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黒の陽炎
−3rdSeason−

著作 早坂由紀夫

Blue eye's Heritage

Chapter85
聖夜の儀式(T)


12月24日(木) AM07:32 曇り
寮内・凪の部屋

 雲が流れていくのが解る程、風の強い日だった。
 とはいえ空は厚い雲に覆われ始めている。
 どれだけ流れて行ってもそれは終わりのない曇りだ。
 気温は確かな肌寒さを感じる一桁台。
 掛け布団さえも人の温もり無しには凍えてしまう。
 太陽が見えていないせいか辺りは朝にしては暗かった。
 その所為なのか皆どこかやる気が起きない。
 真白も眠気が残る身体を凪にすり寄せようとしていた。
 目を閉じたままで凪に抱きつく。
 だが彼女は不思議な事に気が付いた。
 自分が抱きついた相手は、それほど長い髪ではない。
 ぼやける瞳で起きあがって確かめてみた。
 するとそこには何故かカシスが居る。
 しかも、昨夜の真白のポジションで寝ていた。
「なな、何してるんですかっ」
「ん・・・五月蠅い」
 がばっと起きてそう言うと、カシスは再び寝てしまう。
 その表情はどことなく幸せそうだった。
 頭に来た真白はカシスをくすぐる事にする。
 脇の少し下辺りに手を這わせてぎゅっと触った。
「ひゃうっ!?」
 カシスはびくっとして脇を絞める。
「ここは私の特等席ですっ」
「泥棒ネコ」
「なっ・・・なんですってぇ!?」
 まるで遠慮を知らないカシスの発言に真白がキレた。
 確かに恋人としてカシスの意見は見当違いではない。
 それを真白が知らないだけだ。
 二人は起きがけにもかかわらず、
 ポカポカと叩き合いを始める。
 その所為で凪は目を覚ました。
 目を覚ました彼は二人の喧嘩を傍目に見る。
 普段大人しい真白がカシスの頬を引っ張っていた。
 カシスも負けずに真白の頬を引っ張っている。
(うわ、これじゃ起きれないよ・・・)
 ひとまず凪は起きなかった事にして目を閉じた。

12月24日(木) AM07:55 曇り
寮内・凪の部屋

 凪がもう一度目を開けた時、そこには相変わらず
 喧嘩をしながら支度をする二人の姿がある。
 軽い眩暈を覚えながら凪は仕方なく目を覚ました。
「おはよ・・・」
「おはようございますっ、凪さん!」
「おはようなの、凪!」
 物凄い勢いで二人が凪に挨拶をしてくる。
 思わず凪は掛け布団を掴んで後ずさってしまっていた。
 それが原因でまた二人が喧嘩を始める。
 凪はその間にこそこそと着替える事にした。
 チェックのスカートを履き、上着を着る。
 さらに寒いのでカシスの黒いニーソックスを拝借した。
 冬に入ってから何度か借りているので、
 すでに凪の中で抵抗は薄れ始めている。
 大体にしてニーソックスを薦めたのはカシスだった。
(・・・今更だけど、これが似合うってのも嫌だな)
 他にもカシスは実に様々なニーソックスを持っている。
 その中で凪は白と青のボーダーだけは履きたくなかった。
(こんな可愛いのを履いてたまるか・・・)
 そんな事を心に誓いつつ、
 凪は黒のニーソックスに足を通す。
 着替え終わった自分の姿を凪は鏡で確認してみた。
(なんか、俺・・・女だ)
 自分の変わり果てた姿、というより
 いつも通りの姿を見てがっくりと肩を落とす。
 それでも日々の惰性で髪を整え、準備を済ませていた。
 いつの間にかカシスも着替えている。
 真白も時間の事を考え自分の部屋へ帰る事にした。
「良いですかカシスさん、
 凪さんに変なコトしたら承知しませんからっ!」
「変な事ってなんなの? 具体的に言って欲しいの」
「ぐぐぐ・・・」
 むすっとした顔をしながら真白は部屋を出ていく。
 彼女が居なくなると遠慮無くカシスは凪に抱きついた。
 首筋に腕を絡みつけてぎゅっとする。
「ちょっとカシス・・・」
「凪、真白って面白い奴なの」
 少しだけ嬉しそうな顔で、カシスは微笑んだ。
 目を細めて口元を綻ばせる。
 それを見て凪は思った。
(真白ちゃんとカシスって意外と相性良いのか?)
 彼女は凪から離れると、くるっと回って鞄を手に取る。
「それにしても、いい加減
 私達の関係を隠すのはたるくなってきたの」
「は、はは・・・」
 笑いながらも凪としては真面目な問題ではあった。
 なんとなく真白に隠してしまっているカシスとの事。
 いつか話そうと思っている内に、
 伸ばし伸ばしになっている。
 少なからず真白に好意を持たれているのは知っていた。
 あれだけアプローチを受ければ当然ではある。
 だからカシスから話が伝わるのだけは避けたかった。
 凪は自分の口から話すべきだと考えていたからだ。
「話す時は私から話すから。良い?」
「・・・解ったの」
 そう言いながらカシスは妙に澄ましている。
 何を考えているのか解らない表情だった。

