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黒の陽炎
−3rdSeason−

著作 早坂由紀夫

Bitter Sweet Creamhearts

Chapter108
ネクロノミコン」


01月13日(水) PM18:24 雨
学校野外・開放エントランス

 石楠花はベリアスに会う為、エントランスへと赴く。
 雨の中、空が見えるエントランスへやってくる者は無い。
 おまけに夜。余計に人の姿は見当たらなかった。
 見渡す限り、石楠花を除いて一人も居ない。
 どうしたのかと石楠花は辺りを見回してみた。
 中央辺りのベンチに人影が見える。
 何時の間に現れたのか。気付けばそこに誰かが座っていた。
 男性か女性なのか、黒いレインコートで容姿は窺えない。
 意を決して石楠花はその人影に話し掛けた。
 貴方がベリアスなのか、と。
 レインコートを被った何者かは肯いて手招きをする。
 ベリアスは防水加工を施したノートパソコンを開いていた。
 そこに映るのは学園の全景を簡略化したもの。
 ディスプレイを石楠花に見せながらベリアスは言った。
 この場所は、地理的に悪魔を呼びやすいのだと。
 石楠花は身体の芯からゾクゾクするのを感じた。
 性別に対する仄かな興味など、もはや微塵も無い。
 ベリアスは期待通りの人間だった。
 悪魔を呼び出し、全てを壊したい。
 そういった願望を共有できる人間だ。
 わくわくしながら石楠花はベンチの隣に座る。
 するとベリアスは悪魔を呼び出して何をしようかと尋ねた。
 少し考えて、石楠花は口を開く。

01月24日(日) PM23:35 晴れ
都内

 ゲームとは時間と金の浪費だ。
 人生において最も意味の無い遊戯である。
 それが何故、世界中に此処まで普及するに至ったのか。
 どこぞの小説家が言うには、それが人間の生物的特徴。
 つまり、人間は無駄を楽しむ事の出来る生物なのだ。
 僕はパソコンのキーボードをタッチしながら、
 そんな事を考えてゲームを楽しんでいる。
 今、僕がやっているのはネクロノミコン・オンライン。
 公儀で言う所のMMORPGというジャンルのゲームだ。
 Massively Multiplayer OnLine Role Playing Game。
 要は多くのプレイヤーが同時に一つのサーバに接続して、
 RPG上でコミュニケーションを取れるタイプのゲームだ。
 この手のゲームには通常、終わりという概念は無い。
 故にプレイする人間は半永久的にプレイできるわけだ。
 例えば僕なんかはすでに12時間ほど寝ずに遊んでいる。
 同じように幻覚が見えるほどプレイしている奴は多かった。
 とはいえ現実とゲームを混同するほどではない。
 何故ならゲームで僕が走ってるのはカバル草原という場所で、
 現実の僕は部屋に閉じこもってパソコンを弄ってるのだ。
 こんなのは、勘違いしようがない。
 と、そんな事を考えていると敵が襲ってくる。
 グリュンベルクが四体。竜の形をした雑魚モンスターだ。
 鋭い牙を使っての素早い動きからなる攻撃が特徴と言える。
 こちらのパーティは三人とも大体LVは20以上だから、
 勝てない相手というわけではない。
 パーティの一人、ナイトのロッソが先陣を切った。
「エデン・ブリッジ!」
 風属性を纏った剣技がグリュンベルクに炸裂する。
 一体に直撃し、敵の体制を崩す事に成功した。
 続いて仲間の魔術師、アリエルが頭上に魔術書を掲げる。
「火術、イン・フレイムス!」
 巨大な炎のアニメーションがモンスターを包み込み、
 全体に壊滅的なダメージを与えた。
 僕らはそれを合図にして総攻撃をかける。
 多少の被害を被りながらも、僕らは敵を全滅させた。
 するとキャラ頭上に数値が表示される。
 パーティに分担された経験値だ。
「不意打ち気味だったからかな、楽勝だったね」
 アリエルがそんな風に発言する。
「同感です」
 当り障りのないレスポンスを返してみた。
 少しその場で会話を交わして一息つくと、
 また僕らは狩りを再開しようとする。
 と、そこに一組のパーティが現れた。
 一直線に僕らのパーティに近づいてくる彼らに、
 何処か僕は嫌な予感を感じる。
「あれ、PKですよ!」
 ロッソの一言で僕は彼らの表示がPKだと気付いた。
 咄嗟に戦闘態勢を取るが、そこで愕然とさせられる。
 彼らのパーティは全員LVが50を超えていた。
 まずいと思った時にはもはや遅い。
 PKの一人で魔術師の上級職であるダークマージが、
 すでに呪文の詠唱に入っていた。
「炎術――――トゥ・メガ・セリオン」
 その言葉が途切れると同時に大きな炎の波が押し寄せる。
 どう考えてもLV20で耐えられる魔法じゃなかった。
 パーティの二人が死亡し、僕とアリエルだけが残される。
 退却しようにも素早さではあちらの方が上だ。
 こうなったら最後。殺されるか、オチるしかない。
 逡巡した後に僕は状態をオフラインに設定しようとした。
 そこで奇妙な警告が現れる。

