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黒の陽炎

著作 早坂由紀夫

Chapter2
「ベリアル」

4月13日(日) AM8:00 大雨
寮内自室

あの後俺達は、部屋に戻って眠りにつく予定だった。
しかし紅音は張り切って俺を守っていた・・・夜の11時前までは。
そこから爆睡している。
しかも俺にくっついたまま。
全く・・・俺はそんな状態で一睡も出来なかったわけだ。
紅音とは言え、女が隣で安らかに眠ってたら
こっちは眠れるはずがない。
いや、俺がウブなだけなのか・・・?
心臓がバクバクいってるぞ、畜生。
とりあえず、眠気を誤魔化しに洗面所へ行こう。
紅音を放そうとする。が、取れない。
「くそっ、紅音放せっ」
「・・・み〜〜」
なにが「み〜〜」だ畜生!
このままだと俺が身動き取れねえじゃね〜か!
この状態で誰かに襲われたら、それこそやばいぞ。
必死に離脱を試みる。
10分後・・・。
「ぜはっぜはっは〜〜」
やっと紅音を放す事に成功した。
「ん?あ・・・凪ちゃんおはよ〜」
寝ぼけまなこで挨拶する紅音。
せめて後10分早く起きてくれ・・・。
「お・・・私、顔洗ってくる」
「あ、う〜ん」
紅音は、気持ちよさそうに伸びをしている。
半分呆れながら、俺は洗面所で顔を洗った。
「今日は、凪ちゃんに水連さんて言う人に会ってほしいの」
顔を洗って来るなり、紅音は俺にそう言った。
「水連?こないだ紅音が電話してた人?」
「そうだよ。すごくカッコイイ人なの。
 オカルト関係に強いから、凪ちゃん話聞いてみれば?」
「・・・女の人、だよね」
「え?勿論だよ〜」
・・・俺はなんでそんな事聞いたんだろう?
多分眠いせいでワケ分かんなくなってるんだな。
「わかった。で、いつ会うの?」
「お昼を一緒に食べる事になってるから、その時にね」
「ふ〜ん・・・私、散歩に行ってくる」
「えっ?私も行く〜」
「・・・いや、ごめん紅音。
 少し一人で考えたい事があるんだ」
「え・・・あ、うん」

4月13日(日) AM8:30 小雨
寮内エントランス一階

寮の中は以外と大きくて、俺と紅音の部屋は一階の一番端にある。
そしてエントランスは一階の中央階段前にある。
まるで宮殿の様な豪華な作りだ。
外は昨日から降り続いている雨が、少し弱まって降っている。
ニュースでは今日の夕方には止むと言っていた。
そうやってエントランスでぼ〜っとしていると、
女子が熱い視線で見つめてくるから恥ずかしい。
でも、俺はいくつか考えないといけない事があったから、
ここで一人で考えようと思っていた。
それは昨日の事だ。
ここは女子寮だから、間違いなく外出したのは女のはずだ。
まあ、男が忍び込んだという可能性も無くはないが、
ここの警備は男には厳しくできてるので不可能に近い。
それに、外部の奴だったら玄関を通ったりはしないだろう。
それを考えると、余計にこんがらがってくる。
それに、個人に特定するのは不可能だった。
「ちょっと隣、いいかな?」
「・・・はい」
俺の隣に座ったのは、俺より少し背丈の低い、
しかしとても毅然とした態度の女性だった。
「君は確か、高天原凪さんという名前だったね」
「ええ・・・あなたは?」
「私?私は・・・御子神(みこがみ)」
「御子神さんね・・・」
聞き覚えのない名前だ。上級生か?
それにしてもこの人・・・紳士みたいな喋り方だな。
まあ、紳士に会った事があるわけじゃないが。
「そういえば、君昨日夜中に外に出たかい?」
「はい・・・?」
「昨日、誰かが外に出てくのを見たって人が何人かいるんだ。
 ここの規律が厳しいのは知ってるはずなのに」
俺達の他にも、あの人影を見た奴がいるのか・・・?
「さあ・・・私は寝てましたけど」
「そうか。ならいいんだ」
「はあ・・・」
「じゃ、紅音によろしく言っておいてくれ」
「・・・?」
そう言うなりその人は立ち去っていった。
なんだったんだろう。
紅音の知り合いなんだろうか?
またしばらくぼ〜っと考え事をしていると、
今度は何処かで見た顔が近づいてきた。
「よっす!元気してたかい?」
「紫齊・・・おはよう」
「おはよう!そうだ、何か運動しない?」
「・・・」
勘弁してくれ・・・俺、寝てないんだけど。
ていうか、朝に会っていう事がそれかよ・・・。
「まず、こないだ約束してたバスケね」
おいおい・・・約束なんてしたか?
・・・結局、朝食の時間までずっとスポーツをやっていた。

