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黒の陽炎
−3rdSeason−

著作 早坂由紀夫

Blue eye's Heritage

Chapter96
「ROOTS」


12月25日(金) PM19:22 晴れ
城内・最上階・廊下

 一度に色々な事が起き過ぎてる。
 凪さんとカシスさんの事や、カーリーの事や、
 カシスさんを傷つけてしまった事なんかがそうだ。
 それらは消化されるより早く過ぎていってしまう。
 今はただベバルさんの事だけで頭が一杯だった。
 信じなきゃいけないって解ってるし、
 きっと来てくれるって思いたい。
 それでも不安はゼロにはならなかった。
 部屋を出て廊下を走っている今でも戻りたくなる。
 そんな私の考えに気付いたのか、
 凪さんに抱えられているカシスさんが私に言った。
「あの男が、真白以外に帰る場所が無ければ必ず来るの」
「・・・カシスさん」
「浮気してる可能性は捨てきれないけどね、なの」
 余計な一言を言う所はカシスさんらしいな。
 苦笑いしながら凪さんは私を見ていた。
 それから前を見て、彼は真剣な顔に戻って言う。
「今更だけど・・・ごめん。私とカシスの事、隠してて」
 少し私は自分に驚いた。
 大好きな凪さんの事なのに、何処かショックが少ない。
 そりゃあ知ってるからっていうのもあると思う。
 けど、それだけじゃなかった。
 ココに来て私はちょっとだけ強くなれたのかもしれない。
 そう・・・諦めるにはまだ早いって事が解った。
「良いんです。凪さんが結婚したワケじゃないし」
「へ?」
「私、カシスさんには負けませんからっ」
「は・・・はい?」
 気持ちは半分半分だ。
 諦め半分、いけるかなっていうのが半分。
「意外と真白って、しつこいの」
 そう言いながらくすくすとカシスさんは笑っている。
 彼女や凪さんがココにいてくれてよかった。
 自然と私は二人に勇気付けられるから。

12月25日(金) PM19:23 晴れ
城内・最上階

 残り時間はすでに7分ほどしかない。
 脱出する時間を考えればそれはギリギリだ。
 そんな状態で、ルガトとベバルランは狂ったように闘う。
 部屋に戻ってきたクリオネが唖然とするほどに。
 二人とも血だらけになりながらエモノを握っている。
 もはやその部屋に残っているのは三人だけだった。
 他の吸血種達も事態に気付き、すでに逃げ出している。
 崩れゆく城に残っているのは彼らだけだ。
「小さい頃から・・・私は答えを探していた。
 この世界における最強の力とは何か。
 答えは結局、解らないまま・・・だがな」
「ちっ。貴様はそんな事も知らないのか」
 ベバルランはナイフを構えながらルガトに言う。
 意外な言葉に少し戸惑うルガトだが、
 同じく細く鋭い剣を構えた。
「それは想い。誰かを想うという、力だ」
 互いの影が交錯して位置を変える。
 致命傷はまだ無いがどちらも傷だらけだ。
 相手の刃を最小限に受けて攻撃するからに他ならない。
 傷つかずに勝とうなどとは両者とも考えていなかった。
 どれだけ相手に深い傷を負わせられるか。
 いつしか闘いはそんな方向へと向かっていた。
 それは見ていて痛々しいもので、
 クリオネからすれば二人の闘いは狂気の沙汰に見える。
「死ねっ・・・!」
 ルガトの突きがベバルランの肩を掠めた。
 間髪いれずにルガトは連続で突きを繰り出す。
 攻撃動作がベバルランよりも疾い分、
 彼がルガトの放つ突きをかわして攻撃する事は難しかった。
 毒の所為で動きもかなり制限されている。
 おまけにどれもが急所を狙ったもので、
 さすがのベバルランも避けざるを得なかった。
(くっ・・・神経の反応が鈍い!)
 左胸目掛けて繰り出されるルガトの突き。
 針状の剣はそのままベバルランの右鎖骨下を貫いた。
「ぐ、うっ・・・!」
 臓器の損傷はさほどではない。
 だが血管が傷ついたらしく、
 多量の血が傷口から吹き出した。
 そこからルガトは剣の切っ先を捻る。
 あまりの痛みでベバルランの表情が歪む。
「お前をあの女の元へは行かせん・・・!
 ベバル、お前は私と共に地獄へ堕ちるのだ!」
 ゆっくりと城全体が崩れ始めていた。
 辺りを細かい壁の破片が落ちていく。
(私は・・・どうすれば、いいの?)
 クリオネは先程の凪との会話を思い出していた。
 捨てたはずの感情が頭の中で燻っている。
 そう、ルガトへの複雑な感情が湧きあがっていた。
 憎しみ。一言で言えばそれに尽きる。
 無理矢理ルガトに犯され、服従を強いられ、
 吸血種に従属する者として長い時間を生きてきた。
 今なら放っておいてもルガトは死ぬだろう。
 ベバルランを道連れにして、勝手に死んでいく。
(でもそれで私は納得できるの?
 最後まであの男に飼い馴らされ、利用されたままで)
 彼女はミニスカートの内側に隠してあるナイフを、
 服の上からさするように触ってみた。
 ずっとこの時を待っていたのかもしれない。
 ふとクリオネはそんな事を思った。

