Back
紫苑の夜
  著作 早坂由紀夫
Chapter24
「黒い種(T)」
7月28日(月) PM23:42 快晴
旅館・『十六夜』三階・十夜の間
  
    
      | 「く、おん?」ドアの前に発っていたのは紅音と葉月だった。
 二人は無表情に俺の方を見ている。
 なんだ?
 なんか違和感が・・・。
 まるでいつもの二人じゃない様な違和感。
 どうしてそんな瞳で俺の方を見てるんだ?
 葉月の方はどこか目が虚ろとしている。
 瞬間、紅音が俺の方へと歩み寄ってきた。
 「・・・凪ちゃん」
 紅音の声かと疑ってしまうような抑揚のない声。
 そしてゆっくりと右手が上へと上がってくる。
 な、なんの仕草だ?
 かと思うと紅音は自分の口元に人差し指を当てた。
 「皆寝てるんだから、静かにしなきゃ駄目だよ」
 「え、ぁ・・・うん」
 葉月は無言で自分の布団で横になる。
 やっぱり変だ。
 紅音の方もいつも通りの口調だったけど、
 でもなんか紅音らしくない様な・・・。
 当の紅音は口元だけで笑うと静かに俺を布団に導く。
 「お休み、凪ちゃん」
 「うん・・・」
 なんか腑に落ちなかった。
 紅音の仕草も葉月の態度も何処か奇妙だ。
 それに二人とも、どこに行ってたんだ?
 俺は布団に入る事で少しだけ安心できていた。
 だがそんな二人が少し怖くはある。
 見慣れてる顔なのに他人の様に見えた気がしたんだ。
 ・・・眠かっただけ、だよな。
 俺も二人とも眠くて少し変だっただけだ。
 こんな事で疑ったら葉月にも紅音にも失礼だ。
 俺は布団を被ると何も考えない様に眠りに就く。
 | 
  
 
7月29日(火) AM02:43 快晴
旅館・『十六夜』三階・十夜の間
  
    
      |  
           ぴちゃ・・・くちゅ・・・。
         なんか変な音がする。ったく一体・・・なん、だ?
 頭がぼ〜っとしてる。
 そりゃ寝てたんだから当たり前か。
 俺はそこで辺りの景色が一変してる事に気付いた。
 奇妙なヒダのようなものや目が辺りの壁に張り付いてる。
 紫に変色した壁はドクドクと脈を打っていた。
 「気持ちわる・・・」
 そう呟いた時、自分が気持ち悪くない事に気付く。
 気持ち悪いって言うより・・・この、感触は?
 自分の男である部分が刺激されてる。
 それも湿った感じ、物凄い快感で。
 俺は皆が寝ている事を確かめると自分の布団を剥いだ。
 「・・・くっ、くお・・・ん?」
 紅音がなぜか俺の性器を口に含んでる。
 俺のモノはいつの間にか膨張しそうなくらいに大きくなってた。
 ・・・男だっていう事が紅音にバレたのか?
 違う、今はそっちよりも気にすべき事があるだろ。
 なんで紅音がこんな事をしてるかって事だ。
 「ふぅ・・・凪ちゃん、気持ち・・・悪かった?」
 「え、そ・・・そうじゃないけど」
 「じゃあ続けるね」
 舌を這わせ、呑み込む様にそれをしゃぶる紅音。
 髪が邪魔なのか頻りに前髪をかき上げていた。
 その仕草がとても艶やかに見える。
 そしてさっきの音がまた耳鳴りの様に聞こえてきた。
 俺はそれを止めさせようとするのだが身体が動かない。
 それどころかあまりの快感に身体が震えていた。
 おかしいのは解ってる。
 でも紅音に逆らう事が出来なかった。
 逆らう気さえも少しずつ薄れてる気がする。
 しばらくそんな紅音を見てる内に、
 自分が限界に来た事に気付いた。
 「も、もう駄目・・・紅音、ちょっと・・・」
 なんで自分が女言葉を使ってるのか解らなかった。
 だがそんな事より紅音の口の中に・・・それは、まずい。
 何がまずいとかじゃなくて、ただそう感じたのだ。
 「んむっ・・・はふぅ、飲んであげるよ凪ちゃんのせーえき」
 「え・・・?」
 紅音の表情が俺の知ってるものじゃなくなった。
 誰か違う、紅音じゃない誰かの人の表情。
 顔をゆっくりと上下させる紅音。
 それが与える快感に抗うコトなんて出来やしない。
 俺は耐えきれず紅音の口内に射精してしまった。
 「あんっ・・・んぅ・・・美味しいよ」
 そう言って紅音は怪しく笑う。
 口元に俺の精液が付着したままで。
 「変だ、こんなの・・・変だよ、紅音」
 「凪ちゃんが望んだんだよ。
 私とこういう事がしたいって、凪ちゃんが望んだの」
 「そんなはず、ない」
 「ホントにそんな事言えるの?
 私を見て・・・ほら、私にコレを埋めたいって思ったでしょ?」
 なぜか俺のモノはまた勃起し始めていた。
 そんな、馬鹿な。
 紅音はくすくすと笑っていた。
 だけどそれは紅音の笑顔じゃない。
 誰か・・・違う、他人だ。
 ゆっくりと紅音が身体を起こしたかと思うと、
 パジャマの下を下着と一緒に膝下まで降ろす。
 そして体育座りのような体勢で俺の上に座ろうとしてきた。
 寸前で俺はなんとか抗議の声を上げる。
 「や、止めてよ・・・紅音」
 「嘘付いちゃ駄目だよ。私と繋がりたいでしょ?
 私を凪ちゃんの物にしたいんだよね。
 知ってるよ、私の事そういう目で見てるって」
 嘘だ・・・。
 俺がこんな事を望んでたなんて、嘘だ!
 紅音の手が狙いを定める為なのか俺のモノを握りしめた。
 止めろ・・・こんなの違う!
 こんなの望んでなんかいない!
 「いやらしいね凪ちゃん、私が欲しいってココが言ってるよ。
 凪ちゃんがおねだりしてくれたら入れさせてあげる」
 「おね・・・だり?」
 「そう。ほら、言ってみて。私の事を汚したかったんだって。
 いつも私とえっちする事ばっかり考えてたって」
 | 
  
