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黒の陽炎
−4thSeason−

著作 早坂由紀夫

Arcadia Inside

Chapter137
「天空の監獄へ-01-」
 


04月09日(木)  PM16:40
アルカデイア・辺境・クローバー砂漠

 凪たちがアルカデイアに到着したのは四月七日。
 現在は、二日が経ち四月九日になっていた。
 状況は変わらず、ザドキエルたちが上空から索敵を続けている。
 丸二日近くも凪たちを見つけられないことで、
 彼らの焦りはピークに達しつつあった。
 もうじき天使の居住区、更にはエウロパ宮殿というところまで来ている。
 このままでは、ザドキエルたちの面子は丸潰れだ。
 血眼になって彼らは凪たちの姿を探す。
 忙しなく辺りを動き回るその動きを、凪は戦々恐々として見ていた。
 砂漠の切れ目も、遥か遠くに見え始めて来ている。
 しばらくして、不意にザドキエルたちの動きが止まった。
「これ以上探しても見つけるのは難しいな」
 そう口にしたのはアニエルだ。何やらポーズをとり、二人を見る。
 レミエルは頷いて、それに同意する意思を見せた。
「一つ、君たちが力を貸してくれれば俺に策がある。
 俺一人のイメージでは無理だが、三人なら可能なはずだ」
「ふむ・・・そんな策があるなら、もう少し早く言ってほしかったものだ」
 不満げな顔で、ザドキエルはレミエルのほうをちらっと見る。
 彼の言い分も最もだ。エウロパ宮殿までは、もうそれほど距離はない。
 道化師の仮面が邪魔をして、レミエルの反応は窺えなかった。
 しかし、冷静な声でザドキエルに言う。
「これは最終手段、あまり使いたくはなかった。
 それに・・・君たちと共同で闘う気もなかったからね」
「仮面から見てとれる通り、慣れ合うつもりは毛頭ないというわけか」
 やれやれとかぶりを振るアニエル。
 対してザドキエルは多少頭に来た様子で、顔つきを険しくする。
 彼も共闘するつもりはなかったが、それとこれとは別だった。
 他者にそう言われると、言いようのない怒りを覚える。
 それを抑えながら、ザドキエルはレミエルにたずねた。
「で、君の策を聞こうか。それほど勿体ぶるのだ、確実なのだろうね」
「・・・信仰だ。神への信仰があれば、結果は神の導くままにある」
 レミエルはそう言うと、来ていた上着のジャケットとシャツを脱ぎ、
 上半身を露出させた。素肌には無数の瞳が具現されている。
 仮面の奥で彼が何事かを念じると、
 瞳は身体から離れて宙に浮かび上がった。
「イメージを固着させるため、私はこれをレスタティーバと名付けた。
 言っておくが、これは探索のために具現した瞳ではない」
「・・・なるほど、故に我々三人の力が必要なわけか」
 意味を理解したアニエルは口元を釣りあげて笑う。
 ザドキエルの方はいまいち解っていないようだ。
 すぐにレミエルは策の続きを口にする。
「そうだね。まず、全ての瞳に充分な力をイメージしなければならない。
 辺り一面を焦土とするに充分な力と、逃がさないための数が必要だ」
「確かに・・・それは一人では難しい作業だ。
 そして、実に・・・私好みではないか、レミエル」
 敵が見つからなければ、辺り一面を焼き尽くしてしまえばいい。
 レミエルが考えた行動の、特に破壊性が気に入ったのだろう。
 先ほどの怒りがまるで嘘のように、ザドキエルは笑みを浮かべた。