12月25日(金) PM19:25 晴れ
城内・一階

 入り口にやってきた私達は扉から外へ出ようとする。
 すると扉の前には数人のメイドさん達が立っていた。
 まさか私達の邪魔をする気なんだろうか。
「私達はベバル様の命を受けてここにいます」
「ええ、数十分くらい前からここに居ますわね」
 一人のメイドさんが腕時計を見てそんな事を言った。
 どうやらベバルさんが手配してくれた人達らしい。
「まあ文句はさておき、早々にこの城を去りましょう。
 あなた方を無事お返ししなければ、
 私どもの立つ瀬が御座いません」
 そう言うとメイドさん達は扉を開けて歩き出した。
「さ、お急ぎくださいませ」
 なんだかマイペースな人たちだ。
 軽く圧倒されながら私達はメイドさん達に付いていく。
 辺りは足元がふらつく程に揺れていた。

12月25日(金) PM19:25 晴れ
城内・最上階

 城の崩壊と共にルガトの野望も潰えていく。
 天井は崩れ始め、床にはひびが入り始めていた。
 他の吸血種の事など彼の頭にはない。
 あるのは失望とやり場のない怒りだけだ。
 それもいずれ消えて、後は何もなくなる。
 彼の刃はベバルランを突き刺したまま動かなかった。
 ベバルランも意識が朦朧として動く事が出来ない。
 お互いに硬直したままで止まっていた。
 そこへクリオネが吸い寄せられるように歩いていく。
 彼女が近づいてきてもルガトは気付かなかった。
 何かを考えているのか、或いは何も考えていないのか。
 血走った瞳でじっとベバルランを見つめたままだ。
 部屋が崩れ始めているというのに、
 その空間だけ時が止まったように固まっている。
 さらにクリオネはルガトに近づいていった。
 気付いているのか、彼は何も反応しない。
 おもむろにスカートの中からナイフを取り出すと、
 クリオネはそれをルガトの脇に突き刺した。
「ぐっ・・・クリオネ、貴様・・・?」
 ルガトは呻き声を上げてクリオネを睨みつける。
 意外そうな顔をする彼に淡々とクリオネは言った。
「報い、ですよ。貴方が今までしてきた事の」
 思ったほどクリオネに動揺はない。
 当然の事をしただけだ。そう思っていた。
 不思議と彼女は何の感情も抱かない。
 湧き上がってくるものが何もなかった。
 憎しみもすでに彼女の中には存在しない。
 倒れそうになるルガトをクリオネは両手で支えた。
「貴方は私と死ぬのです。ベバルラン様とではなく、私と」
「クリオネ、お前・・・?」
 よろけながらベバルランは彼女の真意を問う。
 倒れ掛かるルガトを抱かかえながら、
 ゆっくりとクリオネはベバルランの方を向いた。
「この男の望みは、一つも叶えさせたくない。
 それと・・・真白さんにお詫びしたい。それだけです」
「馬鹿な、お前が死ぬ必要など何処にも・・・」
 言いかけてベバルランは言葉を切ってしまう。
 何故ならクリオネがくすくすと笑っていたからだ。
 珍しく彼女は表情を表に出している。
「ありがとうございます。やはり根は優しいんですね。
 でも私にはもう守るべき者も、大切な人も居ない。
 生きている意味を探すのには・・・少し疲れました」
「・・・そう、か」
 決意した彼女の表情を見てベバルランは説得を諦めた。
 身体を引き摺りながら彼は部屋の出口へと向かう。
 その途中でふと振り返り、ルガトの事を見た。
 致命傷を負いながらもベバルランを睨みつけている。
「お前と死ぬって選択も・・・悪くないと思ったよ。
 けどな、俺には守らなきゃいけない人が居る。
 まだ死ぬわけにはいかないんだ」
 そう言い残すとベバルランは部屋を去っていった。
 彼が居なくなった後、クリオネはルガトに膝枕をしてやる。
 動く力もないルガトはされるがままにしていた。
 特に嫌がる様子もない。
 眼を閉じてクリオネは色んな事を思い出してみた。
 色彩がセピアに染まってはいるが、
 実に沢山の記憶が頭を掠める。
 愛する人との甘い記憶や、それからの辛い記憶。
 走馬灯、そう呼ばれるものなのだろうか。
 クリオネは何気なくルガトの顔を見てみた。
(確かに・・・この男と死ぬというのも、悪くない選択だわ)

