Back

銀色の花嫁

著作 早坂由紀夫

Chapter32
「暴走的愛情演技。」

 

9月01日(月) AM08:43 快晴
学園校舎・第一体育館

あの長かった愉悦の時。刹那の時。
俺達は夏休みに別れを告げてしまう。
その駄目押しで体育館での朝会&始業式。
嫌が応にも夏休みの終わりを突きつけられる。
絶望に打ちひしがれている俺。
結局休みの間に家に帰る事は出来なかった。
そして学校が始まったら始まったらではしゃいでる紅音。
校長はその光り輝く髪型をなびかせながら、
キリストを崇める祈りを捧げている。
生徒もそれに習って目を閉じて祈る。
ミッション系らしい儀式も久しぶりの事だ。
俺はとりあえず目を瞑って適当にやり過ごす。
こういう時に生徒会である俺と紅音は、
生徒の列から外れて舞台下に立っていた。
紅音はこういう時大人しいので助かる。
補佐の深織はさりげなく俺の手を握ろうと画策していた。
だが俺は両手を合わせて祈る事でそれを防ぐ。
・・・これじゃ仏教っぽい気もするが仕方ない。

9月01日(月) AM09:05 快晴
1−3教室内

教室に戻ってくるとすぐに黒澤がHRを始めた。
どうやら劇の話をするらしい。
劇の内容は生徒のオリジナルだそうだ。
「せんせー、誰の脚本なんですかぁ?」
そんな風に真後ろの亜樹が質問する。
すると黒澤は少し困った顔をして笑った。
「実はですねぇ、1−5の黒澤美玖が書いた話です」
その回答にクラスメイトは些かざわついた。
そりゃあ自分の妹が脚本書いてるわけだからな。
苦笑いも浮かぶだろう。
でも彼女にそんな才能があったのは驚きだ。
「ヒロインを・・・ですね、自分でやると息巻いてます」
そんな風にため息をつく黒澤。
美玖ちゃんが主役か。
特に誰からも反論はない。
だが次の瞬間、それは猛反発を呼ぶ事になる。
「それで主役はですねぇ、
 高天原君を希望しているんですよ」
「え〜〜〜!?」
クラスメイト達が不満の声を上げる。
ずるいとか、羨ましいとか。
しかし誰も俺にやるな、とは言わない。
もう疲れるので聞き流す事にした。
「で、恋愛ものだそうです」
「・・・は?」
俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。
だってそりゃあおかしいじゃないか。
俺は女として認識されてるわけで、美玖ちゃんも女なワケで。
って事はアブノーマルな世界?
「あ、高天原君には男の役をやらせたいんだそうですよ」
にやっと笑って黒澤はそんな事を言う。
男の役、か。
運命ってのは俺を馬鹿にしてるのか?
男の俺が女として、男の役をやる。
・・・早速こんがらがってきたぞ。
あまり巧くやりすぎてもおかしいよな。
これは俺的に凄く難しい役じゃないか?
だが俺のそんな消極的な意志とは別に、
クラスメイトの半分は反論を止めていた。
ふと隣の薊が俺を見ながら呟く。
「・・・男の役をやる高天原、ね」
笑いを堪えてる様な表情だった。
この野郎、俺の立場を解らせてやりたい・・・。
「でも格好良かったらまたファンが増えるね、凪」
そんな風に茶化す亜樹。
こいつらは俺をなんだと思ってるんだ。
・・・女だと思ってるのか。
紅音は紅音で別の心配をしている。
「ねぇ凪ちゃん、きすしーんとかあるのかなっ」
「・・・・・・」
それだけは無いだろう。
美玖ちゃんだって普通の女の子だ。
それに俺の事を毛嫌いしている。
まずそんな生優しいというか、ラブラブな演技はないはずだ。
でも意外とあの子、演劇部とかだったりして・・・。

