Back

黒の陽炎
−3rdSeason−

著作 早坂由紀夫

Bitter Sweet Creamhearts

Chapter110
「相容れぬ者たち」


01月27日(木) PM17:49 晴れ
白鳳学園・屋上

 この時期、学園の屋上へ足を運ぶものは少ない。
 風が強く吹きすさび冷たく来る者を拒み、
 閑散とした雰囲気がそれをいっそう加速させるからだ。
 故に、この場所へ来る者は大体が何らかの理由を持っている。
 冷たく厚い扉が風の抵抗を受けながらゆっくりと開けられた。
 現れたのは白鳳学園の制服に身を包んだ一人の男子生徒だ。
 彼の登場に屋上から街を見下ろしていた男が身を翻らせる。
「久しぶりだな・・・ラファエル」
「なんか他人行儀だなあ。ラファでいいよ、うりっち」
「別にラファと呼ぶのは構わないさ。
 だがな、もう子供じゃないんだからうりっちは止してくれ」
「えぇ〜? 別に良いと思うけどなあ・・・」
 不満顔でラファエルはウリエルの隣へと歩いていった。
 屋上へと吹き上げる風が二人の髪を揺らす。
「うりっちと現象世界で会うのって久しぶりだよね〜」
「ルシファーとの前哨戦争以来になる、か」
「あれからだなあ、がーちゃんがいなくなったのって。
 みっき〜が現象世界に行くって話を聞いてただけで、
 誰にも何も言わず何時の間にか行っちゃったんだよね」
「そうだな」
「寂しいなあ。何処で何してるんだろ」
「私は別に・・・寂しくなんてないが」
「またまた〜、うりっちだって寂しいくせに」
「さ、寂しくなんてないと言っているだろうっ。
 それよりも、お前はミカエルをどう思っている?」
「え?」
「いつからか解らないが、あいつは変わった気がする。
 まるで何かに抗おうとする風な・・・気にならないか?」
 ウリエルの疑問にラファエルは黙って空を眺める。
「・・・気になるよ。みっき〜は何かをしようとしてる。
 僕達にも内緒でなければならないような、何かを。
 でも、それがなんだとしても僕はみっき〜を信じるよ」
「ラファ・・・」
「だってさ、僕達は友達なんだから」
「ふっ・・・お前は本当に強くなったな。
 やはりガブリエルと出会ったから、か」
 幼い頃のラファエルを思い出しウリエルは口元を緩ませた。
 不思議と性格が大きく変わったとは思えない。
 彼がより自分らしくいられるように変わったからだろう。
 そうラファエルを成長させたのがガブリエルだ。
「ところで、先程からこちらを見ているのはお前の友人か?」
「ううん。転校生だけど・・・ただの人間じゃ、なさそうだね」
 二人が振り返ると屋上の入り口には一人の男が立っている。
 普段の明るい態度とは異なり、鋭い視線で二人を睨んでいた。
 いや、正確には二人ではない。
 その視線はウリエル一人に注がれている。
「お前が現象世界に下りてきていると聞いて、
 わざわざ・・・やってきた甲斐があった」
「ベルゼーブブ――――」
 張り詰めた表情でウリエルはその名を口にした。
 瞬間的にお互いは臨戦体制を取り強く睨み合う。
 さすがのラファエルも場の空気に黙ってベルゼーブブを見た。
「前に殺しあったのは・・・もう、随分昔になるか」
 普段無口なベルゼーブブが珍しく雄弁に語る。
 それも仕方の無いことではあった。
 彼はウリエルに言うべきことが腐るほどある。
 全て、恨みや憎しみの言葉だ。
「俺と貴様の因縁も此処辺りで終わらせたいものだ」
「同感だな。私とてお前と長い付き合いをする気はない」
 ウリエルは脇に差してある剣に手をかける。
 その仕草にラファエルが驚きの表情を見せた。
「まさか此処でフィルフォークを使う気なの?」
 黄昏の八神剣の一つ、大地の剣フィルフォーク。
 装飾は少なく大きく無骨な形をしている。
 天使が具現する力を吸収して力場を発生させる剣だ。
