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黒の陽炎
−3rdSeason−

著作 早坂由紀夫

Blue eye's Heritage

Chapter93
「聖夜の儀式(\)-涅き時の支配者-」


12月25日(金) PM18:45 晴れ
城内・最上階

 その時点でカシスに自覚があったかは不明だ。
 何故なら、彼女は昔からよく直感で行動を決める。
 行動の動機を考える事などは殆ど無かった。
 考えるよりも先に彼女は身体を動かしている。
 それだから考えるより先にカシスは言った。
「凪、出来るだけ頑張ってみるの」
「え・・・待ってよ! 私が・・・」
 言葉の意味を察した凪はカシスを止めようとする。
 だがカシスはにこりと口元だけで笑って凪をどかした。
「私は悪魔だよ。例えやられても、ここで死ぬ事は無いの。
 だから、また凪に貸しを作るチャンスなの」
 死ぬ事を恐れないほどカシスは強くない。
 その証拠に身体の震えは先程から止まってはいなかった。
 彼女にとって死とは全てを奪うもの。
 大切な人との別れが何よりも恐ろしい。
 にもかかわらずカシスは自ら危険を冒そうとする。
 そこには彼女自身にも解らない感情があった。
 雲を掴むように捉えようがなく、
 そのくせ妙にその感情は大切に感じられる。
 凪はそんなカシスの言葉に悲痛な表情を浮かべた。
「・・・確かに死ぬ事は無いかもしれない。
 けど今のカシスが傷つけられたり、
 まして死んだりする姿なんて見たくない」
「なぎ・・・」
「それにその身体は借り物の身体なんだよ。
 私の所為で何かあったら、申し訳が立たないじゃない」
 そう言うと凪は自分の拳をぐっと握り締める。
「だから・・・負けたりしたら許さないからね」
 出来る限りの笑顔で凪はカシスに微笑んだ。
 口でどうこう言っても内実は変わらない。
 カーリーと闘うのはカシスだ。
 説得力のありそうな優しい言葉を連ねてはいる。
 ただ、凪にしてみればそれが逆に汚らしく感じた。
(なんだかんだ言っても、結局俺は何もしないじゃないか。
 それでこんな偉そうな事・・・偽善者そのものだ)
 しかしそれより凪はカシスと真白の事を優先する。
 ここで無理に凪がカーリーとなった真白に挑んだ所で、
 勝てる可能性など無いに等しかった。
 もし凪が死んだりすればカシスは自身を責めるだろう。
 真白は凪を殺したという罪の意識に苛まれるだろう。
 選択肢など初めから存在していなかったのだ。
 人間以上の力が無い凪に出来る事は一つも無い。
 そう、目に見える形では、一つも。
 カシスがそれを承知しているのかは解らない。
 ただ少しだけ普段より優しい顔で、彼女は微笑んだ。
「例えばの話でそんなに心配そうな顔をしないで欲しいの。
 折角好き放題凪を虐められる約束を取り付けたのに、
 真白なんかに邪魔されてたまるか、なの」
 余裕ぶってみてもカシスの手は震えている。
 誤魔化そうと両手を後ろで組んでいるが、
 それに気付かない凪ではなかった。
 誰だって自分より優っている相手と闘うのは恐ろしい。
 命を賭けた殺し合いなら尚更だ。
 思わず凪はカシスの身体を優しく抱きしめる。
「な、凪?」
「少しは怖くなくなった?」
「べ・・・別に怖くなんて無いの。トイレに行きたいだけなの」
「そっか」
 くすっと凪は笑った。
 その仕草があまりに女性らしく眩く見えて、
 カシスは文句も何も言えなくなってしまう。
 そんな二人の抱擁を見てカーリーは怒りを露わにした。
「くっ・・・癇に障る人間どもっ・・・!
 オレの充足の為に血を吐いて死ねっ!」
 大気が震える程の叫び。
 身体がすくみあがってもおかしくなかった。
 流れるような動きでカーリーは歩いてくる。
 歩くとはいえ、そのスピードは驚くほどに速かった。
 時間を飛ばしたかのような速度で二人の眼前に迫る。
「我の名において絶遠より呼び出そう・・・
 サラスヴァティの武装神器、ビーナよ!」
 その言葉と同時にカーリーの腕に不思議な武器が現れた。
 インドの民族楽器であるビーナの名を冠するその武器は、
 扇の様な形で持つ所は球形になっている。
 先には鋭く長い七つの刃が鉤爪の様に伸びていた。
「凪、危ないのっ!」
 カーリーの動きは途中を意識しにくい。
 つまり結果だけがいきなり現れるように感じられるのだ。
 近づいてくる動きが認識できず、
 気付くと目の前に立っている。
 カシスと凪はそんな風に感じていた。
 そのビーナという武器の円を描く動きも認識できない。
 一瞬早く反応したカシスでさえかわすので精一杯だった。
 凪の身体を突き飛ばし自分も回避しようとするが、
 それだけの時間はすでに残っていない。
「ぐぅっ・・・!」
 左肩口をカーリーの武器が掠めた。
 それは獣に噛み千切られたような引っかき傷で、
 痛々しい傷ではあるがそれほど痛みはない。
 転げながらカシスは体勢を整えカーリーの姿を探した。
 彼女は凪に目もくれずカシスの事を睨んでいる。
(・・・私の事が気に食わないって面なの。
 その怒りに満ちた顔、真白には全然似合わない。
 あんたは・・・引っ込み思案ですぐ怒るし落ち込むし、
 恋敵の私に優しくしてくる・・・むかつく人間の女)
 水を具現するとカシスはそれをぐるりと左腕に巻きつけた。
「血だけがオレを満たしてくれる・・・血と、殺戮だけがッ!」
 低姿勢でカーリーはカシスへと飛び掛る。
 地面すれすれを移動しながら彼女はビーナを振り上げた。
「真白は還してもらう・・・あんたは要らないのっ!」
 カシスの腕に巻きつけた水がビーナと交錯する。
 物凄い負荷がかかった空間は歪み、
 二人の身体を対極の方向へと弾き飛ばした。
 お互いが自分の身体を回転させ上手く衝撃を和らげる。
 カーリーは腹部を抑えながら立ち上がり、
 対してカシスは左腕に先程よりも深い傷を受けていた。
 だらんとした彼女の左腕は鮮血で真っ赤に染まっている。
 ぽたぽたと床に零れる血の量が、
 その左腕に受けた傷の深さを物語っていた。
「思ったよりもやるな、娘・・・だがその腕、もう使えまい」
「ふん、左腕は最初からくれてやるつもりだったの。
 それにしても・・・あんたは思ってたより弱いの」
「なに? オレを侮辱する気か?」
「今からあんたを助けてあげるの、真白」
 闘い始めた今、すでにカシスの身体に震えは無い。
 強く気高い眼差しでカーリーとなった真白を睨んでいた。
 彼女の脳裏にはいつか聞いた言葉が木霊している。
 敬愛するリヴィーアサンの言葉が・・・。