12月24日(木) AM08:16 曇り
2−3教室内

 昨日の夜は良い感じだったと思う。
 上手くすれば、間違いが起こってもおかしくなかった。
 でも私が全然余裕無かった所為だろう。
 あまりえっちな雰囲気にはならなかった。
 朝起きたら隣にカシスさんがいて邪魔するし。
 生まれて初めて誰かとあんなに喧嘩した気がする。
 ほっぺた、まだ痛い。
 そういえば今日は12月24日だ。
 クリスマス・イヴで、吸血鬼の島へ行く日でもある。
 凪さんと二人旅というわけだ。
「ふふ、ふふふふふ〜」
 口元が自然と綻んでしまう。
 変な子だと思われちゃうけど、仕方なかった。
 皆と旅行に行くのとはワケが違うのです。
 二人で旅行というのは、イコールで繋いで恋人。
 そう考えてもおかしくはないのだ。
 少しだけ楽しみではある。
 ただ、目的を考えるとそれは違う気もした。
 私は何か自分のルーツみたいな物を探しに行く。
 そんな気がするから。

12月24日(木) PM19:06 雨
寮内・エントランス

 折角のイヴが雨になってしまった。
 3時間程前から降り始めて、止む気配はない。
 なんだか幸先の悪い天気だなぁ。
 私はエントランスで荷物を持ってベンチに座っていた。
 荷物の中身は二日分の衣類と、色々なもの。
 クリスマスにディナーがあるなら二日分必要なはずだ。
 念のためにブラとパンツは新品です。
 今日は終業式だったせいか、少し浮き足立ってるかな。
 ううん。備えあれば憂いなしだ。
 ただ、さすがにいざという時の備えは買えなかった。
 あんなの買ったら、えっちな子だと思われる。
 そこまでの勇気は私には無かった。
 まあ凪さんとだったら・・・って、私って奴は!
 物凄い妄想が頭の中に浮かんでくる。
 頭をガシガシと振って妄想をうち消した。
 外はまだ雨が降ってる。
 暗闇の中でそれは音を立てて激しく降っていた。
 風の具合で窓ガラスにパチパチと雨が当たる。
 凪さんがここに来るのは19時30分だ。
 何故か私は30分も早く来ちゃってる。
 そんな時、目の前を紅音さんが通った。
「紅音さん」
「あっ、真白ちゃんだ〜」
 こちらに気付くと彼女は満面の笑みで歩いてくる。
 紅音さんと会うのも久しぶりだ。
 そういえば二年生になってから、
 以前のメンバーで集まった事は殆どないなぁ。
 皆が皆、新しいクラスと友達で手一杯みたいだった。
 仕方ないのは解るけど少し悲しい気もする。
 見てみると彼女は手に本を持っていた。
 本のカバーは少し濡れている。
「その本、今買ってきたんですか?」
「うん。苦労したんだよ、これ見つけるの」
「なんなんですか、その本」
「影の書」
「かげの、書?」
 私はその時に彼女の趣味の事を思い出す。
 けど時はすでに遅かった。
 紅音さんは目を輝かせて説明を始める。
「ウィッチクラフトの奥義を記したグリモアなんだ〜。
 あの有名なガードナーもこれを参考にしたんだよっ。
 まあ、これは写本だから正確には違うんだけどね〜」
「うぃ・・・ウィッチクラフト?」
「あ、ウィッチクラフトは魔女術の事だよ」
「は・・・はぁ」
 全く言っている事が解らなかった。
 有名なガードナーも、って言われても知らないし。
 一般的な有名人ではないんだろう。