 四大天使が手にすれば恐ろしい力を生み出す。
 さながら兵器と呼べるほどの強力な武器だ。
 フィルフォークを現象世界で使用するということは、
 大きな天変地異を覚悟する必要さえある。
 そんな剣を此処で使うウリエルの真意が解らなかった。
「ラファ、奴を見てみろ」
 言われてラファエルはベルゼーブブの方を見る。
 彼も何処からか鞘に納められた剣を手にしていた。
「あれは――――ハーディ・エイミス」
 剣を抜かずともラファエルほどの天使なら感覚でわかる。
 ハーディ・エイミス。これも黄昏の八神剣の一つだ。
 悪魔によって奪われた剣の一つに数えられる。
 形状はごく普通の長剣ではあるが、ミカエルの持つ
 レーヴァテインと双璧をなす力を持った炎の神剣だ。
「どうやら本気で雌雄を決する気らしいな」
「だ、駄目だようりっち!
 こんな所で二つの神剣がぶつかり合ったら・・・」
 最悪な事にウリエルとベルゼーブブの力は拮抗している。
 つまり簡単に決着が付く可能性は低かった。
 そうなればすぐに学園など吹き飛んでしまうだろう。
 それほどの力が二人とその神剣にはあった。
「人間のことなど構っていては悪魔は倒せない。
 すまないがラファエル、わかってくれ」
「そんなっ・・・」
「貴様は相変わらず憎むべき男だな、ウリエル。
 命を軽視して何が天使だ・・・笑わせるな!」
 瞬間、剣を抜いたベルゼーブブがウリエルに襲い掛かった。
 不意をつかれたウリエルだが鮮やかに彼の剣を鞘で受ける。
 せり合いの状態のままウリエルはベルゼーブブに語りかけた。
「どれだけ言葉を重ねようと貴様は悪、私は正義だ」
 ウリエルは鞘でベルゼーブブの剣を受けながら、
 素早く剣を鞘から引き抜いた。
 彼の意図に気付いたベルゼーブブはすかさず後ろに下がる。
 入れ替わりでフィルフォークが彼の眼前を一閃した。
 打突に備えるウリエルだがベルゼーブブはさらに後退する。
 一定の間を取ると彼は奇妙な行動に出た。
「炎を見る者、炎を灯す者、等しく青ざめた死をもたらす者。
 パッリダ・モルス・アエクォー・プルサト・ペデ・
 パウベルム・タベルナース・レグムクェ・トゥッリース」
 剣を鞘に収めベルゼーブブはまじないの様な言葉を唱える。
 すると鞘から冷気と共に青白い光が零れだした。
 始めて見る光景にウリエルの表情は警戒の色に染まる。
 ゆっくりと鞘から放たれたハーディ・エイミスは、
 その身に凍えるような青い炎を纏っていた。
「これは貴様を裁く炎だ、ウリエル。
 このイスラの炎が・・・貴様を断罪する」
「イスラ――――だと?」
 その単語を聞いたウリエルは、戸惑ったような顔を見せる。
 ベルゼーブブはそこに生まれた一瞬の隙を見逃さなかった。
 瞬きする間に間合いを詰めると彼は剣を斜めに振り上げる。
 上体を逸らしてウリエルはそれをすんでのところでかわした。
 すぐに身体ごと後ろへと下がるウリエルだが、
 それをベルゼーブブの剣、ハーディ・エイミスが追撃する。
 剣の周りを炎が螺旋状に旋回し、風が激しく流れ始めた。
 あたかも小型の竜巻が剣を中心に回っているかのように。
「くっ・・・」
 剣と剣のぶつかり合う甲高い音が響く。
 ウリエルがハーディ・エイミスをフィルフォークで受けたのだ。
 力では互角に見えた鍔迫り合いだが、
 何故かウリエルは剣を引いて大きく後退する。
「う、うりっち、それは・・・!」
 フィルフォークの刀身を見てラファエルは驚かされた。
 本来なら神剣は錆びることはなく、
 外気に影響を受けることも無い。
 それだというのに、剣の刃は一部凍っていたのだ。
「やはり、ただの炎ではないようだな。
 恐らくは絶対零度に近い温度で燃える炎か」
 炎が具現されたものであるのは間違いない。
 ハーディ・エイミスの刀身が凍っていないからだ。