 
7月29日(火) AM07:26 快晴
旅館・『十六夜』三階・十夜の間
 
  
    
      | 「うわぁああああぁああぁっ!」
         俺は飛び上がる様に目を覚ましていた。そして辺りを確認して、それが夢だと気付く。
 「お、俺・・・なにを・・・」
 なんて、夢を見たんだろう。
 軽い吐き気を堪えながら視点を合わせていく。
 紅音を汚す様な夢。
 それも紅音から迫ってくる夢。
 俺・・・欲求不満なのだろうか。
 仮にそうだとしてもなにかおかしい。
 ・・・多分、昨日の夜の出来事のせいだよな。
 変に紅音の様子を疑ってしまったから、
 それに対する予想みたいなものを夢に見たんだろう。
 それにしても・・・妙にリアルな夢だった。
 現実感がある割に現実味のない内容。
 辺りの壁を見てみるが勿論、普通の壁だ。
 目なんて付いてないし脈も打ってはいない。
 隣では紅音が気持ちよさそうに眠っていた。
 なにげなく髪を撫でてみる。
 こいつがあんな事言うワケないのにな。
 俺、何を馬鹿なコト考えたんだろう。
 ホント恥ずかしくなってくる。
 そんな時、ふと紅音の唇に目がいった。
 柔らかそうな薄いピンク色の口唇。
 これがさっきは俺の・・・アレを頬張ってたんだよ、な。
   パチィン!
         俺は自身の頬を思い切り張った。目の前の紅音をよく見ろよ・・・。
 こんなに無邪気な顔して眠ってるじゃないか。
 男の勝手な妄想で汚しちゃいけない。
 特に、俺はこいつの一番近くにいるんだ。
 俺が一番こいつを大事にしなきゃ・・・駄目だよな。
 「・・・ホント謝ってばっか。ごめんね、紅音」
 あえて女言葉で謝ってみる。
 少しでもこいつの前では女らしくいこう。
 男の部分なんて欠片も見せないように・・・。
 ただ俺には気になっている事が一つだけあった。
 夢での紅音の言葉だ。
 さっきの夢がまるで俺の願望みたいな事を頻りに言っていた。
 あれは・・・本当に俺の願望なのか?
 紅音を汚す事を俺自身が望んでるとでも言うのか?
 気にする必要なんて無い・・・ただの夢だ。
 そう考えながら俺はびっしりかいていた汗を拭う。
 | 
  
