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紫苑の夜

著作 早坂由紀夫

Chapter20
「SEASONS」

 

7月26日(土) AM07:09 快晴
寮内自室

今日はお日様がヤケにご機嫌だ。
そして紅音の機嫌は真逆でメチャメチャ悪かった。
原因は俺の帰省だ。
この学園は夏や冬、春休みには基本的に寮を閉鎖する。
でも地方から出てきた子や特に帰る気のない子のために、
寮を開放しているのだった。
勿論、男子は全員放り出される。
学園側としてはその分も寮の生活費を請求するわけだから、
儲かると言えば儲かるのだろう。
だが女子も大体が帰省する。
それがこの学園の常なのだ。
しかし俺がしばらくは寮にいると学園側に言った後、
大勢の人間が帰省を止めたのは信じられない事実だが本当だ。
でも俺だって実家に帰りたい。
色々あったから少し実家でゆっくりしたかったのだ。
男としての生活を取り戻したかったし・・・。
だが紅音が凄く反対していた。
そのせいでしばらくは寮生活を続けていたのだが、
8月に入る前に一度帰る事を決めた。
っていうか帰省くらいで今生の別れみたいな顔をされるのは辛い。
最近特に紅音は妙に俺と離れるのを嫌がるんだよな。
一体いつになったら自立してくれるのだろうか・・・?
で、結局は紅音が起きる前に発つ事にしたわけだ。
支度するモノなんて大してない。
家に女物を持ち込みたくはないしな・・・。
中学時代の友人と再会したくもある。
・・・と考えたのもつかの間、出発直前に俺は母親に連絡する。
紅音が寝ているのを確認してから携帯で電話した。

「もしもし、母さん? 今からそっち帰るから」
「・・・そっち? 私達は今イタリアにいるわよ」
「はい?」
「当たり前でしょ。夏休みよ?
 使用人達にも休暇を取らせたし、家には誰もいないわ。
 一応言っておくけど、勝手に入ろうとしない方が良いわよ」

確かに夏休みにはよく旅行する家族だ。
今年に限っていかないはずはないだろう。
だがよりにもよって俺が帰ろうと思った時に・・・。

「はあ、俺が帰るっていう可能性は考えなかった?」
「凪くらいの年頃の子が帰省してくるなんて思う?」
「・・・確かに」

言われてみればそうかもしれない。
俺くらいの歳の奴が一年の夏に帰省なんて普通しないか。
いや・・・普通じゃないのは家族の方だよ、な?

