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黒の陽炎
−2ndSeason−

著作 早坂由紀夫

色彩の無い筺庭
−Guia do Pecador−


第十三話
「彼女の終着駅」

 ゆっくりと写真を眺める。
 彼はいつも机の引き出しにそれを入れていた。
 その写真の大切さは彼しか知らない。
 写真には若かりし四人の姿があった。
 思い浮かべるまでもない。
 彼のもっとも大切な仲間達だった。
 そう仲間、だった。

***

「うぅ・・・ぐすっ・・・」
 泣きじゃくる少年。
 辺りの目も気にせずに、エウロパ宮殿から
 西に位置する丘で座って涙を流していた。
 そんな彼に長髪の少年が近づいていく。
「いつまで泣いてるんだよっ。
 お前みたいな奴、マジむかつくぜ」
「・・・みっき〜」
「誰がお前の事馬鹿にしたんだ?
 リウエルか? サクリフェルか? ぶっ殺してきてやる」
 ラファエルは幼い頃、よく虐められていた。
 彼の様な大人しい性格は子供には受け入れられない。
 特に子供の天使はその点で差別化がはっきりしていた。
「ラファが泣いてると俺がむかつくんだよ。
 誰に虐められてたんだ?」
「うん、もう良いや。みっき〜が来たから」
「つまんねーの。へっ・・・ガキだな、お前」
「なんだよぉ、みっき〜だって子供でしょ?」
 ミカエルはなんだかんだ言っても、
 いつもラファエルを助けていた。
 困った時、必ず彼の側にはミカエルが居た。
 天使には幼なじみなどと言う概念はない。
 だが例えるならばそんな関係ではあった。
「お前もむかつく奴が居たら殴ったりすればいいんだよ。
 嫌な奴は口で言っても解んねーんだから」
「駄目だよみっき〜。そんなコトしたら痛いもの」
「ば・・・その為に殴るんだろうがっ」
 あまりにも間抜けな発言に、
 ミカエルはラファエルの頭を叩く。
 しかしラファエルは笑っていた。
 困惑するミカエルに彼は言う。
「うん、僕が殴られたら痛いから。
 僕が殴ったらその天使だってきっと痛いよ」
「あのなぁ・・・それで天使として
 やっていけると思ってるのか?」
 そう言われるとラファエルは困った様に笑うしかない。
 薄々ミカエルは気が付いていた。
 目の前のラファエルという天使が、
 天使であるには優しすぎる事に。
 だから彼は一つの決意をした。
「・・・ラファ。じゃあお前は誰も殴ったりするな。
 お前の代わりに俺が殴ってやる」
「え・・・でもそれじゃ駄目だよ」
「良いんだよ! 俺のストレス解消になるしな」
 ミカエルはそんな風に発言の意味を誤魔化す。
 彼はラファエルの意志を尊重したかった。
 汚い事や誰かに恨まれるような事。
 全てを自分が引き受ければラファエルは純粋でいられる。
 その一部を抱いたまま自分は一番側にいられるのだ。
「よし、じゃあお前を虐めた奴の所に案内しろ」
「それよりさぁ、皆で遊ぼうよ」
「なに?」
「みっき〜と、がーちゃんと、うりっちと、僕の四人でさ」
「・・・それも悪くねえ、かな」

