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銀色の花嫁
著作 早坂由紀夫
Chapter33
「真白のキモチ」
それはいつか見た人と同じ。
それは夢うつつでのあらすじ。
私の過去は清算したはずだった。
精算されたはずだった。
違う?
まだ私には断ち切れていない因果がある。
それは人と異なる因果。
それは人でないモノの因果。
切り離したはずの半身。
すぐそこに見えるのは、もう一人のわたし――――――。
9月02日(火) AM03:33 曇り
真白・結羅の部屋
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こんばんわ。
そう、こんばんわと言うべきだよね。
私はまた目覚めてしまった。
あのヒトの血の効力が切れたから?
・・・それだけじゃない。
同族の強い気配。
私に対して強く念波を送っている。
だから私が目覚めた。
切り離された半身が。
もう・・・必要ないのに。
あの人はいない。
ここは私の居るべき場所じゃない。
私は、神無蔵・・・真白。
そうだよ、だから吸血鬼なんかじゃ・・・無い。
能力が目覚めたわけでも無い。
――――敵意?
違う。
これは交配の意志。
同族同士の交配によって純血の吸血鬼が生まれる。
私みたいな半端な吸血鬼ではなく、
生まれついてのヴァンパイアが。
新しい吸血鬼の世代でも作るつもり?
窓辺へと歩き、外をゆっくりと眺めた。
そこには一人の男が立っている。
丁度良い長さの紫色の髪。
紫という色だけど下品ではなく怪しく、
その美貌を深めている。
「ご機嫌如何かな、同族よ。今日はお前を迎えに来た」
「私を・・・急ですね。紳士じゃないですよ」
「ふむ、確かに。吸血鬼とは紳士淑女でなければならない。
あくまで態度の上は・・・だがね。
だがこの近くには敵ではないにしろ悪魔もいる。
悠長に構えてもいられんのだ」
悪魔が敵じゃない・・・という事はこの男は私の敵だ。
悪魔は凪さんの敵、凪さんの敵は私の敵だから。
「おいおい、殺気を消す術を知るべきだな。
私が招かれざるモノである事が解ってしまったよ」
「・・・そうですね。このまま帰って貰えます?」
「ふざけた事を言え。久しぶりに見つけた女の同族だ。
そう簡単に諦めはせんぞ」
彼の怒気は痛いくらいに肌に伝わってきた。
まるで刃物の尖端で斬りつけられている様な感覚。
どうする事も出来ずに私は彼を睨みつける。
「・・・とは言え、同族と争っても仕方がない。
昔ならいざ知らず今は時代が違う。
今日は名を覚えて貰うだけにしておくよ」
「ふぅん・・・名前?」
「我が名はヴァン=ラグリア=フィメールだ」
「ヴァ、ヴァン・・・いいわ、フィメールね」
あまりに吸血鬼らしい名前に驚いてしまった。
フィメールはそれだけ言うと夜の闇へと消えてゆく。
良かった・・・吸血鬼として力が無い事には気付かれなかった。
もし私の力が人間と変わらないとバレてたら、
無理矢理にでも連れて行かれてただろう。
今は吸血鬼として物を考えているはずなのに・・・怖かった。
力が無くても相手の力量は何となく解る。
多分、私が全力を出せても全然敵わない相手だった。
けど・・・私、このままフィメールに?
「嫌だ・・・」
誰とも知らない奴の子を宿すなんて絶対に嫌。
その時、頭にはふと一つの行動が浮かんでいた。
せめて純潔は好きな人に捧げたい。
理不尽に訪れる物じゃなくて、自分の意志で捧げたい。
その強い感情が私を支配していた。
でも・・・もし凪さんとする事になったら、
あの人を吸血鬼にしてしまうのかな・・・?