「ま、そういう事だから。凪も何処かいけば?」
「そうする」

俺はそう言うとこっちから電話を切ってやった。
だがほぼタイミングは同時だ。
くだらないがちょっと負けた気がする。
と、紅音ががばっと布団をはねのけた。
そしてパジャマを脱ぎ出す。
「あつい〜〜っ」
俺はさり気なく目線を反らしてしまった。
情けないが文句を言うタイミングが掴めない。
「紅音、起きてたの?」
「ふゃ〜〜・・・今起きたぁ。
 なんか凪ちゃんが『俺』って言ってる夢見たよ〜」
ぎくぅっ。
なんでそんな変な夢見るんだよ・・・。
まさか今の会話聴いてたんじゃないよな?
微妙にバレる危機が久しぶりで危機感が足りない。
うぉお・・・だがなんにせよ誤魔化さないと。
「『俺』じゃなくて『お礼』じゃないの?」
「う〜ん、眠いから解らないよぉ」
確かに紅音の瞼は閉じたままだった。
それでいて起きて座ってるんだから奇妙な光景だ。
とりあえず疑ってるワケじゃないみたいだな。
「そうだ〜、今日は夏休みだぁ〜〜〜」
その言葉でまたバタンと布団に倒れ込む。
幾ら休みといっても自堕落に生きると後で困るぞ、紅音。
俺は親心で紅音を起こしてやる事にした。
というより他にやる事がない。
なにせ今日一日の予定が丸々崩れたからな。
ベッドの二階に昇って紅音の耳元で叫ぶ。
「起きなさ〜い、紅音っ」
その時、紅音のパジャマが凄く微妙にはだけていた。
下着が見えそうで見えないと言うか・・・なんというか。
見ちゃいけないのだと解っていても気になってしまう。
・・・朝っぱらですぞ!
俺は何を考えてるんだよ、紅音だぞ?
この幼児体型と普通の狭間の体型に劣情を抱くはずがない!
「起きないと、くすぐるからねっ!」
もう半分投げやりでそんな事を叫んでいた。
「その声の目覚まし時計があったらいいね〜」
何を訳のわからない事を言ってるんだか。
録音できる奴を買えばそんなの簡単だ・・・ってそこじゃない。
その反応自体が間違ってるんだ。
こいつはホントに休みに弱いよな。
仕方ない、悪魔の話題で引き込ませるか。
「くお〜んっ! ルシファーさんが部屋に来たよっ!」
「・・・来るはず無いよ〜」
畜生、簡単に引っかかると思ったんだが・・・。
まさか紅音って進化してるのか?
まあ人間だから当たり前だな。
「ルシファーさんがバラエティ見て笑ってるよ!
 新人の芸人で良いコンビ見つけたって!」
「そんなのやだぁ〜〜っ」
そう言うと紅音は布団を暑さでさっき払ったせいか、
多少はあっさりと起きてくれた。
そしてベッドを降りてくる。
だが起き出すなり紅音はパジャマを脱ぎ散らかした。
怒ってやりたいがまともに紅音を見る事も出来ない。
「そう言えば今日、凪ちゃんが実家に帰るんだよね」
「それが、私さあ・・・家に帰るの延期になっちゃった」
「え・・・ホント!?」
必殺、紅音スマイルだ。
ほにゃ〜っとした笑顔で俺に抱きついてくる。
しかも下はまだ下着しか付けてなかった。
紅音の肌の感触が俺の服を通して伝わってくる。
俺の精神を暴走させる気か・・・?
「じゃあ皆で旅行行こ〜よっ」
「旅行・・・?」
「うんっ! ほら、真白ちゃんとか紫齊ちゃんとか誘って、
 皆で日本縦断ツアーしようよっ」
「そ、それは無理だと思うけど・・・紅音は、実家に帰らないの?」
そういえば紅音の家族構成って聞いた事ないな。
まあ俺も紅音にあまり家族の話はした事ないけど。
紅音は一際ふにゃ〜っとした笑顔で言う。
「ウチは・・・パパとママが甘えん坊さんなんだぁ。
 だから時間がある時は帰ったりしたいんだよねぇ〜」
「よく帰ってるの?」
「ううん。パパがお仕事を放り出して来ちゃうから、
 帰るのは大きなお休みの時だけなんだ〜」
仕事を放り出して来るって・・・親バカだ。
娘には父親が例外なく親バカになるそうだからな。
ただでさえ紅音だし。
あんまり馬鹿だと可愛らしく見えてくるもんだ。
その上この紅音スマイル。
しかもこの歳で両親をパパ、ママ。
親からしてみれば最高の娘かもしれないな。
「ふにゅぃ〜」
