Back

黒の陽炎
−2ndSeason−

著作 早坂由紀夫

百絶百死
−Thousand Red Eyes


第十話
「夢見」


 夜も更けた頃。
 一人の女性が郊外を走っていた。
 後ろから追いかけるのは数人の男性。
 女性は腰まである長髪を振り乱し、
 息を切らして走っている。
 その薄い青に彩られた髪は風景に溶け込む様だった。
 ややあって女性は躓いて倒れてしまう。
 疲れの為に注意力が散漫になったのだ。
 男性達がその女性を取り囲んでいく。
「まったく、こんな所まで逃げてくるなんて・・・」
「でもおかげで犯りやすくなったけどな」
「そうそう。お姉さんが悪いんだぜ?
 ほら、スカートが捲れ上がって俺達を誘ってる」
 確かに女性のスカートは捲れて太腿を見せていた。
 だがそれは女性の意図する所ではない。
 女性は外人ではあるが日本語を喋れる様で、
 必至に男達を説得しようとした。
「お願いですから・・・変な事をしないで下さい」
「変な事? それってどういう事ですかぁ〜?」
 一人の男が覆い被さる様に女性の両手を掴む。
 すると女性は諦めた様に俯いた。
「どうして・・・皆、平和に生きようと思わないのですか?」
「何言ってるんだよ! これこそ平和の第一歩だって」
 そう言いながら男がその女性の胸に触れようとする。
 しかし、その瞬間に男達は妙な気配を感じ始めていた。
 何かおぞましいモノが近くにいる。
 皆が一様にその異様な雰囲気を察知した。
 ふいに女性の背中から奇妙な音が聞こえてくる。

   ずるっ・・・ずるっ・・・。

「お、おい! あんた何してんだよ」
「もう私には止められません。ごめん・・・なさい」
 男達は自分の目を疑っていた。
 その女性から数え切れない程の蟲が這い出てきたのだ。
 形状はミミズの様だが大きさは数m。
 それが程なくして女性の後ろに大きな影を作る。
 蟲は機械的に光る赤い目、尖端に丸い口を持っていた。
 口元には明らかに肉食と取れる鋭い牙を備えて。
「ひっ・・・ひぃいいいいっ!」
 一人の男の声が引き金になった。
 あっと言う間に男達は来た道を走っていく。
 それを感知したのか、蟲達が蠢き始めた。
 何千という群れが一つの生命の様に這いずる。
 そのスピードは男達の走る速さより僅かに速かった。
 一番後列にいた男が蟲に捕まる。
「うっ、あぁぁあぁっ!!」
 ぶちっという肉のちぎれる音がした。
 見るとその男の足にミミズが覆い被さっている。
 そして左足は千切れる様にして噛み砕かれた。
 走れなくなった男はそのまま蟲に補喰されていく。
 甘噛みされている様な、痒みに似た痛みが男を襲った。
 それが徐々に鋭い激痛に代わっていく。
 逃げようとする。
 男は必至に身体を動かそうとした。
 でも、なにで逃げるのだろう。
 すでに彼の両足はミンチにされていた。
 それは例えるならオードブルと言った所か。
 両手などでは倒れた身体を動かすコトは出来ない。
 焦る心も手伝って、彼は藻掻く様に地面を這い蹲った。
 ミミズたちにしてみればそれは格好の獲物。
 絶好の弱者だった。
 骨の砕ける音。毛細血管の千切れていく音。
 そうして、その男は存在ごと蟲の中へと飲み込まれていく。
「ああ・・・」
 口元を両手で押さえ、涙をたたえてそれを見つめる。
 女性はその圧倒的な食事を黙ってみているだけだった。
 一人、また一人と蟲の中へと消えてゆく。
 残ったのはおびただしい鮮血の痕だけだった。



