨日キスを何度したか解らない。
でも今日こいつの顔を見たら、自然とまた顔を傾けていた。
「ふゅ〜・・・」
頬に軽く口づける。
するとそれで紅音は目を覚ましたらしい。
薄目を開けて俺の事を見ていた。
「ん〜〜〜〜・・・凪ちゃん?
 どうして私のベッドで寝てるの?」
「ここは紅音のベッドじゃないだろ」
「・・・そうだっけ?」
そう言って起きあがろうとして、
紅音は俺の方に倒れ込んできた。
「いた、痛いぃ〜〜っ!」
その表情は凄く辛そうな感じだ。
ああ・・・これが初体験後なのか。
今度はそっと起きあがって辺りを見回す紅音。
ふと自分の身体を見て困惑した表情を見せる。
「なんか血の跡があるよっ!?
 わ、私が汚しちゃったのかな・・・ってあれ?
 なんで私、裸なの・・・って凪ちゃんも」
まじまじと紅音は俺を見る。
そんなに見つめられると照れそうだったが、
紅音が発した言葉は意外すぎるものだった。
「凪ちゃ・・・んのそっくりさん?」
「な、何言ってんだよ。俺だよ」
「だって胸無いし、俺って・・・男の人・・・」
「うん、当たり前だろ?」
なんだか会話が噛み合ってない。
軽く呆けてるんだろうか。
だが紅音は急に毛布を引ったくると自分の身体を隠す。
「え、え〜と凪ちゃんはどうして私と一緒に寝てるの?」
「・・・おい、いい加減にしろって。
 まさか忘れたワケじゃないだろ?」
俺がそういうと紅音は真っ青な顔で、
自分の身体を確認していた。
そして紅音は痛そうな顔をして俺を見る。
「じゃ、じゃあこの痛みって・・・その」
「そうだよ。昨日した事、忘れたのか?」
紅音はそれを聞くと愕然とした表情をした。
さらに裏切られた様な顔で涙を流し始める。
一体どうしたらいいのか解らなかった。
とりあえず近寄ろうとすると紅音は毛布ごと後ずさる。
まるで昨日あった事が俺の妄想だとでも言うかの様に。
俺の性別の事に驚いている。
昨日した事を覚えていない。
記憶喪失か?
けどそれにしちゃ唐突すぎる。
「紅音?」
「全然・・・わかんないよ。凪ちゃんが男の人?
 凪ちゃんが私にえっちな事したの?
 ・・・私を、騙してたの?」
「そんなわけじゃ・・・」
そんなわけじゃないと言えるのか?
俺は紅音の事を騙してる。
それは確かな事実だ。
けどこんな形で責められるなんて思わなかった。
紅音が何を考えてるのか解らない。
昨日の事、全然覚えてないのか?
それ以上何も言えない俺に、紅音の視線が突き刺さる。
「嘘・・・だよね。私を騙してたなんて。
 だって今まで朝の弱い私を凪ちゃんが起こしてくれた事も、
 辛い時とか悲しい時に凪ちゃんが一緒にいてくれた事も、
 ぜんぶ、ぜんぶ私、感謝してて・・・足りないくらいでっ・・・」
辛そうな笑顔を浮かべながら紅音はそうまくしたてる。
自分の中にいた俺に縋る様な表情。
でも俺は・・・もう嘘は付けなかった。
「俺、俺は・・・」
「・・・違うよ。凪ちゃんは俺なんて言わないよ?
 だって・・・だって凪ちゃんは女の子だもん。
 寝てる間に私にえっちなコトしたりしないもんっ」
「紅音っ!!」
毛布を身体に巻いたまま、紅音は走り去っていった。
俺も追いかけようとするが何しろ裸だ。
追いかけるに追いかけられない。
一体何がどうなってるんだよ、畜生・・・。
紅音の表情は本気だった。
だって裏切られた様な顔して俺を見つめていた。
悲しい顔して涙を浮かべながら・・・見つめてた。

