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黒の陽炎
−2ndSeason−

著作 早坂由紀夫

断章.持たざる者、その終幕
−Schwanengesang−


第二十話
「狼少年の憂鬱」

 その女性はとろけそうな快楽の中で時折考える。
 幾つかの情景と感情という呪いについて。

 それは忌者として生まれついた少女。
 幼い頃から屈辱と馴染みになっていた少女。
 転生前の女性はその少女を拾った。
 全ての災厄の始まりがそれだとも知らずに。

 イヴは神と一般に呼び名される者の腕の中で思う。
 何もかもを喪失していられるのなら、
 自分はこのまま崩れても構わないと。
 そう・・・彼女は心地よい絶望の海に抱かれていた。
 抜け出す気もない。それを考える事もない。
「感情というものは呪いに等しい。特にお前にとってはね」
「あ、うああぁっ・・・」
 二人はたゆたいながら横になって、
 絹のシーツの様なものにくるまっている。
 神はイヴに性的な行為を一つも行っていなかった。
 だが彼女は気の狂う様な快楽を得ている。
 それはグノーシス、と呼ばれるものだ。
 確かにイヴはそうやって神との合一を果たしている。
 ただ、それは現実の現象としての行為ではないのだ。
 心という不確かな物を自らからサルベージされ、
 鷲掴みで存在ごと喰われる様な感覚。
 誰もが守れない深奥の部分に挿入されるのだ。
 故にその快感は肉体的な繋がりの比ではない。
「あぁああぁああああっ!!」
 イヴは震えながらその快感に身を任せた。
 身体のありとあらゆる部分の刺激が甘い快楽になる。
 声を上げる事で声帯が震え、彼女は絶頂に達した。
 つま先を伸ばす事でまた達する。
 それは終わりのない至上の悦楽だった。
 ふいにその合一が途切れる。
「私の可愛い物よ。冥典は然るべき時になれば、
 然るべき者へとその知識を授けにゆくだろう。
 それは私ですらどうする事も出来ない。
 お前はその手順が間違わぬ様、
 天使と悪魔を煽動し、必要ならサポートしなさい」
「はい」
「本来なら浄化と破滅の儀式までは、まだ数百年はあった。
 だがね、人間と天使と悪魔と・・・全ての生ける存在は、
 滅びへと自らの歩を進めているのだよ。
 もはや彼らは自分が愚かだという事すら、
 認める事ができないのか・・・」