それじゃ、自分がされたのと同じ事をする事になる。
その行為自体に後悔はしてなかった。
でも凪さんをこの飢えに苦しませる事になる。
前は躊躇わなかったはずなのに、急にそんな事を考えていた。
「どうすれば・・・いいの」
好きな人に処女を捧げる事も出来ないなんて、
そんなのあまりに酷すぎるよ・・・。
立っている事も出来ずに窓の下に座り込んでしまった。
私を助けてくれるとしたら、葉月さんだけ。
けど私も多分一緒に殺されてしまう。
それでも・・・このままよりマシかな。
急にやってきた絶望という名の紳士。
白み始める空。
その時に、一つだけ救いの単語が頭を掠める。
――――――――結婚。
凪さんと結婚する事が出来たら良かったのに。
それが何かをもたらしたりはしないと思う。
でも心の支えにはなる。
えっち以外じゃそれくらいしか思い浮かばない。
そう、もしそれが叶ったら・・・私は・・・。
私はフィメールと闘って・・・。
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9月02日(火) AM07:59 雨
寮内自室
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「う〜ん」
ちょっとアンニュイな朝。
外は静かに雨が降っていた。
白い空。少し蒼く見えるので暗い気もする。
まだ朝とは思えないくらいに暗かった。
俺は呆けた頭をぐるぐる回して覚醒を促す。
だが何もかもが怠くなる。
いつになく俺の頭は起きるのを嫌がっていた。
せっかく最近は紫齊との宴会が減ったのに、
逆にそのせいで自分の部屋にある酒は消えてくれない。
昨日はそれの後始末を一人でしていたのだった。
禁酒に近い事をしてる紫齊に酒を飲ますわけにもいかず、
紅音に酒気を帯びさせるわけにもいかず一人で処理だ。
おかげでちょっと口の中が酒臭い気がする。
学園の教師に見つかったりしたら俺、終わりだな・・・。
そんな風にぼけっとしていると紅音が起きてきた。
やはり休みボケで、あちこちに体当たりをしている。
「目が見えない〜」
「閉じてたら見えないに決まってるでしょ・・・」
そんな紅音のボケに反応しながら着替えに手を取った。
紅音の目は開いてないので全然余裕で着替える。
「あれ・・・何時の間に着替えたのぉ〜?」
「今、目の前で着替えたよ」
「ふわぁ〜、もう一度夜になってくる〜」
ワケの解らない事を言いながら、
紅音は二段ベッドを上がろうとしていた。
あのアホ・・・今寝たら間違いなく遅刻だぞ。
「紅音、さっさと着替えて教室行こっ」
俺は努めて元気そうな声を出す。
すると紅音はベッドの梯子に昇りながら、
上がろうか下がろうか迷ってる。
右足が下に出たかと思うと上へぎこちなく動く。
その内身体ごとずるずると梯子を這い降りてきた。
「むゃあ〜・・・眠いよう」
「久しぶりに妖精さんの大放出サービスしてみる?」
「あぅ・・・頭ぐりぐりするのはやだ〜」
紅音のパジャマの襟元をひっ掴む。
それでも紅音は俺に身体を預けようと寄りかかってきた。
「引きずられながら教室まで行きたい?」
「あ、ちょっと行きたい・・・」
「ばかっ! さっさと用意する、良い?」
「う〜ん・・・解った、がんばる」
俺はその時かなり今更に確信していた。
こいつほどの甘ったれは滅多にいない・・・と。
本当に今更だ。
自分が怠い時だと可愛いとか以前に腹が立つ。
「ふみゃぁ〜」
妙な声を上げながらよろけて倒れる紅音。
パジャマの下を脱いだ所で力つきた様だ。
しかも半脱ぎ。
頼むから何か履いてから力尽きてほしい。
これじゃ文句も言えないじゃないか・・・。
殺人的な微妙さで上のパジャマが下着を隠している。
だが角度によっては見えてしまわなくもない。
いつもは堂々と着替えてるから目を逸らしてしまうが、
隠れてると今度は見たくなってしまうのが男心。
「・・・・・・」
・・・急に俺はベッドに寝転がりたくなってしまった。
うん、決して紅音の下着が見たいわけではなく、
眠気がどっと襲ってきたのだ。
たまたまベッドに横になると紅音の下着は見えてしまう。
だがそれは偶然だ。
「あ〜眠いなぁ〜」
なるべく露骨にならない様に俺はベッドへと戻る。
スカートが皺になるがそんなの関係あるかっ!
