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黒の陽炎

著作 早坂由紀夫

Chapter1
「炎の予感」

2008年 4月12日(土) AM7:55 曇り 
寮内自室

俺は今、全寮制の高校に通っている。
主人公っぽく紹介すると、
俺の名は高天原凪(たかまがはらなぎ)。
・・・って所だろうか。
この学校はミッション系の学校で、
吐き気のするぐらい規律の厳しい所だ。
俺がわざわざこんなクソ学校に来たのには、
そして女のフリをして通っているのには
ふか〜いふか〜いワケがある。
それは、俺が他の高校に落ち、
母親の知人の居るこの学校に来た時だった・・・。

同年 2月20日 (水) AM9:15 晴天 
校長室にて

中に入ると、金を幾らかけてるのか聞きたくなる様な
豪華絢爛な校長室が目の前にあった。
これで、よく学生がキレないな・・・。
俺の学校だったらぶっ壊しモノだが。
それはともかく、校長と俺達はソファーに座って
紅茶を飲みながら話を進めていった。
「校長先生、うちの凪が入れないってどういう事ですか?」
「ええ、残念ながら男子生徒の空きは現在有りませんで・・・」
男子生徒がいっぱいか。ああ、良かった。
俺がこの学校に通う事はないな。
「じゃあ女子生徒はありますか?」
「え?ええ・・・まあ、ありますが」
・・・・・・。
家の親はどこか飛んでると思ったが、
まさか・・・俺のモノを切る気か?
「じゃあ、凪を女子として入学させなさい」

ド――――ン!

必殺の札束攻撃が出た・・・。
あ、校長、生唾飲んだよ!
・・・俺の人生はどうなるんだ?
「凪、じゃあ女子高生用の制服買っておくから」
そう。
俺には制服だけで事足りるんだった。
俺は母親の趣味か知らないが、
ずっと髪が腰まで伸びたまま今まで過ごしてきた。
髪を切るのには、母親の許可が居るからだ。
無断で髪を切ったりすると黒服さん達が俺を捕まえて、
その一日は説教されて終わる。
おまけに一週間女物の服で学校へ行かされた。
その時が小学校で本当によかったが・・・。
しかも、髭に至っては寝てる間に永久脱毛してやがった。
無論、手足も・・・。
クソ、この野郎・・・。
いつか生えてきてくれる事を、切に願いたい。
「声はどうするんだよ」
「はい、コレ」
そう言って渡されたのは、
どっかで見た様なボイスチェンジャー。
「これって・・・アリなの?」
「ああ、設定はいじっちゃ駄目よ」
その変声器を喉の辺りにつけて、
とりあえず俺はそれで喋ってみた。
そこからは、とんでもなく可愛い声が・・・。
しかも自分の声が聞こえね〜。
「おいっ!これ俺の声は?聞こえないぞ?」
「凪、音の研究はそこまで進んだのよ」
「そんな馬鹿な・・・」
「あんまり下品な言葉遣いをするのはやめてね。
 男だってバレたら大変な事になるでしょ」
要は使っている間、俺の声を吸収して
変声器から声が出るらしい。
そんな事が可能だとは・・・恐ろしい。
唯一の幸運は、モノが無事という事か。
しかし、胸はこのままでOKなのか?
・・・・・・。

同年 4月12日(土) AM8:06 曇り
寮内自室

結局、胸パットも送られてきた。
しかもかなり精巧な出来の奴が。
ちょっとやそっとの衝撃じゃ外れる事はないし、
パットだって解る奴なんか職人さんぐらいだろう。
・・・っと、少し物思いに耽っただけでコレだ。
周りが慌ただしくなってきた。
そろそろタイムリミットだ。
「おいっ!いい加減起きろ!」
「ひゃっ」

ずだだだだん!