10月06日(月) AM07:42 曇り
学校野外・公園跡

俺は紅音がよく俺に着せていた青のワンピースを着て、
当て所もなくこの公園跡に来てしまっていた。
空は急に不機嫌になってしまってる。
灰色に染まった空からは、
今にも雨が降り出してきそうだった。
紅音は一体何処に行ったのか。
どうして昨日の事を忘れてしまってるのか。
解らない事だらけだ。
でも途方もなく嫌な予感はしていた。
今まで感じたモノの中でも一番恐ろしい感覚。
大切な物が手からすり抜けていく感じ。
俺がブランコの手すりに手をかけた時、
人が歩いてきた事に気付く。
それは、紅音だった。
お互いが同時にお互いを認識してすぐに駆け出す。
毛布を巻いたままの格好で紅音は走っていた。
「待って、お願いだから話を・・・!」
「やだっ・・・来ないでっ!」
「・・・紅音」
話も・・・聞いてくれないのか。
どうしてだよ、紅音・・・全然解らないよ。
だがその時。
紅音の足がぴたっと止まった。
かと思うとうずくまって頭を押さえる。
「あくっ・・・痛い、頭が・・・」
「大丈夫!?」
差し伸べた手は空を掠める。
苦しみながらも紅音は俺の手を取ってはくれない。
やり場のない気持ち。
どうする事も出来ずに俺は立ちつくした。
「もう嫌だよ・・・こんなの・・・やだよぉ」
紅音に拒絶されるのなんて初めてだった。
誰にでも笑える奴だったのに。
どんな時だって笑ってばかりの奴だったのに。
・・・俺のせいで傷つけたのか?
俺がお前を・・・泣かせてるのか?
お前の笑顔を奪ったのは、俺なのか?
瞬間、雷が辺りに轟いていく。
物凄い轟音で近くに雷が落ちたみたいだった。
同時に雨がぽつぽつと俺達に降り注いでくる。
すると紅音は憑き物が取れたかの様にすくっと立ち上がった。
そして・・・俺の方を向くとにこっと笑う。
どういう、事だ?
記憶が戻ったの、か?