 大体にしてグリモアってなんですか?
 とりあえず微笑む事くらいしかできない。
 そんな話をする紅音さんは実に生き生きとしていた。
 紅音さんには悪いけど、私としては話題を変えたい。
 丁度良いので私は凪さんとの事を聞こうとした。
「そういえば、前から思ってたんですけど、
 紅音さんと凪さんって何かあったんですか?」
 直後の紅音さんの表情を見て、
 私は自分が迂闊だった事に気付く。
 彼女の笑顔は硬くぎこちないものに変わっていた。
 動揺しているのがよく解る。
「べ、別に何も無いよ〜。
 クラスも部屋も変わっちゃったから、
 最近会ってないだけで・・・仲良いもん」
 そう言いながら彼女の表情はどんどん暗くなっていた。
 最後の方なんか声が小さくてよく聞こえない。
 凄く複雑な事情がありそうだ。
 もしかして、凪さんの性別がバレたとか?
 だったら私には話してくれても良いのに。
 あ、私が凪さんの性別を知ってる事は知らないのか。
 言っちゃおうかなぁ。
 そうしたら紅音さんの相談には乗れるかも。
 でも性別の事を知らなかったらまずい。
 それで二人が上手くいったりしたら実にまずいよ。
 よしっ・・・余計な事は言わないでおこう。うん。
「真白ちゃんと、紅音?」
 右側からそんな声がして、私は声の方を向いた。
 そこには凪さんとカシスさんがいる。
「あ・・・凪、ちゃん」
 凪さんと紅音さんはお互いを見て、
 凄く気まずそうな顔をした。
 お互いに何か言おうとして何も言えないでいる。
「げ・・・元気だった?」
「えと、げ、元気だよ」
 ベタな会話な後で二人は黙ってしまった。
 話の種が尽きたらしい。
 端から見てると、すんごくラブコメっぽくて嫌だ。
 その様子を見て私より先にカシスさんが反応する。
 反応するっていうか、いきなり凪さんに抱きついた。
「わ、わあ!?」
 困った顔で凪さんはカシスさんを振り解こうとする。
 苦笑いしながら、結構本気で。
 けれどカシスさんも負けずに離れようとしなかった。
「・・・わたし、もう行くね」
 凪さんの方を見ないようにして、
 紅音さんは私にそう言う。
 それはまるで逃げ出すみたいな感じだった。
「あ、紅音っ」
 歩き出そうとした紅音さんを凪さんが止める。
 ゆっくりと彼女は振り返った。
「なに?」
「えあ、その・・・なんでもない」
「うん。それじゃね」
 静かに微笑むと紅音さんは歩いていく。
 凪さんを前にした彼女の様子は今まで以上に変だった。
 カシスさんの所為なのかなぁ。
 私は紅音さんに手を振ってみた。
 彼女はこちらを一度も振り返らずに去っていく。
 事情が解らない私は呆然とするしかなかった。
 紅音さんの凪さんへの態度って、明らかに前とは違う。
 幾ら同性として凪さんの事が好きだと言っても、
 カシスさんが抱きついたくらいであんな顔するだろうか。
 そんな事を考えながら私はふと足下に目がいった。
 何故かカシスさんは荷物を持ってきている。
「どうしたんですか、それ」
「私もディナーに付いていくの」
「えっ?」
 とんでもない事をカシスさんが言いだした。
 それを聞いた凪さんは困ったように笑っている。
「きっとカシスもいた方が、心強いよ」
「・・・」
 凪さんって、全然女心が解ってない。