9月01日(月) AM11:05 快晴
学校野外・公園跡

HRが終わると今日はすぐに授業が終わった。
なんにしろ始業式の日だしな。
そんな毎日午後まで授業があったら死ぬぜ。
で、俺はひなたぼっこをしに西の公園跡に来ていた。
とにかく今はぼ〜っと人生を楽しみたい。
結局、劇の話は俺が主役をやるムードだったので、
俺は先にやる事を表明してやった。
どうせ俺がやるんなら時間の無駄は避けたい。
それにしても疲れた。
人生は選択の連続だと言うが、
俺の場合・・・果たして選択肢はあるのか?
一応はあるのかもしれないな。
いつも切迫した選択ではあるけど。
と、俺の視界が遮られた。
「だ〜れだっ」
「真白ちゃん・・・と見せかけて深織だろっ」
「ぶっぶ〜。深読みのし過ぎです」
そう言って真白ちゃんが現れる。
彼女はそのまま俺の座るブランコの隣に座った。
ううむ、確かに深読みしすぎた様だな。
そこで俺は真白ちゃんがなんか爽やかに見えた気がした。
それもそのはず、真白ちゃんは久しぶりに夏用の制服を来てる。
まあ休み明けだから久しぶりに見えるんだろうな。
でもスカートを少し短くしてないか?
「あのさ、スカート短くない?」
「・・・う〜ん、ルームメイトの結羅ちゃんに
 短く切って貰ったんです」
そういうのって校則違反な気がする。
でも・・・俺だったら許すな、絶対。
ちらちらっと隠れてる太腿が見えるのが・・・いやらしい。
「可愛いですか・・・って、いやらしい目で見てる〜」
「えあっ、だ、だってさ・・・」
「スカートの中、見たいんですか?」
「えっ?」
言うが早いか真白ちゃんはゆっくりと立ち上がり、
自分のスカートを掴んで持ち上げた。
凄くゆっくりスカートが捲れ上がっていく。
思わず生唾を飲んでしまいそうだった。
真白ちゃんはそんな俺の視線をどう思ってるのか、
少し恥ずかしそうに笑っている。
もう少しスカートが捲れると太腿の付け根だ。
つまり、つまり下着が見え・・・。
「ここから先は有料になりま〜す」
そう言うとすぐに手を放す。
勿論下着は見えなかった。
「あの、ねぇ・・・」
深いため息が出ていた。
それってエロサイトの商法じゃねえか・・・。
完璧に俺の純情さで遊んでる。
これは一応釘を刺しておいた方が良いよな。
「そんな風に誘惑ばっかしてると、
 その内襲っちゃうかもしれないよ?」
そう俺が言うと真白ちゃんは固まってしまう。
やっぱりちょっと言い方が直球だったか?
しかし真白ちゃんは少し照れた様に笑う。
「え〜と・・・良いって言ったらどうします?」
彼女はそんな風に質問を返してきた。
なんてショッキング。なんていう殺し文句。
今、和姦が成立しました。
真白ちゃんは微笑んではいるが冗談を言ってる感じじゃない。
かなり流してしまいたい発言だった。
「・・・あのぉ、凪さんって結局誰が好きなんですか?」
凄くがっかりした様な表情でそう聞く真白ちゃん。
俺が少し引いたのが解ったみたいだ。
でもそんな質問をされてもなぁ・・・。
「誰も好きとか思ったりはしてないなぁ。
 そんな事思ってたらこういう生活は出来ないよ」
「そっかぁ・・・ですよね〜」
そんな風に返事すると真白ちゃんは遠くを見た。
何か考えてるみたいだけど、
彼女の横顔って普通の女の子だよな。
多分、今まで会った中で一番普通の女の子らしい子だ。
とそこで真白ちゃんが何かを思いついた様な顔をして俺を見る。
「でも凪さん、私と結婚しても良いって言いましたよね」
「・・・え」
「嬉しくて舞い上がっちゃうって言ってましたよね〜」
にこにこしながら真白ちゃんはそんな事を言ってきた。
確かに言った。言ってしまった。
迂闊な・・・俺ってなんて迂闊な奴なんだ。
「今度、結婚式挙げましょうか」
「は、はい・・・?」
言ってる事が唐突すぎて飲み込めない。
結婚式って、結婚しきって・・・何?
「だ・・・誰の結婚式?」
「私と、凪さんの結婚式」
頭から地面に突っ込んでしまいそうだった。
或いはブランコで天まで飛んでいきたくなった。
なんて事を言い出すかと思えば・・・。
現実味が無さ過ぎる。それに唐突すぎる。
なんとか女言葉で煙に巻いてしまおうと思った。
「え〜と・・・私達、まだ高校生だよ?」
「女言葉使うのは止めてください。
 せっかく二人きりなんですから」
「お、おうっ・・・」
結果的に奇妙な雰囲気になってしまう。
なんだか真白ちゃんが最近妙に積極的だ。
俺を誘惑したり求婚したり・・・。
普通なら冗談で済ます話。
「真白ちゃん、冗談はこのくらいにしてよ」
苦笑いで俺は彼女にそう言った。
少し困った様に笑うと真白ちゃんは言う。
「だって・・・なんかもう一人の葉月さんが戻ってきてから、
 凪さんはあの人を意識してる気がするんです」
「・・・え?」
それは予想してない言葉だった。
俺がイヴを意識してる?
どういう意味で言ってるんだ、真白ちゃんは・・・。
確かに意識はしてるのかもしれない。
でもそれは・・・悪魔を屠るあいつを意識してるんだ。
純粋に気になるだけだ。
別に男としてイヴが気になってるとか、そんなんじゃない。
「それは気のせいだよ、真白ちゃん」
「・・・そうですか。じゃあそういう事にしておきます」
信じてくれてないみたいだ。
でもなんでまた俺とイヴなんだろう。
勘ぐられるとしたら紅音とだと思ったんだけどな。