−−月−−日(−) AM−−:−−
セイリア・霧の谷

 乱れ飛ぶ水しぶき。
 その飛礫を全て避けるリヴィーアサン。
 彼女達が霧の谷で暮らしていた頃、
 それはごくごく日常の光景だった。
「っ・・・動きが捉えきれないの」
「私を良く見なさい。雑念や感情を振り払った眼で」
 リヴィーアサンはアドバイスする余裕さえ覗かせる。
 悔しくても当時のカシスには、
 その動きを目で追うだけで精一杯だった。
 気付けば彼女の真後ろにリヴィーアサンは立っている。
「貴方には欠点が二つあるわ」
「い、何時の間に・・・?」
「一つ目。雑念がありすぎて、戦闘に集中してない」
 彼女はぽこん、と軽くカシスの頭を叩く。
 俯いて反省するカシスにリヴィーアサンは言った。
「二つ目。変化や応用という事象に対応できない。
 相手の動きを目で追う事が出来れば、
 水で捕らえる手段なんて幾らでもあるわ」
「思いつかなかったの」
 がっくりと肩を落としてカシスは落ち込んでしまう。
 その可愛らしい様子に我慢できなくなったのか、
 唐突にリヴィーアサンはカシスを抱きしめた。
「あ〜もう、可愛いわね!」
「り、リヴィ様・・・」
 カシスを抱きしめたままリヴィーアサンはその耳元で囁く。
「頭を柔らかくして常に考えるのよ、相手に勝つ方法を。
 貴方の特性である水は幾らでも応用の利く要素なんだから。
 誰にも思いつかないような闘い方を考えれば、
 その内にカシスに勝てる相手はいなくなるわ」
「・・・ホントに?」
 子供の様にリヴィーアサンを見上げカシスは呟く。
 するとリヴィーアサンはゆっくりと頷いた。
 母が子を信じるというような微笑みを浮かべて。

