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黒の陽炎
−2ndSeason−

著作 早坂由紀夫

断章.持たざる者、その終幕
−Schwanengesang−


第十九話
「徘徊するもの」


11月09日(月) AM02:37 晴れ
丞相学園・校門前

 深夜、張りつめた空気の中に二つの影。
 二人の視線は射抜く様に学園を睨んでいた。
 その内の一人は黒澤、つまりアシュタロス。
 もう一人は酷く暗い瞳をした男だった。
「ここの学園は警備システムが厳重な事で知られています。
 まず、色々と工作をする必要がありそうですが・・・」
「白昼に事を起こせばいい。邪魔が入るとすれば、
 人間よりも獣の数字を持つ者だろう」
「やれやれ・・・俗に言うエクスキューター、ですか」
「お前の方の準備はどうだ?」
「私の方は大丈夫。彼女は協力してくれそうです」
「そうか」
「一つ、疑問があるのですが」
「なんだ?」
「・・・ベリアル、貴方は一体何を食しているのですか」
「これか。これはさっき交わった女の心臓だ」
「ふぅ・・・聞いた私が間違っていましたね。
 では、私はもう行きますよ」
 ため息をつくと黒澤はその場から歩き出す。
 それを横目にベリアルはしばらくそこに佇んでいた。
(アシュタロス・・・奴は本当に、我と同じ悪魔なのか?
 昔の奴とはまるで別人に見える・・・)

11月09日(月) AM07:34 晴れ
自宅・一階・玄関前

「準備は出来たか?」
「うん、できた」
 ちょっとずつ具合が良くなってきた夢姫。
 あっという間に普通の暮らしも出来る様になっていた。
 そうして今日は学園へ通う日と来たもんだ。
 なんでもロフォケイル老が学園のスパコンに侵入して、
 軽く学生のデータを改ざんしたらしい。
 他にも理事長を洗脳だとか言ってた気もしたな。
 あまり深くつっこめなかったが、
 そんな事が出来るなら俺の時にいて欲しかった。
 そうすりゃ勉強なんてしなかったのに。
 夢姫はくるくると回りながら、
 鏡で自分の制服を何度も見ている。
 よっぽど気に入ってるみたいだった。
「鞄とかは持たないのか?」
「うん。勉強は嫌い」
「き、嫌いって・・・一応、学校は勉強する所だぜ?」
「だって勉強した事ない」
「は・・・はい?」
 勉強をした事がない。
 それで学校へ行ってついていけるんだろうか。
 いきなり不安が・・・。
「タケー」
 急に背後から声がした。
 玄関の向こうに淳弘がいるらしい。
 夢姫の制服を見ようとやってきたに違いないな。
 奴の不埒な行動は断固阻止だ。
「いいか夢姫、タケがドアの向こうにいるけど、
 あいつに気を許しちゃいけないぞ」
「うん。解った」
「あ・・・いや冗談だから」
「ふ〜ん。わかった」
 この子には冗談が通じないらしい。
 下手な事を言うと大変な事になりそうだな・・・。
 俺はドアを開けると淳弘に挨拶をした。
「よ、淳弘」
「おはよ」
「どうしたんだ今日は。珍しく俺の家なんか来て」
「夢姫ちゃんに会いに」
 やっぱりこいつは主人公タイプだ。
 常人には口が裂けても言えない事を言うからな。
 まあ夢姫にはなぁ君とやらがいるワケで、
 こいつに口説き落とされる事はないだろう。
「おはよう夢姫ちゃん」
「うん、おはよう」
 得意の優しげな微笑みを浮かべると淳弘は俺の手を取った。
「それじゃ行こうか」
「・・・俺の手を何故に繋ぐ」
「三人居るんだから皆で手を繋ごうよ」
「アホ」
 一言で淳弘を斬って捨てる。
 するとその言葉に影響を受けたのか、
 夢姫が俺の手を握ってきた。
「手、繋ご」
「・・・はい」
 そりゃ夢姫に言われれば文句は言えない。
 だが彼女は俺だけでなく淳弘の手も取った。
 なんとなく素直に喜べないな・・・。
 そのままでは三人で輪になってしまうので、
 淳弘は俺の手を放した。
 そんで夢姫が中心に立って俺達の手を引く。
「ちゃんと歩くの久しぶり。なんか、変な感じ」
「変な感じ?」
「うん。楽しい気がする」
 楽しいと言ってる割にその表情はきょとんとしていた。
 まるで自分の言った事が不思議だとでも言う様に。
 淳弘はそんな夢姫を見るとにこやかに笑った。
「楽しいならもっと笑わなきゃ駄目だよ。
 ほら、にこってしてみて」
「・・・ちょっと難しい」
 その言葉の通り夢姫の笑顔は苦笑いに近かった。
 う〜む。でも、可愛い。
 惜しむらくは淳弘に先を越された事だな。
 本当なら俺が今の台詞に近い事を言おうとしてた。
 良い所を持って行かれたな、畜生。
「淳弘って良い人」
「え、そうかな。照れるなぁ」
 俺を差し置いていい雰囲気を作り始めてる。
 やはり淳弘は強敵だな。
「そういえばさっ、夢姫が同じクラスだと良いな」
 どうにか話の流れを変えようとしてみた。
「同じクラス?」
「はい?」
「クラスって、なに?」
 開いた口がふさがらなかった。
 表現とかじゃなくて、現実に。
 だって・・・クラスを知らないって、何?
 日本語の勉強から始めさせろって事か?
 となるとどう考えても高校なんて入れないじゃねえか。
「夢姫、やっぱり高校は諦めた方が良いんじゃ・・・」
「やだ。学校行ってみたい」
 凄く澄んだ瞳で夢姫はそんな事を言う。
 まあ・・・制服似合ってるし良いか。
 うん。制服が凄く良い。スカート短くて。
 ピンクのマフラーも不思議なくらい似合ってる。
 毛糸の手袋も良い感じに飾りになっていた。
 実に、健全な色気があって良い。
 そうやって俺はじっと夢姫の事を見つめていた。
 彼女は全くこっちの視線に気付かず、
 俺と淳弘の両手を引っ張ってる。