 つまり物理法則に従わないイメージの炎と言える。
 だからこそウリエルは異常だと感じ始めていた。
(いくら神剣の力を加算しているとはいえ、
 こうもでたらめな具現が可能だというのか?)
 極端な話、具現に必要なのはイメージだけに過ぎない。
 だが確かなイメージを想像する為には、
 あるレベルの経験というリアリティが必要だ。
 冷たい炎というイメージは果たして可能なのか。
 普通なら先入観が邪魔をしてあやふやになるはずだ。
 ウリエルの疑問を打ち切る形でベルゼーブブが口を開く。
「・・・お前は、自らの正義で戦っていない。
 周りに流され天使という神輿を担いでいるだけだ。
 本当はそれが奉られるべきかも知らずにな」
「悪魔が何を言っても戯言に過ぎない」
「盟主であるルシファーが何故、悪魔を束ねる魔王なのか。
 それを知る者はごく僅かだ・・・が、知ろうとする者も、
 数えるには少なすぎる。お前はどうだ?」
「私はルシファーのことなど今更知りたくはない。
 私たち四大天使を裏切った奴のことなど」
「・・・だから、貴様の無知は罪なんだよ」
 ベルゼーブブは剣を高く掲げその瞳を静かに閉じた。
 剣の周囲に生まれた竜巻は勢いを強め、
 遂には彼の身体さえ覆い尽くしていく。
 轟音を上げる竜巻にウリエルは焦りを隠せなかった。
「今すぐに此処から離れろ、ラファ。
 次の一撃は、この学園を吹き飛ばしかねない」
「駄目だよ。あれを防がなきゃ、酷い被害が出る」
「ラファ!」
 ウリエルは語気を強めてラファエルを急かす。
 それに対し、彼は目を閉じると大きな声を上げた。
「必要な犠牲なんて、そんなものは無いよ!」
 二の句を継げずにウリエルは黙ってしまう。
 そんな彼をラファエルはそっと目を開けて微笑んだ。
「だって、僕らは天使なんだから」
「――――その通りですよ」
 不意に誰かがそう呟く。
 それはベルゼーブブのさらに背後からだ。
 屋上の入り口には長身に眼鏡をかけたスーツ姿の男と、
 制服を着た学園の生徒と思われる男子の姿がある。
 二人は冷静な顔で、ウリエルとベルゼーブブを見ていた。
「この学園で揉め事は困りますよ。
 何せ、私は教師で彼は生徒なワケですから」
「アシュタロスの言う通りだ。俺様の名において止めろ。
 凪が怪我でもしたらどうしてくれるんだ、コラ」
 突然現れた二人に興を殺がれたのか。
 ベルゼーブブは剣を鞘に収める。
 するとその瞬間に青白い炎も消えてしまった。
「・・・ガープとアシュタロスか。
 そうだな、どうやらお前たちに迷惑をかけたようだ」
「貴様、逃げるつもりか」
 鋭い視線でウリエルがベルゼーブブを睨みつける。
 それをベルゼーブブは一笑に伏した。
「安心しろ、俺は貴様を許すつもりは無い。
 だが友人の迷惑を顧みないような屑に堕するつもりもない」
 彼の言葉にガープは笑いながら親指を立てた。
「ナイスだぜ、ベルゼー。今度、お前の技に名前を付けてやる」
「フッ・・・楽しみにしておく」
 ガープの肩をぽんと叩くとベルゼーブブは屋上を去っていく。
 黒澤はそのやり取りを見て、同情を禁じえなかった。
(まあセンスの良し悪しは人それぞれですが・・・ねぇ)
 残されたウリエルは剣を鞘に収めると、
 今度は黒澤たちを睨みつける。
「おやおや、今度は私たちと闘うつもりですか?」
「別にそれでも構わないがな」
 ため息をつくと黒澤は眼鏡をそっと手で動かした。
 馬鹿にしたような彼の仕草はウリエルをいっそう苛立たせる。
 剣を再び抜こうとする彼だがその前にガープが言った。
「おい、アシュタロス。そんな暇はねぇだろ?
 後で俺とゲームする約束じゃねーか」
「そうですね。ラファエル君、すみませんが後は頼みましたよ」
「わかった。ありがとう、黒澤先生にガープ君」
「礼はいらねえ。ただ、凪とベタベタするなよ?」
「解ってるよ〜」