04月09日(木)  PM18:25
アルカデイア・辺境・クローバー砂漠

 そんなザドキエルらの会話があってから数時間。
 凪たちは、ようやくクローバー砂漠の切れ目までやってきていた。
 後はフロスティアという天使の居住区を超えれば、
 じきエウロパ宮殿にたどり着くことができる。
 問題は、砂漠を抜ければ迷彩を見破られる確率が上がるということ。
 そこでラファエルは深夜まで砂漠に留まることを提案した。
「僕らに対する警戒を差し引いても、夜の行動が最善だと思う。
 イヴは心配だけど・・・確実に助けられる行動を取らなきゃ」
 これに反対する者はなく、夜の砂漠で凪たちは待機していた。
 凪は焦りを隠せない様子で、じっと目を閉じて身体を竦めている。
 それを見ていたリヴィーアサンが、ふいに凪の手を取った。
「リヴィーアサン? どうか・・・したの?」
「紅音ならこういうとき、どうするかって思ってね。
 きっと貴方を励ますのなら、紅音が一番上手でしょうから」
 そんなことを言われて、凪はリヴィーアサンの顔をまじまじと見る。
 紅音の顔でそんな質問をされるのは、実に奇妙な感覚だった。
「・・・紅音はいつもの笑顔で、大丈夫だよって言うんじゃないかな」
「大丈夫だよ、凪ちゃんっ・・・こんな感じかしら」
「流石、そっくりだよ」
 毎度騙される紅音の真似に、思わず凪は苦笑いがこぼれる。
 それでも、気分は幾らか落ち着いてきていた。
 凪がリヴィーアサンに礼を言おうとしたそのとき、
 突然遠くから大きな光が上がり爆発音が聞こえてくる。
 即座に全員はその方角を注視、用心深く辺りの様子を窺った。
「一体・・・何なの?」
 何が起きたのか解らず、カシスは念のために臨戦態勢を取る。
 今度は違う方角から、同様の光と爆発音が聞こえてきた。
 黒澤は訝しげにその方向を睨む。
「無差別攻撃・・・かもしれませんね」
「念のため、タイプ・ゼロ・ポジティブで攻撃に備えておくよ」
 ラファエルは神剣ラフォルグを抜くと、具現による膜を展開した。
 タイプ・ゼロ・ポジティブと呼ばれるラファエルの具現は、
 自分を中心に直径1mほどの膜を形成し、他者の具現を吸収する。
 ただし、具現で強化した直接攻撃、連続的な攻撃、
 前面以外からの攻撃は吸収することができない。
 また、術者のイメージが強力な場合、吸収しきれない可能性もあった。
 そのため、念には念を入れて全員がイメージによる防御を行う。
 遠くからは幾つも光が瞬き、爆発音が木霊した。
 驚きに冷や汗をにじませた顔で、ラファエルは口を開く。
「幾らなんでも爆発の間隔が早すぎる・・・!
 こんなに凄まじい攻撃を、連続してイメージできるなんて・・・」
「この所業、一人とは考えられませんね。
 恐らく数人がかりで、しかも時間を費やした大掛かりなイメージ構築」
 そう推測した黒澤は顔つきを険しくする。
 自分たちの位置が攻撃されるのも時間の問題。
 とはいえ、今焦って砂漠を抜けるわけにはいかない。
 リヴィーアサンは、先日黒澤と話したことを思い出していた。
(このまま動かなければ状況は悪くなるばかり。
 しかし、深夜までは下手に先へ進むわけにもいかない。
 ならば・・・選択肢は一つ)
 彼女と同じく、黒澤も考えをめぐらせる。
(ここで焦って行動するのは得策ではない。
 どちらにせよ、エウロパ宮殿に向かうことに変わりはないのだから)
 彼にとって重要なのはミカエルと会い、取引すること。
 そのために、今はリヴィーアサンの考えに賛同することを選んだ。
「凪、カシス、ラファエル、貴方たちはここにいなさい。
 私とアシュタロスがこの攻撃をしてる奴を叩くわ。
 もし深夜になっても私たちが戻らなければ、先に宮殿を目指しなさい」
 リヴィーアサンは、腹を決めて皆にそう提案する。
 当然の如くそれに反発したのが凪だ。
「そんな、何考えてるんだよ!」
「いい、凪。これは私とアシュタロスが適任なのよ。
 負けることはなくても、闘いが長引くことは十分ありうる。
 出来るだけ早く、あの子を助けてあげたいと思うなら、行きなさい」
「だけど紅音は・・・俺は、紅音を守るって誓ったんだ!」
 アルカデイアにリヴィーアサンが来た時点から、
 ずっと凪が恐れていたことだった。
 また紅音を危機に晒して、自分は何もできない。
 うろたえる凪に、リヴィーアサンはあくまで冷静に答えた。
「凪は私を、それに紅音を信じられないってことかしら」
「っ・・・それは・・・」
「気持は解るわ。けどね、貴方はルージュを助けに来たのよ。
 二兎を追うもの、一兎も得ず・・・な〜んて、面白くないでしょう?」
 リヴィーアサンに諭され、凪は渋々ながら頷く。
 頷かざるを得ない。それが今とるべき行動なのだから。
 彼女と話すたびに己の幼稚さに気付かされ、凪は自己嫌悪する。
(俺は、イヴを助けに来たんだ。リヴィーアサンを信用しなきゃ。
 けど・・・だけど、不安になる。もしも、紅音に何かあったら)
 信用出来ないということは、ある種の弱さと言い換えられるだろう。
 その弱さを見つめ、凪は自分のちっぽけさを痛感するしかなかった。
「リヴィーアサン、紅音・・・私は、自分に出来ることをする。
 だから、信じてる。絶対に、無事でまた会えるって」
「・・・そうね。でも、それは女の子の台詞よ」
「うぐっ」
 思わぬところで心にジャブを貰った凪だが、
 ひとまずは二手に分かれることを納得する。
 周囲の光は、徐々に凪たちを取り囲んでいるように見えた。
 時間がないと思ったのか、黒澤は早口で話し始める。
「今から私とリヴィーアサンの二人で索敵、及び戦闘を行います。
 高天原君たちは、爆発に巻き込まれないようにこの区域で待機。
 深夜十二時を過ぎたら私たちがいるいないに関わらず、
 まっすぐエウロパ宮殿に向かってください」
「わかった。僕らはイヴを救出後、セフィロトの樹を目指すよ。
 ここから宮殿までが五時間くらいかかる道のりだから、
 合流地点をこことすると、合流時間は明日の午前十一時にしようか」
 ラファエルは大まかな合流地点と時刻を提案した。
 宮殿での行動時間が一時間というのは、果たして長いのか短いのか。
 正直、提案したラファエルもいま一つ解らなかった。
「私とアシュタロスは、その時間にこの辺りで待ってればいいわけね」
 リヴィーアサンの隣で、黒澤はそれを醒めた目で聞き流す。
(合流、ね。申し訳ないが一人で待っていて貰いますよ、リヴィーアサン。
 私も宮殿に、ミカエルに用があってここまで来たのですから)
「ではそろそろ動くとしましょうか」
 そう言うと、黒澤は立ち上がって服についた砂を払った。
 続いてリヴィーアサンが立ち上がり、屈伸を始める。
「久しぶりに全力で暴れるとしよう。おあつらえむきの場所だしね」

