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黒の陽炎
−2ndSeason−

著作 早坂由紀夫

断章.持たざる者、その終幕
−Schwanengesang−


第二十四話(後半)
「明日、君が笑えるように」


11月16日(月) AM11:44 晴れ
丞相学園・職員室

 黒澤達はラグエル達が居なくなるのを見計らうと、
 パソコンルームから出ていく事にした。
 あまりのあっけなさに黒澤は拍子抜けする。
 職員室までやってくれば後はどうにでもなった。
 そう、どうにでも。
 全てを放棄してガブリエル探しを始める事が出来る。
 だが地下から職員室へと戻ってくると、
 黒澤達の目の前には教師達がいた。
 何か言われても無視すればいい。
 邪魔するようなら実力行使でも良かった。
 彼がそう考えていると、
 一人の教師がいきなり冬子の腕を掴む。
「せ、瀬村先生っ・・・」
「雪羽ぁ先生。ここで、何を・・・やっていたんですか」
「それは・・・えっ!?」
 いきなり瀬村は彼女の胸を鷲掴みにしてくる。
 それを振り払おうとするが、
 なかなか瀬村は離れなかった。
「止め、止めて下さいッ」
 異常なのはその光景を見て誰も止めに入らない事。
 黒澤とベリアルも思わず固まってしまっていた。
 教師に紛れて自分達の前に居る人物を見て。
「貴方はイヴ・・・ですか?」
「知らないな、そんな者は。私はエクスキューター。
 その冥典はお前達如きの持つ者ではない。
 死を持ってその罪を贖え」
 イヴは右手から生み出すように、
 黒い抜き身の刀をマテリアライズした。
 目つきは確かにイヴより遥かに鋭い。
 その瞬間、ベリアルは悟った。
「・・・異端者よ。貴様の相手は、
 このアシュタロスがしてくれるだろう」
 ベリアルは黒澤の顔ごと床へと叩きつける。
 さらに彼の手にあるバッグを奪い取った。
「ぐっ・・・ベリアル、貴方まさか・・・」
「冥典さえ手に入ればもう貴様に用はない。
 人間に毒された貴様などにはな・・・!」
 笑いながらベリアルは窓へと走っていく。
 そのまま窓を破ると彼は廊下へと消えていった。
「誤算ですね・・・まさか、彼が裏切るとは」
「ふっ、不完全な者を信じた所で、決して報われはしない。
 お前の様に愚鈍な者は本当に嘲笑わせてくれるな」
 イヴは歪んだ笑みを浮かべながら黒澤へと近づいていく。
「利害関係の一致という点では仲間だったんですがね。
 おかげで悪魔不信になりそうですよ、私は」
 彼にとって問題は二つだ。
 奪われたディスクをどう取り戻すか。
 目の前のイヴからどう逃げるか。
 冬子を助けるという選択は存在しない。
「く、黒澤ぁあっ」
 彼女はブラウスを破かれ下着を露出していた。
 一瞬だけそちらの方を見てみる。
 黒澤にとって、それは戯れだった。
 利用価値は果たした後の無価値な女だった。
 ただ、ためらいが生まれる。
 それは所有物を穢されるような感覚なのかも知れない。
 ここで信頼を裏切るのは得策ではないと、
 少しだけ考えたのかも知れない。