***

 あの頃。そう語るほどの昔の出来事。
 いつからか全ては変わってしまっていた。
 変わっていないのはラファエルに対する事だけ。
 あいつはガキだから俺が居ないと駄目だ、という認識。
 それだけだった。
 もうミカエルは昔抱えた理想を取り戻す事は出来ない。
「ラファ・・・俺・・・」
 思考を中断する様にドアのノック音が部屋に響く。
「入れ」
 彼の部屋へと一人の男性が入ってきた。
 能天使長カマエル。
 中位天使である能天使を束ねる男だ。
 彫りの深い顔に短髪のブリティッシュ風な容貌に、
 天使のトレードマークとも言えるスーツ姿。
 背はミカエルより少し高い190cm程の長身だ。
 その立ち振る舞いからは精悍そうな雰囲気が漂っている。
 年齢や外見は人間で言えば二十歳半ばという所だ。
「来たか」
「俺・・・えっと、なんで呼ばれたんスか?」
「お前に冥典の探索を頼もうと思ってな」
「へぇ。中位天使の俺にそんなお鉢が回ってくるとはね。
 まあ、お偉方が信じられなくなったって所っスか」
「ふん・・・それにお前は中位天使で唯一この事を知ってる」
 カマエルが冥典に関する事を知ったのは偶然ではない。
 天使の中でとりわけミカエルと仲が良かったからだ。
 それも、立ち入った事を聞かないと言う前提で。
「じゃ、ちょっくら現象世界に行ってきますよ。
 邪魔する奴らは殺ってもいいんスか?」
「人間はなるべく控えろ。書類操作が面倒だからな。
 悪魔や、それ以外の敵は好きに殺して構わねぇ」
 無表情にミカエルはそう言った。
 だがそんな言葉の中に引っかかる物を感じ、
 カマエルは彼に質問する。
「それ以外の・・・敵? 獣の数字を持つ者っスか?」
「或いはな。そいつらは人間と換算する必要はない」
「でもそれって天使の間でも不確かな話っスよ」
「対峙する事があれば、で良い」
「りょーかい。そんじゃまた」
 バタン、と音がしてカマエルは去っていく。
 椅子に深く座るとミカエルはこめかみを押さえた。
 疲れはどちらかというと精神的な物が多い。
 真後ろにある大きな窓を向くと、
 ミカエルはふと遠くの空を見つめた。
 それは何処か宗教画の様な風景。
 押し黙ったままでミカエルはそれを眺める。

  
「みっき〜は寂しいヤツなのね」

  「一つだけ救いなのは、あんたが嫌いだってコトよ」

 そんな途切れ途切れの言葉が彼の頭を掠めた。
 嫌な事というのは忘れやすい。
 しかし時に重圧を伴い鮮やかに蘇る事がある。
 彼にとってそれは自分を繋ぐ罪の鎖だ。
 一人の天使がアルカデイアから消えた日。
 その時からミカエルは大きな傷と秘密を抱えている。
 決して自分以外の者が知ってはならないその出来事。
「俺だって、お前の事が大っ嫌いなんだぜ・・・ガブリエル」

