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黒の陽炎
−3rdSeason−

著作 早坂由紀夫

Dark Brown Reunion

Chapter104
「復讐者」


01月17日(日) AM06:40 雨
学校野外・開放エントランス

 数日間も降り続けている雨は、未だ止む気配を見せない。
 洗濯物も乾かないこんな天気に一人、
 学校の中庭、いわゆる開放エントランスに佇む者がいた。
 それも早朝からぶつぶつとベンチで何かを呟いている。
「あの男は・・・悪魔に違いない・・・。
 俺の邪魔をする輩は悪魔に決まってる」
 身体は不思議な事に全く濡れていなかった。
 あまりにも異様な光景ではあるが、
 早朝である所為か誰もその姿を見てはいない。
「そういえばアザゼル様は、
 精神共有による意志の影響に気をつけろと言ってたな。
 だがこの気持ちが共有の影響などと・・・そんな事は無い」

01月17日(日) AM08:00 雨
寮内・凪とカシスの自室

 目を覚ました時、すでにカシスの姿は無かった。
 日曜日だからって遅く起きたからだろうか。
 とは言ってもあいつが自分でこの時間に起きてるなんて、
 今まで殆ど無かった事だと思う。
 特に今日は日曜だ。昼近くまで寝ててもおかしくない。
 不思議な事もあるもんだな。
 俺はパジャマを脱いで折りたたむと私服に着替えた。
 冬場はやはりジーンズ万歳と言える。
 制服でスカートを履いてるとつくづくそう思った。
 なにしろ太腿に風が直撃しない。
 悲しい事に俺の身体のラインはカシスいわく女性的。
 つまり細身のジーンズを履いても見た目は女性だった。
 まあ、今更そんなのじゃ大して落ち込んだりしない。
 カシスに虐められてる時の事を考えれば、
 こんなのは全然問題なかった。
 ん? あれ? 俺・・・調教されてるのか?
 き、気付かなかった。俺ってば調教されてたんだ。
 俺がそんな風に愕然としていた時、
 ふとドアがコンコン、とノックされる。
「高天原君、起きていますか?」
 黒澤の声だ。
 朝八時に一体何の用だろう。
 いつも声のトーンが変わらないので、
 どんな用事なのかさっぱり検討がつかない。
 ドアを開けると黒澤は少し真剣な顔で立っていた。
「・・・何かあったんですね」
「ええ。つい三十分前に」
 そう言うと踵を返して黒澤は歩き出す。
 どうやらついて来い、という事らしかった。

01月17日(日) AM08:12 雨
男子寮前

 雨が降る中、俺と黒澤は傘を持って外に出る。
 黒澤が向かう先は男子寮みたいだ。
 この時間にもかかわらず其処には人だかりが出来ている。
 一体何があったんだ?
 人だかりの隙間からは割れた窓や、焦げた部屋が見える。
 火事でも起きたのだろうか。
「先生、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないですか?」
「三十分前に男子寮で突然爆発が起きたんです。
 正確には神鏡君の部屋で、ね」
「え・・・?」
 鴇斗の部屋で爆発が起きた。
 それを聞いてゾクッと身体が震える。
「鴇斗はっ・・・あいつは、大丈夫なんですよね」
 俺の質問に黒澤は人だかりを見つめながら黙ってしまった。
 沈黙に耐えられず俺は男子寮へ走ろうとする。
 と、その前に俺の手を黒澤が掴んだ。
「待って下さい。まだ確かな事は言えない、というだけです」
「じゃあ鴇斗は・・・」
「現在行方不明です。爆発が起きた彼の部屋は、
 まだ充分に調べられない状況ですしね。
 それよりも、この爆発は実に奇妙だと思いませんか?」
「奇妙?」
 現場に来たばかりでそんな事、解るはずない。
 ただ、奇妙だと言えば一つ。
 人だかりから見える鴇斗の部屋は綺麗になくなっていた。
 そう。考えてみれば変かもしれない。
 不自然なくらいに、その部屋だけがすっぽり消えている。
 それに・・・よく考えてみれば爆発っていうのは変だ。
 寮の部屋には水道は通っているが、ガスは通ってない。
 だから簡単に爆発するはずがないんだ。
 特に、分別ある歳の人間が住んでいるなら尚更。
「もしかして・・・これは事故じゃないって事ですか?」
「私はそう睨んでいる、というより知っています」
「は?」
「天使や悪魔はその能力を行使する際に、
 どうしても存在を隠す事が出来ませんからね」
 急に黒澤の口から飛び出した単語に俺は固まってしまった。
「まさか・・・」
「ええ。つい先程に私が感じたのは、天使の力でした。
 神鏡君は天使に襲われた可能性があります」
 背伸びをして俺は鴇斗の部屋を見てみる。
 そこに人の生存している気配はゼロだった。
 もし、室内で鴇斗が寝ていたとしたら・・・間違いなく。
 呆然とする俺に黒澤は落ち着いた声で言った。
「彼が死んだと考えるのは時期尚早ですよ。
 何故なら襲った天使が現在、この街を移動しているんです。
 さて、高天原君。ここで問題を出しましょう。
 その天使が移動している理由を考えて下さい」
「・・・そうかっ! 鴇斗を殺し損ねた天使が、
 あいつを追いかけているっ・・・!」
 黒澤は眼鏡をクイッと動かすと肯く。
「正直言うと私には興味のない事ではあるんですよ。
 ただ天使が人間を襲った理由が気になりましてね。
 彼らを探すのであれば、私も同行しましょう」
 俺は少し考えてから黒澤の力を借りる事にした。
 一人で探すより効率的だし、なにしろ黒澤は車を持ってる。
 すぐさま俺達は黒澤の車へと走った。