11月09日(月) AM07:47 晴れ
丞相学園・エントランス

 相変わらずと言うべきか、
 冬子先生が改札前に立っていた。
 一応、夢姫の学生証は発行されている。
 けどあの人を誤魔化せるのだろうか。
 まあ・・・なんとかなるだろう。
 俺と淳弘はいつも通り先生に声をかけた。
「おはよう、先生」
「今日は大沢と尭月か・・・それと、その子は初めて見るな」
「この子は転校生だそうです」
「ああ、華月さんだったっけか」
 マジで話が通ってる。
 一体あのロフォケイル老は何者なんだ・・・?
「うん。私、華月夢姫」
「そっか。よろしく」
「よろしく先生」
 冬子先生はめざとく俺達が手を握ってる事に気付く。
 妙に訝しんだ顔で俺の肩を叩いてきた。
「禊はどうするんだ、大沢」
「あのねぇ、俺は・・・」
「二股なんて先生は許さないからな」
 何故か無実の罪で俺は追求されている。
 すでに教師の領分ではないが文句も言えなかった。
 たじろぎながら俺は言葉を探す。
「えっと・・・この子は、友達です」
「ふむ。そうなのか?」
 先生は夢姫に返答をうながした。
「解んない。でも一緒に住んでるから・・・友達?」
「な、なにぃ・・・?」
 夢姫は今とんでもなく俺に不利な発言をしてくれた。
 おかげで冬子先生は俺の肩にぽん、と手を置いて言う。
「まさか、この子が例の子か?
 よく解らないが、一つ言える事がある。
 お前は二股をかけてるという事だ」
「は・・・いや、そんな事は」
 だって俺は誰とも付き合ってない。
 明らかに先生は勘違いをしていた。
 しかも、意図的な勘違い。
「禊、早く来ないかな〜」
「せっ先生まさか変な事を吹き込む気じゃ・・・」
「事実は事実として伝えねばならないだろ?
 二人はさっき、手を繋ぎながら通り過ぎていったとな」
 淳弘という存在が消されてる。
「事実じゃありませんよ、それはっ」
「良し。なら明日の昼飯が楽しみだな」
「は?」
「こういう時の口止めは昼飯と相場が決まってるだろ。
 生憎今日は弁当持参だからな、明日だ」
「あが・・・」
 冬子先生と朝に会うと良い事が無い。
 今度からそこの所に気を付ける事にしよう。
 ・・・あ、でもどうやって?