12月25日(金) PM18:51 晴れ
城内・最上階

 懐かしい記憶と共にカシスは自らの欠点を認識する。
 本来なら先程の扉を開ける凪のアイデアも、
 カシスが出さなければならなかった。
 それが出来なかったのは応用と変化。
 二つの事象への対応が疎かだったからなのだ。
(そして・・・それらに私が対応した時、
 私に勝てる敵はいないの。そうだよね・・・リヴィ様)
 闘いは決して双方の殺傷能力や力量だけでは決まらない。
 そう、カシスに自覚があったのかは不明ではあるが、
 確かにその時彼女には誰より強い力が備わっていた。
 時として闘いの勝敗を決する重要なもの。
 それは彼女の背後にいる凪への想いだ。
 恐らく現状でカシスは全く気付いていない。
 それどころか初めての感情なのだから、
 気付いてもそれが何なのかは解らないだろう。
 本気で異性を好きになった事が無いのだから。
(今だけでいいの。リヴィ様、私に力を貸して下さい・・・)
 不思議な事に死への恐れは何処にもなくなっていた。
 代わりに凪を想う気持ちで頭が一杯になっていく。
 誰にも渡したくない。傷つけさせたくない。
 凪の笑っている顔を、困った顔を、
 自分に向けられた表情全てを見ていたい。
 左腕の痛みなど気に留めもしなかった。
 カシスは残る右手に力を込める。
 そんな時、不意にカーリーの手が天高く振り上げられた。
「カーラ・ノウラトナの闇よ・・・この者を裁け!」
 警戒するカシスだが頭上から来る何かに気付くのが遅れる。
 彼女の頭上に落ちてきたのは、
 具現された鳥かごの様な形のケージだった。
 大きな振動と同時にカシスは中に閉じ込められてしまう。
「カシスッ・・・!」
 駆け寄ろうとする凪にルガトが立ちはだかった。
 彼は不気味な笑みを浮かべ凪の手を掴む。
「アゲイティス・ビリュンの前に丁度いい前菜だ。
 貴方の身体を堪能させて貰いましょうか」
「え、え?」
 困惑しながらも即座に掴まれた腕を振り解く。
 ルガトは俯いて堪えるように鼻で笑った。
 ぞくり、と凪の背筋を悪寒が走る。
「無理やりというのも嫌いでは無いのでね。クリオネ!」
 名前を呼ばれクリオネがルガトの元へ歩いてきた。
 彼女は後ずさる凪をじわり、じわりと追い詰めていく。
 結局、凪は壁を背にして逃げ場を失ってしまった。
 背後の壁を凪が目で確認した瞬間、
 すかさずクリオネは凪の手を取り抱きしめる。
 その体勢から吸血鬼であるクリオネがする事は一つ。
 首筋に顔を埋めて凪の首を甘噛みし始めた。
「凪っ・・・!」
 ケージに捕らわれたカシスは、
 それを見てぐっと歯を噛み締める。
 すぐにでも助けたいがそうもいかなかった。
 カーリーが手を振り下ろすとケージ内が暗闇に包まれる。
 何も見えなくなるカシスの背を、音も無く何かが一閃した。
「あぐっ!」
 背を斬りつけられ片膝をつくカシス。
 容赦なく次の刃がその額を掠めた。
 流血しながらカシスはじっと身体を固める。
(悔しいけどカーリーは強い。
 冷静に的確な行動をしなきゃ勝てないの)
 とはいえ視界を暗闇に閉ざした上で、
 見えない刃であらゆる角度からの斬撃。
 手を出そうにもカーリーの姿さえ見えない。
 この状況ではカシスに勝機など無いに等しかった。
「さあ・・・嬲り殺しというものを教えてやる!
 お前の身体にある血を残らず寄越せ!」
 わき腹を浅く斬られ思わず右手で腹を押さえる。
 逃げ場のないケージの中で、
 カシスはしゃがんだまま目を閉じていた。
(凪、死なないで勝つっていうのは・・・結構難しいの)
 出血量も少なくない。
 先程から徐々にカシスは意識がぼんやりしていた。
 目を閉じていると心配そうな凪の顔が浮かんでくる。
 ゆっくり立ち上がると左膝の辺りを斬り付けられ、
 ぐらっと身体がよろめいた。
 それでもカシスは倒れずに踏ん張る。
「前方1m、角度は90度。
 圧縮率は中でアーカイブなのっ・・・」
 痛みを堪えながら水の輪を具現した。
 輪は回転しながらケージを突き破ろうとするが、
 水は大きく弾けてなくなってしまう。
「ククッ・・・無駄だ。闇のケージを破壊する事は出来ない」
 いやらしく笑うカーリーの声がケージに響いた。