俺は下着が見た・・・じゃなくて眠いんだ!
だがその瞬間、倒れていた紅音が立ち上がる。
「一人で寝てるのはずるいよぉ〜っ」
そう言って紅音は俺の方に倒れ込んできた。
畜生、俺が寝たのが逆効果だ。
と、その時俺はとんでもない方向を指す時計の針に気付く。
「ちょ、ちょっと待ったぁ!!」
「なに〜?」
「じ、じじじ・・・」
「どうしたの凪ちゃん、多事争論?」
「時間がやばいんだよっ!」
目の前の時計は俺の下心を吹き飛ばすのに充分だった。
8時28分。
紅音はまだ着替えてない。
髪もとかしてない。目力もアップしてない。
俺は紅音と一緒にベッドから出ると言った。
「急ぐよ紅音っ」
「うんっ、がんばる」
さっきと同じ台詞。開いてない目。
ばたばたしてる手足。
多分、着替えた気になってるんだろう。
もうこうなったら俺が着替えさせるしかない。
紅音の制服を持ってくると紅音を立ち上がらせた。
「紅音、これスカート」
「うん・・・んしょ・・・ばっちり」
「ファスナーしめて、で上着脱いでっ」
「う〜ん、脱ぐ〜」
紅音が上のパジャマを脱ぐとその素肌が露わになる。
かなり刺激的ではあるが時間が時間だけに、
俺はそれに対して興味を抱く暇はなかった。
紅音の腕にYシャツの袖を通す。
そしてボタンを一つ一つ留めていった。
なんか・・・小さい子供を持つ母親の気分。
「後はリボンだね、これは自分でやって」
「う〜ん、難しいけど頑張る」
こいつは一生旦那にネクタイを巻けないな。
そんな事を考えながら俺は紅音に靴下をはかせた。
さらにダッシュでドライヤーを持ってきて、
自分と紅音の髪をとかし始める。
「いたっ、髪がひっかかったぁ〜」
「我慢してよ・・・それくらい」
「うん・・・なるべく我慢する」
髪をとかし終えると速攻で二人して洗面所に行く。
そんでもって顔を洗いつつ髪型を最終チェックした。
「どう、目、さめた?」
「う・・・少し覚めてきた〜。ありがと、凪ちゃん」
そんな風に微笑まれるとなんか万事OKな気もする。
もしかして・・・俺も相当な馬鹿なのか?
だってこのスマイルを見ちまったら無理だ。
怒ろうなんて気は遥かブラジルくらいまで飛んでいく。
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9月02日(火) AM08:48 雨
1−3教室内
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急げるだけ急いだおかげか、一限には間に合った。
だが紅音は肩で息をしている。
薊と亜樹は呆れた顔で俺達を見ていた。
「念のために言うけど、紅音のせいだからね」
二人はこくこくと肯いてる。
よかった、そこは解ってくれてるみたいだ。
「私だけのせいじゃ・・・無くも・・・あるかも」
さすがに今日は悪いと思ったのか、
紅音もしゅんとなっている。
でも実際の所、俺も寝起き悪かったしなぁ。
全部が全部紅音のせいってワケじゃない。
「紅音、気にしなくて良いよ。明日は早起きしようね」
「・・・凪ちゃん優しい〜」
にこにこ笑い出した紅音。
やれやれと言った表情で俺達を見る薊。
「ついでに俺も起こしてくれよ〜」
「きっ・・・」
気持ち悪い事言うんじゃねぇ!