いつのまにか冷蔵庫から出した飲み物で顔の熱を冷ましてる。
そこまで暑いとは思わないが・・・紅音は起きがけだからだろう。
妙な声が気になるが、いつもの事だ。
気にするのはよしておこう。
俺はうちわで紅音を仰いでやる。
だが少しすると自分の髪が熱を吸収して暑くなってきた。
ので俺は自分を仰ぐ事にする。
「凪ちゃんって髪、ロングのままだよね〜。切らないの?」
「ま、まあちょっと事情があって」
切った事が母親にバレようものなら地獄行きだ。
どんな地獄に行くのかは想像もつかないが。
「じゃあさぁ、また後ろで縛ろうかぁ。
 それとも編み編みして良いかな〜?」
あ、編み編み・・・三つ編みの事だろうか。
そんな髪型にされた日には男としての緩慢な死が待ってる。
まだ後ろで縛った方が良い。
邪魔にもならないしな。
「後ろで縛・・・」
「編み編みしよぉ〜っ」
ぱあぁっと輝きに満ちた目で俺を見る紅音。
なぜか俺の髪をくるくる巻き始めた。
なんだ?
一体、どうなるんだ?
未だかつてない不安の色が俺の顔に浮かぶ。
三つ編みした俺なんて・・・想像の範疇を越えていた。
しかし止めようとすると紅音が泣きそうな声で制止する。
「もぉ〜、絶対似合うんだからぁ〜」
俺はなんで怒られているんだろう。
その時に紫齊が部屋にやってきた。
「ご機嫌いかが〜?」
ドアを開けてからドアの内側をノックしている。
それはもうノックの意味を成していない気がした。
そしてすぐさま俺達の所に歩いてきて座る。
「三つ編みしてんだ」
「紅音が勝手にやってるの。所で紫齊は実家に帰らないの?」
「ん〜、ちょっと帰る気がしなくて・・・さ」
珍しく潮らしい顔でそう言う紫齊。
そう言えばこいつって家の事になると歯切れ悪くなるな。
やはり人には言いたくないのだろうか。
紫齊は取り繕った様に笑うと俺の事を軽く叩く。
「痛っ・・・」
「それよりさ、私達で旅行でも行こうよ。やっぱ海?」
「あっ、海〜〜っ! それグッドアイデア〜」
紅音と紫齊が海に想いを馳せていた。
だが重要な事をこいつらは知らない。
俺は泳げない・・・っていうか水着着れない。
パレオという非常手段もあるが基本的に危険極まりない。
胸パットは精巧なのでバレないとは思う。
でも露出度が上がれば上がるだけバレる危険は増すのだ。
皆の水着姿は少し見たいが・・・はっ!
見たくない、見たくない!
「じゃあ新しい水着買いに行かないとねぇ〜」
「凪なんか海行ったらどれくらい男集められるんだろうね」
「うぅ・・・」
紫齊、嫌な事を言わないでくれ。
ナンパなんてされたら俺、一週間くらい落ち込みそうだ。
それもサーファーみたいな方々に見られた日には・・・はぁ。
「凪ちゃんは私がしっかりガードするもん。
 絶対に変な男の人とかに付いて行っちゃ駄目だよ」
「紅音・・・それは私の台詞」
「凪も賛成みたいだし、真白ちゃんとかにも伝えなきゃ」
「えぇ? ちょ、ちょっと・・・」
しまった・・・なぜか俺の意見が賛成の方向に流れている。
「んじゃ、今日の午後にでも水着買いに行こうね」
「うんっ! またね〜紫齊ちゃんっ」
言うだけ言うと紫齊はスキップで部屋を出ていく。
待ってくれ、おニュ〜の水着なんて要らねぇ・・・。
女物が男物より増えてどうするんだよ、俺は。
紅音はどんな水着を買おうか考えてるみたいだ。
「凪ちゃんはあんなのが良いよねぇ〜。
 あ、でもあれも似合うかもぉ〜」
あれってなんだ?
紅音は自分の机の上にあるなんかの雑誌を持ってくる。
そして俺に見せてきた。
「これなんか凪ちゃんに似合うよ〜」
「や、これは・・・きわどいよ」
「このくらいの方が凪ちゃんに合うよ合うよ〜」
やばい。
流されて本当に着せられそうだ。
紅音の笑顔を見てると着ても良い様な気がしてくる。
駄目だ駄目だっ!
全然よくないだろっ!
「あっ、凪ちゃんは肌焼いたら駄目だよっ」
「それは・・・うん」
「凪ちゃんは美白美白っ」
男で美白ってのも軟弱気味で嫌だな。
まあいいや。もうどうでも・・・勝手にしてくれ。