4月13日(日) AM9:06 雨
寮内一階・大食堂

運動をし過ぎたおかげで、朝食がうまい。
体力を今補給しないと、体が持たないしな・・・。
ガツガツ食べられないのがとても残念だが。
「むす〜〜っ」
「ん?どうしたんだ紅音」
「つ〜ん」
「何?何にそんなつ〜んとしてるの?」
ああ、なんか女言葉になれてきた自分が悲しい。
「凪ちゃん、紫齊ちゃんとバスケやってたんだってね」
「え、ああ。それがどうしたんだ?」
「なんで私も呼んでくれなかったの〜?」
「なんだ、そんな事か」
「そんな事じゃないよ〜。
 私すっご〜〜く、つまんなかったんだから」
ったく、紅音は人に依存する癖があるんだな。
俺みたいに小学生で親離れした人間には解らない。
まあ俺の場合、親がおかしいってのもあったが・・・。
「悪かったよ、今度はちゃんと誘うから」
「ホントだよ〜?」
「ええ、約束する」
「うん・・・じゃ、許してあげる」
まあ紅音の場合、これは長所になるんだろうな。
そうやって話している内に、紅音の座っている
向こう側から例の御子神という女が歩いてきた。
「ごきげんよう、紅音」
「あっ、水連さん」
「はっ?」
こいつが水連だったのか?
「ああ、そういえば正式な自己紹介が遅れていたね、
 私は御子神水連、ここの学校の3年生だ」
「貴方が・・・水連」
この毅然とした態度はある意味、傲岸不遜な様にも見える。
そしてロングの髪、とても落ち着いた物腰。
男ならコロッと騙されそうな美人だ。
おまけに微笑むとさわやかな笑顔が覗く。
だが、あまり俺のタイプじゃないな。
「凪君、君・・・ベリアルに狙われているそうだね」
あ、こいつもオカルト系だったんだっけ。
いきなり今までの神々しさがパッと消えた。
胡散臭さが倍増した感じだ。
「ええ、まあそうらしいですが」
「フフ・・・気をつけた方がいい。
 君の美貌を妬む者は意外に多いと思うよ」
「ご忠告、どうもありがとうございます」
「いえいえ・・・」
どことなく、この水連と言う女とは仲良くなれなさそうな気がした。
それは性格云々もあるが、もっと別の・・・何かだった。
「所で凪君、黒い炎って見た事あるかい?」
「黒い炎・・・いえ、無いですね」
あの時の事は、この女に話さない方がいい・・・
漠然とそんな気がしていた。
紅音はこう言う時、あえて失言したりしないので助かる。
「それと紅音、残念だが昼食に予定が入ってしまった。
 また今度にでも一緒に食べるとしよう」
「あ、はい」
「それじゃ私はこれで」
そう言うと、水連は立ち去っていった。
「凪ちゃん、どうだった?水連さん」
「え?ああ・・・悪いけど、あんまり私には合わないかも」
「そうなの?いい人なんだけどね〜」
いい人の気配が無いっつ〜の・・・。
あの女、隙がねぇ時点でおかしい。
相当武道をやってる人間でも、
俺が見て隙のない人間なんてそうざらにはいない。
まるで・・・人外の者の様な不気味さがあるな。