2009年
11月03日(火) PM18:14 晴れ
都内

 ――――実際の所、俺の高校は物凄いハイテクだ。
 パソコンが授業に組み込まれてるなんて当たり前。
 職員室の地下には巨大なスパコンもあるし、
 それによる管理システムも全自動になっている。
 学生でさえ学校内に入るにはIDの承認が必要だ。
 とにかく、金のかかってる学校なのは間違いない。
 私立の中でもかなりのレベルだろう。偏差値的にも。
 俺は家から近い高校だったのでかなり勉強した。
 おかげで家から10分という近場に通えている。
 今日もそんな短距離を味わいつつ学校から帰宅するワケだ。
 珍しく夏芽の奴と帰っていないので、
 どこか気分が開放的な気がする。
 そうやって俺は暗くなったいつもの道を歩いていた。
 思ったより日が落ちるのが早くて、辺りはかなり暗い。
 といっても19時なんだから当たり前な気もするが。
「夏の方が風情あっていいよな・・・」
 冬も好きだがやっぱり夏だ。
 ノスタルジィな気分にさせてくれる、いわばビバ夏。
 辺りはすでに閑散としていて静かだ。
 それもまた、ビバ要素として数えられる。
「あだっ」
 ボケたコトを考えてた所為か、
 俺は何かにぶつかって思い切り倒れた。
 躓いた辺りを見ると何かデカい物が落ちている。
 ・・・人間? それも女の子?
 服はボロボロ、傷だらけで倒れている。
 意識は無いみたいだが寝てるワケじゃないだろうな。
「これって、ちょびっ・・・いや、そんなはずはねぇ」
 耳に接続端子は付いてない。
 確認してしまう俺はかなりの馬鹿かもなぁ。
 さすがにどこからどう見ても人間の女の子。
 しかもかなり可愛い。
 俺はその女の子に近づいてみた。
「・・・ひでぇな、こりゃ」
 右腕にまるでライオンにでも噛まれた様な傷が出来てる。
 この子はムツゴロウさんと張り合おうとでもしたのか?
「ふぅ・・・」
 さっきから俺は相当アホなコトばかり考えていた。
 目の前に傷ついた女の子が倒れている。
 どう考えても家に連れて帰って手当てするのが筋だ。
 動揺してるんだな、俺って奴は。
 俺はその可愛い女の子を抱き起こす。
「大丈夫か?」
 意識が戻る様子は無かった。
 ひとまず俺はその女の子をおぶると歩こうとする。
 しかし、そこで俺は目の前にいる奴に気が付いた。
「ららばーい、ららばーい、武人ー、ひとさらーい。
 ららばーい、ららばーい、娑婆からー、ららばーい」
「み、禊・・・」
 なんだかとんでもない歌を歌っている。
 ストレートに下ろしたショートカットをなびかせ、
 チビ女は最高の笑みを浮かべて俺の方に走ってきた。
 間違いない。あれは俺に体当たりしようとしている。
 俺はかわそうと身体を動かそうとした。
 だが女の子をおぶっている所為で動きが鈍い。
 しかも奴はスカートをはいてるというのに、
 平然と飛び蹴りをかましてきやがった。
 思い切りぶつかるが、俺はなんとか転ばずに踏ん張る。
「女の子を誘拐するなんてさすがだな、たっつーっ」
「その誉め言葉の前提が気にくわないんだが」
 こいつは高校二年で俺の同級生、諏訪禊だ。
 彼女でもないのに、いつもつきまとってくる。
 行動に脈絡が無く基本的に不可思議ちゃんだ。
 妙なテンションがそれに拍車をかけている。
 しかも人のあだ名を勝手に『たっつー』にした張本人だ。
「いいか、この子は今そこで拾ったんだ」
「なるほどなぁ〜。あたしに嘘が通用すると思ったか〜」
「嘘じゃねえよ!」
「そんな嘘くさい話を信じるかこのドグサレ!」
「ど、ドグサレだぁ・・・?」
「・・・と言いたいトコだけど、実は拾ってる現場を見てた」
 この野郎・・・その上で人をからかってやがったのか。
 俺は禊の頭をはたこうとするが、あっさりかわされた。
 後ろに女の子を背負ってるからに他ならない。
「とにかくこの子を家に連れてかないと」
「たっつー、普通の人間なら警察か救急車だと思うぞ」
「いや・・・なんかヤバい事件とかに関わってたら、
 この子が危ないし俺も危なくなるだろ」
 可愛い子は家に連れ帰るというセオリーもあるし。
 逆にこの千載一遇のチャンスをふいにしたら、
 二度とこんな美味しいシチュエーションはあり得ない。
 要はお持ち帰り万歳だ。
 いや、勿論変な事をしたりはしないけど。
「おし! じゃあ部屋に連れ込んで色んなコトするか!」
「そうだなっ」
 禊の一言に俺はそんな素の反応を見せてしまった。
「た〜け〜ひ〜と〜っ」
 口元を引っ張ってくる。
 怒ってるんだが、一体何に怒ってるのやら。
「痛いっつーの! お前は俺の恋人か?」
「違う」
 即否定って言うのも男心にはちと厳しい。
「でも武人はあたしのモンだ」
「くっ・・・」
 相変わらずの物扱いだった。