9月01日(月) AM11:23 快晴
女子寮内・一階廊下

その後も何度か迫ってくる真白ちゃん。
俺はなんとか公園跡から逃げ出してくると、
自分の部屋へと歩き出していた。
真白ちゃんって前からあんなキャラだったか・・・?
彼女はイヴがどうこうって言っていた。
まったく、俺とイヴの間に何かあるはずなんて無いのに。
と、部屋に戻る途中で葉月に出会った。
「ご機嫌よう、葉月」
ちょっと格調高い挨拶をしてみた。
けれど葉月の様子がおかしい。
軽く会釈をするとそのまま小走りで去ってしまったのだ。
・・・一体、どういう事だろう。
もしかして俺の性別がバレたとか?
あり得る反応だった。
でも・・・唐突すぎるよな。
バレるならばもっとそれらしいイベントがあるはずだ。
葉月に着替えを覗かれるとか。
考えがおかしくなってきたが、結局なんだったんだ?
なんとなく旅行以来変ではあったよな・・・。
今度、それとなく聞いてみる事にしよう。

9月01日(月) AM11:25 快晴
寮内自室

「お帰りなさいまし〜」
妙な挨拶に迎えられて俺は部屋に入る。
紅音が三つ指を立てて座っていた。
相変わらず行動に脈絡の無い奴・・・。
「どうしたの紅音」
「京都のろうほ旅館の若女将ごっこ」
・・・ろうほって、老舗の事か。
まあ間違いでは無い気もするが一般的ではない。
大方、奥様劇場にでも影響されたんだろう。
夏休みは結構一人で見てたみたいだからな。
「凪ちゃんはねぇ、良い役があるよ。
 怪しい風体のお客さんだけど実はいい人の役ね」
それって良く殺人事件とかで疑われる役じゃないか。
多分サングラスに帽子を被ってマスクするんだろうな。
あまりにお約束な役ではある。
だけどそれ以前に俺が参加する理由はない。
「紅音・・・急にどうしたの?」
「え? う、うん・・・凪ちゃんがいなくて暇なんだもん」
確かに二人部屋に一人じゃつまらない。
その理屈は解る事にしておこう。
だが外に出ろ、と声を大にして言いたい。
ココにいると紫齊と毎夜飲み明かすだけだ。
「凪ちゃん文化祭の劇で男の人の役やるんだよね」
「え? うん、まあ・・・」
「じゃあ私とラブシーンの練習しよっ」
ラブシーン。
そう言っても一概に何とは言えない。
ピンキリだ。
でも凄く紅音はやる気だった。
「そうだなぁ〜、キスシーンとかの前振りね」
「え?」
そう言うなり紅音が急に部屋の奥へ走り出す。
そしてこっちを振り向くと涙を流していた。
・・・一瞬どきっとしたが、手元に目薬がある。
「私達の関係って何っ!?
 幼なじみのままなんてやだよぉっ」
「・・・は、はぁ」
いきなりそんな熱のこもった演技をされても、
どう反応して良いのか解らず固まってしまった。
なにしろ唐突すぎる。
俺達は幼なじみって設定なのか?
紅音は構わずに演技を続ける。
「私はこんなに思ってるのにっ!
 あなたは? あなたの気持ちが解らないのっ」
そう言うなり抱きついてくる紅音。