4月13日(日) PM4:18 曇り
寮の外周・裏庭

俺は裏庭で、また昨日の事を考えていた。
そこは比較的広い、何もない草原の様な場所だ。
たまに草をむしっている男子を見かけるが、
女子がやっているのを見た事はない。
とことん女子には甘い学園って事だ。
「・・・・・・」
空は涙を流すのを止めたが、まだ少しどんよりとしていて、
雲行きの怪しい灰色の空が妙に胸をざわつかせる・・・。
昨日、ここで確かに俺は死体を見た。
それも焼け焦げた酷い有様を。
それがなぜ、黒い炎と共に消えてしまったんだ?
紅音も確かに見ていた。
今となっては確かめようのない出来事だったが。
「被呪者か。ここから去った方がいい」
そんな声が聞こえて、俺は後ろを振り向いた。
そこには黒いマントの様な物に身を包んだ人がいた。
声から察するに多分女だと思う。
「あなた・・・誰?」
「私はいわば、神の尖兵であるとも言える者」
・・・やばい。
ミッション系の学校だからって、こんな奴本当にいるのか・・・。
「はいはい、よ〜く解った」
「・・・む、その目は疑っているな?」
と言うよりそんな事をすぐ信じる奴は、
この世界で生きていけない気がするのだが・・・。
「神様の部下って事でしょ?いわゆる天使?」
「天使・・・まあ、そう呼ぶのがベターかな」
うわっ、こいつは幻想少女まっしぐらだな。
「・・・目が私を疑っているんだが」
「そんな事ありません。あなたの名前は?」
「な・・・まえ?」
「そう。名前」
「そうだな・・・選定されてはいない」
いちいち小難しく言う必要がどこにあるんだ?
まあこういう娘の場合、信じてあげるのがいいかもしれない。
下手に疑ってかかると空飛びそうだからな。
「ベリアルに狙われているそうだな、高天原凪」
「凪で良いよ。まあ、そんな話もあるみたいだけどね」
「・・・気をつけろ。奴は必ずしもお前を狙うとは限らないぞ」
「どういう事?」
「奴が一番好きなのは、処女を奪った直後の女の魂だ」
「処女・・・!?」
って言う事は俺なんかは絶対安全圏じゃね〜か。
何しろ男だからな。
「凪、お前の同居人・・・気に掛けた方がいい」
「えっ?それ・・・一体」
風が吹き上げる様に縦に突き抜ける。
俺は目を開けていられなくて、瞬間視界を閉ざされる。
「・・・!?」
その直後には、その黒マントの女は居なくなっていた。
・・・ここ辺りに隠れる様な場所はないぞ?
たった一瞬目を離しただけで、目の前から消え失せた?
そんな・・・馬鹿な。

4月13日(日) PM8:18 曇り
寮内自室

とりあえずこの部屋に誰かが来る気配はない。
だが、ベリアル(?)が紅音の処女を奪いに来るかもしれない。
あの女の発言は、そこだけなぜか真実味があった。
それに、これが杞憂に終われば、それはそれで良いと思う。
「凪ちゃん、今日も楽しかったね」
「・・・うん」
「なんか返事が普通だよ?凪ちゃん」
俺はいつも普通だ・・・むしろ楽しかったかどうかって、
そりゃあどう答えれば良いんだ?
「紅音、明日はまた学校だよ。もう寝たら?」
「凪ちゃんこそ、まだ寝ないの?」
「うん・・・ちょっと考え事」
「じゃ、私先に寝るね?」
紅音は爆睡モードに入ってしまった。
俺は昨日から寝てないんだけど・・・。
くそっ、気持ちよさそうに爆睡しやがって。
結局あの黒マントの女は、あれっきり現れない。
・・・今日、何かが起こるのか。それとも明日?
とりあえず、このままじゃ俺の体が・・・もたない。
ま、寝てても誰かしらドアを開ければ解るだろ。
それまでとりあえず寝るか・・・。

4月13日(日) PM10:23 曇り
寮内自室

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「あれ?俺・・・」
辺りは真っ暗だが、一応自分の部屋だとは認識できる。
そうか・・・昨日寝てなかったから、うっかり寝てたのか。
「・・・紅音?」
ベッドの二階はもぬけの殻だった。
トイレに行ったのか?
・・・しかし嫌な予感が俺の頭を掠める。
ドアへと足を運ぶ。鍵がかかったままだ。
やられた・・・!間違いない、ベリアルだ。
俺は急いで廊下へ出るが、手がかりは何もない。
このまま紅音が処女を奪われ、
殺されるのをただ待っているしかないのか?
俺はなんて迂闊なんだ・・・!
起きてるだけ起きてればよかったのに。
今日だけでも・・・起きてるべきだった・・・!
その時目の前が暗転した気がした。
「凪・・・こっちだ」
黒い影が俺を導く。あの女だ。
端から中央へ向かいエントランスの中央階段から、
二階・・・三階へと上っていく。
三階は、三年の先輩方の部屋がある。
俺はその時、大体の謎が解けた。
廊下を駆け抜けある一室で足を止めると、鍵を使わずにドアが開く。