01月27日(木) PM18:20 晴れ
白鳳学園・屋上

 黒澤たちが去った後でウリエルは屋上の金網を叩く。
 怒りの捌け口が他に見つからなかったのだろう。
 それを見てラファエルは困ったように笑うしかなかった。
「・・・私は、間違ってなどいない。
 人間の命より、悪魔の殲滅が優先されて然るべきなのだ。
 悪魔が減ればそれだけ人間の犠牲だって減る。
 何故、目先の問題に気を取られなければならないのだ!」
「うりっち・・・人間の命は数じゃないよ。
 命より優先するものなんて、この世界には無いんだ」
「お前の言いたいことは解るさ。命は確かに大事だろう。
 だがお前が言っているのはただの理想論だ。
 皆を救おうとすれば、必ず誰かが犠牲になる。
 それならば・・・犠牲は少ない方がいい」
「けど、僕は目の前の人を犠牲になんて出来ないよ」
 決定的な考え方の違い。
 それは二人の間に見えない溝を作り始めていた。
 風は溝へと入り込むように冷たく吹きすさぶ。
 とうに陽は暮れ闇が辺りを包んでいた。
 はっきりとお互いの顔を視認する事もできないほどに。
「じゃあ、僕はそろそろ寮に戻るね」
 そう口にするラファエルの顔は優しく微笑んでいる。
 ウリエルのほうは何処かバツの悪そうな顔だった。
「ああ。ラファ・・・その、今日はあれだったが、
 私はお前と久しぶりに話せてよかったと思ってる」
「・・・うん。僕も」
 四大天使はそれぞれが違う仕事で動いているため、
 ちゃんと話し合う機会はそう多くはない。
 故に時間を取って話をすることは意外と重要だ。
 気持ちと言うものはすぐにすれ違い離れてしまうのだから。
 屋上の扉を開け、階段を下りていくラファエル。
 彼の姿が見えなくなった後も、
 しばらくの間ウリエルはその扉をじっと見つめる。

01月27日(木) PM18:27 晴れ
ネクロノミコン・ハプストンの古城

 その頃、葉月たちはPKに追われて走っていた。
 闘おうと考えた葉月だったが、まず敵うわけが無い。
 少し様子見した後で三人は逃げ回ることにしたのだ。
 なにしろ凪のレベルが最大の問題点となっている。
 PKの攻撃を受ければ一撃で死にかねない弱さでは、
 まともに闘うことさえも難しいのだ。
「ど、どうしよぉっ・・・落ち着かなきゃっ。
 安心してね、凪ちゃん! PKが私なんか食べ放題だよっ」
「・・・慌てすぎだよ紅音。ほら、深呼吸して」
「うんっ。すぅ〜〜っ、すぅ〜〜〜っ」
「紅音、酸素を吸いっ放しだよ。吐かなきゃ」
「あ、そっか。こおぉ〜〜〜っ」
 奇妙な息の吐き方をする紅音に狼狽しながら、
 凪たちのキャラはどうにかPKとの距離をあけていく。
 進む先には城の入り口である大きな扉が見えていた。
 迷わず彼らはアッシュを筆頭に城内へと駆け込む。
 古城と呼ばれるだけあって内部は退廃したデザインだ。
 ところどころ壁は崩れ、絨毯は破れ傷付いている。
「ここまで来るのは初めてだね、葉月ちゃん」
「・・・確かに、城内まで来たのは初めてかも」
 ひとまず三人は適当な部屋へと足を進め、
 壊れかけた扉を開けて中に入っていった。
 画面が暗転し、室内の画像が表示される。
 その部屋には壁一面に文字が書かれていた。
「これって、何かの情報・・・かしら」
 葉月はアッシュを動かし壁面へと触れさせる。
 するとメッセージウインドウが表示され、
 いつもとは違うフォントで文字が現れた。

 ――――創造の書。セフェール・イエツィラーと呼称するもの。
 その封印は絶対なる数字、十によって護られる。
 九でなく、十一でもなく十である。
 グリモアの封印を解くのは基盤となる数二十二のうち、
 風と火と水を示す三つの母字。
 それらを組み合わせ、動かざるエメトの前で唱えよ。