 都市伝説というモノは私も良く聞く事がある。
 子供の腹にドラッグを詰めるとか、
 身体を食い破る虫の話だとか。
 大体が思いつく限りの悪意の塊だ。
 その上、確証が薄い割に妙な説得力がある。
 最近は巨大ミミズの噂なんて言うのもあった。
 そんなのはアフリカやブラジルの奥地だけにして欲しい。
 噂というのは根元があやふやなだけに、
 何処か現実味を帯びるのだろう。
 私は夢姫と公園を散歩しながらそんな事を考えていた。
 あれ以来、しばらく平坦な日々が続いている。
 というのは黒いローブの女性が現れてからだ。
 日常というのも重要ではある。
 けれど私の様な人間は、端から見る危険に
 好奇心を示してしまうのだ。
 自分が傷つかない程度の関わりで非日常に身を曝したい。
 そんな風に思ってしまうのが人間。
 夢姫はと言うと、毎日何処かへ何かを探しに行く。
 恐らく以前言っていた冥典を探してるんだ。
 手前に見える小さな湖を眺めてみる。
 太陽の光が反射して凄く眩しかった。
 手を翳してみると少し景色がキレイに見える。
 いつしか夢姫はベンチに座って湖を眺めていた。
「なぁ君に会いたいなぁ・・・」
 前々から良く聞くその名前。
 大切な人ではあると言っていたけど、
 実際の所どういう関係なのだろう。
「その人って、どういう人なの?」
「可愛い男の子」
「へぇ・・・やっぱり男の子なんだ」
 彼女のノーマルな部分を見つけた気がして少し安心した。
 その表情は今までとは違う女性らしいものに見える。
 普段は子供の様な無邪気な表情だからだろう。
 今の夢姫はどこか、いじらしい女性らしさを感じた。
 それにいつもよりも彼女の表情が柔らかい。
「女の子みたいに可愛いし、大人しくて
 私の言う事なら何でも聞いてくれるんだよ」
「・・・それって、何か変じゃない?」
「変じゃないよ。私もなぁ君の言う事は聞いてあげるもん」
 なんだか女性らしい表情とは別に、
 言っている事は子供のままに聞こえる。
「ふ〜ん。一体いつから会ってないの?」
「わかんない。子供の頃からずっと会ってない」
「それじゃそのなぁ君に会っても解らないんじゃないの?」
「・・・うん」
 肩をすくめて夢姫は寂しそうな顔をした。
 彼女にとってその男性は掛け替えのない人なのだろう。
 どんなに望みが薄くても会いたいと思うくらいに。
「でも、それだけが私の生きる目的だから」
 小さな声で夢姫は呟いた。
 たった一人のヒトと会うのが生きる目的。
 そう言いきれる夢姫がちょっと羨ましい気がした。
 私はそんな人、居るだろうか。
 これから現れるのだろうか・・・。
 全てを賭しても会いたいくらい、大切なひとに。
 二人ベンチに座って流れ続ける景色を見続けた。
 特に意義もないし、時間の無駄だと思う。
 でもそれで良かった。
 意義のない事や無駄の中にも何かはあると思うから。
 そんな風にどれだけ時間を費やしただろうか。
 ジャケットにスカートという格好をした女性が、
 私達の視界を遮る様に歩いてきて立ち止まった。
「こんにちは、汐原先輩に華月さん」
「音古さん。久しぶりだね」
 薄く微笑む様な無表情。
 柔らかな雰囲気で音古さんが同じベンチに座る。
 景色を見に来たのだろうか。
「唐突ですけど私、あなた達二人にお話があるんです」
「・・・うん、話してみて」
 前フリなどを全て廃した彼女の会話から、
 話というのが世間話でない事は容易に想像できた。
 それに一度しか話した事がない彼女が何を話すのか。
 少し興味があった。
「近い内、お二人はおぞましいモノと対峙します。
 その時に有効な手段はたった一つ。逃げる事。
 決して殺そうなんて思ったりしないで下さい。
 そのコトをお話ししておきたかったんです」
「・・・おぞましいモノって、何?」
 彼女がいきなり予言めいた事を言うとは思わなくて、
 私はそのまま疑問を口にする。
 普通に考えたらそれは与太話にさえ感じられた。
 しかし音古さんが話す場合は少し違う。
 殆ど会話すらしていない彼女が、
 ワケの解らない嘘をつく理由は無かった。
 それにこの真剣な表情。
 半信半疑という形で信じてみる価値はある。
「上手くは説明できません。それが私の力ですから。
 ただ、沢山の赤い目。それだけは視えました」
「・・・視えた?」
 それに力?
 彼女は一体・・・。
「いえ・・・すいません。全部忘れて下さっても構いません」
 自分でも信憑性と現実性の薄い話をしてると思うのだろう。
 音古さんは悪いことをしたように視線を落としていた。
 そんな彼女に夢姫が言う。
「沢山の赤い目。気を付けるね」
「・・・ありがとうございます」
 遠慮がちに音古さんは笑った。
 初めて彼女の笑顔らしい笑顔を見た気がする。
 きっとそれが夢姫の凄い所だ。
 その純粋さで誰の心へもすんなりと入っていける。
 疑う事を知らない様な眼差し。
 私としては音古さんへの疑問が幾つかあった。
 それなのに夢姫がそんな事を言うものだから、
 何かを聴ける様なムードではなくなっている。
 無論、良い意味での事なのだけれど。