11月09日(月) AM08:35 晴れ
丞相学園・2−B

 俺は自分のクラスでいつもの様に夏芽と話していた。
「今度な、ウチあそこに行くねん」
 いつにもまして奇妙な大阪弁だが気にしない。
 もう皆が慣れてるし俺は尚更だ。
「あそこって何処だよ」
「愛しの凪が居る学園や。忍び込むっ!」
 珍しくコンタクトではなく眼鏡をかけているが、
 その眼鏡がいっそう夏芽の怪しさを際立たせている。
 凪って言う子の話は聞いた事があったな。
 確か滅茶苦茶可愛い、という話だ。
 う〜ん。夢姫は可愛いけど・・・。
 男なら可愛い女の子がいると聞けば行くべきだろう。
 それこそが真の漢というものだ。
「俺も行く」
「なんであんたを連れていかなあかんねん」
「別に良いだろ? 邪魔しないからさ」
「・・・ま、ええけど」
「おおきに〜」
 そこで担任の瀬村がやってきた。
 隣に夢姫を連れている。
 どうやらこのクラスに決まったみたいだな。
 ラッキーとは重なるらしい。
 ああ、今日からバラ色の生活が待ってるぜ・・・。
 と考えたのは無論と言うべきか俺だけじゃなかった。
「先生っ、その子は誰ですか〜〜!?」
「やべえ超可愛くねえ?」
 口々に男子が彼女を誉め始める。
 同居してる俺としてはなんか、優越感だ。
 ふっ、俺はお前らより先をいってるぜ、みたいな。
 彼女の少しばかり困った様な表情もまた可愛かった。
 嫌味のない立ち振る舞いのせいか、
 女子達の反応も悪くはない。
 でもモテる子って言うのはアレだからな。
 最初は虐められたりするというのが常識だ。
 夢姫の性格上その心配は要らない気もするが、
 一応そう言う時は俺が助けるべきだろう。
 そりゃあもう、不純な動機の上でだが。
「彼女は今日からこのクラスに転入してくる事になった、
 華月夢姫さんだ。そんじゃ、自己紹介してやってくれ。
 この愛に飢えてサカッてる狼共にな」
 酷い言われ様だがその通りではあるな。
 仮にも教師の言葉とは思えないが。
 ふと周りの奴らを見てみると、
 皆一様に恋する目つきで夢姫を見ていた。
 少し状況が違えば俺も同じだと思うと、恐ろしい。
「私は華月夢姫。よろしく」
「簡潔で宜しいな。じゃあ、空いてる席に座っておけ。
 くれぐれも凡骨な男共に気を許さない様にな」
 瀬村の野郎、とんでもない事を言ってやがる。
 こっちに夢姫が歩いてきた。
 俺と夏芽に気が付いたらしい。
 夏芽と俺は隣同士なので、その丁度間にやってきた。
「わたし、二人の隣が良い」
「・・・って事は」
 俺の隣の席は一応空いている。
 端っこになるのが嫌で敬遠していたが、
 夢姫に言われたら仕方なかった。
 黙って俺は席を移動する。
「ありがとう」
「気にすんな」
 そんな簡単な会話。
 にもかかわらず、周りの男子の視線は
 酷いくらい俺を攻撃していた。
 下手したら目から怪光線でも飛んできそうだ。
 でも本当の危険人物は俺じゃない。
「夢姫〜、会いたかったわ〜」
「おはよう」
「挨拶も可愛いわぁ〜〜っ」
 思い切り夢姫の顔に頬ずりを始める夏芽。
 奴の奇行はいつもの事なので、誰も気にしなかった。
「ん? 夏芽、会いたかったって・・・知り合いだったのか?」
 そんな風に夏芽の前に座ってる男が聞く。
 夏芽は隠す風でもなくあっさりと言ってくれた。
「ああ。たっつーの家で会った」
「ばっ・・・」
 俺が止める間もなくはっきり言ってしまう。
「うん。私は武人の家に・・・」
 慌てて夢姫の口を塞ぐ俺。
 さすがに同居なんて知られたら洒落にならない。
 耳元で夢姫に言った。
「いいか、一緒に暮らしてる事は秘密。誰にも言うな」
「・・・わかった」
 俺や夏芽が夢姫と知り合いだと言う事はバレてもいい。
 ただ同じ家に暮らしてるのがバレると、
 かなり俺の立場がまずくなる。
 そこから夢姫の不正入校の事もバレかねないし。
「転校生に手を触れるんじゃあないっ!
 大沢、貴様は担任を敵に回したぞ・・・」
「うげっ・・・」
 瀬村が怒りの表情で黒板をガンガン叩いていた。
 あいつは40代間近の独り者だからな。
 生徒の浮ついた話が大嫌いなワケだ。
 隣の夢姫は夏芽と話している。
「夢姫、ウチとええ事せ〜へんか〜」
「良い事って何?」
「変な事教えるんじゃねえぞ、夏芽」
「あ〜ら、たっつー嫌やわぁ。
 勉強をちょこっと教えるだけやで」
 夏芽がそんな事をするはずないのは知っていた。

