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黒の陽炎
−2ndSeason−

著作 早坂由紀夫

断章.持たざる者、その終幕
−Schwanengesang−


第二十一話
「数年越しのニアミス(T)」


11月10日(火) PM12:55 曇り
丞相学園・食堂

 昨日からずっと曇りっぱなしの空。
 ポケットの中にある財布の心情を表しているのだろうか。
 俺は先日に約束した事を強制的に守らされ、
 冬子先生とツーショットで飯を食っていた。
 隣で飯を食べる姿は意外と普通の女性に見える。
 ただ俺としては金のマイナスが致命的すぎた。
 奢りだというのに遠慮もせず先生はセットを頼んでいる。
 しかも子羊のロース定食、ミントソース添え。
 普通の学食ではお目にかかれない程の最高級の定食だ。
 コストを安く済ませてはいるらしいがそれでも高い。
 御飯が大盛りなのはデフォルトで、
 おまけにコンソメスープも付けていた。
 そんな豪華ディナーを昼飯で食べた事は無い。
「大沢よ、私と食べる飯がそんなにまずいか?」
「や、そう言うワケじゃないんですけど・・・」
 懐には切なすぎる財布の軽さだった。
 これさえなければ先生との食事を楽しめもするさ。
「飯代の事ならそんなに気にするな。今度、奢ってやる」
「マジですか!?」
 急に食欲が出てきた気がする。
 そんな俺を見て先生は軽く笑った。
「お前は本当にガキというか・・・高校生らしい奴だな」
「それは、誉め言葉じゃないですね」
 明らかにガキって言ったからな。
 そう言う発言は先に淳弘とかにして欲しい。
「時に大沢。お前、禊の事をどう思ってる」
「・・・はあ?」
 いきなりの質問に俺は素の返事を返してしまった。
 相手は仮にも教師なのに、やばいやばい。
 冬子先生はまた少し笑うとスープを口にした。
「いやまあ、教師としての領分を超えてるかもしれんな」
 俺の返答の仕方がまずかったのかそんな事を言い出す。
 なんか自嘲気味に笑ってるし。
「あ、別にそれは構わないんですけど・・・」
「解ってる」
「・・・からかいましたね」
「ああ」
 くそ、教師とは思えねえ。
 タチの悪い親戚の姉貴とかのポジションだ。
「で、どう思ってる。好きなのか?」
「好き・・・って、いや別に・・・禊は友達だし」
 女の子として意識してはいないと思う。
 そりゃ可愛い所もあるが、基本はデンジャラスな奴だ。
 あれで恋愛対象に入れるというのが難しい。
「じゃあ、あの夢姫という子を狙っていくのか」
「ね、狙うって別にそういうワケじゃ・・・」
「大沢。私は素直じゃない子は嫌いだぞ」
 フランクに笑って俺の肩を叩く冬子先生。
 なんで冬子先生に恋愛相談をしなきゃならないんだ。
 でも夢姫か。
 あの子はなんとなく、守ってやりたくなるよな。
 この気持ちは好きなのか?
 微妙だ。解らん・・・。
「まあ頑張れよ。意外性を狙って夏芽というのもいいしな」
「何を言うんですか」
「・・・いや、言ってみただけだ。
 とにかく、二股とかは止めろよ」
 それ以前の問題で、どっちとも付き合ってないって・・・。
 先生にはいつもこんな事を言われてる気がする。
 そんな風に冬子先生と話していると、
 少しして夏芽達がやってきた。
 よりによって奴は淳弘や禊を連れてくる。
 禊は夏芽と、淳弘は夢姫と話していた。
 まあ大勢の方が楽しいのでこれはこれでアリだろう。
 本当はなるべく夢姫と二人きりに近い方が良かったが。
 ふいに淳弘が俺の肩を叩く。
「久しぶりだね、タケと一緒に御飯食べるの」
「そういえば・・・そうだっけ」
「やっぱ良いよね。男友達と御飯ってさ」
