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頑張れ、西園寺先輩!

著作 早坂由紀夫


第三話
「保健室にて(U)」


 昨日は突き指をした俺だが、また普通に練習をしていた。
 運動場を50周するとパスから始める。
 基礎練は欠かすわけにはいかなかった。
 なぜなら黒澤がその眼鏡を光らせている。
「もっと鋭くパスしなさい、西園寺君」
「え、俺っすか?」
「君は最近、なにか弛んでいますよ」
 ぎくっ。
 確かに最近は高天原さんの事で頭がいっぱいだった。
 少し気を引き締めなきゃな……。


 しばらくして練習が終わると、
 ふいに圭吾が話しかけてくる。
「なぁ、すげぇ噂仕入れて来たんだけど」
「は? なんだよ」
「それがなぁ……黒澤と、あの子が出来てるらしい」
「あの子?」
 その口振りだと、どうやら学生を指してるみたいだ。
「高天原凪」
「……は?」
 開いた口がふさがらなかった。
 圭吾は得意げな顔でにやついてる。
 ボディブローでも入れたいが堪えておこう。
「どうせデマだろ?」
「さあな〜。確かめてみるか?」
「え?」
「ほら」
 ふいに圭吾が指差したのは、
 運動場から出ていく黒澤の姿だった。
 要は後を付けようという事らしい。


 で、俺はその誘いに乗って黒澤を尾行していた。
 黒澤はどこか用事があるらしく、
 職員室とは違う方向へと歩いていく。
 さらに後を付いていくと奴は保健室で足を止めた。
「……あんな所になんの用だ?」
「ば〜か、高天原さんと密会に決まってるだろ」
「保健室でか?」
「まぁ……ベッドとかあるし」
 血の気がサーッと引いていくのが解る。
 そんなショッキングな光景を見たら俺、寝込むぞ。
 とりあえず圭吾に蹴りを入れておいた。
「なにすんだよっ」
「あの子はそんな子じゃねーよ」
「邦彦、お前は女を知らないんだなぁ」
 妙ににこやかな微笑みで俺の肩をポンと叩く。
 なんだか無性にむかつくぞ、畜生。
「とにかく中を見てみようや」
「そう、だな」


「あれ……黒澤、先生?」
 そっと開けたドアの向こうには、
 高天原さんと黒澤のツーショットがあった。
 彼女はベッドで休んでいるらしい。
 その隣で黒澤は椅子に座っていた。
「……マジだったか」
「圭吾、黙ってろ」
「あらら……マジなのは邦彦の方か」
 保健室の中では二人が親しげに話している。
 なんか見ようによっては恋人に……見えない事も……。
 いや、気のせいだ! そんなのは間違いに決まってる!
「どうしたんですか、こんな所で」
「君が過労で倒れたと聞きましてね」
「……ちょっとクラッと来ただけですよ」
 控えめに高天原さんは笑っていた。
 だが黒澤はそんな彼女に真剣な声で言う。
「何を言いますか。そういう認識じゃ駄目ですね。
 ちゃんと体力のつく物を食べて、
 頑張りすぎには気を付ける事です。
 君は少々、危なっかしいくらい頑張る癖がある様ですから」
「それ、は……」
 ぽんぽんと高天原さんの軽く頭を撫でた。
 照れてるのか彼女は黒澤の手が離れると、
 両手で頭を押さえて俯く。
 凄くいい雰囲気じゃねえか……。
 黒澤も妙に良い事言ってるし。
「あの……」
「はい?」
「私、後は寮に戻って安静にしてますから」
「……ええ」
「その、先生がいるとベッドから出られないんですけど」
「おっと……これは失礼しました。
 まあ気にせずにスカートをはいて頂いても結構ですが」
「ば……馬鹿な事を言わないで下さい」
「冗談ですよ」
 ちょっと下着にYシャツ姿の彼女を想像してしまった。
 しかも保健室のベッド。なんか……エロい。
 だが黒澤の野郎、さりげなく
 とんでもない事を言いやがった。
 そこで保健室から出る気なのか黒澤が立ちあがる。
「やべぇ、逃げようぜ」
 隣でそういう圭吾。

 けど次の瞬間――――――

 黒澤はふいに高天原さんの方に身体を傾ける。
 そして彼女の髪をかき上げるとその額にキスをした。
「なっ……なにするんですかっ」
 思わず額を押さえて高天原さんは黒澤を睨む。
「ふふ、少し意地悪をしてみたんですよ」
 にこやかな笑顔でちらりと俺達の方を見た。
 まさかあの野郎、俺達に気付いてる……?
 と、そこで俺は隣に誰かいる事に気付いた。
「あんの……女狐ッ……」
 黒澤妹だった。
 偶然に通りがかったらしく、
 凄い表情であの二人を睨んでいる。
 その手に持っているスチール缶が握りつぶされた。
 とんでもない握力だな……。
 彼女はその勢いで保健室のドアを乱暴に開けた。
「お兄さまをたぶらかすなんてッ……貴方という人はっ!」
 声にならない怒りで黒澤に詰め寄っていく黒澤妹。
「いや、今のはですね……」
「こんな女に騙されてはいけませんわ、お兄さま!」
「私……何も騙してませんけど」
「お黙りッ!」
 う〜ん。
 どうやら黒澤と高天原さんは恋人ってワケじゃ無さそうだ。
 良かった……。
 でも保健室の中は凄い修羅場になっている。
「病弱そうな顔でお兄さまを騙して……
 どうせ仮病なんでしょうッ?」
 急に黒澤妹が高天原さんの手を引っ張った。
 すると高天原さんがバランスを崩して、
 ベッドからずり落ちてしまう。
「わ、わあぁっ」
 床に落ちた彼女は、想像通りYシャツに下着だった。
 Yシャツの隙間から清楚な下着が……。
 それも体勢がまたベッドから落ちた為に、
 グラビアのポーズみたいだった。
 無防備なその姿に俺の目は釘付けになってしまう。
 特に、下着。
 だが残念というべきかYシャツで殆ど見えなかった。
「これはお宝ショットじゃねーか、金になるッ」
 そう言って写真を撮ろうとする圭吾をはっ倒した。
 ただ、視線はその姿から逸らさない。
 すぐに高天原さんは布団を引っ張って身体を隠す。
「美玖……やりすぎですよ」
「うっ、まあ……その、あれですわ。
 この場は非礼を詫びる事にしてさしあげます」
「あ……あははは……危ない所だった」

To be continued→