12月24日(木) PM19:42 雨
学園前・校門

 私達は三人で学園の校門まで歩いてきた。
 傘を差す手は少しかじかんでいる。
 終わりがないように思える程雨は勢いを増していた。
 凪さんにはさっきからカシスさんがべったりしてる。
 これじゃ当初の妄想、もとい予想と大違いだ。
 なんだか目的の一つが早速消えたような感じ。
 そうやって私が落ち込んでいると、
 校門の所にあの二人がやってきた。
 ルガトさんとベバルランさんだ。
 二人は傘を差していないけれど濡れていない。
 吸血鬼ってこんな便利な事も出来るんだ。
「答えを聞きに来たのだが、随分と人数が多いですな」
「・・・私達もその島に行こうと思ってね」
 凪さんがルガトさんにそう言う。
 彼はにやりと笑ってふんふんと肯いた。
「構いませんよ。ただ我々の島に人間がねぇ。
 どうなっても責任は持てませんが、それで宜しければ」
 その意図する所に気付いて凪さんの顔は青ざめていく。
「ふん、私と凪に何かしようとしたらブチ殺すの」
 あざけるようにカシスさんはそう言った。
 彼女は悪魔だもんね。
 確かに心強いかもしれない。
 それからルガトさんは私の方を見た。
「して貴方は如何致します?
 まだ答えをお聞きしていませんでしたが」
「・・・行きます」
 はっきりと強い口調で私は言う。
 自分で決めた事だもん、土壇場で悩んだりはしない。
 そんな私にベバルランさんが近づいてきた。
「本当に、来るのか」
「はい」
 目を閉じると彼は少し悲しそうな顔をする。
 なんだろ。
 私をディナーに誘いに来たのに、
 来て欲しくないのだろうか。
「あの」
 ふと昨日の事を思い出して、私は彼に質問する事にした。
 彼は私よりも遠くを見るような目でこっちを見てる。
「転生前の私と貴方、何か関係あるって言ってましたよね」
 どうしてだかその事が無性に気になっていた。
 何か触れてはいけない感情に触れてる気もする。
 それは、私の感情なのか。それとも彼の感情なのか。
 ベバルランさんは静かに口を開いた。
「大した関係はない。気にするな」
「・・・でも」
「お前は今を生きているのだろう。
 無用な過去の事など思い出す必要はない」
 大した関係はないという感じじゃなかった。
 けど私はそれ以上聞く気を殺がれてしまう。
 今を生きているなら必要ない。
 それは確かだと思ったから。
 ううん、彼の言葉だからそう思えた。
 なんで彼の言葉は私の中に素直に入ってくるんだろう。
 転生前の私にとって彼は信じられる人だった?
 信用のおける吸血鬼だったのかな。
「さて、では行きましょうか」
 ルガトさんはそう言って何処かへと消えていった。
 どうやら車を出しに行ったらしい。
 凪さんとカシスさんはベバルランさんをじっと見ていた。
 その瞳は彼を疑うような鋭い眼差しだ。
 なんだか誤解してる?
「あの人は・・・いい人だと思いますよ」
「え?」
「なんとなくですけど」
 何を言っちゃってるんだろうか。
 その意見が意外だったらしく、
 凪さんは考え始めてしまった。
 カシスさんは私の発言を違う方にとってしまう。
「ふ〜ん。真白はああいうのがタイプらしいの、凪」
「え!? ち、違いますっ!」
 速攻で彼女の発言に反論した。
 凪さんに変な誤解をされたくない。
 そうやっていると、ルガトさんが車に乗ってやってきた。