 まあ良いには良いんだよな。
 ただ、それはわざわざ口にする事ではない。
 皆は俺と冬子先生の周りに座った。
「そうだ夏芽。白鴎学園を見学って言う話、
 ちゃんと通しておいたぞ」
「ホ、ホンマにですかっ!?」
「後は事前に行く日と時間を言ってくれれば、
 その旨を私の方から電話しておく」
「じゃあ、週末ですわ! 土曜にソッコー行きます!」
「14日か・・・解った。電話しておく」
 そんな冬子先生の返答を聞くとガッツポーズをする夏芽。
 まるでアイドルとのご対面みたいだ。
 禊や淳弘はきょとんとしている。
 不思議そうな顔をして淳弘が口を開いた。
「なっちゃん、どっか行くの?」
「せや。白鴎学園に行くんや!
 来たい奴は冬子先生に言ってといてや〜」
 夏芽は満面の笑顔を浮かべそう言う。
 こいつは本当に美少女好きだよな。
 ふと俺はそこで疑問にぶち当たった。
 そういえば夏芽とはずっと幼なじみだけど、
 生粋のレズビアンじゃなかった様な・・・。
 もともとは『禁忌キッズ』が好きな普通の女だった。
 それが、いつの間にかレズビアンを
 公言する様な女になってたんだっけ。
 何か夏芽の中でその切欠みたいなものがあったのか。
 今までどうして聞かなかったのかも疑問だ。
「夏芽ってさ、昔からレズだったっけ?」
「・・・タケ。あんたは何をいうとんのや」
「え?」
「ウチはレズやない言うてるやろ。性同一性障害や」
「はいはい」
 聞くだけ無駄だったみたいだ。
 人が聞きたいのを察知するとはぐらかすからな。
 大事な事でもどうでも良い事でも同じだから厄介だ。
 全ては夏芽の気分次第で決まる。
 今は多分、話したくないテンションなんだろう。
「あ、あの子は・・・」
 夏芽が誰かを見つけて立ちあがった。
 その視線の先には何処かで見た女の子が居る。
 確かアレは、梶原さんっていう子だった。
 気配を消して彼女の背後に回り込むと、
 その胸とお尻を夏芽が思いきり掴もうとする。
「っ!?」
 梶原さんは振り向いてお尻に伸びた手を叩き落とした。
 だが胸の方はかわしきれず、触らせてしまう。
 速攻で梶原さんはその場から飛び退いた。
「ふふ、ウチの腕をナメたらあかんで」
 夏芽が言う通り、梶原さんが離れる時に胸を握ってる。
 完璧に夏芽はその感触を楽しんだ様だった。
「貴方って人は・・・女の子にこんな事して楽しいの?」
「楽しい? 違うで、気持ちいいんや!」
「そんな事を力説しないでっ」
 梶原さんは辟易しながら夏芽の相手をする。
 俺は仕方なく夏芽の頭をはたいて、席に座らせた。
 その後で梶原さんに一言詫びておく事にする。
「悪いな。あいつ、ちょっとアレだから」
「気にしないで。別に先輩が謝る事じゃないわ」
「・・・あ、ああ、うん」
 この子に先輩と呼ばれるとちょっと照れるのは何故だ?
 彼女は余裕ある笑みを見せると違う席へと歩いていく。
 そっちのテーブルには佐久間の姿もあった。
「あの子とは一度二人きりで話してみたいわぁ〜」
「先生の前で良い度胸だな、夏芽よ」
「はっ・・・!」
 妙に強張った笑顔で先生は夏芽を見つめていた。
 目の前で夏芽は女の子にセクハラしてたからな。
 夏芽もさすがに表情が硬くなっていた。
 そこでずっと黙っていた夢姫が俺に言う。
「ねえ武人、れずって何?」
 皆の視線が俺へと注がれた。
 一体、どう言えば良いのか・・・。
「夏芽みたいに女の子が好きな女の子の事を、
 世の中ではレズって言うんだよ」
「れず。ふ〜ん。じゃ、私も?」
「そういう意味の好きじゃないって」
 彼女は納得した様なしてない様な表情で俺を見つめた。
 くっ・・・あまり見つめられると照れるぜ。