 だが黒澤はその感情に従いはしなかった。

 彼は自分が何をすべきかを知っている。
 この状況に置いて、無駄は一切省かねばならない。
 逃げるという選択肢は選べなかった。
 すでにベリアルが逃げている為、
 イヴはそれを警戒している。
 故に、黒澤はイヴと闘う必要があった。
「良いでしょう。貴方を殺し、私はジブリールへと近づく」
「あそこで犯されかけている人間の女、
 放っておいて良いのか?
 お前に救いを求めているようだが」
 それは彼にとって死を選ぶ選択に等しい。
 冬子を助けに行った瞬間、彼はイヴに斬られている。
 だから黒澤は敢えて言った。
「いいえ。アレは、もう利用価値のないものです。
 助ける価値など・・・ありません」
 その言葉は勿論だが冬子にも聞こえている。
 彼女としては理解するのに時間の掛かる言葉だった。
 表情はきょとんとしている。
 瀬村の手を止める事も忘れて黒澤の事を見ていた。
「今・・・の、嘘・・・だよ、な」
 虚しく彼女の言葉は職員室に響く。
 掠れた声でなおも冬子は言った。
「だってお前、私と結婚するって・・・それでも良いって」
「下らない。言っていたでしょう、貴方も。
 夢を見ていたんですよ、覚めたらまた、一人です」
「そんな、そんなのって・・・」
 首筋に瀬村の顔がうずくまり舌を這わせるが、
 そんな事は全く冬子には気にならなかった。
 黒澤の言葉に涙を流し放心するしかない。
 心の何処かにそれを危惧はしていた。
 ただ、だからといって納得できるはずがなかった。
 いきなりやってきた黒澤が自分を求めてきた事。
 それが自分への想いからではなかったと。
 自分をただチェスの駒のように利用する為だったと。
 その事実を受け入れる事など出来なかった。
 彼女は改めて気付く。
 ずっと、一度別れた時からずっと、
 彼女は黒澤の事を愛していたのだ。
 何処かに彼の為の場所を残し続けていたのだ。
 止めどなく流れ続ける涙が、それを物語る。
 どうしようもなくなった冬子は現在の状況を放棄した。
 瀬村のなすがままにされ、下着姿にさせられる。
 愛撫されても何も感じなかった。
 ただ何処でもない宙を見つめ放心する。
 その光景に明確な怒りを感じたのは黒澤だ。
 何故か解らないが、冬子が汚されるのを見たくない。
 つい先ほどまでは平常心で見ていられた光景だった。
 しかし今は、耐え切れない。
「冬子、君という人は本当にっ・・・」
 理由など突き詰める時間はなかった。
 瞬間的に黒澤の身体は冬子へと動いていく。
 瀬村の身体を掌底で壁へと吹き飛ばした。
「ぐげぇっ・・・」
 さらに意識の朦朧とする冬子を両手で抱える。
 隣から襲いかかる教師も冷静にかわした。

 その時、ふいに彼は奇妙な音を聞き、奇妙な感触に触れる。

 気持ちの悪い音。いやに身近で聞こえた音。
「な・・・に?」
 自分の唇から冬子の身体へと零れていく赤。
 なぜこんなものを零しているのか。
 認識が追いつかない。
 黒澤は振り返ってみた。
 そこには真っ赤な顔で笑うイヴの姿がある。
 どうしてその顔はそんなに赤いのか。
 冬子を抱えていられずに落としてしまった。
 そこで初めて自分の腹を見てみる。
(赤い。真っ赤です、ね)
 イヴの持つ刀は赤黒く染まっていた。
 ようやく黒澤は認識する。
 背後から、直線で腹へと刀を捻りこまれたと。
「ごほっ・・・」
 立っている事が出来ずに膝を付いてしまう。
 そんな黒澤の身体をイヴは上から足で踏みつけた。
「ふん。悪魔風情が人間を助ける?
 中途半端な感情ほど不様なものはないな。
 このまま、爆弾もろとも吹き飛ぶがいい」
 深手を負った黒澤の腹へともう一度刀を突き立てる。
 もう一度。後一度。
 それを終えるのを惜しむかの様に、
 黒澤の身体を刀で突き続けた。
 力の限りに勢いをつけて。
「・・・どうだ、気分は? 何か言ったらどうだ。
 私にもっとその苦痛に歪んだ顔を見せてくれッ・・・!」
 恍惚とした表情で黒澤へとイヴは話しかける。
 急所は外れているものの、常人ならば
 ショック死してもおかしくない程の激痛だった。
 さすがに悪魔と言えど人間の身体ではどうしようもない。
 ふいに外から何かが聞こえてきた。
 何かが壁にぶつかる音。
「・・・そうか、オフェリーの出番のようだな」
 さっきまでとは打って変わって、
 冷酷な表情を浮かべるとイヴはある机へと向かう。
 そこには意識を失ったままの女性が寝かされていた。