勢いよく二段ベッドの二階から転げ落ちたのは、
同じクラスで同じ寮の部屋の、
如月紅音(きさらぎくおん)。
ドジで馬鹿でおっちょこちょいで、なおかつ寝起きが悪い。
俺はおもり役じゃあね〜ぞ!と声を大にして言いたい。
「痛いよ〜凪ちゃん」
「・・・はいはい」
多少は女言葉を使わないと、あやしまれるかも。
今までは適当に相槌だけで済ませてきたが、
あんまりそう言うわけにも行かないだろう。
バレたら即死亡だからな。
なにせ俺のプライドが許さないし、変態の烙印を押される。
それに紅音と一緒の部屋にいるってのがかなりまずい。
こいつにまで被害が及んでしまうし、
下手したら紅音次第では俺が捕まる可能性すらある。
「凪ちゃん、どうしたの?」
「ううん、は・・・早く行こうよ」
言ってて顔が真っ赤になりそうになる。
駄目だ・・・諦めた方がいいかも。
「じゃ着替えよ〜っと」
「え・・・」
いきなり紅音はパジャマを脱ぎ始めた。
勿論、俺は後ろを向くしかない。
「どうしたの?凪ちゃん」
「な・・・なんでもない」
目の前で脱がれたら、さすがに俺でも照れる。
「あっ、もしかして私なんか変?」
お前は存在自体が変だ、と言おうとしたが
紅音が背中にすり寄ってきたので無理だった。
「なっ、何してん・・・のよ」
「ねぇ凪ちゃん、私変な所ある〜?」
「無い、って」
頼むから、背中に胸を押しつけないでくれ〜〜!
その間にも、時間は無情に流れていった。

4月12日(土) AM8:43 曇り
1−3教室内

「ったく、誰のせいで遅刻しましたか〜?」
「え、だ・・・誰かな〜?妖精さんかな〜?」
「妖精が見える様にしてあげようか?」
「わ〜ん、許してよ凪ちゃ〜ん!」
まあ、一応無事着いたので許してやるか。
遅刻したが。
H・Rはとりあえず終わり、今は暇を持て余していた。
1時間目が始まるのを待つだけだ。
「あ、あの・・・」
隣から声がすると思ったら、男子生徒が立っている。
とっても嫌な予感が頭をよぎった。
「これ、読んでください!!」
そう言うなり、男は走り去っていった。
俺の手元に怪しげな封書を残して・・・。
まさかこれは、考えたくないが
ラブレターと言う前世紀の遺物か?
今時純情な奴だ。
普通ラブレターなんて使わないと思うぞ・・・。
だから余計に惨いな。
「わぁ、凪ちゃんモテるね〜」
「・・・」
俺にどうしろと?
悪いがカマを掘られるわけにはいかない。
なので、返事は一つしかないだろう。
ビリビリビリ。
細かくちぎって捨てた。
「あ、酷〜い。折角貰ったのに」
「直接言えもしない奴はダメ」
まあ、直接言ってきても男は全然ダメだが。
ふと手紙の残骸を見ると、はじっこだった辺りに
変なマークが着いているのを見つけた。
複雑なマークだ。
○の中に色々な線が入っている。
「ねぇ紅音、これって何だろう?」
「それ、今流行ってる魔法陣だよ」
それはお前の頭の中だろ・・・と言うのはやめておいた。
「あ、でもこれってベリアルの召喚・・・。
 こんなの、なんでラブレターに?」
「さあ・・・?何そのベリアルって?」
「魔界で1、2を争うほどの凄い悪魔だよ〜。
 しかも格好良いんだって」
聞くんじゃなかった・・・。
まず魔界って、どこだよ。
それに格好良いんだって・・・って、俺に同意を求めるな。
そういえば、この紅音て言う女は
オカルト関係はとても強いって誰かが言ってたな。
本人は、たいしたこと無いよ〜とか言ってるが、
今の言動を見る限り、多分かなりのものでしょう。ええ。
「さっきの人、なんでこんな魔法陣を描いたのかな〜?」
「・・・ていうか紅音、手紙に何で魔法陣を描くの?」
「恋愛成就の悪魔が居るんだよ〜」
恋を悪魔に頼むなんて、縁起でもねえ。
しかも、よくこの学校で流行ったモノだ。
「よくこの学校で流行ったなぁ・・・」
「うん、実は結構先生に見つかるとヤバイらしいよ〜」
「そりゃあキリスト教だからな・・・ね」
まだ油断すると、男言葉が口をついて出る。
気をつけないと・・・。
「でも、なんでベリアル?
 恋愛成就の悪魔はゴモリーだよねぇ」
もうこの疑問モードに入ったら、
紅音は止まらない・・・ゴモリーってなんなんだ?
きっと、あいつは授業中もずっと考えているだろうな。