11月10日(火) PM13:14 曇り
丞相学園・職員室

 五人の生徒との食事の後、冬子は電話をかけていた。
 相手は久しぶりにメモリ登録をした黒澤だった。
 ナンバー000という特等席に登録した事もある。
 彼女はにやけそうになるのを必至に堪えていた。
 電話番号を教えられてはいたものの、
 かけるのにはまだ抵抗がある。
 だから生徒に頼まれてと言うのは良いこじつけだった。
「もしもし」
 彼女の声は震えている。
 なんとなくそんな自分が、冬子は情けなかった。
 それで机に手をついたりして落ち着いてみる。
「ご機嫌よう、冬子」
「あ、ああ。実は今週末にウチの生徒が行く事になった」
「そうですか。問題はありませんよ。
 ついでに君も来たら良いんじゃないですか?」
「・・・そうだな」
 そんな事を冬子は少しも考えていなかった。
 良いアイデアだ、と思いつつ一つの問題を思い出す。
「その代わり美玖が何を言うか解りませんが」
「そうだな。あの子はお前にベタ惚れだからな」
 過去に冬子と美玖は黒澤を通して、
 仲の良い親戚の様な関係を築いていた。
 だが黒澤の恋人としては冬子の事を認めていない。
「ただ君が来るというのなら、
 今度はちゃんと恋人として紹介しますよ」
「そ、そうか・・・」
 恋人という表現に冬子の顔から笑みが零れた。
 久しぶりにそんな言葉を聞くワケだし、
 はっきり黒澤がそう言うのは珍しい。
 それに美玖の前でちゃんと言った事はなかった。
「一つ聞きたいのですが、その子達は何をしにくるんです?
 別に転校したいというわけでもないでしょう」
「ああ、なんでもナギとかいう女の子に会いたいとか」
「凪・・・高天原さんですか。ふっ・・・」
 失笑する様な電話越しの声に冬子は疑問符を浮かべる。
 黒澤にとっては凪が女性として有名だという事実が、
 堪えようもなく笑いのツボに入ったのだ。
 無論、そんな事を知らない冬子は首を傾げるしかない。
「どうした?」
「いえ。その子なら私が受け持っていた生徒ですから、
 会わせる事も不可能ではありませんよ」
「・・・そうか。何か、凄く可愛いらしいな。
 まさかお前・・・手を出したりしたのか?」
「冗談を言わないで下さい。
 まあ、確かに可愛い子ですが私は教師です」
 それに男色の気はありません。
 黒澤はそう心の中で付け加えておいた。
 しばらく話した後で冬子は電話を切る。
 するとそのタイミングを待っていたのか、
 彼女は肩をぽんぽんと叩かれた。
 振り返ると彼女の目の前には外人が立っていた。
 室内にもかかわらずサングラスをかけている。
「ハロー、コンニチワー。
 私はALTでやってきたブライアン言います」
「は、はあ。ALTの方ですか」
「イエース」
 ブライアンは握手しようとしてくるが、
 その瞬間に昼休み終了のチャイムが鳴り響く。
 彼は残念そうにため息をついた。
「仕方ないですねー。貴方はナシの方向でいきましょう。
 種は数に限りがありますし、貴方は女性ですしネー」
「・・・何を言ってるんですか?」
「いえいえ。レディ・ファーストの精神デスー」
 意味不明だが態度は実にユーモラスだった。
 そこで冬子は彼を良くいる外人のタイプだと考える。
 自分が実験台から逃れられた事にも気付かずに。