11月03日(火) PM18:20 晴れ
自宅・玄関前

 とりあえず女の子を背負ったままで帰ってきた。
 オマケで禊も付いてきてしまったが、
 この際は潔く諦める事にしよう。
 俺は靴を脱いで二階へ上がろうとした。
 すると禊は黙って俺の後ろについて来る。
「なんでお前まで入ってくるんだよ」
「その怪我の手当て、たっつーに出来るのか〜?」
「・・・ちょい厳しい」
「あたしに任せておきなっ。すぐ元通りにしてやる」
「不可能な事言うんじゃねえ!」
 ゲームの世界じゃないんだから、
 傷が短時間で元通りになるはずがない。
 禊に手当を任せて良い物か・・・。
 まあ、俺よりは良いのかもしれない。
 服とか脱がせる必要もありそうだしな。
 ・・・やっぱ俺が手当したい。
「んじゃたっつーのママに救急箱借りてくる」
「母親と父親なら居ないぞ」
「なに? ど〜ゆ〜事だ」
「母親は死んだ。父親は単身赴任中」
 慣れてるので全然辛くはない。
 だが禊はガラにもなく同情してる様だった。
「今日からあたしをママだと思って良いぞっ」
「そんな背の小せぇ母親要らねー」
「あんだと〜? この親不孝者が!」
「っ・・・」
 思いがけず禊は人の痛い所を突いてきやがるな。
 少し頭に血が上りそうだった。
 まあ、これで怒るなんて事はない。
 幾ら過去の傷に触れられたからと言って、
 それを知らない人に文句を言うのは筋違い。
 お馬鹿さんのやる事だ。
 ああ、なんて人間が出来てるんだろう。
 頭を良く働かせて怒りを落ち着ける。
 素数でも数えてみるか。
 2、3、5、7、11、13、17・・・。
「ぽけった〜り〜怒ったり〜唸ったり〜浸ったり〜」
「うおわっ! そんなヤバい曲を歌うんじゃねー!」
 いつかJASRACから訴えられるな、この女は。
「で、救急箱はどこだっ」
「おう。台所にある。後で行くから」
「3分で降りてこなかったら、館に火を付けるからなっ」
「ウチはどこからどうみても館じゃねえ!」
 禊は嬉々として一階へと降りていく。
 ありゃ、マジで火を付けるかもしれない。
 俺は急いで自分の部屋へと向かった。

11月03日(火) PM18:32 晴れ
自宅・二階・大沢武人の部屋

 危うく燃やされる所だった我が家には、
 放火女と拾ってきた女の子が寝ている。
 それも俺のベッドでスースーと。
 何故か怪我を手当てした後で寝やがった。
 よくよく禊という人間は理解できない。
 出来れば禊の顔にクロスフェイスを決めてあげたかった。
 勿論、優しい俺はそれを堪えておく。
 それにわざわざ女の子の手当をしてくれたわけだしな。
 でもさ・・・無防備すぎないか?
 露出してるわけでもないし、魅力的な身体でもない。
 でも、だ。
 禊とは言えど一応女の端くれの端くれには位置している。
 それがなんの警戒もなく男の部屋に入ってきて、
 あまつさえ寝出すというのは異常だ。
 普通の男だったら襲っててもおかしくない。
 そして俺は、普通の男だ。
「だが・・・」
 敢えて口に出しておく。
 そんなに禊の事を女らしいとは思えなかった。
 ガキみたいだし、テンション高いし、
 人に平気で蹴り入れてくるし、変な歌を歌うし。
「むにゃ〜・・・たっつ〜」
 お、俺の名前を呼んでる。
 禊の気持ちよさそうな寝顔を端で見ている内、
 俺は思わずその顔をのぞき込んでしまっていた。
 ああ、悲しいほどに馬鹿な男だな。
 すると禊の身体が寝返りを打ってくる。
 右腕がぐるりと円を描いて俺の頬に直撃した。
「ぐぁっ」
「あたしに逆らうな〜」
 寝言でまでこんな事言ってやがる。
 やっぱり俺は男としてではなく、物扱いされてる。
 むかついたので寝ている禊の頬を引っ張ってやった。
「ぐぇえ〜」
 色気の欠片もない声で禊が苦しんでる。
 まあ、自業自得だとしておこう。
 俺はふっとデジタル時計を見てみた。
「げ、もう19時じゃねーか・・・」
 この調子だと禊が俺の家に泊まっていきかねない。
 それは実に困るな。
 禊の家は中流家庭ではあるが、元ゾッキーな両親だ。
 しかも禊にメチャ甘い。
 もし俺の家に泊まったなんて日には・・・。

