確かに夏休みにはよく旅行する家族だ。
今年に限っていかないはずはないだろう。
だがよりにもよって俺が帰ろうと思った時に・・・。
「はあ、俺が帰るっていう可能性は考えなかった?」
「凪くらいの年頃の子が帰省してくるなんて思う?」
「・・・確かに」
言われてみればそうかもしれない。
俺くらいの歳の奴が一年の夏に帰省なんて普通しないか。
いや・・・普通じゃないのは家族の方だよ、な?
「ま、そういう事だから。凪も何処かいけば?」
「そうする」
俺はそう言うとこっちから電話を切ってやった。
だがほぼタイミングは同時だ。
くだらないがちょっと負けた気がする。
と、紅音ががばっと布団をはねのけた。
そしてパジャマを脱ぎ出す。
「あつい〜〜っ」
俺はさり気なく目線を反らしてしまった。
情けないが文句を言うタイミングが掴めない。
「紅音、起きてたの?」
「ふゃ〜〜・・・今起きたぁ。
なんか凪ちゃんが『俺』って言ってる夢見たよ〜」
ぎくぅっ。
なんでそんな変な夢見るんだよ・・・。
まさか今の会話聴いてたんじゃないよな?
微妙にバレる危機が久しぶりで危機感が足りない。
うぉお・・・だがなんにせよ誤魔化さないと。
「『俺』じゃなくて『お礼』じゃないの?」
「う〜ん、眠いから解らないよぉ」
確かに紅音の瞼は閉じたままだった。
それでいて起きて座ってるんだから奇妙な光景だ。
とりあえず疑ってるワケじゃないみたいだな。
「そうだ〜、今日は夏休みだぁ〜〜〜」
その言葉でまたバタンと布団に倒れ込む。
幾ら休みといっても自堕落に生きると後で困るぞ、紅音。
俺は親心で紅音を起こしてやる事にした。
というより他にやる事がない。
なにせ今日一日の予定が丸々崩れたからな。
ベッドの二階に昇って紅音の耳元で叫ぶ。
「起きなさ〜い、紅音っ」
その時、紅音のパジャマが凄く微妙にはだけていた。
下着が見えそうで見えないと言うか・・・なんというか。
見ちゃいけないのだと解っていても気になってしまう。
・・・朝っぱらですぞ!
俺は何を考えてるんだよ、紅音だぞ?
この幼児体型と普通の狭間の体型に劣情を抱くはずがない!
「起きないと、くすぐるからねっ!」
もう半分投げやりでそんな事を叫んでいた。
「その声の目覚まし時計があったらいいね〜」
何を訳のわからない事を言ってるんだか。
録音できる奴を買えばそんなの簡単だ・・・ってそこじゃない。
その反応自体が間違ってるんだ。
こいつはホントに休みに弱いよな。
仕方ない、悪魔の話題で引き込ませるか。
「くお〜んっ! ルシファーさんが部屋に来たよっ!」
「・・・来るはず無いよ〜」
畜生、簡単に引っかかると思ったんだが・・・。
まさか紅音って進化してるのか?
まあ人間だから当たり前だな。
「ルシファーさんがバラエティ見て笑ってるよ!
新人の芸人で良いコンビ見つけたって!」
「そんなのやだぁ〜〜っ」
そう言うと紅音は布団を暑さでさっき払ったせいか、
多少はあっさりと起きてくれた。
そしてベッドを降りてくる。
だが起き出すなり紅音はパジャマを脱ぎ散らかした。
怒ってやりたいがまともに紅音を見る事も出来ない。
「そう言えば今日、凪ちゃんが実家に帰るんだよね」
「それが、私さあ・・・家に帰るの延期になっちゃった」
「え・・・ホント!?」
必殺、紅音スマイルだ。
ほにゃ〜っとした笑顔で俺に抱きついてくる。
しかも下はまだ下着しか付けてなかった。
紅音の肌の感触が俺の服を通して伝わってくる。
俺の精神を暴走させる気か・・・?