11月16日(月) AM11:49 晴れ
丞相学園・職員室前

 ファサードの腕から管が伸び、夢姫をしつこく狙う。
 偶然に助けられながら彼女はそれをかわした。
 ナイフをその位置から投げるものの、
 なかなかファサードに当たる事はない。
 大体は途中で腕の管がナイフをたたき落とした。
 そんな闘いの最中、ある男が
 職員室の窓から飛び出してくる。
 位置的に夢姫の方に彼は近かった。
「お前は・・・まさかベリアルか!?」
「そういうお前は、ルキフグ=ロフォケイルか・・・」
 逃げ去ろうとするベリアルの進路をロフォケイルが塞ぐ。
 同じ悪魔とはいえ冥典を求める目的が違った。
 自分の求めるモノを持っているのであれば、
 お互いがお互いを傷つける事に躊躇はない。
「そのバッグを頂こうか。それはお前が持つべきではない」
「ふん・・・お前が持っているべきでも無いだろう」
「それは私の崇める神の物デース」
 ファサードは横から腕の管を使い、
 ベリアルのバッグを奪い取った。
 すると方向を転換し廊下を走り去っていく。
「夢姫さん、あれが冥典の手がかりです!」
「わかった。あいつ殺して、あのバッグ貰うね」
 彼の後を追う為、夢姫は走り出そうとした。
 だが目の前の職員室の扉が開く。
「不愉快な下衆共め。貴様らをこの先へは行かせはしない」
 現れたのは女性を抱えたイヴだった。
 その女性をイヴは乱暴にベリアルの方へと投げ放つ。
 構わずベリアルが女性の身体へ衝撃を発生させた。
 すると女性の身体からミミズが這うように出てきて、
 身を挺して彼女の事を守る。
「チッ・・・厄介ごとは御免被る」
 ベリアルは身を翻してファサードとは逆の方向へ走った。
「ふん。違う方向からファサードを追う気か。
 まあいい、奴は私が仕留めてやる」
 そう吐き捨てるとイヴはファサードの方向に走っていく。
 ロフォケイルと夢姫はその後を追おうとした。
 しかし目の前には巨大なミミズが形成されていく。
 すでに逃げる事は出来そうになかった。
 ミミズは地面を突き破ると、その場所に固着する。
「・・・おいおい、こりゃどういう事だ?」
 夢姫達の背後にやってきたのは千李達だった。
 事態を飲み込めずに彼らは戸惑っている。
「どうやらエクスキューターとしては、
 夢姫さんを殺さなければならないようですが・・・」
 レイノスはそう言うと夢姫へと近づいていった。
「千李さん。貴方はどうします?」
「俺の答えは常に簡単さ。女の子が笑ってられる答えだ。
 いつも、笑っていられる様な選択が良い」
「じゃ、決まりですね」
「おう」
 二人は大して状況を理解していないのに、
 平気な顔をして夢姫達の前へと出ていく。
 レイノスは目の前にいるミミズを睨みつけながら言った。
「夢姫さん。ここは僕達に任せてください」
「うん、わかった」
「・・・こう簡単に任されるのもなんだな」
 思わず千李が苦笑しながらそう言う。
 夢姫はすぐに翻って廊下を走っていった。
 ロフォケイルは振り返る前に言う。
「あんたがた、この学園は正午に爆破されるらしい。
 どうにかそれまでには逃げた方が良いですぜ」
「さんきゅー爺さん」
「なんの。ほんの礼ですよ」
 そう言うとロフォケイルも走っていった。
 去り際にとんでもない事実を告げられ、
 とりあえず千李はレイノスに愚痴ってみる。
「あの放送、マジだったんだな・・・」
「ですね。まあなんとかなるでしょう」
 千李の表情は意識せず暗くなっていた。
(こういう時って、意外と勘が働くんだな・・・)
 そんな事を考えながら、改めてミニョコンと対峙する。
 その巨躯で辺りの壁に体当たりを始めた。