11月09日(月) PM15:52 晴れ
丞相学園・音楽室

 俺と夏芽と夢姫は放課後、音楽室にやってくる。
 いつもの習慣だからだ。
 俺達は室内に入ると適当な机に座る。
 11月なのに寒くて俺の身体は震えていた。
「武人、寒い?」
「え、ああ」
 夢姫は顔を近づけてくる。
 ドキドキしながら待っていると俺の首に、
 自分の着けているマフラーをかけてきた。
「さ・・・さんきゅう」
「うん」
 そこで残りの二人が音楽室のドアを開けてやってきた。
 禊は俺の姿を確認すると走ってくる。
「なにをしてるたっつー!」
 そう叫ぶと俺に蹴りを入れてきた。
 俺は受け身を取り忘れて床に転がってしまう。
「大丈夫? タケ」
 禊の隣を通って淳弘がやってくる。
 今回はいつもより怒ってるらしく、
 淳弘をどかすと俺の上に馬乗りになってきた。
「ちょ、馬鹿」
「あたしの下僕が文句を言うなぁっ」
 夢姫を看病してた奴と同一人物とはとても思えない。
 あの時見せた人に対する思いやりはどこへ?
 いや、それよりもこの体勢だ。
 実に危険な誤解をされかねない。
「こほんっ」
 咳き込みながら誰かが俺達の方に歩いてきた。
 げ・・・冬子先生だ。
「いくら若い二人とはいえ、
 人前で行為に及ぶのはいかんな」
「な、なに言ってるんだ冬子っ」
 そう言うと慌てて禊は俺から離れる。
 さすがに気付いたみたいだった。
 冬子先生は俺の方を見て笑っている。
「ふむ。しかしなかなか幸せな状況だな、大沢よ」
「・・・そうでもないですって」
 俺は立ちあがって机に座り直した。
「まあいいさ。二兎を追ったりせんようにな」
「うぐっ・・・」
「なあ、禊」
 駄目押しの様に先生は禊に聞く。
「おうっ」
 解ってなさそうだがとりあえず肯いている様だ。
 なんか先生は俺に恨みでもあるんだろうか。
 と、そんな風に俺と冬子先生が話している隙に、
 淳弘は夢姫の隣に座って二人でいい雰囲気を作っていた。
「それにしても夢姫ちゃんって不思議な子だよね」
「よく解んない」
「僕はさ、そんな君・・・結構好きだなぁ」
「ありがとう」
 さりげなく淳弘の奴、告白してやがる。
 しかも夢姫の返答は妙に肯定的だった。
 意味が解ってないという可能性が高い。
 それでもなんか嫌な感じだ。
「たっつー、あたしにもああいう事を言え」
「・・・禊。お前は一体俺に何を求めてるんだ」
「誉め言葉」
 完璧に俺へは恋愛感情の欠片もないな。
 それどころか下僕として見られてるのは、
 火を見るよりも明らかだ。
 俺が何か言おうとすると急に夏芽が立ちあがる。
「淳弘、この間の冬子先生の元恋人、
 前に言っとったよなぁ。どこの教師やとか」
「う〜んと・・・確か白鴎学園ってトコ」
「ビンゴや〜〜〜〜っ!」
 皆その夏芽が発した叫び声にびくっとした。
「どうした。なにか妙な話になってるみたいだが・・・」
 目を細める冬子先生。
 やはり例の元恋人の話はしたくないらしい。
「その学園に凪も居るんや」
「なぎ? それって女子生徒か?」
「女子生徒の中でもえり抜きの美少女ですわ〜」
 冬子先生の元恋人が例の凪って言う子と同じ学園の教師。
 う〜ん。世の中って狭いもんだな。
 夏芽は喜びの舞を踊り始めた。
「せんせ〜、その人に学園紹介してくれる様に頼んでや〜」
「・・・あまり気が進まないな」
 気持ちは解る気がする。
 別れた恋人に何かを頼むのは嫌なもんだ。
 だがそこで淳弘が言う。
「あれ、でも冬子先生って黒澤先生と
 ヨリを戻したって聞いたけど」
 瞬間。思い切り冬子先生が椅子から転げ落ちた。
「ど、どうしてその事を・・・あっ」
 今ので淳弘の言った事が本当だと解る。
 意外と冬子先生って嘘が付けない人なんだな・・・。
 先生は額に手を当てて少し頬を染めていた。
「別に、そういうアレじゃなくてだな。
 そのアレだ、ただこの間会ったってだけで」
「せんせ、見苦しいで〜。もうええから吐いてまえ。
 バッチリガッチリ家に連れ込んだんやろ?」
「・・・夏芽。それ以上詮索したらお前の音楽の成績は1だ」
「じょ、冗談に決まってるがな〜」
 微妙に生々しいな。
 大人の場合、会って速攻って事もあるのか。
 なんかそう考えると冬子先生を直視できなかった。
「とにかくそういう事やからお願いしますわ、せんせ」
「解った。聞いてみよう」
「ベッドでやな」
「夏芽は二年をやり直したい様だな」
「ジョークですやんっ、ジョーク!」
 下品な冗談だがリアルなだけに俺は何も言えない。
 なるべく早くこの話題が流れて欲しかった。
「ああ、やっと凪に会えるんやなぁ・・・長かった。
 さりげなく一年以上も経っとるからな」
「夏芽の事なんて忘れてるんじゃねえか?」
「それはあらへん。あの子は覚えとる。
 きっと初めてその美尻を触ったのがウチやからな。
 忘れようとしても忘れられへんやろ」
 そう言われると一理ある気もする。
 ただ、凄く嫌な印象の残り方だな。
 当の夏芽はそんな事を気にしてはいなかった。
 女という性別は夏芽にとって最高なんだろうなあ。
 なにしろ男と違って色々制約がなかったりする。
 それにしても美女好きの夏芽がここまで拘る『凪』。
 期待が膨らんでいくな・・・。
「さ〜て。ほな今日もたっつーの家で遊ぶか」
「は?」
「たっつーと夢姫を二人には出来へん。な、禊」
「おうっ! あたし的にNGだっ!」
 完璧に俺は信用されていなかった。
 そんな獣な行動をとった事は無いはずなのに。
 仕方ない気もするが納得が行かない。
「僕も行くよ、タケ」
「そっか・・・結局、皆か」