  「ふぅ、凪ちゃんには感謝しなくちゃいけないね」

「え・・・」
なんだ?
ただの紅音の言葉。
いつもと同じトーンの口調。
なのに、背筋がぞくっとした。
「これだけ思い通りに動いてくれるなんて、
 ホント男って莫迦・・・それとも仕方ない?」
「何言ってるんだよ、紅音」
まったく意味の解らない紅音の話。
それに紅音のいつもの喋り方じゃない。
それでいて俺の言葉の方が場違いにすら聞こえる。
雨が少しずつ強まって、ワンピースを濡らしていた。
紅音の方は何故か雨に当たってるはずなのに濡れてない。
「順を追って説明しなきゃ解らない?」
俺はその言葉にどう答えていいかすら解らなかった。
だって何を説明する気なんだよ。
「・・・私はずっと紅音の中に封印されてた。
 当時の私に出来たのは紅音の見る夢を操作する事だけ。
 あの時、あなたが紅音を起こさなかったら、
 紅音の夢を私が操作して凪ちゃんにキスさせなかったら、
 私はきっとこうしてあなたと話す事は出来なかったわね」
今、自分を紅音じゃないみたいに言った様な・・・。
それに紅音の夢を操作して俺にキスさせた?
該当するとしたらリリスの件の時だ。
確かあの時、紅音は寝ぼけて俺にキスしたよな。
けどあれがなんだって言うんだ?
「あなたとのキスで力を貰った私は、
 かつての力を数分間だけ取り戻せたわ。
 けどね、完全に蘇るには足りなかったのよ」
蘇るとか力だとか、何を言ってるのかさっぱりだ。
紅音が何を言ってるのか全然解らない。
だけど・・・紅音はただ笑みを零しながら嬉々として語った。
「私が完全に蘇る為にはね、
 あなたが初めて女性と性交する時の特別な精気。
 それも愛に溢れた精気が必要だったの。
 じゃなきゃ無理矢理にでも襲ってたわ」
「さっきから・・・何ワケ解らない事言ってるんだよ!」
「まだ解らない? 例えば旅行した時に夢を見たでしょ?
 紅音がフェラしてくれるいやらしい夢。
 あなたをその気にさせる為に、私が見せたのよ。
 ある程度の力も貰ったけどね」
「・・・なん、だって?」
あの夢を紅音が見せた?
あれで俺をその気にさせる為に見せただと?
確かにそれを言われると一理はある。
アレがなければ・・・俺は紅音を抱いていただろうか。
そう、先にあるものを夢という形で見ていたから、
俺は紅音を抱きたいと思ったのかもしれない。
でもそれを紅音が見せたって?
そんなはずない・・・。
「あの時は大変だったなぁ〜。
 凪ちゃんから貰った力を葉月ちゃんに分け与えたり、
 凪ちゃんを殺そうとする悪魔を蹴散らしたり」
「お前がそんな事、出来るはず・・・無いだろっ!」
そんな力が紅音にあるわけない。
紅音が特別な力を持ってるはずがない。
だって紅音は普通の人間だ。
・・・普通の人間なんだ。
でも、じゃあなんで夢の内容を知ってる?
あの時俺がどんな夢を見たのか、
なんで普通の人間である紅音が解るんだ?
「まず自己紹介からした方が良さそうね。
 私はフィスティア=アルバ=リヴィーアサン。
 俗に終末を告げる獣、リヴィーアサンと呼ばれてる。
 解りやすく言えば・・・悪魔よ」
「・・・あ、くま?」
・・・紅音が?
紅音が悪魔に憑かれていたというのか?
「嘘だっ!」
信じられるはずがない。
紅音が俺に嘘付いてるんだ。
俺が酷いコトしたから仕返ししてるんだよな?
それはすでに・・・自分を誤魔化してるに過ぎなかった。
目の前の紅音は、俺の知ってる紅音とは全然違う。
「はぁ、どうして今私がこうして表に出てるか解る?
 要は一石二鳥だったのよ」
「・・・一石二鳥?」
「昨日、私は使える時間を全て紅音のフリして過ごした。
 まず雰囲気を作って凪ちゃんが男だって事を話す。
 そして紅音の身体であなたとセックスした」
「・・・・・・」
何も言葉が出てこない。
昨日抱いたのは紅音じゃなかった?
紅音だと思ってたのは・・・悪魔だった?
そんな莫迦な話があって、たまるかよ・・・。
「後は今日紅音が、大好きな凪ちゃんに裏切られて
 しかも無理矢理に襲われたって勘違いするだけ。
 あのセックスで私は力を取り戻し、
 紅音は傷ついて自ら身体の主導権を手放してくれる。
 どう? これが一石二鳥ってコト」
「紅音は・・・紅音はどうなったんだ!」
「あの子はもう二度と表には現れはしないわ。
 私が精神を掌握してるし、あの子も表に出る気がない。
 凪ちゃんがそこまで追い込んでくれたからね。
 ・・・つまり紅音は死んだって事よ」
「紅音が、死ん・・・だ?」
なんだよ・・・それ。
俺のせいで紅音が、死んだ?
紅音のフリした悪魔とセックスして、
浮かれて、偽物の紅音と愛を交わして・・・。
そして俺は本物の紅音を傷つけたっていうのか?
信じたくないのに、それで辻褄が合ってしまう。
何時の間にか大粒になった雨は、
俺の髪や服をびしょびしょに濡らしていた。
けどそんな事は全然気にならない。
「安心して凪ちゃん。これからは私が紅音になるわ。
 ルシードとして力を貸してくれるなら、
 私と好きなだけセックスしたって良いのよ」
今までの紅音と変わらない声。
変わらない笑顔。
ただ、その全てが違う。
「・・・るな」
「なに?」
「ふざけるなっ!!」
ありったけの声で俺は叫んだ。
紅音になるだと?
俺にとって紅音はあいつただ一人だ。
くだらない戯れ言に騙されるわけにはいかない。
だがそれでどうする?
どうすれば良い?
奴の言う事が戯れ言だとして、俺は何すれば良いんだ?
リヴィーアサンは悠然と俺の方に歩いてくる。
「じゃあどうする? 私を殺す?
 精神は紅音じゃないけど、身体は紅音のものよ」
そう言って目の前に立ちはだかるリヴィーアサン。
確かに身体は紅音のものだ。
毛布一枚で雨の中立ち続けている。
いくらそれが悪魔でも、
俺には紅音を傷つける事なんて出来ない。
「凪ちゃん、私とインフィニティに来て。
 一緒に天使どもを皆殺しにするのよ」
「何を・・・」
ふとイヴの言葉を思い出す。
悪魔にとってルシード、つまり俺は道標なんだ。
俺は目の前にいる紅音を見やる。
成すべき事が無くなってしまった。
もし今の状態で何かの理由に後押しされたりしたら、
リヴィーアサンの言う通りにしてしまうかもしれない。
心が空虚になってしまっていた。
護りたい人は居ない。
いるとすれば、紅音の身体をした悪魔だ。
でもそれは紅音の身体では・・・あるんだよな。
「ほら、昨日だって本物の紅音だって思ったでしょ?
 だって私には紅音が生まれた頃からの記憶がある。
 だから私と紅音は、殆ど同じ存在なのよ。
 私なら・・・貴方の望む紅音にだってなれる」
そうやって絶望にくれた俺が、
リヴィーアサンの言葉に懐柔されかけていた時。
「はい、そこまでっ!」
急にそんな声が聞こえてきて俺の周りが光り始める。
その光のせいかリヴィーアサンは俺から後ずさった。
「誰・・・? 私の邪魔をするなんて良い度胸ね」
紅音の声とは違い、高く響き渡る声。
恐らくはそれがリヴィーアサンの声なんだろう。
と、いきなり空から人が降りてきた。
サラサラの丁度良い長さの髪をした青年。
その男は、うちの学園の制服を来ている。
「初めまして、凪君」
「え〜と・・・あなたは?」
「僕はラファエル。ラファって呼んでね。
 君が危なそうだから思わず助けに来ちゃったよ」
「・・・はぁ」
そのラファエルと名乗った男は、
現状が解っていないかの様に挨拶をする。
するとその男を睨みつけてリヴィーアサンが言った。
「ラファエルか、良いだろう。
 貴様から始末して・・・ぐっ!?」
その時、リヴィーアサンは急に苦しみ始める。
まるでさっきの紅音みたいに。
「紅音っ―――――!」
俺が思わず近づこうとすると、
リヴィーアサンは空に飛び上がってしまう。
そして空中でぴたっと静止しながら言った。
「まだ完全ではない、わね。
 仕方ないわ凪ちゃん・・・また会いましょう。
 次に会った時は必ずインフィニティに連れて帰るから」
リヴィーアサンはそのまま、
物凄いスピードで飛び去っていく。
後には暗く灰色の空と濡れ鼠になった俺が残された。
隣のラファエルはふぅ、といった顔をしてる。
「まさか彼女が蘇るなんて・・・誰も思ってなかった。
 君のルームメイトの身体に封じられていた事だって、
 ルシファーくらいしか知らない事だったんだ。
 だけど・・・ごめんね、凪君」
「・・・ああ、うん」
そうやっていると少しして校舎の方から誰かが走ってくる。
葉月の姿だが、恐らくイヴだと察しが付いた。
せっぱ詰まった顔をして俺の所に現れたが、
俺はもうどうする事も出来ずにうずくまってしまう。
「凪・・・」
夢だって思いたい。
そう、今日の朝までは最高の夢だった。
いつのまにかそれが悪夢になってた。
そして悪夢はまだ続いてる。
だってリヴィーアサンは言った。
紅音が・・・死んだ、と。
そんなのは悪夢以外の何者でもない。
俺は身体を抱きすくめながら、何に対してかは解らない。
ただ降り続く雨に紛れて涙を流していた。
止め処もなく流れていく、ただ悲しいだけの涙。
罪悪感とか悔しさとかも混じって、
そうやって泣き続けるしかなかった。
どうする事も出来ずに。
ごめん・・・。
そんな言葉も、もう二度と言えなくなってしまった。
苦しくて、苦しくて苦しくて・・・。
どうしようもない気持ちがただ涙として零れ続ける。
どんよりと流れる雨雲。吹き始めた風。
そんな滲んでいる景色をしばらく俺は見続けていた。