7月26日(土) AM11:09 快晴
学校野外・公園跡

俺は幸先が悪いのは重々解っているが、
やる事もなく公園跡でひなたぼっこしていた。
そう言えばここで真白ちゃんと会ったんだよな。
あれは4月の半ばか・・・もう3ヶ月になるんだ。
なんか懐かしい気がする。
あの頃は俺もまだ女らしくなかったなぁ・・・。
今じゃ真白ちゃんが吸血鬼だったのも昔の話だ。
そんな事を考えていた時、ふと目の前が真っ暗になる。
「うわっ・・・な、何?」
「だ〜れだ?」
妙な声で喋ってるせいか誰かよく解らない。
「う〜んと、深織?」
「えっ?」
「はい? 違うの?」
すると手が離れたので俺はその子の方を振り向いてみた。
「・・・真白ちゃん?」
「あの、深織って誰ですか?」
なぜかすねた様な顔をして俺の方を見ている。
この子もこんな顔をする様になったんだな。
ちょっと前までおどおどしてたのに。
まあ打ち解けてきた証拠なんだろう。
「深織は一応私のフィアンセ。子供の頃からのね」
「え、えぇっ!? じゃあ結婚するんですか?」
「まさか。そんな事決められたって護る気はないよ」
確か夜殺の件で一度顔は合わせてるんだよな。
でも久保山先輩として見てはいなかったみたいだし、
そこらへんの事はいわない方が良さそうだ。
まあ深織の場合、男と女で顔が全然違く見えるからな。
「はぁ・・・びっくりさせないでくださいよ。
 ・・・所で私と二人きりなのに男言葉使わないんですか?」
そんな事を言いながら隣のブランコに座る真白ちゃん。
夏だからかキャミソールの今年風のデザインのモノを来ている。
肌が白いせいか薄いピンクのキャミソールが凄く似合っていた。
「あのぉ〜・・・?」
「う、うん。なんか慣れて来ちゃったんだよね。
 特に紅音といるとなおさらそう」
「そう・・・ですか。そのまま女の子になっちゃったりして」
「それは絶対ない」
断言できる。
心が女になったりはしない。
そんなアブノーマルな一面は俺にはない。
「あ・・・そうだ、私って女の子らしいと思いますか?」
そう言って俺の顔をのぞき込む様に見てくる真白ちゃん。
しかも上目使いに見てくるせいで胸がちょっと見える。
前から思ってたんだけど、真白ちゃんって結構・・・大きい。
「さっきから私の話、聴いてますか?」
「・・・や、女の子らしいと思うよ」
「ホントですか? じゃあ水着とか頑張っちゃおうかな・・・」
そうだった。
俺はどうすればいいんだろう。
海へ行くとか言っていたが水着は着ないぞ。
せめてワンピで勘弁してくれ・・・。
「凪さんも水着着るんですよね〜。楽しみだなぁ」
「・・・どこが?」
「大丈夫ですよ、私がフォローしますから」
「や、水着は着ないから」
俺だって泳ぎたいとは思う。
だが女としては絶対泳ぎたくない。
「パレオとかなら平気ですよ。それともビキニとか?」
「自分自身が見たくない」
「ですよね〜」
真白ちゃんはあはは、と笑う。
どんどん俺が海へ行く方向で進んでいた。
「やっぱり男の人は胸が一番気になりますか?」
「ま、まあ・・・人によりけりだよね」
「凪さんはどうですか? 大きい方が良いとか・・・」
なんでこんな事を聴かれてるんだろう。
俺の嗜好がそんなに重要なのだろうか。
それとも自分の胸が小さいとでも思ってるのか?
「あの・・・真白ちゃんは大きいと思うよ」
「あ、あんまり見ないでください」
真白ちゃんはそう言うと胸を両手で隠す。
お互いに苦笑いするしかなかった。
「でも、凪さんには全部見られてるんですよね・・・」
「まあ・・・そうだけど」
確かに真白ちゃんがイヴの黒い炎に焼かれた時、
俺は彼女の生まれたままの姿を見てしまった。
でもちゃんと見たワケじゃない。
それにあれは全部事故だ。下心があって見たんじゃあない。
・・・ちょっとだけならあったかも。
いや待て、そんなものはねぇ!
「そういえば海って泊まりなんですか?」
「さあ。でも・・・そうだとしたら、どうしよう」
「気にする事無いですよ。
 いつも紅音さんとは一緒に寝てるんですから」
「でも真白ちゃんは嫌じゃないの?」
「全然ヘーキですよっ! 緊張しますけど・・・」
なんかその緊張は何か間違ってる気がした。

 

Chapter21へ続く