 手で花の輪郭をなぞる。
 女性は部屋の一室に置かれた花に触れていた。
 そこは高級なホテルの十数階。
 東京の夜景が見えるなかなか良い部屋だ。
 花を眺めたまま飽きもせず、女性は時間を過ごしていく。
 しばらくして部屋の入り口から音がした。
 ドアをノックする音だ。
 早足でドアの前まで歩いていくと女性は鍵を開ける。
 そこに立っていたのは千李だった。
「よっす、オフェリーちゃん」
「千李さん・・・お久しぶり」
 透き通る様な髪をなびかせて、
 オフェリーは千李を部屋の中へ通す。
 そしてにこやかな笑みで千李を出迎えた。
「日本に来るなんてどうしたんだい?
 俺に会いたくなった?」
「くすっ・・・相変わらずですね」
 二人は向かい合う様にしてソファーに座る。
 そのまま、二人は黙ったままで数分が過ぎた。
 特に千李は彼女に話しかけようともせずに、
 Yシャツのポケットから煙草を取り出す。
 だが火を付けようとした所で千李は彼女の視線に気が付いた。
「おっと、君は嫌いなんだったっけ」
「ええ。覚えていてくれたんですね」
「当たり前さ。君の事なら何でも覚えてる。
 で・・・日本には何しに?」
「花を買いに来たんです。日本の花って凄く綺麗だから」
「良いねぇ。確かにこの国の花は俺も好きだな。
 買うならついでに俺の分も買ってくれるかな」
「いいですけど・・・何を?」
 オフェリーは少しだけ首を傾げる。
 なにしろ千李という人間が
 花を買うのは珍しかったからだ。
「ああ、うん。千日紅でも買ってくれるかい?」
「はい。あのドライフラワーによく使われる花ですね」
 でも何故?
 そう問いかけようとして千李が先に言った。
「そしたらレイの奴にでも送っておいてくれよ」
「レイノス君に・・・ああ、なるほど」
 思わずオフェリーはくすっと笑みを零してしまう。
 彼が男女問わずキザなのだと気付いたからだった。
 そんな事を彼女が考えたのが解るのか、
 苦笑いして足を組む千李。
 そこへ急に窓ガラスの割れる音がした。
 遠慮の欠片もない轟音。
 二人は立ちあがってその音のする方を見る。
「・・・随分と手荒なノックの仕方だな」
 千李は呆気にとられた表情で窓辺を見ていた。
 そこには黒いローブに身を包んだイヴが悠然と立っている。
「用件だけを伝える。オフェリー、お前に命令が来た」
 イヴの言葉を聞いて愕然とするオフェリー。
 彼女にとってそれは最悪の宣告だった。
 そのままイヴはオフェリーの前まで歩いていくと、
 鋭い瞳で彼女を睨みつける。
「あの人からの任だ。断るという選択肢は存在しない。
 いいか・・・華月という女を殺せ」
「それって、お前の仕事じゃないのかよ」
 千李はインサニティから事の顛末を聞いて知っていた。
 華月の事は気がかりだったが、
 彼女を狙うのはイヴだと聞いている。
「殺したと思ったが・・・直前で邪魔が入ったのだ。
 そして神は適任がオフェリーだと言われた」
「・・・そんな、私・・・出来ません」
「そう言うとは思っていたよ」
 言葉の直後イヴはオフェリーにボディブローを入れる。
 オフェリーはうめき声を上げるとイヴに倒れかかった。
 流れる様にイヴは彼女を背負って窓へと向かう。
 それを千李が制止しようとした。
「おい、ちょっと待てって・・・!」
「この女に出来なければ、出来る様にするしかあるまい」
「ま・・・まさか無理矢理ラピを起こすつもりか?」
 千李の問いには答えずに窓から出ていくイヴ。
 彼女はオフェリーを抱え、颯爽と夜闇に消えていった。
 止めようにも千李がそれをする事は出来ない。
 神に逆らうという事は、土に還るという事だからだ。
 どうする事も出来ずに千李は残っている窓ガラスを叩いた。
「・・・何焦ってんだよ。らしくもねぇ・・・
 神の決めごとに逆らえるはずなんて、ないのにな」