多分、凄く迫真の演技だとは思う。
けれど相手が見知った紅音だし展開が性急すぎた。
俺はとりあえず適当に言葉を繋いでみる。
「はいはい・・・え〜と、愛してるよ」
自分で言って少し恥ずかしくなった。
演技とはいっても、紅音に告白するハメになるとは・・・。
「言葉じゃ伝わらないわ!」
一瞬どきっとしたが、目を瞑る紅音を見て気付いた。
つまりこれがキスの前フリの演技ってワケか。
俺は紅音を離すと笑いながら軽く拍手した。
「OK。良く解ったよ、ありがと紅音」
「・・・へへぇ〜、上手いでしょ〜」
目から涙を流したままで笑う紅音。
正確には目薬なのだが、その姿は魅力的だった。
泣き顔よりやっぱり笑顔の方が可愛い。
紅音に関しては強くそう思えた。
ただ、なぜ役柄が幼なじみの関係なのかが疑問だ。
実際俺がやるのはどんな役か解らないし、
あんま意味ない気もする。
紅音の演技力を確認しただけだ。
・・・それにしてもどんな劇なんだろう。
恋愛物だとは言ってたけど、色々あるしなぁ。

9月01日(月) PM18:37 快晴
寮内自室

まったりまったり。
食堂で飯を食った後、紅音と二人で秋初めの風に当たる。
秋初めと言うよりまだ夏の香りだけど、
夏の夕暮れっていうのも凄く良いので構わない。
「こうしてるとまた着物とか来たくなるね〜」
「・・・あんまり」
着物は疲れるしカサカサする。
着慣れてないからだとは思うがもう着たくはなかった。
紅音の着物姿を見る分には良いが、
俺はもう遠慮しておきたい。
「凪ちゃんの着物姿可愛かったのにぃ」
そう言ってじゃれ合ってくる紅音。
まるで姉妹か、恋人。
多分こいつのノリは姉妹なんだろうな。
まあ恋人なはずはない。
と、ノックの音が聞こえて考えを寸断した。
どんどん、と力任せに叩いてる。
紫齊じゃないな・・・あいつは勝手に開けるから。
「どちら様ですかー?」
俺は余所行きの声を出してみた。
すると特徴的な言葉遣いが聞こえてくる。
「凪、開けなさいっ。さっさとしないと承知しなくてよっ」
昔の王妃みたいな喋り方。
・・・美玖ちゃんだ。
慌てて立ち上がると俺はドアへ歩いていく。
彼女はドアが振動するくらいに叩いていた。
「ちょっと、今開けるから・・・」
ノブを捻ってドアを開けた瞬間に、
美玖ちゃんの手が俺めがけて振り下ろされる。
危うくそれを避けるが美玖ちゃんは俺の方に倒れてきた。
俺が抱き留めると彼女はぱっと離れる。
「あ、危ないわねっ。開ける時は開けるって言いなさいよ」
「・・・あ、そう」
やれやれというべきか。
美玖ちゃんは何しに来たんだろう。
俺に難癖でも付けに来たのか?
「まあいいわ。劇の事で打ち合わせをしたいの。
 さっさと体育館に行くわよ」
「え、ちょ、ちょっと・・・」
「問答無用っ」
美玖ちゃんは俺の手を無理矢理引っ張っていく。
紅音に声を掛ける間もなく、
俺は第二運動場に連れて行かれる事になった。