12月25日(金) PM19:28 晴れ
城内・最上階・廊下

 壁に背をもたれるようにして歩くベバルラン。
 余力はもはや残ってはいない。
 ぽたぽたと彼の足元には血の跡が出来ていた。
 それでも身体はただ前へと進む。
 ゆっくりではあるが、確実に前へと足が動く。
 彼を待つ真白の元へと。
 意識は相変わらず朦朧としていたし、
 視界は霞んでよく前が見えなかった。
 何度もベバルランは座り込んでしまいたい衝動に駆られる。
 その度に別れ際の真白の顔が浮かんだ。
(もう二度と、お前を裏切るような真似はしない・・・)
 右肩を押さえながら彼は壁沿いに歩いていく。
 時間はもう残り僅か。
 歩いていては間に合うはずがなかった。
 それは彼もよく解っている。
 解っているのだが、今はそれが精一杯だ。
 階段まで辿り着くとベバルランは倒れるように横になる。
 決して諦めたわけではない。その方が早いと考えたのだ。
 身体を回転させて階段を転がり落ちていく。
 ブザマでも構わなかった。
 格好をつけて間に合わなければ意味がない。
 彼はごろごろと転がりながら階下の壁へとぶつかった。
「くっ・・・」
 衝撃で鋭い痛みが身体を駆け抜ける。
 数秒間、動けないほどの痛みだ。
 少し痛みが引くと彼は上半身を起こし、
 階下への階段へと歩いていく。

12月25日(金) PM19:29 晴れ
島・森の中

 真白は何度も後ろを振り返った。
 今にもベバルランが背後から走ってくる。
 そんな気がして。
 やがて森は途切れ、砂浜が広がっていく。
 暗闇に包まれた砂浜には静かな波の音が木霊していた。
 そこには来た時と同じものであろうクルーザーが、
 波に揺らされながら停泊している。
「ここまで来ればもう安心ですわ」
 メイドの一人がそう言って一息ついた。
 彼女達はデッキへと上がり、船内へと入っていく。
 その時、城の方角から大きな爆音が聞こえてきた。
 浜辺まで届くほどの眩い光と共に。
 誰もがその音と光の意味する所は解っていた。
 黙ったままで皆が光の指してくる方向を見つめる。
 夜の闇を映しながら、やがて光は消えていった。
「終わりましたわね・・・何もかも」
 ふと一人のメイドがそんな事を言う。
 吸血種達が描いていた未来は確かにその瞬間、
 はっきりとした形で終わりを告げた。
 真白は何処か罪悪感を感じてしまう。
(もしも私がカーリーとしてルガトさんに抱かれていたら、
 吸血種の新しい始まりは来ていたのかな)
 その結末は彼女にとって最悪ではあったのだが、
 吸血種全体にしてみれば素晴らしい始まりだったのか。
 そう考えると真白は何故か、心苦しかった。
 自分一人が耐え忍べば皆が幸せになったかもしれない。
(ココにいた吸血種の人達は皆、種の未来の為に生きてた。
 個を捨てて、種として生きる事を選んでた。
 それなのに私だけ・・・自分の為に生きてる)
 ベバルランならどう思うのだろうか。
 そんな風に考えた時、ふと気が付いた。
 城から彼がココに来るには時間的に少しばかり遅い。
 不安になる心を真白は信頼で振り払おうとした。
 けれど、完全にはぬぐえない。
「凪さん・・・ベバルさんは来ますよね?」
 思わず真白は凪に聴いていた。
 凪はベバルランが来るであろう方角を見つめて、
 しばらくの間黙り込む。
 その後で優しく真白に言った。
「うん。真白ちゃんが悲しむような事は絶対にしない。
 彼はそういう人だと思う」
「・・・はい」
 デッキに上がって真白たちは森の方をじっと見つめる。