4月13日(日) PM10:28 曇り
寮内三階・水連の自室

「やあ、凪君か。今は宴の最中なんだけどねぇ」
そこに紅音はいた・・・しかし、目がどこか虚ろだ。
それに上着がはだけていて、下なんて下着しか付けてない。
こ、これはお子さまにはキツイ絵だぞ。
「あれ?」
気付くと、あの黒マントがいない。
辺りを見渡しても、黒マントの女は居なかった。
・・・なんだコレ?
まさか俺一人でどうにかしろっていうのか?
「もう少しじっとしてれば、すぐに終わるよ紅音」
「はい・・・水連さん」
「紅音!何考えてんだ!目ぇ覚ませ!!」
しかし、紅音は水連・・・いや、
ベリアルを見つめたまま黙っている。
「くそっ、水連!」
「フフ・・・ククッ、君は要らないんだよ。
 どんなに美しくとも、女としての機能を持たない君はね」
畜生、とっくに俺が男だってバレてるみたいだな。
まあこんな悪魔にバレても構わないが。
俺は水連めがけて、全力で走っていた・・・しかし、
ふいに体が持ち上がり、空中で制止したまま動かなくなる。
それこそ、人差し指一つ満足に動かない。
・・・これが世に言う超能力か?
「なんで・・・紅音なんだよっ!そいつを放してくれっ!」
「なぜって?特に理由など無いさ。
 私の力を維持するための術者が殺されてしまってね・・・。
 仕方なく、力を維持するためにとりあえず、
 身近な紅音の魂魄を頂く事にしたんだよ」
「術者が・・・?」
「そう。君が見た焼死体は、君に告白してしまった愚かな男だ」
あの時の純情そうな男・・・あれがそうだっていうのか?
胸の奥が焦燥する。それでも体は動いてくれない。
「くおぉ!動けっていってんだろ!!」
「君はそこで、紅音と私のまぐわう姿でも見ていてくれ」
「水連さん、早く来て・・・」
絶望的な光景・・・。
俺の目に映るのは、人の形をした悪魔と友達の
抱き合おうとしている姿だった。
「いい・・・加減に、しろ!」
体が呪縛から離れ、自由を手にする。
「水連!」
「下等な・・・人間風情が!」
水連が手を伸ばすと、俺は一気に壁まで吹き飛ばされた。
「がはっ!」
壁が崩れ、俺は床へと倒れ込んでしまった。
そうすると、骨が折れたと錯覚するほどの痛みが襲う。
「ぐっ・・・」
「それだけの美貌を持っているというだけで、
 紅音を自分の物にした気になるなよ・・・」
こいつの言葉、さっきから聞いていると悪魔らしくない。
まあ、悪魔らしさなんて良くは知らないが・・・、
どことなく・・・人間の憎悪が見え隠れしている。
ベリアルと言う意識の中に、水連が残っているのかもしれない。
「さあ紅音、一つになりましょう」
「うん、水連さん」
紅音はどうしてか知らないが、正気を保っていない。
このままじゃあいつの魂が・・・!
「くっ・・・」
胸の下辺りを手で押さえてみる。
よし、どこも骨は折れていないみたいだ。
俺は必死で全気力をかき集め、なんとか立ち上がる事に成功する。
奴はすでに紅音しか見えてはいない。
チャンスだ。
「はっ!」
俺は、水連にハイキックをぶち込んだ。

パシッ!

俺の足は水連の顔の手前で不思議と止まってしまう。
「・・・貴様、目に余るな。先に貴様を片付けるとしよう」
「え・・・」
マジで?
紅音から注意が逸れたのは良いが、
俺ってもしかして死の危険に見舞われてるのか・・・?
「・・・死ね」

バタンッ!