04月09日(木)  PM19:04
アルカデイア・辺境・クローバー砂漠

 アニエルは周囲の爆発を眺めながら、身体を抱きすくめる。
「なんと野蛮。だが、なんと美しいことか」
 彼の異様なポージングに、思わずザドキエルが疑問をぶつけた。
「君は、その耽美的なポーズを取らなければ喋れんのかね?」
「喋れぬと言っておこう」
 どこか自慢げな顔で、アニエルはそう言う。
 その行動と言動は、とてもザドキエルの理解出来るものではなかった。
 首を傾げつつ、彼はアニエルと共に爆発の上がる砂漠を見つめる。
「さて、いよいよ鼠がいぶり出されてくる頃合いかな」
「ザドキエル、俺たちがイメージした瞳の数はまだ余裕がある。
 しばらくここで待機していれば、いずれ勝利は確実となるだろう」
「承服しかねるな。それで勝てば、手柄は君のものになりかねない」
 レミエルの提案を、即座にザドキエルが却下した。
 このままではレミエルが敵を駆逐、ザドキエルたちは補佐しただけ、
 となりかねないと危惧したのだろう。
 それにもう一つ、彼は敵を自らの手でなぶり殺しにしたいのだ。
(爆発で死なれでもしては、興ざめだ。
 なんのためにこの私が、こんな砂漠まで出向いて来たと思っている)
 表面では冷静な仮面を被り、取り繕うザドキエル。
 それを知ってか知らずか、アニエルは彼に賛同した。
「確かに、これで終わりというのは私の美学に反する。
 手柄も欲しくないということはないのでね」
「・・・ならば、俺は後方で待機するとしよう」
 レミエルはそう言って、特に反論もしなかった。
 辺りを見回しながら、ザドキエルは笑みを浮かべる。
「では、そういうことで決まりだな」
 彼がそう言い終わるかどうかというところで、
 不意にアニエルが声を上げて指をさした。
「どうやら、二人・・・粉塵に紛れてこちらを探しているようだ」
「ほう・・・これは、随分と早く腰を上げたものだな」
 ザドキエルは上空から二つの人影を捉える。
 相手は、まだザドキエルたちには気付いていない様子だ。
 好機と見たザドキエルとアニエルは、即座にそこへと移動を始める。
 レミエルは、それを仮面の奥の瞳でただ見送っていた。

