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黒の陽炎
−2ndSeason−

著作 早坂由紀夫

序説、白痴美−nil adomirari−

第三話
「その優しさで 私を殺して」


 −冥典、序説第三編−
 咎を持つ者よ。最後の別れを惜しむが良い。
 さりとて逝者は我となる。
 全ては我に還り、命となる。
 語らずに授けよう。祖の終わりには何もない。

 

 華月はその日、表参道にて
 ルキフグ=ロフォケイルと会っていた。
 いつも彼女はその男から冥典の情報を収集する。
 先日にあった事もすでにロフォケイルは知っていた。
「華月さん、妙なのに狙われたみたいっすね」
「うん。私のカルチャースティックが効かなかった」
「そいつは妙だ・・・ちょっと調べてみますよ」
「それより冥典は?」
 さっさと話の核心に入りたいと言った顔で、
 少しむすっとした顔をする。
 子供がふてくされた様な顔だった。
 辺りの人達が何人も彼女らの隣を横切っていく。
 だが誰もその二人に気を止めたりはしなかった。
 まあ、ロフォケイルが浮浪者に見えるという点で、
 少しばかりの注目はひいてしまうわけだが。
「日本で該当するとしたら、後は銀行の金庫くらいっすね。
 それと新宿にそびえ立ってるDIT本社ビル。
 あそこは結構怪しいと俺は睨んでますぜ」
「解った・・・えっと、DIT本社ビル?」
「そうです」
 場所の簡単な説明を受けると、すぐに華月はその場を去る。
 そんな彼女の背中を見つめながら、
 彼は華月を任された頃の事を思い出していた。
 ロフォケイルは探索専門の悪魔だ。
 自由奔放が信条の彼が華月に従うのにはワケがある。

  約一年前――――

 ルシファーが深い眠りについて数年。
 二十世紀の半ばに完全体を封印されたルシファーは、
 その後インフィニティの改革を行い消えてしまう。
 天使と悪魔のルシファー封印期の認識にはズレがあった。
 天使がルシファーを封印したというのは、
 彼の完全体が封印された時期をさしている。
 そして悪魔の場合は精神体の封印をさすのだ。
 理由として、天使が介入できるのが
 現象世界までという事が挙げられる。
 インフィニティでの出来事は彼らにとって不鮮明なのだ。
 しばらくしてルシファーの精神体も封印へと至る。
 それはルシファー自らが選んだ事だった。
 だがその前に彼は在る一人の女性の夢に入り込む。
 女性はその日、子供の姿をした
 長い赤髪の男の子に出会う夢を見た。
「こんばんわ、僕の名はルシフェルと言う。
 ルシファーなんて呼ぶ人もいるけどね」
「聞いた事あるよ。悪魔の王様でしょ?」
「・・・まあそんな認識で構わない。
 君の夢に入り込んだのには理由があってね。
 僕の代わりに冥典を探して欲しいんだ」
「冥典?」
「そう。君は自分が誰だか知ってるかい?」
「私は華月夢姫」
「違う・・・君が何者かと言う事だよ」
「解らない」
「そうだろう。君は物心つく前に、ある家に引き取られた。
 そして今はずっと一人で生きている」
「うん」
「君がどうしてそんな風にして生きているのか。
 全ての真実が解るよ」
「・・・少し気になるなぁ」
「それに君が会いたい人の事も書かれている」
「なぁ君の事っ?」
「そう。冥典があれば君はまた会えるだろう」
「解ったよ。冥典って言うの、探すね」
「ありがとう・・・じゃあ君に助手を付けよう」
「じょしゅ?」
「情報屋のルキフグ=ロフォケイルを君に与える。
 好きな様に使ってやってくれ」
「うん。好きな様に使う」
「それじゃ・・・最後に力を一部だけ君に分け与えよう。
 それが僕の君への信頼の証だ」
 そんな夢の後でルキフグ=ロフォケイルは
 ルシファーの命を受けて彼女の元へと向かった。
 最初こそ華月の手伝いなどする気はなかったが、
 あっという間に彼は華月の手足になる事を決意する。
 それは彼女のにじみ出す強い力が原因でもあった。
 どこかそれがルシファーの力に似ているせいでもある。
 だが一番の理由は彼女が魅力的だったという事だ。
 それも男女という性によるものではない。
 人間として、或いは生物的なモノだ。
 限りなく優しく残酷である華月。
 その人間離れした華月の姿に、
 なぜかロフォケイルは人間味を感じていた。
 誰も触れる事の許されない華。
 そんなイメージだからかも知れない。

