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キラーズマンション

著作 早坂由紀夫

前編
『入室条件』



 僕が借りた部屋は1LDKの5万円。
 敷金礼金無し。
 正に好条件と呼ぶべき物件だった。
 付き合って一年になる彼女のシルクが、
 同棲するという事で見つけてきたのだ。
 すぐに僕と彼女はそれに飛びついて住み始める。
 築5年というだけあって充分に綺麗だった。
 殺菌や壁の塗り替えなども住んでいて、
 同棲を始めるにはぴったりだと思っていた。
 2−3号室という場所も悪くない。
 はっきり言って少し良すぎる位の条件だ。

  「ねぇシルク、この部屋って幽霊でも出るのかな」

 僕はそう彼女に聞いてみる。
 彼女はそう言った類の話が少し苦手だった。
 だから僕の肩にくっつく様に抱きついてくる。

  「確かに安すぎるよね……」
  「まあ、僕はそういうの平気だけど」
  「私は凄く苦手」
  「知ってる」

 シルクは少し怒って僕の肩をこつん、と叩いた。
 それで僕が幽霊の仕業だ、と言うと呆れた顔をする。
 僕達はそんな具合に仲が良かった。
 幽霊が本当にいたとしても平気さ。
 そんな風にさえ僕は思っていた。
 けれど次の日、僕らは左のお隣さんに会って驚いてしまう。
 黒ずくめの姿にサングラスをした男だったからだ。

  「何の様だ……仕事か?」
  「……は、はい?」

 僕が不思議そうな顔をすると彼は言う。

  「カップルでこの仕事をするなら気を付けな。
   片割れが居なくなると、
   すぐに自分の幕も引く奴が多いからな」
  「あ、あの……いったい何の話ですか?」
  「まあいいさ。用がないなら声はかけないでくれ。
   人と話すとツキが落ちるんでね」

 そう言ったかと思うと彼はゆっくりとドアを閉めた。
 僕は腑に落ちない物を感じながらも、
 右隣の部屋のチャイムを鳴らす。
 すると出てきたのは下着姿の女性だった。
 色っぽい黒の下着を付けて銜え煙草をしている。
 やさぐれた、といった感じの女性だった。
 ネームプレートには『ビッチ』と書いてある。
 恐らくはブラックジョークだろう。

  「こんにちわ、隣に越してきました」
  「あ、そ。カップルか……まあその娘に飽きたら来なよ。
   私も丁度パートナー探してたんだ」
  「へ、へぇ……?」

 そう言うと僕の顎を軽く右手で撫でる。
 シルクは脱兎の如く僕を連れて走り出してしまった。
 マンションの外まで来た時、僕は思わずシルクに言う。

  「あれは冗談だよ、きっと。そんなに慌てなくても良いのに」
  「ち、違うのよ! あの人の左手、拳銃を握ってたの!」
  「……え?」

 何を言い出すかと思えば……。
 彼女はアメリカを知らないのだろうか。
 ここだって銃の携帯は許されてる。
 まあ、握ってたって言うなら少し問題だけど。

  「……あまりお隣さんとかと仲良くするのはよそうよ、ね?」
  「ん〜、まあ面白いんじゃない?」

 僕はまだ楽観的に考えていた。
 とりあえずマンションの自室に戻ってくると、
 夕飯を取る事にする。
 そして少しの間僕らは夏の夜を楽しんでいた。
 すると急に辺りが騒がしくなる。
 何事かと思い外に出ようとすると、
 シルクは僕の手を掴んでうずくまってしまった。

  「外に出ない方が良いよ。なんか危ないかも知れないもの」
  「ったく、シルクは恐がりだな……」

 僕はそんなシルクの頬に軽くキスをする。
 それから僕は外へと出ていった。
 すると廊下には隣に住んでいる女性が居た。

  「あなたも仕事なの? まあ稼がなきゃね〜」
  「いえ、今日は休みですけど……」
  「そうなの? まあいいわ、じゃね」

 彼女は目の前で銃を取り出し弾を込める。
 かと思うとすぐに腰のベルトに携帯した。
 僕はそれに面食らってしまう。
 だって、幾ら夜だからって銃を携帯して
 仕事に行くなんておかしかった。
 ゆっくりと彼女はエレベーターに乗って去っていく。
 それを僕はただ呆然と見つめていた。
 マンションの住人達はしばらくして、
 彼女と同じように銃を携帯して出かけていく。
 一体、彼らはどんなに危険な場所に行くつもりだよ……。
 僕は自室に戻ると、思わずシルクの身体を抱きしめていた。