9月01日(月) PM18:45 快晴
学園校舎・第二体育館

部活動も二学期初日ではやっていない。
俺と美玖ちゃんは静まりかえった第二体育館に来ていた。
第一は主に宗教行事や朝会など、
第二はバスケ部などの練習場になっている。
でも女の子と体育館でぽつんと二人きり。
前の俺だったらドキドキしているだろうな。
だがさすがに俺もこの数ヶ月で女慣れした。
心臓の鼓動は標準を保てている。
・・・俺が女に近づいたのかもしれないが。
美玖ちゃんは俺の方を向くと紙の束を渡してくる。
「これ、台本よ」
「ん〜と・・・30枚近くあるんだけど」
美玖ちゃんはお構いなしにまた俺の手を引くと歩いていく。
体育館の舞台の上に上がってきてしまった。
「これから文化祭までビシビシしごいてあげるわ。
 凪、あなた演劇の経験は?」
「・・・一応少しだけはあるよ」
演劇も勉強した事があった。
ただあまり真面目にはやってなかったけど。
「ふ、ふ〜ん。そのプライドは捨てなさい。
 演劇部の私が一から鍛え直してあげますからねっ」
びしっと指を俺に向けて差してくる。
なんか芝居がかった子だと思ったら・・・演劇部だったのか。
「あのさぁ、これってどんな話なの?」
「読めば解るわよ」
「・・・大まかなあらすじとか」
「そ、それは・・・」
恥ずかしそうに俯く美玖ちゃん。
どうやら自分の話を教える事に照れてるみたいだ。
もじもじしながら小声でしゃべり始める。
「・・・らぶ、よ」
「え?」
何か言ったかと思うと急に怒り始めた。
突っかかる様な態度で俺にがなり立てる。
「主人公とヒロインのベタベタのラブストーリーよ!
 ベタベタで悪い? 悪いのっ?」
「い、いいえ・・・」
別に一言も文句を言ったつもりはないんだけど・・・。
彼女はギアが入ったみたいでさらに話し始めた。
「私達は高校生のカップルの役よ」
「・・・え?」
「本当ならあなたとなどは芝居でも
 そんな事はしたくありませんけどね。
 でも、演劇の上で私情は挟まない主義なの」
俺はその真剣な表情を見て少し彼女を見直した。
最初は俺に何かしようとしてるのかと思ってたから。
今まで色んな事を言ってきた美玖ちゃんだけど、
彼女は少なくとも今回の劇に関してその気はない。
美玖ちゃんの真剣な表情でそれが解った。
「けど、じゃあどうして私を主役に抜擢したの?」
「・・・仕方ないじゃない。
 一年の総意であなたが主役に選ばれたのよ」
そういえばそんな事を前に紅音が言っていた。
黒澤の奴が一言も言わないから忘れてたぜ。
じゃあ今朝の皆の不満ってのは、
やはり美玖ちゃんに対してなんだよな・・・。
すんげぇ今更ではあるけども。
気分を紛らわす為、俺は台本をパラパラとめくってみた。
すると所々に俺と美玖ちゃん、そしてもう一人。
凄く身近な人物の名前が書かれていた。
「そうそう、もうすぐもう一人のヒロインが来ますわよ」
「もう一人って・・・この?」
そこに書かれていたのは神無蔵という名字。
そして体育館にやってきたのは真白ちゃんだった。
彼女は一礼をして体育館の中に入ってくる。
「あの、遅れちゃいました?」
「大丈夫。まだ何もしてないから」
「はぁ〜・・・良かったぁ」
二人は結構仲が良いみたいだ。
美玖ちゃんの顔がさっきより綻んでいる。
この子ってこんな顔も出来るんだな・・・。
「凪さん、これからしばらく宜しくお願いしますね」
「・・・うん。真白ちゃんもヒロインなの?」
「はい。実は私が凪さんを奪う役なんですよ」
「う、奪う?」
いきなり話が奇妙にねじれてきた。
さっき美玖ちゃんは自分が俺とカップルの役だって言ってた。
という事は、真白ちゃんの役は略奪系?
美玖ちゃんは微笑みながら言う。
「凪は恋人がいながら真白に惚れてしまう残虐で浅はかな男。
 真白はその恋に戸惑いながらも頑張る健気なヒロイン。
 私はもう一度凪の心を掴もうとしながらも最後は諦め、
 二人を涙ながらに見送る切ない悲劇のヒロインよ。
 どう? 関係が解ってきたかしら?」
つまり・・・俺はシナリオ段階で好かれない役なワケか。
さっきの美玖ちゃんを見直したのを訂正したい。
自分の役紹介だけ妙に気合い入ってたし・・・。
「三人で集まったのはこの難しい役を慣れておく為よ。
 文化祭まで時間はたっぷりあるわ。
 後、一ヶ月ちょっとの間はとにかく練習するのよ」
文化祭は10月5日。
なるほど、確かに難しい役ではある。
三人で練習しておいた方が良さそうだ。
「じゃあ生徒会の打ち合わせの日以外は来るね」
「ダメよ。そんなモノすっぽかしてきなさいっ」
「や、そ・・・それは・・・」
俺が困った顔をしていると、
美玖ちゃんはくるりと回って俺を指差す。
「冗談よ、ちょっとエッジな冗談」
どこからどこまでが芝居なのか解らん。
でも友達になれたらこんな面白い子もそうそういないだろう。
葉月も相当楽しい生活してんだなぁ・・・。