と言おうとして辛うじて思いとどまる。
そんな事言ったらキャラ違いも良い所だ。
キャラって言うか・・・性別。
とりあえずやんわりと断る事にする。
「薊は男子寮でしょ、無理に決まってるじゃない」
「そっか〜。凪なら来てくれるかと思ったんだが・・・」
アホか・・・。
何が悲しくて男を起こしに足労しなきゃならないんだ。
女だって怠いのに。
「あ〜ざみ〜。凪に起こして貰ったりしたら、
周りの男子から砂袋にされるよ〜」
「・・・それは一理あるな」
馬鹿な事を亜樹が言い出す。
だが、やはりそれは馬鹿ではなく現実なのだろうか。
さらに薊と亜樹は話を続ける。
「女の子だって凪とずっと一緒にいたらどうなるか。
紅音だけだよね、凪の隣を認められてるのって」
「そういやそうだよな。なんでだろ」
それは言われてみればそうかもしれない。
紅音だけと一緒にいるワケじゃないけど、
一番側にいるのは紅音だよな。
でも隣を認められてるって・・・殺し屋のコンビみたいだ。
亜樹は理由を知ってるようで得意げに言う。
「誰だって紅音の笑顔見たら毒気抜かれるよ。
ねぇ紅音、にこって笑ってみて」
「・・・ん〜と、にこ〜」
確かに一理ある。
紅音は意味が解ってないのかひたすらニコニコしていた。
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9月02日(火) PM13:09 雨
1−3教室内
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皆で集まって飯を食べる。
こうやって過ごすのも随分と久しぶりだった。
やっぱり夏休みに会うのとは少し違うんだよな。
だが皆が和気藹々と話す中、
真白ちゃんだけ妙に元気がなかった。
「どしたの、真白ちゃん。お腹でも痛いの?」
「・・・心配してくれてるんですね。
でも大丈夫です、ちょっと食欲が無くて」
「そう・・・」
気にし過ぎだったみたいだな。
けど俺はなんとなくそんな真白ちゃんが気になっていた。
いつになく儚さを残すその笑顔が・・・。
「食欲がないなんて・・・真白も運動しなきゃ。
やっぱ今はサッカーだよ。サッカーやろっ」
紫齊はもう飯を食べ終わったのか立ち上がってそう言う。
だが食欲がないのにサッカーなんてしないだろ・・・。
「あ、えと・・・でも外は雨ですよ」
「そういえばそうだね。夕方には止むかなぁ」
あえなく紫齊は席に座り直す。
そして昼休みは静かな雨音と共に過ぎていった。
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9月02日(火) PM18:09 雨
学園校舎・第二体育館
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籠もった音で聞こえてくる雨の音。
その中で気合いの入った美玖ちゃんの声。
俺は今日も劇の練習をしていた。
「真白、もっとちゃんと声を出して。
そんな声じゃ舞台の人にしか聞こえなくてよっ」
「は、はいっ・・・」
話によると主役の俺達以外は大体が演劇部員だそうだ。
一年全体が参加するのかと思えば自由参加だしなぁ。
まあ、沢山居てもどうなるもんでもないか。
その中でも美玖ちゃんはその意気込みを買われ、
この劇の事を殆ど任されているらしい。
確かに彼女の気迫は物凄い物があった。
素人である俺や真白ちゃんの演技力を向上させる為、
美玖ちゃんも色々と苦労してるんだと思う。
まだ二日目ながら彼女の気持ちは充分伝わってきた。
演劇に対する情熱、自分に向けた向上心。
それが気の強さに繋がっている気もしたけど。
「さて、じゃあ真白と凪と私、三人の初対面シーンよ」
「確か私が真白ちゃんとキスしてるのがバレて、
美玖ちゃんも私にキスする所だよね」
自分で言っていて何だがこの主人公モテすぎだ。
男に好かれないタイプだと思う。
けどあまり好まれない奴にも見えても、
やはり葛藤とかしてフォローする部分はある。
ただこの話は俺の演劇に対する常識とあまりに違った。
俺は今まで演劇って話の内容を見せる物じゃなくて、
総合的なエンターテイメントだと思ってた。
けど美玖ちゃんの話の感じだとこの劇は物語を重視している。
つまりTVドラマ的な所があるのだ。
決して大げさな演技ではなく魅せる演技。
自然な演技を要求されているのだ。
俺達は舞台へと上がっていく。
そして演技を始めた。
客側から見えない角度でのキスの演技。
勿論、ホントにキスしない様に気を付ける。
台本通り俺は少し身体を傾けた。
だがその時、真白ちゃんは俺へと顔を近づけてくる。
思わず顔を引こうとするが肩口を引っ張られて出来なかった。
「んっ・・・」
口と口が僅かに触れた程度のものではある。