12月25日(金) PM18:56 晴れ
城内・最上階

 クリオネは凪の血を少量ずつ吸っていく。
 その方が吸血による快感を教えやすいからだ。
「ふふっ、男の方でしたか。随分と可愛らしいのですね」
 笑みを浮かべるとクリオネは積極的に血を吸い始める。
 舌で首筋を愛撫しながら凪の快感を引き出していった。
 彼女から逃げようにも凪の身体はもう力が入らない。
「あっ・・・んう・・・」
 凪は強い快感と恐れを感じ、思わず声を上げてしまった。
 それをルガトは楽しむように見ている。
「あの男から女の悦びを教え込まれる前に、
 味見させて頂きたい所です」
「な、何を・・・」
 ぐったりとする凪の首筋からクリオネは顔を離した。
 その冷たい手が首筋から股間へと下りていく。
 膝を床につけると、彼女は凪のスカートを捲り上げた。
「お顔に似合わず立派なモノをお持ちですね」
 くすっと笑いながらクリオネはそれを露出させる。
 すると先程とは違う目つきでルガトが凪を見つめた。
「ほう・・・お前、男だったのか。
 まあ、その美貌ならばどちらでも構わんがな」
「ルガト様。少し味見させて頂いても宜しいでしょうか」
「ふむ。その顔がどんな表情で感じるのか興味深いな。
 いいだろう。お前の手で見せてもらおうか」
「ありがとうございます」
 一礼するとクリオネは凪のペニスを手で握り締める。
 それからペニスに口付けをかわし、
 唾液をつけてから扱き始めた。
 片手でペニスへの愛撫を続けながらクリオネは服を脱ぐ。
 露わになった乳房は思ったより豊満な物だった。
 凪は慌てて視線を逸らすがもう遅い。
 下半身は従順に反応してしまっていた。
「私としては下半身の反応が嬉しいですね」
 笑みを浮かべながら彼女は豊かな胸でペニスを挟む。
 その凶悪なほどの柔らかさに、
 凪は抵抗する事さえ忘れてしまっていた。
「うあっ・・・あ、くっ・・・」
「どうですか、私のおっぱい。気持ち良いですか?」
「き、気持ちよくなんて・・・ないっ・・・」
 目を細め声を上擦らせながらも凪はそう返答する。
 あくまで快感に抗おうとする凪の態度は、
 クリオネの被虐心に火をつけただけだった。
 彼女は胸の谷間でペニスを扱きながらその先端を口に含む。
「ちゅぷ・・・くぷっ・・・ん、は・・・」
「あっ、そんなに吸ったりしたらっ・・・」
 せり上がって来る快感に思わず凪は身震いした。
 背後にある壁を掴もうとするが何も掴めない。
 気を抜けば絶頂に達してもおかしくなかった。
「凪様・・・我慢は身体に毒ですよ。
 早く私に熱い迸りを放って下さい」
 媚びるような顔でクリオネは凪を見上げる。
 快感と相まって凪はごくり、と喉を鳴らした。
 それを見ると彼女はさらに責めを激しくする。