9月01日(月) PM18:58 快晴
学園校舎・第二体育館

静かに佇む体育館。
そこに俺達の声がしばらくの間木霊する。
俺と美玖ちゃんはお互い抱き合いながら愛の言葉を交わす。
正直、歯の浮いてきそうな台詞だが我慢だ。
「君と一緒に居られる時間が幸せだよ、美玖」
「ああ・・・凪、あなたの愛おしさが溢れてくる様だわ」
どうして本名で呼び合っているのかというと、
リアリティを出す為だそうだ。
出演者は全員実名。
これって結構な試みかもしれないと思った。
美玖ちゃんは澄み切った笑顔で俺を見ている。
まるで本当に恋人かと錯覚するくらいの笑みで。
この子は女優としての輝きみたいなのを持ってるんだろうな。
笑顔だけ見てたら本当に可愛い。
気品溢れる表情なのに優しさに満ちている。
まるで聖母の様な微笑み・・・は言い過ぎだな。
でもこうしてじっと見ていると、
俺の事を気にくわないって顔には見えない。
演技なんだろうけどやっぱり凄いな。
ただ、せめてもっと台詞を普通にして欲しいんだけど。
そのシーンの演技が終わると彼女はぱっと離れる。
そしてさっきの微笑みとはにつかない顔で俺を見ていた。
微笑みには違いないんだけど、なんか馬鹿にされてる微笑み。
・・・あんまり意識しない方が良いよな。
とりあえず次のシーンを練習する事にした。
次は真白ちゃんとの出会いのシーン。
俺は一目惚れする役を演じないといけない。
舞台の中心に歩いてくる真白ちゃん。
それを見ながら俺も中心へと歩いていく。
で、顔を見たら速攻で抱きしめた。
これって・・・本当に難しい役なんだろうか?
ただの惚れっぽい高校生を演じればいい気もする。
「きゃあっ、あの・・・なにするんですかっ!?」
「君の笑顔が眩しすぎて、思わず抱きしめてしまったんだよ」
俺は自分の台詞を喋りながら宝塚を思いだしていた。
似ている・・・ある意味で似ている・・・。
次は真白ちゃんの台詞だ。
少し身体を離すと彼女は俯いて黙ってしまった。
「そ、その・・・」
瞬間に美玖ちゃんの声が響き渡る。
「カットよ、カット!」
「ご、ごめんなさい・・・」
真白ちゃんが俺と美玖ちゃんに謝る。
けど台本見ながらやってるのに、
なんでダメ出しがあるんだろうか。
そこを気にしながらも俺はとりあえず黙っていた。
「真白、いきなり抱きつかれたんだから怒るのよっ。
 凪の頬でも張ってやりなさいっ」
「え、ええっ・・・!?」
俺と美玖ちゃんを交互に見て戸惑う真白ちゃん。
困ってるみたいだな・・・。
「フリで良いんだよ、フリでさ」
「・・・あ、はい」
本気で頬を張るつもりで迷ってたんだろう。
少し表情が安堵に染まっていた。
本番でもないのにバンバン叩かれたら、
俺の頬は本番前に腫れ上がってるっての。
そんな風にして練習は8時頃まで続いた。