11月09日(月) PM17:25 晴れ
自宅・二階・大沢武人の部屋

 そして皆して俺の自宅へとやってきた。
 何をするかと言えば、夢姫と話すだけ。
 まあ、楽しいかと言えば楽しかったりする。
「夢姫ちゃんって、ここに来る前は何やってたの?」
「・・・よく覚えてない。色んな人の所にいた」
 彼女の話では冥典とか言う本を探す為に、
 色んな所を旅して回っているそうだ。
 にわかには信じがたい。
 この歳の女の子が何も持たずに一人旅。
 しかもそれで一年以上やってきたというのだから。
 あのロフォケイル老がサポートしてるという事なので、
 それでなんとかやっていけてるのかもしれないな。
 でもよくよく謎だらけの女の子だ。
「そういえば夢姫はなんで部屋がたっつーと共用なんだ?」
 禊が鋭い指摘、いや当たり前の事を聞いてくる。
「他に空いてる部屋がないんだよ」
「でも、二階はもう一つ部屋ないか?」
「・・・あそこは無理」
 もう一つの部屋。それは桜の部屋だ。
 あいつが居なくなってもうすぐ二年になる。
 桜が居ない事に慣れて、色々な事に整理もついて。
 それでもあの部屋を片付ける決心だけは付かなかった。
 あの部屋は桜が居た記憶だから。
 最後にただ一つ、あいつが残っている場所だから。
 どれだけ気持ちに整理がついても片付けられない。
「あそこは物置みたいなもんなんだ」
「なら、片付ければいいだろ」
「とにかく無理なんだ」
 禊は納得行かない様子で俺を見ていた。
 夢姫の事があるからそんな風に薦めるんだろう。
 でもあの部屋だけは駄目だった。
 淳弘も夏芽もそれに気付いているらしく、
 どうにか話題を変えようとしてくれる。
「そうだ、夢姫ちゃん勉強は追いつけそう?」
「勉強は解んない」
「この子に勉強は駄目や。全然覚えへん」
 三人はもうそっちに話題を変えていった。
 それが気にくわないのか、禊は俺を睨む。
「・・・あたしだけ、仲間外れなのか」
「そう言うワケじゃない。今度、ちゃんと話すよ」
「桜って言う子は・・・そんなに
 たっつーの心を沢山埋めてるのか」
 悔しそうに聞こえた禊のその言葉。
 それは俺にとっては意外な言葉だった。
 俺の心をあいつが埋めている?
 自分自身では解らない部分なのかも知れない。
 気付かなかった。
 きっと俺は自分で思ってるより、
 桜の事を吹っ切れてはいない。
 今日の午後だって夢であいつを見た。
 よりによって一昨年のクリスマス。
 嫌な記憶は意外と忘れられないんだよな。
 夏芽達と話してる事も気にせずに、
 俺はあの日の事を思い出していた。