けれど確かにそれはキスだった。
真白ちゃんの少し緊張した顔が大きく映る。
閉じた目は少し震えていた。
すぐに離れたが、それは俺を動揺させるのに充分だった。
「ど、どういう・・・」
「どういう事よ凪っ」
びくっとしてしまったが、その声は美玖ちゃんだ。
彼女は俺達がホントにキスした事に気付かず、
そのまま演技を続けている。
仕方ないので俺も演技を続ける事にした。
「これは・・・ごめん、美玖」
「あなたは謝るのね・・・そして私に別れを告げられるのねっ。
そんなの嫌よっ! あなたから離れたくない!」
そう言うと彼女は俺の身体を引き寄せる。
勿論、美玖ちゃんのはただのフリだった。
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9月02日(火) PM19:45 雨
学校校舎・第二体育館前の廊下
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美玖ちゃんが昨日と同じく職員室に歩いていく。
その後で俺は真白ちゃんにさっきの事を聞いていた。
「さっきのって・・・あのさ」
「言わなくても解りますよね。
だって私と結婚してくれるって言いましたよ」
「いやあれは・・・」
思わず口ごもってしまう。
だが彼女だってそれは冗談だって解ってるはずだ。
それなのにこんな事を言うなんて・・・。
「かりそめの物でも良いんです。
この劇のラスト、見ました?」
「え? いや、まだだけど・・・」
「私と凪さんは最後、結婚式をするんです。
だから・・・せめてその時まで、
そういう気持ちでいてくれませんか?
私の事、そういう気持ちで見ていてくれませんか?」
堰を切った様に話す真白ちゃん。
その表情は今までになく切迫していた。
まるで何かに言わされている様な・・・。
「真白ちゃん、何かあったの?」
「・・・え? そんなわけじゃ・・・」
真白ちゃんは困った様に視線をそらす。
明らかにその顔は何かがあった事を示していた。
「とにかくお願いしますね。
私・・・それが最初で最後になるかもしれませんから」
「ちょ、ちょっと真白ちゃん?」
彼女はそんな風に早口で何事かを言うと走り去ってしまう。
良く聞き取れなかったけど、
まるで最後の別れを告げられたかの様だった。
途端に何か嫌な物が自身を駆け抜けていく。
テストが終わってから間違えに気付いた様な感覚。
陳腐ではあるがそんな感覚だった。
だが体育館の入り口で考えていても仕方がない。
俺はとりあえず自分の部屋へと歩いていった。
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9月02日(火) PM21:24 雨
寮内自室
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「凪ちゃんってさぁ」
俺達は寝る前に雨音を聞きながら喋っていた。
そこでそんな風に紅音が切り出す。
「いつも何か考え事してるよね〜」
「そう?」
まあ考える事が多いのは確かだろうな。
紅音はそれをふぇ〜っという顔で見ながら言っていた。
ちなみにふぇ〜っとした顔というのは、
他に説明のしようがない故の表現だったりする。
微笑んでる様な感嘆してる様な微妙な表情だ。
「劇の方は上手くいってる?」
「うん、まあぼちぼちかな」
「私もやりたいな〜。劇、やりたいな〜」
羨ましそうに紅音が俺の事を見ている。
「でも黒魔術使う女の子の役とか無いよ?」
俺はあえて意地悪を言ってみたりした。
少しむくれた顔をして紅音は言う。
「むぅ〜っ、どんな役でも出来るよぉ〜。
道端の占い師の役とか」
・・・なんかあんまり大差ない気がするな。
どっちも怪しい役だし。
「ふぅ・・・でも紫齊が来ないとちょっと寂しいね」
「うん〜寂しいね。また一緒にお酒飲みたいよ〜」
まあ、たまには紫齊と酒を飲みたいと思う事もある。
けど紅音とは二度と酒を飲み交わしたくないな。
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9月02日(火) PM23:24 雨
真白と結羅の部屋
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目を閉じても全然眠りが訪れてくれなかった。
体育館でのキスの味が忘れられない。
寝ようとすると凪さんの顔が浮かんでしまう。
ついさっきキスしたばかりみたいだ。
どうしよう・・・。
こういう時って、アレをした方が良いのかな。
でも初めてだしなんか恥ずかしいなぁ。
それに凪さんへの気持ちが汚れちゃう気がした。
今時、こんな事を言うのは時代遅れかな・・・?