9月01日(月) PM19:52 快晴
学園校舎・第二体育館

「じゃあ、しばらくはこの調子で練習するわよ。
 照明やBGMは来週から入ってくる予定だから。
 まだ何もないからって手を抜かない様にね、凪」
「・・・了解」
やはり俺はピンポイントで攻められていた。
誰が手を抜いたんだよ、誰が・・・。
俺達は辺りの電気を全て消すと体育館を後にした。
がらっと入り口を閉めると美玖ちゃんが鍵を掛ける。
「私は職員室に鍵を帰してくるから、今日は解散」
それだけ言うと美玖ちゃんは走り去っていった。
なんか今日は彼女の色んな一面を見た気がする。
「はぁ・・・どうして私がヒロインなんだろう」
真白ちゃんはそんな風に呟いていた。
確かに真白ちゃんは演劇部でもない様だし変だ。
でもそれは俺も同じだった。
「役のイメージに合ってるからじゃない?」
俺はとりあえずそう言ってみる。
あながちそれは出鱈目ではない気もした。
「そ、そうですかっ? 
 っていう事は凪さんが一目惚れしそうなイメージ?」
「いや、それは・・・」
そうじゃなくて登場人物の性格と合ってるんだと思う。
だってどう考えても美玖ちゃんが、
俺の好きな女の子のタイプなんて知ってるはずない。
でも、そうは思ったがそれ以上真白ちゃんには言わなかった。
理由は彼女が物凄くにこにこしていたからに他ならない。
今は何か言っても彼女の耳には届かないだろう。

9月01日(月) PM20:04 快晴
寮内自室

「ただいま〜」
部屋に戻ってくると室内は真っ暗だった。
どういう事だろう?
まさか紅音の奴、寝ちまったのか?
俺は歩いて二段ベッドの前まで来た。
紅音の寝息は聞こえない。
これは・・・寝てるんじゃなくて、出かけてるんだな。
近くにある電気を付けてみる。
やっぱり紅音はベッドで横になっては居なかった。
なんか手持ちぶさただった。
帰ってきて紅音が居ないと・・・少し寂しいな。
まあ、そのくらいで寂しがってたらおかしいか。
俺はあいつに自立しろって言ってるのに。
でも・・・なんか変な感じだった。
胸がもやもやして、すっきりしない。
そんな事を考えていた時、
部屋の入り口のドアが開く音がした。
と同時に走って抱きついてくる紅音。
「ちょ、ちょっと紅音・・・!」
「良かった〜、凪ちゃん帰ってきてたぁ〜っ」
紅音は腕を俺の首に回して鎖骨辺りに顔を埋めてる。
かなり泣きそうな顔をしていた。
「一人で居るとすっごい寂しくて、
 どうしよ〜かと思ってたの〜」
確かに寂しいのは解る。
「でもどこに行ってたの?」
「凪ちゃんが出ていった後、葉月ちゃんが来たの。
 それで一緒にお話ししてたんだ〜」
「へぇ〜・・・」
葉月が来たのか。
そういえば、昼頃のあの態度はなんだったんだろう。
う〜ん・・・良く解らん。
その後、平々凡々と一日は過ぎていった。

Chapter33へ続く