 「てめぇ、覚悟は出来てんだろうなぁ! ああ?」
 「別に禊とは何も・・・」
 「人の娘を呼び捨てか。
  表に出な・・・ナインブリッジだよコラ!?」


 なんて事態になりそうだ。
 父親は昔、初台のスピードスターって言われてたらしい。
 このままじゃ俺なんか軽く五十回くらい殺されるな。
「起きろ禊ィィ!」
「んがふふっ!?」
 何故か喉に何かを詰まらせた様な声を上げて、
 禊は俺のベッドから飛び起きた。
 辺りをふるふると見渡している。
 俺を見て、一瞬固まった。
 表情は特にない。
「このCMは、トゥーシバとエレクトラニクスの提供で・・・」
「寝ぼけてんじゃねー!」
 馬鹿な事を言っている禊の頭にチョップを叩き込んだ。
 禊はオーバーなアクションで頭を押さえる。
 だが布団がかかってる足が俺の頭に直撃していた。
 鋭い蹴りが布団ごとのしかかってくる。
「ぐあ・・・!」
「なんでたっつーがあたしん家に居る! 夜這いかっ!」
「この天然爆弾がっ! ここは俺の家だっつーの!」
「へ?」
 また辺りを何度か見回す禊。
 額に手を当てて何事かを考えている様だった。
「そうか、あたしはこの子を暖めようとして、
 いつの間にか一緒に寝てたのか」
 隣の女の子は、俺達の騒ぎもなんのその。
 余裕の表情でぐっすり眠っていた。
 そんな時、俺の頭に嫌な想像がもたげる。
「・・・まさかこのまま目覚めないって事、無いよな」
「さあな〜。あたしはこの子じゃない」
「やっぱ病院に連れてくべきか」
「たけひと人殺し〜間接〜殺人〜」
 嫌な歌作りやがる・・・。
 だが確かにこのままだと間接的に、っていうのはある。
 出来れば早急に病院で手当を受けた方がいいかもしれない。
「この子の傷って、重症なのか?」
「うんにゃ」
「な、なんだ・・・脅かすなよ」
「ただ・・・あたしは応急処置をしただけだ。
 このままじゃこの子の腕、使えなくなる。
 間違いなくたっつーの所為だなっ」
「マジかよ!?」
 ぽん、と俺の肩に手を乗せて禊はそんな事を言い出す。
「これはマジ」
「重症じゃねえかよ!」
「それよりちっとヤバい。ヤバめの重症」
 俺は慌てて彼女を抱き上げると背中に背負う。
「禊、病院行くぞ!」
「おうっ。ホントはもっと早く言うつもりだった」
 最高の笑顔でそんな事を言う。
 こいつ・・・悪気はないが、とんでもない奴だ。
 まあ、病院がヤバいって言ったのは俺だ。
 俺の家に連れて行くと言ったのも俺だ。
 つまり、責任は全て俺持ち。
 ・・・割り勘は効かないだろうか。