そんな事を悶々と考えながら、
右手を自分の胸に手を伸ばしてみた。
軽く揉みしだいてみる。
鏡とかで見たら恥ずかしい格好なんだろうなぁ。
そう考えたら少し身体の芯が疼いてきた。
やっぱり、しなきゃ体に悪いんだよね。
そっと左手を下に降ろしていく。
いきなり入れるのは怖いから、
下着の上から触って見る事にした。
痛い所を触る様に少しずつさすっていく。
凄く良くはないけどなんとなく気持ちよかった。
こういうものなのかなぁ。
それとも下着の上からしてるから?
私は少しだけ勇気を出して下着を降ろしてみる。
勿論、毛布を上から掛けてるので誰にも見られない。
そこがちょっとだけ濡れてるのは手の感触で解った。
左手の指で軽く撫でる様に表面を触ってみる。
「ふぅっ・・・」
下着の上からとは全然感じが違う。
そう、この指は凪さんの指。
あの人の指がこんな所を触ってるんだ。
そんな風に凪さんの事を考えただけで、
さっきまでとは全然違う快感が私を襲う。
「なぎ、さぁん・・・」
指を秘部に少しだけ、入れてみようかな。
・・・その時、私はやっと気がついた。
「あ、あれ?」
瞳から涙が零れてる。
わたし・・・どうして泣いてるの?
違うよ、ホントは違う。
ホントに私が私に聞きたいのは、
どうしてこんな事をしてるかって事だよ。
横向きの身体をちぢこめて顔を手で隠した。
気持ちよくなりたいなら凪さんとすればいいのに。
凪さんが好きなら会いに行けばいいのに。
そんな簡単な事が、どうして出来ないの?
人間の私には出来ない。
だから・・・お願いだから、今だけ力を貸して。
吸血鬼としての私・・・。
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9月02日(火) PM23:35 雨
寮内自室
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布団が剥がされた感覚。
その後に服を脱がされていく感覚。
良い夢を見ていたはずなのに引き戻された。
目の前は真っ暗だ。
だがそこには真白ちゃんの顔がある。
自分の格好を見てみた。
パジャマのボタンが外されてブラが見えてる。
かなり変態的な光景だが気にするのはそこじゃなかった。
真白ちゃんが下着姿なのだ。
・・・夜這い?
前に全く同じ事があったはずだが、
あの時は一応俺を起こしてくれた気がする。
「あの、真白ちゃん?」
「・・・こんばんわ。また夜這いしに来ちゃいました」
「とにかく服着よう。頼むから」
「嫌です」
またこの展開かよ・・・。
イヴに来て欲しい所だが、やはり相手は真白ちゃんだ。
前回みたいな事になったら困る。
「婚前こうしょーって奴ですよ。
ほら、凪さんだって性欲の処理とか大変でしょ?」
「・・・へ?」
「私が処理して上げますから、ね?」
そういうと静かに真白ちゃんは寄り添ってくる。
俺は残念ながら身体が満足に動かなかった。
多分、緊張してるせいかもしれない。
それとも彼女が身体の自由を奪ったとか。
でもそう考えるとやっぱり真白ちゃんは、
吸血鬼に戻ったっていう事か?