04月09日(木)  PM23:55
アルカデイア・辺境・クローバー砂漠

 リヴィーアサン達とザドキエル達が交戦に入ってから数時間。
 爆発は止み、凪たちのいる区域は静けさを取り戻していた。
 やがて日付が変わり、彼らが行動する時間となる。
「そろそろ時間だね。二人とも、準備はいい?」
「うん、大丈夫だよ」
「言うまでもないの」
 ラファエルの言葉に返事をすると、
 三人は立ち上がり砂漠の切れ目へと向かう。
 すぐに砂漠は途切れ、代わりに草木と平原が彼らの前に現れた。
 平原を囲むように生い茂る木々は、隠れるのにうってつけといえる。
 砂漠よりは隠れる場所は多く、見つかる可能性も低いと言えた。
 ただし、しばらく進めばもう天使の居住区に入る。
 気を引き締めるために、ラファエルは凪たちに言った。
「ここからは天使が普通に歩いてることもあるから、気を付けていこう」
 それを聞くと、カシスが思い立ったように凪の方を見る。
「・・・凪、しばらくは殺しちゃ駄目とかはナシなの。じゃないと・・・」
「解ってる。私だって、覚悟して来てるよ」
「え?」
 そんな凪の言葉に、思わずカシスはとぼけた声を上げてしまった。
 カシスは改めて凪の顔を見てみる。
 それは、少しだけ彼女の知っている顔と違う気がした。
 心の奥に寂しさを感じるが、すぐにカシスはそれを振り払う。
「どうしたの、カシス」
「なんでもないの。さっさと進むの、ルージュが待ってる」
「うん・・・そうだね」
 木の影や大きな草木に紛れ、凪たちは平原を歩き続けた。
 見晴らしの良い場所はなるべく避けて、
 平原の端から回り込むように市街地を目指す。
 しばらくすると草木の代わりに、アスファルトに似た人工物が現れた。
 足元に広がるそれは、天使たちの市街へ入ったことを知らせる。
 辺りには、凪がかつて見たテントだらけの居住地があった。
 天使たちの目を潜りぬけて、ゆっくりと先へと足を進める。
 ふと凪がカシスの方を見ると、彼女は勝ち誇った顔で周囲を見ていた。
「私たちに気付かないなんてボンクラばっかりなの」
「おかげでこっちも助かるけどね」
 凪とカシスは、ラファエルの後ろをついて慎重に歩く。
 思ったよりも市街地に天使の姿はなく、
 時折通る警備兵に気をつければ問題はなかった。
 だが、エウロパ宮殿へ近づくにつれ、それは大きく変化していく。
 宮殿への道には、一個分隊ほどの天使が見張りに立っていた。
 それに加えて十人程度の天使が、宮殿全体を見回っている。
 恐らく宮殿とその内部は、もっと厳重になっているはずだ。
 宮殿まであと少しというところで、三人は止まらざるを得なくなる。
 近くにある建物の影に隠れると、ラファエルは息を大きく吐き出した。
「はぁ〜。あれじゃ、入るのは容易じゃあないねえ」
「でも作戦を立てる時間もないし、私たちのことはすぐあっちにバレるの」
 凪を含め天使や悪魔といった異能者たちは、
 お互いの位置を大まかに知ることができる。
 それは、暗闇で遠くに聞こえた音のようにぼんやりしたものだ。
 おまけに個人差があり、知覚できる距離は様々。
 だが警戒していれば、凪たちが近くにいることはすぐにわかる。
 綿密な作戦を立てる時間は、カシスの言う通りあまりなかった。
「強行突破は・・・あまりに無謀。
 どうにか見つからないように侵入するしかないね」
「鏡の迷彩がどこまで通用するかな」
「厳しいね。それと、多分イヴがいるのは地下なんだ。
 だから、迷彩がバレて追い詰められたら逃げられない」
「手づまりか・・・」
「せめて鏡よりもっと自然な形で、周囲に溶け込むことができれば・・・」
 そんなラファエルの言葉を聞いて、カシスがあることを思いついた。
「そうなの。私が水で迷彩を作ればいいの」
 鏡だと端々に角が出来て、どうしても継ぎ目に不自然さが出来る。
 水ならば、それを最小限に抑えることができる可能性があった。
 そう考えたカシスに、心配そうな顔でラファエルが言う。
「・・・でも複雑なイメージだよ。大丈夫?」
「あんたに心配される筋合いはないの」
 擬態する水の迷彩、それが複雑なイメージ構築を必要とするのは確かだ。
 水を使い光を回析させ、対象の背後に光を回り込むよう仕向ける。
 かなり高等な具現だけに、カシスにも出来る自信はなかった。
 しかし、天使に心配されては彼女の立つ瀬がない。
 気持ちを落ち着け、ゆっくりと息を吐き、精神を集中させていく。
「十分・・・ううん、五分で水の迷彩を作るから、待ってるの」
 そうカシスが口にした瞬間だった。
 ラファエルは咄嗟に上を向いて険しい顔をする。
「待つ必要はないわ」
 凪たちが身を潜めていた建物の壁に、一人の女性天使が立っていた。
 重力を無視して壁に立ち、手には先の細い剣を持っている。
(彼女は・・・ラグエルか・・・!)
 その存在にラファエルが気づくとほぼ同時、
 こちらに向けて彼女は剣を構えた。
 強力な電力を帯びているらしく、身体が激しく発光している。
(まずい、あれはアニヒレイターだ――――!)
 アニヒレイターとは、ラグエルが名付けた神剣を使った攻撃だ。
 ラグエルが剣を振り上げると、剣先から雷が噴水のように放たれる。
 それはまるで花火だった。閃光が円状になって、周囲を光で覆い尽くす。
 咄嗟にラファエルがタイプ・ゼロ・ポジティブに防御を行うが、
 広範囲に渡るアニヒレイターの攻撃を防ぎきることは不可能だ。
「あぐっ・・・」
 カシスは雷の直撃を受け、感電してその場に倒れてしまう。
 位置的にラファエルの背後にいた凪は、運よく被弾を免れた。
 そのすぐ後に、大きな音が辺りに木霊する。
「来ているとしたら、宮殿の周囲で立ち往生している可能性がある・・・。
 ミカエル様の読みは見事に当たっていたわね。
 でも、本当ならこれでカタがついていたはずなのに・・・流石は四大天使か」
「まさか、君が刺客として来るなんて・・・参ったな」
 中位天使最強とも呼ばれる主天使長、ラグエル。
 その実力は、武闘派の上位天使に勝るとも劣らないと噂されるほどだ。
「ラファエル様。残念ですが、その身柄は確保させていただきます」
「そうはいかないよ。僕らは、ここで捕まるわけにはいかない」
 ラファエルとラグエルは、互いに睨みあいつつ様子を窺う。
 一瞬の隙も逃さぬよう、ラグエルは神剣アプサズを構えていた。
(この闘いは避けられそうにない。でも・・・グズグズしていたら増援が来る。
 それに、イヴを一刻も早く助けなくちゃいけない。それなら・・・)
 この状況でラファエルが考えたのは、自分だけがここに残る選択だった。
 彼は後ろ手にこっそりと、凪にこの場を去るよう合図を送る。
「ラファエル・・・!」
「死ぬつもりはないよ。誰かを助けるとき、死んだら駄目だからね」
 心を落ち着けて、凪はその判断に従うことを決意した。
 まずはカシスを抱きかかえて、宮殿に向かわねばならない。
 こうなっては、もはや考えている余裕などはなかった。
 即座に凪はカシスのもとへ走り出す。
 ラグエルはそれを阻むため、剣を振り上げアニヒレイターを放とうとした。
 その瞬間に、ラファエルは距離をつめて剣を抜きラグエルへと振り抜く。
 思わず振り上げた剣を下ろし、彼女はラファエルの剣を受け止めた。
「ッ・・・なるほど、こう来るとはね・・・自己犠牲精神という奴ですか」
「誰かの道を切り開くためなら、血を流すことなんて怖くないさ・・・!」