01月17日(日) AM08:23 雨
市街・路地裏

 走る二つの影。一つは鴇斗だ。
 追いかける人物に鴇斗は焦りを隠せない。
 理由が全くといっていいほど解らないのだ。
 その人物に対して自分が何をしたのか。
「畜生っ・・・どうして俺を狙うんだよ!」
 話し掛けた相手は黙ったままで手の照準をあわせた。
 近くにあったゴミ収集所が大きな音を立てて爆発する。
 転げるようにして鴇斗はその反対側へと飛び込んだ。
 気付けば目の前はすぐ壁。もはや逃げ場は無い。
 相手を睨みつけながらも鴇斗の身体は震えていた。
 殺される。そう感じていたからだ。
 其処へゆっくりと現れる人影。
 特にその人影は鴇斗を助けるつもりはないようだ。
 ただ、彼を狙う人物を誰にも見せない様な瞳で見つめる。
 睨みつけるというべきだろうか。
 元来鋭い目つきをするタイプではあるが、
 その目は今までどんなに憎い相手でも見せた事が無い。
 どす黒さが渦巻いている様な瞳だ。
「私は一年前から、ずっと・・・ずっとあんたを探してたの。
 諦められればよかった。それが或いは幸せだった。
 けど今、あんたの事を諦めないで良かったって思う。
 久しぶりに感じるわよッ・・・誰かを殺したいって気持ち!」
 心の其処で暗くたゆたっていた気持ち。
 それがその人物、つまりカシスの口から語られた。
 鴇斗も相手も意味がまるで解らない。
 しかしそれで充分だった。
 彼女は二人に意味を伝える気などはない。
 疑問を口にしたのは鴇斗を襲っていたディムエルだ。
「何を言ってやがる?」
「私はお前が犯して殺した二人の家族。
 お前だけはッ・・・この世から完全に消してやるの!」
「・・・なるほど。あいつらの家族ってワケか。
 だが生意気に悪魔が仇を取るだと? 復讐だと?
 ふざけるなよ、それは俺の立場だぜ。
 なにせ、たかが悪魔を犯ったくらいで裁判だからな。
 俺からすれば不思議で仕方ねぇんだよ、
 悪魔なんて所詮は生きる価値も無いクズどもだ。
 別にクズに何したっていいじゃねえか」
「ふっ・・・ふふっ、嬉しくて堪らないの。
 あんたが思ったとおりの下衆野郎でっ――!」
 右手に鋭い水の刃を具現すると、
 カシスは思い切りディムエルに飛び掛った。
 異常すぎる殺意。暴力的な感情の奔走。
 彼女の表情に凪と過ごした日々の面影は無い。
 それは殺戮者として舞い戻った一人の悪魔のものだ。
 憎しみで研ぎ澄まされている刃が、
 ディムエルの腕に深く突き刺さる。
「ぬ、ぐっ・・・!」
「クリアが受けた痛みはこんなものじゃない。
 クランベリーが受けた屈辱は、
 こんなものじゃ癒せないッ・・・!
 お前が傷つけたモノは、もう取り戻せないんだッ!」
 苦悶の表情を浮かべながらカシスはディムエルを斬る。
 水の刃で斬る。すっぱりと、殺さない様に傷つける。
 応戦するようにディムエルは両手を軽く広げた。
 危機を察知したカシスが飛びのいた直後、
 彼女の居た空間に爆発が巻き起こる。
「大した痛みなんかねえが・・・悪魔の分際で生意気なんだよ!
 この爆発は貴様を傷つけ、貴様の服を全て破りさる。
 所詮は女だ、裸で闘う事は出来ねえだろッ・・・!」
「ふん、下衆な奴は・・・能力も下衆」
 本来ならば最短の方法、最小の力で勝つ。
 カシスはそう考えるようになったはずだった。
 だがディムエルへの憎しみはさらに高まっていく。
 冷静な行動が出来るような状態ではないのだ。
 考えるよりも先に彼女の身体はディムエルへ向かう。
 振り回す水の刃は徐々に傷つける回数を減らしていた。
「そんな殺し方しか知らないで、
 俺に勝てる気でいるんじゃねえよ!」
 わざとディムエルはカシスの上着を爆発させる。
 傷は浅いものの、服は破けブラジャーが見えていた。
 そこへ一瞬気を回すがすぐにカシスは前を見る。
 激しい憎しみの表情でディムエルを睨みつけた。
