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黒の陽炎
−4thSeason−

著作 早坂由紀夫

Arcadia Inside

Chapter138
「天空の監獄へ-02-」
 


04月09日(木)  PM20:27
アルカデイア・辺境・クローバー砂漠

 時間は遡り、数時間前。
 交戦状態に入ったリヴィーアサン達とザドキエル達だが、
 事態は一転してこう着状態に入り長期戦の様相を呈していた。
 先制を受けたリヴィーアサン達だが、大した痛手は負っていない。
 砂塵が視界を遮っていたせいで、上手く立ちまわることができたのだ。
 そこから両者は距離を取って、にらみ合っている。
 一度相対しただけで、互いが互いの実力を感じ取り、
 強引な展開に持ち込んでは危険だと理解したのだ。
 リヴィーアサンと黒澤は、砂煙に身を隠しながら様子を窺う。
「この爆撃・・・どうやら我々にピントを合わせ、精度を上げてきています。
 早いうちに具現者を仕留めないと、少々まずいですね」
「でも、敵の総数が解らない以上、あの二人から片付けるしかないわ」
 本来ならば、大まかに敵の位置や総数は解るはずだった。
 それが、二人は霧でもかかったように、その感覚がつかめない。
「いまいち相手の位置が掴めませんね。
 イメージの際に零れ出る力場も、いま一つ感じ取れません」
「アルカデイアか・・・いつの間にか、居心地が悪くなったわね」
「フ・・・アウェーを理由にするようでは、終末の獣も底が知れますよ」
「この程度で私が根をあげるとでも? よく見ていなさい」
 腕を伸ばし、リヴィーアサンは遠くを睨む。
 砂漠の向こうで、大きな黒い炎の竜巻が立ちのぼった。
「ほう、これが本家の黒い炎というわけですか」
 感嘆して黒澤は、その炎の竜巻を見守る。
 炎の竜巻にいぶりだされたのか、一人の天使が彼らに向かって飛んできた。
 軽い火傷を負った様子で、天使は負傷した腕を庇っている。
「元より無傷で勝つつもりなどはない・・・だが、許せんな。
 このアニエルに、火傷とは・・・痕が残ったらどうしてくれるのだ!」
 憤慨しているらしく、その顔つきは険しいものだった。
 彼はぶつぶつ呟いたかと思うと、巨大な羽根が空中に具現される。
 リヴィーアサンはそれを見て、すかさず黒い炎を具現した。
 様子を見ていた黒澤も、彼女に続きガラスの刃を具現して飛ばす。
 アニエルの身体に刃が突き刺さり、更に黒い炎で燃え上がった瞬間、
 具現された羽根が勢いで炎とガラスを吹き飛ばした。
 そのせいで、アニエルはかすり傷程度しか負っていない。
「また、やってくれたな・・・」
 ピクピクとアニエルの顔がひきつり、怒りの表情を浮かべた。
 黒澤とリヴィーアサンは、冷静な表情でその様子を見つめる。
「妙なものを具現される前に倒しておきたかったけど・・・」
「そう上手くはいかないようですね」
 羽根が完全に具現されると、次に昆虫の触角に似たものが具現された。
 前脚や他の部位も形作られていき、やがてそれは大きな蝶となる。
「どうだね・・・これで君たちを仕留めてみせよう。
 正五角形という美を兼ね備えた完璧なる美の象徴、それが蝶だ。
 そして私のズィーベルンは強さも兼ね備えている! 素敵だ!」
 怒りと喜びの混ざった表情で、彼はそう力説する。
「・・・これは、任せてもいいかしら?」
 狼狽した顔でリヴィーアサンは黒澤にそう尋ねた。
 彼は眼鏡を抑え、首を横に振る。
「いえ、それはまずいですね。あれをどう扱ったものか・・・」
「突っ込み要員として凪でも残しておけばよかったわ」