  DIT本社ビル――――

 華月はその場所まで歩いてきていた。
 その浮世離れした立ち振る舞いに気付く人もいるだろう。
 しかし大体が男だ。
 それも華月に美貌に見とれる者が多くを占める。
 勿論、彼女はそんな事をお構いなしに歩き続けた。
 ビルへも平然と正面から入っていく。
 着いたのが夜だったので華月は仕方なく、
 ガラス張りの入り口をカルチャースティックで粉砕した。
 あっという間に砂塵とかしたガラス。
 すぐに警備員がそれに気付いて華月の前に現れる。
「不法侵入だぞ、君!」
「邪魔する人は・・・バイバイ」
 一言。
 次の瞬間にその警備員は顔を中心に弾け飛んだ。
 中年じみた顔はすぐさま桃色の肉片となって、
 ビル内の床を汚していく。
 そんな凄惨な光景を気にもせず華月は階段へと向かった。
 階段を歩く華月に見回りの警備員が気付く。
「君、なにやってるんだ・・・こんな所で」
「探し物。私の邪魔しないで」
「明日にしなさい。とにかくこのビルから出るんだ」
「・・・やっぱり邪魔するんだ。嫌な人達」
 華月の言葉が終わった時、
 警備員の身体はバラバラになっていた。
 それもやはり華月は気にも止めない。
 生体活動を止めた雄が肉片になって散らかっている。
 その程度の感情しか抱いてはいなかった。
 歩くのに飛び散った顔の破片が邪魔だとは思っている。
 後は血でブーツが汚れるのが嫌だというくらいだ。
 ただ、彼女は服や靴等は沢山持っている。
 なぜならすぐに汚れて使い物にならなくなるからだ。
 それらの衣服は華月の好みに合わせて、
 ロフォケイルが世界中からかき集めてくる。
 だから彼女の服は実に様々なブランドの物だった。
「また汚くしちゃった・・・」
 華月は額についた血をすくい取って舐めてみる。
 少しだけしょっぱくて後は酸っぱい感じ。
 あまり美味しくなさそうに華月はそれをなめとった。
「ケチャップの方がまだ美味しいよ」
 むすっとしながら華月は階段をさらに昇っていく。
 彼女が辿り着いたのはビルの最上階へと続く、
 関係者以外立ち入り禁止のドア。
 無論、華月はそれをカルチャースティックで斬りつける。
 フレライト製の厚い扉がその振動に耐えようとするが、
 しばらくすると轟音と共に爆発して砕け散った。
 数十cmという扉の爆発に巻き込まれる華月。
 だが彼女は周りに無意識下で磁場の膜を張る。
 それは特殊な磁場の様なもので、
 同方位の磁石を近づける様に物を跳ね返す力があった。
「びっくりしたぁ・・・おっきい音」
 驚いた様子で華月は扉のあった場所を見る。
 その奥には金庫らしき空間が存在していた。
 中へと進むと彼女はチェッカーで冥典の存在を探る。
 チェッカーはある程度冥典に近づかないと反応しなかった。
 それに気を取られていたせいか、背後の人影に気付かない。
 後ろから羽交い締めにされて押し倒される華月。
「いたっ! なにするのっ?」
 華月の上に馬乗りになっているのは、
 彼女には面識の無い太った男だった。
 胸を揉みしだいてくるが華月は動じない。
「お前、こんな所まで侵入するなんて面白いよ。
 でも社員幹部の中に人間以外の者が
 居るとは思わなかっただろ。
 クケケ・・・すぐに逃げる気すら無くしてやるぜ」
 じたばたしてみるが華月の力ではどうにもならなかった。
 太った男はにやけながら華月の服を脱がせようとする。
 その時だった。
「悪魔っぽい気配を感じて来てみれば・・・
 おいおい、女性ってモノを解っちゃいないな」
 もう一つの人影が月に照らされて現れる。