12月25日(金) PM18:57 晴れ
城内・最上階

 一方ケージに捕らわれたままのカシスは、
 無駄に身動きせず打開策を考えていた。
 すると彼女の思考を妨げるように凪の声が聞こえてくる。
 最初は叫び声、少ししてそれは喘ぐ様な声に変わっていく。
 カシスの思考は気の狂いそうな怒りに邪魔されていた。
 凪はクリオネにどんな事をされているのだろう。
 まさか身体を重ねているのだろうか。
 それで凪はこんな気持ちよさそうな声を上げているのか。
 自分以外の女と交わって感じているのか。
 考えるだけでカシスは頭に血が上ってくる。
 誰への怒りなのかよく解らなかった。
 クリオネへの怒りか、凪への怒りか、
 それとも何も出来ない自分への苛立ちなのか。
 どうしようもなく悔しくてカシスは耳を塞ぎたくなる。
(現状で私はこのケージから出なくちゃ何も出来ない。
 かといって、ケージを破壊する事は無理そうなの。
 出口があるなんてオチもまず無い)
 何か情報を得ようとカシスは頭を巡らせる。
 視覚を暗闇で塞がれているならば聴覚だ。
 そう考えたカシスは目を閉じたまま耳をすませる。
 風を斬る音が聞こえたかと思うと、
 左腕の中程辺りに鋭い痛みが走った。
「くぅっ・・・」
 右手で左腕を押さえながらカシスは倒れそうになる。
 身体がいよいよ限界に近づいていた。
 それでもカシスは勝つ事を諦めてはいない。
(こんなに血だらけじゃ、すんごく格好悪いの。
 これじゃ勝っても凪に自慢できないな・・・むかつく)
 彼女の身体はもって数分。そこまで切羽詰った状況だ。
 普通ならパニック状態に陥ってもおかしくない。
 しかし冷静にカシスは考えつづけた。
 自分だけが凪や真白を救えるのだと解っているから。
(そういえば・・・このケージは落ちてきたの。
 という事は、重力場は正常に働いている)
 そこで一つの手段がカシスの頭に浮かんできた。
 すぐにそれを実行する事は出来ない。
 集中する必要があるし、彼女の中に戸惑いがあった。
(失敗すればもう余力は無い。嬲り殺し決定なの。
 もし成功して上手く行っても、多分私は・・・)
 カシスがその手段を躊躇した時、
 不意に彼女は誰かに抱きしめられる様な錯覚に陥る。
(凪?)
 勿論、辺りに凪の姿は無かった。
 だが身体には抱きしめられた感覚が残っている。
 幻といえどその温もりはカシスを勇気付けた。
(失敗を恐れたり、結果を恐れるのは、
 私が変化を恐れてるからなの。マイナスの変化を。
 でも一番大事なのは行動する事なんだ。
 動かなきゃ、何もプラスには変化したりしないから・・・)
 ありがとう。
 誰かに向けてそう呟くとカシスは目の前を睨みつけた。
 表情に迷いや恐れは微塵も無い。
 左腕を使えないので彼女は右手を顔の前に持っていった。
 カシスはその状態で瞑想を始める。
 迸る水のイメージ。闇を振り払う清涼な水のイメージ。
 頭の中に明確なビジョンを植え付けていく。
 幸い静かな闇はそんなカシスの集中を手助けした。

(例えこの身体が死んでも、二人は助けるの・・・!)

Chapter94へ続く