04月10日(金)  AM05:10
アルカデイア・エウロパ宮殿

 イヴの羽切刑まであと数時間。
 十分以上を要したが、なんとかカシスは迷彩の具現に成功する。
 凪たちは鏡の迷彩を捨て水の迷彩を纏い、既に宮殿内へと侵入していた。
「思ったより時間はかかったけど、なんとかイメージ出来て良かったの」
「うん・・・この天使の数、普通に相対したら危なかったね」
 先ほどから、凪たちに気付かず通り過ぎる天使の数は二十を超える。
 明るく辺りがよく見えるエウロパ宮殿内では、
 鏡の迷彩は光の反射で見つかっていただろう。
 とはいえ、水の迷彩も完璧ではない。
 彼らはなるべく、天使の可視範囲外を移動するようにしていた。
 そんな二人に、ここで大きな問題がのしかかる。
「・・・せめてイヴの場所を大まかにでも教えてもらえばよかった」
「ラファエルは細かいとこでへまする奴なの」
 二人にはイヴが地下にいるらしい、ということしか解っていない。
 宮殿の位置関係は解らないし、地下へどう行くかなど知るはずもなかった。
 天使を捕まえて聞こうにも、上手く隊が配置されていて、
 一人が消えればすぐに解るような仕組みになっている。
 駄目もとで探索するしか方法はなさそうだった。
「よし、この部屋に入ってみよう」
 そう言って凪は、ある一室の扉をゆっくりと開く。
 扉のすぐ上には第六書庫と書かれていた。

04月10日(金)  AM05:13
アルカデイア・エウロパ宮殿内・第六書庫

 部屋に入って辺りを見回すと、即座に凪とカシスは近くの物影に隠れる。
 すぐ近くのテーブルに、ウリエルの姿があったからだ。
 彼はこちらに気づいていない様子で、本を真剣に眺めている。
「あの天使・・・どこかで見たような気がする」
「そんなことより、この場に居たらヤバいの。あいつ相当強そうなの」
 二人が扉に近寄ろうとすると、一人の天使が室内に入ってきた。
 流石に至近距離では姿が視認されかねない。
 慌てて凪たちはまた物影へと隠れた。
「ウリエル様、ここにいらしたのですか。探しましたよ」
「・・・む、どうした」
 顔を上げてウリエルは天使のほうを見る。
 そこでようやく、凪とカシスはその天使がウリエルだと気がついた。
「確か、ルシエと闘ったときに協力してくれた天使だ・・・。
 た・・・闘ったらやばい、よね」
「あっちは神剣の所持者で、おまけに四大天使。
 二対一であっちの増援無しでもやばすぎる相手なの」
 こそこそと二人が話していると、ウリエルがちらりと凪たちのほうを見る。
 そっと出していた顔を、すぐに本棚で隠した。
「どうかされましたか?」
 呼びに来た天使も、つられて凪たちの隠れている本棚を見る。
 凪たちにとって心臓に悪い沈黙が、しばしの間辺りを支配した。
 間をおいて、ウリエルはかぶりを振る。
「・・・いや、どうも最近居もしない者の気配を感じてな」
「ああ、たまにありますね・・・って、こんな話してる場合じゃないんです!」
「悪い悪い、で・・・ラグエルの加勢にという話だったか」
「はい。既にラファエル様と交戦状態に入っていると伝達がありました」
「そうか・・・ラファエルと、か」
 難しそうな顔をしてウリエルは宙を見つめた。
 彼の心情を察したのか、天使もそれ以上は何も言わない。
 少しすると、彼は本を閉じて立ち上がった。
「了解した。私はこれよりラグエルのもとへ向かう」
「・・・それでは、失礼します」
 天使はそれだけ言うと、一礼して部屋から出ていく。
 ウリエルは本を棚へと戻すと、そっと目を閉じて深呼吸をした。
(今日は何という日なのだ。神が私を試しているのだろうか。
 いや・・・今は、ラファエルのことに専念しなければ。
 奴はその愚直なまでの正義と信念で闘っている。
 迷いを持ち込めば、負けるのは私の方だ)