2007年
12月24日(月) PM18:53
自宅・二階・廊下

 クリスマスの日、俺は帰ってくると
 すぐに桜の部屋へやってくる。
 古雪達にも断って帰ってきてしまった。
 結局、俺は桜には甘いんだよな。
 自分から突き放しておいて・・・最低だ。
「桜、さっきはちょっと言い過ぎたかもしれない。ごめん」
 こういう時に桜はふてくされたりしながらも、
 必ずドアを開けて俺と向き合う。
 それで俺の顔を窺うんだ。
「別に。それよりタケはあの人と、
 付き合ってないんだよね」
「それは・・・」
 嘘だと言う事は感づいてるだろうから確認に近い。
 でも折角しばらく前から偽装してたんだ。
 ここで俺からバラすワケにはいかない。
「マジだ。あの子とマジで付き合ってる」
 俺と桜は向かい合ったままで黙った。
 桜は俺の瞳を覗き込む様な仕草をする。
 かと思うと、顔を近づけてきた。
 不意打ちに近い形で桜は俺にキスをする。
「さ、桜っ・・・!」
 俺の返事は意味を為してないどころか逆効果みたいだ。
 恋人同士だなんて最初から信じてない。
「タケはきっとこのままでいいのかもしれない。
 でも、私は嫌だよ。それじゃ嫌だよ。
 だってそれじゃ、ずっと嘘を重ねてくよ」
 泣きそうな顔で桜はそう言った。
 言いたい事は充分に解る。
 俺達は嘘を重ねてお互いを縛ってるんだ。
 それから抜け出そうとする気持ちはよく解る。
 ただ俺はその気持ちに答えるのが怖かった。
 色んなものが邪魔をして先へ進めなかった。
 何も言えず俺は黙り続ける。
 そんな俺に桜は顔を埋める様にもたれかかった。
 曖昧な境界線。
 それを壊してしまう事に慎重になりすぎている。
 俺だってそんな事は解っていた。
 何も考えず本能に従えばいい。
 そんな事は言われなくても解っていた。
 黙ったまま俺は桜の背中に手を回す。
 ほどけない様に強くその身体を抱きしめた。
 それが、今の俺にとって精一杯の気持ち。
 桜がそこまで解ってたのかは知らない。
 ただ、桜は静かに微笑んでいた。

11月09日(月) PM17:25 晴れ
自宅・二階・大沢武人の部屋

「たっつーっ!!」
 良い音がして俺の背中に膝蹴りが入る。
 過去を回想してる間に背後へ禊が回ったみたいだ。
 俺は前のめりにカーペットに突っ込む。
「ぐあ・・・」
「タケ、なんか凄いぼーっとしてたよ」
 普段いつも言われてる側の淳弘に、そんな事を言われた。
「うん。ぼーっとしてた」
 夢姫も俺の方を見て言う。
 この子に言われるのもなんか妙だ。
 それにしても夢姫を前にして桜の事を考えるのは、
 どことなく後ろめたい様な気もする。
 なんていうか・・・なんなのか良く解らないけど。