4月12日(土) PM12:52 曇り
学校野外・開放エントランス

何でか知らないが、俺は紅音と一緒に飯を食っている。
こいつはこれだけ一緒にいるにもかかわらず、
俺が男だって事に気付いていない。
相当な鈍感娘だ。
しかも、朝からずっと魔法陣の事について考えている。
「紅音・・・ご飯冷めるよ」
「うん、でも解らないんだよね〜」
「いつまで考えてるんだよ・・・」
それに・・・今の所、空に雨の気配は無いが、
なんでわざわざ外で飯を食ってるんだろう?
「なあ紅音・・・」
「あ〜〜〜〜〜!」
「え゛っ!?」
「そうだっ」
いきなり紅音は、携帯を手に電話を掛け始めた。
「・・・あっ、水連さん?」
水連?誰だろう。
紅音の彼氏か?
・・・いや、こいつにそんな奴が居るはずない。
それに水連って女っぽい名前だし。
まあ、俺も人の事は言えないが。
「はい、そうなんですけどぉ・・・」
「・・・」
「あっそうですよね〜」
「・・・」
しばらく飯食って時間つぶすか。
俺は弁当を勢いよく食べ始めた。

・・・・・・

気付くと飯は既に無くなっていた。
紅音はまだ電話中・・・。
先に教室で待ってるか。
俺はとりあえず教室へ向かって歩き出した。
すると、男女構わず俺をじろじろ見てくる。
たまに女からプレゼントを渡されるが、
これは喜ぶべき出来事なのだろうか・・・?
「あのっ、授業頑張って下さい!」
見知らぬ女が話しかけてくる。
話しかける内容にしては陳腐なものだが、
一応ちゃんと返事しておく事にする。
「え・・・ああ、君もね」
「は、はい〜」
・・・・・・。
「君もねって言われちゃった!きゃ〜〜!」
「え〜、ずるいっ」
「そうだよ〜。凪様に近づかないでよ〜!」
これも喜ぶべきなんだろうか?
いや・・・それは人としていけない気もするな。
そして、頼むから様付けだけは止めてほしかった。
教室で座っていると、大体の奴が俺の方を見ている気がする。
最初は自意識過剰だと思ったが、違った。
男女両方からモテるのは嬉しくもあるが、
男は勘弁してほしい。女も今は嫌だ。
しかしモテている事を本人が解るレベルのわりに、
あまり他の奴が話しかけてくる事はない。
なぜかは知らないが・・・神格化されてんのか?
そう考えると、紅音は結構珍しい方だと思う。
人間的に珍しいだけかもしれないが。
「お〜い」
「・・・お前もだった」
「え?何が?」
もう一人、俺になんの気兼ね無しに話しかけてくる女がいた。
「もうご飯食べたんだ。早いね」
「まあ・・・ね」
こいつは古雪紫齊(ふるゆきしさい)。
とんでもなく難解な名前だが、本人は至って分かり易い。
単純で行動的な奴で、結構俺は気に入っている。
・・・すぐ運動したがらなければ。
「じゃあさ、バスケやろうよバスケ!」
「やらない」
「え〜、だってすごい上手かったじゃん」
「・・・」
そりゃあ、女と比べて体力面で劣ってたまるか。
これでも大体のスポーツ・格闘技は覚えさせられた。
やった事無いのは、少林寺拳法とカポエラくらいだ。
「ねえほら!やろうよ〜!」
「やだって・・・」
体を動かしたり肌を露出したりすると、
性別がバレる危険が増すからあまりやりたくない。
これは当然だろう。
「あっ!紫齊ちゃ〜ん!」
「紅音」
「やっと帰ってきたか」
「うん、解ったよ。あの魔法陣の意味」
「魔法陣?」
「おれ・・・私が貰ったラブレターに描いてあったの」
もう、プライドは8割方捨てた方がいいな・・・。
「ふ〜ん」
「それより紫齊ちゃん、バスケやるの?」
「うん、紅音もやる?」
「やりたいけど・・・」

キーンコーンカーンコーン×2

「あ、もうこんな時間かぁ」
気付けよ・・・俺が帰ってきた時点で、
もうあんまり時間無かったんだから。
「じゃ、またね〜」
そう言って紫齊は走って教室へ帰っていった。
あいつはなんで、違うクラスの俺の所まで来るんだ・・・?
「ね、紫齊ってなんでこのクラスに遊びに来るのかな」
「はぁ〜〜。凪ちゃん、それは凪ちゃんに
 会いに来てるに決まってるでしょ」
なんてこった。
確かに紫齊はボーイッシュだが、
そんなに積極的な一面があったとは。
まあ確かに良い奴だとは思う。
しかし俺にも心と身体の準備が・・・。
待て。
俺は今、女として認識されてるはずだ。
・・・なんだ。気に入られてるだけじゃないか。
「それにしても凪ちゃんて、本当に完璧だよねぇ」
「・・・え?」
「ミス・パーフェクト?」
「あ・・・そ」
ったく、女として完璧でも俺は嬉しくね〜。
大体パーツは胸にしろ声にしろ偽物ばっかなんだから、
完璧なのも当たり前なんだと思うが。