「っ!」
後ろのドアが勢いよく開いた。
「凪、引きつけておいてくれて助かった。礼を言う」
いきなりドアから歩いてきたのは、黒マントの女だった。
た、頼むからもっと早く来てほしかったぞ・・・。
「・・・危ない!」
水連は手から槍の様な物体を出して女に投げつけた。
そこにあるはずのない物が発現したとしか思えない。
しかし黒マントの女は人間とは思えない瞬発力と跳躍力で、
俺の隣まであっという間に飛んできた。
「貴様・・・一体?」
水連はその女を必死で睨み付けている。
しかし女は微動だにしない。
「すまないな凪。本体がこちらに来ていなかったのだ」
「本体?」
「私の体の事だ」
つまり、さっきのって生き霊なんすか?
「ベリアル・・・貴様の本体が顕在化できる程の、強い魔動力を
 持ち合わせていない人間に召喚されたのは残念だったな」
言っている事がよく理解できないが、
多分ベリアルは本気を出せない状況なんだろう。
「その程度の手動の具現力では、勝ち目はあるまい」
「さあ、それはどうかな?
 人である貴様に負ける道理はない」
水連が、黒マントに飛びかかる。
いや・・・違う、手が伸びているんだ。
「くっ」
黒マントの女は、それを手で払い落とす。
「気を付けて!」
水連は手を伸ばしながら、詰め寄っている・・・!
あの体勢じゃ黒マントは避けきれない!
「・・・案ずるな」
それを黒マントは、闘牛士の様に鮮やかに避わす。
目で追うのが精一杯の動きだ。
黒マントはすれ違いざま、手をポンッと水連の頭に置いた。
その瞬間、水連の頭が炎上する。
「・・・!」
何でもアリなのか、この戦いは・・・。
「ただの炎で、私を殺せると思ったのか?」
水連は手で炎を振り払う・・・さすが、人間じゃない。
「フン・・・貴様、ただの人では無いようだな。
 だが、この生娘の幽魂さえ手中に収めれば・・・」
「無駄だ、去ね」

その瞬間――――

あの時見た様な黒い炎が水連を包んだ。
「ふんっ!たかが炎など・・・これ、は?・・・黒い炎?」
いくら水連が足掻いても炎が消える気配は無い。
水連は紅音から距離をとっていたので、
紅音に飛び火するような事は無さそうだ。
しかしその黒い炎は建築物などには目もくれず、
その標的だけをひたすらに焼き尽くしている。
「そうか、貴様があの、異端者・・・」
「異端・・・?それは貴様等悪魔だろう」
「フフ、面白い。この私を相手に、一歩も怯まぬとはな・・・」
「戯れ言はもういい。燃え尽きろ」
「・・・せめて完全な形で貴様と・・・相見えれば、
 必ず貴様を我が生け贄としてやったものを・・・」
その台詞を残し、水連は燃え尽きて消えてしまった。
紅音はそのまま床に倒れてしまう。
俺はなんとかして紅音の側に歩み寄った。
「紅音、大丈夫?」
「・・・ぐぅ」
どうやら再び爆睡モードに突入してしまった様だ。
辺りは静けさを取り戻し、押し黙ってしまった。
俺はなんとか立ち上がると、女の方へ歩いていった。
「あの・・・君のおかげで助かったよ」
「礼には及ばない。凪も、女性の身で無茶をする・・・」
「あ・・・そう」
俺の事は女だと思っているみたいだな。
結構バレる覚悟はあったんだが・・・助かった。
まあ、別にこいつにバレても問題は無さそうだが。
「それより、今日の事は誰にも話さない事だ。
 特に水連の事はもう忘れろ。死んだからな」
さりげなく、とんでもない事を言いやがる。
「・・・そういえば、昨日の焼死体もあなたの仕業なの?」
「焼死体?そうか、凪は見ていたんだったな。
 迂闊だったよ・・・人に見られていたとは」
そう言って女は酷く不謹慎な笑みを漏らす。
俺達をベリアルから助けたかと思えば、人をためらい無く殺す。
一体コイツは何なんだ・・・?
「彼も水連も、悪魔の力を借りるつもりが、
 逆に魂を奪われてしまったのだ。だから抹消した」
「水連も・・・?」
「水連は紅音が君に盗られたと思ったんだろう。
 元々嫉妬深いらしいからな」
「え・・・なんで、そんな事まで?」
「・・・さあ?」
そうして女は悪戯っぽく笑う。
それは、俺の目にとても眩しく映った。
「縁があれば、またいずれ会うだろう」
「・・・あなた、名前は?」
「私に名はない。だが、この国ではこう呼ばれているよ。
 星翔葉月・・・とね」
「え・・・葉月!?」
そういってフードを取ると、
そこには紛れもない葉月の顔があった。
「凪、私と葉月は同じでいて少し違う。
 くれぐれも葉月に、私の話はしない様にな・・・」
「・・・うん」
そして、葉月は窓から夜の空へと消えていった。
あいつは一体何者だったんだろうか?
まあ何にしても、とりあえずゆっくり睡眠が取れるみたいだ。
なんとも不思議で危ない一日だった。