――――戦闘中に接続状態を変更しようとしています。
    (キャラクターの命に関わる場合があります)

 それを見て僕は少しばかり驚かされる事になった。
 こんなメッセージ、今まで表示されていただろうか。
 思わず僕はオフラインにする事をためらった。
 同時に、PKの一人が召喚を始める。
 可愛らしいデザインの女性デビルサモナーだが、
 悪魔の召喚はかなりのダメージを対象に与えるスキルだ。
 アリエルと僕はなんとか照準から外れようと試みる。
 だが逃げる手段はもはや残されてはいなかった。
「出でよ、アスモデウス!」
 巨大な獣の形をした悪魔が煙と共に現れる。
 悪魔は僕らに向かって口から炎を吐き出した。
 ダメージは軽く自キャラの最大HPを上回る。
 もう駄目だと思った僕は、
 ゲームのウィンドウを閉じる事にした。
 ため息をついてパソコンから離れる。
 いい所でとんだ邪魔が入ったものだ。
 PK。プレイヤーキラーと呼ばれる彼らは、
 好んでゲーム・プレイヤーを攻撃してくる。
 人が集めたアイテムを奪うという目的が多数だ。
 中には単に邪魔をするのが楽しいという奴もいるらしい。
 何にしてもはた迷惑な存在に他ならなかった。
 はあ、また最初からやり直しか・・・。
 少し狼狽しながらも僕はパソコン画面を見てみる。
「え・・・?」
 不思議な事に、ダイアログが一つ表示されていた。
 おまけにデスクトップ画面は真っ暗になっている。
 ダイアログにはこう書かれていた。
 GAMEOVER。
 今まで死亡時にこんな演出はあっただろうか。
 疑問を抱きながらも僕がそれを見ていると、
 ぐにゃり、と画面がゆがみ始めた。
 背筋にゾクッとした寒気が走る。
 これってまさかウィルスか何かなのか?
 そんな僕の予想を越えて、それは異常な動きを見せた。
 3Dか何かを見ている様に何かが画面から浮き出てくる。
 唖然としたまま僕が固まっていると、
 それはゆっくりと形を取り始めた。
 画面から浮き出ているわけじゃない。
 実際に・・・画面から出てこようとしていた。
 叫び声を上げそうになるのを必死に堪える。
 これは、夢か? それとも・・・幻覚?
「あ、ああ・・・」
 先程に見た悪魔の様な体躯の化物が目の前にいた。
 質感や動き、どれを取っても現実としか思えない。
 けどそんなはずはなかった。何かの間違いに決まってる。
 こんな事が起こるはずなんて・・・。
「お前は、ゲームオーバーだ」
「う・・・うわぁああああぁっ――――!」