11月09日(月) AM09:10 晴れ
丞相学園・2−B

 1時限が始まる。
 隣に座っている夢姫は落ち着きがなかった。
 俺の方をじっと見てる。
 周りの男子は夢姫の事をちらちらと見ていた。
 つまり、俺危険。
「あのさ・・・前向こうぜ」
「授業つまらない。武人、何かして」
「は、はい〜?」
 前方からいきなりシャーペンが飛んでくる。
 なんとかそれはかわしたが、
 時間差で来た消しゴムが顔面に直撃した。
 くそ、なんか俺イジメられてる?
 殆どの男子にひがまれてるらしい。
「夏芽、武人がつまんない」
「しゃあない。それはいつもの事や」
「そうなんだ」
 なんか夏芽の奴が勝手な事を言ってた。
「変な事吹き込むなよ、夏芽」
「女同士の話を盗み聞きとは駄目やなぁ」
「武人は駄目なんだ」
 なるほど、と言った顔で夢姫が俺の方を見る。
 それに夏芽が追い打ちをかけた。
「ちゃうちゃう、武人は駄目駄目や」
「ふ〜ん。武人って駄目駄目なんだ」
 どんどん夢姫が俺の事を勘違いしていく。
 これ何かの陰謀か・・・?
 教師が俺の方を睨んだので俺はノートに目を移した。
 夏芽は構わずに夢姫と話している。
「せや、武人やなしにたっつーって呼んだ方がええで。
 要らん勘違いをされずに済むからな」
「わかった。これから武人の事は、たっつーって呼ぶ」
「呼ばなくていいっ」
 誰もそんなあだ名は望んでない。
 なのに夢姫は俺の方をじっと見てきた。
「たっつーって呼んじゃ駄目?」
「え、いやその・・・」
「駄目?」
「い・・・良いけど」
「わかった」
 押し切られてしまった。