11月14日(土) AM09:32 雨
駅前

 その日はあいにくの雨だった。
 火曜日から降る素振りは見せていたが、
 まさか土曜日に来るとは思っていなかった。
 この時間に俺と夢姫が駅前にやってくる。
 だが集合が10時だった所為かまだ誰も来てなかった。
 俺って、いつもちょっと早めに来ちゃうんだよなぁ。
「夢姫。どっかで軽く時間潰してくか?」
「ここでいい」
「そっか」
 とは言え寒さは結構なものだった。
 ま、出かける前に手袋を着けてきたから少しは耐えられる。
 俺と夢姫は駅の改札前の柱に寄りかかって座った。
「それにしても夢姫も元気になったよな〜」
「うん。そろそろ全開。
 まだ右腕がちょっと痛いけど、具現も出来そう」
「は?」
「誰か来た」
 夢姫が立ちあがる。
 彼女の視線の方向を見てみると、そこには淳弘がいた。
 服装はジーンズとスウェードのシューズに、
 ダッフルコートというもの。
 実に淳弘らしいカジュアルな感じだった。
 何故か耳にヘッドフォン紛いのほわほわが付いているが、
 それは敢えて気にはしない事にしよう。
「今日は寒いね〜、タケ」
「ああ。そうだな」
「僕、いいもの持って来たんだ」
 そう言って淳弘はポケットから何かを出す。
 カイロだった。
 ちょっと早い気もするが温かそうだ。
「二人にあげるよ」
 淳弘はポケットからカイロを二つ出すと、
 俺と夢姫に一つずつ配っていく。
「これでバッチリだね」
「うん。凄く温かい」
 夢姫はカイロをポケットの中に入れた。
 俺も内ポケットの方にカイロを入れておく。
 それから淳弘としばらく話していると、
 今度は雨の中走ってくる人影を見つけた。
「ま、まさか雨の日に蹴りは・・・」
「どーぶらえ・うーとろっ、たっつー!」
「何語だそれはっ!」
 ギリギリで禊の飛び蹴りをかわす。
 奴はジーンズにパーカーというらしい出で立ちだった。
 フットワークが軽そうで怖い。
「おまたやで〜」
 さりげなく禊の後から夏芽もやってきた。
 くせっ毛の髪が決まらないらしく、困った顔をしてる。
 見ると夏芽の奴はコンタクトではなく眼鏡をかけていた。
 雨が関係してるんだろうか?
 全く根拠はないのだけど、そう思った。
 気付くと時間は9時50分。
 そろそろ集合時間だ。
 だが先生の姿だけがない。
「あれ、先生じゃない?」
 淳弘が指差したのは切符売り場だ。
 どうやら俺達の分も買ってくれているらしい。
 こっちにやってくると切符を皆に配った。
「いいか。今日は一応引率という形だからな、
 一般の人に粗相の無い様に頼むぞ」
「任せとけ冬子」
「今日ばかりは禊と夏芽が一番不安だ、私は」
 先生の不安も尤もだった。
 何かやりそうなのは禊と夏芽だからな。
 とにかく俺達は改札をくぐって駅構内へと入っていった。

11月14日(土) AM10:35 雨
白鴎学園

 俺達がやってきたのは都心ではある。
 けれどちょっとローカルで民家の多い場所だった。
 周りと比べるとその学園は違和感が凄い。
 なにしろ全寮制という事もあって、
 敷地がとんでもなく広かった。
「さ、はよせな〜。凪はもうすぐそこやでっ」
 夏芽の瞳がいつになく輝いてる。
 フライングで走り出しそうな勢いだった。
 その首根っこを掴む勢いで先生が見ている。
 冬子先生は電話で誰かを呼んでいるみたいだった。
 少しすると校門が開いて一人の男が出てくる。
 眼鏡をかけた長身の男性だ。
 スーツを着こなし、ゆっくりと俺達に微笑む。
「初めまして。皆さんが雪羽先生の生徒さんですか」
「・・・え〜と、こちら黒澤先生。
 今日、白鴎学園を案内してくださる先生だ」
 バツが悪そうに黒澤先生の紹介をする冬子先生。
 だがそんな間を理解する様な淳弘じゃない。
「あ、この人が冬子先生の恋人なんだ〜」
「ばっ・・・」
 淳弘の奴が何気なくそんな事を言うものだから、
 先生方はわざとらしく咳をしたりした。
 それから少し間があいてしまう。
 黒澤先生は眼鏡の位置を直しながら言った。
「ふむ。ではとりあえず中に入りますか」
「黒澤センセ。凪に会わせてーな」
「ええ、これから呼びに行きますよ」
「・・・来たでーっ!」
 喜びのあまり手を挙げて俺に寄ってくる。
 それに反応して俺が手を出すと、
 思い切り手を叩いてきた。
 バチンという音がして俺の手が赤くなる。
 くそ、手なんか出さなきゃ良かった。
 夏芽の野郎、手加減しなかったな・・・。
 少しだけ夏芽も痛そうではあった。