01月26日(火) PM16:10 晴れ
2−4教室内

 二年生三学期、最初の生徒会役員会議がじきに始まる。
 相変わらず生徒会長という大任を背負っている俺は、
 会議で話し合う議題を選考しなければならなかった。
 副会長は紅音から三年生の先輩に変わっている。
 それなのに何故俺はまだ生徒会長なのか。
 理由は簡単だ。変わってくれる奴が居ない。
 一年で俺が生徒会長になってから、
 誰もこの役職をやろうとしないのだ。
 おまけに、俺が継続してやる事に誰も反対しない。
 この学園は狂ってるよ、絶対に。
 そうやって俺が提出された中から議題を選別していると、
 綺麗なソプラノの声で誰かが俺の名前を呼んだ。
「そろそろ始まるわよ、役員会議」
「・・・先輩」
 教室のドアに立っていたのは柏崎蒼乃(かしわぎ あおの)先輩。
 苗字は柏崎と書いてかしわぎ、と読む。
「生徒会長が会議に遅れるつもり?」
「いえ、実はまだ議題が決まらなくて」
「そんなものは前日までに決めなさい」
 彼女はいいわけは聞かない、
 とばかりにピシャリと言い放った。
 年上相応のしっかりとした意見に俺は項垂れるしかない。
 すると先輩は俺の手元にある資料を見て言った。
「こういう時は適当に決めちゃえばいいのよ。
 ほら、これなんかいいじゃない。これで決定ね」
 一つの案に指を指すと彼女は資料をひったくる。
 なんていうか、しっかりとしてるのは意見だけだ。
 柏崎先輩は根が軽い人なので仕方ない。

01月26日(火) PM16:55 晴れ
学園内・2階廊下

 会議を終えると俺と先輩は生徒会室を出る。
 役員会議の議題はネットワークやパソコンの事だった。
 今後の生徒会でそれを使用するか否か、という議論。
 情けないことに俺は全く意見出来なかった。
 インターネットどころか、パソコンさえない。
「高天原さんってパソコンできないのね」
「う、機械は苦手なんです」
「次回の役員会議までに最低限の知識は得ておくように」
「はい」
 思いのほか白熱したネットという議題は、
 次回に持ち越される事で可決した。
 おかげで俺はパソコンを覚える必要が出来てしまったワケだ。
 それにしても・・・パソコンか。
 マウスとかウィンドウズとかは辛うじて聞いた事はある。
 ただ、それが何の意味を持つのかはサッパリだ。
 独りで勉強しても理解できるかどうか解らない。
 こうなったら知り合いに教えを請うしかないな。
 知り合いの中でパソコン出来る奴・・・葉月だ。

01月26日(火) PM17:08 晴れ
寮内・葉月の部屋

 息を大きく吸い込むと俺は葉月の部屋のチャイムを押す。
 パソコンを教わるというのは、意外と勇気が必要だ。
 下手すると学校の勉強より難しそうだしなあ。
 少しして足音と共にドアが開いた。
 ドアの向こうには謙虚な笑顔で佇む葉月の姿がある。
「あ、凪さん。どうしたんですか?」
「うん。実は・・・パソコン教えてくれないかな」
「・・・いいですよ。丁度、今パソコンやってた所なんです」
 どうやらパソコンを教わる事は出来そうだ。
 けれども、俺の心の準備がまだ・・・。
 ゆっくりと部屋の中へ入っていくと、
 そこには思いもかけない人の姿があった。
「く、紅音」
「あ・・・凪、ちゃん」
 テーブルの上には二台のノートパソコンが置かれている。
 まさか、紅音ってパソコン弄れるのか?
 酷く紅音には当てはまらない気がした。
 こいつは絶対に俺よりこういうの疎いと思ってたのに。
「おわあ〜・・・なんか、この人死にそうだよ?」
「そうじゃなくて、応戦しなきゃっ」
「え? え〜っとぉ・・・えいやぁっ」
 ディスプレイにはゲーム画面が映っていた。
 パソコンってゲームも出来るのか・・・。
 なんとなく、俺にも出来そうな予感がしてきた。
 紅音はキーボードを叩いてモンスターを攻撃している。
「ナパーム・デスッ!」
 画面のキャラクターがそう叫ぶと、
 迫力ある炎の魔法がモンスターを襲った。
 それで敵は粗方消滅したらしい。
 するとキャラクターの頭上に数字が表示された。
「やった〜。レベルアップしたよ〜っ」
「紅音ちゃんは魔術師だから、魔法練度も上がったみたい」
「わあ〜。これで魔術書に近づいたね〜」
「そうだね」
 笑顔を浮かべる紅音を見ていると俺まで頬が緩む。
 相変わらず、俺は紅音を女友達としては見れてなかった。
 一年過ぎてカシスが傍に居てくれるっていうのに、
 心の何処かにまだ紅音を思う気持ちがある。
 仕方ない事だ。気持ちはそう思い通りにはならない。
 代わりに俺は考えた。紅音ではなくて、カシスの事を。
 俺が選んだのはカシスだ。
 今の俺に必要なのはカシスなんだ。
 だから、紅音に会ったくらいで揺らぎはしない。
 揺らいだりしたらいけないんだ。
「それじゃ凪さんも、これやりますか?」
「え、あ・・・うん」
 葉月に言われて俺は彼女の隣に座る。紅音とは反対側だ。

