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黒の陽炎
−3rdSeason−

著作 早坂由紀夫

Blue eye's Heritage

Chapter94
「聖夜の儀式(\)-Agaetis byrjun-」


 彼を初めて見た時、力の無い僕は思った――――。

   強く気高い彼の様になりたい、と。

12月25日(金) PM18:59 晴れ
城内・最上階

 クリオネは鈴口をちろちろと舌で舐る。
 胸に唾液を垂らすほど彼女は行為に没頭していた。
 未経験の快感に凪はどうする事も出来ず立ち尽くす。
 腰の辺りがとろけそうな痺れでぴくぴくと反応した。
「あっ・・・だ、駄目・・・くぅっ・・・」
「くちゅ、くぷっ・・・イッて良いんですよ。
 別に我慢した所で何が変わるわけでもない」
 死を賭してカシスが闘っている。
 それなのにクリオネとこんな事をしているのが、
 凪にはどうしても許せなかった。
 だから絶頂に達するわけにはいかない。
 例えそれが自己満足だとしてもだ。
 消え入りそうな意識をそうやって凪は保ちつづける。
 そんな凪の姿を見てクリオネはくすくすと笑った。
「その我慢が何時まで続くのでしょうね。
 んむっ・・・下半身は爆発しそうにしていますよ?」
 唾液で濡れ円滑に扱かれるペニスは、
 今すぐにも暴発しそうな怒張で揺れている。
 確かに彼女の言う通り凪の我慢は限界だった。
 身体中が弛緩していくような圧倒的な快感。
 思わず凪は身を委ねたくなってしまう。
(こ、これ以上は無理だ・・・この人、巧すぎる・・・!)
 あまりの快楽で視界が霞み始めた。
 柔らかいクリオネの口腔や唇の感触がペニスに伝わる。
 先程から凪は舌を噛んで快感を遠ざけようとしていた。
 しかし、すでに凪の口内には血が滴っている。
 快感を押さえる術はもう無いに等しかった。
「性欲とは抗う事の出来ぬ本能です。
 そう・・・逆らえるものならば、私はこうしていない」
「えっ?」
 不意にクリオネの表情が悲しげなものに変わる。
 その表情は彼女の本心を物語っているのだろうか。
 凪は彼女が持つ人間味を垣間見たような気がした。
「貴方ならすぐに解って下さるでしょう、私の気持ちが。
 これから身を持って体験なさるのですから」