11月04日(水) PM16:40 晴れ
丞相学園・音楽室

「っていうワケなんだよ」
「・・・それは災難やったなぁ〜」
 結局、俺は彼女を病院に連れて行った。
 医者に見せた所、寝てるのは疲労が原因らしい。
 腕や身体の傷を手当てして貰うと、
 俺はその後ですぐに家に連れ帰ってきた。
 そのまま今日になっても彼女は目を覚ましていない。
 仕方なく学校の時間が来て今に至るわけだ。
 本当なら入院する必要があるらしいんだが、
 なにしろ彼女の保険証なんて持ってない。
 保険証無しの入院費を払えるワケはなかった。
 そんで今は放課後、俺は音楽室に居る。
 いつも仲間内で揃う場所だ。
「しかしだな大沢よ。君も犯罪者紛いの事をするな」
「と、冬子先生・・・一応、美談なんですけど」
「だがなぁ。先生として言わせて貰うと、
 女の子を助ける所までは最高の美談だ。
 しかしそれを自分の家に連れ込むのが実にまずい」
 言われてみれば確かにまずい気もする。
 けど、目を覚まさない事には他に当てもなかった。
 まさか放っておくわけにもいかないしな。
「タケは犯罪者だったのかぁ・・・」
「だぁあっ! 人聞きの悪い事を言うな!」
 勝手な理解をして俺を貶めるのは、
 天然美男子野郎の尭月淳弘。
 一応、俺より少しだけ女にモテる。
 淳弘とエセ関西弁を使う俺の幼なじみ、嵯峨夏芽。
 それに俺の事を物扱いする諏訪禊。
 後、教師のクセして気の合う友達みたいな冬子先生。
 こんな五人がいつも音楽室でだべってるわけだ。
「で・・・お前はその子、どう思うんだ?」
「先生、それが可愛いんですよ」
「まあパソコンは完璧だからな」
「パソコンじゃないって! 人ですよ!」
 人間だがその容姿は半端じゃなく可愛い。
 今朝、まじまじと見てたがあれはS級だった。
「その子が目覚めるまでの同棲疑似体験か。
 悪くはないシチュエーションだ。
 下手すると、その子がメイドとして住み着いたりしてな」
 先生はにやけた顔をして俺の方を向くと、
 そんな事を言って煙草の煙を吐いてきた。
「げほっ・・・何すんですか、仮にも教師が」
「よもや、手を出したりしちゃいないだろうな。
 さすがにそれは先生、感心しないぞ」
「出しませんよ! 俺は鬼畜ですかっ!」
「そやな〜。たっつーにそんな勇気はあらへん」
 夏芽がしたり顔でそんな事を言う。
 そう言われるとちょっと悔しいな。
 結構当たってるだけに。
「せやけどウチも会いに行きたいわ〜。可愛いんやろ?」
「この世の物とは思えないくらいに」
 俺がそう言うと夏芽はぐっと親指を突き出す。
 いわゆるOKサインだ。
 何を思ったか淳弘はその親指をぎゅっと握る。
「・・・なにするんや」
「遊びに行く人はこの指に止まるんでしょ?」
 完璧に勘違いしてるみたいだった。
 しかしそれを逆手に取ったのか、夏芽が肯く。
 すると禊の奴までその指を握った。
 俺の家にこいつらを呼ぶって事か・・・?
 せっかく、あの子と二人でラブラブを狙ってたのに!
「今日じゃなくて明日なら・・・」
「そっかぁ」
 淳弘が残念そうな顔をする。
 こいつは簡単だ。
 問題は残る二人。
「今日はその子、喰わなあかんからな〜」
「ちがっ・・・お前はそういう事言うんじゃねえ!」
 誰がそんな事を考えてるかっての。
 ま、少しは・・・ほんのちょっとなら。
「あたし以外に目もくれるなぁっ!」
 ふがーという擬音と共に怒り狂う禊。
 こういう時の禊は手に負えない。
 さりげなく俺は淳弘の後ろに隠れてみた。
「淳弘、どけっ」
「まあまあ・・・添え膳喰わぬは人の縁って言うじゃない」