 すると彼はカシスに笑いながら言う。
「あの二人がどうやって犯されたか教えてやろうか?
 両手足を刃物で貫いて身動きを取れなくしてから、
 皆で順番にありとあらゆる所を犯してやったんだよ。
 姉ちゃんの方は胸でシゴいた後、顔に出したっけな。
 ガキは前と後ろの穴を両方塞いでやったよ。
 二人とも涙流しながら喜んでたぜ」
「・・・ッ! それ以上、言うな!」
「けっ、聞けよ。最期は、ちゃんと墓を立ててやったぜ。
 鳩尾に具現した槍をぶち込む前に、
 俺達は皆で供養にって精液を身体中に・・・」
「貴様ぁああぁあぁぁぁあっ――――――!」
 ディムエルの挑発でカシスの怒りは頂点に達していた。
 抑える事が出来ず、水の刃をひたすらに振り回す。
 普段の彼女ならば決して取らない行動だった。
 ますます単調になるカシスの攻撃は、
 遂にディムエルをかすりもしなくなる。
「畜生ッ・・・ちくしょおっ!」
 苛立つカシスはもはや隙だらけだ。
 そこへディムエルの強烈なボディブローが直撃する。
 身体が浮き上がってカシスの身体はくの字に折れ曲がった。
「あぐっ・・・!」
 呼吸できずにカシスの動きが止まる。
 ディムエルはそんな彼女の身体を無理矢理に押し倒した。
「どうせだからな。お前もあの二人みたいに犯してやるよ」
 先程からそれを唖然と見つめる鴇斗。
 何がなんだか解らずに彼の頭は混乱していた。
 おまけに腰が抜けて立つ事も出来ない。
 解るのは知り合いであるカシスが、
 これから犯されようとしている事だ。
 出来る事ならば助けたい。しかし身体が動かなかった。
 ごく普通の高校生にそこまでの勇気は無い。
 その間にもカシスはブラジャーを剥ぎ取られていた。
「くっ・・・うぅっ・・・」
 両手を押さえつけられ、カシスは屈辱で涙を流す。
「お前ら悪魔の涙ってのは感情が篭ってねえんだよ。
 本当に悔しいならもっと悔しそうに泣いてみろ。
 俺には天使に犯してもらえるって嬉し泣きにみえるぜ」
 剥き出しになったカシスの胸を揉みながら、
 ディムエルはそんな風に彼女を罵倒した。
 それからディムエルの舌が乳頭へと伸びる。
「やだっ・・・! 嫌ッ!」
「その割には乳首が勃ってるじゃねえか。感じてんだろ?」
「違う! そんな事無いッ・・・!」
 カシスは身体中に力を込めて、
 ディムエルの束縛から逃れようとする。
 暴れても彼はびくともしなかった。
 決してカシスの力が無いワケではない。
 怒りと焦り、それに恐怖で思うように力を出せないのだ。
(私の身体を触っていいのは、凪だけなの・・・!
 こいつじゃない! こんな奴の手じゃない!)
 気が狂いそうになるほど屈辱的。
 仇を取るどころか、自らが餌食にされようとしている。
 絶望的なのは其処が人通りの少ない路地裏であるという事。
 犯される前に誰かがやってくるだろうという希望は、
 この状況において楽観的に過ぎるという事実だ。
 自分自身の力でどうにかするしかない。
 カシスはそれだけの力があるはずだった。
 実際、普通に闘っていればカシスが負けるはずは無い。
 それだけの歴然とした力量差があるのだ。
 にも関わらず彼女の実力は半分も出せていない。
 ディムエルは片手でカシスの両手を押さえると、
 彼女の割れ目へと遠慮なく指を挿入した。
「っ・・・くうぅっ・・・」
「おいおい、なんだよこの濡れ方はよぉ。
 気持ちよさそうにヒダが絡み付いてくるぜ?」
「うああっ・・・ちく、しょおぉ・・・」
 凪との情交によって開発された彼女の身体。
 それは凪の為だけのモノであるはずだった。
 他の誰にも侵されざる聖域のはずだった。
(どうしてっ・・・どうしてこんな奴の指で、
 舌で私の身体は感じちゃうの・・・?)
 精神的な苦痛とは裏腹に肉体的快楽は燃え上がる。
 ディムエルが露わにした男根を目にした頃、
 ようやくカシスはある言葉を思い出した。