12月25日(金) PM19:01 晴れ
城内・最上階

 ケージを脱出する算段は整っていた。
 深く深呼吸をするとカシスは右手を真上に挙げる。
 頭に描いたイメージを崩さないように、
 身体を斬りつけられても微動だにしなかった。
 研ぎ澄まされた集中力が痛みを超越する。
「半径2m・・・角度はゼロ、進行方向は真上。
 圧縮率は高でアーカイブなのッ・・・!」
 最大限に具現した水の柱がケージを上から貫こうとした。
 まさに最大出力ともいうべきそれは、
 ケージ全体を徐々に押し上げていく。
(お、思ったよりキツいの・・・)
 同じ状態を保持する内、水柱はケージを持ち上げ始めた。
 カシスは昔から努力や忍耐という言葉が好きではない。
 楽していたい、手を抜いてしまいたい。
 そういう傾向のある悪魔だった。
 だが悪魔である彼女の精神も人間同様に成長する。
(辛いのは嫌だし努力は大っ嫌いなの。
 だけど・・・やっと一人じゃなくなって、
 凪が恋人として傍に居てくれて・・・真白と遊んだりして・・・
 毎日が楽しくて、涙が出そうなくらい平和な生活。
 この生活がなくなってしまうのは・・・絶対に嫌なの)
 闘いに身をおいていたリヴィーアサンや仲間との生活。
 それを否定するつもりなど無かった。
 ただ、彼女の瞳に平々凡々と過ぎていく日常は眩しく映る。
「うあぁああぁぁぁぁ――――――ッ!」
 力任せにカシスは水柱を天井へ押し上げていった。
 停滞しかけていた力場がケージへと流れていく。
 勢いよく伸びる水柱は力強くケージを持ち上げた。
 その時、ケージから脱出する好機が生まれる。
 走って外へと抜け出そうとしたカシスは転びそうになった。
「く、うぅっ・・・」
 彼女は身体中を斬られすぎている。
 たったの数mでさえ動けないような状態だった。
 具現した水柱の力が弱まり、ケージが降り始める。
「良いアイデアを考えたな。
 水圧でカーラ・ノウラトナの闇を持ち上げるとは・・・。
 ふっ、しかしすでに脱出するだけの余力はないと見た」
「私は・・・むかつく奴に対してする事があるの」
 カシスは息を切らしながらそう言った。
 何も言わずカーリーは見下したように笑っている。
 歩くのを止めるとカシスは右手をカーリーに向けた。
 すると具現されていた水柱が消えてケージが落ちてくる。
「馬鹿め・・・今のキサマがオレに攻撃を仕掛けながら、
 水柱を具現したままでいられると思ったのか?
 暗い檻が落下してきてキサマは終わりだ!」
 ケージは低い音を立てながら、
 カシスを捕らえようと落下を始めた。
 そんな状態にも関わらず彼女はカーリーを見つめている。
「残念だけど、ちょいとその予測はハズレなの」
「なに?」
 右手から幾つか小さな水の輪が具現された。
 それらはカーリー目掛けて高速で飛んでいく。
 激しい風切り音がするほどのスピードと数量。
 容易にかわす事は出来ないものだ。
「どんな考えかと思えば・・・無駄な足掻きに過ぎん!」
 右手に持ったビーナを前に突き出すと、
 前傾姿勢でカーリーは飛来する水の輪を睨む。
 そこからは正に神業と呼ぶべきものだった。
 正確に一つずつ水の輪をビーナで粉砕していく。
 それも七又の刃で一度に七つの輪を振り払っていた。
 相当な数あった水の輪だが、
 カーリーにかすりさえしない。
「終わりだッ!」
 息も絶え絶えにカシスは立ち尽くしていた。
 その表情はカーリーや凪からは伺えない。
 絶望的な状況をぼんやりと凪は見つめていた。
 クリオネの口淫と胸の快感に溺れ始めながら。
(カシ・・・ス)
 凪の思いはケージが着地する地響きにかき消された。

12月25日(金) PM19:03 晴れ
城内・最上階

 ケージが降りきったのを見てカーリーは高笑いする。
「クク・・・良くやった方だ、お前は。
 なにせ神である私と数分間も闘えたのだからな」
 そんな彼女の隣にルガトが近寄っていった。
 彼はすぐに片膝をついて跪く。
「我々の女神カーリーよ、我らには願いが御座います」
「ふん、言ってみろ。か弱き者よ」
 見下した表情でカーリーはルガトにそう告げた。
「アゲイティス・ビリュンを我々にお与え下さい。
 神祖である貴方とまぐわった者は、始祖となる。
 始祖の直系が途絶えた我々にはそれが必要なのです」
「なるほど、直系のいない吸血種に未来は無い。
 確かに姦淫は必要な儀式であるな」
 にやりと笑いカーリーは自らの身体を見つめる。
 満足げな表情で彼女は自分の胸を揉み始めた。
 真白の肉体を愉しむかのように。

12月25日(金) PM19:04 晴れ
城内・最上階

 自らの無能さと快楽への堕落に凪は激しい嫌悪感を抱く。
 どれだけ思っても、凪の身体は動かなかった。
 快感でまともに歩く事さえ出来ない身体に、
 果たして今何を望めるというのだろう。
「ひっ、あ・・・はっ・・・イ、イクッ・・・」
 よりによってカシスが絶望的な状況へ追い込まれた直後だ。
 凪は抗い様が無いほどの快感で昇り詰めていく。
 男なら仕方ない事だ。
 という理由は単なる言い訳にしか機能しない。
 目の前でカシスが殺されるという時に、
 見知らぬ女性に犯され凪は喘いでいるのだ。
「貴方って変態の素質がありますね。
 友人・・・恋人かしら、そんな人が殺されかけてるのに、
 こんな淫乱な汁を零していらっしゃいます」
 クリオネが舌でちろっとカウパー腺液を舐め取る。
 生暖かくしょっぱさを含む液を、
 彼女は残らず美味しそうに掬い取った。
 そのまま尖端を口で咥え込む。
 激しく舐りまわしはせず、愛しそうに頬張るだけだ。
「あの方の死体が出てきたらイカせてあげましょう。
 どうですか? 彼女の死を願わずにはいられませんか?
 友情も愛情も快楽の前ではゴミ箱行きですか?
 ふふ、恥ずかしがる必要なんてありませんよ。
 誰だってそんなの当たり前なんですから」
 くすくすと笑いながらクリオネは残酷な事を言う。
 その冷徹な微笑みに凪は彼女の恐ろしさを垣間見た気がした。
 反論しようにもペニスには、
 常にギリギリの快感が与えられている。
 下手をすれば狂ってもおかしくなかった。
 カシスを差し出せば満足のいく快楽が得られる。
 そう、手を伸ばせばそれは得られるものだった。
 折れそうになる心を凪は必死に堪える。
(何考えてるんだ俺は! カシスが殺されそうなのに、
 それを俺が望もうとしてる? 有り得ない!)
「凪様ほどの美しい顔が快楽に歪むのは興奮いたしますね。
 是非、貴方の口から素直な言葉を聞きたいものです」
「わ、私はっ・・・カシスを、信じてるっ・・・」
「そうですか。ならば生殺しです」
 感情の無い冷静な声でクリオネはそう告げた。