 Yシャツにスーツを着こなした男。
 どこかラフな外見に見えるのはその着崩し具合からだ。
 そんな男のはだけたYシャツの胸元から覗いている
 十字架のネックレスが、反射して華月の目にとまる。
「あなたは誰?」
「お嬢さん、君を助けに来ましたよ」
 目にかかるくらいの前髪をふぁさっと揺らすと、
 彼は優雅に二人の前に現れた。
 片手はスーツの上着を挟みながらポケットに入れている。
 まるで戦闘態勢ではなかった。
 そんな彼に太った男が言う。
「なんだよお前は・・・」
「悪いけど、野郎に名乗る名前はない」
「あなたは私の邪魔しに来た人?」
「違う違う。俺は君を助けに来たのさ」
 陽気にウィンクすると彼は華月の元へ歩いていく。
 するとすぐに太った男が立ちあがった。
「俺の邪魔するならお前、ぶっ殺す」
「はいはい。大体なぁ・・・女の子を抱く時は、
 とろける程に優しくって決まってるだろ?」
 流れる様な動きで倒れた華月を抱きかかえると、
 また元の位置に戻るYシャツの男。
 その素早い動きに太った男は並々ならぬ物を感じる。
「で、あなたは誰?」
 かなりご機嫌斜めの様子で華月が男に聞いた。
 するとYシャツの男は抱きかかえた華月の頬にキスする。
「俺は・・・君の魅力に囚われた哀れな男です。
 名前は黄河千李(こうが せんり)、よろしく」
 普通の女性なら何かリアクションを取る所だが、
 華月にそんな物は存在しなかった。
 ごく普通に千李の腕から抜け出すと立ちあがる。
 そして千李に言葉ばかりの礼を言った。
「ありがとう」
「どういたしまして、お嬢様」
 大げさに立ち回る千李。
 そんな様子を見ていた太り気味の男が怒った。
「貴様ら、人をおちょくるのもいい加減にしろ!」
 だが全く動じずに千李は言う。
「ちょっと待ってて。俺達の愛の邪魔をする奴を、
 片付けなきゃいけない」
 そう言うと千李は太った男に対して向き合う。
 千李の眼光は鋭く、太った男は恐怖心を抱かされた。
 しかし悪魔としての威厳があるのか、
 彼へと飛びかかっていく。
「いいか、死ぬ前に一つだけ覚えときな」
 太った男の突進をさらりとかわす千李。
 すれ違い様に彼の身体が一瞬だけ光った。
 千李の方を振り向こうと太った男が首を捻る。
 すると彼の首はそのまま転がっていった。
(ば・・・ばかなっ・・・!)
 次の瞬間。
 太った男の身体に線が数十本入っていた。
 その線から真っ赤な鮮血が弾けていく。
 断末魔を上げる間もなく、
 太った男はバラバラになって死んでいた。
 そんな死体に視線を落とすと千李は笑って言う。
「女とカミサマってのは大事にしなきゃ駄目だぜ〜」
 千李は太った男を殺すとすぐに華月に抱きついていった。
 そして華月の胸に顔を埋めながら囁く。
「ん〜。良い匂いだ・・・君、名前は?」
「私は・・・華月夢姫」
「夢姫ちゃんか。可愛い名前だね〜、似合ってる」
「ありがとう」
「彼氏とかいる? まあ居ても諦めないけど」
「よくわからない」
「おっけ。じゃあ君の顔は覚えたから。
 次会った時はベッドで相性を確かめ合おうね〜」
「ベッドで?」
「やっぱ男と女はそれが一番お互いを理解しやすいからね。
 それじゃ、今日はこのくらいで」
 ひたすらまくしたてたかと思うと、
 千李はビルの屋上にある窓から飛び立った。
 その姿は月と重なって幻想的に見える。
 彼の影をぼ〜っと華月は見つめていた。
「・・・ベッドで、何を理解するんだろ」
 不思議そうな顔をしながら華月は来た道を戻っていく。