11月09日(月) PM20:17 曇り
ザールブルグ邸

「嫌な天気になってきたな・・・」
 千李は屋敷の二階にある廊下の窓から空を見る。
 獣の数字を刻まれてレイノスと出会ってから、
 彼はこの屋敷に居候していた。
 だからシュリアやザールブルグ姉弟とも仲が良い。
 その後ろからは仕事をあらかた終えたシュリアが、
 ゆっくり自分の部屋へと歩いていた。
「あ・・・」
「よっ、シュリアちゃん」
 彼女は無言で横を通り抜けようとするが、
 その肩をがしっと千李が掴む。
「この間の事、気にしてるのかい?」
「別に・・・気になどしていません」
「俺としては君とゆっくり話がしたいんだけどな」
 キスできるほどの距離で千李はシュリアにそう言った。
 軽く笑ってはいるが、その表情からは真剣さも伺える。
 つまり本気か解らないという事だ。
「話だけでしたら構いませんが」
「・・・そっか。じゃ決まりだ」
「え、えっ?」
 千李はシュリアの肩を抱く様にして歩いていく。
 ほどなくして二人は千李の泊まっている部屋の前にいた。
「この時間に、殿方の部屋に入る事は出来かねます」
「おっ、解ってるねぇ。まあ気にしない気にしない」
 強引に千李は彼女を部屋へと連れ込む。
 部屋の内装は常にシュリアが綺麗にしてるものだ。
 他の客室と変わりはない。
 そこで彼女はいつも清掃しているベッドに目がいった。
 妙にベッドが存在感を醸し出している。
「あんま見つめられると、俺も勘違いしちゃうよ」
「え、あ、そんなワケじゃ・・・」
 慌ててシュリアは手前に置かれている椅子に座った。
 すると向かいの椅子に千李が座る。
「そのメイド服姿、すっごく似合うね」
「は、はぁ」
「何処か男の劣情を誘ってる風にも思える」
「・・・それは勝手な考えです」
「でも、俺は君だから凄くそそられる」
 シュリアの座っている椅子の手を置く部分に手を乗せ、
 千李は彼女の逃げ道を塞ぐ様に立ちあがった。
「お止めになって・・・下さい」
 反論してみるが彼女に逃げ場はない。
 嫌な相手ならば無理矢理部屋を出る事も出来た。
 だがシュリアは前のキスの時から千李を意識している。
 どうしても強く止めさせたりは出来なかった。
 唇を通り過ぎると千李は彼女の耳元で言う。
「またキスしても良い?」
「それは・・・っ」
 返答する前に千李はシュリアの唇を奪った。
 軽く千李の胸を手で押しやろうとしてみるが、
 シュリアは大した力で押す事が出来ない。
 最初は感触を楽しむ様な唇だけのキスだった。
 次に唇をこじ開けてシュリアの口内に舌を侵入させる。
 以前の様に、彼女は身体から
 力が抜ける様な感覚に囚われた。
 それでも震える肩には力が入ったままだ。
 千李はそんな彼女の肩に優しく触れると、
 キスをしたまま服のボタンを外していく。
 止めようとシュリアは手を千李の手に添えた。
 だがそれは何の意味も為さなかった。
「ぷはぁっ・・・はぁ、はぁ」
 千李の唇がゆっくりと離れる。
 胸に手を当ててシュリアは落ち着こうとした。
 すでに彼女の衣服ははだけ、ブラジャーが覗いている。
「シュリアちゃんってホント色っぽいって言うか、
 こうやってると・・・俺、マジになりそう」
 そう言うと千李はシュリアの首筋にキスをした。
「ひあっ・・・」
 思わずシュリアは声を漏らしてしまう。
 そのまま流されそうになりながら、
 なんとかシュリアは言った。
「千李、様。もしもこれがお遊びのつもりでしたら
 ここでお止めになって下さい」
「もし遊びだとしたら・・・どうする?」
「私は貴方を、この後で殺すかも知れません。
 もう私は・・・本気ですから」
 その瞬間に千李の動きが止まった。
「君の事、マジで好きになるなんて・・・思わなかった」
 そんな言葉とは裏腹に彼は行為を止める。
 シュリアは意味がよく理解できなかった。
 時間が止まった様に、シュリアは千李を見つめる。
 千李の表情はいつになく真面目な物だった。
「どういう、意味ですか?」
 すぐに千李は笑顔で言う。
「俺さ、本気になった子とは出来ないんだよね」
「・・・なんですか、それは」
「昔にあった事がトラウマになっちゃってさ、
 遊びじゃなきゃセックスできないんだ」
 そんな事をあまりにふざけた口調で千李は言う。
 シュリアは立ちあがると思い切り千李の頬を張った。
「嘘はもう少し神妙に付いて下さい。
 そういう貴方の性格、大っ嫌いです」
 厳しい口調でそう言うとシュリアは部屋を出ていく。
 バタンと言うドアの音がした後、
 しばらくの間千李は黙って椅子に座っていた。
「一応マジだったんだけどな・・・。
 ちぇ、どうせ俺は狼少年さ」

11月09日(月) PM16:12 晴れ
丞相学園前

 時間は遡り、11月09日の放課後。
 一人の外国人男性が丞相学園の前に立っていた。
 背は高く長い灰色に似た髪を靡かせている。
 スーツを着こなして出てくる生徒達を見ていた。
 サングラスをかけている為に視線は解らない。
「ん〜。コンニチにおける女子高生は、実に素晴らしい。
 あの太腿とか、実に芸術ですネー」
 門を通って中へとどんどん入っていく男性。
 途中で一人の教師に足を止められた。
「もしかして、今日来られると仰っていた方ですか?」
「いえーす。ワタクシ、ブライアン=テイスト。
 美しき貴公子にしてELTをやらせて頂く事になってマス」
「・・・あの、それALTです」
「OH! そうでした、ALT。
 モッチーやイックンとは違いますねー」
 笑いながらその教師の肩を叩くブライアン。
 ブライアンはさすがというべきか日本語に長けている。
 さらに日本の風俗にもある程度詳しい様だった。
 その外人らしいフレンドリーな態度に教師は安堵する。
 彼は黒いサングラスの下で学園に視線を向けた。
「ここが、神の言われた私の仕事場デスか・・・」
「神? ブライアンさんはキリスト信者なんですか?」
「いえーす。アイアム・カトリック」
 ブライアンはそんな事を大げさな身振りで言うと、
 男の教師と共に学園内へと入っていく。
(面白いデスね・・・ここは実に、アレの実験に丁度良い)

第二十一話へ続く