12月25日(金) PM19:06 晴れ
城内・最上階

 胸と淫裂に手を伸ばすカーリー。
 下着は膝ほどまで下ろしてしまっていた。
 真白の身体は開発されていないが、
 それでも彼女の割れ目からは粘液が溢れてくる。
 ルガトは膝をついたままでそれを眺めていた。
(ベバルランよ、これ以上の屈辱は無いだろう。
 お前の愛する女をこの私が抱くのだからな・・・!)
 猥雑な笑みを浮かべ、ルガトはゆっくり立ち上がる。
「さあ、オレを抱け。良い始まりをくれてやるぞ」
 カーリーが快感に溺れている様子は無かった。
 むしろ快感を従えているようにさえ見える。
 にやりと笑い、彼女はルガトの頬を手でなぞった。
「真白・・・ちゃん」
 そんなカーリーの行為は、
 凪の胸を絶望の二文字で突き刺す。
 詳しい事を知ってはいない。
 何故、真白がカーリーとなってしまったのか。
 吸血鬼の女神となった真白は、もう真白ではないのか。
 確かなのは目の前に映る絶望的な光景。それだけだ。
 狂いそうな悦楽が責め立てる中、彼は思う。
(俺は一体、何を・・・してるんだろう。
 勝手に真白ちゃんを守るなんて、出来ない約束して・・・
 代わりにカシスは傷つけられ殺されかけてるんだ。
 それなのに、俺は・・・何をしてる? 俺はッ・・・!)
 凪は四肢に力を入れようと拳を握り締めた。
 無論、そう簡単に力が入るほど現実は甘くない。
 甘く蕩けるような快感は凪を容赦なく責めていた。
 辛うじて真白とカシスの存在が、
 崩れそうになる意志を支える。
(真白ちゃんを助けたい。カシスを助けたい。
 この想いが強ければ、きっと快楽なんかに負けたりしない)
 射精するという事は凪がクリオネに屈したという事だ。
 故に凪は快楽をそうやって抑えようとはしない。
「クリオネさん、私は・・・守りたい人がいる。
 だからもうこんな事をさせてるわけには・・・いかない」
「・・・誰かを守るなんておこがましい事です。
 そうでなければ、私は何故ここにいるのですか?」
「え?」
 思いがけないクリオネの言葉。
 気付けば彼女は愛撫を止めていた。
「必ずしも吸血鬼は、合意の上で
 相手を眷属にするわけではありません。
 紳士的である態度とは裏腹に無理やり襲う事もあります。
 私には愛すべき人がいた。愛すべき家庭もあった。
 大切だったものを護る事など・・・出来なかった。
 何かを護る為に闘えば、自分が傷つくだけなのです」
「けど、貴方は・・・大切な人を護ろうとした。
 きっと同じ事があったら、またそうする」
「そんな事・・・」
「だからクリオネさんなら解ってくれますよね」
 優しく凪は彼女に微笑みかける。
 誰かを助けたいと思う気持ちが大事だとは言えなかった。
 彼女は結果として護る事が出来なかったのだから。
 それでもクリオネは凪の気持ちを理解する。
 凪はそんな確信を持っていた。
 目を何処かへと逸らしてクリオネは言う。
「貴方は・・・それでも大切なものを護ろうとするのですか?
 自らがどれだけ傷ついても、例え護れなかったとしても」
「うん。私は頭悪いから解らないんだよ、きっと。
 目の前で大事な人達が傷ついてるのを見てて、
 後先を考えられるタイプじゃないんだ」
 愛撫が止んでいた為か凪の身体は少し快感が引いていた。
 それを足がかりにして素早くクリオネから離れ、
 すぐさま凪はカーリーの元へ走り出す。
 クリオネは走り去る彼を追いかけようとしなかった。
 ただ、ぼそっと呟く。
「強いですね、貴方は」