 あるホテルの一室。
 簡単な作りの部屋だが、ゴージャス感はあった。
 その部屋のテーブルには幾つかの酒が置かれている。
 すぐ隣にはぎしぎし、と揺れるベッドがあった。
 ベッドの上では男女が情熱的な愛を交わす。
「いぁ・・・んっ・・・ああんっ」
「どう、気持ちいい?」
「うん・・・いいよ、凄くっ・・・いいっ」
「君の膣内も凄く良いよ。ん〜・・・とろけそうだ」
 長い髪を振り乱しながら枕を握りしめる女性。
 右足は相手の男に持ち上げられて開かれている。
 そんな横向きの女性を慣れた動きで責めるのは千李だった。
「感じてる君の顔、凄く可愛いね〜」
「やぁ、見ないでよぉ・・・」
 両手で女性は顔を覆い隠してしまう。
 すると微笑みながら千李は彼女の肌に触れた。
「良いじゃん。可愛いんだから、もっとよく見せて」
 そう言うなり千李は女性の腹部をぺろっと舐める。
「ひゃっ!? それくすぐったい〜」
 それのせいか女性は片手を枕の向こうへと持っていった。
 具合良く反り返った胸を千李は手で優しく揉みほぐす。
「よし、君の顔と再びご対面だ」
 女性は顔に当てていた手を千李の手に添えていた。
 じっと女性は千李の顔をうっとりした顔で見つめる。
「んっ・・・胸触られるの好きぃ・・・」
「でしょ。俺もそうだと思った」
 千李は女性を口説くのが日課だった。
 そしてそのまま抱く事も。
 彼は悪魔と違い女性を犯したりはしない。
 合意の上で性交する。勿論、殺したりもしなかった。
「んはっ・・・ああっ、わたし、もう・・・」
「良いよ先にイッても。イカせてあげる」
 さらに千李は腰の動きを早めた。
 だが、ただがむしゃらに叩きつけるわけではない。
 グラインドに緩急を付け、捻りを付けて変化を加える。
「だっ駄目ぇ、そんなにされたらわたしっ・・・!」
 快感に表情を歪ませる女性の顔を、
 千李は優しく微笑みながら見ていた。
「ひあぁっ・・・はあぁああんっ・・・」
 女性はびくっと少し震えると息を荒げたまま、
 しばらくぼ〜っと宙を見つめる。
 千李はそんな女性の額に触れると髪をかき上げてやった。
「やっぱりイッた後の顔も最高に可愛いよ。
 これじゃココで終わりってワケにはいかないな〜」
「ん・・・まだするの〜?」
 少し困った様な表情で女性は微笑んだ。
 だが千李はそんな女性の下唇に軽くキスをする。
「嫌がってる割には口元が綻んでるぜ」
「あはは、だって千李君のって気持ちいいんだもん」
「嬉しい事言ってくれるねぇ」
 まだ性欲を吐き出していない彼のモノが、
 再びゆっくりと動き始めた。

 俺はどうして、この世界に生まれてしまったんだろう。
 苦しさの上で見いだす幸せなんて幻に過ぎない。
 悲しい虚構に過ぎないのに・・・。
 それでも俺には護るべきものがあった。
 例えすでに俺の事を忘れていても、
 或いは死んでいても俺はこの感情を捨てる事は出来ない。
 多分、それだけが俺の真実だって事だと思うから。

第四話へ続く