「言わない! 変に混ぜるなっ!」
 禊が一言で淳弘を斬って捨てる。
 やはりボケの淳弘じゃ弾幕にすらならなかった。
 なにやってんの、って感じだな。
 両手を上げながら俺を追いかけてくる禊。
 それがまるで漫画の様だから、
 俺は笑いを堪えるのに必至だった。
「にゃろーっ! 笑いやがったな、下僕がっ」
「誰が下僕だ、誰が!」
「たっつー」
「ちげぇ!」
「じゃ、恋人で良い!」
「・・・え?」
 胸トキメク台詞に一瞬硬直した所を、
 スパッツはいた天然爆弾が蹴り飛ばしてくる。
 全体重を乗せられて俺は禊と一緒に倒れてしまった。
「い、今の・・・」
「ふふん。女の武器に負けたな、たっつー」
「それはまた違うだろ」
 冬子先生なんかは今の俺の動揺が、
 おかしくて仕方ないらしい。
 口にくわえた煙草が小刻みに震えていた。
「くくっ・・・良かったな大沢、可愛い恋人が出来て」
「先生、からかわないでくださいよ・・・」
「あからさまに反応するからやで、たっつー」
 夏芽まで人の事をからかってきやがる。
 周りの味方と言えばもう淳弘だけだ。
 淳弘は俺の方を見てにこっと微笑む。
「二人の明るい未来に、ばんざ〜い」
「・・・淳弘、てめえ・・・!」
「え、え?」
 俺は多くは語らずに淳弘に近づいていった。
 何が起ころうとしてるのか何となく解るらしい。
 淳弘が逃げようとしたのをすかさず捕まえて、
 コブラツイストを決めてやった。
「いたたたたっ、痛いよタケッ」
「てめぇの脳みそを廃品回収に出してやるっ」
「うわ〜! そんなコトしたら、
 リヤカーが脳漿で汚れるって!」
 違う・・・その反応は絶対違う。
 笑うに笑えない事を言ってくれるぜ。
 だがそんな俺達の姿を見て、何をトチ狂ったのだろう。
 禊の馬鹿が突進してきやがった。
「あたしも混ぜろ〜っ!」
「ぐえっ」
「ぴぎゃっ」
 結果、俺と淳弘は禊の下敷きになってしまう。
 立ちあがると俺はぱたぱたと身体に付いた埃を払った。
 先生は手が暇を持て余したらしく、
 不意にピアノを弾き始める。
「淳弘・・・この曲知ってるか?」
「うん。これはショパンのノクターンだよ」
「ふ〜ん・・・これがかの有名なショパンか」
「さらに言うとノクターン第一番、変ロ短調の作品9−1」
「・・・長い」
 それは何処か音楽室から見る夕暮れにマッチしていた。
 流暢に音を並べていく先生の指だが、
 やはりというべきか途中で止まってしまう。
 煙草の火を落とす為だ。
 先生って・・・一曲を最後まで弾いた事無いんじゃないか?
「ふわぁ〜っと。そろそろ音楽室閉めるか」
 欠伸をかみ殺しながら先生はそう言った。
 どう考えても教師らしくないと思う。
 でも向いてないってワケでもないよな。
 らしさと向き不向きは別問題って事か。
「さて、じゃ〜俺もあの子が起きてるかもしれないし、
 とっとと家に帰るかぁ」
「せやな」
「・・・夏芽。お前はなんだ」
「美少女探検隊」
「アマゾンの奥地にでも逝ってこい」
「ええやないか、可愛い子の密林に忍び込むんや!」
 まさかそう来るとは思わなかった。
 してやったりと言う顔で夏芽は俺の手を取る。
「さ、行くで! 善は急げや!」
「ちょ、おいっ」
 どうしてこんな幼なじみが俺には居るんだろう。
 普通はお淑やかな子とか明るい子とかだろ?
 それが何故、射程外のレズビアンなんだ!
 いつもはコンタクトの、眼鏡娘というのも良い。
 明るくて周りを和ますキャラクターも嫌いじゃない。
 だがレズじゃどうしようもなかった。
 そんな俺と夏芽の後に淳弘と禊が走ってくる。
 つまり、俺の家に来るという事らしかった。

第十四話へ続く