 
7月29日(火) AM09:23 快晴
旅館・『十六夜』一階フロア・ロビー
  
    
      | 俺達は食事を取ると一階に集まっていた。なんでも近くに観光名所が幾つかあるそうで、
 それを見に行こうという話になったのだ。
 特に紅音なんかは凄く気合いが入っている。
 それもそのはず、中には自殺の名所なんかも入ってるのだ。
 邪悪な場所が好きだよなぁ・・・。
 行ってみるとビビッて俺の後ろに回るくせになぁ。
 ただ、俺は今朝見た夢のせいかどうも紅音をさけていた。
 「凪ちゃん行こっ」
 「・・・うん」
 どうしても紅音の顔を見ると思い出してしまう。
 昨日の夜の奇妙な表情。
 今朝の夢の艶やかな表情。
 どちらも今の紅音からはかけ離れていた。
 なのに目の前の紅音の笑顔が信じ切れない。
 俺は疑心暗鬼になってるのだろうか。
 夢の事なんて紅音は何も悪くないんだ。
 悪いのはそんな夢を見た俺なんだから。
 ・・・そして紅音自身も俺の態度に薄々気付いていた。
 でも俺の具合が悪いくらいにしか思ってないだろう。
 少し観光して気分を紛らわせた方が良いよな。
 俺達は最低でも後半年は同じ部屋で暮らすんだから。
 そう、二年になったら新しい部屋に移るんだ。
 ・・・そうなんだよ、な。
 今考えるまですっかり忘れていた。
 紅音と一緒の部屋にいられるのは後半年しかない。
 後、半年しか・・・。
 「なぁ〜ぎっ!」
 「何・・・紫齊」
 「なに、じゃないよ。また置いてかれたぞ」
 辺りを見回すと確かに誰もいない。
 紫齊と俺だけだった。
 「でも紫齊はなんでここに?」
 「頭が痛くてさぁ・・・肩かしてよ」
 「あんた、ホントに堅気?」
 男らしくそう言う紫齊はどこか格好良かった。
 服を脱いだら胸の所にサラシが巻かれててもおかしくない。
 そして丁半博打のサイコロを振ってそうだ。
 物凄く勝手な憶測ではあるが。
 | 
  
 
7月29日(火) AM10:14 快晴
神社
  
    
      | 皆してやってきたのは神社だった。まあ趣があって悪くはない。
 特に今の俺には禅修行が必要そうだった。
 だがそういう神社では無いらしい。
 主に死者を弔う事をするのだそうだ。
 辺りは蝉がぎゃあぎゃあ喚いている。
 こういう場所だと良い感じにすら聞こえるのが不思議だ。
 やはり都会と違って心に余裕があるからだろうか。
 「ねぇ凪ちゃん」
 俺は少し蝉の声に気を取られていて紅音に気付かなかった。
 「凪ちゃん・・・」
 「え?」
 その時、紅音が足を躓かせて転んでしまう。
 突然だったので誰も止められずに紅音は倒れ込んだ。
 だがそこには何かの祭壇がある。
 紅音が倒れた事でそれを吹き飛ばしてしまっていた。
 祭壇には色々な札が貼ってあって、
 『食人鬼を封ず』と書いてある。
 まあ倒れて崩れてしまったが。
 「なにやってるのよ、紅音」
 「・・・だって凪ちゃんが〜」
 泣きそうな顔をしてそんな事を言う。
 俺が悪いとでも言いたいのだろうか。
 立ち上がった紅音に俺は言った。
 「ちゃんと神社の人に謝らなきゃ駄目だよ」
 「凪ちゃん、一緒に来てくれる?」
 「それくらい一人で行きなよ・・・」
 少し辟易しながら俺はそう言った。
 だが紅音は下を向いて俯きながらどこかへ歩いていってしまう。
 ・・・ったく、何考えてるんだよ。
 と、誰かが後ろから頭をはたいてきた。
 「いたっ」
 振り向くと紫齊が立っている。
 「紅音の事、なんでさけてるのか解らないけどさ。
 今のはちょっと紅音が可哀相だったよ」
 「・・・え?」
 「凪は気付かなかったみたいだけど、
 さっきから紅音はずっと凪の事気にしてたんだ。
 それなのに声かけても返事もしないで」
 「じゃ、じゃあ今転んだのは・・・」
 「凪のせいとは言わないけど、
 凪に声を掛けてたから転んだんだと思うよ」
 言葉もない。自分が何してたかも気付いてなかった。
 あいつが心配してくれてるのなんて解ってたはず。
 なのに俺は自分の都合であいつの事邪険にして・・・最低じゃないか。
 急いで紅音の歩いていった道を走っていく。
 | 
  