12月25日(金) PM19:55 晴れ
クルーザー

 それから誰も口を開く者はなかった。
 皆一様に黙ったままで時間が流れていく。
 薄々、全員が思い始めていた。
 明らかにベバルランの到着が遅すぎる。
 真白も当然、最悪の可能性について考え始めていた。
 すでに城が爆破されてから25分が経過している。
 それは彼女達がココまで来た時間を考えれば、
 かなり絶望的な数字だった。
 毒の所為で歩くスピードが落ちているとしても、だ。
 凪達は帰れる喜びから一転、悲壮な雰囲気に包まれる。
(ベバルさん・・・)
 思念を通じて生死を確かめる事も出来なかった。
 何故なら、この島には吸血種が多すぎる。
 城の辺りには沢山の思念が飛び交っていた。
 故に彼の思念をキャッチする事は不可能に近い。
「この中で、純血種に勝てる人はいらっしゃいますか?」
 突然メイドの一人がそんな風に沈黙を破った。
 彼女の顔は真剣で、何処か切迫している。
 その質問に答えられる者はいなかった。
 凪は力を出せるようになったわけではないし、
 真白だってカーリーの能力を手に入れたわけでは無い。
 唯一可能性があるカシスも今は手負いで闘えなかった。
 誰もが何も言わずにいると、彼女はため息を一つ、
 腹の底から押し出すようについてから言う。
「それでは、これより本船は出発致します」
「え?」
 意味が理解できずに真白は聞き返す。
 質問からメイドの女性が出した結論は意外なものだった。
 主であるベバルランを置いていくという、
 本来ならば従者としては間違った選択。
 しかし彼女達は信念を捨てたわけでは無い。
「もうじきココに純血種がやって来ます。
 城から逃げ、一時この船で島から離れようとする者が。
 純血種達から船を守れる者が居ない以上、答えは一つです」
「ベバルさんを・・・見捨てるんですか?」
「貴方達をお守りするのが最優先事項です。
 そういう風に私達はベバルラン様から仰せつかっています」
 表情を少し暗くしてメイドの女性はそう言った。
 決して彼女達も命が惜しくて言っているのではない。
 信念やベバルランへの忠誠があるからこそ、
 仕方なく彼女達は取るべき最善を選んだのだ。
「なら、私を・・・置いていって下さい」
 メイド達の方を見ずに真白はそんな事を言い出す。
 それは彼女なりに色々考えての事だった。
 とはいえ無謀な意見には変わりない。
「出来ません。貴方を守る事が重要なのですから」
「だったら船を出さないで下さい」
「それについては先程お答えしたはずです」
「・・・考え直して貰えませんか?」
「お話するだけ、時間の浪費に過ぎません」
 真白の意見は全く相手にされなかった。
 お互いの論点が違う所にあるからだろう。
 最善の道を選択しようとするメイドの女性に対して、
 感情を先行させる真白の意見は脆弱すぎた。
 充分すぎるほどメイド達は真白の気持ちが解っている。
 出来れば真白に従いたいとも思っていた。
 ただ、ベバルランを待っていては真白達が危ない。
 それに彼がココに来るという確証も無かった。
 来ないかもしれない人間を、
 リスクを冒してまでは待てない。
 彼を待つ為には、それが最善だという提案が必要だった。
 都合よく後数分の間にそんな案が浮かぶはずはない。
 だからメイド達は出発を決めたのだ。
 理屈では真白も解っている。
(貴方にはまだ聞きたい事が沢山あるんです。
 お礼も言わなくちゃいけない。それなのに・・・)
 何時の間にか真白の目尻には涙が浮かんでいた。
 凪はどうする事も出来ず、真白の事を見ているしかない。
 ゆっくりとクルーザーは島から離れ始めた。
 暗い海に向かって低いエンジン音が響く。
 島の中心ではまだぼんやりと明かりが灯っていた。