04月10日(金)  AM05:16
アルカデイア・フロスティア

 一方、ラファエルとラグエルの闘いはまだ続いていた。
 天使の増援が来るたびにラファエルは場所を移動し、
 同じ場所に留まらないよう闘っている。
 そのせいで、増援の天使たちは場所の特定に手間取っていた。
 建物の間を縫うようにして、ラファエルは市街地を走る。
 後を追いながら、ラグエルは攻撃のイメージを固めていた。
 単純な移動速度ならばラファエルの方が数段上だが、
 ラグエルには神剣アプサズを使った高速の攻撃方法がある。
 雷突-サンダリング・ピアス-と呼ばれる彼女の得意技だ。
「行きますよ」
 あえて宣言する。なぜなら、見てから回避することは不可能だからだ。
 全身を雷のイメージで包みこみ、音速を超える速さで標的へと飛びかかる。
 本来ならば、次の瞬間に相手はアプサズの突きにより貫かれ、
 黒こげとなり遥か後方へと弾き飛ばされているはずだった。
 ラファエルは常にタイプ・ゼロ・ポジティブで身を守っている。
 移動時も、ラグエルに背を向けることはしなかった。
 その甲斐あってか、ラグエルの攻撃はラファエルの神剣に阻まれる。
 しかし、サンダリング・ピアスの爆発力は膨大。
 全てを受け切るにはあまりにも理不尽な破壊力だ。
 タイプ・ゼロ・ポジティブではその全てを吸収しきれずに、
 身体ごと弾き飛ばされたラファエルは近くの建物に叩きつけられる。
「ぐっ・・・!」
 呼吸が止まりそうなほどの衝撃に、思わずラファエルはうめき声をあげた。
「上手く時間を稼いだつもりでしょうが・・・宮殿にはミカエル様がいます。
 あの二人がイヴのところまで辿り着くのは不可能ね」
「大丈夫さ、凪君なら・・・きっとイヴを助けられるはずだよ」
「何の根拠があって、そんなことを言ってるんです」
「僕は、あの二人を信じてるから。そして、みっき〜を・・・信じてる」
「・・・やはり、貴方は甘すぎる。その甘さを捨てなければ、後悔しますよ」
 剣の切っ先をラファエルに向けて伸ばし、
 ラグエルは姿勢を低く突きの構えをとる。
 彼女が持つ神剣アプサズは、相手を突き殺すのに向いた形状の剣だ。
 それは、サンダリング・ピアスという技からも窺い知ることが出来る。
 威圧するようなラグエルの構えに、ラファエルはたじろがず立ち上がった。
「何も捨てるつもりはないよ。全て抱えていく!」
「ならば・・・突き崩すまで――――!」

04月10日(金)  AM05:20
アルカデイア・エウロパ宮殿内

 第六書庫から出て、凪たちはまた幾つかの部屋を探索する。
 宮殿内を回っているうちに、ようやくそれらしい扉が姿を現した。
 警備している天使が何人か立っていて、迂闊に近づくことは出来ない。
 しかし、そのまましばらく見ているうちに、
 凪は誰もいなくなる瞬間が十数秒出来ることに気がついた。
「これなら、急げば何とかなるかもしれない」
「確かにあの中には入れそうなの。でも、もし全然違う部屋だったら?」
「・・・それは、困った」
 そんな可能性を考えながらも、行動するしかないと二人は思い立つ。
 警備の天使がいなくなった瞬間を見計らい、急いで扉を開けて中へ入った。
 中は細長い廊下になっていて、二人は恐る恐る先へと進んでいく。
 曲がりくねった造りの長い通路で、少しすると足元に段差が現れた。
「これは、螺旋状の階段みたいだね」
「予想通りだったの」
「全く、よく言うよ」
 解っていたと云わんばかりの顔をして、カシスは凪に偉そうな顔をする。
 凪は呆れた顔で笑いながら、気をつけて階段を降りていく。
 しばらくすると、階段は終わり大きな広間に辿り着いた。
 道は左右と前方の三方向に分かれている。
 このどれかの通路の先に、イヴがいるのだろうか。
 焦る心を抑えて、凪は辺りを見回してみた。
 まずは、巡回する天使がいるかどうかを知る必要がある。
 牢屋に閉じ込められているのなら、鍵が必要になるかもしれない。
 そう考えて凪が何気なくカシスの方を見ると、
 彼女の姿がはっきりと見えることに気づいた。
「あ、れ・・・ちょっと、カシス・・・?」
「え? あ・・・なんで迷彩を脱いでるの、凪」
「脱いでないよっ、消えた・・・の?」
 状況を理解すると、全速力で隠れる場所を探し始める。
 だが、そんな場所は見当たらなかった。
 遮蔽物はおろか、こざっぱりした広間で何も物がない。
「・・・これ、ヤバいよね」
「マジヤバなの」
 辺りに天使の姿がないことだけが唯一の救いだが、
 今のままでは見つかるのも時間の問題だ。
 先ほどよりもかなり焦った様子で、二人は考えを巡らせる。
「どうしよう。とりあえず、イヴを探さないと」
「そ、そうなの。その前に水の迷彩を具現しなおすの」
「駄目だよ、そんなことしてたら天使に見つかっちゃう」
「えっと・・・とりあえず先に進むのっ」
「そうだ、そうだねっ」
 軽い混乱に陥りながら、二人は先へ進むことを決めた。
 三つある通路のうちどれかを進み、まずイヴを見つける。
 その後のことは、とりあえず後回しになったようだった。
 

Chapter139へ続く