4月12日(土) PM3:18 曇り
1−3教室内

放課後になり、周りの奴らは思い思いに
まったり空間を楽しんでいる様だが俺はと言えば・・・。
「ね、凪ちゃん。ベリアル送ってこられるなんて
 きっと誰かに恨まれてるんだよ」
という、陰湿かつダークな話題だった。
「恨まれてるって・・・あれ、ラブレターじゃなかったっけ?」
「可能性なんか幾らでもあるよぉ。
 その子に教えた人がわざと嘘を教えたとか」
こういう話になると、なんで紅音は鋭いんだ?
まるで推理小説とかの主人公みたいだな・・・。
と、紅音の隣に見知らぬ女性が立っている。
その子の瞳はまるで、俺の事を凝視しているかの様だった。
存在が唐突すぎて、思わず声を掛けてしまった。
「・・・君、このクラスだっけ?」
「え・・・あ、あの」
「凪ちゃん、この人は葉月ちゃんだよ」
「葉月?」
「あ、はい。私、あの、
 星翔葉月(せいしょうはづき)と、申します」
「ああ、こちらこそ・・・よろしくね」
お淑やかな娘だ。
肩に掛からないくらいの髪、穏やかな物腰。
どこか大和撫子と言う言葉を連想させる。
ただ、俺の嫌いな言葉の一つだが。
(理由は、よく俺がそう言われてたからに他ならない)
そして少し人と話すのが苦手な様に見える・・・
こんな娘がいたなんて知らなかったな。
「葉月ちゃんは、紫齊ちゃんと同じ1−1だよ」
「へぇ・・・じゃあ、紫齊が五月蠅くて勉強できないでしょ」
「いえ、そ、そんな事・・・ありません」
そのおどおどした仕草は、
いじらしさを超えていらつくレベルだ。
しかし、だんだんと話がずれてきた様な・・・。
「ねぇ紅音、もともと何の話をしてたんだっけ?」
「えっとぉ〜、凪ちゃんが貰った手紙の話だよ」
「そうそう。それって、なんかまずいの?」
「う〜ん、一概には言えないけど、
 ベリアルの召喚だったら・・・凪ちゃんを殺す気かも」
それって・・・かなりデンジャーじゃないか・・・?
俺を殺すって言われてもなあ。
あの訳のわからない記号に、呪われるとでも言うのか?
「あの、凪さんて、狙われてるんですか?」
「え?いやぁ、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
「あ・・・え、あの、はい」
真っ赤になっている・・・滅茶苦茶可愛いな。
「凪ちゃん、私が守ってあげるからねっ」
「・・・紅音が?」
「うん。私に任せて〜」
紅音に任せるのはかなり不安だが、
さすがに何かが起きるとは思えない。
俺は、紅音の引き起こすトラブルに
気をつけた方が良さそうだな。
紅音の方を見ると、私に任せて!
と言わんばかりの笑顔をしていた。
不安だ・・・。
外を見ると俺の意志と疎通するが如く、
どんよりとした雲が太陽を覆い隠していた。

4月12日(土) PM9:38 雨
寮内自室

夜の9時過ぎ。
外は酷いくらいの雨で、雷が轟いている。
俺はその水滴の伝うガラスの向こうを見ていた。
・・・窓ガラスが曇ってるな。
相変わらず音だけでも凄い雨を目で確認しようと、
窓ガラスに手を伸ばした。
きゅっきゅっ・・・。
「わぁ!凪ちゃんその音止めて〜!」
「えっ?あ・・・悪い」
「む〜っ酷いよ、も〜!」
紅音は耳をふさぎながら、泣きそうな声でそう叫んでいる。
曇ったガラスを手で拭いただけなのに・・・。
なんでこんなに言われるんだ?
「そんなにこういう音嫌いなの?」
「うん、あの発泡スチロールのきゅって音とか、
 もう絶対にダメ〜〜!」
一人で耳をふさいでいる。
ピカッ!
一瞬窓の向こうが光って、外への視界を遮った。
突然の雷鳴と轟音。相当近くに落ちたな・・・。
「な、な、凪ちゃ〜〜〜ん!」
紅音が飛びついてくる。
避ける事も出来ずに、俺はなんとなく抱き止めてしまった。
「おわっ!ちょっ、ちょっと、紅音!」
「恐いよ〜〜」
俺に抱きついたまま、じっと震えている。
・・・ったく、こんなんで何から俺を守ってくれるんだ?
まあ、女らしいと言えば、そうなんだが・・・。
・・・・・・?
その時、外にふと人影が見えた気がした。
一瞬の出来事で、よく見えなかった。
「紅音、今外に人がいなかった?」
「えっ?」
紅音が驚くのも無理はない。
この激しい雨の中、しかもこんな夜遅くに、
この規律の厳しい学校を出歩く様な人間がいるとは、
俺もにわかには信じがたい。
しかしなぜか俺はとても嫌な予感がしていた。
「紅音・・・確かめに行かない?」
俺は紅音の頭に手を置いて、そう聞いてみた。
「え〜?凪ちゃん、本気?」
「勿論」
「・・・凪ちゃんがいれば、大丈夫かなぁ」
緊張していた紅音の顔が綻んだ。
俺をそんなに信用してくれても胸が痛む。
なにしろ、俺は紅音を騙しているんだから・・・。