  「あ〜怖かった」
  「……ど、どうしたの?」
  「すっごく恐いものみちゃってさ」
  「え、ええ……!?」

 彼女は反射なのか強く僕に抱きついてくる。
 なんだかそれが面白かったが、
 部屋に鳴り響いたチャイムの音でそれはかき消された。
 何度も鳴り続けるそれは僕もさすがに恐怖を感じてしまう。
 僕はシルクの手前、余裕を持ってドア越しに話しかけた。

  「どなたですか?」
  「仕事を持ってきました」
  「……は?」
  「とにかく投函しておきますよ」
  「は、はあ……」

 そう言われて投函されたのは真っ黒な封筒だった。
 そんな代物を見たのは初めてで、僕は驚きを隠せない。
 と、後ろにいたシルクがそれを引ったくった。

  「ちょ、ちょっとシルク?」
  「私が内容を見ておいてあげる」

 そう言って封筒を開けると、
 彼女は無表情でその書類を見続けている。
 僕は気になってそれをかすめ取って見ようとした。
 だが、次の瞬間に彼女は凄い勢いでそれを奪いかえす。

  「シルク……?」
  「や、あのね、まあいいじゃない」
  「良くないよ。どうしたの」
  「この中身は見せたくないのよ」

 そう言う彼女だったが強い口調ではなかった。
 そしてシルクはその封筒をどこかへと仕舞ってしまう。
 僕らはそんな風にして一緒の布団で眠りに就いた。

   …………

 しばらくして僕は月の明かりで目を覚ます。
 青白い光に満たされた室内に、裸の女性が立っていた。
 どこか神聖な物とさえ映るその肢体。
 その女性は真っ黒な服に着替えていた。
 しかも身体のラインが出る服。
 一瞬、隣の女性かとも思った。
 でもすぐに解る。
 それは……シルクだ。

  「……綺麗だ」
  「あ、バレちゃったか」

 そういうと彼女は僕に微笑みかける。
 だが僕はその笑みと正反対な彼女の格好に、
 顔が引きつってしまった。
 シルクの手には銃が握られていたのだ。
 それもまだ組み立てている途中と言った状態。
 バネやなにやらがテーブルの上には乗っかっている。

  「その銃、一体どこから……」
  「下着入れの中にバラして入れて置いたの。
   あなたは絶対に見たりしないって知ってたから」
  「君は……一体」
  「まあ知られても良かったんだけどね、
   きっとあなたはお淑やかな子の方が
   好きだと思ってたから黙ってたの」
  「だ、だから何を?」
  「言ってなかったけど……このマンションね、
   通称『キラーズマンション』って呼ばれてるのよ」
  「キ、キラーズマンション?」

 という事はつまり、隣の人達の仕事って言うのは……。
 それでシルクが言おうとしている事って言うのは……。
 会話の間も彼女は銃の組み立てや点検をしていた。

  「そう。ここは殺し屋専用のマンション。
   ……つまり、私は殺し屋なの。
   普通はそんな事聞いたら引いちゃうよね」

 少し寂しそうな顔をしてシルクはそう言った。
 確かに僕はとても驚いている。
 だって幽霊とかを怖がってる彼女が、
 人殺しを仕事にしているなんて……。
 今まで僕に見せていた顔は全部嘘だったのか?
 彼女はため息を一つ優雅に吐いてみせると言った。

  「私、これから仕事なの。
   だから帰ってくるまでに決めておいて」
  「決めるって……何を?」
  「こんな私でもいいのかって事……」

 そう言うと彼女は僕に触れる様なキスをする。
 少し恥ずかしかったのか、シルクはそっぽを向いた。
 そしてすぐに窓から飛び出していってしまう。
 その姿はまるでしっくりと似合って映っていた。
 凄く……しなやかで、鮮やかで……美しい姿だった。
 僕はしばらくの間夜の闇に消えていくシルクを眺める。
 その後で考えてみた。
 どうすればいいのか解らない。
 とりあえず僕はコーヒーを作って飲んでみた。
 ……オーケー、今のは夢じゃない。
 彼女は僕にこれからどうするかを問いかけていた。
 このマンションにこれからも住むのか。
 寝るのを諦めると僕は彼女の帰りを待つ事にした。
 そう、一つ彼女は勘違いをしている。
 殺し屋だっていう事くらいで醒めてしまうワケがないんだ。
 ありったけの気持ちを抱えながら、
 彼女が帰ってくるまで僕は良い言葉を考える事にした。

続くかもしれない