11月09日(月) PM12:45 晴れ
丞相学園・2−B

 昼飯時が来ると真っ先に夏芽が立ちあがる。
 4度の授業で溜まったうっぷんを晴らしたいんだろう。
 屈伸運動をすると夢姫に抱きついていった。
「隣に美少女が居る幸せや〜」
「夏芽、幸せなんだ」
「見てみい。たっつーが物欲しそうな目で見とるで」
「ふ〜ん。たっつーは何が欲しいの?」
 必ず夏芽の奴は妙な方向に話を進めるな。
「あのな〜夏芽。馬鹿言ってねえで飯食いに行こうぜ」
「せやな」
 あっさりと引き下がる夏芽。
 よく解らない奴だが、いつもの事だ。
 ムラがあるというか気紛れというか。
 その点だけは夢姫と似てる。
 俺がそうやって夏芽をじっと見てると、
 奴と視線が合ってしまった。
「な、なんやたっつー。ウチに惚れたんか?」
「誰が夏芽に惚れるかっ」
「ウチの身体は男には指一本触れさせへんぞ。
 代わりに夢姫にはウチから触れてまう〜」
 また夢姫に抱きつく夏芽。
 そんな夏芽の抱擁を夢姫が嫌がる様子はなかった。
 やっぱ寒いからな。抱きつかれると温かいんだろう。
「ね〜、早く御飯食べたい」
 夏芽に抱きつかれたままで夢姫は俺の手を取った。
「そうだな。じゃあ食堂に行こう」
 俺達は教室から廊下に出る。
 さりげなく背中に三角定規が飛んできたが、気にしない。
 常人には得られぬ幸せの中にいるからだ。

11月09日(月) PM13:02 晴れ
丞相学園・食堂

 ジャソプを読みふける奴やガツ食いする奴。
 食堂では実に様々な奴が飯を食っていた。
 まあ、そんな事はどうでもいいので、
 俺達は適当な席へと歩いていく。
 腰を落ち着けると夢姫にメニューの説明をした。
「いいか、メニューはランチセットと単品という
 二種類の頼み方がある。どっちでも良いけど、
 飲み物や飯を付加するならランチセットがお薦めだ」
「あ、ウチはサバ味噌煮定食な」
「じゃあ私もそうする」
 メニューの説明は殆ど意味を為していない。
 一応俺は夢姫の為に説明したんだけどなぁ。
 辺りは雑然としていたが、色々声は聞こえてきた。
 あの子可愛いだとか、俺邪魔だとか。
 どうやら俺は出る杭になってるみたいだった。
 飯が楽しみらしく夢姫の表情は綻んでいる。
「こんなに楽しいのって、多分初めて」
 それは何の淀みもない微笑みに見えた。
「夢姫はホンマにええ子やなぁ〜っ!」
 そう言って夏芽はハンカチを出す。
 するとおいおいと泣き真似を始めた。
「夏芽泣いてるの?」
「違う違う、これは嘘泣きだって」
「嘘泣きなんだ」
 俺は三人分のメニューを食堂のおばさんに頼みにいく。
 それから席に戻ろうとすると、
 俺はふいに声をかけられた。
「あ、先輩ってあそこの席ッスか?」
「え・・・ああ」
「隣座っても良いッスかね」
 辺りを見回してみる。
 結構混んでいて、相席は仕方なさそうだ。
「良いよ」
「どうもッス」