04月10日(金)  AM04:52
アルカデイア・エウロパ宮殿・大天使長室

 静かな宮殿の廊下に、一つの足音が響く。
 大天使長室の前で止まった天使は、ノックをして室内へと入っていった。
 仮眠を取っていたのか、ミカエルはアイマスクをつけて、
 ソファーでごろりと横になっている。
 やってきた天使のノックを聞くと、即座に身体を起こした。
「ミカエル様、先ほどラグエル様から報告がありました。
 ラファエルらと思われる三人組を発見、捕捉行動を取るとのことです」
「サマエル達だけでなく、ザドキエル達もしくじるとはな・・・。
 まあ、所詮は急ごしらえの編隊ってことか。
 とりあえず寝ている奴らを叩き起こして、ラグエルのもとへ向かわせろ。
 それで足りなければウリエルを使え。宮殿内の警備は減らすなよ」
「了解しました」
 頭を下げると、天使は部屋を出ていく。
 ミカエルはあくびをかみ殺し、再びソファーに寝転がった。
(さて・・・多少のイレギュラーはあったが、とりあえずは予定通りだ)


 ラファはこの状況でも、まだ信用してるんだろうな。
 それは、危ういほどに純粋で真っすぐで・・・俺を支える唯一つのものだ。
 だからこそ、俺はもう・・・いい加減それを捨てなくちゃいけない。
 

Chapter138へ続く