 
7月29日(火) AM10:27 快晴
神社
  
    
      | 紅音の影を見つけると俺は肩に手をかけた。「紅音、ごめんっ」
 振り向いた瞬間、紅音は俺に笑いかける。
 少し寂しそうな顔をして。
 「どうしたの、凪ちゃん」
 「だからね・・・さっきはごめん。酷い事言っちゃって」
 「許さないよ〜」
 満面の笑顔で紅音はそんな事を言う。
 こいつが解りやすい奴でホント良かった。
 っていうか、なんで俺は紅音を避けようなんて考えたんだろう。
 目の前の紅音はこんなに良い奴なのに。
 この笑顔を汚したいなんて思うはずないじゃないか。
 俺は紅音の事を傷つけたりはしない。
 紅音の頭を撫でながらそう思った。
 「あぁ〜〜やっといつもの凪ちゃんになったぁ」
 そう言って抱きついてくる紅音。
 ほら、俺は少しも紅音を滅茶苦茶にしたいなんて思わない。
 どっちかと言えば護りたいって思うんだ。
 変な夢のせいで危なく自分を見失う所だったぜ。
 ただ、俺達は少しも気付いていなかった。
         それが恐ろしい夜の始まりを告げるなんて・・・。
           | 
  
 
7月29日(火) AM11:54 快晴
旅館・『十六夜』一階フロア・ロビー
  
    
      | 昼食を取る為に旅館に戻ってくると、俺達は旅館の従業員達に挨拶をする。
 ここの人は皆、人当たりが良くて明るい人ばかりだった。
 支配人のような老夫婦も凄く良い人だ。
 歳を重ねてるだけの風格もある。
 宿泊客の人達もにこやかで凄く雰囲気が良かった。
 俺達はそんな中、しばらく会話をかわしながら昼飯を待つ。
 程なくして俺達は食神の間へと移動していた。
 | 
  
 
7月29日(火) PM12:26 快晴
旅館・『十六夜』一階・食神の間
  
    
      | 昼飯をここで取る人は意外に少ない。俺達と波多瀬さん達、後は少しの人達だけだった。
 食事は他の旅館とは違いちゃんとした風土料理。
 カツ丼とか定食物じゃないのが凄く嬉しい。
 だが奇妙な漬け物も存在していた。
 「紅音、これ食べてみれば?」
 「う〜ん・・・なんか妙な予感がするよ〜」
 「大丈夫。多分美味しいよ」
 そう言うと紅音は意を決して漬け物を口に入れた。
 少しして両手で口元を押さえる。
 「ん〜〜! 変な味ぃ〜〜っ」
 紅音は凄く切ない顔をしていた。
 と、そんな様子を見ていたゆりきさんが呟く。
 「あれ? 結構美味しいよ?」
 ゆりきさんがそう言ったので俺は恐る恐る食べてみた。
 ・・・まずい。
 ほろ切な苦い味。
 しっかり海の味なのが余計にやるせない。
 やはり、ゆりきさんを信じるべきじゃなかった。
 なぜかこの人は信用できる気がしたんだけど・・・。
 待てよ・・・ゆりきさん。ゆり姉ちゃん?
 「ああぁ〜〜〜〜〜!」
 俺はとんでもない声を出していた。
 そしてゆりきさんを指差してあたふたしてしまう。
 「ど、どうしたの? 凪ちゃん」
 「いや・・・あの、なんでもないです」
 思わず叫んでしまったが危なかった。
 そう、確かにこの人は知り合いだったのだ。
 それもずっと昔に俺が憧れていた人。
 3、4歳も年上だなんて知らなかった。
 まさかこんな所で会うとは思わなかったな・・・。
 | 
  
 
Chapter25へ続く