 それは恐らく一年の男子だった。
 背は俺より少し高く、日本人離れした顔立ちをしている。
 系統で行くと格好良い系だ。
 それなのに態度が謙虚なので好感が持てる。
 笑顔を覗かせてる辺りは人当たりも良さそうだ。
 俺とその男は一緒に歩いていく。
「あ、俺は佐久間って言います。一年です」
「俺は大沢。二年」
 席へと付くなり夏芽が俺に不満を漏らした。
「なんやたっつー、男を連れて来たんかい・・・。
 どうせなら可愛い女の子を連れてきいや〜」
 何が悲しくて昼飯頼むついでに、
 女をナンパしなきゃならない。
 と、誰かが背後から佐久間の首を掴んだ。
「いたっ、痛いッスよ!」
「人を教室に置いてけぼりにするなんて、
 やってくれるわよね秀司」
 女性は座ってる佐久間にヘッドロックをかけている。
 その子は鋭い目つきに高慢そうな表情を浮かべていた。
 う〜ん、どうにも年下には見えない。
「ったく・・・飯くらい一人で食わせて欲しいんスけど」
「あんたが居ないと、場所が解らない」
「・・・それで逆キレされても」
「うるさいわね」
 ヘッドロックを解くと佐久間の頭をその子が叩く。
 なんか弱みでも握られてるかの様な扱いだ。
 比喩するなら女王と奴隷の図、とでも言うのか。
 だがそんな子の態度も夏芽の前では無駄だ。
「ちょっとあんた」
「なによ、似非関西人」
 一瞬で似非だと見抜いた辺り洞察力は鋭い。
 イントネーションで解ったんだろうけど。
「自己紹介するだけやのにな・・・ウチは嵯峨夏芽、二年や」
「ふ〜ん。私は一年だけど、何か?」
「ええ根性しとるやないかいっ」
 売られた喧嘩はある意味で買う。
 それが夏芽の流儀。
 奴はその子に近づくと不意打ちで胸を掴んだ。
「な、なな・・・?」
「あんた、ブラのカップ数変えた方がええ。
 BよりはCの方がしっくり来るで〜」
「余計なお世話よ! 眼鏡娘!」
 女の子が離れる前に夏芽は一歩引いていた。
 早速だがその子は夏芽に怒りを抱いたらしい。
 さっきより余裕のない表情で夏芽を睨んでいた。
「せや、名前聞いてへんやんか〜」
「私は梶原瀬那(かじわら せな)」
「瀬那か。ええ子や、ウチとベッドで勝負やっ」
「・・・絶対に嫌よ」
 たじろぐ梶原さんを佐久間が笑いを堪えながら見てる。
「くくっ・・・この人が打ち負けるなんて、
 人間にも凄い人がいるんスねぇ〜」
 まるで人間で梶原さんに勝てる人が居ない様な言い方だ。
 冗談で誇張してるのだろうけど、
 彼は無言で梶原さんに叩かれる。
 見事なボケとツッコミの関係だ。
「気に入ったわ。嵯峨さん、貴方の事は覚えておくから」
「そか〜。家のベッド綺麗にして待っとるわ〜」
「そ、そういう意味じゃ無いわよっ」
 実に面白い会話だがぼ〜っと聞いてるワケにはいかない。
「夢姫、俺達はさっさと飯食おうぜ」
「うん」
 昼休みは無限にあるわけじゃないからな。
 俺は自分の飯に箸を入れた。