4月14日(月) PM12:53 晴れ
1−3教室内

翌朝学校へ来てみると、水連の消失事件で持ちきりだった。
勿論何も知らない紅音はただ、途方に暮れていた。
珍しく教室で食事をとってるのは良いが、
紅音は相変わらず食べるのが遅い。
「一体どこに行っちゃったんだろう?水連さんは・・・」
「・・・さあ、好きな男と一緒にかけおちとか?」
「そんな、事・・・ないよ〜〜」
「わぁっ、紅音泣かないでよ」
ったく、俺も女らしくなっちまったもんだ。
だけど紅音を慰める事が出来るのは女としての俺だ。
男の俺じゃどうしようもない。
「大丈夫。どこかで紅音が、
 そうやって泣いてないか心配してるよ」
「・・・うん。凪ちゃん、私の事慰めてくれてるんだよね、
 ありがとう・・・元気出てきた」
「そっか、じゃあ景気づけにサッカーでもやろっか?」
「・・・紫齊」
いきなり出てきて、サッカーやろうはねぇだろ。
少しは雰囲気って物を察して欲しい物だ。
「うん、じゃ凪ちゃん行こっ!」
「は?・・・うん」
はぁ、立ち直りの早い事で宜しいですね。
いや全く。
そして肝心の葉月はと言えば、
いつも通りに学校へ来て授業を受けている。
「私、ちょっと葉月に会ってくる」
「え?じゃあ第二運動場で遊んでるよ」
「うんっ、紫齊ちゃんと遊んでる〜」
紅音がもういつも通りに戻ってる。
ただ・・・俺が疑問なのは、紅音は飯を食べたかと言う事だ。

4月14日(月) PM1:05 晴れ
学校野外・開放エントランス

「ここに居たのか・・・」
「凪さん・・・」
葉月は、中央の野外エントランスでベンチに腰掛けていた。
俺を見ても、さして動揺している気配はない。
本当に、あの時の黒マントは葉月だったのか・・・?
「葉月、昨日の夜って寝てた?」
「え・・・その、よく覚えてないんです」
「覚えてない?」
「はい・・・すいません」
「いや、謝る事じゃないよ」
俺もは葉月の隣に腰を下ろして、葉月を見てみる。
・・・確かにあの女は葉月の顔をしていたんだが、どうだろう?
確かめる方法は無い。
「そういえば凪さん・・・どこか怪我してますか?」
「え・・・うん、してるけど・・・なんで?」
「その、なんとなく、そんな気がして」
・・・二重人格なのか?
なんにせよ、今の葉月に昨日の事を言うのも変だな。
とりあえず無事に俺と紅音は助かった。
それでいい気がする・・・。
でも、ベリアルを呼び出したために葉月に殺された
あの男と水連はどうなるのだろうか?
無慈悲に焼き殺され、この世界で弔う事すら出来ない。
あの黒い炎に身を焼かれて、ただ黒い陽炎だけを残し・・・。
「私の黒い炎は、全てを無にする神の裁きとも取れる」
「・・・葉月?」
「凪はどうやら、好奇心が強すぎるようだな」
「・・・」
そう言って葉月は、諦めたように笑った。
「教えよう。私は葉月の体を借りているに過ぎない。
 必要に応じ、悪魔の降臨した場所へ赴く。
 そのために必要とあれば、人の体を借りる事もある」
「・・・ひとつ聞いて良い?悪魔を倒すだけなら、
 あの二人を殺す必要はなかったんじゃないの?」
「確かに助ける事も出来る。だが、
 一度悪魔を呼び出した者は抹殺するのが理だ」
神の尖兵。彼女は前にそう自分を表現した。
確かにそれは正しい。神のための盲信者という意味では。
だが、俺にはそんなのは納得できるはずがない。
俺はこの世界の法律に生きてるわけだし、
それは大概の人間がそうなはずだ。
人が・・・そんな事で死ぬのはおかしい。
「葉月、君は間違ってると思う」
「・・・そうかもな。だが、私の力は神が授けし魔を払う力。
 間違っていても構わない。神が認めているのなら」
「・・・葉月」
「ふ・・・凪、君が悪魔に憑かれたら、骨も残さず焼いてあげるよ」
か・・・勘弁してくれ。
「悪魔は、いつも近くにいる。気をつけてくれ」
そう言うと、葉月は校舎内へと歩いていった。
なんだか・・・俺は、とんでもなくやばい事に
首を突っ込んだのかもしれない・・・。