01月26日(火) PM17:08 晴れ
寮内・葉月の部屋

 最初は葉月の教えに従ってパソコンを立ち上げる。
 ウィンドウズの文字が出てきて、
 綺麗なデスクトップ画面が表示された。
 背景の画像はどうやらラッセンの絵らしい。
 ちなみに紅音の方は凄くリアルな悪魔の絵だった。
 そこから葉月の指示通りにアイコンをダブルクリックする。
 大きなウィンドウ画面が開いて、
 特徴的なフォントでネクロノミコンという文字が現れた。
 数秒後に恐ろしげなタイトルバックが全画面に表示される。
「ここまでは大丈夫ですか?」
「うん、なんとなくは・・・ね」
 何故か俺にはパソコンと言うものが酷く曖昧なものに見えた。
 正確な結果を出す割に、そんな風に感じる。
 まだ初心者だからそう思うのかもしれない。
「それじゃアカウントを取ってゲーム始めましょうか。
 あ、心配しなくてもフリーで大雑把な手続きですから」
「・・・葉月。一ついい?」
「え? は、はい」
「その、アカウント・・・って、なに?」

同日 PM18:24
アルカデイア・エウロパ宮殿・大天使長室

 室内でミカエルは黙々とキーボードを打つ。
 残務処理で今日の仕事は終わりだ。
 ソファーには静かにそれを待つアザゼルの姿がある。
「お前の・・・イベントとやらは、成功だったのか?」
「ボクがここにいるんだよ? それが答えさ」
「ほぉ・・・で、どんな結果だったんだ」
 ミカエルの質問にアザゼルは含み笑いを浮かべた。
「今回のイベントはね、ルシードの苦悩がポイントなんだ。
 彼がどれだけ悩み心を痛めるのか。それを見て楽しむ。
 自らの偽善と嘘で苦しむ彼は美しかったでしょ?」
「ふん、お前にしちゃあ易しいイベントじゃねえか」
 吐き捨てるようにそう呟くミカエル。
 それに対しアザゼルは笑顔を浮かべたまま立ち上がった。
「まあね。これからイベントは幾つもあるんだもの。
 こんなオードブルよりもっと面白い事が起こるよ」
「・・・何処かの誰かが封印を解いた貪欲な獣も控えてるしな」
「ふふっ・・・解ってるじゃない、ミカエル君。
 彼は酷く狡猾で陰湿な性格だからねぇ〜。
 どうなるか今から楽しみだなあ」
「興味ねえな。それはそうと、ディムエルはどうするんだ?」
「ん? ああ、あれ? ボクはもう要らない。
 後は君の嫌いな智天使長に任せるよ。
 じゃあボクは用事があるからもう行くね。
 あ、そうそう・・・興味ないなんて、嘘は止めなよ。
 ミカエル君とボクは同類なんだから」
 アザゼルはにこにこと笑いながらドアの方へ歩いていく。
 ため息をつくとミカエルはそれを見送った。
 一人になった後で、彼は机の写真に視線を移す。
(違うなアザゼル。お前と俺は・・・同類なんかじゃねえ。
 ラファが俺を信じていてくれる限り、
 あいつの純粋さが俺をまともでいさせてくれる)
 そう考えながらも彼は一方で酷く不安も感じていた。
 何故なら、ミカエルを支えているのはそれだけでしかない。
 もしもラファエルの信頼を失ったとしたら。
 そう考えると口に出して違うとは言えなかった。
「なあラファ。俺は――――まだお前の傍に居ても、いいか?」
 独り言に答えを返す者はいない。
 呟きはただ静かな室内で、彼の孤独を深めるだけだった。