4月12日(土) PM9:50 大雨
寮の外周・裏庭

この寮は学校とかなり近い場所に建てられており、
その距離は100mほどしかない。
そして寮と学校までの周辺は高い壁に囲まれていて、
人がいたなら3mほどもあるその壁を越えたとは思えない。
なら、まだ寮の裏庭付近にいる可能性が高い・・・。
俺はその人影に、とても嫌な雰囲気を感じていた。
例えるなら・・・悪魔?
・・・さすがにそれは馬鹿馬鹿しいか。
裏庭に回った俺達は人がいるかどうか確認してみた。
誰も居ない。
どうやらココにはいないみたいだ・・・。
「紅音、他を探そう」
「う、うん・・・」
紅音はさっきから俺にしがみついて離れない。
なんか、とても嫌な気配がするそうだ。
俺もさっきから、そう感じている。
「・・・やっぱり戻る?」
「凪ちゃん、ありがと〜!」
「あ、うん・・・」
気のせいだろうか。
俺達が来た道に、誰かいる・・・?
「紅音、あれ・・・」
「さっきは誰もいなかったのに・・・ねっ、凪ちゃん」
「そう、だよね」
その人影は近づいてきて途中でばたっと倒れた。
「あれ?どうしたのかな?」
「凪ちゃん・・・恐い」
遠目からは、黒い何かが見えているだけだった。
紅音のしがみつく力が強くなる。
誰かが倒れた場所に近づくにつれて、
俺はなんとなく何があるか想像がついてきた。
それは、紅音も同じようだ。
「紅音・・・目、瞑ってたほうが良い」
「え・・・う、うん」
紅音はじっと目を閉じる。
そこにあったのは焼け焦げた後の人の死体だった。
それもたった今焼かれたかの様に、
赤黒い皮膚がぱりぱりと音を立てている。
顔を見ようとするが、皮膚がただれていて判別できなかった。
「うっ・・・」
「ねぇ凪ちゃん、変な臭いがするよ?」
「・・・口で息してて」
「うん・・・何が、あるの?」
「黒焦げの・・・死体」
「えっ!!」
好奇心につられて見ようとする紅音を強く抱き締めた。
「な、凪ちゃん?」
「見ない方がいい・・・」
「う、うん・・・」
俺だって吐きそうなのを、必死でこらえている。
しかし不思議なのは、この雨の中、
ここまでどうやって焼いたかと言う事だ。
しかも、あまりの死体の熱さに、陽炎が出来ている・・・。
黒い陽炎・・・?
黒い炎に焼かれたというのだろうか?
燃え尽きたかに見えた死体は、
その瞬間大きい音を立てて、黒く燃え上がった。
そしてその死体は炎に踊らされるかの様に舞い上がっていく。
「凪ちゃん、何が起きてるの!?」
「ああ、見てみた方が早い」
「・・・え!?これ、炎?」
炎は煌々と、舞う様に燃えている。
「うん・・・いきなり燃えだしたんだ」
「いきなり?そんなのおかしいよ」
確かに不思議な現象だが、
目の前で起きたからには認めざるをえない。
すぐに火は燃え尽き、その後には何も残らなかった。
死体の一欠片さえも。
「一体・・・何だったんだ?」
「うん、わからない」
雨は相変わらず大粒で降り注いでいる。
しばらくして、俺達は寮へと帰る事にした。
寮に帰ると、玄関が濡れている。
「コレは・・・」
「どうしたの?凪ちゃん」
「なんで玄関が濡れてるんだろう?」
「えっ?だって・・・私達が出かけたからじゃ」
「私達は、出かける時濡れてなかったでしょ」
そう、出かける時は玄関先は乾いていた。
となると誰かが俺達より後に出て、
一足先に帰ってきたと言う事になる。
「一体、誰が外に出たんだろう・・・」

Chapter2へ続く