最近の言動は確かにおかしかったけど・・・。
「やっぱり最初はキスから始めましょうね。
初めてだから、優しくしてくださいよ?」
優しくも何も身体が動かない。
まさか無意識にやってるのか?
彼女の胸が思い切り当たっている。
多分わざと当ててるんだと思う。
うぅ・・・持ってくれ、理性。
「あ、言い忘れてたけど凪さんの血はもう良いです。
私が消えちゃうから」
「君は・・・吸血鬼に戻ってるの・・・?」
「そうで〜す。もう必要ないはずだったんですけど、ね。
・・・まあそんな事はどうでもいいじゃないですか。
凪さんの唇、綺麗だなぁ」
そう言うなり瞳を閉じてキスしてくる真白ちゃん。
やばい。
何のフォローもない。
このままだと、マジで最後まで・・・?
俺の男の部分は全く問題ないのだが、
理性がそれにストップを掛けている。
唇を離すと真白ちゃんは静かに笑った。
「これで二回目ですね。今度は舌とか入れてみましょ〜か」
「いや、止めとこ・・・」
「ん〜却下です。
それに凪さんのこっちの方は準備万端ですよぉ」
そんな事を言いながら真白ちゃんは男根を触ってくる。
確かにそっちの気合いは充分だった。
理性が効かない部分だからな・・・。
でもそれは女の子の言う台詞じゃない。
まるで辱められてるかの様な気分だった。
「どうしよっかなぁ。
本当は凪さんにリードして欲しいんですけど・・・」
「む、無理だって。身体が動かないんだよ」
「・・・身体が? もしかして私、何かやってるのかな」
すると身体が急に動く様になった。
なんとか俺は起きあがろうとしたが、
瞬間真白ちゃんが思いきり倒れてくる。
「駄目ですよ。逃げないでくださいっ」
うぐ、胸が思い切り当たってるんです。
逃げれません。
俺はなんで理性を重要視してるのか不思議になってきた。
一時の感情に任せて突っ走ってしまおう。
や、それじゃ真白ちゃんに悪いよな。
けどこの子だって人を誘うような事してるし・・・。
そんな風に俺がじたばたしていると、
真白ちゃんがじっとしてる事に気付いた。
「逃げないで・・・下さい。お願いだから・・・」
「え・・・真白、ちゃん?」
今の声、真白ちゃん・・・泣いてるのか?
彼女は俺の首筋に顔を埋めているので確認は出来ない。
「凪さん・・・助けて・・・」
「たす、けて? ちょっと、真白ちゃん!?」
真白ちゃんはそれ以上何も言わない。
どういう事だ?
助けるって、何から?
少し真白ちゃんの言葉を待ってみるか。
だがしばらくして妙な事に気付いた。
「すぅ・・・すぅ」
「ね、寝てるの?」
返事がない。
まさかここで寝る気か?
この格好で・・・。
下着姿で寝られるとこっちとしては凄く困る。
俺は自分の服をちゃんと着直すと彼女を離そうとした。
「ん〜っ・・・は、離れねぇ」
このまま俺は真白ちゃんと一晩過ごすのか?
これまた似たような事が前にあった気がする。
あの時は紅音で、俺は全然眠れなかった。
ふいに真白ちゃんがむぎゅっと、
強く俺を抱きしめてきた。
この子もしかして・・・抱き枕と寝てたりするのか?
きっと俺は今、三国一の幸せ者なんだろう。
だがもしかして俺って眠れなかったりするのだろうか。
いや、俺はあの時より成長してる。
今回は寝てやるぞ。
でも・・・あの時の紅音はちゃんと服着てたよな。
・・・・・・
結局、俺が眠れたのは深夜の3時過ぎだった。
|
Chapter34へ続く