12月25日(金) PM19:08 晴れ
城内・最上階

 凪が走り出した頃、すでにカーリーの準備は整っていた。
 程よく濡れた割れ目にルガトは手を添える。
 ルガトは凪の存在に気付き、笑みを零した。
「クリオネでは満足いかなかったようですな」
 蔑むような言葉には耳も貸さず、
 走るスピードをさらに速めた。
 そのまま凪はカーリーの身体に抱きつく。
 あまりに突然の事だからか、カーリーは何もしなかった。
 彼女は不機嫌そうな表情で凪に言う。
「なんの、つもりだ」
 冷たいカーリーの視線が凪へと向けられた。
「神無蔵真白はお前なんかに負けない!
 あの子は自分が生み出した神の虚像に縛られたりしない!」
「・・・黙れ」
 どれだけ心を込めてもそれは真白に届かない。
 それが解っていても、凪は口を止められなかった。
 自分に出来る事はこれしかない。
 そう凪は解っていたからだ。
「君は人間として生きていくって、決めたんだろ!」
「黙れっ!」
 気迫のこもったカーリーの言葉で、
 凪は後ろへと吹き飛ばされる。
 身体を強く床に打ち付けて凪は苦痛の表情を浮かべた。
 それでも凪はカーリーに向けて何かを言おうとする。
「真白、ちゃん・・・!」
 その行為に怒りを覚えたカーリーは、凪の元へ歩き出した。
 凪を殺そうと手に持ったビーナを振り上げる。
 死ぬわけにはいかなかった。
 後で苦しむのは真白なのだから。
(畜生ッ・・・動けよ、俺の身体!)
 軋む身体を起こそうとするが、激しい痛みで動けない。
 そんな時、カーリーの後ろ姿を見てルガトがふと呟いた。
「カーリーよ、その背に付いている物は・・・?」
「なに?」
 大きさにすれば拳大の水の塊。
 ゆっくりとその塊は背中から首筋へと移動している。
 それがなんなのか気付いた時には遅かった。
 首筋からカーリーの口へと入り込み、
 水の塊は彼女の体内へ入っていく。
 すると溺れるような苦しみがカーリーを襲った。
「ぐ・・・っ!」
 それもそのはず、水の塊は胃へと落ちてはいない。
 気道を塞いだまま止まっているのだ。
 呼吸が出来なくなったカーリーは喉を掻き毟る。
 飲み込もうとしても塊はその意志を拒否した。
 不意をつかれたカーリーはどうする事も出来ない。
 500ml程の水で溺死しようとしていた。
 ルガトも凪も助ける事が出来ず、ただその様子を見守る。
 誰の仕業なのかは明白だった。
 ケージが消えて彼女はその姿を表す。
 傷だらけで、見るも痛々しい姿だ。
「まさか、貴様が・・・?」
 驚きの表情でルガトは彼女を睨む。
 カーリーの意識が途絶えた為に、
 具現されたケージは消失してしまった。
「私はむかつく奴に必ず、一度勝ちの味を教えてやるの。
 ふんっ、勝利の美酒で悪酔いした気分はどう?」
 勝ち誇った表情でカシスはカーリーに冷笑を浴びせる。
「キサマ・・・最初から、あの水の輪は・・・っ」
 水の塊で溺れながらも必死に彼女はそう言った。
 よほど悔しいのだろう。
 激しい怒りの表情をカシスに向けている。
「当たりなの。最初からアレは囮。
 私の狙いはその水で溺れさせる事だったの」
「ぐっ・・・うっ・・・」
 苦しさのあまりカーリーは倒れてしまった。
 彼女の意識がなくなると、水の塊は姿を消す。
 倒れたままのカーリーに近づきながら凪はカシスを見た。
「カシス・・・」
「ちっ、こんな傷だらけじゃ格好悪すぎなの。それに・・・」
 がくっとカシスは膝を落とす。
 彼女の傷はそれほどに深いものだった。
(このままじゃ、この身体は助からない)
 凪の顔を見ようとしても赤くぼやけてはっきりと見えない。
 額の血が瞳に入っているのだ。
(せめて最期くらい、ちゃんと凪の顔を見てたかったなあ・・・)
 涙を零しそうになってカシスはそれをぐっと堪える。
 最期の別れではないのだ。
 だから涙を零す必要などは無い。
 それなのに、彼女は涙を堪えなければならなかった。
 酷く不安な眠りが彼女に訪れる。
 眠ってしまえばもうその身体が目覚める事は無いだろう。
「だい、じょうぶ?」
 腹を押さえながら凪はカシスの顔を覗いた。
 思わずカシスは強がりを言おうとして、思い直す。
「・・・駄目なの。でも、解ってた事だから平気なの。
 ケージに閉じ込められた私には、
 こうするしかカーリーを倒す方法が見つからなかったの」
 彼女は死を覚悟していた。
 カーリーを倒して自らがケージを脱出するには、
 身体に負担がかかりすぎる。
 出血多量で身体を起こせない程に傷ついていた。
「そんな事・・・まるで、死ぬみたいな言い方、しないでよ」
 凪は膝枕をしてカシスの手を握り締める。
 手はびっくりするほどに冷たくなっていた。
「うん・・・約束、死なないって奴、守れなかったの」
「何言ってるんだよ! 大丈夫だよ、なんとかなるから」
「へへ、膝枕って・・・結構、気持ちいい・・・の」
 目を閉じようとするカシスの頬を凪は強く叩く。
「しっかりしろ! 目を閉じちゃ駄目だ!」
 それが死を意味すると凪は感じていた。
 ココで死んだとしても、カシスが死ぬわけではない。
 また会う事は出来るだろう。
 解っていても凪はカシスの名を呼びつづけた。
 カシスが取り憑いている身体が心配でもある。
 しかし、凪はそれよりただカシスの事を思った。
 好き嫌いという感情かは解らない。
 単純に凪はカシスが傷つき、喪われるのが辛かった。
 無常にも彼女の身体は少しずつ熱を失っていく。
 明らかに今、カシスの身体は死を迎えようとしていた。