11月09日(月) PM13:24 晴れ
丞相学園・2−B

 それから俺達は時間が来たので教室に戻ってくる。
 だが俺は状態異常の為に授業に集中できなかった。
「くはぁ・・・」
 眠い。
 たっぷり飯を食って午後の授業に挑めば当然か。
 うつらうつらというのは目に対する比喩表現だろう。
 なんとなく、目がそんな風になってる気がした。
 上がったり下がったり・・・ふやけていく瞳。
「いいか。期末の範囲はここから100ページだからな。
 お前ら、たっぷりと苦しめよっ」
 ウンザリする様な瀬村の授業にも耳を傾けられない。
 こっくりと首がガクッと落ちた。
 やべ・・・マジで寝そう。
 ただでさえ落ち零れかけの俺が寝たりしたらヤバい。
 ま、なんとかなるよな・・・。
 睡魔はあまりに甘美な眠りを俺に提供してくれていた。
 それに逆らうのはお天道様でも無理です。

2007年
12月24日(月) PM17:46
お台場

 気付くと俺は何処か解らない場所に立っていた。
 雪がしんしんと振る夜。
 辺りはライトアップされてにぎわっている。
 一昨年のクリスマスの日だろうか・・・。
 そう、確かこの日俺は夏芽達と居たんだ。
「せっかくのクリスマス・イヴにタケと一緒なんて嫌やぁ〜」
「そんな事言ったら可哀相だよ」
 真ん中に俺、右側に夏芽、左側に古雪が歩く。
 古雪は夏芽に紹介された偽装恋人だった。
 大した知り合いでもなかったけど、
 なんかリハビリみたいなものだと言う。
 どうやら中学に入ってから恋人にフラれたとかみたいだ。
 それで少し男性不信になってるとか。
「でもさ、お互い好き同士が結ばれないっていうの、
 私は納得いかないなぁ」
 俺の顔を覗く様に古雪はそんな事を言う。
 それで彼女のそこそこ長いセミロングの髪が揺れた。
「せやかてタケは相手が相手だけになぁ。
 優しいフリしてびびっとるわけやけど」
「・・・うるせー」
 夏芽はフォローするフリをして本質を突いてくる。
 いつも適当な事を言ってる夏芽だけど、
 この事だけは俺に対して苛ついてるのが解った。
 そんな素振りは全く見せない。
 でも夏芽は近くで見てるから解ってるんだろう。
 どれだけ俺が情けない奴かって事が。

 気付くと、俺はあの瞬間に立っていた。
 そうか。これは・・・夢なんだな、きっと。

 白いコートに青っぽいマフラー。
 桜は手袋もつけて温かそうな服装をしていた。
 俺達が歩いていた時、偶然に桜と出くわす。
 そんな事が初めてで俺は頭が真っ白になっていた。
「その人が・・・タケの、お兄ちゃんの彼女?」
 作り物の笑顔を浮かべて桜は古雪を見やる。
 少し古雪は戸惑って俺の方を見た。
 どうすればいいか全く解らない。
「っ・・・」
 何か言おうと口を動かす。
 唇が震えるだけで何も言えはしなかった。
「やっぱり恋人なんて嘘なんでしょ?
 ほら、お兄ちゃんに彼女なんて出来るはずないもん」
 それでも人前だからか俺の事を兄と呼ぶ。
 俺に走り寄ってくると桜は古雪を押しのけて、
 強引に俺の腕を掴んできた。
「クリスマスなんだし家族水入らずで過ごそうよっ」
「それ、は・・・」
 ふいに背中を夏芽が叩いてくる。
「ええやんか。それで」
 夏芽は小声でそう囁いた。
 その時、どうしてだか俺は言ってしまう。
「冗談は止めろよっ・・・」
「え?」
 桜が呆然とした顔で俺の事を見ていた。
 構わずに俺は続ける。
「古雪は確かに俺の彼女だよ」
「嘘付くのは止めてよ・・・そんな下手くそな嘘」
「それなら古雪に聞いてみろ」
 はっきりと桜の事を見れない。
 心にもない事を言ってるのは解っていた。
 照れくさかったワケじゃない。
 俺は何故だかそんな事を言ってしまったんだ。
 兄妹という壁のせいかもしれない。
 ただ、それは桜を動揺させるのに充分だった。
「俺は・・・彼女の事が好きなんだ」
 桜は古雪の方をチラッと見る。
 それから泣き出しそうな顔で俺の事を睨みつけた。
「・・・タケの、馬鹿っ!」
 思い切り桜は俺の事を叩く。
 それからすぐさまあいつは走り出した。
 同時に俺は夏芽に腕の中程辺りを思い切り殴られる。
「いてっ・・・!」
「この・・・お前は、お前はっ・・・真性のアホや!」
「・・・解ってるよ」
「解ってへん・・・お前は、全然解ってへんで」
 がっかりした様な素振りを見せる夏芽。
 その気持ちは俺にも良く解った。
 俺も俺自身にがっかりしてる。
 自分がどれだけ馬鹿な事をしたか解ってる。
 嘘でも古雪の事を好きだなんて言えば、
 あいつが傷つくなんて事は想像ついた。
 こうする事で誰も得なんてしないのに。
 お互いを傷つけるだけなのに。
 それでも、俺達はやっぱり兄妹だった。
 薄っぺらい家族愛が桜を女として見ない様にしてる。
 下らないものだ。実に下らない。
 俺の前にあるのは小さな小さな壁だ。
 いつでも壊そうと思えば壊せる。
 ただ、壊す決心がつかなかった。
 臆病な俺にはその世界へ踏み出す事が出来ない。
 誰でも壊せそうな壁の前で、俺は諦め膝をついていた。

第二十話へ続く