 壁に書かれた文字は創造の書について書かれている。
 それが重要な情報であることは誰の目にも明らかだった。
 思わぬイベントに驚く凪たちだが、同時に困惑してしまう。
「ぜ、全然意味が解らない・・・葉月はわかる?」
「いえ・・・なんでしょうね、エメトって」
 首を傾げる凪と葉月。
 PKのことも忘れてメッセージの意味を考え始めた。
 創造の書を手に入れる方法が書かれているのは解る。
 しかしどういうヒントなのかが二人にはさっぱりだ。
 うんうんと唸り始める二人を他所に、
 一人紅音だけはそわそわしながら画面を見ている。
「凪ちゃん、葉月ちゃん。他の部屋とかも調べてみようよっ」
「え?」
 紅音の提案は最もだ。とはいえ、闇雲にという顔ではない。
 何処か確信に満ちた顔で紅音はディスプレイを見ていた。
「私・・・創造の書があるところ、なんとなく解ったかもしれない」
「本当にっ?」
 意外な紅音の言葉に葉月が驚嘆の声を上げる。
 驚いているのは凪も同じだった。
 謎かけの様な壁の文字から紅音は何かを読み取ったのだろう。
 彼女はチャッキーを扉の前まで移動させた。
「まず、数字の十に関係あるモノを探してみようよっ。
 それが多分手掛かりだと思うんだ」
「十に関係ある、モノ」
 何気なく凪はそう呟いてみる。
 それはあまりに抽象的な言葉だった。
 凪も葉月も何を探せばいいのかいまいち想像がつかない。
「・・・とりあえず色々探してみよっか」
「そうですね」
 逡巡したのち、二人は考えるより行動することを選んだ。
 PKという不安要素はあるが、この部屋にいても仕方がない。
 それに葉月からすれば創造の書はやはり魅力的だった。
 三人は部屋を出て城内の探索を始める。

01月27日(木) PM18:43 晴れ
ネクロノミコン・ハプストンの古城内一階・書庫

 壁に文字が書かれた部屋の隣には書庫があった。
 幾つかの本棚が倒れ、多くの本が散乱している。
 辺りにモンスターの気配は無く、室内は閑散としていた。
 手分けして三人は室内に何か情報がないか探し始める。
 無論、ゲーム内なのでクリックして調べるだけのことだ。
「チャッキー、この本棚メッセージが出るみたい」
 壁際に置かれた本棚の近くで、葉月がメッセージを送る。
 すぐに紅音は本棚の前へとチャッキーを移動させた。
 周りと比べ小さな本棚を紅音はマウスでクリックする。

 アドナイは全てのものを基盤となる数字、
 二十二を組み合わせてお造りになった。
 その数は三と七と十二を合わせたものである。
 十は球を指し、二十二は経路を指す。

 ウィンドウ画面の文字は先程と同様にフォントが変わっていた。
 情報が同系列のものだと示しているのだろう。
「多分、この部屋にある情報はこれだけだよ」
「そうだね」
 あらかた部屋を探し終えた葉月と凪はそう言った。
 二人のキャラクターはチャッキーの隣に集まってくる。
 すると紅音は少し考える素振りを見せて凪と葉月に言った。
「う〜ん。じゃあ二階に言ってみよっ。
 封印を解く方法はもうわかったから」

01月27日(木) PM18:52 晴れ
ネクロノミコン・ヘプタメロン神殿

 先程凪たちを襲った男性ダークマージは、
 ヘプタメロン神殿にてベリアスと合流していた。
 他の仲間たちの姿はない。二人だけで神殿内を歩いていく。
「危険を冒してまで悪魔を召喚した甲斐があったわ」
「リベサル、か。随分上位の悪魔が手を貸してくれたもんだよ」
 普通ならば身体を乗っ取られてお仕舞いだ。
 上手く交渉出来たのは大袈裟ではなく奇跡に近い。
「何匹か逃がしたけど、かなりの数を狩れたわね」
「ああ。やっぱりネットだと抵抗が少なくていいな。
 現実で人殺すとしたら、こんな平然と出来ないぜ」
 二人の会話はオフラインにおけるものと相違ないものだ。
 それもそのはず、彼ら二人はオフラインで面識がある。
「ところでノーゲル。貴方、最後の三匹わざと逃がしたでしょ」
「バレたか。実はあいつらの中に知ってる奴を見つけてな」
 さりげなく男性ダークマージのノーゲルはそう告げた。
 少し呆気に取られながらベリアスは返信を打ち込む。
「・・・知ってるって、どうして解ったのよ」
「名前が同じだったからもしかしたらと思ってね。
 そいつのパソコンをハッキングしてデータ解析したんだよ」
「へぇ。それにしても・・・知り合いだから躊躇するなんて、
 貴方も人間らしいところがあるじゃない」
 そうベリアスが打ち込んだあと、
 数分の間が空いて答えが返ってきた。
「ふ、ふふっ・・・だって相手は姉貴だぜ?
 幾らなんでも殺せねぇよ」

Chapter111へ続く