「じゃあ皆で旅行行こ〜よっ」
「旅行・・・?」
「うんっ! ほら、真白ちゃんとか紫齊ちゃんとか誘って、
皆で日本縦断ツアーしようよっ」
「そ、それは無理だと思うけど・・・紅音は、実家に帰らないの?」
そういえば紅音の家族構成って聞いた事ないな。
まあ俺も紅音にあまり家族の話はした事ないけど。
紅音は一際ふにゃ〜っとした笑顔で言う。
「ウチは・・・パパとママが甘えん坊さんなんだぁ。
だから時間がある時は帰ったりしたいんだよねぇ〜」
「よく帰ってるの?」
「ううん。パパがお仕事を放り出して来ちゃうから、
帰るのは大きなお休みの時だけなんだ〜」
仕事を放り出して来るって・・・親バカだ。
娘には父親が例外なく親バカになるそうだからな。
ただでさえ紅音だし。
あんまり馬鹿だと可愛らしく見えてくるもんだ。
その上この紅音スマイル。
しかもこの歳で両親をパパ、ママ。
親からしてみれば最高の娘かもしれないな。
「ふにゅぃ〜」
いつのまにか冷蔵庫から出した飲み物で顔の熱を冷ましてる。
そこまで暑いとは思わないが・・・紅音は起きがけだからだろう。
妙な声が気になるが、いつもの事だ。
気にするのはよしておこう。
俺はうちわで紅音を仰いでやる。
だが少しすると自分の髪が熱を吸収して暑くなってきた。
ので俺は自分を仰ぐ事にする。
「凪ちゃんって髪、ロングのままだよね〜。切らないの?」
「ま、まあちょっと事情があって」
切った事が母親にバレようものなら地獄行きだ。
どんな地獄に行くのかは想像もつかないが。
「じゃあさぁ、また後ろで縛ろうかぁ。
それとも編み編みして良いかな〜?」
あ、編み編み・・・三つ編みの事だろうか。
そんな髪型にされた日には男としての緩慢な死が待ってる。
まだ後ろで縛った方が良い。
邪魔にもならないしな。
「後ろで縛・・・」
「編み編みしよぉ〜っ」
ぱあぁっと輝きに満ちた目で俺を見る紅音。
なぜか俺の髪をくるくる巻き始めた。
なんだ?
一体、どうなるんだ?
未だかつてない不安の色が俺の顔に浮かぶ。
三つ編みした俺なんて・・・想像の範疇を越えていた。
しかし止めようとすると紅音が泣きそうな声で制止する。
「もぉ〜、絶対似合うんだからぁ〜」
俺はなんで怒られているんだろう。
その時に紫齊が部屋にやってきた。
「ご機嫌いかが〜?」
ドアを開けてからドアの内側をノックしている。
それはもうノックの意味を成していない気がした。
そしてすぐさま俺達の所に歩いてきて座る。
「三つ編みしてんだ」
「紅音が勝手にやってるの。所で紫齊は実家に帰らないの?」
「ん〜、ちょっと帰る気がしなくて・・・さ」
珍しく潮らしい顔でそう言う紫齊。
そう言えばこいつって家の事になると歯切れ悪くなるな。
やはり人には言いたくないのだろうか。
紫齊は取り繕った様に笑うと俺の事を軽く叩く。
「痛っ・・・」
「それよりさ、私達で旅行でも行こうよ。やっぱ海?」
「あっ、海〜〜っ! それグッドアイデア〜」
紅音と紫齊が海に想いを馳せていた。
だが重要な事をこいつらは知らない。
俺は泳げない・・・っていうか水着着れない。
パレオという非常手段もあるが基本的に危険極まりない。
胸パットは精巧なのでバレないとは思う。
でも露出度が上がれば上がるだけバレる危険は増すのだ。
皆の水着姿は少し見たいが・・・はっ!
見たくない、見たくない!
「じゃあ新しい水着買いに行かないとねぇ〜」
「凪なんか海行ったらどれくらい男集められるんだろうね」
「うぅ・・・」
紫齊、嫌な事を言わないでくれ。
ナンパなんてされたら俺、一週間くらい落ち込みそうだ。
それもサーファーみたいな方々に見られた日には・・・はぁ。
「凪ちゃんは私がしっかりガードするもん。
絶対に変な男の人とかに付いて行っちゃ駄目だよ」
「紅音・・・それは私の台詞」
「凪も賛成みたいだし、真白ちゃんとかにも伝えなきゃ」
「えぇ? ちょ、ちょっと・・・」
しまった・・・なぜか俺の意見が賛成の方向に流れている。
「んじゃ、今日の午後にでも水着買いに行こうね」
「うんっ! またね〜紫齊ちゃんっ」
言うだけ言うと紫齊はスキップで部屋を出ていく。
待ってくれ、おニュ〜の水着なんて要らねぇ・・・。
女物が男物より増えてどうするんだよ、俺は。
紅音はどんな水着を買おうか考えてるみたいだ。
「凪ちゃんはあんなのが良いよねぇ〜。
あ、でもあれも似合うかもぉ〜」
あれってなんだ?
紅音は自分の机の上にあるなんかの雑誌を持ってくる。
そして俺に見せてきた。
「これなんか凪ちゃんに似合うよ〜」
「や、これは・・・きわどいよ」
「このくらいの方が凪ちゃんに合うよ合うよ〜」
やばい。
流されて本当に着せられそうだ。
紅音の笑顔を見てると着ても良い様な気がしてくる。
駄目だ駄目だっ!
全然よくないだろっ!
「あっ、凪ちゃんは肌焼いたら駄目だよっ」
「それは・・・うん」
「凪ちゃんは美白美白っ」
男で美白ってのも軟弱気味で嫌だな。
まあいいや。もうどうでも・・・勝手にしてくれ。