12月25日(金) PM19:11 晴れ
城内・最上階

 凪とカシスの事など上の空でルガトは考える。
 事態を迅速に認識し、処理しなければならなかった。
 カーリーはその存在を真白から解脱してしまったのか。
 アゲイティス・ビリュンは続行できるのか。
 結果として自分の思惑が潰えようとしている事は確かだ。
「おのれ――――――――――ッ!」
 怒りに打ち震えルガトは咆哮する。
 その場にいた皆が驚くのも気にせずに。
「後少しだった! 始祖となれるはずだった!
 なのにどうして私の前に力が提示されない!
 何故、全てが私の邪魔をする!」
 そこまでルガトが表情を露わにするのは珍しい。
 始祖という力への執着ゆえだ。
 アゲイティス・ビリュン。
 いつしかそれはルガトの野望へと変わっていた。
 種の新しい良い始まりなど、彼にとってどうでもいい。
 重要なのは彼が力を得ること。
 つまり彼個人の新しい始まりこそが、
 現在のアゲイティス・ビリュンという計画なのだ。
 不意にルガトは真白の身体に目をやる。
(まだ、間に合うかもしれん)
 契りを結んでしまえばいい、そうルガトは考えた。
 不確かではあるが彼は足早に動き出す。
 だが状況は何処までも彼の邪魔をした。
 ルガトと真白の間に一人の男が立ちはだかる。
 彼は何時の間にか緊縛を逃れ、この場へ降りてきていた。
 忌々しげにルガトはその男を睨みつける。
「・・・お前に出会い、私はお前の純血種としての力に焦がれた。
 そしてお前を抱いた時、私は狂気に取り憑かれた。
 いつでもお前は私の運命を変革させているな。
 ここで相対するのも運命・・・と言うわけか、ベバル」
 ベバルランは真白を背にルガトと向き合った。
 その身体は完全な状態ではない。
 先ほどの毒がまだ彼の身体を蝕んでいた。
 それを感じさせないほどの闘気で、
 ベバルランはルガトを睨みつける。
「お前を乗り越え、私は新たな始まりを迎えてみせる!」
「ルガト、貴様に始まりはない。
 あるのは死という終わりだけだ・・・!」

Chapter95へ続く