10月06日(月) PM14:32 晴れ
寮内自室

身体を拭いて濡れた青いワンピを洗濯籠に入れると、
俺はイヴが入れてくれたコーヒーを飲んだ。
テーブルの側に二人座って。
自分が何をしてるのかよく解らない。
ただ必要な事をこなしてみただけ。
風邪を引くから身体を拭いて、
濡れたから籠にワンピースを入れた。
コーヒーを飲んでるのも暖まるから。
目の辺りは腫れ上がっていて酷い顔をしてる。
紅音が見たら怒るかもしれないな。
綺麗な顔が台無しだよぉ、とか言って。
なに、考えてるんだろうな。
もう二度と・・・会えないのに。
「凪・・・一体、何があったのか、説明してほしい」
イヴは俺の表情を見ながらそう言った。
こいつなりに俺の事を考えてくれてるのかな・・・。
でも紅音との事は誰にも話したくなかった。
恥ずかしいとかじゃなくて、苦しいんだ。
俺があんな事をしなければ・・・。
「私のせいで、紅音が・・・死んだ。
 紅音じゃなくてリヴィーアサンが出てきて、
 そう・・・私に告げた」
なんで俺はこんな時でも女言葉なんて使うのだろう。
自分でも反吐が出る様な保身。
でも懐かしい日常を思い出す様に、自然と女言葉が出てくる。
こんな時じゃなくて、どうしてあの時に出来なかった?
紅音の前では女で居ようって決めたのに。
あいつが俺の事を男だと知ってるって言ったから、
俺は安心してしまってた。
けど本当なら紅音を抱くべきじゃなかった。
あの時に聞いた言葉。