 音古さんと別れた後で私達は街を練り歩く。
 相変わらず夢姫は無表情で無邪気な顔を見せていた。
 それで二人して揃って歩いていると、
 結構な数の視線を感じる。
 いい加減に慣れてしまった。
 大体の視線は男、でもって目当ては夢姫。
 彼女が女性から見ても可愛いのは確かだ。
 でも私としては自尊心をかなり傷つけられる。
 そりゃあ自分が美人だと勘違いしてるわけじゃなかった。
 夢姫と比べたら月とタケノコくらいの差がある。
 解ってますとも。
 ただ、所謂ジョーカー的な役割だと思われたくはない。
 別にやりたくて夢姫の引き立て役をやってるんじゃなく、
 一緒にいると私は自然に後方支援になるのだ。
 だから目の前を通り過ぎていった男っ。
 私をハズレみたいな目で見るんじゃない。
 むしろ恋人無しなんだから、アタリなの。
 ・・・という感情の流れはなるべく抑えめにしよう。
 こっちを夢姫が不思議そうな目で見ていた。
「怒ってる?」
「少なくとも夢姫には怒ってない」
「そっか」
 納得した様だ。
 針葉樹の並木道を抜けると大きな交差点が見えてくる。
 中心にバスターミナル。歩道の側にバス停留所。
 それを囲む様にしてデパートや色々な店が連なっていた。
「夢姫、あのデパート行こうか」
「デパート・・・うん。行く」
 無論だけどデパ地下が目当てじゃない。
 やはりデパートと言えば無目的散策が醍醐味だ。
 何も考えずに適当な店に入ったり、
 色んな物を買ったりする。
 格好良く言うとウィンドウショッピング。
 女に生まれたならこれを一度は体験するべきだ。
 というわけで、私と夢姫はデパートへと入っていく。
 自動ドアじゃなくて回転式だったのが意外だった。
 中に入ると眼前には大きな上下のエスカレーターがある。
 右手にはアイスクリームの有名店。
 そして左手には受付があった。
「おっきい」
 夢姫がそんな素直な感想を呟く。
 このデパートは確かに相当な大きさだ。
 でも普通そんなコトを声に出したりはしない。
 多分、彼女は初めてデパートに来たのだろう。
 普通の人の場合はその結論には至らないけど、
 彼女の場合ならありうる。
 とりあえずエスカレーターに乗って二階へ上がった。
 思ったより空いているみたいだ。
 夏休みだからもっと人が居ると思った。
 或いは、このデパートが寂れてるだけなのかも知れない。
 おかげで余計にデパート全体が広く感じられた。



 四階で服などを一頻り見ると私達は屋上へと上がってきた。
 デパートの八階から覗く景色はさすがに爽快。
 遠くに見えるビル群やら、海やら、雲やら。
 少し霞れたように私の目に映っていた。
 今日の景色は今日だけの物。
 私達が見ている景色は、私達だけの物。
 だから、ただの屋上からの風景なのに私を感傷的にさせた。
 多分夢姫と会ったばかりだったら、
 こうは思わなかったと思う。
 本当に自分自身でも不思議だった。
 最近は人と人との繋がりが疎遠になってるって言う。
 私も確かな確信を持ってそう言える。
 つまりは、ゲゼルシャフト。
 でも実際に肩を並べて何度も顔を合わせていると、
 何とも言えない親近感が湧いていた。
 単に私が甘いだけなのかも知れないけど・・・それでも良い。
「ねぇ夢姫、私達って友達だよね」
「・・・解んない」
 困った様な顔で彼女はそう私に言う。
 仕方ない。
 言わなくちゃ概念が解らないんだ。
「じゃあ私が決める。私達は、友達」
「とも・・・だち」
 ふいに彼女は不思議な表情で何処かを見つめる。
 果てのない何かを探す様な瞳で、
 空の方をしばらくじっと見つめていた。