「ちっ、こいつはホント手に負えねえなっ」
「千李さん、オフェリーさんを起こしましょう!」
「だな・・・なんかあの子、可哀相になってくる」
 ミニョコンの体当たりを余裕を持ってかわす二人。
 近くに倒れている彼女に千李が走っていく。
 飛び込むようにしてオフェリーの所へと辿り着くと、
 すぐさま彼女を抱きかかえてまた走り出した。
「どうする・・・このまま逃げるか」
「そうですね。アレと闘う必要もありませんし・・・」
 二人に迫ってくるミニョコンの身体。
 千李はマテリアライズした糸で、
 その身体を細切れにしようとする。
 しかしあまりの大きさの為に糸で斬る事が出来なかった。
 ミミズ相手ではレイノスの能力もあまり有効ではない。
 彼の能力であるコーラル・フラワーは、
 重なるミミズ一匹ずつにしか攻撃できないのだ。
 仕方なく二人は左右に分かれてミニョコンをかわす。
 するとかわしたつもりだった千李が、
 廊下の壁にミニョコンの身体ごと激突してしまった。
「ぐあああっ・・・!」
「千李さん!」
 彼はオフェリーを抱えていた為に、
 体当たりをかわす跳躍が間に合わなかったのだ。
 なんとか致命傷にはなっていない。
 足を縺れさせながら、千李は痛みを堪えて歩き出した。
 途中で千李は足を引っかけて倒れてしまう。
 その振動でゆっくりとオフェリーが目を覚ました。
「あれ、私・・・ここは?」
「オフェリーちゃん、少し目覚めるのが遅いね」
「千李さん?」
「状況をよーく把握してくれよ?
 君の野獣たちがご機嫌斜めでさ」
 辺りの壁は崩れて骨組みを剥き出しにしていた。
 慌ててオフェリーは立ちあがる。
「またあの人に、私は利用されたのね・・・」
「オフェリーちゃん」
「解ってます。すぐ彼らを私の中に戻します」
 両手を開いて彼女はミニョコンと向かい合う。
 それはあたかも生贄に差し出される少女の様でもあった。
 以前のようにオフェリーの胸部を中心にして、
 ミニョコンは彼女の中へと消失していく。
「うぅっ、くっ・・・あああっ」
 彼らを消すと気を失うようにオフェリーは倒れた。
「オフェリーちゃん!」
 千李は抱きかかえる様にして彼女の元に飛び込む。
 オフェリーの意識は微かに残っているようだった。
「ふ、ふふ・・・ちょっと、キツいですね」
 二人の元へと走り寄っていくレイノス。
 ミニョコンが消えた今、
 これ以上ココに残る意味はなかった。
 そこでレイノスは言う。
「千李さん、急いで外へ出ましょう!」
「・・・ああ。オフェリーちゃん、立てる?」
「いえ、私は・・・立てそうもないですから、
 お二人で逃げてください」
「え?」
 レイノスは思わずそんな声を上げていた。
 職員室にある時計をのぞき見てみる。
 時間は11時59分12秒。
 学園が爆破されるまで後一分を切っていた。
「じゃあ僕と千李さんで背負って行きましょう!
 もう、時間がありません!」
「わりぃ」
 千李は軽く手を挙げる。
 何故か彼が立ちあがる気配はなかった。
 というより彼の右足が妙な方向に曲がっている。
「ま、まさか千李さん・・・足を?」
「つーか、多分あばらもイッちゃってる」
 右手で千李は軽く脇腹に触れた。
 その瞬間、オフェリーとレイノスの表情が固まる。
「じゃ・・・じゃあ、僕が二人を抱えて・・・」
「それじゃ間に合わねえ。オフェリーちゃんだけで良い」
「今からじゃ誰かを背負ってる余裕はありません。
 レイノス君、君は一人で逃げて」
「だっ、だって・・・それじゃあ!」
 59分19秒。
 無情に時計は針を進めていた。
 ふいに千李はレイノスの手をぎゅっと掴む。
「お前には守るべきひとが居るだろ?