4月14日(月) PM6:18 晴れ
寮内自室

「わ〜いっ、また勝ったよ〜」
「くっ・・・紅音、ポーカー強いね」
「強いも何も、凪ちゃんワンペアばっかだもん」
・・・それが普通の気もするが。
なんで紅音はストフラとか強力な役ばっかり出るんだ?
「凪ちゃん弱いよ〜」
「むっ・・・言ったな」
畜生。こうなったら絶対一回は勝ってやる!
こんこん。
ドアのノックする音が聞こえる。誰か来たみたいだ。
「あ、は〜い」
「こんばんはぁ〜」
「紫齊。どうしたの?」
「紅音と凪の部屋に泊まりに来たんだよ」
「は・・・え?どういう事?」
「別に歓迎だよ〜、ねっ、凪ちゃん」
「あ、うん・・・まあね」
馬鹿野郎、人が増えるとそれだけ
俺が男だってバレやすくなるだろ・・・。
「凪、今日は腰を落ち着けて、じっくり話そうか」
「え・・・って、それ・・・お酒?」
「そうだよ?ポン酒だよポン酒」
「私、お酒飲めないよ〜」
「紅音・・・これはい!」
「え、むぐぐっ」
紅音がポン酒を一気だ・・・しかも無理矢理。
あ、紅音の目つきが変わってないか?
「凪ちゃ〜ん・・・目が回ってるよ〜」
「紫齊・・・なんて事を」
「え?」
「紫齊ちゃんも、ほら〜」
「うぐっ、ちょっと、紅音・・・わっ、凄い力・・・」
このままだと、俺にまで飛び火してきそうだ。
俺はどうにか寝て誤魔化そうと試みた。
「凪ちゃん・・・寝るなんてずるい」
「ちょっ、私に酒を強要しないで!」
「凪ぃ・・・一人だけ素面は汚いぞぉ・・・」
紅音の異様な腕力で押さえつけられて、
紫齊が俺の口にまるごと一本の日本酒を近づけてくる。
ごきゅごきゅごきゅ!
「・・・ぷはぁ」
結局、一升瓶を一人で空にしてしまった。
「凪ちゃん、お酒強〜い」
「凪、まだまだあるから焦るなよ」
この二人、出来上がるのが早すぎるぞ・・・。
「ほら、今度はこれにしよ〜」
「おぉ!天狗舞とはお目が高いね紅音ちゃん!」
紫齊はどこかおっさんぽい気がする。
ていうか二人とも酒弱いくせに、
ガンガン飲みまくるんじゃねえ・・・。
「凪ちゃ〜ん好〜〜き〜〜」
「うわっ!飛びついてこないで!」
「にゃ〜〜〜」
くそ、俺は睡魔の次は理性との戦いかよ。
体力がマジで持たねぇぞ・・・。
そんなやり取りを繰り返しながら、
昨日よりも長い夜は始まりを告げてしまった。
俺が熟睡できる日は、とても遠い・・・。

 

−黒の陽炎「黒の陽炎編」END−

Chapter3へ続く