     闘いに感情は無い――――。

01月17日(日) AM08:29 雨
市街・路地裏

 雨の中、黒澤の車が市街を駆け巡る。
 かすかな反応を頼りにして俺と黒澤は移動していた。
 何も感じられない俺としては黒澤だけが頼りだ。
 黒澤は街の表通りに出るワケでもなく、
 裏道の路地をひた走っている。
 表が込んでいるワケでもないのにだ。
「近いんですか?」
「・・・ええ、近づいては居ます」
 ざわざわと胸が焦りを感じ始めている。
 鴇斗が心配だという理由だけじゃなかった。
 何か、予想できるはずの事が頭に浮かんでこない。
 それも想像できる上でかなり嫌な予想のはずだ。
 肝心なパーツが足りないのか、出てくるのは嫌な汗だけ。
「天使が力を使い始めたようですね。
 どうやらかなり近くまで来ていますよ」
「鴇斗は・・・あいつは、無事なんですか?」
「恐らく現時点では生きているでしょう。
 ですが、天使の力を感じられる以上、
 危険である事に変わりはありません」
 鴇斗の事も心配だけど、それ以上に何か違和感がある。
 俺は大切なモノを喪おうとしているんじゃないか?
 焦燥感で胸が痛くなってきた。
「もうすぐです。一応、心の準備だけはしておいて下さい」
「ええ、解ってます」
 黒澤は人通りの少ない路地に入ると車を止める。
 路上駐車という奴だが気にしてる場合じゃなかった。
 俺はすぐさま車を降りて、黒澤についていく。
 ふと、この先にある光景を俺は知っているような気がした。
 何故だろう。それは俺が決定した運命の様に思える。
「・・・うあぁあぁああっ――――!」
 突然の叫び声に俺と黒澤は一瞬動きを止めた。
 そして事態を把握するより先に、気付いてしまう。
 今の声に聞き覚えがある事に。
 まさか。そう考える。けど、もしかして。
 ちゃんと理性を持って考えるんだ。
 悪魔の黒澤は今こうやって天使を探す事が出来ている。
 なら・・・あいつだって、出来るんじゃないか?
 背筋にゾッと恐ろしく冷たいものが駆け抜けた。
 そうだとしたら、今の声・・・今の声は!
 全速力で俺は声のする方向へ路地を走った。
 角を曲がり、どんどん人気はなくなっていく。
 最後に辿り付いたのは袋小路だ。
 目の前には信じられない光景がある。
 鴇斗が崩れるように壁にもたれかかっていた。
 さらにカシスが地面に倒れて涙を流している。
 雨が降っているにも関わらず、それが俺には解った。
 手遅れなのだという事を示唆するかのように服は破け、
 腹部から顔の辺りにかけて白い液体が付着している。
「あ、あぁっ・・・」
 身体中の力が抜けていきそうになった。
 何も考えられない。ただ、俺は彼女の名を呼ぶ。叫ぶ。
「カシス、カシスッ・・・!」
「・・・凪、見ない・・・で」
 消え入りそうな声でそう言うと、彼女は俺から顔を背ける。
 そんな光景を見て俺は愕然とするしかなかった。
 あいつの事を汚した奴はゆっくりと立ち上がる。
 俺はそいつが顔見知りであるのも気にせず、
 ただカシスの事だけを見ていた。
 だって、今更になって気付いてしまったんだ。
 偽りの関係。お互いの傷を癒すための関係。
 そんなモノがいつしか俺の中からなくなってた事に。
 今は純粋にお前と一緒に居たかったんだ。
 そう、俺は・・・お前の、傍に。

Chapter105へ続く