12月24日(木) PM19:58 雨
車中

 私達は荷物をトランクに入れると後部座席に座る。
 カシスさんは真ん中に座っていた。
 明らかに私と凪さんの間を阻もうとしている。
 ベバルランさんは助手席に座っていた。
 運転はルガトさんがしている。
 それにしても、ディナーってどういうものなんだろう。
 重要な事なのに何も聞いてなかった。
 吸血という行為の事も聞いてみたい。
 私にはあの衝動を抑える自信なんて無かった。
 きっと昨日みたいな状況になったら誰かを襲うだろう。
 その事を考えると、私は絶望するしかなかった。
 自分が吸血鬼だという確固たる事実がそこにはある。
 血を吸うという行為。
 それがいつか、当たり前になるのだろうか。
 色んな事をベバルランさんに質問したかった。
「ベバルランさん・・・」
 そう私が彼を呼ぶと、彼はゆっくりと首を動かす。
 少し不機嫌そうな顔でベバルランさんは言った。
「ベバルで構わない」
「・・・ベバル、さん」
 私がそう呼ぶと彼は薄く微笑む。
「変わらないな」
「え?」
 何か言ったように聞こえたけど、
 小声で聞き取れなかった。
 なんだか気になるなぁ。
 聞いた所で話してくれない気はしていた。
 さっきの話だってはぐらかされちゃったし。
 仕方ないので考えていた疑問をぶつける事にしよう。
「ベバルさん、吸血衝動って抑えられるんですか?」
「・・・血を吸ったのか」
 質問を質問で返されてしまった。
 静かながらも強いその口調に、
 思わず私は素直に肯いてしまう。
 すると彼は前へと視線を移した。
「完全に抑える事は出来ない。俺の様な純血種はな」
「じゃあ、私は?」
「さあな・・・転生した吸血鬼で血を吸う者は少ない。
 天使に消されていない者を見たのは、お前が初めてだ」
 淡々とした口調でベバルさんはそう語る。
 まず私には認識しなくちゃいけない事があった。
 悪魔と吸血鬼は、なんとか居ると思える。
 ただ天使っていうのは初めて聞く言葉だ。
 そんなのが本当に居るなんて、にわかには信じがたい。
 でも考えてみれば悪魔がいる時点で、
 天使がいたっておかしくはないんだ。
 改めて思い知らされた。
 私はすでに常識の範疇を超えた場所にいる。
 気付くと車は街を出て海沿いを走っていた。
 微かに海の匂いがする。
「貴方達の所有してる島って、何処にあるんですか?」
「それは残念だが教えられませんな。
 心配しなくてもブラジルよりは近くにありますよ」
 ベバルさんより先にルガトさんがそう答えた。
 彼はそれ以上説明するわけでもなく、運転を続ける。
 別に教えてくれても良いのに。
 しかもブラジルよりは近いって、笑えない冗談だ。
 隣のカシスさんは呑気に周りを眺めている。
「初めての海なの」
「へえ、カシスって海に来た事無かったんだ」
 意外そうに凪さんは彼女の事を見ていた。
 彼の中でカシスさんのポイントが上がってる気がする。
 優しそうな瞳で凪さんは微笑んでいた。
 そんな彼の反応に照れたのか、
 カシスさんはむすっとした顔をする。
「私を馬鹿にしたら真白に色んな事をぶちまけてやるの」
「な、何言ってるのよカシスってば」
「・・・私に、色んな事を?」
 何か凪さんは私に隠し事をしてるのだろうか。
 しかもそれをカシスさんは知ってる?
 二人は微妙な笑顔でお互いを見つめ合っていた。
 凪さんの方は心なしか笑顔が引きつってる。
 どうやら私には知られたくないみたいだった。
 窓の方を見て凪さんを見ないようにする。
「真白ちゃん?」
「つ〜ん」
 誰だって秘密の一つや二つ持ってるのは当たり前だ。
 だけどこういう風に秘密があるのを知ってしまえば、
 それを知りたくなってしまうのも当たり前だと思う。
 特に好きな人の事なら尚更だ。
 そうだよ。仮にも一夜を共にした仲なんだから。
 何もしてないけど。
「色んな事って、なんですか〜?」
「そ、それは・・・大した事じゃないよ」
「なら今ここで話してくれますよね」
 そう簡単に引くわけにはいかない。
 カシスさんが知ってる事は私も知っておきたかった。
 そんな私の思いとは別にカシスさんは含み笑いをしてる。
 無性に腹が立つなぁ。
 凪さんは視線を私に合わせないようにしていた。
「・・・べ、別に良いんだけど、
 ただ人に話すような事じゃないし・・・少し恥ずかしいし。
 でも真白ちゃんには話すべきだと思うから、言うよ」
 あれ?
 なんだか妙にそわそわする。
 この事はこれ以上聞かない方が良いような気がする。
 多分、凪さんの表情の所為だ。
 戸惑ってるような照れてるような顔をしてる。
 今から婚約者を紹介されかねない雰囲気だった。
 そんなの怖すぎる・・・。
 決意したような顔で凪さんが私を見た。
 ど、どうしよう。心臓がバクバク言ってる。
 そういうのじゃないよね。
 気付かない内に呼吸が止まっていた。
 息を吸ったままで私は彼の言葉を待つ。
「実は私はカ」
 その時、車が鋭い音を立てて止まった。
「付きましたよ。お嬢さん方」
 凪さんの言葉はルガトさんの声で遮られる。
 思わず私と凪さんはその場でぎこちなく笑ってしまった。
 よく解らないけど嫌な雰囲気だったなぁ・・・。
 息を吐くのと同時に魂まで抜けていきそうになる。
 ひとまず安心したらしたで、
 凪さんの言いかけた言葉が気になってきた。
 言いかけた言葉の続きはなんなのだろうか。
 私は缶コーヒー。全く意味が解らない。
 私は仮眠とりたかったんだ。
 そんなに彼は眠そうじゃない。
 ふと仮定が一つ浮かんできた。
 私はカシスと・・・却下。絶対に却下。
 考えた中では一番あり得る言葉だけど却下に決まってる。
 カシスさんと凪さんがどうとか、考えたくなかった。
「真白ちゃん」
 名前を呼ばれてそっちを向く。
 すでに凪さん達は車を降りていた。
 なんだか変な仮定が拭えない。
 凪さんの隣にはやはりカシスさんがくっついていた。
 今までとは違ってその光景は、
 私を突き放しているように感じる。
 思わず私は凪さんの手を強く両手で掴んでいた。
 この手だけは離したくない。
「・・・凪さん」
 彼は私がディナーへ行く事に緊張してると思ったらしく、
 優しく微笑んで手を握ってくれた。
「大丈夫、真白ちゃんが心配する事なんて何もないから」
「はい・・・」
 やっぱり凪さんは女心が解ってないよ。
 でも単純な私は少し安心していた。

Chapter86へ続く