11月14日(土) AM10:42 雨
白鴎学園・校舎内エントランス

 それから俺達は校舎内にあるエントランスに入る。
 黒澤先生は凪って言う子を連れに、
 何処かへ消えてしまった。
 こんな手続きまでして人に会うのもアホらしいな。
 でも、その子が可愛いとあれば話は別だ。
 早く会いたくて俺と夏芽はそわそわしている。
 ベンチに座りながら夢姫が聞いてきた。
「ねえ武人。なんでそわそわしてるの?」
「いや・・・それは、その」
 どうにもこの子に聞かれると答えにくかった。
 あざとくそれを冬子先生が聞いて笑い出す。
「夢姫、こいつは可愛い女の子に
 これから会えるから緊張しているんだよ」
「ふ〜ん」
 一番気を揉む返答のされ方だ。
 ただ夢姫の表情は全然気にしてる様子がない。
 全く気にされないというのも、これまた悲しいな。
 ベンチから立ちあがると夢姫は何処かへ歩き出した。
「どこ行くんだよ夢姫」
「ちょうど良いから探し物」
「おい待てって」
 俺は彼女の後を付いていこうとする。
「大沢。自由行動は良いが、ここに戻ってこいよ」
「あ、はい」
 冬子先生からOKも出たので俺は夢姫の隣に走った。
 すると俺の肩を淳弘が掴む。
「ねえタケ」
「どうした?」
 妙に真剣な顔で淳弘が俺の事を見つめてきた。
 夢姫の少し後ろを歩きながら俺も淳弘の顔を見る。
 なんだか俺に怒ってる様な顔つきにも感じられた。
 というより、緊張してるのか?
「実は僕・・・」
「なんだよ」
「好きなんだ」
「は?」
 そう言うと淳弘は俯いてしまう。
 落ち着けよ、俺。
 今の発言はいったい何なんだ?
 こんな白鴎学園くんだりまで来て、
 耳がおかしくなっちまったのか?
 いや、恐らくは勘違いだな。
 そうに決まってる。
「僕・・・こんな気持ちになったの、初めてなんだ」
「そ、そうか」
 照れながらも俺の肩に手を乗せたままだ。
 誰の事かを聞かなきゃいけないよな。
「淳弘、誰の事を言ってるんだ?」
「その・・・それは、えっと」
 まどろっこしいくらいに戸惑っている。
 変な方向に考えるのは止めよう。
 別にそんな空気じゃないし、
 男二人でそのネタは危なかった。
「・・・夢姫か?」
 淳弘は何も言わない。
 その代わりに黙って肯いた。
 まあ、それも充分に衝撃的ではある。
 けど今まで確かにそういう素振りはあったからな。
 そうか、淳弘は夢姫が好きだったのか。
 意外だが凄い解る気もした。
 あの子は他の女の子とはひと味違う魅力を持っている。
 それに淳弘はコロッと落ちたわけだ。
「・・・けどあの子、確か好きな奴いたぜ」
「うん、聞いたよ。でも良いんだ。
 だって好きでいる事は自由だからさ」
「それは・・・そうだな」
「タケには話しておきたかった。
 僕達って一応、親友だし」
 そう言って淳弘はにこっと笑う。
 さっきまでの自分が無性に恥ずかしくなってきた。
 どう間違っても俺達は親友だから。
 一応という言葉が引っかからない事もないが、
 とりあえず俺は淳弘に笑いかけてみる。
 だが二人の男が笑いあってる図は夏芽の失笑をかった。
「冬子せんせー、あれは絶対に出来とるで〜」
「・・・ふぅ。そっとしておいてやろう」
 俺と淳弘の友情が完璧に否定されている。
 仕方ないので俺と淳弘は夢姫の所へと走った。