 一人の女性がデパートの地下へと降りてゆく。
 黒のコートを着た夏には合わない服装だったが、
 何故か誰も気に留める者は居なかった。
 理由は簡単だ。

  デパートの地下に、人間は、一人も残っていない。

 女性は返り血に染まったローブを脱ぎ捨てる。
 下には黒一色のノースリーブシャツと、
 七分丈のジーンズを履いていた。
 その女性にしては珍しくラフな格好だ。
「こんな場所を死に場所に選ぶか・・・まあいい。
 死にゆく悲鳴の多い方が、弔いになるだろう」
 そう言って女性は口元をつり上げた。
 肩には意識を失ったままの女性が担がれている。
 その女性を乱暴に下ろすと、
 黒一色の服装をした女性は声をかけた。
「お前の危機に反応してラピは目を覚ます。
 じきにこのデパートは地獄と化すんだ」
 声に反応したのか。下ろされた時に気付いたのか。
 意識を失っていた女性はそっと目を開けた。
「・・・どうしてあなたは、こんなコトを」
「目を覚ましたか。ふん・・・大嫌いなのさ。
 あの人以外の全てのものが」
「悲しい瞳。苦しいんですね・・・あなたも」
「っ・・・お前達はどうしてそう、私を怒らせる・・・!」
 情け容赦なくあびせられる腹部への蹴り。
 鈍い音と共に、倒れている女性がうめき声を上げた。
 黒い服装の女性は恐ろしく冷徹な目で、
 その女性を睨みつける。
 さらに倒れている女性の胸部を靴で踏みつけた。
「あぐっ・・・」
「私の事を詮索するなっ・・・憐れみを向けるなっ・・・!
 そういうのが、私は一番嫌いなんだっ・・・!」
 最後の方は掠れた様な声でそう叫ぶ。
 どこか黒い服装の女性は壊れたオルゴールを連想させた。
 救いようのない旋律を何度も何度も奏で続ける。
 繰り返し、繰り返し、他にどうしようもなく。
 倒れている女性がそう思った時、
 女性の胸元から淡い光が零れる。
 黒い服装の女性はにやりと笑うと女性から離れた。
「ミクロカエトゥス・ラピが集まってミニョコンになる。
 それも攻撃性、食欲ともに
 同名のミミズとは比べ物にならないほどの化け物に。
 オフェリー、余程お前は醜い心を持っているのだな。
 でなければこんな化け物をマテリアライズは出来ない」
「止めてっ・・・この子達は、私を護ろうとするだけよ・・・!」
「別にそれでも良いさ。どうせお前には止められない。
 答えはこのデパートを使って教えてくれれば良いさ」

   ずるっ・・・ずるっ・・・。

 長さ数mのミミズ状の生き物が、
 オフェリーの胸と背中を突き破る様に現れた。
 勿論、それは本当に身体の内から生まれたわけではない。
 マテリアライズされた彼女より出でた化け物だ。
「それでは、襲われない内に退散する事にしよう。
 ラピ共・・・存分に全てを食い尽くしてこい。
 くっ・・・ふふっ、あはははははっ!」
 声に反応するわけでもなくラピ達は次々と重なっていく。
 だが最高までふくれあがる前に、
 近くの血の臭いに気付いた。
 ラピ達はイヴが殺した人間に向かって群がっていく。

   ぴちゃ・・・ばぎぃっ・・・ずぷっ・・・。

 骨を噛み砕く様な粉砕音と淡々とした咀嚼の音。
 デパートの地下を埋め尽くしたラピ達は、
 たった十数分で全ての死体を食い尽くしていた。
 オフェリーは満足に動くことが出来ない。
 彼らをマテリアライズさせられたせいだった。
 おかげで身動きできないほどに体力を消耗している。
 そんな彼女をどうしようもない飢えと乾きが襲った。
(いや・・・いやっ・・・絶対に、それだけはいやっ・・・!)
 そんな彼女の意志もラピ達には通じない。
 彼女の奥底にある衝動だけが通じるのだ。
 つまり、飢えと乾きを癒したい。
 その衝動。
 巨大な塊になっていくラピの群れ。
 それはやがてミニョコンと呼ばれる、
 全長数十mある巨大ミミズへと変貌していった。
 体中に赤い斑点がある様にさえ見える。
 彼らの異常性を示す、赤い瞳だ。
 赤という色で自分達の危険性を見せつけるのだ。
 あまりにもおぞましい光景。
「止めてっ・・・止めてぇぇええぇえぇっ!」
 だがオフェリーはそれを止める事が出来ない。
 出来ることはただ一つ。
 デパートの地下からミニョコンが
 這い上がっていくのを見届ける事。
 か弱い幾つもの命を喰らうのを見届ける事。
 それだけだった。

第十一話へ続く