01月26日(火) PM18:55 晴れ
寮内・葉月の部屋

「あぁああぁあぁ〜〜〜〜っ」
 奇声を上げる紅音。原因は俺に他ならない。
 俺達はネクロノミコンというゲームをプレイしていた。
 その中で紅音は魔術師、葉月はナイトに扮している。
 意外性を狙って俺はアーチャーという職業を選んだ。
 アーチャーは弓矢を使う遠距離攻撃タイプの職業だ。
 しかし、それが大失敗の始まりだったらしい。
 援護射撃でレベルを上げようとする俺の意図とは逆に、
 紅音の魔術師目掛けて矢を放ってしまった。
 後頭部にグサッと刺さる弓矢。あ、クリティカルだ。
「うぅ〜・・・凪ちゃんにHP半分にされたぁ〜」
 どうやら後から攻撃するとダメージが二倍になるらしい。
 まだレベルの低い俺の一撃で紅音の魔術師は膝に来ていた。
 なんかキャラのグラフィックが凄く辛そうなものになる。
「ご、ごめん」
「もぉっ、後で回復アイテム奢りだよ〜」
「うん・・・本当にごめんね」
 このゲームと俺の相性は最悪みたいだ。
 攻撃すると大体が味方に直撃してしまう。
 混戦してる時なんかじゃ仕方ないかもしれないけど、
 俺がミスをするのはまず普通の戦闘だ。
 コマンド入力で相手を決められる魔法や技が羨ましい。
 早く俺のアーチャーもスキルを身に付けないと、
 レベル上げに協力してくれてる紅音達に申し訳なかった。
「まあ、初心者だから仕方ないですよ」
 少し困った顔で葉月がそうフォローしてくれる。
「駄目だよ〜葉月ちゃん。凪ちゃんを甘やかしたら」
 ぐぐ・・・紅音に言われるとなんか凄く悔しい。
 それにしても、俺と紅音の会話・・・なんか自然だな。
 今までギクシャクしてたのが嘘みたいだ。
 多分、こうやってゲームしてるからなんだろう。
 一年の頃に戻ったみたいでなんだか笑みが零れた。
 そこでふと窓を見ると外はすっかり暗くなっている。
 葉月の部屋にある時計はすでに十九時を指していた。
「ふぅ・・・そろそろ夕飯食べなきゃ」
「ですね。あ、凪さん、パソコン使うならまた言って下さい。
 って言ってもゲームくらいしかしてませんけど・・・」
「ん、じゃあ明日また来てもいいかな」
「解りました」
 ゲームくらい、と言ってもそれで充分だと思う。
 専門的な事をやるより本来の目的に添ってるだろうし。
 何より楽にアウトラインを掴めそうだ。
 俺は部屋へ戻ろうと席を立つ。
 すると恥ずかしそうな顔をして紅音が葉月に言った。
「あっ、葉月ちゃん・・・明日、私もまた来ていい?」
「え? でも紅音ちゃん、明日は本屋巡りするって」
「えとぉ〜、そんなに欲しくない本だったからいいの」
「あれ? 凄く欲しいって言ってなかったっけ?」
「そ、そのぉ、本屋さんがお休みなの思い出したんだあ」
「・・・そうなんだ。うん、わかった」
 明日も紅音と一緒にゲームか。
 やましい事はしてないけど、カシスに悪い気がした。
 今日の事だって微妙なラインだと思う。
 なのに、なんでなのかな。少しだけ、嬉しいんだ。
 また今日みたいに紅音と話せるのが嬉しい。
 敢えて言うならその気持ちがやましいんだろうな。
 怒られるの承知でカシスに言っておくか。
 あいつを怒らせるといつもみたく犯されそうで嫌だけど、
 こればっかりはカシスを心配させない為だ。