12月25日(金) PM20:10 晴れ
クルーザー

 私は果たして、あの島で何かを得たのだろうか。
 目に見える形では何も無かった。
 けどカーリーとして行動して解った事がある。
 神無蔵真白という存在は吸血種であるし、
 人間でもあるんだっていう事だ。
 どちらかを否定してもそれは私じゃない。
 その上で私は人間として生きていきたい。
 吸血種という種族に対して私が出来る事はそれだと思った。
 人間として生きる事は大した事じゃないかもしれない。
 けどそれは確かな一歩になるはずだ。
 私は吸血種と人間が共存する、
 その可能性になりたかった。
 衝動は怖いけど・・・その度に私を支えてくれる人が居る。
「凪さん」
 そっと彼の名前を呼んでみた。
 本当はカシスさんと凪さんの関係、
 割り切れるほど私は大人じゃないんですよ。
 ただ、それは凪さんの選んだ事なんだ。
 幾ら好きだからって私は彼を邪魔しちゃいけない。
 隣の凪さんを見て私はにこっと笑ってみた。
「真白ちゃん・・・なんだか、大人っぽくなったね」
「そうですか?」
「うん」
 彼に誉められたからか頬が緩んでしまう。
 やはりこういう所はそう簡単に成長しないのだ。
 強く髪を揺らす風。鼻をくすぐる潮の香り。
 もうぼんやりとしか見えなくなった島の方を眺めてみる。
 そこには幾つもの思いがあったのだろう。
 沢山の希望があったんだろう。
 全て藻屑と消えて、泡沫となってしまった。
 今更だけど私は思う。
 ルガトさん・・・可能性は一つじゃないと思うんです。
 例え始祖直系の純血種が途絶えたとしても、
 きっと幾つも吸血種に可能性はある。
 それを私が証明してみます。
 上手くいくか解らないし、色々失敗すると思うけど、
 吸血種として私に出来る事はそれだけだから。
 色々な感情が渦巻いてきて私は泣きそうになってしまう。
「凪さん・・・胸、借りてもいいですか?」
「・・・うん。わかった」
 優しく凪さんは私の事を抱きしめてくれる。
 そうすると堰を切ったように涙が止まらなくなった。
 本当に色んな事が頭を過ぎって、
 どうしようもなく切なくなる。
 そんな私を包み込む様に凪さんは抱きしめていてくれた。
 涙が枯れて、私が泣き止むまで、ずっと・・・。

12月25日(金) PM20:18 晴れ
島・森の中

「本当に宜しかったのですか?」
「ああ」
 樹の下でメイドの女性から手当てを受けながら、
 男はゆっくりとそう頷いた。
「真白にとって俺は過去なんだ。
 未来へと進む彼女に過去はいらない。
 だから、これで良いんだ。
 傍にいなくても守る方法は幾らでもある」
「・・・・・・」
 女性は何も言わずに手当てを続ける。
 少しだけ男の表情が悲しそうに見えたからだ。
 それ以上何かを言うのはためらわれる。
 おもむろに男は空を見上げると、そっと目を閉じた。

――――それでも誰かが夢物語を語らなきゃいけないんだ。
  僕達の新しい始まりが終わりではないって思えるように・・・

(君の意志は、彼女が継いでくれる。
 それでいいんだよな・・・リチャード)

 

「Blue eye's Heritage」 Series,
END.

 

Chapter97へ続く