 彼女の為に、お前は生きなきゃいけない」
「っ・・・」
 歯を強く噛み合わせ、レイノスは涙を堪えようとした。
 けれど彼の瞳からは長く忘れていたものが零れ落ちる。
 それは年相応の子供のような泣き顔だった。
 彼は千李の手を強く握り返す。
「僕はっ・・・貴方達の事、唯一・・・友達っ・・・だって」
「うん。解ってるよ。私はレイノス君の友達」
 31秒。
 逃げる時間を換算するとほぼ限界の時間だ。
「おうとも。俺らはエクスキューターとして選ばれ、
 絶望を共有したその時からずっと親友さ。
 ・・・ほら、もう行け。折角だから、少しの間だけ
 俺とオフェリーちゃんを二人きりにさせてくれよ」
 少し冗談ぽく千李はそう言う。
 しっかりとそれに肯くと、
 レイノスは振り返って走り出した。
 決して二人の方を振り返らないようにして。
 それを見つめながら千李はオフェリーに言う。
「さてと、ラスト30秒切ったけど・・・
 最後にオフェリーちゃんと居るのも良いかな」
「それ・・・誰にでも言ってたんじゃないですか?」
 38秒。
「酷いよな、俺はオフェリーちゃん一筋だって」
 そう言う千李に彼女はにこやかに笑いながら言った。
「女って言うのは男の人が誰かを好きな時は、
 なんとなく解るもんなんですよ」
「はは、今更どうにもならないだろ。
 今ココにいるのは俺と君だけ。二人だけだ」
「・・・ですね」
 オフェリーは諦めに似た笑みを零すと千李に抱きついた。
「ホントは、凄く怖いんです」
 その肩はがくがくと震えている。
 笑顔で居るのも辛そうだった。
「君は世界を花で埋めたいって言ってたよな」
「叶えられなくて残念ですけど、仕方ないです。
 もうここには貴方と私しか居ませんから」
 軽く二人は笑いあう。
 無理矢理な笑顔で、身体を震わせたまま。
 51秒。
 残り時間はすでに10秒を切っていた。
 そんな時にふと千李は考える。
(まさか、時計が間違ってて早めに爆発とか・・・無いよな)
「最後はキスでお別れしようか」
「ふふ、運がいいですね千李さんは。
 普段なら絶対に駄目でしたけど・・・」
「最期だからね」
「はい」
 顔を近づけていく千李。
 彼女の唇に触れる直前、彼は軽く笑っていった。
「・・・やっぱり止めよう」
「え?」
「お互い、操を立てるってのも悪かないだろ」
「へぇ・・・千李さんがそんな事言うなんて。
 本当に、好きな人でも・・・出来たんですか?」
 そう言われて千李はふとシュリアの事を考える。
(あの子の怒った顔、可愛かったなぁ)
 56秒。
 二人の視界は閉ざされ、
 眩いばかりの光の中へその姿は消えていった。

11月16日(月) AM12:00 晴れ
ザールブルグ邸

 からん。
 手が滑ってコップを落としてしまう。
 私はそれを拾い上げて破損具合を確認してみた。
 コップの取っ手が欠けている。
 でも構いはしなかった。
 どうせこれをいつも使ってるのはあの人だ。
「ふぅ・・・」
 次会った時ちゃんと謝ってくれたら、
 一応あの人の事を許してあげる事にしよう。
 適当なノリで逃げられてしまうかも知れない。
 身体だけ求められて逃げられるなんて、絶対に嫌だ。
 それでも・・・私の気持ちを口にしよう。
「えっと、おほん。好き・・・です」
 念のために練習しておこう。
 それから会う時の為に服とか買ってみようか。
 ちょっと高くて可愛い奴。
 っていうのはさすがに露骨よね。
 はぁ・・・今から緊張するのは変かもしれない。
 なんか変にドキドキしてきてしまった。
 あの人もこの気持ちの100分の1くらいで良いから、
 私の事を考えてくれていればいいんだけど・・・

第二十五話へ続く