01月26日(火) PM19:06 晴れ
寮内・凪とカシスの部屋

 で。帰ってきたら理不尽にカシスの機嫌が悪い。
 俺の事をなんか醒めた目で見て見下していた。
 どういう事か自体がさっぱり把握できない。
「なあカシス、どうしたんだよ」
「別に私は普通なの」
 嘘つけ。おかえりの一言も無いなんて、初めてだ。
 飯も珍しく一人で済ませてきたらしい。
 カシスはふてくされた顔でベッドに座っていた。
 腕を組んだまま俺と顔を合わせようともしない。
「何かあったの?」
「あったのはそっちだよっ!」
 そっぽを向いていた顔をさらに逸らせてカシスは言った。
 俺に何かあったって、今日は別に何も無い。
 ただネットのゲームをやってたくらいで・・・って。
「もしかして、葉月の部屋での事を言ってるの?」
「別にっ! 凪が何処の馬の骨と何しようと、
 紅音と何しようと私には関係無いの!」
「・・・カシス」
「なに」
「なんで知ってるんだよ」
 沈黙。硬直。
「まさか私のプライバシーを覗いてたんじゃ・・・」
「うぁ・・・ま、まあ・・・今回だけは許してあげなくもないの」
 こいつ、間違いなく覗いてやがった。
 そうだよな。人づてに聞いたとかなら、
 ここまで怒るような理由が無い。
「あんたねえ、やっていい事と悪い事があるよ!」
「お、怒ってるのはこっちなの! 凪の浮気者!」
 その一言にカチーンと来た俺が、
 カシスに対して何かを言おうとした時。
 ふとカシスの肩が震えている事に気付いた。
「ちょ、ちょっと・・・泣いてるの?」
 幾らなんでもそれは反則だろ。
 そう思った瞬間、カシスは俺の胸に飛び込んできた。
 危なく体勢を崩しそうになるがなんとか踏ん張る。
 抱きとめたカシスの顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「凪は私だけ見てればいいのっ。他に目もくれちゃ駄目なの!
 じゃなきゃ私・・・不安で、心配で・・・嫌な女になっちゃうの」
 多分、他の子と一緒にいたくらいでこんな事は言わない。
 そこまでカシスは束縛の強い奴じゃなかった。
 紅音だからだ。相手が紅音だから心配なんだろう。
 俺の気持ちがまた紅音へ向いてしまうんじゃないか。
 そんな事を考えてるんだ。
「カシス、俺ってそんなに信用無いかな」
「・・・信用は自らの手で証明するものなの」
「は?」
「だから・・・その、証明して欲しいの」
 ぼそぼそと恥ずかしそうにカシスはそう呟く。
 どうにか諭そうと思ったトコにこのカウンターだ。
 こいつの言う証明。考えるまでもない。
 結局は俺達ってこれで仲直りするんだろうか。
 なんか駄目なカップルだ・・・。
 そう思いながらも、俺はカシスの服を脱がせていく。
 Yシャツのボタンを外し、スカートを下ろした。
 頬に触れてキスを交わすとブラのホックを外す。
 う〜ん。イマイチ証明としてはいつも通り過ぎるかな。
 そこで俺は思い立ってカシスの首筋にキスをする。
 首筋から胸へと下り、胸から腹部へと舌を這わせた。
「ふっ、くぅ・・・」
 甘い声が漏れる。さらに俺は腹部から太腿へ移行する。
 俺はカシスの身体にくまなくキスをしていった。
「凪のキスは、媚薬みたいなの・・・凄く気持ちいい」
「俺は・・・カシスだけだから。他の奴にはこんな事しない」
「恥ずかしい事言ってるよ、凪」
「じゃあ止めようか?」
「ううん。もっと言って欲しいの。嫌になるくらい聞かせて。
 私の事がどれだけ好きなのか聞かせて、なの」
 身体中にキスをした後、俺はもう一度カシスの唇にキスする。
 舌を絡めて、右手でカシスの頭部に優しく触れた。
 愛撫をするわけでもなく、ただ長い間唇を重ねる。
 恐らく今までカシスとした中で一番長い口づけだ。
 ゆっくり唇を離すと、お互いにじっと互いの顔を見つめる。
「勝手な事して、ごめんなさいなの」
「俺の方こそ・・・不安にさせて、ごめん。
 だけど、信じて。俺が今一番大切なのは、カシスなんだ」
 今一番大切――――か。
 そう言ってから俺は軽い嫌悪感を抱いた。
 いつか違う女の子に、俺はこんな事を言うのだろうか。
 紅音からカシスへ気持ちが移ったように、
 カシスからまた違う誰かへと――――。
 考えても仕方ないっていうのは解っていた。
 だから俺はカシスを抱きしめる。離れてしまわないように。

Chapter109へ続く