 「してないよ。凪ちゃんとした事は、ひとつも」

あれも全て嘘。
俺が愛しいと思った紅音の言葉は、
全てリヴィーアサンのものだった。
どうして気づけなかったのだろう。
紅音の事ならどんな事でも知ってると思ってた。
でもそんなのはただの戯れ言だった。
あいつの事、俺は何も解ってなかったんだ。
騙されてる事にも気付かずに紅音を抱いて、
それで俺は本当の紅音の言葉に気づけなかった。

 「・・・私、時々怖くなるんだ。
  自分が自分でなくなっていく気がして」

紅音が出していたサイン。
きっと紅音は自分の中に誰かがいる事に気付いてたんだ。
あの時、俺に助けを求めていたのかもしれない。
なのに俺は・・・。
「フィスティア=アルバ=リヴィーアサン・・・。
 やはり、あの人の封印が解けたのか。
 だがよりによって紅音の身体に封じられていたとは・・・」
「イヴ・・・あいつは一体どうして・・・」
「・・・・・・」
イヴの顔が躊躇う様な物になる。
ややあってイヴは重い口をそっと開いた。
「あの人は・・・」
その時、ドアの開く音がしてラファエルが入ってくる。
「今の話、立ち聞きする気はなかったけど聞こえたよ」
優しく微笑みながら俺の隣に座った。
するとイヴは口をつぐんでしまう。
その代わりとでもいうようにラファエルが喋り始めた。
「彼女には話しにくい事だから僕が話すね。
 そう、イヴにとってリヴィーアサンは特別な存在なんだ。
 いわば母親みたいな女性だからね」
「・・・イヴの母親?」
イヴの方はそれを否定しない。
つまりそれが事実と相違ないという事だ。
ラファエルがさらに話そうとすると、
それを遮る様にイヴが話し始めた。
「確かにリヴィーアサンは私にとって特別だった。
 だが今、それは問題ではない。
 奴が復活してしまったなら・・・大変な事になる」
大変な事っていうのは人間にとってなのだろうか。
俺にとってはもう大変な事は起こってしまったんだけどな。
正直、意識を繋ぐので精一杯になってきていた。
何を知っても、何を成しても紅音は帰ってこない。
リヴィーアサンを殺すっていう事は、
紅音を殺すっていう事だ。
だから俺に出来る事は一つもない。
眠ってしまいたかった。
夢の中でなら紅音と会えるかもしれない。
永遠の眠りの中とか・・・それでも良いかもな。
とにかく何を考えるのも苦痛だった。
けれどそんな俺にイヴは決意した様に言う。
「凪、私は今から・・・残酷な事を言うかもしれない。
 だがお前以外に恐らくこの状況は打破できないだろう」
「どういう・・・事?」
「リヴィーアサンは悪魔を集めて現象世界、
 つまりここで天使と争おうとするはずだ。
 そうすればこの世界で天使と悪魔の戦争が始まってしまう」
ルシード、アルカデイア、インフィニティ。
くだらない。
そんな事をして・・・一体どうなるってんだよ。
この世界がどうにかなってもいいさ。
だって紅音は・・・。
「だからお前はこれから私と共にアルカデイアに来い。
 ・・・ルシードとして覚醒してくれ」
イヴの言っている事の意味は何となく解っていた。
彼女が戸惑っているのも。
そのルシードとかに覚醒したら、
俺は人間でなくなってしまうんだろ?
別にそんな事はどうだっていいさ。
ただ、俺はもう何も出来ないよ。
だがイヴが口ごもる理由はそれだけではなかった。
「お前はインフィニティの所在地を突き止め、
 リヴィーアサンが事を起こす前に・・・」
「・・・まさかイヴ」
隣のラファエルが驚いてイヴを見やる。
イヴは構わずに俺へ言い放った。
「奴を、リヴィーアサンを・・・殺すんだ」

Chapter40へ続く