11月14日(土) AM10:47 雨
白鴎学園・校舎内エントランス

 夢姫達がエントランスから離れて約五分ほど。
 黒澤は凪と紫齊を連れて冬子達の所へやってくる。
 初対面だった禊と冬子は思わず凪に見とれてしまった。
 その人間離れした魅力。
 彼女が軽く微笑むと辺りが華やぐ様でさえある。
「なぎ〜〜っ、会いたかったでぇ〜〜〜っ」
「うわぁっ!?」
 走って夏芽はそのまま凪に抱きつこうとした。
 紫齊はそれを冷静に見極め頭をはたく。
「ったく、あんた知り合いに挨拶もしないで、
 いきなり凪にダイブとは良い度胸してるね」
「すまんすまん。久しぶりやな、凪。それと紫齊」
「・・・私はおまけかいっ」
 その様子を呆気にとられながら黒澤は見ていた。
「ええと・・・それでは私と冬子は外を散歩してきますから、
 皆さんはここで高天原君達と話していては如何でしょう」
「賛成や! 黒澤先生、おおきに〜」
 黒澤は冬子を連れてエントランスから去っていく。
 その後で夏芽達はベンチに座って話し始めた。
「今日は眼鏡かけてるんだ」
「せや、いつもはコンタクトやねん」
 眼鏡をかけた夏芽を初めて見る凪はしげしげと夏芽を見る。
 そのアクセサリがもたらす利発そうな雰囲気は無かった。
「もしやウチの眼鏡ばーじょんが気にいったんかっ?」
「や、そういうワケじゃないよ」
 少し苦笑いを含めて凪がそう言う。
 そんな凪に夏芽より先に禊が反応した。
「背、高いな・・・あたしもそれくらい欲しいぞ」
 禊は羨ましげに凪を見つめる。
 凪としては笑って肯くしかなかった。
「そういや紫齊。淳弘とタケも来とるんや。
 少ししたら来るさかい待っとってな」
「へぇ・・・あの二人も来てるんだ」
 紫齊の表情が柔らかいものに変わる。
「男二人は夢姫って子と学園内の探険や。
 あかんなぁ、折角ここに美女がいる言うのに」
「あ、あはは・・・」
 そんな夏芽の振りに凪は笑うしかなかった。
 というより凪はこの場にいる意味が解らない。
 解るのは夏芽がべたべたくっついてくる事だけだった。
「凪は変わったなぁ」
「え・・・そぉ?」
「可愛なったわ〜」
 夏芽は胸を握る仕草をしてくる。
 それが動作に入る前に凪は紫齊と場所を変わった。
 だが夏芽は構わずに紫齊の胸を掴んでいく。
「な、なにしてるんだよっ」
 どうにか紫齊は夏芽の手を掴んで離させようとした。
 夏芽はなかなか離れずにしつこく紫齊の胸を揉んでくる。
「いっ・・・いい加減にしろ!」
 声を荒げて夏芽の眼鏡を取ると、
 そのまま紫齊は眼鏡を近くに放り投げてしまった。
 慌てて夏芽は辺りの床を探し始める。
 ただ仕草は何故かオーバーリアクションだった。
「めがねめがねー」
「ボケに余念が無いね、夏芽は・・・」
 恥ずかしげもなく彼女は芸人の動きで眼鏡を探す。
 呆れながら凪は夏芽の眼鏡を取って彼女にかけてやった。
 椅子に座り直すと唐突に夏芽は禊に言う。
「酷いやっちゃ紫齊は。ええか禊。この紫齊はなぁ、
 一時期にたっつーと付き合っとったんやで」
「わ、馬鹿、余計な事言うなよぉっ」
 紫齊は慌ててそれが偽装だったという事を話した。
 しかし話を聞いていないのか禊は憤慨している。
「たっつーの前の女か。今はあたしのもんだ、夜露死苦!」
「・・・そうなの?」
 素朴な疑問を浮かべる紫齊に夏芽が手を横に振った。
「ちゃうちゃう。禊の言ってるのは、
 要は奴隷扱いちゅう事や。恋人ちゃうで」
「は、はは・・・そうなんだ」

第二十二話へ続く